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クリスの受難
51 母と叔母
しおりを挟む兵舎にやって来たソニアとクリスは更衣室に入り、着替えを始める。
顔の化粧を落とし終え、花嫁衣装を脱ぐクリスに着替えを準備したソニアは話しかける。
「クリス、良く決断したな」
「隊長、ご迷惑をおかけしました」
「今はお前と2人っきりだ、叔母さんと呼んでも構わんぞ?」
「いえ、呼びませんよ?」
「義姉さんから言われたのか?」
「近衛へ入隊した時に言われました。もう絶対に叔母さんとは呼ぶな、隊長と呼べと」
「律儀に守る必要など無いのだぞ?」
「それは出来ませんよ。近衛となったケジメです」
「……ふっ。そういえばお前は、子供の頃から親の言い付けを守る奴だったな?」
「ちょっとでも逆らったら、お尻ぺんぺんでしたから」
「兄貴がやっていたのか?」
「お父様はあたしにデレデレですよ? むしろお父様のほうがお母様にしょっちゅうボコられてます」
「ははは! 義姉さんは強いからな」
ソニアは兄セルゲイがグレイスに叩かれている姿を想像し、声を出して笑う。
クリスは下着姿のまま、丁寧に脱いだ花嫁衣装を畳みながらソニアに聞く。
「お母様って、何であんなに強いんですか?」
「ん? 義姉さんの過去、聞かされていないのか?」
「はい、何も」
「では、私が言ったとは言うなよ?」
「はい、絶対に言いません」
「グレイス義姉さんな、先々代の近衛隊長だったのだよ」
「えっ……ええっ!?」
「とても強くてな、谷の男達の憧れの的だったのだぞ?」
「し、知りませんでした」
「男は選び放題だったのだがな、その中で兄貴が見初められたのさ」
「お父様って……お母様に捕まったんですね?」
「まあ、そうなるな」
「お父様とお母様、そんな出逢いだったんですね?」
「いきなり家に押しかけてな、『あたしの婿になれ!』ときた」
「お、お母様……なんて強引な……」
「兄貴もびびって、二つ返事で『はい!』と言ったものだから……私は猛反対したものさ」
「隊長、猛反対だったんですか?」
「あの時は私もまだ小便臭い子供でな、兄貴を盗られたくなくて、必死に抵抗したものさ」
「隊長、何かしたんですか?」
「……聞くか? 笑えるぞ?」
「はい、是非」
クリスは自分の両親が番になろうとしている時に邪魔をしていたソニアの過去に興味を持ち、話を聞きたがった。
ソニアは昔を思い出し、感慨深い顔をしながら話し出す。
「両親が既に他界し、2人暮らしだった兄貴と私は強引にフレイムアースの家に連れ込まれてな、今日からここが家だと説得……いや、脅された」
「脅し……」
「いきなり何を言うんだこの女、と思った私はあの手この手で邪魔をしたものだよ」
「何を……したんですか?」
「メシが不味いと言ったら、黙って食えと頭を叩かれた」
「ありゃま……」
「服や靴を隠したら……仕返しに私の服を全部洗濯され、裸で外に放り出された事もある」
「えええ……」
「私もお尻ぺんぺんはしょっちゅうされたぞ? とにかく酷い女だと思った」
「お母様……怖い」
「もう頭に来てな、家出をした事があったんだ。アースウィンドの家に隠れようと思ったが、すぐにバレる。だから谷底に隠れたのだ」
「隊長が……家出!?」
クリスは幼少期のソニアが必死になって抵抗していた事実を知り、自分の母とソニアとの確執を想像しながら話を聞き続ける。
ソニアは家出を決行したその後を語る。
「今頃必死に探しているだろうな、ざまあみろと思ってたのは……最初だけだったよ」
「…………」
「谷底は昼でも暗い、夜になると全く何も見えん。暗闇の中、身体中虫に集られ、泣きそうになった。いや、泣いたか」
「虫……うぇぇ」
「もう、私は誰にも見つけられないまま虫に喰われてしまうと絶望していた時、ふっと大きな影が目の前に現れ、私を抱き上げて飛び上がり、谷に連れ戻された。……義姉さんだったよ」
「…………」
「かがり火の前に連れて来られ、私の身体にまとわりついていた虫を、義姉さんは何も言わずに払ってくれた」
「…………」
「絶対に怒られる、そう覚悟していたのだがな……義姉さんは何も言わずに、私を抱きしめてくれた」
「…………」
「義姉さん、泣いていたよ。家出した事も怒らずに、ずっと泣いていた」
「…………」
「義姉さんな、ずっとひとりで私を探していたんだ。谷のみんなには私を見付けたら、何も聞かずに匿ってやってくれと言ってな」
「お母様……」
「陛下が風の目で探すとおっしゃって下さったのも、お断りしたそうだ。私が家出したのは自分のせいだから、自分ひとりで探すってな」
「あの……その時お父様は何を?」
「兄貴にも手伝わせなかった。絶対に連れて帰って来るから、風呂沸かして待っててくれと言ってな」
「お母様、隊長が家出した責任を……」
「義姉さんな、子供への接し方が分からなかったのだ。だから、私に嫌われている事が凄く悲しくて、どうしたら仲良くなれるのかずっと悩んでいたのだよ」
「そんな時、家出されちゃっちゃんですね?」
「……戻って来た私を、兄貴も何も言わずに出迎えて、風呂に促された」
「…………」
