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新たなる旅路
170 巨乳と甘味と長右衛門
しおりを挟むカーソンとクリスはセイレーンの能力で姿を消し、アイスクリームを作っている調理場へこっそりと潜り込んでいた。
クリスは作業風景を念入りに観察し、メモを取る。
(あっ、そうか。氷種をああいうふうに使うのね。
ふむふむ、容器はこんな格好のやつ……っと。
ん? 氷に塩沢山入れてる……何でだろ?
まぁ、必要な工程なんだろうから真似しとこ。
ふむふむ、あのとろみからしてやっぱり生クリームだわ。
ほうほう、砂糖の他にハチミツも入れるのね。
そうかぁ、あのコクはハチミツ入れるからだったのかぁ。
あれっ? 冷やすのに何で温めてんの?
そうか……砂糖が溶けやすいように生クリームの温度上げるのか。
なるほど、一度に全部入れないで混ぜながら少しずつ足してくのね。
へーっ……香り付けにかな? お酒を少し入れるんだ?
あとは思いっきりかき回して冷やし固める……っと。
ありがとうカーソン、一通りメモ取ったからもう帰ろ)
カーソンとクリスは姿を消したまま、こっそりと調理場から抜け出した。
2人は宿屋の部屋へと戻ってくる。
ソニアが飛んできて出迎えながら話す。
「お帰り! どうだった!? 作り方分かったのか!?」
「はいっ! しっかりメモ取って来ました隊長っ!」
「よしっ! でかしたぞクリス!」
「工程も全部見てきたので、きっと再現出来ますよ!」
「自前で作れればもう、好きなだけ食えるのだな!」
「任せて下さいっ、隊長っ!」
盛り上がる2人を、カーソン達は見つめる。
「……まさかソニアさんがそこまで乗り気だったとは」
「ああいう女の子らしいところも持ってるのよ、あの子」
「クスクス。クリスのアイスクリーム、とっても楽しみですわ」
イザベラとカーソンは振り向いてローラを見ながら話す。
「ここにも…………居た」
「甘いもの食べすぎると太るわよ?」
「大丈夫ですわお姉様。その分ゴハンを控えますから」
「俺はアイスクリームより、ゴハン食べたほうがいいと思いますよ?」
「私もそう思うわ」
「アイスクリームで足りなければ、ゴハンを食べますわ」
「そこまで気に入ったんですか?」
「ローラも結構な甘党だったのね、知らなかったわ」
アイスクリームの為に食事を抑えると発言したローラ。
イザベラとカーソンは、それは本末転倒じゃないのかと呆れた。
夕食後、部屋に戻るとアイスクリーム談義に華が咲く。
イザベラとカーソンは、盛り上がる3人の会話を黙って聞いていた。
「あたし達が持っている材料と、道具にこの村で買えるもの加えれば絶対同じもの作れますよ!」
「クリス、果物の汁も混ぜてみてはどうだ?」
「あっ! いいですね! そのアイディア貰ったっ!」
「まあっ! 色んな果物の味も楽しめるのですね? 美味しそうですわ!」
「果物そのものを入れてもきっと旨いぞ?」
「ですね! 想像したらよだれが出てきちゃいます」
「あの滑らかな舌触りに果物の食感も……早く食べてみたいですわ!」
イザベラは呆れながら3人へ話す。
「……ちょーっと、あなた達? そろそろ寝るわよ」
「はーい。では、寝ながら味の可能性を考えましょうか?」
「そうだな。寝ぼけてる時にふっと思いつくかも知れんな」
「それでは、寝ましょうか?」
恐らく3人はその晩、アイスクリームの夢を見たであろう。
翌朝、朝食を済ませた一行は再び温泉へと向かった。
クリスはアイスクリームの店が開いていると知り、駆け込みながら話す。
「あっ! アイスクリーム屋さんもう開いてる! 8個下さい!」
「8個ってお前……ああ、3人は2個食べるのか?」
「イザベラさんとあんたは何個食べるか分かんないから、とりあえず1個ね」
「1個食べて足りなかったら、また頼めばいいだろ?」
