5 / 37
魔女の正体と約束
魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた
しおりを挟む
転げるように走りだしたマリルは、結界の外に置いてきた荷物のことを思い出し、ぴたっと足を止めた。
ここに来る前に会ったハンナから、サンサに渡して欲しいと頼まれた絵を思い出したからだ。
ハンナは十年前に事故にあい、サンサに助けてもらったと言っていた。その頃ハンナは五歳か六歳の子供だったはず。
マリルがくるりと身体を反転させると、ムスッとした顔の魔女が、まだ何か言いたいのかと聞いた。
「嘘つき! 食べてないじゃない」
「はぁ? 何を言っているんだ?」
マリルは結界に忍び込んだときに入れたドア型の切れ込みに向かって指を動かし、小型の鞄を引き入れた。宙に浮いたまま鞄がマリルの足元まで移動する。マリルがもう一度指を振って圧縮魔法を解いた途端、鞄はマリルが入るほどの大きさになった。
側面のポケットから、手のひら大の額縁を取り出し、魔女の目の前に突きつける。
「この少女はハンナさんっていう名前なの。小さなころサンサさまに助けてもらったって、すごく感謝してたわ。この絵姿も、ハンナさんがこんなにも大きくなったことをサンサさまに伝えるために渡されたの。サンサさまのおかげだとお礼を伝えて欲しいって……。サンサさまは優しい方よ。それを子供の肉が大好物なんて酷い嘘をつくのは許せないわ」
憤りに任せて一気にまくしたてるマリルの言葉が、まるで耳に入らないかのように、白髪の魔女は絵姿を食い入るように見つめている。
「本当は、あなたはサンサさまを知らないんでしょう。サンサさまは美しい黒髪と、紅茶みたいに透き通った琥珀いろの瞳を持つ、美しい大魔術師なのよ。見せてあげる」
マリルは記憶の鏡を空中に展開した。
ここにしまっておけば必要なときに取り出せるため、絵で見たサンサの顔は覚えたつもりでいても、どこか曖昧になっている。覚え直すいい機会だった。
目の前に浮かんだ鏡に、ハンナの描いた絵が浮かび上がってきた。
徐々にクローズアップされて、長い黒髪をたなびかせ、杖を振るサンサの顔にピントがあう。
「うっそー!」と大きく叫んだマリルが、明後日の方向を向いている白髪の魔女と鏡の中のサンサを見比べた。
「なんで? どうして白髪と赤い目に……どうしよう。私、ものすごく失礼なことばかり言っちゃったし、サンサさま~、ごめんなさい」
ごめんなさいと謝りながら、マリルは伝説の大魔導師サンサに会えた喜びで打ち震えた。気持ちが高揚すれば、今まで抑えていた感情も噴き上がる。
サンサを探そうと決心したものの、七か月にも渡る旅は、いくら魔法が使えるとはいえ、たった九歳の子供にとっては心細く、体力も気力も共に疲弊する旅であった。
次第に膨れ上がった涙が決壊して、マリルはサンサにしがみついてオイオイと泣き始めた。そんなマリルを突き放すこともできず、サンサは困った顔をしながら、やせ細った小さな背中に手を回し、そっと撫でてやる。
「怖い思いをさせて悪かったな。いくらお前を追い払うためとはいえ、少し意地悪が過ぎた。私は子供を食べたりしないから安心しろ」
マリルがさっと顔を上げる。涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔には、嬉しそうな笑顔が浮かんでいた。
「じゃあ、弟子にしてくれるので……くださいますか」
「ダメだ。私は弟子は取らない」
びえ~んと再び泣き出したマリルをあやしながら、サンサは泣きたいのはこっちだと呟いた。
「あのな、私はある男を見張っているんだ。もし、その男が再び黒魔術に染まることがあれば、阻止できるのは同等の力を持った大魔導師だけだ。ここも戦いの場になるかもしれないから、お前のような子供を置いておくわけにはいかないんだ」
