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追跡
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その日、家に戻った北斗は、七星から一階にある作業部屋に呼ばれた。
この部屋には、北斗と七星がポーセレンドールを制作するために、人形の頭や胴体、手足はもちろんのこと、持ち物であるバラの花束やバッグなどの必要なパーツが保管してある。
バラを一輪を作るにしても、粘土に色素を混ぜて捏ね、伸ばして板状にしたものから一枚一枚花びらを型抜き、先を丸めて花びららしくする。それらを水に溶かした粘土で貼り合わせて作るのだが、根気と時間がいるため、小物類はできるときにまとめて作っておく。
小物類をを保管するケースには、北斗と七星の作品が混ざらないように名前が書かれ、この部屋の壁に立ち並ぶステンレス製の棚に、びっしりと隙間なく積まれていた。
休日には、北斗と七星がおしゃべりをしながらポーセレン人形を作る憩いの場所でもあるが、今は、部屋の真ん中に二つ並ぶ細長いテーブルの上に、七星が倉庫で見つけたという母と北斗と七星の三人の作品が、所狭しと並べられている。
「昨日作品の写真を送ったのに、北斗から返事が来ないから心配したのよ。そしたら、ベロベロに酔って、成瀬先生に付き添われてタクシーで帰ってきたから、びっくりしたわ。成瀬先生とどんなお話をしたの?」
どんな話かと訊かれても答えに困るが、拓真に二度も送り届けてもらったことを考えれば、盗難にあった作品のことで、何か言われたのかと心配しているのかもしれない。
「同僚の木村と、改装を手掛けた店で飲もうとしたら、成瀬さんも偶然そこに居合わせたんだ。ちょっと飲み過ぎてしまって、迷惑かけたみたいだ」
「そう…偶然なのね。ならいいけれど、何か特別な話で、待ち合わせたのかと思ったの」
「特別な話?どうしてそんな……そういえば俺ってどうやって部屋に行ったんだっけ?」
「覚えてないの?それなら成瀬先生にお礼を言わなくちゃ…。タクシーが止まる音がしたから、北斗かと思って迎えに出たら、北斗が成瀬先生にしがみついて降りようとしなくて、大変だったの。結局、先生に抱っこして部屋まで連れて行ってもらったのよ」
抱っこ?それって、お姫様抱っこと言うやつか?想像した途端にぼっと頬が燃えるように熱くなり、うわ~~っと叫びたくなった。
なんでここまでかっこ悪いところばっかり見られるかな?
俺、会社ではクールキャラで通っていたはずなのに、このところみんなから、顔から緊張感が抜けて緩くなったと言われるんだ。
急にあいつに触れられた瞬間を思い出して、顔を手でがばっと覆った時には、瑛士に挙動不審と言われたし、自分で自分の感情がコントロールできなくて大変なんだ。
思い出さないようにしようと思ったって、あんな強烈な体験をした後で、俺を守りたいと陰で話すのを聞いたら、俺、もう、どうしようもないくらいに、あいつのこと意識して……
「北斗、聞いてる?昨日の作品は研吾さんと話し合ったのだけど、Misawa陶器博物館の一階で、現代のポーセレン作家の作品として展示してはどうかということになったの。北斗と私の作品は、作った年代順に並べて、作家の成長を見てとれるように展示したらどうかというのが研吾さんの意見なのよ」
七星の言葉にはっとした北斗が、慌てて首を振った。
「悪いけれど、母と七星の作品だけ展示してもらえるかな。俺の作品は成瀬さんが全て見たいというから、明日会社が終わってから、あの人の家に運ぶつもりなんだ」
「北斗君、それは賛成しかねるよ。成瀬さんにはこの間、非売品を一体お譲りしたじゃないか。これ以上優れた作品を一人占めして、世間の目に触れさせないのはMisawaとしても、宣伝効果や知名度を上げる上で大きな損失だと思う。七星もそう思うだろ?」
いつの間にか研吾が部屋に入ってきていた。七星の横へとやって来て、北斗が作品を持ち出さないよう同意を求めたが、七星は困って二人の顔を見比べている。
