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冒険者カーソンとクリス
85 ドンガとトンマ
しおりを挟むケーキとパイを食べ終え、至福の一時を満喫したカーソンとクリス。
クリスの剣を叩く親方と弟子の仕事を見学していると、親方に声をかけられる。
「こいつはちっと時間かかりますんで、明日の朝にでも引き取りにいらして下さい」
「鍛え直すには徹夜になるっす。ずっと見てても今日のモンにならねっすよ?」
「え、そうなのか?」
「徹夜になっちゃうんですか?」
「そうですなぁ……早くても夜明けくらいになりますかね」
「おいら久々に血が騒ぐっす!」
「あの……お金、いくらくらいかかりますか?」
「これはご恩返しです。お金なんていりませんよ」
「でも……お弟子さんにお金払わないと……」
「心配ご無用っす! おいら今日、初めて親方の弟子になりましたんで! おいらもこの仕事、お金なんていらねっす!」
「え? 今まで弟子じゃなかったのか?」
「そうっすよ! 今日初めて親方がおいらの事、トンマって呼んでくれたんす!」
「? トンマ?」
「鍛治師ドンガの弟子志願者は、トンマって呼ばれないと弟子って名乗れないんすよ! いやぁ、嬉しいっす!」
「けっ! 儂ひとりじゃ一晩で無理だから、仕方なくトンマにしてやったんだぞ!」
「ありがてぇっす! おいらトンマとして頑張るっすよ!」
「ぬかしやがれ! このっ……トンマ!」
「へいっ! ぬかしやがるっす!」
「そこはまだ叩くんじゃねえっ!」
「すいやせん!」
「おし! そこだ! おめえの魂ありったけぶち込めろ!」
「へいっ!」
親方と弟子は、クリスの剣を熔鉱炉に入れて真っ赤に熱しては金槌でカンカンと小気味良いリズムで叩く。
叩き終えると親方が刀身をしげしげと眺め、再び熔鉱炉で加熱する。
一定の回数を繰り返した後、剣は水の張られた容器に入れられる。
ボジュウッという音と共に、鍛治場には白い煙が立ち込める。
親方は水で冷やされた刀身を金槌で軽く叩く。
キン、キン、コンと跳ね返る音に耳を傾け、再び熔鉱炉で加熱する。
延々と繰り返される作業に飽きた2人は、刀身を叩く為に外していた剣の柄だけ返して貰い、鞘に納めると鍛治屋を後にした。
「俺達、見る人が見たら翼の民ってバレるのか?」
「まさか鎧の背中ってのは盲点だったね」
「どうする?」
「あたしは盾背負って隠すよ」
「俺、どうしよう?」
「あんたも何か背負って隠し……あれっ?」
「ん? どした?」
「ガーディアン……形変わってる」
「えっ?」
「背中の切り込み、今ないよ?」
「そうなのか?」
「流石生きてる鎧……話聞いてて、隠してくれたんだ」
「ガーディアン自分で考えて、隠してくれたのか?」
「そうみたい。凄いね、ガーディアンって」
「ばーちゃん言ってたの、本当だ。俺、守られてる……」
「ホントにそうだね。あたしもあの助言、ちゃんと守んなきゃ」
クリスは盾を背負って背中を隠し、カーソンはガーディアンが自らを変化させ背中を隠した。
その後2人は夕方まで街の中を見て回る。
時々無言で会釈する通行人や店の商人とすれ違い、自分達も軽く会釈を返しながら、老婆の仲間の多さに少なからず驚いた。
夕陽が落ちかけた辺りで、2人は昨日泊まった宿屋へ入る。
「こんにちはー。おじさん、部屋空いてますか?」
「おや、いらっしゃい。冒険者になったかい?」
「うん! なったぞ」
「そりゃ良かったね? 部屋は空いてるよ?」
「お願いします、2室で」
「はいはい。今からだと正規の値段で、2室60ゴールドになるよ?」
「よろしくお願いします」
