翼の民

天秤座

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剣士達の帰還

144 求愛

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 カーソンは風の目で水回りの破損状況を一通り確認する。

 思っていた程損傷していない事を知り、少し安心しながら宿へと向かった。


 宿に入ると、テーブルに昼食を並べているマーシャと目が合った。

「あっ、お兄ちゃん。今丁度出来上がって、呼びに行こうとしてたとこだったよ」
「おーっ! ありがとう、いただきまーす!」
「いっぱい食べてねっ、お兄ちゃん!」

 カーソンへ食事をすすめるマーシャの目は、赤く充血していた。

「あれ? マーシャ目が赤いぞ? 大丈夫か?」
「あ、うん。ちょっとね、タマネギが目にしみちゃって」
「あー、分かる分かる。あれは目にしみるよな?」
「そうそう、そうなのよ」
「マーシャを泣かせたこのタマネギ、俺が食ってやっつけてやる」
「あははっ! 敵討ち、お願いしまーす」
(お姉ちゃんが留守の間に……今夜、頑張って口説こっと)

 マーシャはカーソンの正面に座り、頬杖をつきながら微笑む。

 心の中では、次の作戦を思案していた。



 昼食の後片付けを終えたマーシャは、ホールで椅子に座りながらダンヒルと話し合っているカーソンに話しかけた。

「ねぇお兄ちゃん。村にはどれくらいまで長く居てくれるの?」
「ああ、丁度その事を村長と話してたんだ。あいつ早くてもあと1日は帰って来ないから、村の人達に剣術を教えてくれないかって頼まれていたところだよ」
「今回の教訓として、ある程度は私達も自衛の手段を持たなきゃいけないと思ってね、カーソン君に剣術の初歩くらいは教えて貰おうと思うんだ」
「わ! お父さん、それいい考え!」
「それでな、どうせならクリス帰ってきても2人で一緒に教えて、村の事自分達で守れるくらいになるまで暫く居させて貰おうかな、ってお願いしていたんだ」
「本当!? もう暫く居てくれるのね? やったぁ!」
「それに、さっき南の水回りを見て回ったんだけどな、俺が作ってた所はほとんど壊されて無かったよ」
「奴等も懸命に壊そうとしていたんだけどね。作りが頑丈過ぎて、諦めて土で埋めてたくらいだったんだ。流石はカーソン君が作ってくれた水路だよ」
「剣術教えながら、埋められた所は俺が直します。壊された建物は申し訳無いけど、村のみんなに直して欲しいんですが、いいですか?」
「勿論、夕べの宴席でその話し合いは終わってますよ。昨日の酒が抜けた連中から、そろそろ始めている頃だと思いますよ?」
「それじゃ俺達、暫くお世話になります」
「よーっし! わたし、お兄ちゃんに毎日ご馳走食べて貰って、太らせちゃう!」
「ははは。よろしくな、マーシャ」
「任せといてよ! お兄ちゃんっ!」
「それじゃあ、私は噴水前に皆を集めに行きますよ」
「確か武器屋がありましたよね? 俺は剣と盾売ってくれるか交渉してきます」
「わたしもお兄ちゃんと一緒に行くね!」

 3人は宿を出た。




 暫くして、村人達とカーソンは噴水前に全員集まる。

 カーソンは村人達に戦いの心構えを教え始める。

「みなさん、いいですか? 悪い奴等は、真っ先に女子供を狙います。
 武力を持った男達の戦意を削る為にね。
 だから、女子供が剣や弓矢を持って立ち向かえば、あいつらは腰を抜かします。
 でも、本当に女子供まで戦う必要はありませんよ?
 戦うぞという意志を、相手に見せるだけでいいんです」

 村人達は、うんうんと頷く。

「戦う男達は、別に1対1でやり合う必要なんぞ全くありません。
 2人がかり、3人がかりになってひとりを倒せばいいんです。
 別に多人数でやりあっても、卑怯なんかじゃありませんよ?
 無抵抗な人達を襲おうとするあいつらのほうが、よっぽど卑怯ですからね」

