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幼少~少年時代
7 谷の女王
しおりを挟むここは封印されし土地、今は『谷』と呼ばれている。
周囲からの侵入を頑なに拒み続ける孤島。
地表には泉が湧き、そのほとりには大きな木が立っている。
大きな木のそばには兵士の訓練場のような建物がある。
泉からは川となり、島の表面から外側を螺旋状に流れ、螺旋状の土地には所々に家が建っている。
この地こそ遥か数千年前から続く、翼の民達が住む地である。
大きな木の麓には2人の女性が座っていた。
ひとりは日向に座り、にこやかに微笑む温厚そうな若い女性。
淡い紫色の長い髪、慈愛に満ちた淡い紫色の瞳。
常に笑顔を絶やした事の無い様な、女神とも錯覚しそうな女性が座っていた。
彼女の名はローラ=ローズヴェルク。
谷の長であるローズヴェルク家の末裔、双子の妹である。
もうひとりは木陰に座り、頭にフードを深く被り、手に扇子を持った謎めいた若い女性。
深くフードを被っている為表情は計り知れないが、髪の色は同じく淡い紫色、やや巻き毛掛かっており、淡い紫色の瞳には厳しい眼光が垣間見えた。
彼女の名はイザベラ=ローズヴェルク。
ローラの双子の姉である。
谷は現在、この双子の姉妹が長を勤め、民と共に生活しながら邪神の封印を行っていた。
温厚そうな女性ローラが、謎めいた女性イザベラに話しかける。
「お姉様。昨夜突然聞こえた神のお告げ、どう思われますか?」
「そうねえ……『この世に生まれし男、この世を滅ぼす力を持ち、その力でこの世を救うであろう』……か」
「神からのお告げなど、歴史上初めての事ではありませんか?」
「うん。記録保管している書物にも一切書かれてない事よ」
「お姉様はどのように受け止められましたか?」
「どのようにって?」
「この世を滅ぼす男なのか、この世を救う男のどちらなのかですわ」
「私は後者、この世を救う男だと思うわ」
「私もそう思います。前者はそれ程の力を持つという事だと思います」
「私達の考えは一緒ね」
「ええ」
手にした扇子をパチン、パチンと鳴らしながら姉イザベラは妹ローラに話す。
「問題は…神が他の誰かにも告げたかどうかよね」
「人間達を統べている者にも告げられたと思われますか?」
「人間にだったらまだ何とかなるわ」
「では……ラインハルトにも告げられたと?」
「そうなると……ちょっと厄介だわ」
「そうですわね。前者で認識されると…非常に厄介です」
「あいつ馬鹿だから…絶対何かやらかしそうだわ」
「先代よりはマシではありませんか」
「多少マシなだけよ。あのガキ、先代とそんなに考えが変わってないもの」
「神のお告げが、ラインハルトの耳に届いていなければ良いのですが……」
「十中八九、あのガキにも聞こえたと思うべきよ」
「……そうですわね」
ローラは真顔でイザベラに聞く。
「ですがお姉様。この世が再び混乱を招くという事は…やはり?」
「……邪神の復活。つまり私達の使命が失敗してしまうんでしょうね」
「そんな……」
「考えたくは無いけど、そうなってしまうと思ったほうが妥当よ」
「私達の代で…翼の民は滅んでしまうのでしょうか?」
「最悪は…ね。それも覚悟しておいたほうがいいと思うわ」
「……昨晩、ウィンズ家に谷が待ち望んでいた男の子が生まれましたわね?」
「そうね……270年ぶりの男の子。父親になったバルボアがはしゃぎながら報告しに来たわね」
「お告げの晩と同時に誕生した男の子……」
「……決して偶然じゃ無いわね」
「その子に何か手を打ったほうがよろしいと思われますか?」
「まさか。民総出で心配しながら出産を手伝った赤子に、手を下せるワケないでしょ?」
「………ええ」
イザベラは自分達が何らかの理由で封印が失敗してしまうと認識し、晴れ晴れとした顔でローラに話す。
