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クリスの受難
42 島
しおりを挟むある朝、ティナ達が兵舎で訓練をしていると、谷の上空に大きな影が落ち始める。
訓練場に居たティナは、外から差し込む光が遮られたのに気付き、声を上げる。
「あれっ? 外暗くなってないか?」
「あ……あいつら来たのね」
「来なくてもいいのに……」
「そう言わないでよ。もしかして、男衆返しに来たのかもよ?」
「あ、その可能性あるのか」
「やっと返してくれる気になったのかな?」
「18年ぶり?」
ティナは首をかしげながらクリスに聞く。
「? あいつらって誰だ?」
「島に決まってるでしょ」
「島……えっ!? グスタフまた来るのかっ!?」
「多分ね」
「えーっ……俺、あいつ大嫌い」
「あたしもよ。あんたの事イジメた奴なんて大嫌い」
「俺の事……またイジメに来たのか?」
「そうと決まったワケじゃないけどさ……またロクでもない事しに来た可能性はあるね」
「なあ? 俺、グスタフやっつけてもいいか?」
「いきなり喧嘩売るのはやめなよ? 多分あんたが勝つだろうけど、後々面倒臭くなるから」
「うん……」
ソニアは手にした木大剣を訓練場の床に放り投げ、近衛達に命令する。
「全員直ちに訓練を中止! 兵装後、直ちに両陛下の元へ行くぞ!」
「はいっ!」
「……また、面倒事を持って来なければ良いのだが……」
近衛達は木剣と木盾を置き、訓練場から隣の部屋に移動すると、保管している軽装甲冑を身に纏う。
部屋の出口前に並べてある自分用の剣と盾を装備し、ソニアを先頭に女王2人の元へと急いだ。
島は谷の上空で静かに止まった。
泉の麓、大木の前でイザベラ、ローラ、近衛隊全員でざわざわしていると、島からグスタフがひとりで降りて来る。
手に武器は持っておらず、両手で大事そうに紙の巻物を持っていた。
谷へ降り立ったグスタフは女王達の前に来て跪くと、恭しく挨拶をする。
イザベラはむすっとし、ローラは表情を強張らせながら答えた。
「お久し振りでございます、両女王陛下」
「ふん!貴様が来ない間、平和であったのに!」
「……また、我等の平和を乱しに参られたのですか?」
「いえ。もう決して、二度とその様な事は致しませぬ」
「はて、どうだかな?」
「谷に男は、ひとりも居ませんよ?」
「はっ。それは重々承知致しております」
「……そうか。では、ようやく男衆を帰しに来たのだな?」
「ルドルフが、やっと決断されたのですね?」
「いえ、皇帝陛下はまだそのご決断をなされておりませぬ」
「では、谷は貴様らに用など無い。さっさと帰れ」
「次は帰して下さる時においでなさい」
イザベラとローラは、頭を下げ続けるグスタフに全く取り繕わず、追い返そうとした。
グスタフは顔を上げ、手にした巻物をイザベラの前に差し出す。
「本日は島よりお願いがあって参りました。どうぞこちらの書状をお読み下され」
「いらん。そんなもの読むと目が腐る」
「お断り致しますわ」
「そんな事仰らずに。さ、どうぞこちらーー」
「それ以上近寄るな! 私を襲う気かっ!?」
「ティナだけでは飽きたらず……私達まで辱しめるおつもりですかっ!?」
「いえ! もう二度とあの様な事など致しませぬ! どうか信じて下され!」
「信じられるかこのハゲ!」
「女の敵は死になさい!」
「両女王陛下ぁ……どうか儂の話に耳を傾けて下され」
「断る! 耳が腐って落ちる!」
「ヒーリングをかけるオドが勿体ありませんわ!」
「何卒お願い致します。両女王陛下がこの書状を読んで下さらねば……儂は処刑されてしまいます」
「処刑されてしまえ!」
「何でしたら、ここで処刑して差し上げますわよ?」
「そんな……後生でございます。どうかこちらを……」
「……ふん! 仕方無い、読んでやる」
「お寄越しになりなさい」
「あ、ありがとうございます! では……」
グスタフはおずおずとしながらローラに巻物を手渡した。
ローラは受け取った巻物の封を切り、イザベラの横へ座ると2人で書状を読み始める。
「……ふん! どうせこんな事だろうと思っておったわ!」
「妃候補を寄越せとは……相変わらず谷を馬鹿にしておりますわね!」
「この度、ソーマ皇子がお妃を娶る事となりました!
臣民から候補を選んでおりますが、皇子は是非谷からもとの事!
