翼の民

天秤座

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犯した過ち

127 犯したカーソン

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 ヘレナは意識を朦朧とさせながら、2人へ話す。

「カーソンとクリスって……人間じゃないの?」
「ううん! 人間人間っ! あたし達人間っ!」
「だって今……カーソンが……」
「あんた今、血が足りてないからっ! 考えんのやめなさいっ!」
「人間じゃない……って事は……やっぱり翼の民?」
「だから考えんなってばっ! 血が足りないのにまともな考えなんて出来ないでしょっ!」
「う、うん」
「いいっ? 今あんたがカーソンから聞いた話は幻聴っ!」
「でも……傷を治せる魔法って聞いた事無いんだけど?」
「あんのよっ! 人間だけどカーソンは頑張って覚えたのっ!」
「頑張って……覚えたの?」
「そそ! 動物と話せんだから、そんくらい出来てもおかしくないでしょっ!」
「……うん……おかしく……ないね」
(危ねぇ……こいつの意識完全に戻る前に納得させとかなきゃ)

 クリスはヘレナの両肩をがっちりと掴み、早口でまくし立てながらヘレナを納得させた。



 ようやく意識がはっきりしたヘレナは、周囲を見渡しながら話す。

「あー、やっと意識戻った…………で、ブラフは?」
「ごめん、殺した」
「…………えっ!?」
「だって……あんた殺そうとしたし……」
「えっ、えっ!? 待ってよ! ブラ……ああっ」
「首……跳ねた」
「あ……う……どうしよう…………ライに何て言えば……」

 頭の無いブラフの死体を見つめながら、ヘレナは両手で自分の頭を押さえながら黙り込んだ。
 


 その時、家の扉がガチャッと開き、ひとりの女が顔を出して話しかけてきた。

「ブラフー? どうしたのー? お客様ー?」
「ライ……」
「あっ!? ヘレナ久しぶりっ! 待ってて、今そっちに行くねーっ!」
「きっ、来ちゃ駄目っ! うちらがそっちに行くからっ!」
「もうっ、ブラフったらヘレナが来てくれたのに、どこほっつき歩いてるのかしら?」

 家から出てきたライは、パンパンに膨れ上がったお腹を大事そうに抱え、のしのしとヘレナ達へと近付いて来る。


 やがて寝転がっているブラフに気付き、話しかけようとして事態がとんでもなくなっていた事に気付く。

「あらっ? ブラフったら何でそんなところで寝て……ひいっ!?」
「ライ……あのね……これには事情が……」
「きゃぁぁぁっ!? ブラフっ! ブラフぅーっ!」
「ブラフ……うちら殺そうとしてきたの」
「う……嘘……何で? 何で……」
「本当にごめんなさい」
「あ……あなた達がブラフを……私の……私だけのブラフを……」
「……ごめんなさい。あたしが殺しちゃいました……」
「こっ……殺し……何で? ねぇ……何でよ?」
「あたし達の事を殺そうとしたから……仕方なく」
「仕方なかったから……殺したの?」
「いえ……そんなつもりでは……」
「そう…………仕方がないから……殺したのね!」
「……ごめんなさい」 

 クリスの謝罪もそっちのけで、ライは妊婦と思えない程の勢いで家の中へと駆け戻って行った。


 沈痛な面持ちの3人の前に、ライは台所から持ってきたのであろう包丁を振り回しながら物凄い勢いで駆け戻ってきて叫ぶ。

「ブラフの仇っ! 死ねぇーっ!」
「っ!? お願いやめてっ!」
「うるさいっ! 私の……私の幸せ返せぇーっ!」
「ほっ、ホントにごめんなさいっ! お願い許してっ!」
「ブラフ返してくれたら許してやるっ! 出来ないならあんた達責任とって死んじゃえぇーっ!」

