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クリスの受難
40 剣術試験 中編
しおりを挟むクリスとティナは午後の試験を待ち遠しく思い、家へと帰りながら話す。
「よーっし! 残すは隊長とあんたね!」
「クリスとソニアに勝てば、俺いっちばーんっ!」
「そう簡単に一番になれると思ったら大間違いよ!」
「俺、負けないもーん!」
「小生意気になっちゃってもうっ」
「えへへ……」
クリスとティナは家に帰り、居間のテーブル席に移動しながら台所の母を呼ぶ。
「お母様ー! たっだいまー!」
「母さんただいまー!」
「そろそろ帰ってくる頃だと思ってたよ! お帰り!」
「お昼ゴハン出来てるー?」
「腹減ったぁー!」
「はいはい、今持ってくからねー!」
グレイスは昼食をテーブルに運びながら、ニコニコしている2人に話しかける。
「おや、どうしたんだい? 何か2人とも、いつもと違うんじゃないかい?」
「分かる? 今ね、剣術試験中なの!」
「俺達強いぞ!」
「あらっ、午前中いい成績だったのかい?」
「うん! あたしとティナ、全勝中よ!」
「あとソニアも!」
「へぇーっ。2人ともあのソニアと肩並べてんのかい? 凄いねぇ!」
「ここまで来たら1番になりたいよねっ?」
「うんっ! 俺、絶対1番になる!」
「うんうん、頑張っといで! じゃあ今晩は、1番になる記念にご馳走にしようか!」
「やったぁ! でも……2人とも隊長に負けたらどうするの?」
「大丈夫! 俺、勝つから!」
「負けたら負けたで残念会だ。ご馳走に変わり無いよっ!」
「やっほぉーいっ!」
「1番になって、ご馳走食べたいー!」
「さあさあ、ゴハン食べてまた頑張っといで!」
「はーい! いっただっきまぁーっす!」
「いただきまぁーっす!」
「へぇ……この2人がねぇ……。さぞやソニアも嬉しいだろうねぇ……」
グレイスはガツガツとお昼ゴハンを食べる2人を、感慨深げに見つめていた。
昼食後、近衛達は再び兵舎に集合し、午後の試験に挑む。
午後最初の試合、総当たり6回戦目。
ソニアとエリは対戦無し。
試験21回戦、チェイニー対レイナ。 レイナ勝利
試験22回戦、コロナ対ナタリー。 ナタリー勝利
そして試験23回戦、全勝中のクリスとティナの戦いが始まる。
クリスとティナは訓練場の中央に立ち、一礼を終えると木剣を構えながら話す。
「行くわよティナっ!」
「負けないぞ、クリスっ!」
「そりゃぁーっ!」
「おりゃぁーっ!」
2人は激しく木剣をぶつけ合った。
ナタリーとレイナは試合を見ながら話し合う。
「レイナお疲れー」
「ナタリーもお疲れ様ー」
「お互い勝ち星増やせたね」
「うん。私最後コロナに勝てれば、4番ね」
「私はエリに勝てれば、5番」
「それにしてもティナ、強くなったわね」
「毎日ティナに付き合わされたクリスもね」
「今回、どっちが勝つと思う?」
「隊長とティナ?」
「そそ。私はそろそろティナが勝ちそうだと思う」
「そうよね。前回の試合、惜しかったものね」
ティナは木剣2本を構え、クリスに突撃する。
「おりゃぁーっ!」
「なんのっ! はっ! ほっ!」
「でぇーいっ!」
「おいしょーっ!」
クリスはティナの高速4連撃を、全て木盾で受け止める。
ティナはバックステップして間合いを取り直すと、再びクリスに襲いかかる。
「もう1回ーっ!」
「負けるかぁーっ!」
「とりゃぁぁぁーっ!」
「見切ったぁぁぁっ!」
クリスはテイナの高速8連撃も全て木盾で受け流す。
ティナは8連目を受け止められ、大きく息を吸い込むと再びクリスに襲いかかる。
「すぅっ……まだまだぁーっ!」
「ちょっ!? まだくんのっ!?」
「だぁぁぁぁっ! りゃぁぁぁぁっ!」
「うっ、くっ……負けるかぁぁぁっ!」
クリスはティナの高速12連撃のうち、2発受け損ねながらも何とか堪えた。
クリスに2発打ち込んだティナは、一気に畳みかける。
「これでっ! どうだぁぁぁっ!」
「ええっ!? まだっ……来るかぁぁぁっ!?」
「おりゃりゃりゃりゃりゃぁーっ!」
「あっ、くっ、うっ、あぐっ!?」
クリスはティナの高速16連撃のうち、4発被弾する。
クリスは堪らず後ずさりし、ティナとの距離を大きく取る。
「はぁ……はぁ……いたた……6発も喰らっちゃっちゃ……」
「まだまだ行くぞぉーっ!」
「ホント底無しの体力ね! あんた!」
「次はクリス倒れるまで、斬り続けるぞぉーっ!」
「げっ!? ウソでしょっ!?」
「ウソかどうか受けて見ろぉーっ!」
「じょっ、冗談じゃないっ! ちょっと待った!」
「うん! 俺、待つぞ!」
「へっ!? ほ……ホントに待ってくれんの?」
「クリス待てって言ったから待つ!」
「あ、ありがと」
(相手に待てって言われたら本当に待つとか……やっぱあいつバカ)
2人の戦いを見守っていたソニア達は、本当に待ったティナに唖然として開いた口が塞がらなかった。
クリスは息を整えながら次の一手を考える。
(はぁ……はぁ……ふぅっ。さて……どうしよう……。
守ってばっかりじゃ負けちゃう。
何とか一撃喰らわせなきゃ……。
でも……どうやって?