「はい、60ゴールド」
「はい、部屋の鍵。夕食は今より1時間後からだよ?」
「ありがとう、おじさん」
2人は鍵を預かり、それぞれ部屋へと向かった。
クリスは部屋に入ると鎧を脱ぎ、谷から持ってきた服と下着を着替えながら呟く。
「うん、順調順調。剣も鍛え直して貰うなんて有り難いね……ほっ!」
プゥッ
ブブゥッ
ブビッ
「んー……よしよし、お腹の調子も順調順調…っと」
ガチャッ
突然カーソンがクリスの部屋へと入ってきた。
「クリスー。入るぞー?」
「えっ!? ちょっ!? きゃぁぁぁぁ!」
「わっ!? ビックリした。どうした? 急に叫んで?」
「ど、どうしたじゃないでしょ!? 何で部屋に入ってくるのよ!」
クリスは身体を隠しながら、部屋に入ってきたカーソンを怒鳴りつけた。
怒られたカーソンは、申し訳なさそうに話す。
「明日何しようか、聞きに来たんだけど……来ちゃ駄目だったのか?」
「駄目に決まってるでしょ! ほんと何考えてるのよ!?」
「ごめん。俺、何も考えて……ん? スンスン……」
「匂い嗅いでんじゃねぇっ!」
「クリス……もしかして、おならしたのか?」
「出てけバカーっ!」
「お腹壊してないか?」
「いいからっ! とっととっ! 出てけぇぇぇーっ!」
「あの……クリス? 俺の事、嫌いになったのか?」
「えっ……」
「最近クリス、俺の事怒ってばかり。俺の事、嫌いになったのか?」
「そ、それは……あんたが男になったから……その……」
「俺、男になったから嫌いになったのか? 俺、悲しい……」
カーソンはガックリと肩を落としながら、部屋を出ていった。
クリスは呟く。
「……よりにもよって、おならした時に入って来ないでよ……。
恥ずかしいじゃないのよ……もうっ!」
落ち込むカーソンの背中を思い出し、自分の不注意が起こした出来事にクリスは反省する。
女の繊細さに欠けた行為への後悔からか、クリスは両手で部屋の空気をぱたぱたと、無意味に扇いだ。
夕食の場で、2人は何も喋らなかった。
カーソンはクリスに嫌われたと思い、話しかけれない。
クリスはカーソンにおならの匂いを嗅がれ、恥ずかしくて話しかけれない。
食後も2人は言葉を交わさず部屋へと戻り、一晩を明かした。
翌朝、朝食の席。
カーソンは先に朝食を食べていた。
クリスが遅れて部屋から降りてきて、カーソンへ話しかける。
「おはよう! ちゃんと眠れた?」
「…………おはよう」
「どうしたの? 元気無いわね? 眠れなかったの?」
「…………ごちそうさま」
「? どうしたんだろ?」
カーソンは席を立ち、そのまま無言で自分の部屋へと戻っていった。
クリスが朝食を食べていると、カーソンが自分の荷物をまとめて下に降りてくる。
自分の使った部屋の鍵を返し、宿から出て行こうとするカーソン。
クリスは食事の手を止め、慌ててカーソン引き止める。
「ちょっと待ってよカーソン! 一体どうしたのよ?」
「…………」
「あたしまだ食べ終わってないよ?」
「…………」
「ひとりで出てって、どうするつもりなのよ?」
「…………」
「何か言ってよ!」
「…………」
「……あ。あんたもしかして……昨日の事、気にしてんの?」
「…………」
クリスは昨日の件だと気が付き、落ち込んでいるカーソンに優しく語りかけた。
「あのね、カーソン。あたしは、あんたが嫌いになった訳じゃないわよ?」
「……本当か?」
「本当よ。ええっと……そ、その……す、好きよ?」
クリスは照れながらカーソンに言い、好きと言われたカーソンは顔色を変え、満面の笑顔でクリスに話す。
「本当か!? 良かった! 俺もクリスの事、大好きだ!」
「ヒューヒュー! 朝から熱いねぇお2人さん!」