ここであやふやにすれば、明日北斗が会社に行っている間に、こちらの意思に関わらず強行で展示されてしまうかもしれない。そうなれば、社員やお客さんの手前、作品を引っ込めるのは難しくなるだろう。
「悪いけれど、もう約束してしまったんだ。成瀬さんが要らないと言ったものは持って帰るから、とりあえず見てもらうことにするよ」
「でも……」
「拒否する理由の一つ目は、俺はMisawaの社員じゃない。二つ目、ポーセレン人形は俺個人の趣味で売り物じゃない。材料費だって払っているんだから、友人に見せたり、譲ったりするのは俺の自由だろ?」
それ以上研吾に反論をさせないように、北斗は七星が作った年代別作品リストに目を落とし、作品をチェックするふりをして、研吾を完全にシャットアウトした。
倉庫に保管されていたのは、小学校五年生の頃から高校時代までの作品だった。
その中で展示できそうなのは、北斗が本気で人形作りに精を出した高校時代の三年間のもので、だいたい十体ほどだった。
もちろんそれ以降の作品を入れれば何十体かにはなるが、高校時代に作ったものは、若々しい挑戦や工夫が見られ、改めてみるとハッとさせられるものがある。
博物館に現在並んでいる物や、これから並ぶ予定の他の人形と比べても、これなら遜色はないだろうと思われる十体を、北斗は他の作品から除けて梱包し始めた。
そっと研吾の顔色を窺うと、表情が強張って見える。七星は二人の間に入るのを嫌がってか、部屋を出て行ってしまった。
研吾と同じ部屋にいるのが気まずくなり、北斗がスマホを取り出して、数が多いため十体だけ持っていくことを拓真に書いて送ると、すぐに質問が返された。研吾にこのことを知られたのか。反応はどうかを…
やはり拓真はこの作品を取り上げるフリをして、研吾を揺動させる気だと知り、研吾が反対したことを書き始めた時、研吾が冷たい声で、よく飼いならされたものだと呟くのが聞こえた。
「何?どういう意味だ?」
「土曜の夜から北斗くんの様子はおかしいよ。あいつに脅されたか、それとも口止め料として、おかしなことをされたんじゃないのか」
一番知られたくないことを、一番言って欲しくない人間から質問されて、硬直する北斗のもとに研吾が机を回りこんで近づいてくる。
口が乾いて、言い返す言葉が出てこない。その隙に研吾に襟首を掴んで揺すられた。
「僕のせいか?あいつに何をされた?昨日も一緒に帰ってきたよな?抱かれたのか?」
「なっに…言って…わっ」
突然、ワイシャツの襟元を開かれそうになり、北斗は研吾を突き飛ばして机の反対側へと逃げた。
「何するんだ!!」
「キスマークがないか確認しようとしたんだ。北斗くんは言えないだろうから、証拠をつかんで、あのずる賢い医者のところに怒鳴り込んでやろうと思って……」
「大きなお世話だよ!抱かれてなんかいない。変なこと想像するなよ!」
これ以上研吾と一緒の部屋にいては今度こそ危ないと思い、北斗は作業部屋から二階の自分の部屋へと走って逃げた。
研吾から、拓真にされたことを言い当てられそうになり、いきなり触れられたせいか、心臓がばくばくして息苦しい。
抱かれていない。最後までは。
でも、明日になれば……
「男に抱かれるなんて、考えたこともなかったのに……」
他の男なら、北斗は絶対に身を任せたりしないだろう。
意地悪なくせに、北斗を甘やかす術を持つ男は、思わないように努力しても、北斗の心に住み着いて離れようとしない。
あの日北斗は、今まで知っていた快感を拓真によって覆され、想像もしなかった領域にまで高められてしまったから尚さらだ。
思考が拓真へと傾いた時、階下から七星が大声で叫ぶのが聞えた。
「待って!それは北斗のよ。どこへ持っていくつもり?」
「少し借りるだけだ。明け方には戻すから。黙っていてくれ」
「嫌よ!どうして北斗ばかりを欲しがるの?どうして私じゃダメなの?」
北斗は部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。
廊下にへたりこんで泣いている七星と、パッキングしたばかりの人形の箱を二つ抱えた研吾が玄関から出ていくのを視界にとらえ、七星の元へと走り寄る。
「七星、大丈夫か?乱暴されたのか?」
「あっちへ行ってよ!北斗なんて大嫌い!研吾さんは、どうして私を見てくれないの?」