「最初の1個はそのまま食べて、もう1個は少し溶けかかったとこを食べるのよ。分かってないなぁ」
「わざと溶けたの食べたいから買ったのか、なるほど」
「……まず先に、お風呂入る前に食べるものなのかってとこから気付いて欲しいわ、カーソン」
結局3人はもう1個ずつ追加し、3個食べてから風呂へと向かった。
入り口でカーソンが男湯へ行こうとした所でイザベラが止める。
「ちょっと待ってカーソン。ひとりじゃ可哀想だから、一緒に入りましょ?」
「え? いや俺男だし、女湯には入れませんよ?」
「それなら女になればいいじゃない?」
イザベラはカーソンの額に右手の人差し指を押し当て、念じる。
指先から出た光はカーソンの全身を変化させ、女性へと姿を変える。
8年前、18歳の時は美少女と容姿を例えられた身体は26歳になり、そのまま年齢を重ねた美人となっていた。
イザベラ達はカーソンが女性へと変わった姿、ティナへ話しかける。
「ふふふ、久しぶりね? ティナ」
「あっ、えっ、おっ!? 俺、また女になっちゃったの?」
「……8年経って、また美人になっているじゃないあんた……」
「まぁっ! 美しさと可愛らしさ、両方兼ね備えてますわね!」
「女の目から見ても……うむ、美人だし可愛いな」
「さあティナ。あなたのその身体、みんなでじっくり見てあげるわよ?」
「いやちょっと、身体が女だからってそんな簡単に……わわっ!?」
「いいからいいから、はいはい入って入ってティナちゃん」
「ちょっ、ちょっと待って! ちんちん無くなってるか確認……」
「女なんだからそんなのある訳ないでしょ、ほら入って」
「み、みんなちょっと強引すぎませんか?」
「そんな事ありませんわよ? さあさあ」
「待って、そんなに急がせないで……わぁーっ」
「ほらっ、さっさと入ってとっとと脱げ」
8年ぶりに女にされ戸惑うカーソンを、イザベラ達は強引に女湯の中へと連行していった。
服を脱いでいる最中、脱衣場から風呂へと向かう途中、すれ違う女達はティナの容姿を二度見していた。
浴槽へ入り、クリス達はティナの裸を無言で見つめる。
「…………」
予想を遥かに超えたティナの美しい容姿に、声を出せなかった。
ようやくクリスを皮切りに、全員呆れ顔でティナに話す。
「ちょっと何なのよ、あんたの胸。モノには限度ってのがあるでしょ」
「……私のより遥かに大きいではないか」
「谷で一番大きいのは、ソニアだと思っていたのに……」
「胸って……ここまで大きくなるのですね、知りませんでしたわ」
「俺もここまで大きくなるなんて思いませんでした……重いです」
ティナは自分の胸を両手で持ち上げ、重そうに上下へ揺らした。
イザベラ達は興味津々に触ってくる。
「ちょっと……触ってもいい? わー……柔らかい」
「お姉様、私も……フワフワですわ」
「わ、私も……何だこれは、全然違う。私のとはまるで別物だ」
「あたしにも触らせて…………えー……本当、何なのこれ?」
イザベラ達は交代でティナの胸を揉みしだく。
ティナは戸惑いながら、イザベラ達に話しかけた。
「あ、あの? 胸って揉んで触りあうモンなんですか? 俺もみんなの触ってみてもいいですか?」
「あっ、あれ何かしらぁ?」
「えっ? お姉様どれですかぁ?」
「うむっ、今日はいい天気のようだな?」
「湯女さん達、今日も来てるのかなぁ?」
イザベラ達はとぼけながら、ティナに背中を向けた。
ティナは自分へ背中を向けた女達へ叫ぶ。
「あっ!? やっぱり触るモンじゃないんだ!? みんなずるい!」
「うっさい! 誰が触らせるもんですか!」
「そんなのに勝てる訳ないじゃないのよ」
「胸とは大きければ良いというものではありませんのよ?」
「お前自身のを揉め。他のを求めるな」
「みんなひどい! 俺のだけ揉んで揉ませないなんて!」
ティナは自分の胸だけ揉まれ、誰も自分へ揉ませない事に怒る。
「そんなおっきいおっぱいと比べられちゃ、こっちも堪んないわよ」