たった1発じゃ反撃されてお終いね。
でも、隊長みたいな必殺の一撃だったら……。
喰らわせる事が出来たら、流石のティナも沈むよね?
うーん…………思いきって……盾捨ててみるかな?
よし! 前に考えてたアレ、試してみよっ!)
クリスは木盾を正面に構え、前傾姿勢を取りながらティナに叫ぶ。
「行くよティナっ! あたしの一撃、受けてみろぉーっ!」
「いつでもいいぞ! クリスーっ!」
「痛かったらごめんねーっ!」
「当たる気無いから大丈夫だぞーっ!」
「意地でも当てるからねーっ!」
「意地でも当たらないぞーっ!」
「ホントのホントに当てちゃうんだからぁーっ!」
「ホントのホントに避けるからぁーっ!」
「当たっても死なないでねーっ?」
「当たらないから死ななーー」
「2人とも早くやれぇーっ!」
「仲良しかーっ!?」
「言葉遊びすんなぁーっ!」
「とっとと始めろぉーっ!」
「いつまでもハラハラさせないでよぉーっ!」
近衛達は痺れをきらし、2人に野次を飛ばした。
ソニアは右手で目を押さえ、ガックリと下を向いていた。
クリスは野次を聞き流し、ティナに叫ぶ。
「じゃあ行くよっ! ティナ覚悟ぉーっ!」
「来いクリスぅーっ!」
「せぇーのぉっ……おりゃぁぁーっ!」
「!?」
クリスは正面に木盾を構え、ティナに向かって突進した。
ティナは木剣を目の前で交差させ、クリスの突進に合わせて木剣を一気に振り抜いた。
カァンッ
クリスの木盾は乾いた音を立て、弾き飛ばされると勢いよく訓練場の壁に真っ直ぐ飛んでゆく。
ティナは木盾ごとクリスを弾き飛ばすつもりで、木盾めがけて思い切り木剣を2本とも振り抜いていた。
しかし、木剣に手応えは全く無く、木盾の後ろに居るハズのクリスも居ない。
クリスを見失ったティナは慌てて上を見る。
「上っ!?」
「貰ったぁぁぁっ!」
「うわぁぁっ!?」
クリスはティナの木剣が当たる直前に木盾を手放し、翼を広げて垂直にフワリと飛び上がっていた。
真下には両手を左右に伸ばしきり、硬直しているティナ。
クリスは木剣を両手に握りしめ、ティナの頭めがけて落下しながら思い切り振り下ろす。
ガツンッ
静まり返った訓練場に鈍い音が鳴り響く。
近衛達の目には仁王立ちのクリス、両手を床に着いているティナが映った。
誰しもクリスの一撃が、ティナの頭に命中したと思った。
クリスがティナに勝った、全員がそう思った瞬間。
カラァン
落下してきた木剣が、訓練場の床に乾いた音を立てて転がった。
近衛達は、改めて2人を見る。
床に手を着くティナの両手には、木剣が2本ある。
では、今落ちてきた木剣は誰が持っていたものか。
答えはひとつ、クリスの持っていた木剣。
クリスの両手の位置もおかしい。
木剣を振り下ろしたのであれば、クリスの両手は下がっていなければならない。
しかし、クリスの両手は高く上げられ、さながら万歳をしている格好であった。
ティナの姿勢もおかしい。
よく見ると、右足が床に着いていない。
両手と左足は床に着いているが、右足が見えない。
クリスがふらふらと後ろに下がって尻餅をつき、床に座り込んだ時、ようやく近衛達はティナの右足を発見した。
ティナの右足は高々と天に向かって垂直に上げられ、不思議な恰好をしていた。
近衛達はどんな状況だったのか把握する。
ティナはクリスの振り下ろした木剣を防ぐ為、前のめりに屈んで右足を突き上げ、柄の頭を正確に蹴り飛ばしていたのであった。
クリスは尻餅をついたまま、ティナに話す。
「……ちぇっ。勝ったと思ったのになぁ……」
「……危なかった。避ければ良かった……」