七星が叫んで、わぁ~っと床に泣き崩れた。
北斗を拒絶する七星の言葉は胸に堪えたが、七星が傷つく姿をみるのはもっと辛くて、原因を作った研吾に対して猛烈な怒りが湧き上がる。
「待っていろ。研吾を殴ってでも連れて来る」
「私も連れてって!」
「でも、これ以上七星を……」
「いいから連れてって。先に私が殴ってやるんだから!」
頷いた北斗が七星の腕を取ろうとすると、その手を振り払い、七星が自分で立ち上がった。
二人は無言のまま駐車場へと走り出す。ビルトインガレージに研吾の姿は見えないことから、家の裏の駐車場に止めてある荷物の運搬用ワゴンを使うつもりなのが分かった。
家の裏から本道へ出ようとすれば、住宅街の中に続く一本道を通り、大回りしなければならない。まだ、家の前を通るのには少し時間があるだろう。
北斗と七星が車のドアをしめた時に、北斗のスマホが振動した。見ると拓真の名前が表示されている。
ゲートが開くのを待つ間に北斗が電話に出ると、拓真が開口一番大丈夫か?と聞いてきた。
『書きかけのメールが送信されてきたから、続きを待っていたんだが、来ないから何かあったのかと心配になってかけた』
そういえば拓真あてにメッセージを書いている途中で、拓真とのことを勘ぐった研吾から襟を開かれそうになり、驚いてスマホを落としそうになった。握りしめた時に、知らずに送信を押したのだろう。
だが、それを七星の前で言うわけにはいかない。
ゲートが車の車高と同じ高さに上がったのを確認して、北斗は車を発進させるために早口で話した。
「今、研吾が俺の人形を二体持って家を出ました。七星と一緒に追うところです」
『どこへ行くのか予測できるか?』
「分かりません。とりあえず追います」
『気を付けて。途中で検討がついたら知らせて欲しい。彼がどこかの建物に入ったとしても、危ないから、俺が行くまで二人は外で待機してくれ』
了解とスマホを切って車を発進させる。車庫から道へ出ようとしたとき、鼻先を研吾の運転するワゴン車が行き過ぎた。北斗もハンドルを切って、アクセルを踏む。
拓真には、向かっている先を逐一報告した。どのくらい追跡しただろう。山道に入りかけたところで、七星がひょっとしたら、研吾は実家に行くのかもしれないと言い出した。
確かにこの道は研吾の実家へと続く道だ。急カーブが続く山道のワインディングロードの運転に意識を集中するために、七星にスマホを渡して、拓真に住所を知らせてくれと頼んだ。
山道に慣れている研吾の車とどんどん車間距離が開いて行く。カーブ手前で減速し、コーナーを曲がりきる手前で加速をするスローイン・ファーストアウトを繰り返しながら、研吾を見失わないように必死でついて行った。
夜の山道は、街灯さえも届かない真っ暗な闇が口を開けている。ハイビームに照らされたガードレールがいきなり目の前に迫ったのに驚き、慌ててハンドルを切ると、タイヤがキキッと鳴って車体が軽くスライドする。
研吾の車の赤いバックランプを追って、これ以上離されまいと北斗は必死でついて行くが、カーブの山肌で視界を邪魔をされると気が焦る。曲がったところに、まだ微かでも小さな赤いランプの色が見えるとほっとした。
研吾の実家は山を越えたところにあるが、この山に陶磁器を焼くための窯元をもっている。広い敷地には窯がいくつも並んでいて、何日もかかる焼き物の番をするために、寝泊りする小屋も設えてあった。
七星は、研吾が窯元から車で二十分ほど山を下りた集落にある実家へいくのではないかと推測していたが、そう見せかけてどこかに行かれたら、土地勘のない北斗にはどうしようもない。
気は焦るものの、とうとう北斗は研吾の車を見失ってしまった。
どんなに走っても、もう木々の間から赤いランプが瞬くことは無い。研吾の行先が実家であることを願うばかりだ。
とりあえず、拓真に経過報告をするために車のスピードを緩め、ちょうど見えてきた研吾の実家が所有する窯元の敷地内に車を乗り入れる。緊張を強いられた山道の運転から解放されて、身体に入っていた余分な力が抜けるのを感じた。
この部屋には、北斗と七星がポーセレンドールを制作するために、人形の頭や胴体、手足はもちろんのこと、持ち物であるバラの花束やバッグなどの必要なパーツが保管してある。