 ライは3人に向けて闇雲に包丁を振り回す。

 動きの鈍い妊婦が振り回す包丁などで3人が斬られるハズも無く、全員何も言い返せないまま避け続ける。


 バシャッ

 突然ライの股間から薄紅色に染まった水が大量に漏れた。


 ライは振り回していた包丁を止め、その場に蹲る。

「あぅっ!? いっ……痛いっ!」
「たっ、大変っ! 破水しちゃった!」
「うっ……うぅっ……」
「ライっ! この件は後にして、先に赤ちゃん産もうっ!」
「うっ、うるさいっ!」
「駄目だって! このままじゃ赤ちゃん死んじゃう!」
「お……お前達殺してから産むっ! だっ、だから……早く死ねっ!」
「うちは殺されてもいいからっ! だから赤ちゃん先に産もうっ!」
「しっ、死ねヘレナぁぁーっ!」 

 ライは目の前にしゃがみこんだヘレナに向け、両手で持った包丁を降り下ろす。


「やめろぉーっ!」

 カーソンは右手に持ったサイファに短い刃を作り出し、左手でライの包丁を払いのけながら、そのパンパンに膨れ上がったお腹へとサイファを突き刺す。

 ボジュウ

 サイファから作り出された高熱の刃は、ライのお腹へ刺さると周囲の肉を焼き焦がした。


 ライは自分のお腹に突き立てられた刃に呆然としながら話す。

「あっ…………私の……赤ちゃん……」
「ほら、先に赤ちゃん産め。話はその後にしろ」
「な……何で? 何で赤ちゃんまで……殺すの?」
「? ほら、待っててやるから早く産め」
「赤ちゃん……私の……赤ちゃん……」

 ライはみるみるとしぼんでいく自分のお腹を見つめ、ボロボロと涙を流しながら絶望を味わっていた。


 カーソンはライのお腹からサイファを抜き、ライに話しかける。

「俺も手伝う。だから早く赤ちゃん産もう」
「………………」
「? どうした? 早く産まなきゃ……ヘレナ?」
「カーソン……ちょっと……ライから離れよう」
「? うん、分かった」

 ヘレナに促され、カーソンはライから離れた。


 ライはお腹を大事そうにさすりながら、涙をボロボロと流して独り言を呟き始める。

「あはっ……変だな? 
 今日は変な夢……見てるなぁ……。
 ブラフが殺されて、赤ちゃんも殺されるなんて……酷い夢だなぁ。
 嫌だ…………嫌だよ……こんな夢……早く覚めてよ……。
 幸せな時間に……早く……戻ってよ……。
 こんなの……嫌だよ……。
 嫌だ……助けてよ……誰か……助けて……。
 あはは…………そっか……。
 今日……みんな……死んじゃうん……だ?
 もっと……生き……たかったよ……ね……ブラ……フ?
 待ってて……ね?
 今……そっち……行く……から……ね?
 今度は……きっと……誰にも……邪魔……されない……よ……ね?
 赤ちゃ……の……な……え……一緒…………か…………ん…………」

 ライは最後の言葉を言い切れないまま、静かに息を引き取った。



 事態を飲み込めないカーソンは、再びライに近付く。

「やっと大人しくなったか。待ってろ、今治してやる」
「……カーソン……もう……手遅れだよ」
「?」
「赤ちゃん身籠った女ってね、普段よりもずっと死にやすいの。ライ……もう死んでる」
「…………え?」
「ちょっと……離れてて」
「……うん」
「クリスはこっち来て。赤ちゃん助かるか腹裂いて見てみよう」
「……分かった」

 カーソンは薄々と、自分が何をしてしまったのか感じながら、その場を離れた。


 クリスとヘレナはライの死体を横に寝かしつけ、ナイフで腹を裂いて中の様子をうかがう。

「……駄目だ、原型留めて無い」
「サイファで……焼かれてる」
「……ごめんライ」
「……本当に……ごめんなさい……」

 クリスとヘレナは静かに両手を合わせ、ライの死体に黙祷した。


 祈り続ける2人に、カーソンは恐る恐る聞く。

「なあ? 俺、ライの事殺しちゃったのか?」
「…………うん」
「赤ちゃん……大丈夫か?」
「……駄目。サイファで焼き殺されてたよ」
「え……」
「こんな事するつもりで……来たんじゃないのに……」
「俺……赤ちゃん……殺した……のか?」
「うん。赤ちゃんが死んだの知って、ライも……死んだ」
「俺……殺した…………母さんと赤ちゃん……殺した……」

