翼の民

天秤座

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幼少~少年時代

28 芝居

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 訓練を再開した近衛兵達は真剣に木剣をぶつけ合い、木盾で防ぎ合う。

「はぁっ!」
「なんのっ! てりゃぁっ!」
「くっ! まだまだぁっ!」
「そこっ!」
「ぐぅっ! なんのこれしきっ!」
「オオー……タタカウッテ……カッコイイ……」

 真剣にぶつかり合い、汗水を流し合う近衛達の戦いを目の当たりにしたティナは、彼女達がとても綺麗で格好いいと思いながら、目をキラキラと輝かせて見学した。


 白熱した戦いを繰り広げる近衛達に混じり、戦っていたソニアは号令をかける。
 
「ようし! お前達休憩だ! 休め!」
「はいっ! ……ふぅーっ、疲れたぁー……」
「いたた……さっきのは効いたなぁ」
「あー……痣になっちゃった。もうお嫁に行けないわこれ」
「貰ってくれる相手居ないからいいじゃん」
「うっせ!」
「あはははは!」

 近衛達はその場に座り込み、談笑をしながら休憩した。


 ティナは給水所からコップに水を汲み、人数分のコップをお盆に乗せるとウンディーネと念じてヒーリングをかける。

 ヒーリングが発動した輝く水をお盆で持ち、トテトテと歩きながら全員に配り始める。

「ハイ。ミズニヒーリングカケタゾ」
「おっ! ありがとーっ!」
「助かるー。んぐっ、んぐっ……ぷっはぁーっ!」
「ありがとねティナー」
「……おおっ!? 痣が消えた! ヒーリングすっげぇーっ!」
「ティナが近衛に入ってくれて嬉しいっ! もう怪我の心配しなくて済むねっ!」
「戦えなくっても大丈夫だよ! 私達が守ってあげるねっ!」
「ティナが居てくれると皆助かる。これからも回復役頼むぞ?」
「ウン! ……アトハクリスカ」

 ティナは一番端に居るクリスに近付いて行く。


 クリスは床に大の字になり、肩で息を切らしながら天井を見つめていた。

「ぜはぁー……ぜはぁー……うー……勝てない……」
「ダイジョウブカクリス? ヒーリングノメ」
「……ありがと。んぐっ、んぐっ……はぁ……」
「ナンカクリス、アイテニタタカレテバッカリダッタナ?」
「……しょうがないよ。あたし近衛で一番弱いもん」
「エ? クリスヨワイノカ?」
「うん。最年少で一番非力だから……どんなに頑張ってもみんなに勝てないの」
「ダイジョウブダ、ソノウチカテル!」
「無責任な事言わないでよ。ちぇっ、あんた鍛えるの口実に少しラク出来ると思ったのに」
「ソッカ……オレ、タタカウノキライナンダ、ゴメン」
「気にしないでよ。ヒーリングと矢反らしがあれば近衛の戦力になれるからさ」
「……ナアクリス? クリスハ……オレガタタカエルホウガイイカ?」
「んー……そりゃ戦えるほうがいいよ。自衛出来ればみんなの負担にもならないし」
「デモ、タタカイタクナイ……イタイノイヤ……デモ……ウー……」
「悩むな悩むな。隊長が戦わなくってもいいって言ったんだから」
「ウー……」