 村人達は、おおーっと声を上げた。

「もし、盗賊団と戦う事になったら、そいつらにこう言って下さい。
 後でカーソンとクリスがお前達の事殺しに行くぞ! ってね?
 俺とクリスがきっちり、そいつらへ仕返しに行きますから」

 そう言うと、カーソンはニコッと微笑みながら片目を瞑った。

 村人達はどっ、と笑った。



 次にカーソンは、村の武器屋にお願いして剣と盾を沢山借り、村人に持たせた。

 剣の持ち方、振り方、いなし方、剣術の基本を教え始める。

 剣術の基本を教わった村人達は、剣を振り回し練習している。

 
 カーソンは、村人達の訓練をニコニコと見つめている武器屋の店主へ頭を下げながら話す。

「おじさん、すみません。あんなに沢山の剣と盾を出してくれたのに、財布はクリスが持っててですね、帰ってきたら必ずお金支払います」
「お金の心配は要りませんよ。私もこの村に貢献出来て、嬉しい限りです」

 武器屋の店主は、剣と盾の借与に快く協力した。


 カーソンは左目を瞑り、風の目で現地の状況を見ながらディザードへ埋められた土の除去を指示する。

 開いた右目で村人達の訓練を指導しながら話す。

「剣は振りきらずに、途中で止めて。
 そうしないと、相手の反撃に対応出来なくなります。
 そうそう、膝くらいで振りを止めて。
 反撃が来るのを前提に、いなしの体勢へ。
 そこからそう、突きを入れる。
 突いたらすぐに剣を引き戻して。
 そしたらまた、いなしの体勢へ。
 斬るか突くか、相手の体勢を見ながら繰り返す。
 正面に陣取る人は、盾で防御に徹して下さい。
 盾の使い方は、クリスが帰ってきたら教えてくれますので。
 今日は攻撃の基本を練習しましょう。
 決して一撃で仕留めようと思わずに、何度も繰り返すようにして下さい。
 斬り込みや突きが浅くても、相手には確実にダメージが蓄積しますから」


 村人達の剣術訓練は、夕方まで繰り返し行われた。



 その日の夕食後、カーソンはダンヒルへ風呂を勧められる。

「カーソン君。お風呂沸かしておいたので、入って下さい」
「お風呂? 大浴場あそこ以外にも風呂あるんですか?」
「ええ。中には混浴に抵抗があるお客さんも居ましてね、宿に作りました」
「そりゃ有り難いです。頂きますね」
「……しかしカーソン君、大分雰囲気変わったね?」
「え、そうですか?」
「話し方が大人っぽくなったというか……落ち着いたというか」
「歳上や目上の人物は敬えって、ヒノモトで学んできたんですよ」
「ほほう、ヒノモトではそんな教えがあるんですね?」
「油断してるとつい忘れちゃうんですけどね、常に意識しながら会話してます」
「マーシャと2人で気になっていたんですよ。カーソン君がよそよそしくなったなぁ、って」
「俺ももう、26歳ですからね。いつまでも子供みたいに馴れ馴れしい言葉使いは卒業しないと」
「でもなぁ、それがカーソン君の可愛らしい所だったんですけどね?」
「ははは。それじゃ、お風呂頂きます」
「どうぞごゆっくり。私は例の手紙、目を通しておきますね」

 2人はそれぞれその場を離れる。

 カチャカチャと皿を洗っていたマーシャの手が止まり、足音を消しながら勝手口から抜け出した事にダンヒルは気付かず、ゲストールの部屋で手紙を熟読していた。

 


 カーソンは浴槽へ浸かりながら、明日の計画を練っていた。

「明日はみんな、馴れない動きしたから筋肉痛だろうな。
 まずはヒーリングしてあげなきゃな。
 うーん……折角盾まで借りたのに、俺が教えられる程使いこなせてないってのは駄目だよなぁ。
 クリス帰ってきたら、俺も盾の使い方教えて貰わなきゃないな」

