翼の民

天秤座

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新たなる旅路

172 女王達の弱点

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 長右衛門達と別れた一行は宿屋へと戻り、着替えると荷物を持って部屋を引き払った。

 そのままユアミ村の冒険者ギルドへと向かう。



 ギルドの掲示板に貼られた依頼を見ながらカーソンとクリスは腕を組み、ため息をついた。

「……ここも良さそうな依頼、無いね」
「風呂の掃除か。うーん……やっぱりネストまで行くか?」
「護衛の仕事でもあればと思ったのに……しょうがないね、ネストまで手ぶらで行こ」
「そうだな」
「あら、ここで仕事はしないの?」
「お掃除でも何でもやりますわよ?」
「仕事は選ばんぞ?」
「いえ、次のネストっていう街で本格的にやりましょう」
「トレヴァよりも大きな街ですので、そのぶん仕事も結構ありますよ」
「そう? 分かったわ」
「では、参りましょうか?」
「クリス、材料の買い出し忘れるなよ?」
「任せて下さい。生クリームは多めに買い込みますね」
「あれ腐りやすいもんな、氷室付きの馬車でホント良かったな?」

 一行はギルドを後にした。


 荷物を馬車に積み込み、市場へ買い物に出掛けたクリスの帰りを待つ。

 クリスが市場から帰って来ると、馬車はネストの街へ向けて出発した。



 
 カーソンは御者席で馬を操りながら、隣へ座るイザベラに話す。

「イザベラさん。今のところ、人間達の街には変化が無さそうですね?」
「玉の復活で混乱が生じるのは、もう少し先かしらね」
「影響が出てくると、ギルドにも魔物討伐依頼が増えるんでしょうか?」
「神と悪魔が戦った歴史なんて、今はもう誰も覚えていないもの。どんな事が起きるのかなんて、私達でも全く想像がつかないわ」
「そういえば、島の連中は何をやっているんですか?」
「玉の後を追い続けているわ。発見したら私達に魔力で連絡が来るはずだから、まだ見付けて無さそうね。ま、別に期待なんかしてないけど」

 イザベラは島への不満を口にする。

 荷台ではクリス達が、真剣な表情でアイスクリーム作りの段取りを組んでいた。




 馬車はネストまで走り続ける。


 太陽が真上に昇った頃、カーソンは街道脇に馬車を停めて話す。

「そろそろお昼にしましょう。俺、薪と馬の食事を集めて来ます」
「どれ、私も行こう。夜の分も見越して多めに集めておくか」
「そうですね。そうしましょう」

 カーソンとソニアが馬車から離れて行く。


 颯爽と御者席から飛び降りたイザベラは、両手に調理道具を持って張り切る。

「さあ、私がお昼ゴハンを作る番ね! 見てなさい、美味しいもの作ってあげるからね!」
「あ、いやイザベラさん。あたしが作りますよ?」
「いいのいいの! 私に任せなさい!」
「だってイザベラさん、料理作ったことありませんよね?」
「昨日のお昼見てたから大丈夫よ! 作れるわ!」
「そ、そうですか?」

 不安になりながらも、クリスはイザベラへ調理を任せた。


 
 イザベラは氷室から食材を取り出し、切り始める。

 実に大胆で、豪快な切りかただった。

「確かこう……えいっ、えいっ、あいたっ! 指切っちゃった……」
「まあまあ! 大丈夫ですかお姉様? はい、ヒーリングです」
「ありがとうローラ………えいっ、えいっ! 料理って難しいわね」
「あ……あの。あたし手伝いましょうか?」
「いいえ大丈夫よ! 昨日あなたの作り方、ちゃんと見てたんだから!」
「見てたっていうか……あたしと魔法のお話をしてたかと……」
「話しながらでもちゃんと見てたんだから! そんなに心配しないで!」
「はい……た、楽しみにしていますね」
(……何か、すっごい不安)

 クリスはイザベラの豪快を通り過ぎた、適当と思える調理に一抹の不安を抱えた。



 調理を始めてから小一時間後、馬車の周りにはいい匂いが漂ってきた。

「こんな感じだったわよね? よし、出来たっ! みんな、ゴハンよ!」
「えっ? イザベラさん、煮込み時間足りなくないですか?」
「大丈夫よ! ぐつぐつ煮えてるもの!」
「まだ中まで熱が通ってないかも……」
「さあ! みんな食べてみて!」

 イザベラは鍋から料理を取り分け、カーソン達へ配った。



 カーソンとクリスはイザベラから手渡された料理を見て、目が点になる。

(や…野菜の皮、剥いてない……っていうか、大きすぎ……)
(肉…大きく切りすぎじゃないか? あ、違う……切れてないでつながってるのかこれ)