バラを一輪を作るにしても、粘土に色素を混ぜて捏ね、伸ばして板状にしたものから一枚一枚花びらを型抜き、先を丸めて花びららしくする。それらを水に溶かした粘土で貼り合わせて作るのだが、根気と時間がいるため、小物類はできるときにまとめて作っておく。
小物類をを保管するケースには、北斗と七星の作品が混ざらないように名前が書かれ、この部屋の壁に立ち並ぶステンレス製の棚に、びっしりと隙間なく積まれていた。
休日には、北斗と七星がおしゃべりをしながらポーセレン人形を作る憩いの場所でもあるが、今は、部屋の真ん中に二つ並ぶ細長いテーブルの上に、七星が倉庫で見つけたという母と北斗と七星の三人の作品が、所狭しと並べられている。
「昨日作品の写真を送ったのに、北斗から返事が来ないから心配したのよ。そしたら、ベロベロに酔って、成瀬先生に付き添われてタクシーで帰ってきたから、びっくりしたわ。成瀬先生とどんなお話をしたの?」
どんな話かと訊かれても答えに困るが、拓真に二度も送り届けてもらったことを考えれば、盗難にあった作品のことで、何か言われたのかと心配しているのかもしれない。
「同僚の木村と、改装を手掛けた店で飲もうとしたら、成瀬さんも偶然そこに居合わせたんだ。ちょっと飲み過ぎてしまって、迷惑かけたみたいだ」
「そう…偶然なのね。ならいいけれど、何か特別な話で、待ち合わせたのかと思ったの」
「特別な話?どうしてそんな……そういえば俺ってどうやって部屋に行ったんだっけ?」
「覚えてないの?それなら成瀬先生にお礼を言わなくちゃ…。タクシーが止まる音がしたから、北斗かと思って迎えに出たら、北斗が成瀬先生にしがみついて降りようとしなくて、大変だったの。結局、先生に抱っこして部屋まで連れて行ってもらったのよ」
抱っこ?それって、お姫様抱っこと言うやつか?想像した途端にぼっと頬が燃えるように熱くなり、うわ~~っと叫びたくなった。
なんでここまでかっこ悪いところばっかり見られるかな?
俺、会社ではクールキャラで通っていたはずなのに、このところみんなから、顔から緊張感が抜けて緩くなったと言われるんだ。
急にあいつに触れられた瞬間を思い出して、顔を手でがばっと覆った時には、瑛士に挙動不審と言われたし、自分で自分の感情がコントロールできなくて大変なんだ。
思い出さないようにしようと思ったって、あんな強烈な体験をした後で、俺を守りたいと陰で話すのを聞いたら、俺、もう、どうしようもないくらいに、あいつのこと意識して……
「北斗、聞いてる?昨日の作品は研吾さんと話し合ったのだけど、Misawa陶器博物館の一階で、現代のポーセレン作家の作品として展示してはどうかということになったの。北斗と私の作品は、作った年代順に並べて、作家の成長を見てとれるように展示したらどうかというのが研吾さんの意見なのよ」
七星の言葉にはっとした北斗が、慌てて首を振った。
「悪いけれど、母と七星の作品だけ展示してもらえるかな。俺の作品は成瀬さんが全て見たいというから、明日会社が終わってから、あの人の家に運ぶつもりなんだ」
「北斗君、それは賛成しかねるよ。成瀬さんにはこの間、非売品を一体お譲りしたじゃないか。これ以上優れた作品を一人占めして、世間の目に触れさせないのはMisawaとしても、宣伝効果や知名度を上げる上で大きな損失だと思う。七星もそう思うだろ?」
いつの間にか研吾が部屋に入ってきていた。七星の横へとやって来て、北斗が作品を持ち出さないよう同意を求めたが、七星は困って二人の顔を見比べている。
ここであやふやにすれば、明日北斗が会社に行っている間に、こちらの意思に関わらず強行で展示されてしまうかもしれない。そうなれば、社員やお客さんの手前、作品を引っ込めるのは難しくなるだろう。
「悪いけれど、もう約束してしまったんだ。成瀬さんが要らないと言ったものは持って帰るから、とりあえず見てもらうことにするよ」
「でも……」
「拒否する理由の一つ目は、俺はMisawaの社員じゃない。二つ目、ポーセレン人形は俺個人の趣味で売り物じゃない。材料費だって払っているんだから、友人に見せたり、譲ったりするのは俺の自由だろ?」