 独り言を呟きながら浴槽でくつろいでいると、風呂場の扉がギイッと静かに開く。

 右手で胸を、左手で股間を隠し、マーシャがおずおずとしながら風呂へと入ってきた。


 カーソンは、まるで小動物のように震えているマーシャへ声をかける。

「お? どうしたマーシャ?」
「お…お兄ちゃん。一緒に入っても……いい?」
「いいもなにも、もう裸じゃないか? そんなに震えて、寒いのか?」
「きっ、緊張して……あ、ううん。裸は寒いの」
「ほら、風邪ひくまえに風呂入れ」
「うん。失礼しまーす」

 マーシャは深呼吸をしながら、浴槽へと近付く。

 カーソンの目の前へやって来ると、意を決して大事な部分を隠していた両手をどけ、その裸をさらけ出す。

 マーシャの股間を見たカーソンは浴槽から立ち上がり、自分の股間を見せながら話す。

「おっ? マーシャのそこにも毛が生えたんだな?」
「ひっ!? あ……うん」
「ほらほら、俺も毛が生えたんだ。お互い、大人の身体になったな?」
「う……わぁ……おっきい……」
「ん? ああ、俺のちんちんか?」
「すごい……」
「おっと。ほら、風呂に入ってあったまれ」
「う、うん。お邪魔しまーす」

 マーシャは木桶に湯を汲み、身体にかけ終えると浴槽を跨ぐ。

 風呂の湯が2人分の体積でザバーッと流れた。

 
 幾分緊張が解けたマーシャは、自分の下心を隠しながらカーソンへ話す。

「お兄ちゃん、今日はありがとう」
「剣術訓練の事か? マーシャも頑張ってたよな?」
「うん。またゲストールみたいなのが来ても、自分の事は自分で守れるようにならないとね」
「ああ、そうだな」
「………わたしね、男の人と2人っきりでお風呂入るの、初めてなの」
「え? 今までダンヒルさんと2人で入った事無いのか?」
「そりゃ小さい頃は一緒に入ったけど……お父さんとは別だよ」
「一緒に入ると楽しいよな?」
「わ、わたしは……ドキドキ……してる。お兄ちゃんは?」
「いや、別に。よくクリスと一緒に入ってるし、ドキドキはしないな」
「さすがお兄ちゃん……大人だね?」
「そうか? お前もほら、そこに毛が生えたんだからもう大人だろ?」
「う、うん。もう、お兄ちゃんと……出来るよ?」
「ん? 何が出来るんだ?」
「何がって……その……えっと……」
「あ、時々クリスがやってくれって言ってくるアレの事か?」
「お、お姉ちゃんが……そんな事言ってくるの?」
「何かよく分かんないんだけどな、やってあげるとクリスの機嫌が良くなるんだよ」
「そ、そうなん……だ?」
「マーシャもして欲しいのか?」
「えっ!? いや……その……は、はい。して、欲しい……です」
「あ、でもごめんな? アレはクリスに他の女の人とはするなって言われてるんだ」
「そ、そうだよね? そんな事、お姉ちゃんが許してくれない……よね?」

 マーシャはクリスが怒りの形相で睨む顔を想像し、ブルッと身体を震わせた。

 これは無理だと諦めかけていたマーシャへ、カーソンは右手の人差し指を口にあてがいながら話す。

「マーシャ、クリスには内緒にしてくれよ?」
「え? う、うん」
「クリスが居ない時にな、他の女の人がアレをしてくれって、俺に迫ってきた時があってな?」
「う、うん」
「クリスとの約束だから出来ないって断るんだけどな、それで泣かれると……俺もなんか可哀想になっちゃってな……」
「えっ!? お兄ちゃん……してあげるの?」
「ああ。何人かにしてあげた」
「そうなのっ!?」
「クリスにバレたら怒られるから、内緒な?」
「うんっ! 内緒にするねっ!」
(やったっ! やったぁっ!
 これはきっと、お兄ちゃんがいいよって言ってくれてるんだ!
 そうだよ、お姉ちゃんにバレなきゃいいんだよね!
 よーっし! お姉ちゃんが居ない今日ならっ! やるぞぉーっ!)