「木剣を無くしたから……あたしの負けね」
「いいのか? 俺の勝ちで?」
「……しょうがない、奇襲失敗だよ」
「クリス凄い! まさかクリスが、盾捨てると思わなかった」
「そんくらいしなきゃ、あんたに動き読まれちゃうからね」
「足が当たらなかったら……俺、負けてた」
「あんたがそう思ってくれたんなら、とりあえずあたしは満足よ」
2人は立ち上がり、一礼し合う。
パチ
パチパチ
パチパチパチパチ
近衛達は立ち上がり、ギリギリの戦いをした2人に惜しみない拍手を送った。
「すっ……凄いっ!」
「あのクリスの一撃に反応したティナ……凄いっ!」
「ティナ追い詰めたクリスも凄いっ!」
「どっちが勝ってもおかしくなかったよ!」
「まさか右足1本だけで決着つけるなんてっ!」
「いい勝負だったぞ! 2人とも!」
ソニアも立ち上がり、惜しみない拍手を2人に送っていた。
回復と休憩を挟み、7回戦が始まる。
チェイニーとクリスは対戦無し。
試験24回戦、コロナ対レイナ。 レイナ勝利。
試験25回戦、ナタリー対エリ。 ナタリー勝利。
試験26回戦、ソニア対ティナ。
いよいよ全勝目前のティナと、立ちはだかるソニアの試合が始まった。
訓練場の中央でお互い一礼し、間合いを開けると2人は話す。
「今日こそは負けないぞ、ソニア!」
「ふっ……」
「絶対避けて、反撃する!」
「避けられるものなら……避けてみろ」
2人はお互い睨み合い、じりじりと摺り足で間合いと詰めてゆく。
先に間合いに入ったのは、ティナの木剣よりも3倍刀身が太くて長いソニアの木大剣。
ピタリと止まったソニアに、尚もティナは間合いを詰めてゆく。
そしてティナの木剣も間合いに入り、両者ともその場からピクリとも動かなくなった。
固唾を飲んで、じっと勝負の行く末を見守るクリス達。
ソニアとの戦いは、一撃で勝敗が決まる。
一瞬で決まる戦いに、瞬きなどしている暇は無い。
クリス達もピクリと動かず、じっと見つめ続けた。
ティナはソニアを睨みつけ、いつ攻撃が来てもいいように回避姿勢を取りながら思考する。
(良し、ここまではこの前の試験と一緒だ。
問題はこの次だ!
この前は避けれると思ったのに、ソニアの剣めちゃくちゃ早かった。
あの速さ……いつもと何かが違う。
そこを見付けなきゃ避けられない!
ソニア、絶対いつもと違う動きするはずだ。
どこだ?
……どこが違う?)
ソニアは背中の翼を大きく広げ始めた。
ティナはこれだと気付く。
(あ、翼広げた。
あれって確か……狩り行った時、人間殺すのによくやってるな。
訓練中にはあまりやらないな……。
あ、もしかして翼動かして、剣の速さ上げてるのか?
うん、多分そうだ。
じゃないと、いつもより速く剣が来る事無いもんな。
良し、あとはソニアの目を見て……来るって分かったらすぐ避ける!
あの剣の位置から狙ってるのは……俺の左肩か。
俺も翼使って、絶対避ける! 絶対避けるっ!)
ティナはソニアの真似をし、翼を大きく広げる。
ソニアはティナの行動に驚きながら話す。
「むっ!? ティナ……もしや気付いたのか?」
「……多分、そうだと思ってる」
「そうか………これに気付かれるまでは、絶対お前には負けぬと思っていたのだがな」
「俺、絶対勝つ!」
「……ふっ。これは……避けられてしまうかも知れんな……」
ティナは万全の態勢で、ソニアの一撃を待った。
一撃必殺を狙うソニア。
回避からのカウンターを狙うティナ。
2人は一瞬の刹那が交わる時を、全身汗ばみながら待った。
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