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クリスの受難
78 絶賛のパン
しおりを挟むクリスも追いかけっこに参加し身体を慣らそうと、その場から離れようとした時、イザベラはクリスを呼び止めた。
「クリス、ちょっとコッチにいらっしゃい」
「? はい」
「あなたに言っておかなきゃならない事があるの」
「はい」
イザベラはクリスの耳元で、扇子で口元を隠しながら話す。
「あの子はまだ幼く、オドの保有総量が少ないわ」
「はい」
「ガーディアンとサイファを預けてしまったけど、きっとあの子はオドを使い果たして倒れてしまう時があると思う」
「はい」
「その時はクリス、あなたがあの子の唇にキスしてあげなさい」
「………へっ!?」
「あなたから唇にキスをして、あの子にあなたのオドを分けてあげるのよ?」
「えっ!? ええええっ!?」
「こう考えればいいわ。コップが2つあって、片方は水が入っていて、もう片方は空っぽ」
「……はい」
「唇を合わせてキスをして、片方の水からもう片方へ移すって事よ?」
「な、なるほど……」
「ただし、移しすぎるとあなたのオドが枯渇しちゃうかも知れないから、分けてあげるオドは加減してね?」
「きっ、キスじゃなければ駄目なんですか?」
「私達は普段、オドを何処から取り込んでる?」
「鼻と口からです」
「鼻と口なら、あなたはどっちがいい?」
「そ、それは……ええっと、鼻よりは口のほうがいい……です」
「そういう事よ。なんだったら舌を入れてあげてもいいわよ?」
「うぇっ!?」
「あくまでそうなった時の話よ。キスしてオドを分けてあげなさい」
「はい」
「言っといてなんだけど、真に受けて舌入れなくてもいいからね?」
「はぁ……はい」
イザベラからキスをしろと言われ、クリスは頬を赤らめながら頷いた。
イザベラは更に、真顔になって話す。
「いい、クリス? これから私が言う事は、ちゃんと覚えておいて頂戴」
「はい、イザベラ様」
「2人っきりになるんだから、子作りはバンバンしちゃってもいいわよ?」
「ふぇっ!?」
「でもね、絶対にしちゃいけない時があるの」
「……え?」
「さっき話した、あの子がオドを使い果たして倒れた時よ」
「はい……」
「その時だけは、絶対にしちゃ駄目よ?」
「だ、駄目なんですね?」
「もししてしまうとね……あの子死んでしまうから」
「……えっ!?」
「オドが枯渇し、生命の危機に陥った男はね、最後の生命力を振り絞って子孫を残そうとするのよ」
「あ、あの……それって、もしや?」
「そういう事よ。準備出来てると勘違いして、あなたは絶対にしちゃ駄目よ?」
「も、もしも……してしまうと……どうなるのですか?」
「子種を出した瞬間に、そのまま果てて死ぬわ」
「ええっ!?」
「自分はもう駄目だから、お前に自分の子孫を作って欲しいっていう意思で、残っているオドを振り絞って起ててるからね」
「た、起ってるん……ですね?」
「端から見たら興奮するような状況だけど、非常に危険な状態だからね? あの子が昏睡状態の時は、気を付けなさい」
「寝ながら起ってるとき……ですか?」
「判別がつかない時は、やめておきなさい」
「は、はい」
「その時出てきた子種を子袋で受け止めると、あなたは確実に妊娠するんだけどね……あの子も確実に死ぬの」
「…………」
「私達翼の民が、絶対確実に妊娠出来る最後の手段なんだけどね、得るものと失うものがあまりにも……ね」
「ぜ、絶対に……死んじゃうんですか?」
「必ず死ぬわ。動けなくなった自分に残された命を全て子種に込めるからね、身体から送り出すとそのまま……ね」
「お、男って……窮地に陥るとそんな大変な事になっちゃうんですか」
「だからお願い、その時は絶対にしないでね?」
「は、はい。絶対に……しません」
「約束よ?」
「はい、絶対に」
イザベラからの進言を、真っ青になりながら聞くクリス。
生命の神秘に触れたクリスは、その状況になった時は絶対に行動してはならないと胸に刻み付けた。
翼の無い身体に慣れる為の追いかけっこにクリスも加入し、大騒ぎしながら駆け回っているところへローラがやって来る。
ローラはチェイニーを呼び止め、声をかける。
「チェイニー、ちょっとよろしいですか?」
「? はい、ローラ様」
「今、母親衆が兵舎で夕食を作っているのですが、昨日のパンの作り方を教えてあげて頂けませんか?」
「えっ!?」
「私もお姉様も、またあのパンが食べたいのです」
「あのパンを……ですか!?」
「ええ。母親衆にも作り方を教えて、谷に広めたいのです」
「いや……その……えええ……」