「例えあの赤子が将来翼の民を滅ぼす引き金になったとしてもよ……私は受け入れようと思う」
「お姉様がそうおっしゃるなら……私も受け入れたいと思いますわ」
「……あの赤子、将来どんな引き金を引くのかしらね?」
「お姉様と私、同時に封印を維持出来なくなる程の事をなされるのでしょうか?」
「もしかして、私達2人とも気絶させるくらい子作りに励んじゃうとか?」
「まぁっ、お姉様ったら! クスクス…」
「ふふふ、冗談よ。でもまあ、あの子が近付いてきたら警戒するくらいの事はしなきゃね?」
「私達はどうなっても構いませんが……民を一人でも多く生存させなくてはなりませんわね?」
イザベラはいつの間にか赤子が原因と勝手に決めつけてしまっている自分の愚かさに気付く。
何を馬鹿な事を考えているのだ自分はと、頭を左右に振り考えを否定しながらローラに話す。
「ねぇローラ、この話やめましょ? まだあの赤子が引き金になると決まったワケじゃ無いわ」
「そうですわね。民全員から誕生を祝福された赤子が、そのような事をなさるとは思えませんものね」
「邪神の復活、封印の失敗はあの赤子じゃなく、きっと他の要因になるわ。気を付けましょう」
「はい、お姉様」
「とにかく今は、あの赤子の誕生を祝福しましょう」
「ええ。前回の二の舞は避けなければなりませんね」
「148年前のあれ……ね?」
「独り身の女衆がまた…暴走致しかねませんわ」
「じゃぁ…あの子私達が貰っちゃおうか?」
「お姉様っ!?」
「あはは! 冗談よ。それこそ同時に妊娠させられちゃって、えらい事になっちゃうわ」
「同時に出産などとなってしまわれましたら……封印は失敗してしまいわすわね?」
「うん。いや、でも……どっちかには仕込んで貰おうかしら?」
「では、私が責任を以って妊娠致しますわ」
「いや私に妊娠させてよ?」
「いえいえ、私が」
「………」
「………」
「ふふっ……あはははは!」
「クスクス………やはり双子ですわね、私達」
「そうね。やっぱりお婿さんに貰うんなら、私達両方よね」
「次の守り手を、仕込んで頂きませんとね」
イザベラとローラは、内心では自分達の後継者が全く未定である事に不安を抱えていた。
谷で現在独り身の男と女達に遠慮し、自分達の伴侶を選び損ねている2人の女王。
残り物の男でいいか、とも思っているのだが、独り身連中が結ばれる気配は全く無い。
イザベラはローラへ、谷の色恋沙汰に不満を漏らす。
「全く、早いとこくっ付いて欲しいわねぇ……あの独り身連中」
「その気配すらありませんものね……」
「男も女も、相手に求めてるものが多すぎなのよ、もうっ」
「もう、残っている女達へ遠慮せずに頂いてしまいましょうか?」
「だったら私、あの赤子がいいわ」
「お姉様っ!」
「だって、男は若いほうがいいに決まってるじゃない?」
「それはそうですが……それでは今の女達と同じではありませんか」
「あはっ、私達も他人の事言えないわね?」
「女側の動機としてはそうですわね。では、殿方はどう思っているのでしょう?」
「同じなんじゃない? 少しでも若い娘がいいんじゃないの?」
「娘達の気性もあるのではありませんか?」
「それもあるかしらね? まぁ…この谷で気が弱い女なんて誰も居ないのにねぇ」
「将来頭を上げる事が出来なくなる嫁……殿方も辛い立場ですわね」
「女の立場を強くしている一番の原因が…私達ってのも辛いわね」
「谷が出来て以来、代々の風習ですから仕方ありませんわ」
「歴史上、何人もの男達が頑張ったんだけど…みんな叩きのめされちゃってるものねぇ」
「初代の守り手が強烈すぎたのですわ」
「はぁ……今の男は女に従順を求め、今の女は男に若さを求める…か。こりゃ駄目だわね」
「ええ……もう、本当に」
イザベラとローラは顔を上げ、どこまでも澄み渡る青い空を眩しそうに見つめ続けた。
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