「形だけは負けていな……いや、それも負けてるわね」
「乳首までそんなにツンと上を向いて……羨ましいですわ」
「うむむっ……大きさに困っていたが、いざ負けると悔しいものだ……」
女性4人は、ほぼ全員同じ事を思う。
(元が男なのに、胸の大きさで負けた……悔しい……屈辱的すぎる……)
ティナにしてからかうつもりであったが、その胸の大きさに深い敗北感と屈辱を受けるイザベラ達であった。
風呂から上がった5人は、再びアイスクリームを食べていた。
ティナはアイスクリームを口の中で転がし、味わいながら話す。
「何だろう? 男の時に食べたより、ずっと美味しく感じる」
「あら、そうなの? 男と女じゃ味覚に違いがあるのかしらね?」
「どうなんでしょう? でも、確かになんか違います」
「男のあなたが言うのだから、そうなんでしょうねきっと」
「それにしてもイザベラさん……あの3人、何個目なんでしょ?」
「…………いくつ食べる気しているのかしらね?」
「あんなに食ったら、お腹冷えちゃうんじゃないですか?」
「あなたに胸の大きさで負けて、やけ食いしてるんじゃないかしら?」
「いやそれ俺のせいじゃないですよ? 女にしたのイザベラさんですよ?」
イザベラとティナの視線の先には、これまでに何個食べたのか分からない3人が、更におかわりを求めている姿があった。
クリスが5個目のアイスクリームを食べていると、不意に何者かに背後から肩をぽんと叩かれた。
クリスはスプーンをくわえたまま、振り向いた。
「はい? ……あっ、長右衛門さん!? それに詩音さんもっ!」
「8年ぶりでござるな! クリス殿!」
「……久しぶりだな、クリス」
2人とも風呂に入ってきたようで、髪が濡れていた。
ティナも2人を見て驚いた。
「長右衛門さんに詩音さん! お久しぶりです!」
「うん? お嬢さん、拙者と何処かでお会いしていたでござるか?」
「……お主とは初めて会う気がするのだが?」
「……あれ? 俺、忘れられてる?」
自分が今、女の容姿になっている事を忘れたカーソンは、長右衛門と詩音から初顔合わせの対応をされ哀しんだ。
クリスは出会いを懐かしみながら話す。
「わー、長右衛門さん本当にお久しぶりです。村ではお世話になりました」
「いや、実に久しいな……ところで、カーソン殿はどこへ行かれておるのでござるか? 湯では見かけなかったでござるが?」
「やだなぁ長右衛門さん。目の前に居ますよ、カーソンも」
「……? 拙者には女御の方々しか見えぬでござるが?」
「あ、そうだった。コイツです」
「何と!? このべっぴんさんがカーソン殿とな!? はっはっは、クリス殿? いくら拙者でもそれは騙されぬでござるよ?」
「本当ですってば。イザベラさん、お願いします」
「ええ、ちょっと待ってね」
イザベラは右手の人差し指をティナの額にあてがう。
ティナの姿はカーソンへと戻った。
長右衛門は驚きながらカーソンへ話す。
「……本当にカーソン殿でござった。何とも奇っ怪な術でござるな」
「良かった。俺、もしかして長右衛門さんと詩音さんから忘れられたのかと哀しくなってましたよ」
「カーソン殿を忘れなどせぬよ。いや、あんなべっぴんさんでも決して忘れぬはずなのだが、全く記憶に無く困惑してしまったでござる」
「……この私ですらも見破れぬ変装、実に見事だな」
「いや、やったのは俺じゃないですけどね?」
長右衛門と詩音が自分を覚えていてくれた事に、カーソンはホッとした。
カーソンは長右衛門達に聞く。
「長右衛門さんと詩音さんは、なぜユアミに?」
「何故もなにもここに……」
「暗殺ギルドのアジトがあるからでしょ?」
イザベラの発言に、カーソンとクリスはぎょっとした。
長右衛門は素性が割れたのも気にせずに話す。
「はっはっは。お連れの御方の言う通りでござる。
我らが暗殺ギルドは、このユアミにあるのでござるよ。
すまぬが詳しく話す前に、少々待って頂けぬか?