 ティナは思い悩み、クリスのそばにしゃがみ込むとうつむく。


 近衛達は悩むティナの元に近付き、コップを返しながら自己紹介を始める。

「ご馳走様ティナ、回復ありがとね? 私はチェイニー。チェイニー=トニトルス稲妻よ」
「あたしはコロナ。コロナ=ファイアストーム高熱の暴風よ」
「わたしエリ。エリ=シュヴェルツヴァッサ闇の水
「私ナタリー=ヴェーチェル。ティナとは遠い親戚かな?」
「私はレイナ。レイナ=アクアマリン海水。ティナの従姉妹よ?」
「……一応、クリス=フレイムアース炎の大地。ティナのお姉ちゃん」
「私も言うのか? ソニア=アースウィンド大地の風だ」
「オレテイナ! エット……セレナワカンナイ」
ウィンズ強風でいいんじゃない?」
「今んとこフレイムアースね。そのうちトニトルスにしてあげるね?」
「何言ってんのよ。ファイアストームにすんのっ!」
「いやいや、もうティナはシュヴェルツヴァッサになるって決まってるから」
「ヴェーチェルとアクアマリンは候補外に間違いないね」
「ヴェーチェルも大丈夫だって! この世代で駄目なのはアクアマリンだけよっ!」
「アクアマリンも絶対に駄目ってワケじゃないもん!」
「あの……フレイムアースも一応狙ってます」
「クリスはダーメ! もっと強くなってから言いなさい」
「うう……はい」
「? ナニガダイジョウブデ、ナニガダメナンダ?」
「何でもなーい。コッチの話よぉー?」
「?」

 ティナは近衛達が自分の婿取り論争をしているとは全く思っていなかった。


 ティナは空になったコップを集めると、お盆に乗せて給水所へトテトテと歩いてゆく。


 ソニアはティナの後ろ姿を見ながら近衛達にこっそりと小声で呼びかける。

「お前達、ちょっと耳を貸せ」
「はい、隊長」
「お前達、これからクリスを痛めつける芝居をうて」
「えっ?」
「クリスをイジメて、ティナに戦う気を起こさせるのだ」
「芝居なんかしなくても、普段からクリスは痛めつけられてますよ?」
「みんなストレス発散にクリスぼっこぼこにしてます」
「うう……みんな酷い」
「あまりクリスをイジメるな。もし強くなったら酷い目に遭うぞ?」
「クリスが強く? まさかぁ」
「戦うセンス無いですもん、クリスは」
「あたし泣きたくなってきた……」
「まあ、全員やってみろ。これで駄目なら私もティナを鍛える事を諦める」
「はい、隊長」
「クリス、これはお前の芝居にかかっているぞ? ティナにやる気を起こさせろ」
「……はい、隊長。やってみます」
「よし、では訓練を再開しろ」
「はいっ!」

 
 近衛達はクリスを取り囲み、集団で襲い始める。

「おらぁクリス! 覚悟しなっ!」
「ほれほれー! 避けないと死んじゃうよぉー?」
「弱っちいクセに近衛名乗ってんじゃないよっ!」
「さっさと降参して泣いちゃえー!」
「反撃のひとつも出来ないのぉー?」
「うっ! くっ! 痛っ!? あぐっ!? うぐぅっ!?」
「あははははは!」

 クリスは集団でぼっこぼこにされ、ティナの居る給水所までじりじりと追い込まれてゆく。


 ソニアは右手で目を覆い、ガックリとうつむきながらぼそりと呟く。

「……あの馬鹿共め、集団でやる奴があるか。芝居のひとつも打てんのか……あいつらは……」


 クリスはナタリーに蹴り飛ばされ、座っているティナの横の壁に叩き付けられる。
 
「あぐっ!? うぐぅぅ……」
「あはははは! やーい、弱虫クリスー!」
「悔しかったらあたしらに勝ってみなぁー?」
「ほれほれ、早くティナに治して貰いなぁー?」
「治ったらまた鍛えてあげるよぉー?」
「お? 泣く? 泣いちゃう? あはははは!」


 ティナは慌てて立ち上がり、コップに水を注ぐとヒーリングをかけ、クリスに手渡しながら話す。

「クリスダイジョウブカッ! ケガシテナイカッ!?」
「……ありがとうティナ。あたし……弱いからしょうがないの」
「クリスヒトリニミンナデタタカウナンテ……ヒドイ!」
「いいの、弱いあたしが悪いんだ……シクシク……」