「あなたのパン、大好きになってしまいましたわ」
「でっ、でもっ……あんなパンですよ?」
「素晴らしいパンですわ。母親衆にはこれから天才が手伝いに行くと伝えてますわ」
「あの、私……お母さん達から怒られそうな気がするのですが?」
「どのようなパンなのかは、もう伝えました。母親衆も感心してますわよ?」
「かっ、感心ですか?」
「誰も思いつかない発想のパン、是非作りたいと口々におっしゃってますわ」
「お母さん達にも……評価されてるんですか?」
「ええ。もう生地は発酵させ終えたそうですので、作るにあたってのコツを教えに行って頂けませんか?」
「はいっ! 行ってきます!」
「チーズのパン、多めにお願いしますね?」
「はいっ! お任せ下さい!」
チェイニーは喜び勇んで兵舎へと駆け出して行った。
陽が落ちかけた夕暮れ時、泉のほとりで早めの夕食会が開かれる。
カーソンとクリスを、谷の民に知らせず極秘に送り出す歓送会。
イザベラとローラ、現役の近衛全員、母親衆、服を仕立て終えた老婆衆が加わり現役の近衛と谷の風全員が、手渡した服を着替えに行ったカーソンとクリスを待っていた。
2人の到着を待ち遠しく待っているところへ、イザベラがまたイタズラを仕掛ける。
セイレーンで姿を消し、突然目の前に出現させるイタズラに全員が驚く。
現役の近衛は2度目な事もあり、身体をビクッとさせた程度であったが、母親衆は悲鳴をあげながらひっくり返り、老婆衆からは心臓麻痺で殺されるところだったとぼやかれた。
イザベラとローラが再び腹を抱えて笑う姿に、その場に居合わせた全員が思う。
女王として日々民達の為に苦心されている2人の為なら、この程度のイタズラに怒る事など出来ない…と。
女王2人の笑い声に釣られ、全員が笑い合った。
イザベラとローラの意向で、堅苦しい食事会ではなく楽しい食事会にしたいとの言葉を受け、全員が従う。
精霊を見付け契約し、強くなって帰ってくる旅なのだから、今生の別れになるような縁起でもない事はしたくないという事だろうと、全員が理解した。
いつも通りの夕食会、いつもより人が多い夕食会という雰囲気で食事が始まる。
イザベラとローラは目の前にある複数のパンが乗った大皿を見回しながら話す。
「どれがチーズのパン?」
「これですか?」
「あ、陛下。それはハチミツのパンです」
「チーズ入りはこちらです」
「ありがとう。ああ、また食べられるなんて嬉しいわ」
「ええ。とっても美味しかったパンですものね」
イザベラとローラはチーズ入りのパンを口にし、幸せそうな顔で食べ始めた。
母親衆、老婆衆も次々とパンを食べ、出来上がりをチェイニーへ評価する。
「チェイニー、あんた大したもんだよ。旨い!」
「いやホントに美味しいパンだわ」
「これは是非ともみんなに広めなきゃね」
「とんでもない発見だよね、これは」
「こんなの全く思い付かないわ」
「いやいや、若い子の発想には恐れ入ったよ」
「ジャム塗る手間が省けていい、凄くいいよ」
「これからはこのパンが、谷の主食になるかもねぇ」
母親衆も老婆衆も、チェイニー考案のパンを大絶賛した。
チェイニーは照れながら話す。
「いえ、そんな。お母さん達の工夫が良かったんです」
「照れてんじゃないよ」
「水っ気の多いハチミツとかを、残り物のちぎったパンに吸わせてから生地で包むなんて、私には思い付きませんでした」
「そうしたらデロンデロンにならないかと思ったけど、正解だったね」
「他の具材も、予め水分飛ばしてから使ったほうが上手くいくね」
「こういった工夫をすぐ思い付くのは、流石お母さん達です」
「いやホントにいいよ、このパン」
「パンも旨いし洗い物も減る、いいわこれ」
「実際は手抜きなんだけど、出来上がりは美味しいとか最高のパンだわね」
「よくジャム溢してテーブルがベタつくんだけどさ、これなら溢さないしねぇ」
「パンに合う具材、合わない具材も容易に想像出来るし」
「そうそう、一緒に噛んだとき食感がパンに合わないもんは駄目ってね」
「チェイニーのお手柄だね、この大発見は」
「……えへへ」
母親衆は家事の手間が省けると喜び、老婆衆は手元が震えてジャムを溢す心配が無いと喜ぶ。
手放しで誉められまくり、チェイニーは有頂天となった。
昨日のパンを食べていなかったクリスは、感激しながら夢中になって食べている。
カーソンは、谷から出たら帰って来るまでこのパンは食べられなくなる事を残念に思いながら、母親衆の手作り料理と共にお腹いっぱいになるまで食べ続けた。
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