「これから子作りしちまうのかぁ?」
「しっかり頑張れよぉ!」
2人の会話を聞いていた他の宿泊客から、野次を入れられる。
クリスは顔を赤くしながら、カーソンに話しかける。
「あ、あたしが朝ご飯食べ終わるまで待っててよ。すぐ支度するから」
「うん、分かった! 待ってる」
「それと……昨日はごめんね?」
「俺もごめん。もう、勝手にクリスの部屋入らない」
「いやいや、入ってきてもいいけどさ、先にちゃんとノックしてよね?」
「うん、分かった。ノックする」
クリスは朝食を食べ終え、急いで部屋に戻り仕度をする。
カーソンはクリスに嫌われていなかったと分かり、ニコニコしながらクリスを待った。
荷物を纏め、宿屋を出たクリスはカーソンと2人、鍛治屋へと向かう。
鍛冶屋の近くまでやって来た2人は、刀身を叩く金槌の音が聞こえてこない事に気付く。
「あ、剣叩いてないな?」
「ほんとだ。叩き終わったのかな?」
「出来上がりが楽しみだな?」
「うん! すみませーん! 来ましたぁ」
「おっ! いらっしゃい! 親方ぁ! いらっしゃったっすよ!」
「おおっ、おいでなさったか! トンマ、お茶の準備しろ」
「もう準備してるっすよ」
「気が利くじゃねえか!」
「任して下さいっす!」
「おし! ささ、カーソン様にクリス様。納得いく業物が完成しましたよ!」
「おー! じーちゃんありがとう!」
「ありがとうございます!」
2人を椅子に座らせ、親方は白い布に包まれた刀身をクリスの前へと運んでくる。
親方は丁寧に布を外し、ギラリと光る刀身をクリスへ見せながら話す。
「いやぁ、以前の出来具合は別として…純度の高い鉱石をお使いになられていたようで。叩けば素直に応えてくれる、可愛い剣でしたよ」
「剣が可愛いのか?」
「鍛冶屋さんらしい例えですね?」
「そりゃもう、これからずっとクリス様をお守りする剣ですからね。願いながら叩くとね、ちゃんと言う事聞いてくれましたよ」
「守ってくれって、願ったのか?」
「へぇ……叩いても言う事聞いたり、聞かない剣もあるんですか?」
「ええ。こいつはもうね、ちゃんと言う事聞いてくれたとても可愛い娘ですよ。『ドンガの剣』名乗らせても申し分ありません」
「クリスの剣、じーちゃんの娘か?」
「わぁっ……とっても綺麗な娘ですね?」
「この娘は切れ味も綺麗ですよ? クリス様の腕前なら、人だろうが魔物だろうが軽く振っただけで首なんぞポンッと飛びますよ?」
「おおー! 凄い!」
「これ……ホントにお金払わなくてもいいんですか?」
「ええ、勿論! ただ……ちょっとだけお願いが」
「お願い? 何だ?」
「出来る事なら、何でもしますよ?」
「では、その……ガーディアンとサイファ、ちょっとだけ拝見させて頂けませんか?」
「うん、いいぞ!」
「あ、でも所有者以外が触ると駄目みたいですよ?」
「ええ、承知しております。初代が触ってエライ目に遭ったと伝え聞いておりますのでね。その仕組みを拝見させて頂くだけで結構です」
「じゃあ、見せるぞ?」
「おっとお待ちを。おいトンマ! 今からとんでもねえモン見れるぞ! はよ来い!」
「とんでもねえモンってなんすか?」
「人にゃぜってえ再現出来ねえ伝説の武具だ! おめえもちゃんと見とけ!」
「伝説っすか!? そりゃすげえっす!」
「あ、じゃああたしが代わりにお茶淹れますから。トンマさんも見てあげて下さい」
「す、すみませんっす! 紙とペン用意するっす!」
「儂の分も忘れんなよ!」
「へいっ!」
親方と弟子は、カーソンが装備しているガーディアンとサイファを食い入るように見つめる。
カーソンはガーディアンの盾やサイファで剣と弓を作り出し、2人へ見せた。