 クリスはうつむき、両手で顔を覆いながらウソ泣きを始める。


 ティナはワナワナと拳を握りしめ、振り返ると近衛達をキッと睨み付ける。

 とはいえ喧嘩をすれば、例え逆立ちしてもティナには到底敵いっこない相手。

 恐怖で足はガクガクと震え、目を泳がせながら、それでも勇気を振り絞ってティナは近衛達を怒る。

「ミンナヒドイジャナイカッ! ナンデクリスイジメルンダッ!」
「えー? イジメてないよぉー?」
「クリスが弱いのが悪いんだよぉー?」
「そうそう。あたし達鍛えてあげてるだけだよぉー?」
「いくら鍛えてあげても弱いまんまだけどねぇー? あはははは!」
「弱いと殺されちゃうもん。私達も辛いけど、クリス死なせない為やってるんだよ?」
「あっ、レイナ! なにひとりでイイコぶってんのよっ!」
「ズルいっ!」
「まるであたし達がクリスをイジメて楽しんでるみたいじゃないのさ!」
「いやまあ、実際イジメてるんだけどさ……」


 ティナは振り返り、クリスの前でしゃがみ込むと、クリスの両肩を掴みながら話す。

「クリス、モウタタカワナクテイイ! イジメナンテオレキライ! モウカエロウ!」
「……駄目、帰れない」
「オレモウヤダ! コノエヤダ! クリスモコノエヤメテ、イッショニカエロウ!」
「あたしは……近衛辞めないよ」
「ナンデッ!」
「あたしが頑張んないと……ティナ守れないんだもん」
「オレコノエニナンナイカラ! マモンナクテモイイ!」
「違うんだって。ティナが近衛になんなくても、あたしは谷のみんなを守んなきゃないの」
「タニノミンナ……マモル?」
「あたし達近衛が守んないと、みんな島の連中みたいな奴らから酷い目に遭わされちゃうの。あたしはみんなを守んなきゃないの」
「ミンナヲ……マモル……」
「でもあたし、弱いから……ティナに助けて欲しいな……」
「ウン! オレ、クリスタスケル! クリスガコノエヤメナイナラ、オレモヤメナイ!」
「でもあたし、弱いからティナの事守れないかも……シクシク」
「クリス……」
「ティナがあたしと一緒に戦ってくれると……あたしも強くなれそうな気がするなぁ……」
「オレモ……タタカエバイイノカ?」
「あたしとティナ、一緒に強くなって、近衛のみんなに勝ちたいなぁ……」

 クリスは指の間からティナの顔をチラッチラッと覗く。


 ティナは両手に力を込め、クリスの肩をギュッと掴みながら叫ぶ。

「ワカッタ! オレ、クリストイッショニタタカウ!」
「でも……痛いの嫌でしょ? 無理させられないよ……」
「オレガンバル! ガンバラカラ! イタイノガマンスルカラ!」
「本当? 一緒に……戦って強くなってくれる?」
「ウン! オレイッショニツヨクナル!」
「……嘘だったら嫌だよ? あたし、ティナの事嫌いになっちゃうよ?」
「オレ、ウソイワナイ! オレ、クリストイッショニツヨクナルカラ!」
「……約束……してくれる?」
「ウン! オレクリスニキラワレタクナイ! コノエデタタカッテツヨクナル!」
「……本当に……本当?」
「ホントウ! イッショニツヨクナロウ! クリス!」
「やったぁーっ! 一緒に頑張ろうねっ! ティナっ!」
「ワッ!?」

 クリスはティナにガバッと抱き付き、大喜びした。


 近衛達は唖然としながら、抱き合うクリスとティナを見つめて話す。

「これって……成功したの?」
「案外ティナって……チョロかったのね……」
「近衛辞めるって言った時はちょっと焦ったよ」
「こりゃクリスの大勝利ね」
「クリスの芝居が一番上手かったわね」


 ソニアが近衛達の横に並び、腕を組みながら話しかける。

「いや、一時はどうなる事かと思ったが……成功だな」
「はい、隊長」
「上手くいったみたいですね」
「何かあたし達、ティナに嫌われちゃったかも……」
「それはしゃーない。これから信頼関係築いて行けばいいんだよ」
「クリスとティナのコンビかぁ……何か凄く強くなりそうな気がする」


 近衛達はティナに抱きついて喜ぶクリスと、宣言した以上戦わねばならなくなってしまい、緊張しているティナを見つめた。

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