「お師匠さまのように伝説的な魔力を持つ大魔導師は、現代ではお師匠様の他には一人しかいないと学校で習いました。確か、ブリティアン王国お抱えの……えっ? 嘘! 国の大切な機関にいる大魔導師が黒魔術を使うのですか?」
「マリルと言ったか、私を師匠と呼んで、さらりと弟子に収まろうとしたな。どこか抜けているようで、その実頭がいい。だが、今回は気が付かない方が良かった。このまま帰して、大魔導師が闇墜ちしたことを誰かに話せば、喋った側も、聞いたものも即殺されるであろう」
「じゃあ、置いてくださるんですね。嬉しい! お師匠様。私は早く大きくなって、お師匠さまを助ける存在になります。それで、私がその闇墜ちした大魔導師の代わりに国のお抱え大魔導師になれば、ブリティアン王国もサンサお師匠さまも安全になります」
さっきまで泣いていたマリルが、サンサの周りをピョンピョン跳びはねながら勝手な夢を紡ぎ出すのを聞いて、サンサは苦笑した。
「宮廷などに夢を見ない方がいい。外見は美しく見えるが、権力争いで命を落とす者、私服をこやすために誰かを陥れるものは後を絶たない。男だけが醜いのではない。女の執念の恐ろしさは怖気がするほどだ」
「もしかして、黒魔術を使った大魔導師さまは、お城の中の醜くて怖い争いに巻き込まれたのですか? きっとサンサさまは黒魔術を止めようと苦労したから、髪が真っ白になっちゃったんですね。とてもおかわいそうです」
サンサが声を上げて笑った。
「確かに恐怖や苦労が過ぎれば、髪は白くなるな。だが私のこれは、精神的なものからきたのではなく、加護魔法を使ったせいだ。あやつが完全に闇に飲まれないよう、私の持つ色に加護を入れてあやつにまとわせたのだ。もし、あやつが再び邪念を抱いて闇に堕ちたとき、私の色は戻るだろう。その時はマリル、真っ先にお逃げ。その約束が守れるなら、私はお前を弟子にしよう」
ここに来る前に会ったハンナから、サンサに渡して欲しいと頼まれた絵を思い出したからだ。
ハンナは十年前に事故にあい、サンサに助けてもらったと言っていた。その頃ハンナは五歳か六歳の子供だったはず。
マリルがくるりと身体を反転させると、ムスッとした顔の魔女が、まだ何か言いたいのかと聞いた。
「嘘つき! 食べてないじゃない」
「はぁ? 何を言っているんだ?」
マリルは結界に忍び込んだときに入れたドア型の切れ込みに向かって指を動かし、小型の鞄を引き入れた。宙に浮いたまま鞄がマリルの足元まで移動する。マリルがもう一度指を振って圧縮魔法を解いた途端、鞄はマリルが入るほどの大きさになった。
側面のポケットから、手のひら大の額縁を取り出し、魔女の目の前に突きつける。
「この少女はハンナさんっていう名前なの。小さなころサンサさまに助けてもらったって、すごく感謝してたわ。この絵姿も、ハンナさんがこんなにも大きくなったことをサンサさまに伝えるために渡されたの。サンサさまのおかげだとお礼を伝えて欲しいって……。サンサさまは優しい方よ。それを子供の肉が大好物なんて酷い嘘をつくのは許せないわ」
憤りに任せて一気にまくしたてるマリルの言葉が、まるで耳に入らないかのように、白髪の魔女は絵姿を食い入るように見つめている。
「本当は、あなたはサンサさまを知らないんでしょう。サンサさまは美しい黒髪と、紅茶みたいに透き通った琥珀いろの瞳を持つ、美しい大魔術師なのよ。見せてあげる」
マリルは記憶の鏡を空中に展開した。
ここにしまっておけば必要なときに取り出せるため、絵で見たサンサの顔は覚えたつもりでいても、どこか曖昧になっている。覚え直すいい機会だった。
目の前に浮かんだ鏡に、ハンナの描いた絵が浮かび上がってきた。
徐々にクローズアップされて、長い黒髪をたなびかせ、杖を振るサンサの顔にピントがあう。