親方と弟子は、その人智を越えた性能に目を丸くし、熱心に紙へメモを書く。
2人の鍛冶師は、まるで子供の様に目を輝かせながら、瞬きも忘れて見つめ続けた。
カーソンは一通り実演し、サイファの刃を消して話す。
「こんな感じだぞ。何もしないで斬ると、斬られた奴燃えて灰になる」
「こりゃ……凄いなんてモンじゃねえ……この目で見なけりや、存在すら疑っちまう代物だ……」
「親方……誰がこんなの作ったんすか?」
「遥か太古に何者かが作ったそうだ。現存してるだけでもその強度、風化してねえ凄さが分かる」
「遥か太古っすか……今はもう失われた技術っすね。人なんかじゃとても作れねえや……」
「いいかトンマ? これを見たのはな、初代以外じゃ儂とおめえだけなんだからな?」
「仕組みは全く分かんねえっすけど、メモにはしっかり書いたっす……」
「2代目と3代目には申し訳ねえが……4代目と5代目は拝見させて頂けた。ありがてえ……」
「へぃ……え? おいら5代目っすか!?」
「昨日からおめえは4代目トンマだ。つまりおめえは3代目トンマだった儂の次のトンマになり、5代目ドンガを継ぐ修行が始まったんだよ」
「5代目……へいっ! おいら死に物狂いで頑張るっすよ!」
「だがよ……今日はもう店閉めちまっていいよな?」
「そうっすね……徹夜明けで親方ぶっ倒れちまったら大変っすもんね」
「分かってるじゃねえか。よし、今日は祝杯あげて寝ちまおうや?」
「へいっ!」
親方と弟子はクリスから剣の柄を預かり、完成した刀身へ繋げて仕上げる。
仕上がった新生クリスの剣は、大喜びしている持ち主の鞘へと納まった。
カーソンとクリスは、鍛冶師2人の魂が込められた剣を貰い、何度も頭を下げながら鍛冶屋から出ていった。
親方と弟子は、何度も振り返りながら手を振る2人に微笑みながら話す。
「親方ぁ。結局あの2人、誰だったんすか?」
「そいつはまだおめえに言えねえ。5代目として認めてやった時に教えてやる」
「おいらあの2人に……感謝しかねえっすよ」
「だろうな。儂も昨日あの方達が来なかったら、おめえをトンマにするのは……もう1年は待つところだったしな」
「え? そうだったんすか? だったら尚更感謝っす!」
「おめえよ、今まで打った剣で自身あるモン……何本ある?」
「うーん……キッチリ芯出せたのは3本っすかね?」
「他のは全部溶かしちまえ」
「ええっ!? そりゃないっすよ親方ぁ!」
「儂もおめえの打った剣は見てんだよ! 確かにマトモなのは3本だ。他のは打ち直すよりも溶かして作り直したほうがいい」
「あ、そっちのほうが早いんすね?」
「おめえが残す3本に刃入れんのはよ、儂も傍で見ててやる。刃入れたらトンマの剣として売っちまえ」
「えっ!? いいんすか!?」
「おめえの熱い魂でよ、儂の冷めた魂熱くしてみろや?」
「がっ、頑張るっす!」
「そしたらよ、儂もまた剣叩いて売りに出してやる。月1本くらいでよ?」
「本当っすか!」
「いや……3ヶ月に1本、やっぱ半年で1本にすっかな?」
「親方ぁ……今から先延ばしなんかしちゃ駄目っすよ!」
「おめえの魂次第だな。さーて、店閉めて酒飲んで寝るぞ。おめえも付き合え」
「へいっ!」
「溶鉱炉の火はぜってえ落とすなよ?」
「溶鉱炉の火は鍛冶師の魂っす。絶対消さねえっすよ?」
「ほう? おめえも分かってきたじゃねえか?」
「へへっ……そりゃもうおいら、4代目トンマっすからね」
親方と弟子は、店じまいを始めた。
その後の酒盛りを楽しみにしながら。
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