湯上がりのアイスクリーム、拙者達の日課なのでござるよ。主人、2つくれ」
「長右衛門さん達もアイスクリームを?」
「いや実はのぅ、拙者も詩音も甘いものに目がないのでござるよ」
「詩音さんならともかく、長右衛門さんは意外です……」
「そうでござるか? 拙者、ヒノモトでは甘いもの好きで有名での、『汁粉長右衛門』と言われておったでござるよ?」
「汁粉? あの……汁粉ですか?」
「そう、その汁粉でござる。いつも10杯は平気で平らげたでござるよ」
「俺も汁粉は飽きずに10杯いけましたよ」
「おおっ! カーソン殿もでござるか! 流石でござるな!」
「いつか汁粉食いの勝負したいですね!」
「剣術では負けたが、汁粉で負けはせぬぞ?」
「俺も負けませんよ?」
カーソンと長右衛門は、汁粉と呼ばれるヒノモトの甘味で盛り上がった。
ソニアはクリスへそっと耳打ちをする。
「クリス、汁粉とは何だ? 甘いものなのか?」
「ええ。この辺じゃ珍しい米っていう穀物を粉にして捏ねたものと、小豆っていう豆の一種を使って煮込んだ甘い汁物です」
「甘い汁物……聞いただけでも旨そうだな」
「美味しいですよ。ただ、あの2人みたく10杯も食べるものではないですけど」
「いつか味わってみたいものだな」
「ヒノモトへ行く機会があったら食べましょうか」
「うむ、魅力的な話だ」
ソニアは汁粉という名の響きとその材料から味を想像し、顔を弛ませた。
アイスクリームを食べ終えた長右衛門は、カーソン達へ話す。
「………うむ、旨かった。さて、どこまで話したでござるか?」
「汁粉……じゃないや、暗殺ギルドのアジトがユアミにあるってところまでですかね?」
「でもイザベラさん、どうして長右衛門さん達が……暗殺ギルドの人だって分かったんですか?」
「気配よ。気配で分かったの」
「へぇ……あっ、紹介が遅れました。こちら右からイザベラさん、ローラさん、ソニアさん。今はこの5人で旅してるんです」
「そうでござったか。拙者は長門長右衛門、この女は詩音と申す。訳あって、拙者が現在暗殺ギルドのマスターの任に就いているでござる」
長右衛門と詩音は、イザベラへ丁寧に頭を下げた。
イザベラは長右衛門に聞く。
「あら、小娘死んじゃったの?」
「いや、健在でござるよ? 引退でござる」
「そう? まだしぶとく生きてるのね、あの小娘」
「イザベラ殿、先代の知り合いでござったか」
「まあね。そうか、せっかくだし今から顔でも見に行こうかしら?」
「おおっ。先代も旧知の者が訪れて下さると、きっと喜ぶでござるよ」
「それはどうかしらね? 私の顔見たら驚いてポックリ逝くかもよ?」
「先代はまだまだ、それほど弱ってなどいないでござるよ」
「あっ、イザベラさん待って下さい。部屋からお土産持ってきますから」
「え? お土産って?」
「暗殺ギルドにお土産です。すぐに戻ってきますね」
(お前……暗殺ギルドにまでお土産って……)
カーソンは宿屋へ駆け足で戻るクリスの背中を、茫然としながら見送った。
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