クリスは自分の両親が、家出をしたソニアに怒る事無く迎え入れた事を聞き、もし家出をしたのが自分だったらどうなっただろうと、思いを馳せる。
ソニアはその後の展開を話し続ける。
「風呂の中で私は、何と言って謝ろうかずっと悩んだよ」
「あたしだったら……怖くて謝れないです」
「何も思い付かずにのぼせてしまい、風呂から出てふらふらとしながら居間に行った。そして……見てしまったのだ」
「何を……ですか?」
「義姉さん、大号泣していたよ。兄貴がずっとなだめていた」
「…………」
「私はどうして良いのか分からなくなった。声も出さずに扉の陰に隠れ、じっと見ている事しか出来なかった」
「…………」
「兄貴も私が見ていたとは気が付かなかったのだろう。義姉さんを連れ、寝室へ行った」
「寝室……へ?」
「男と女が寝室に行ったら、やることはひとつだ」
「うぇっ!?」
「……子供の私には衝撃だった。兄貴が……あんな事を……」
「こっ…子作り……」
「その時初めて、私は義姉さんに敗北したと思ったよ。2人の仲をぶち壊していたのは、他でも無い子供の私だったってな」
「隊長……」
「だから未だに私は義姉さんに頭が上がらん。今でも事ある毎に、『あんたのお陰で子育てのいい練習が出来た』と言われる」
「お母様らしいわ……」
お母様と叔母さんの確執は、叔母さんの家出がきっかけで和解したのかと、クリスは今の2人の関係に納得する。
ソニアはクリスに叔母らしい事でも言ってやろうかと思い、両腕を組みながら話しかける。
「クリス、あまり義姉さんを困らせるなよ?」
「は、はい」
「早く孫の顔見せてやれ」
「ちょっ!? たっ、隊長っ!?」
「ティナが男に戻ったら……頑張れよ?」
「う……え……は……い」
「何を濁しているのだ?」
「いやぁ……そのぅ……着替えました!」
「む? はぐらかしたな?」
「先の話ですっ! 女同士じゃ子供は作れませんっ!」
「まあ、確かにそうだな」
「そっ、それに……まだあたしのモノになるって決まったワケではありませんっ!」
「何だと? お前……あの子を要らんとでも言うつもりか?」
「そ、そりゃ貰いたいです。でも、谷の女全員でお嫁さんになる競争しなきゃ!」
「ティナはお前と一緒になると言ったのにか?」
「今はそう思っていても……将来どうなるか分かりません。今日の約束のせいで、あいつがあたしの事嫌いになってしまってもお嫁さんに貰わなきゃ無いってのは……駄目ですよ」
「お前が嫌われなければ良いだけの話だろう?」
「……はい。嫌われないように頑張りますが……あたしもまだまだガキなので。うっかり嫌われる事しちゃうと思うんです」
「自分に自信が無いのか?」
「はい。あいつ、あたしの事大好きって言ってますけど、女としてじゃなくお姉ちゃんとして大好きなのかも知れませんし」
「大好きな事に変わりは無いのではないか?」
「あたしの勘違いでお婿さんにさせるのは……あいつが可哀想ですよ」
「では、本当にお前が女として愛されていると確信した上で、尚且つずっと嫌われないように、頑張らねばなるまいな?」
「はい。折角他の女達よりも優位に立たせて貰ってますので、何とか維持し続けて結婚に漕ぎ着けたいと思っています」
「……実を言うとな、私も密かにあの子を狙っているからな?」
「…………へっ!?」
「私を含め、他の誰かに盗られたくなければ……立場を死守するのだぞ?」
「は……はい」
「さて、そろそろ行くぞ。グスタフはいくらでも待たせて良いが、両陛下をお待たせ出来んからな」
「はい」
クリスはまさか叔母にまでティナが狙われてた事を知り、改めて自分の立ち回り次第ではティナを奪い盗られてしまうと危機感を覚えた。
ソニアは、顔を赤くしながら思案しているクリスに、まだまだ子供だと思っていたが、意外と考えていたのだなと思いながら微笑む。
2人は更衣室を出て、大木の麓へと急いで戻っていった。
クリスを連れて戻って来たソニアは、イザベラとローラに報告する。
「クリスを着替えさせて参りました」
「ご苦労さま。ではクリス、馬鹿皇子の事ふってらっしゃい」
「女を手込めにするなど、100年早いとでもおっしゃって来るのですよ?」
「はい。では、行って参ります」
「クリス、俺も行く」
グスタフを威嚇していたティナは剣を両腰に納め、クリスに駆け寄った。
イザベラとローラはティナに話す。
「ティナも行かせて護衛させたいのだけれどね」
「あなたが島に行かれると……色々と面倒な事が起きてしまいそうですわ」
「ほら、グスタフが嫌らしい顔で見てるわよ?」
「あなただけはそのまま帰さず、自分のモノになさるかも知れませんわよ?」
「えっ……俺、グスタフのモノになる、やだ」
「でしょ? 黙ってここで待ってたほうがいいわよ?」
「大丈夫ですわ。もしクリスを帰さないようでしたら……」
「私とローラが、ルドルフに怒鳴りつけてあげるから」
「辛辣に抗議して差し上げますわ」
「うーん…………俺、ここで待ってる」
ティナは振り返り、自分をニヤニヤと見つめているグスタフを見る。
背中にゾクリと悪寒を感じたティナは、島へ行かずに留守番する事に決めた。
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