それ以上研吾に反論をさせないように、北斗は七星が作った年代別作品リストに目を落とし、作品をチェックするふりをして、研吾を完全にシャットアウトした。
倉庫に保管されていたのは、小学校五年生の頃から高校時代までの作品だった。
その中で展示できそうなのは、北斗が本気で人形作りに精を出した高校時代の三年間のもので、だいたい十体ほどだった。
もちろんそれ以降の作品を入れれば何十体かにはなるが、高校時代に作ったものは、若々しい挑戦や工夫が見られ、改めてみるとハッとさせられるものがある。
博物館に現在並んでいる物や、これから並ぶ予定の他の人形と比べても、これなら遜色はないだろうと思われる十体を、北斗は他の作品から除けて梱包し始めた。
そっと研吾の顔色を窺うと、表情が強張って見える。七星は二人の間に入るのを嫌がってか、部屋を出て行ってしまった。
研吾と同じ部屋にいるのが気まずくなり、北斗がスマホを取り出して、数が多いため十体だけ持っていくことを拓真に書いて送ると、すぐに質問が返された。研吾にこのことを知られたのか。反応はどうかを…
やはり拓真はこの作品を取り上げるフリをして、研吾を揺動させる気だと知り、研吾が反対したことを書き始めた時、研吾が冷たい声で、よく飼いならされたものだと呟くのが聞こえた。
「何?どういう意味だ?」
「土曜の夜から北斗くんの様子はおかしいよ。あいつに脅されたか、それとも口止め料として、おかしなことをされたんじゃないのか」
一番知られたくないことを、一番言って欲しくない人間から質問されて、硬直する北斗のもとに研吾が机を回りこんで近づいてくる。
口が乾いて、言い返す言葉が出てこない。その隙に研吾に襟首を掴んで揺すられた。
「僕のせいか?あいつに何をされた?昨日も一緒に帰ってきたよな?抱かれたのか?」
「なっに…言って…わっ」
突然、ワイシャツの襟元を開かれそうになり、北斗は研吾を突き飛ばして机の反対側へと逃げた。
「何するんだ!!」
「キスマークがないか確認しようとしたんだ。北斗くんは言えないだろうから、証拠をつかんで、あのずる賢い医者のところに怒鳴り込んでやろうと思って……」
「大きなお世話だよ!抱かれてなんかいない。変なこと想像するなよ!」
これ以上研吾と一緒の部屋にいては今度こそ危ないと思い、北斗は作業部屋から二階の自分の部屋へと走って逃げた。
研吾から、拓真にされたことを言い当てられそうになり、いきなり触れられたせいか、心臓がばくばくして息苦しい。
抱かれていない。最後までは。
でも、明日になれば……
「男に抱かれるなんて、考えたこともなかったのに……」
他の男なら、北斗は絶対に身を任せたりしないだろう。
意地悪なくせに、北斗を甘やかす術を持つ男は、思わないように努力しても、北斗の心に住み着いて離れようとしない。
あの日北斗は、今まで知っていた快感を拓真によって覆され、想像もしなかった領域にまで高められてしまったから尚さらだ。
思考が拓真へと傾いた時、階下から七星が大声で叫ぶのが聞えた。
「待って!それは北斗のよ。どこへ持っていくつもり?」
「少し借りるだけだ。明け方には戻すから。黙っていてくれ」
「嫌よ!どうして北斗ばかりを欲しがるの?どうして私じゃダメなの?」
北斗は部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。
廊下にへたりこんで泣いている七星と、パッキングしたばかりの人形の箱を二つ抱えた研吾が玄関から出ていくのを視界にとらえ、七星の元へと走り寄る。
「七星、大丈夫か?乱暴されたのか?」
「あっちへ行ってよ!北斗なんて大嫌い!研吾さんは、どうして私を見てくれないの?」
七星が叫んで、わぁ~っと床に泣き崩れた。
北斗を拒絶する七星の言葉は胸に堪えたが、七星が傷つく姿をみるのはもっと辛くて、原因を作った研吾に対して猛烈な怒りが湧き上がる。
「待っていろ。研吾を殴ってでも連れて来る」
「私も連れてって!」
「でも、これ以上七星を……」
「いいから連れてって。先に私が殴ってやるんだから!」
