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剣士達の帰還
146 謎の訪問者
しおりを挟むその日の訓練を終え、2人は宿へと戻る。
クリスは宿屋に入るとダンヒルに帰還の報告をする。
「ダンヒルさーん、ただいま帰りましたー!」
「お帰りなさい、クリスさん。……早速で申し訳無い。実はマーシャが……」
「ええ。マーシャから聞きましたよ。大丈夫です。怒ってませんよあたし」
「……え?」
「2人とも、ダンヒルさんが心配している様な事はしていませんよ。あたしが保証します」
「あ、あの、クリスさん?」
「カーソンには魔法がかけられていてですね、男の本能が封印されているんですよ」
「お、男の本能……とは?」
「子供みたいに、異性の身体を見ても興奮しないんです。当然、その先には一切進展しないんです」
「本当ですか!?」
「はい。だからあたしもまだ処女のままなんです」
「……お、おほんっ」
「あっ。い、今のは聞かなかった事に!」
「はい。ああ、でも良かった。取り返しのつかない事をしてしまったかと思いましたよ」
「あたしもその辺は全く心配してませんでしたよ?」
「いやしかし……あの娘も、そんな年頃になってたんだなぁ……」
「あ。なんかダンヒルさん、お父さんの顔になってる」
ダンヒルは心の底から安心した。
先に戻って来ていたマーシャが、夕食を運びながら話す。
「お姉ちゃん。わたし、今日もお兄ちゃんと一緒に寝てもいい?」
「マーシャっ! お前少しは反省しなさい!」
「いいわよ。3人で寝ましよ?」
「クリスさんっ!?」
「やったぁ! お姉ちゃんから許可貰えればいいんだよね? お父さん!」
「……分かった。約束だったからな、しょうがない」
ダンヒルは節操の無い娘の言動に、頭を抱えた。
こうしてマーシャは、ちょくちょく2人の部屋へ泊まりに行く様になった。
翌日から剣の練習に加え、盾の練習も始まる。
「盾を持つ手に力を込めて、押し返すように! そうそう、その調子!」
「こうか?」
「何であんたも教えられる側になってんのよ!?」
「いやほら。俺も一応盾あるんだし、覚えとこうかなと」
「そんなアホみたいな速さで相手にぶつけて、何処までぶっ飛ばそうとしてんのよ?」
「そうか? こんくらい踏み込んだほうがいいかと思って」
「盾で風切り音出すなんて、あんたそれまともじゃないから」
「ほいっ、ほいっと」
「両方利き腕って、ホント怖い。顔面にそんなの貰ったら……絶対に首もげるわ」
クリスも盾術を村人達へ教える。
ひとりだけ盾の使い方を間違えている阿呆は、放っておいた。
更に翌日、武器屋の店主が取り寄せた木製の剣を使い、剣術と盾術の実戦訓練が始まる。
村人達は実戦経験を重ね、次第に連携の取れた集団戦法を覚えてゆく。
敵役となる村人達も、集団で襲ってくる相手を盾で捌く技を磨く。
クリス指導のもと、村人達は切磋琢磨しあい、剣術の腕前を上げていった。
自信をつけた村人達は集団でカーソンやクリスへ襲いかかり、何度も返り討ちにされてはその場で対処法を学ぶ。
カーソンは、剣と盾を使う戦術を教えるのはクリスが適任だと思い、訓練途中から南の施設を修復する作業に専念を始めた。
村人達も剣術の訓練と平行し、壊されたトイレや大浴場の修復を行う。
ゲストール一味に荒らされていたカリス村は、少しずつ元通りになってゆく。
村人達が更に結束し、より強く、より逞しい村へと。
村が解放されてから5日後、作物の買い付けで訪れる商人以外初めての客がやって来る。
馬に乗ってやって来た3人の男達。
旅人のような格好をしているが、その姿には不釣り合いな立派な剣と盾を携えていた。
馬から降りた男達は、村の様子を探りながら話す。
「どうやら、我々のほうが先手を打てたようです」
「いや、まだ分かりません。既に手遅れとなっている可能性も」
「先手を打てたかどうかは、村長と話せば分かる。お前達、油断するな」
「はっ、殿下」
「この身に代えて、殿下をお守り致します」
「頼む。では、参ろうか」
男達は馬を連れ、ダンヒルの宿屋へと向かった。
宿屋の馬小屋へやって来た3人は、馬を小屋へ入れながら話す。
「む? この2頭、例の者達の馬であろうか?」
「これは、良い馬ですな」
「なかなかのツラ構え、賢そうでございますね」
「ヒンッ」
「ブフッ」
「ああ、済まぬ。お主達を値踏みしたのではない。気を悪くしないでくれ」
カートンとクリシスは突然やって来た人間達を警戒したが、共にやって来た馬達の目を見ると人間達の素性を察し、すぐに警戒を解いた。
馬小屋からの話し声を聞き付け、ダンヒルが宿から出てくる。
男達の姿を見付け、ダンヒルは3人へ近寄りながら話す。
「これはこれは、いらっしゃいませ。気付くのが遅くなりまして、申し訳ございません」
「いや良い……構いません。突然やって来た我々のほうが申し訳ない」
「失礼とは存じますが、ダンヒル村長殿ですかな?」
「はい、私がダンヒルでございます」
「村長殿、つかぬことを伺うのですが……我々より先に、誰かこの村へとやって来ておりませぬか?」
「誰かと……いいますと?」
「この村を救われた英雄殿達と、仕入れに来た商人以外で、誰も来ていませんか?」
「はあ、はい。お客様がたが、ほぼ1年ぶりの来訪者でございますが……」
「……良し、先手を打てたな」
「先手?」
「村長殿。英雄のお2人は、今どちらへ?」
「ラディ、ロディ。そんな矢継ぎ早に聞くな。ダンヒル村長殿が怪しまれておる」
「はっ、申し訳ございません」
「大変失礼を、ダンヒル村長殿」
「あ、あの……お客様がたは……いったい?」
「これは済まぬ。ロディ、ダンヒル村長殿に説明を頼む」
「はっ、かしこまりました」
「ラディ。ちと、英雄殿達を探しに行こうか?」
「はっ、殿下」
「ささ、村長殿。我々が先に到着したからには、もう大丈夫ですぞ。我々3名の宿泊手続きも兼ね、事情を説明致します」
ロディと呼ばれた男はダンヒルと共に、宿へと歩き出した。
ラディと呼ばれた男と殿下と呼ばれた男は共に、村人達の声がするほうへと歩き出した。
村人達は噴水前に集まっていた。
剣術の訓練を中断し、全員カーソンを見つめている。
カーソンは目を瞑り、両手を修復した噴水中央の塔へと向けながら念じる。
ズシンと重低音を響かせ、8年前の時と同じように塔から水が噴き出した。
村人達は噴水の復活に、大歓声を上げた。
「素晴らしいっ!」
「お見事っ!」
背後から突然聞こえた声に、カーソン達は全員振り返った。
そこには初めて見かける男が2人、拍手をしながら立っていた。
全員から怪訝そうな顔で見つめられた2人の男は姿勢を正し、右手を胸にあてながらお辞儀をし、話す。
「いや、これは失敬。あまりにも素晴らしい光景で、思わず叫んでしまいました」
「我々、つい先程この村へとやって参りました。皆さんの声が気になり、ここへと導かれた次第でございます」
その洗練された仕草に、村人達は慌ててぺこりと返礼する。
カーソンとクリスも、2人へとお辞儀しながら話す。
「あ、そうだったんですね。ようこそ、遠路遥々カリス村へ。俺、カーソンといいます」
「あたしはクリスと申します」
「あ、いけね。カーソンと申します」
「今頃訂正しても遅いわよ」
「うー、突発の応対にはまだ弱いなぁ……俺」
顔を上げたカーソンは、頭をぽりぽりと掻きながら照れ隠しする。
男達はカーソンの態度が面白かったのか、笑顔で答える。
「初めましてカーソン殿、クリス殿。私はトラ……トランと申します」
「私はラディと申します。もうひとり、今宿の手続きをとっているロディと3名で、この村へとやって参りました」
「トランさん、ラディさん。ようこそ、カリス村へ」
「いらした時期が良かったですね。この村、つい5日前まで盗賊一味に支配されてたんですよ?」
「ええ、存じ上げていますよ。カーソン殿にクリス殿、あなた達がその盗賊一味を始末した事もね?」
「たったお2人で始末なさるとは、実にお見事でございます」
「ありゃ? もう他の街にも知られてるんですか?」
「まだ5日しか経ってないのに……」
「お2人の偉業、この国に住む民として大変尊敬を致します」
「尚且つ、荒らされた村を復旧なさるその迅速さ、素晴らしい以外の言葉が浮かびません」
「いやいや、誉めすぎですよ。村を復旧しているのは、ここにいるみんなの力なんですから」
「そうですよ。みんながこうして力を合わせて、復旧していってるんです」
「……素晴らしい。噂以上に素晴らしい! 村の皆さんのその瞳が、あなた達の人望を物語っていますね!」
「もう、この村へ足を踏み入れただけで分かりました。流石はあなた達が作り上げた村です。皆さんの瞳も澄んでいて、実に美しい」
「いやもう、誉めるのはそれくらいでお願いします……ははは」
「村のみんなを誉めて下さい。あたし達はただの冒険者なんですから……えへへ」
カーソンとクリスは、必要以上に誉めてくるトランとラディへ照れながら答えた。
村人達も2人の恩人を誉められ、尚且つ愛するこの村と自分達も誉められて気分を良くした。
トランとラディは、カーソンとクリスを宿へと促しながら話す。
「カーソン殿にクリス殿。是非あなた達の武勇伝をお聞きたい」
「宿にてお聞かせ願えませぬか?」
「あ、いや。これからみんなでお風呂掃除しようかと……」
「みんなで今からやれば、夕方くらいにはお風呂入れますし」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん大丈夫よ。わたし達でやっとくから」
「いやマーシャ、そこは俺達もやらないと駄目だろ?」
「大丈夫だよ? ほら、もうみんなで掃除始めてるもん」
「マーシャもほら、久しぶりのお客さんなんだからさ、夕食の仕度しなくていいの?」
「まだ早いよ。わたしはお風呂掃除してから戻るから、それまでお客様のお相手してて欲しいな」
「そうか。じゃあ、お風呂任せてもいいか?」
「うん、分かった。あたし達がお客さんの相手しておくから、こっちの事はよろしくね?」
「任せといてよ!」
カーソンとクリスはトランとラディと共に宿へと向かう。
村人達は総出で、大浴場の掃除を始めた。
宿へと戻ったカーソン達は、ダンヒルから出迎えられる。
「お帰りなさいませ」
「村長殿、ロディから事情は聞かされましたかな?」
「はい。只今証拠の手紙を確認なさっていらっしゃいます」
「我々も拝見して宜しいか?」
「勿論です。お部屋へご案内致します」
「ありがとう、村長殿」
トランとラディはダンヒルに連れられ、ゲストールの使っていた部屋へと向かった。
ひとりで戻ってきたダンヒルへ、カーソンとクリスは不安な表情をしながら話す。
「ダンヒルさん。あの人達に例の手紙、見せてもいいんですか?」
「得体の知れない人達なのに、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。あの方達に内容を見て頂いたほうがいいんです」
「見て貰ったほうが……いいって?」
「ダンヒルさん? あの人達、何者ですか?」
「やけに俺達の事詳しそうだったし、ギルドの関係者?」
「あ、それかも? ギルドが報告するって言ってた、然るべきトコの人達かもね?」
「その通りです。冒険者ギルドから連絡を受けて、確認にいらしたそうですよ」
「え? クリスが報告したのって3日前じゃなかったか?」
「うん、確かそんくらいよ。でも、やけに対応が速いわね?」
「あの人達が何処から来たのか分からんけど、話聞いてすぐに動き出したっぽいな?」
「ちょっと速すぎない?」
「私と会話したロディさんのお話では、とにかく急がなくてはならなかったそうなんですよ」
「急ぐ? 何で?」
「国の役人が絡んでたって、バレたらまずいから?」
「はい。この件、どうも私達が思っているよりも大変な事になったみたいでしてね」
「ゴルドが悪さしてた事が?」
「国の役人が買収されてたから?」
「その通りです。事実が公になると、非常にまずい人達が居るんです」
「ああ、ゴルドと国の役人か」
「ええ。今、大急ぎで軍隊を編成しているとの事です」
「? 何で軍隊を?」
「まさか……この村へ攻め込むとでも?」
「そのまさかです。カーソン君とクリスさん、そして我々村人の口を封じる為にね」
「は!?」
「何でっ!?」
「悪事がバレない為に住人全てが盗賊一味だった事にして、この村を滅ぼそうとしてるそうなんです」
「うわ、汚ない」
「己の保身でこの村消そうっての!?」
「あの方達は、そうなってしまう前に証拠を掴んでおきたかった為、ギルドに渡った手紙とこの村に残した手紙を確保しに、ここへいらしたそうなんですよ」
カーソンとクリスは、自分達が知らないうちに事態が悪くなっていた事をダンヒルより知らされ、戦慄した。
3人の会話が途切れたのを見計らい、ラディが部屋から顔を出し話しかけてくる。
「カーソン殿にクリス殿。事態は把握出来ましたか?」
「は、はあ。どうもまずい事になってるんですね?」
「本当に、軍隊が攻めてくるんですか?」
「ええ、数日中には軍がやって来る目算です」
「数日中……」
「ラディさん、何とかなりませんか?」
「何とかする為に我々がやって来たのです。どうぞ部屋の中へいらして下さい、話し合いましょう」
「……分かりました」
「戦争だけは……したくないわね」
「平和とは、容易に手に入らないものですね……」
ラディに促され、カーソンとクリス、ダンヒルの3人は部屋の中へと入った。
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