仕掛けられた甘い罠に墜ちて

マスカレード 

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包容力

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 バイクの男は手に何かをもっていた。デリバリーだろうか?そういえばまだ昼時だ。
 病院の手前の街路樹の横に車を止め、三分の一ほど窓を開けてエンジンを切った北斗は、腕時計を見て、本当なら今頃水穂の家にいたはずなのに、こうしてもう一人の厄介ごとの方に導かれるなんて皮肉なものだと鼻を鳴らした。
 バイクの男が入り口の開く音に反応して、顔を上げたのが見える。てっきり看護師か誰かが受け取りに出てくるのかと思っていたら、開いた扉から、何と拓真本人が出てきてしまった。
「やばい」
 美容整形というデリケートな分野を扱う病院では、患者のプライバシーにも気を配っているだろう。いくら街路樹の影とはいえ、病院の手前に車が止まっていたら、何をしているのか気になって、様子を窺うかもしれない。
 北斗はすかさずシートを倒し、水穂に見せる予定だった図面を顔の上に載せた。
 バイクのふかし音が聞え、ヴィーンと尾を引くエンジン音が遠ざっていく。もう拓真は家の中に入っただろうかと思った矢先に、窓をコンコンとノックする音が聞えた。
 図面に覆われて何も見えない北斗は、身体を強張らせて、誰かが通り過ぎてくれるのを待った。
「警察です。この道路は駐車禁止なのですが、免許証を拝見できますか?」
 警察?心拍数があがり、息が苦しくなる。拓真が外にいなければいいが、職務質問される様子を見られたら、あいつのことだから大喜びして、条件失格だと言うに違いない。
図面を顔から外さず、少しだるそうな声を出して答えた。
「すみません。気分が悪くなって……少し休んだら移動します」
「ここを開けろ!隠れたって無駄だ。北斗だろ?車にお前が勤めている住宅メーカーの名前が書いてある」
「うわっ」
 驚いて飛び起きた拍子に顔から図面がずり落ちて、膝や隣のシートにまで散らばった。手を伸ばしかけたのを慌てて顔に持っていき、拓真の視線から隠そうとするが、時すでに遅しである。
「こんなところで、何をやっているんだ?俺が恋しなって会いに来たのか?」
「そんなわけあるか!」
 キッと睨みつける北斗の顔を見て、一瞬瞠目した拓真が、ゆっくりと目を細めてほくそ笑む。白いカッターシャツに落ち着いた色合いのネクタイ姿が決まっていて、男の色気がにじみ出ているように感じ、北斗はドギマギしながら目を逸らせた。
「気分が悪いなら運転しない方がいい。お茶ぐらい出してやるから寄っていけ。俺もちょうど午前の診察を終えて、今から昼食だ」
 誰がお前なんかとお茶するかと言いかけて、拓真が顔をしかめたのに気が付き、視線の先を追うと、ばらけた図面の中に、ビッグバーンや朝日の昇った部屋やキープアウトの部屋の図面が見えていた。
「何だそれ?北斗がデザインしたのか?」
 いかにも悪趣味だと言わんばかりの口調に、慌てて違うと言いかけてやめる。
「そうだけど、訳アリなんだ。このせいで、ものすごく自己嫌悪に陥ったし、無理ばかり言って変更を繰り返す相手に腹が立って、さっきも電話で怒ってしまった。運転を続けると危ないと思ったから、喫茶店を探していたんだ。決してあんたに会いに来たわけじゃない」
「あんたじゃない。拓真だ。これも条件に加えるか?」
「か、勝手に増やすなよ。た、拓真さんって呼べばいいんだろ?」
「ああ。それでいい。喫茶店による代わりに、中に入って何があったか話してみろ。すっきりするかもしれないぞ」
 誰かに話したいのはやまやまだが、相手が拓真だと無事に帰れるだろうかという疑問が湧く。少し頬が熱く感じるのは気のせいだろうか?
「何を想像している?今は仕事中だから、食うのは弁当だけだ。安心しろ」
「だ、誰がそんなこと想像するか!」
「じゃあ、家の方のガレージを開けるから、車を駐車するといい」
 そういうと、拓真はすたすたと病院横の自宅の入り口へと戻っていく。がっしりとした肩に続く締まった身体、恰好のいいヒップと長い脚が目に入り、北斗はスレンダーな自分の体型を貧弱に感じて、拓真に男としての羨望を抱かずにはいられなかった。
 