頷いた北斗が七星の腕を取ろうとすると、その手を振り払い、七星が自分で立ち上がった。
二人は無言のまま駐車場へと走り出す。ビルトインガレージに研吾の姿は見えないことから、家の裏の駐車場に止めてある荷物の運搬用ワゴンを使うつもりなのが分かった。
家の裏から本道へ出ようとすれば、住宅街の中に続く一本道を通り、大回りしなければならない。まだ、家の前を通るのには少し時間があるだろう。
北斗と七星が車のドアをしめた時に、北斗のスマホが振動した。見ると拓真の名前が表示されている。
ゲートが開くのを待つ間に北斗が電話に出ると、拓真が開口一番大丈夫か?と聞いてきた。
『書きかけのメールが送信されてきたから、続きを待っていたんだが、来ないから何かあったのかと心配になってかけた』
そういえば拓真あてにメッセージを書いている途中で、拓真とのことを勘ぐった研吾から襟を開かれそうになり、驚いてスマホを落としそうになった。握りしめた時に、知らずに送信を押したのだろう。
だが、それを七星の前で言うわけにはいかない。
ゲートが車の車高と同じ高さに上がったのを確認して、北斗は車を発進させるために早口で話した。
「今、研吾が俺の人形を二体持って家を出ました。七星と一緒に追うところです」
『どこへ行くのか予測できるか?』
「分かりません。とりあえず追います」
『気を付けて。途中で検討がついたら知らせて欲しい。彼がどこかの建物に入ったとしても、危ないから、俺が行くまで二人は外で待機してくれ』
了解とスマホを切って車を発進させる。車庫から道へ出ようとしたとき、鼻先を研吾の運転するワゴン車が行き過ぎた。北斗もハンドルを切って、アクセルを踏む。
拓真には、向かっている先を逐一報告した。どのくらい追跡しただろう。山道に入りかけたところで、七星がひょっとしたら、研吾は実家に行くのかもしれないと言い出した。
確かにこの道は研吾の実家へと続く道だ。急カーブが続く山道のワインディングロードの運転に意識を集中するために、七星にスマホを渡して、拓真に住所を知らせてくれと頼んだ。
山道に慣れている研吾の車とどんどん車間距離が開いて行く。カーブ手前で減速し、コーナーを曲がりきる手前で加速をするスローイン・ファーストアウトを繰り返しながら、研吾を見失わないように必死でついて行った。
夜の山道は、街灯さえも届かない真っ暗な闇が口を開けている。ハイビームに照らされたガードレールがいきなり目の前に迫ったのに驚き、慌ててハンドルを切ると、タイヤがキキッと鳴って車体が軽くスライドする。
研吾の車の赤いバックランプを追って、これ以上離されまいと北斗は必死でついて行くが、カーブの山肌で視界を邪魔をされると気が焦る。曲がったところに、まだ微かでも小さな赤いランプの色が見えるとほっとした。
研吾の実家は山を越えたところにあるが、この山に陶磁器を焼くための窯元をもっている。広い敷地には窯がいくつも並んでいて、何日もかかる焼き物の番をするために、寝泊りする小屋も設えてあった。
七星は、研吾が窯元から車で二十分ほど山を下りた集落にある実家へいくのではないかと推測していたが、そう見せかけてどこかに行かれたら、土地勘のない北斗にはどうしようもない。
気は焦るものの、とうとう北斗は研吾の車を見失ってしまった。
どんなに走っても、もう木々の間から赤いランプが瞬くことは無い。研吾の行先が実家であることを願うばかりだ。
とりあえず、拓真に経過報告をするために車のスピードを緩め、ちょうど見えてきた研吾の実家が所有する窯元の敷地内に車を乗り入れる。緊張を強いられた山道の運転から解放されて、身体に入っていた余分な力が抜けるのを感じた。
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漁師の働き方は、さまざま。
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資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
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