私が将来のお妃様候補を選んで来る様、仰せつかって参りました次第でございます!」
2人の憤りに全く気付いていないグスタフは、書状の内容を近くで待機している近衛隊へ聞こえる様に大声で話した。
近衛隊のお前達が、島の次期皇帝の妃になれるかも知れないのだぞ、と。
妃という言葉に心をときめかせたクリスと、何を言っているのかさっぱり分からないティナ以外の6人は瞬時に意図を理解し、誰が島なんぞに行くかと不貞腐れた。
イザベラとローラはムッとしながら、グスタフに嫌味を言う。
「ソーマといえば、谷の子を殺した3日後に産まれてきたのであったな?」
「ルドルフも、さぞや可愛いがっていらっしゃるのでしょうね?」
「はい。我が皇帝陛下はその目にお入れになられても痛くないほど、とてもご熱心に可愛がっていらっしゃられております」
「そういう事を聞いたのでは無い。世界を救う子がラインハルト家から産まれ、さぞや可愛いのだろうと言っておるのだ」
「あの若造のしてやったり顔が、嫌でも目に浮かびますわ」
露骨に不快感を示すイザベラとローラへ、グスタフは弁解する。
「両女王陛下。確かに儂が谷の子をこの手にかけました。
しかし、こうして世は平和になっておられましょう。
あの子は忌み子であったのです。
あれから18年、そろそろ水に流しては頂けませぬか?」
「はっ! ムシの良い話だなグスタフよ。我等は決して忘れぬぞ、貴様の犯した罪を!」
「無関係のティナまで辱しめた事も、絶対に忘れませんわ!」
イザベラとローラは、あくまで自分を正当化させようとするグスタフへ怒りをあらわにした。
グスタフは反論出来ず、困惑しながら深々と頭を下げて弁明する。
「両女王陛下、お怒りはごもっともでございます。
しかしながら、それは儂個人の責でございます。
皇子からのご配慮、どうか無碍になさらないで下され。
何卒、お願い致します」
「……ふん! で、谷からの妃取り、どうしてもと言うか?」
「お姉様……私は気乗り致しませんわ。」
「近衛に聞くだけ聞いてみるだけよ?」
「……この子達がお断りすれば、良いだけですか」
「うん、そういう事よ」
「では、致し方ありませんわね」
「……ソニア。近衛に島へ行きたいか聞いて頂戴」
「はっ、陛下」
ソニアはイザベラに言われるがまま、近衛兵全員に聞く。
「お前達、島へ行きたいか?」
「えっと……お腹痛いです」
「お腹減りました」
「今日、まだお風呂入っていません」
「ゴハン作る予定ありますので」
「大事にしてたソーセージが腐っちゃいます」
「お妃様……かぁ……」
「俺、分かんない」
話に食い付いたクリス以外、全員すっとぼけた返事をした。
ふざけた返事を返した近衛兵達へ、グスタフは近付いてゆく。
グスタフは近衛達の顔をじろじろと見ながら歩き、目の前に立ち止まって名前を聞く。
「そなた、名前は?」
「……チェイニー=トニトルス」
「ふむ、精霊名持ちか。顔もまずまず、乳もでかいな」
「しっ、失礼なっ!」
「そなたは?」
「コロナ=ファイアストーム」
「ふむ、ブスだな。この顔では無理だ」
「あぁん? ……今、なんつった?」
「……そなたは?」
「エリ=シュヴェルツヴァッサ」
「顔がいまひとつで乳も無い、駄目だ」
「くっ、気にしてるのに!」
「そなたは?」
「レイナ=アクアマリン」
「……うむ、顔も乳も合格だ。候補だな」
「慎んでお断り致します」
「そなたの名は?」
「知らない」
「……名を名乗れ」
「ヴェーチェル」
「精霊名を聞いたのでは無い。名を名乗れ」
「ナッタリ」
「……ふむ。その傲慢な態度、従順な肉奴隷になるまで調教してやりたいぞ」
「家畜じゃ無いので結構でーす」
グスタフは次々と近衛兵達に問い質し、失礼な事を喋る。
近衛兵達は憤慨し、この無礼な変態親父を斬り殺してやりたいという衝動を堪えた。
ティナはグスタフが近付いて来る度にびくびくとし、ナタリーの前に来た時にはクリスの後ろへしゃがみ込み、丸く蹲っていた。
グスタフはティナの奇行に気付きながらも、5年前の蛮行を忘れ声をかける。
「おい、ティナ。立って顔を見せろ」
「……やだ」
「立って、儂に顔を見せろ」
「やだ。俺、お前大嫌い。俺、居ない。お前見えない」
「儂はお前にまだ謝っておらんのだ。ちゃんと謝りたい」
「…………もう、裸にしないか?」
「しない、約束する」
「…………もう、おっぱい揉まないか?」
「揉まない。だから顔を見せてくれ」
「…………もう、逆さにしないか?」
「しない。ハゲと言っても怒らんぞ?」
「…………うー……」
ティナは渋々と立ち上がり、グスタフへ顔を見せた。
グスタフはティナの顔と胸を見て、目を見開きながら驚く。
「むっ!? ティナ……随分と美しくなったものよのう!」
「…………」
「顔と乳、どちらも素晴らしい! これは……実に素晴らしいぞ!」
「お前に誉められても俺、嬉しくない」
「どうだ? 島に妃として召される気は無いか?」
「やだ」
「お前のような、とびきりの美人は島にもおらん。お前だったら、妃として最優先候補になれるぞ?」
「妃、知らない。俺、島行かない」
「もし妃になれなかったら、儂がお前を貰ってやるぞ?」
「やだ。俺、お前にあげない」
「一生、死ぬまで可愛がってやる。儂の女にならんか?」
「やだ! 俺、谷から出る、絶対やだ!」
「頼む、儂はお前が欲しいぞ。妃になったら諦めるが……是非ともお前を妻にしたいのだ」
「やだ。俺はお前、いらない」
グスタフは執拗にティナへ求婚を申し込み始める。
ティナもグスタフから執拗に話しかけられ、泣きそうになっていた。
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