 カーソンの股間を見つめながら、マーシャは両手をぎゅっと握りしめて気合いを入れた。 


 カーソンは立ち上がり、浴槽から出ながらマーシャへ話す。

「さてと。俺は先に上がるから、ゆっくり入ってろ」
「えっ!? 何でっ!?」
「? 何でって……何でだ?」
「え……だって……わたしと……し、しない……の?」
「アレって、風呂ではしないだろ? ベッドの上でするもんだろ?」
「あ……そうなんだ? そこ、拘ってるんだね?」
「? 拘る?」
「ねぇ、お兄ちゃん……お願いがあるの」
「何だ?」
「あの……今晩一緒に寝ても……いいですか?」
「ああ、別に構わないぞ?」
「本当っ!? やったぁ!」
「ま、ゆっくり入れよ、部屋で待ってるから」
「うんっ!」

 カーソンは風呂から上がり、着替えると部屋へと向かう。

 マーシャは気合いを入れ、全身を隅々まで丁寧に洗った。

 


 その日の夜。

 下着が透けて見えそうな寝間着を着たマーシャが、カーソンの部屋へとやって来た。

「おっ? 来たかマーシャ」
「うん! お兄ちゃん、来ちゃった」
「しかし、どうして急に俺と寝ようなんて思ったんだ?」
「だってお兄ちゃん、いつもお姉ちゃんと一緒に寝てるから……」
「確かにな。3人で寝るにはちょっと窮屈だよな?」
「さ、3人って……お兄ちゃん、疲れちゃうんじゃないの?」
「あ、そうだな。確かに、アレやると舌だけは疲れるな」
「し、舌……ごくり」
「指もふやけるしな。でも、頼まれたらやらないとクリスの機嫌が悪くなるしなぁ……」
「お兄ちゃん……」

 マーシャは寝巻きを脱ぎ捨て、下着も脱いで素っ裸となる。

 そのままカーソンに飛び込みながら抱きつき、ベッドへ押し倒した。
 
「お兄ちゃんっ!」
「おわっ!? マーシャ、危ないぞ?」
「わたしね、ずっと夢見てたの。お兄ちゃんとこうして、一緒に寝ることを」
「? ちっちゃい頃、一緒に寝てたじゃないか?」
「違う! 違うの……今なの」

 マーシャはカーソンに馬乗りになった。

 カーソンの下着1枚越しに、自分の股間へ当たる物体の感触を味わいながら、マーシャはカーソンへ顔を近付けて話す。

「ねぇ、お兄ちゃん? キスしても……いい?」
「ああ、別にいい……うっぷ」

 マーシャはカーソンの唇を激しく貪る。

 突然襲いかかってきた虚脱感にマーシャは混乱し、意識を朦朧とさせながら唇をカーソンから離す。

 目の前に居るカーソンが何人にも見え、どれが本物のカーソンか区別のつかぬまま、うわ言を呟きながらマーシャは意識を手放す。

「おに……ちゃ……抱い…………スゥ……スゥ……」
「ありゃ? 何だマーシャ、そんなに眠かったのか?」

 マーシャはカーソンにキスをした為にオドを吸い取られ、そのまま意識を失った。

 カーソンは自分の隣にマーシャを寝かせると、上から毛布をかける。


 イザベラの施した封印が解けていないカーソンは、何故女達が自分へ迫ってくるのか未だに理解していなかった。

 あの小さかったマーシャでさえ、今こうしてクリスと同じ事を要求しようとしてきた事に疑問を持つ。

 男の本能を封印されている為、まるで夢から目覚めた後でその内容を思い出そうとしても霧散するかのように、疑問そのものが頭の中から消えてゆく。

 そして、何を考えていたのかすら忘れるカーソンは、最後にこう思う。

 『まあ、分からないままでも別にいいや』と。



 カーソンはマーシャの幸せそうな寝顔を見つめながら自分も横になると、そのまま眠りについた。



 
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