 結局、ガレージを開けてもらって断れず、北斗は拓真の家に寄ることになった。
 階段を上がって二階に上り、リビングに隣接するダイニングでテーブルを囲む。食事は済んだかと聞かれて頷くと、香りの良いコーヒーを出された。
 拓真に促されるまま、北斗はぼつぼつと水穂のことを語り、その間きれいな所作で弁当を食べていた拓真は、北斗が語り終えるころには食べ終えて、緑茶を入れてくれた。
「なるほどな。顔も部屋もいじろうとすると、同じような問題を抱えるわけだ」
「どういう意味?顔と部屋じゃあ、まるっきり違うだろ」
「いや、そうでもないな。全体を見ないで、一か所だけ理想のパーツを組み込もうとすると、バランスが崩れて、他を直さなければいけなくなる。それが分からない人は、パズルのようにああでもない、こうでもないといじり続けなければ気が済まなくなるんだ」
「ああ、まさにそれだ!そういえば、同僚も同じことを言っていた。水穂さんは、いつまでも細かいことに拘って、全体を見ていないっていから、やり直しと付け加えばかりで、全然進まないって」
「一つアドバイスできるのは、その水穂さんという女性が、人からどんな風に見られたいかを知ることだ。その奇抜な部屋数を考えると、彼女は資産家なのだろう?」
「うん。鋭いね。うちの会社の社長の遠縁で、旦那さんが事業をやっているんだ。かなりの資産家だよ」
「それなら当然見栄もあるだろうし、同じ資産家同士の張り合いもあるだろう。彼女が珍しいデザインを選択したということは、誰も持っていないものを見せびらかしたかったのかもしれない」
 北斗は拓真の推理に目から鱗が落ちるように感じた。北斗にとって水穂は、自分の意見に固執してこちらの意見も聞かず、ころころ変更を繰り返すただのわがままな金持ちの奥様という印象だったが、水穂側に立てば、彼女の求めたものが見えてくる。
「ありがとう。拓真さん。俺はただ彼女がこんな雰囲気にしたいという表面上のことだけにとらわれていた。彼女はプロじゃないんだから、上手く伝えられなくて当然だ。何とか伝えようと色々自分で表現しようとしているうちに、方向が分からなくなってしまったんだと思う。アドバイスをありがとう。もう一度彼女と話し合ってデザインしてみるよ」
 北斗が喜び勇んで思わず握手の手を出すと、拓真がその手をがっしり握って立ちあがり、北斗の席に回り込む。何だ?と思っているうちに、拓真の顔が近づいて、北斗の唇をついばんだ。
「な、何すんだ!食わないって言ったくせに」
「初診料だ。このくらい払ってもらってもいいだろう?」
 文句を言おうと開いた唇を再び塞がれ、息が上がる。口に広がるのは、弁当についていたデザートのオレンジの甘みと酸味だ。柑橘類の刺激で北斗の口内に唾液が溢れる。それを舌でかき回されて、敏感な上あごにこすりつけられた。
「んっ・・・・・・う・・・ん・・・・・・やっ・・・め・・・」
 拓真の胸に手をあてて、思いっきり押し戻そうとしたらびくともせず、自分の身体が椅子から落ちそうになり、慌てて拓真の首に縋りついた。
「余計運転できなくなりそうだな」
 耳元で囁かれて腰が砕けそうになり、北斗は冗談じゃないと心の中で叫びながら、魅力にしかならない睨みを拓真に向けた。
 ククッと喉で笑った拓真に危険を感じて背中がぞくぞくする。これ以上迫られたら、本当にまずいと思った時、テーブルの上に置いてあったスマホが振動を始め、真顔に戻った拓真が、北斗の頬を突っついてから電話に出る。
 一瞬聞こえた女性の声に、ゲイじゃなかったのかよと不快な気持ちと嫉妬めいた気持ちが起こり、北斗はかなり動揺した。
 ここにいると拓真のペースに巻き込まれ、どんどん自分が変な方向に流されそうだ。
立ちあがって、拓真の背中に帰ると声をかけようとしたとき、拓真が振り向いて北斗に思わぬことを聞いた。
「北斗、おしゃれな店をしらないか?酒が飲めて、つまみが豊富な女性でも入りやすい店がいいんだが」
 電話の相手と会うのか?しかもおしゃれな店で何をするつもりだ?俺にしたみたいに口説くのか?
 店の名前よりも、文句を言いそうになり、北斗はぐっと堪えた。
「お、俺のデザインしたスペインバルでよければ、紹介する」
「落ち着いた店か?ビッグバンとか壁面に描いてないよな?」
 茶目っ気たっぷりに訊ねる拓真に、後ろから軽くパンチを入れ、バカにするなと言ってやった。
「人気店なんだぞ。俺はこれでも腕はいいって人から言われてるんだからな」
 普段は自慢なんかしないのに、自分は何をしているんだと言っているそばから、恥ずかしくなる。
 じゃあそこにすると拓真が言い、離していたスマホを握り直して、明日の落ち合う時間を相手と話し合う。北斗から聞いた店の名前と住所を相手に告げて、電話を切った。
 ムッとした表情を浮かべる北斗とは反対に、拓真がいやに楽しそうにしているのが憎らしい。
「お前の腕のいいことぐらい、会社の物件紹介を調べて知っているよ」
 ふいうちに目を見開いた北斗に笑いかけ、拓真はくしゃりと頭を撫でた。
 心まで揉まれたように感じてしまい、北斗は真っ赤になりながら、もう帰るというのがやっとだった。

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