 たじろぐ2人に、イザベラが話しかけてくる。

「さあ、じゃんじゃん食べてね? おかわりもあるわよ!」
「はい……で、では……いただき……ます」
「う、旨そうですね……」

 2人は肉野菜鍋と思われる料理を、思い切って口にした。

 ボリッ ボリッ
 ガリッ ゴリッ

 口の中で、噛んだ野菜がボリボリと音を立てる。

(う……生煮えだ)
(あ……味がしない)

「どう? 私の料理、美味しい?」
「は、はい! 野菜の歯ごたえがあっておいしーなぁー」
「そ、素材を生かした素朴な味付けでおいしーなぁー」
「そう? よかった! おかわり沢山あるから、いっぱい食べてね!」
「ありがとうございまーす」
「具が大きいから、お腹いっぱいになれそうでーす」

 ほぼ素材の味そのままの薄味鍋を食べながら、2人は恐る恐るソニアを見る。

 ソニアは黙々と、ボリボリと料理を食べている。

 イザベラに気付かれない様に、カーソンとクリスを睨みながら。


 カーソンとクリスはソニアから視線を反らし、汁をすすりながら思う。

(ソニアさんの目……本気だ。食べないと殺される)
(やばい……あれ殺しにかかってる時の目だ)

 2人は死に物狂いで、イザベラの料理を食べた。


 イザベラはソニアへも声をかける。

「どうソニア? 美味しい?」
「ええ、大変美味しいです」
「あなたも遠慮せずに、沢山おかわりしてね?」
「はい。ですが、カーソンとクリスがとても美味しそうに食べていますので、私は余ったらで結構です」
「ソニアさんが戦線離脱しようとしてるぅ……」
「隊長が部下を見殺しにしようとしてるぅ……」
「人聞きの悪い事を言うな。なぁに、お前達なら完食出来るよな? なっ?」
「ソニアさぁぁん……」
「裏切り者ぉぉぉ……」

 泣きそうな顔で訴えるカーソンとクリスを、ソニアは冷たい視線で一蹴した。




 食後、移動中の馬車の中でクリスはアイスクリーム作りに挑戦する。

 メモの通りに材料を入れたところでソニアが立ち上がる。

「よし! かき混ぜるのは私に任せろ! おりゃぁーっ!」

 ソニアは物凄い速さで材料をかき混ぜ始めた。

「ソニアさん速いっ! 手が……見えない」
「ふふふ。ソニアってば、シルフ呼んで魔法でかき混ぜてるわ」
「そ、そこまでして……」
「そらそらそらそらーっ!」

 やがて材料は冷えて固まり、アイスクリームの様な食べ物が出来た。


 クリスはスプーンで掬い、人数分手渡しながら話す。

「問題は味よね。みんなせーので食べましょう。………せーのっ!」
「…………」
「ちょっ!? なんでみんな口にしないんですかっ!?」
「あなただって躊躇ためらってるじゃないのよ」
「作り方は間違えてません! きっとこれはアイスクリームです!」
「本当だろうなクリス?」
「みんなで食べたら怖くありませんっ! いきますよっ?」
「では、頂いてみましょうか……せぇーの……」

 カーソンを除いた荷台の女達は、全員同時にアイスクリームを口にした。


 次の瞬間、荷台に歓声の声が上がる。


 女達は容器のアイスクリームをスプーンで矢継ぎ早に掬っては、口へ運びながら話す。 

「こっ、これだっ! この味だっ! でかしたぞクリスっ!」
「いえいえ! ソニアさんのかき混ぜ具合が良かったんです!」
「ああ……美味しいですわ。幸せ」
「うんうん、美味しいわ」
「じゃあ、次のはレモン絞って入れてみませんか?」
「よし! もう一度かき混ぜるのは私に任せろ!」
「……おーい……俺にも一口くれよー?」
「あっ、あんたの事忘れてた。ちょっと待ってね………はい、どうぞ」
「……少ねぇ……ホントに一口だ」
「ごめんごめん。全部みんなで食べちゃって、容器に付いてたのをこそげ取ったの」
「ひどい……」

 その後もクリス達は様々な味のアイスクリームを作り、満足ゆくまで食べ続ける。

 その度にカーソンの分は忘れられ、申し訳程度の一口分を渡されるカーソンは悲しみながら口に入れた。



 そして、夕食時がやって来る。

 馬車を街道脇に停め、昼間に集め残しておいた薪で焚き火を始める。

「さあ、今度はわたくしの番ですわね。頑張りますわよ」

 ローラは氷室から食材を取り出し、切り始める。

 実に繊細な切り方だった。
 
「野菜の皮はきちんと剥いていたハズ……痛っ!? 指が……」
「あら、あなたも指切っちゃったのね?」
「ヒーリングするので大丈夫ですわ……料理って、難しいですわね」
「あ……あの。あたし手伝いましょうか?」
「いいえ、作り方を見ていましたから、大丈夫ですわ」
「はい……楽しみにしていますね」
(……ローラさんはちゃんと切ってる。ちょっと安心)