「うっそー!」と大きく叫んだマリルが、明後日の方向を向いている白髪の魔女と鏡の中のサンサを見比べた。
「なんで? どうして白髪と赤い目に……どうしよう。私、ものすごく失礼なことばかり言っちゃったし、サンサさま~、ごめんなさい」
ごめんなさいと謝りながら、マリルは伝説の大魔導師サンサに会えた喜びで打ち震えた。気持ちが高揚すれば、今まで抑えていた感情も噴き上がる。
サンサを探そうと決心したものの、七か月にも渡る旅は、いくら魔法が使えるとはいえ、たった九歳の子供にとっては心細く、体力も気力も共に疲弊する旅であった。
次第に膨れ上がった涙が決壊して、マリルはサンサにしがみついてオイオイと泣き始めた。そんなマリルを突き放すこともできず、サンサは困った顔をしながら、やせ細った小さな背中に手を回し、そっと撫でてやる。
「怖い思いをさせて悪かったな。いくらお前を追い払うためとはいえ、少し意地悪が過ぎた。私は子供を食べたりしないから安心しろ」
マリルがさっと顔を上げる。涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔には、嬉しそうな笑顔が浮かんでいた。
「じゃあ、弟子にしてくれるので……くださいますか」
「ダメだ。私は弟子は取らない」
びえ~んと再び泣き出したマリルをあやしながら、サンサは泣きたいのはこっちだと呟いた。
「あのな、私はある男を見張っているんだ。もし、その男が再び黒魔術に染まることがあれば、阻止できるのは同等の力を持った大魔導師だけだ。ここも戦いの場になるかもしれないから、お前のような子供を置いておくわけにはいかないんだ」
「お師匠さまのように伝説的な魔力を持つ大魔導師は、現代ではお師匠様の他には一人しかいないと学校で習いました。確か、ブリティアン王国お抱えの……えっ? 嘘! 国の大切な機関にいる大魔導師が黒魔術を使うのですか?」
「マリルと言ったか、私を師匠と呼んで、さらりと弟子に収まろうとしたな。どこか抜けているようで、その実頭がいい。だが、今回は気が付かない方が良かった。このまま帰して、大魔導師が闇墜ちしたことを誰かに話せば、喋った側も、聞いたものも即殺されるであろう」
「じゃあ、置いてくださるんですね。嬉しい! お師匠様。私は早く大きくなって、お師匠さまを助ける存在になります。それで、私がその闇墜ちした大魔導師の代わりに国のお抱え大魔導師になれば、ブリティアン王国もサンサお師匠さまも安全になります」
さっきまで泣いていたマリルが、サンサの周りをピョンピョン跳びはねながら勝手な夢を紡ぎ出すのを聞いて、サンサは苦笑した。
「宮廷などに夢を見ない方がいい。外見は美しく見えるが、権力争いで命を落とす者、私服をこやすために誰かを陥れるものは後を絶たない。男だけが醜いのではない。女の執念の恐ろしさは怖気がするほどだ」
「もしかして、黒魔術を使った大魔導師さまは、お城の中の醜くて怖い争いに巻き込まれたのですか? きっとサンサさまは黒魔術を止めようと苦労したから、髪が真っ白になっちゃったんですね。とてもおかわいそうです」
サンサが声を上げて笑った。
「確かに恐怖や苦労が過ぎれば、髪は白くなるな。だが私のこれは、精神的なものからきたのではなく、加護魔法を使ったせいだ。あやつが完全に闇に飲まれないよう、私の持つ色に加護を入れてあやつにまとわせたのだ。もし、あやつが再び邪念を抱いて闇に堕ちたとき、私の色は戻るだろう。その時はマリル、真っ先にお逃げ。その約束が守れるなら、私はお前を弟子にしよう」
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。
しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる