翼の民

天秤座

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新たなる旅路

163 資金調達

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 女王達の安全な旅路を祈り、近衛と谷の風は正装し歓送の儀礼を執り行う。

 カーソン、クリス、ソニアが厳かに儀礼を受ける中、イザベラとローラはソワソワしながら早く終わらないかと浮き足立っていた。
 


 谷から草原へ馬を渡し終え、イザベラとローラを馬に乗せると一行は対岸から手を振る民達へ別れの挨拶をする。

「それじゃあみんなーっ! 行って来るわねー!」
「みなさーん! 谷をお任せしますわよー!」
「イザベラ様ーっ! ローラ様ーっ! お元気でーっ!」
「両陛下の事、きっちりお守りするんだよーっ!」
「クリスちゃーん! 今度こそ曾孫連れてきておくれよぉーっ!」
「ヨミ婆ちゃんっ! どさくさに紛れて変なお願いしないで下さいっ!」
「あんたにお願いしたほうが確実なんだよぉーっ!」
「あまり期待しないでいて下さいねーっ!」
「大丈夫だよぉーっ! クリスちゃんならやりゃ出来るーっ!」
「あはははは!」
「わはははは!」
「……んもうっ! ヨミ婆ちゃんったらっ!」

 ヨミからの激励に、クリスは顔を赤らめた。


 こうして双子の封印の守り手と護衛の一行は、谷を出て邪神再封印の旅へと出発した。




 ソニアは女王達を乗せた馬の手綱を引き、先頭を歩く。

 カーソンとクリスは後ろを歩き、馬の左右を警戒しながら話す。

「なぁクリス? お2人とも、忘れてるよな?」
「いや、忘れてるってよりも全く意識に無いかも?」
「人間達に会う前に、言ったほうがいいよな?」
「そうだね。面倒な事になる前に消して頂かなきゃね」
 
 2人は馬の横に並び、イザベラとローラに話しかけようとする。

 そこでふと、イザベラとローラの顔色が悪い事に気がついた。


 クリスは心配になり、女王達へ声をかける。

「あれっ? イザベラ様、ローラ様。顔色悪そうですが大丈夫ですか?」
「ちょっと……馬から降ろして貰えないかしら?」
わたくしも……お願い致します……降ろして下さい……」
「はい。では、ゆっくりと……どうぞ」

 立ち止まり、馬から降りた2人はその場でしゃがみ込みながら話す。

「私、この上下に揺れるの……駄目みたい……うっぷ」
「わ、わたくしも……うっぷ」
「えっ? お2人とも、もう馬に酔われたのですか?」
「まだ少ししか移動してませんよ?」
「陛下、大丈夫でございますか?」
「自分で飛ぶなら平気なんだけど……あっ、もう駄目。吐きそう……」
「何かに揺られてしまうと……うっぷ……少し休ませて下さい……」
「ありゃあ……」
「大丈夫ですか?」

 イザベラとローラは馬に酔い、その場へうずくまった。



 心配しながら2人を介抱していると、目の前に人間達の集団が現れる。

 その数10人。翼を消していなかった為、自分達の正体を目撃された。

 人間達は嬉々としながら話す。

「おいおい、雄1匹に雌4匹かよ! 大量じゃねーか!」
「こりゃ大儲けだぜ!」
「囲め囲め! 1匹も逃がすんじゃねーぞ!」
「飛んで逃げようとしたら、弓で速攻撃ち落とせ!」
「くれぐれも急所に当てんなよ! 殺しちまったら価値ねえんだからな!」
「おう! 任しとけ!」
「へへっ、天は俺達に味方してくれたぜ!」
「廃業すっかどうかの瀬戸際だったからな!」
「これで俺達も、一躍大金持ちだ!」

 人間達は、一行の周りを囲う。


 イザベラは人間達を怪訝そうに見つめながら話す。

「……うっぷ。こいつら、何しに来たの?」
「俺達を捕まえようとしている人間達ですよ」
「翼を消して頂こうとお話する前に、見つかってしまいました」
「あ、そうだったわね。うっぷ……はしゃぎ過ぎて翼を消し忘れてたわ」
「カーソン、クリス。殲滅するぞ!」
「はい!」
「矢反らしは出してます」
「ああみんな、ちょっと待って。私が何とかするわ」

 イザベラは立ち上がると、人間達に警告する。

「お前達。見逃してあげるから、早くこの場から立ち去りなさい」
「そうは行くかよ! お前らこそ俺達に大人しく捕まりな!」
「逃げようったって、もう遅いぜ?」
「なぁに、抵抗さえしなけりゃ痛い目には遇わねえよ?」
「まだ死にたくねえならよ、俺達の言う事聞きな!」
「そう……うっぷ。それじゃあ、仕方無いわね」

 イザベラは手にした杖をトン、と地面に突く。

 ボンッ

 ボシュッ

 ブシュウ


 たちまち人間達の頭は粉々に吹き飛び、血しぶきを上げて倒れていった。


 斬り倒そうと剣を抜いていたカーソン達は、茫然としながら話す。

「い、イザベラ様の魔法? 魔力? どっちか分かんないけど……すげぇ」
「あっという間に10人の首……ポンッて……ええぇ……」
「お見事でございます、陛下!」

 イザベラはまたしゃがみ込む。

「あああ、血ぃ見ちゃった……うっぷ……少し休ませて」
「お姉様……わたくし……もう……おえぇぇ……」
「あっ、私ももう駄目っ…………おえぇぇ……」
「陛下……大丈夫でございますか?」
「お背中、さすりますね?」
「うげぇぇぇ……」
「おげぇぇぇ……」

 ソニアとクリスに背中をさすられ、イザベラとローラはケロケロと嘔吐を繰り返した。

 嘔吐を続ける女王達を心配しながら、カーソンは殺された人間達の懐を漁っていた。




 2人が回復するのを待ち、一行は翼を消す。

 イザベラとローラが馬にもう一度乗る事を拒否した為、全員の荷物を馬に乗せ全員で歩いた。

 クリスは2人に話しかける。

「イザベラ様、ローラ様。歩いて辛くありませんか?」
「はぁ…はぁ……馬に乗るより全然マシ」
「本当……はぁ…はぁ……馬にはもう乗りたくありませんわ」
「でも、お2人とも大分辛そうですよ?」
「はぁ…はぁ……運動不足…はぁ…はぁ……だったわね」
「はぁ…はぁ……お姉様……はぁ…はぁ……歳は取りたくないですわね」



 息も絶え絶えに歩く女王達に、クリスはカーソンと顔を見合わせて話す。

「……馬車、買おっか?」
「そうだな、そうしよう」
「ところであんた、何であいつらの死体漁ってたの? お金目当て?」
「いやほら、あいつら冒険者だったかも知れないし、カード探した」
「あ、そっか。んで? どうだった?」
「3人は冒険者だった。ほら、カード」
「ふむふむ、残りはそいつらに雇われてた奴ね?」
「うん。このカード、マッコイさんに渡すよ」
「何で?」
「もう死んだし、何かの依頼受けてたら失敗してたって報告出来るだろ?」
「そっか、なるほどね」
「ほんと、気の毒にな……」
「己の実力に合わない仕事しちゃっちゃ・・だけでしょ」
「いや、イザベラ様のアレ……いくら俺達でもあんなの無理だろ?」
「……うん、確かに絶対喰らっちゃう。どう考えてもアレは無理だわ」
「よりにもよって、谷の女王に喧嘩売るとはな……」
「あいつら、とんでもなく運が悪すぎたわね……」

 カーソンとクリスは殺された3人の同業者を憐れに思いながら、トレヴァの街へと向かった。




 トレヴァに着いた頃には、イザベラもローラも相当息が上がっていた。

「ぜぇ…ぜぇ……やっと……着いた」
「ぜぇ…ぜぇ……長かった……ですわ」
「お2人とも大丈夫ですか? 暫くそこの木陰で休んでらして下さい」
「ぜぇ…ぜぇ……ありがとう。そうさせて貰うわ」
「もう……一歩たりとも動きたくありませんわ……」
「隊長。両陛下の護衛、お願いします」
「俺達ちょっと馬屋に預けがてら、今後の移動手段探してきます」
「ああ、分かった」

 カーソンとクリスは馬から荷物を降ろし、近くの木陰へと運ぶ。

 ソニアへ荷物の見張りと女王達の護衛をお願いした。

 女王達はソニアに連れられ、ふらふらと木陰へ歩いて行った。



 カーソンとクリスは馬を連れ、馬屋へと向かう。

 馬屋の男に会うと、馬車の購入を求めた。

「すみませーん。馬車売ってますか?」
「はいはい、いらっしゃい。新しいものから中古まで、いくつかあるよ」
「あの、5人乗りでなるべく揺れない馬車が欲しいんです」
「うーん、5人乗りでかい? 6人乗りの車体ならあるけど、その2頭に引かせるのかい? 出来ればもう1頭足して、3頭は必要になるかもなぁ?」
「それ、見せて貰えますか?」
「ああ、いいよ。馬連れてこっちに来てくれ」
「はい」
「……ほら、こいつだ。車軸と荷台の間にバネが仕込んであるので、乗り心地は抜群さ。ほとんど揺れないよ」
「ふむふむ、揺れないんですね?」


 カーソンは馬達に車体を見せながら聞く。

「どうだ? お前達だけで動かせそうか? これに5人乗りたいんだけど、仲間増やした方がいいか?」
「……お客さん? 馬に話しかけたりなんかして……どうしたんだい?」
「こいつね、馬と話せるんですよ」
「は?」

 馬屋の男はクリスの話を聞き、首をかしげた。


 カートンとクリシスは車体を見て暫く考えた後、ヒヒンと鳴く。

「ヒンッ」
「ブフンッ」
「そうか、分かった。それじゃ、一緒に探しに行こうか?」
「カーソン、この子達何て?」
「やっぱり仲間が欲しいって。おじさん、馬選ばせてよ」
「……変わったお客さんだね、馬と話せるのかい? おっと、売ってる馬はコッチに居るよ」



 カーソン達は馬を放し飼いにしている場所へ案内された。

「さあ、この柵の中に居る馬全部売り物だ。好きなの選んでくれ」
「どうだ? 仲良くやれそうな奴、居るか?」
「ヒィーンッ」
「ヒヒィーン」

 鳴き声に反応し、数頭の馬がこちらへやって来る。

 カートンとクリシスは柵の中の馬達と暫く見つめ合いながら、ヒヒンと鳴きあった。


 やがて柵の中の馬達はその場を離れてゆき、1頭の馬だけ残る。

 カートンとクリシスはカーソンへ残った馬を紹介する。

「ヒンッ ヒンヒンッ」
「ブフッ ブフンッ」
「そうか、分かった。おじさん、この馬が一番強くて優しい奴だから、コイツが良いって」

 カーソンが指定した馬を見て、馬屋の男は大変驚いた。

「……こりゃ驚いたね。確かにコイツはうちで一番力持ちな馬だよ」
「おじさん、全部でいくら?」
「馬1頭と車体を1台だね? えーっと……全部で40万ゴールドだ」

 クリスは財布を取り出すと、中身を数えて男へと手渡す。

「えーっと………はい、40万ゴールド」
「あいよっ、毎度あり。すぐ仕度出来るよ」
「んー……今晩は一泊するので、明日の朝でいいですよ?」
「それじゃあ、明日の朝までには準備しておくよ」
「よろしくお願いします。それじゃ、お前も明日からよろしくな?」
「この子達みたいに、あなたにも名前もつけてあげるね? みんなから聞くので、名前は明日まで待っててね?」
「ヒンッ」

 カーソンとクリスは、新しく買った馬を撫でた。




 木陰で休んでいたイザベラ達は、ようやく一息ついていた。

 カーソンとクリスは合流し、馬車の手配がついた旨を報告する。

「イザベラ様、ローラ様。馬車買ってきました。これで移動はラクになりますよ。明日の朝に引き渡されるので、今夜は宿屋で一泊しましょう」
「あら、ありがとう。ふふっ、手慣れているわね? 頼もしいわ」
「馬車ですか? お金は足りましたの?」
「ええ、足りました」
「いけませんわ。あなた達のお金なのに」
「大丈夫ですよ。お金はまた稼げばいいんですから」
「そうは行きませんわ。何処かにコインをゴールドへ替えられる所、ありませんか?」
「え? ローラ様、コイン持って来られたんですか?」
「ええ。このような時に使うコインですもの」
「うーん……街の中でも大きな店に行けば、ゴールドに替えてくれるかも知れません」
「それでは、そこへ参りましょう」

 ローラは立ち上がり、クリスへ案内を頼む。

 イザベラとソニアも立ち上がり、荷物を担いで移動するカーソンとクリスの後に従った。



 一行は、街で一番大きな商店へとやって来た。

 店の中に入ると、クリスは店員をひとり捕まえて話しかける。

「すみません。店主さん呼んで頂けますか?」
「はい? 私で宜しければ、ご用件を伺いますが……」
「ちょっとした取り引きなんです。店主さんをお願いします」
「はい、かしこまりました。少々お待ち下さい」

 店員は店の奥から店主を呼んできた。

 店主はクリスへ話しかけてくる。

「いらっしゃいませ。お客様、私に何か御用でございますか?」
「ローラ様、いらっしゃいました」
「ありがとう。ご主人、これを買い取って頂けませんか?」

 ローラは懐から小さな袋を取り出し、中からコインを1枚手にすると店主に見せた。

 コインを見た店主は、突然目の色が変わる。

(あ、ゴードンさんの時と一緒だ)

 クリスは店主の顔を見て、そう思った。


 ローラはコインを見て色めき立つ店主に話す。

「このコイン、買い取って頂けませんか?」
「こ……これは、翼の民のコイン!? 8年前にたった1枚だけ、世に出たっきりの幻のコイン!」
「ああ、その8年前のコインも、あたし達が売ったんです」
「で、ではあなたがクリスさん!?」
「えっと…はい。売った人まで知られてるんですか?」
「ええ! それだけ世に出てくる代物じゃありませんから! これを私に売って下さるのですね!?」
「はい。このコイン、おいくら程で買い取って頂けますか?」

 ローラの問いかけに、店主は声をうわずらせながら話す。

「100万……いや、120万ゴールドで買い取りましょう!」

 金額を聞いたローラはコインを袋に戻し、店主に背を向けながら話す。

「……残念ですわ。では、ごきげんよう」
「えっ? ローラ様?」
「120万では足りませんかっ!?」
「他に買い取って頂ける方を探します。ありがとうございました」

 クリスはローラの行動に驚いた。


 店主は店中に響き渡るような大声で、ローラに叫ぶ。

「180! 180万で売って下さい!
 そのコインがどうしても欲しくて堪らなくて!
 私は谷が近いこの街に店を出したんです!
 お願いします! どうか私に売って下さい!」

 ローラはくるりと振り向き、店主へにっこりと微笑む。

「はい。よろしくお願い致します」
「あっ…ありがとうございますっ!」
「こちらこそ。良い取り引きが出来そうですわ」



 カーソンとソニアを連れ、店の商品を物色していたイザベラは店主の大声を聞き、苦笑した。

「ふふっ、ローラったら……なかなかやるわね」



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