 クリスはローラの繊細な調理に、安心感を覚えた。

「えーっと。確かあとは白い粉のようなものを入れていた気が……あっ、これですわ。これを入れて……っと」

 クリスが目を離した隙に、ローラは白い粉を大量に鍋へと入れていた。



 調理を始めてから小一時間後、馬車の周りにはいい匂いが漂ってきた。

「こんな感じでしたわね。さあ皆さん、出来ましたよ」
「おおー、いい匂い」
「美味しそう!」
「さあどうぞ、召し上がれ!」

 ローラは鍋から料理を取り分け、全員へ配った。


 カーソンとクリスは出された料理を見て美味しそうに思う。

(うん、野菜もちゃんと皮剥いてるし、大きさも均等だ)
(あ、肉にちゃんと焼き目が付いている。下ごしらえしたんだ)
(また薄味じゃなければいいんだけど……)
(ローラさんもイザベラさんの食べて首かしげてたし、大丈夫だと信じたい)

「それじゃあ、頂きまーす!」

 2人は肉野菜鍋を口にした。

 間髪入れず、強烈な塩気が舌に襲いかかってくる。

(しょっ、しょっぱいっ!)
(うわっ、しょっぺぇっ!)

「どうでしょうか? わたくしの料理は、お口に合いますか?」
「は、はい。しっかりとした味付けでおいしーなぁー」
「こ、このスープ。パンに浸して食べるとおいしーなぁー」
「まあっ! 良かったですわ。いっぱい召し上がって下さいね!」
「は、はぁい……舌がびっくりするくらい味がいいですぅ……」
「中までしっかり……塩味が染みてますぅ……」

 堪らず水袋の水を飲みながら、2人は涙目でソニアを見た。

 ソニアも涙目になりながら、黙々と料理を食べていた。


 ソニアはクリスに話しかける。

「クリス……食後のアイスクリーム、楽しみだな?」
「……はい。またかき混ぜお願いしますね?」
「かき混ぜるから……お前達残さずしっかり食べるのだぞ?」
「最近、隊長からの任務が厳しいです……」
「あの優しかった隊長は、いったい何処へ行ったんでしょうか……」
「さあな? 谷で留守番でもしてるんじゃないのか?」
「ソニアさぁぁん……」
「裏切り者ぉぉぉ……」

 近衛隊長ソニアの冷酷な命令に泣きそうになりながら、2人はローラの塩辛い料理を食べ続けた。


 カーソンは襲いかかる塩味と戦いながら思う。

(最強の2人にも……料理っていう弱点があったのか……)



    
 アイスクリーム至福のひとときが終わり、一行は焚き火の周りに寝具を敷き、野宿の準備を始めた。

 カーソンは焚き火に薪をくべながら話す。

「イザベラさん、ローラさん。今夜は野宿します。俺とクリスとソニアさんが交代で見張りますので、お2人はどうぞ馬車の中で休んで下さい」
「あら、あなた達は交代で起きてるというの?」
「ええ、外ですから。必ずしも安全とは限りませんので」
「結界を張ればいいじゃない?」
「え? 結界って何ですか?」
「ローラが持ってるわ。見せてあげて」
「はい、お姉様。……これですわ」

 ローラは懐からくさびのようなものを取り出した。

 ウサギの根付けがくさびの根本に吊り下げられていた。

「これをこうして地面に刺し込めば……」

 ローラはくさびを地面に刺す。

 馬車の周囲にパシィンという乾いた音を立て、半円形の透明な壁が展開された。

「これで結界の完成ですわ。わたくし達からは外が見えますが、外からはわたくし達の事は見えません」
「これが……結界ですか?」

 カーソンは透明な壁に触れてみようとする。

 しかし、透明な壁はカーソンの手をすり抜けた。

「カーソン、一度結界から出て、中に入ろうとしてみて?」

 イザベラの言う通り、カーソンは結界の外に出て、後ろを振り向いた。

 そこに馬車の姿は無かった。


 カーソンは右手を伸ばして結界に触れてみる。

 手には壁の感触が伝わった。

 今度は右手で叩いてみる。

 音は全く立たないが、確かに目の前に見えない壁があった。

 確かに外部からは何も見えず、侵入する事も出来ない結界がそこにあった。

 ローラが地面からくさびを抜くと、結界は消える。


 目の前に現れた馬車とローラ達を見ながら、カーソンは話す。

「結界凄いですね! でも、結界が出ている間ローラさんが起きていなきゃないとか、オド消費するとか無いんですか?」
「問題ありませんわ。これはそういう魔法の込められた道具ですから」
「へぇー、便利な道具ですね?」



 ローラの持っていたくさびのお陰で、カーソン達は誰かが起きたまま周囲を警戒する事もなく、全員で安全に一夜を過ごした。


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