 カーソンは自分のしでかした罪に耐えきれなくなり、力無くその場にぺたんと座り込んだ。


 放心状態のカーソンをそっとして、クリスとヘレナは今後について話し合う。

「クリス、どうする?」
「どうするって……何を?」
「盗賊ブラフ退治、成功したよ?」
「……やめてよ。こんなの成功でも何でもないよ」
「2人の首、ギルド持ってく?」
「……やめとく」
「持ってかなきゃ、報酬貰えないよ?」
「いい……報酬……いらない」
「失敗でもいいの?」
「うん、いい」
「2人の実績に、傷が付いちゃうよ?」
「別に……そんなの全然気にしない」
「じゃあ……埋めてあげようか?」
「……うん。カーソン、落ち込んでるとこ悪いけどさ、2人の事埋めてあげたいから……穴掘って」
「…………うん」

 カーソンはのっそりと起き上がり、家の前に作られた畑の隅にふらふらとした足取りで移動すると、その場でディザードを呼び出す。


 ズシン、ズシンと音を立てながら掘られたひとつの穴に、クリスはブラフの死体と頭をそっと埋める。

 ヘレナはカーソンの使った魔法を不思議がりながら、ライの死体を運んでブラフの隣にそっと埋める。


 3人は上から土を被せ、埋め終えると並んでしゃがみ込む。

 ブラフとライ、そしてこの世に産まれてこれなかった赤ちゃんの冥福を祈りながら、長い時間両手を合わせて祈り続けた。



 お祈りが済むとカーソンは立ち上がり、ふらふらっと森の中へと歩き出して行った。

 カーソンが何処へ行こうとしているのか、気になったクリスは呼び止める。

「ちょっと! あんたどこ行くつもりよ?」
「お墓に建てる木…………探してくる」
「あ、そうね。お願いしてもいい?」
「…………うん」
「あんまり気にしちゃ駄目よ? あたし達は自分の身を守る為に、仕方なく殺したんだからね?」
「…………うん」
「あぁ……あいつ駄目だ……すっかり落ち込んでる」
「分かるの?」
「あいつ、結構繊細な心の持ち主なの。自分が悪い事したって気付くと、ああなる」
「……そっか。後でしっかりと、慰めてあげてね?」
「……うん。一応……頑張ってみるよ」

 カーソン程では無いが、クリスも精神的に大きな深手を負っていた。



 森の中へと消えて行ったカーソンを見届け、ヘレナはクリスに話しかける。

「じゃあクリス、家の中に入ってみる?」
「……何でよ?」
「あの2人がどうやって暮らしてたのか、知る義務があるからよ」
「そっか、そうだよね。殺した奴の責任よね……」
「そこまで重く受け止めなくても……」
「いや、ホント辛いの。無意味な人殺しなんかしちゃっちゃ・・んだもん」
「無意味だったかどうかは、まだ分かんないよ?」
「……何で?」
「ブラフが何で2人がカーソンとクリスって知って急に殺そうとしたのか、うちにも分かんないもん」
「あたしら……ブラフと初めて会ったんだよ? 殺したくなるほど、憎まれる覚えないよ?」
「だからさ、もしかして家の中にその答えがあるかもよ?」
「……そっか。調べてみようか?」
「うん」

 クリスとヘレナは、家主の居なくなった家へと歩を進めた。



 家の中へ入ったクリスとヘレナは、2人がどんな生活をしていたのかを思い浮かべながら話す。

「……綺麗に、掃除してるね」
「だね。あ……テーブルの上に、編みかけの服あるよ?」
「ちっちゃくて可愛い。赤ちゃん用に編んでたのかな?」
「……もうちょっとで……完成だったね?」
「……こっちには、完成した服が……沢山……あるよ」
「こんなに……作ってたんだ……ライ」
「上手に……編んでるね……」
「そりゃ……うちが直々に編み方を教えてあげ……あっ、ごめん。うち……もう……泣きそう」
「あたしも……泣きそう。もう……泣いちゃう……」
「やっちゃった……うちら……やっちゃった」
「2人の幸せ……ブチ壊し……うぇぇぇーん……」
「ごめんブラフ……ごめんライ…………うぇぇぇーん……」



 2人は抱き合い、己のしでかした罪に後悔しながら、大声で泣き出した。

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