翼の民

天秤座

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めぐり会い

184 籠の中の鳥

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 ティコはカーソンにしがみつき、何かに怯えながら共に街を歩く。

「さあ、ティコ。今日のお昼はお前が好きなの選べ。どこでもいいぞ?」
「遠慮しちゃ駄目よ? あなたが食べたい物を選んでね?」
「あ、あの……わたし……お金ありませんし……その……」
「そんな事気にしなくてもいいのよ? 何が食べたい?」
わたくし達は、何処でもよろしくってよ?」
「その貧相な身体に、ちゃんと栄養を蓄えんとな?」
「は、はい……えっと……あの……ここのお店で、いいでしょうか?」
「うん。分かった、この店だな? 好きなもの頼めよ?」

 親方と出会うのに恐怖し、ティコは少し高そうな店を指差す。

 親方が利用しなさそうな店、そして自分が以前からずっと憧れていた店だった。


 ティコは店の席に座りながらも、周りをキョロキョロ見ながら怯えていた。

 まるで小動物のように怯えているティコへ、イザベラ達は優しく話しかける。

「ティコ、親方の事気にしてるんでしょ? 忘れなさいよ、こんな所まで来ないわよ?」
「そうですわよティコ。来たら来たで、わたくし達が追い払って差し上げますわよ?」
「安心しろ。難癖などつけてきたら、私が蹴飛ばしてやるからな?」
「みんなで守ったげるから、大丈夫だよ?」
「は、はい。あ……ありがとうございます」
「よし。それじゃ、みんな好きなもの注文しようか?」
「私はエビ料理がいいわ。この前の、凄く美味しかったもの」
わたくしはイカのお料理が食べたいですわ」
「贅沢を言うようですまんが、私は両方を食べたい」
「3人とも、イサリで食べたのがよっぽど気に入ったんですね?」
「分かります。あたし達も初めて食べた後、しばらくやみつきになりましたもん」
「さぁテイコ、決まったか?」
「わ……わたし、これを……いいでしょうか?」
「ああもちろん。他にも沢山、注文するんだぞ?」
「あっ、イザベラさん。『エビづくしコース』ってのがありますよ?」
「あらいいわね! それにするわ!」
「『イカづくしコース』はございませんの?」
「タコのコースならあるみたいですね」
「タコ? 何なのだそれは?」
「イカと似てるやつです。俺はイカよりもタコのほうが旨いと思ってますよ」
「是非食べてみたいですわ!」
「私もそのタコとやら、食べてみたいな」

 それぞれが食べたいものを注文し、6人がけのテーブル席に所狭しと並べられた料理。

 頼みすぎたかと冷や汗を流しながらも、一行は満足ゆくまで豪華な昼食を楽しんだ。
  


 カーソン達は昼食を済ませ、街を散策する。

 ティコはカーソンの腕にしがみつき、片時も離れなかった。


 カーソンは、通行人と目を合わせずにうつむいて歩くティコへ話す。

「大丈夫だよティコ。親方なんて居ないから」
「で……でも……」
「心配し過ぎよ。もし来てもあたし達が追い払ってあげるってば」
「あなた、余程あの男を怖がっているのね?」
「無理もありませんわよお姉様。本当に酷い輩ですもの」
「女を食い物にするなど、許せん奴だ」
「何だったらあの男探し出して、脚を爆破してあげるわよ?」
「いやイザベラさん、手口がバレたらやばいので止めときましょうよそれは」
「ほら、お前も下ばっかり見てないでさ、景色を楽しめよ?」
「うぅ……はい」

 ティコは勇気を出して顔を上げるも、通行人と目が合うと慌ててまた下を向いた。


 街の通りにある服飾店の前に来た時、ふとカーソンは立ち止まる。

 ティコの手を引き、店先に並べてあった商品を見ながら話す。

「おっ? この帽子、可愛いな。お前に似合いそうだ」
「ぼ、帽子……ですか? わぁ……可愛い帽子ですね」
「ほら、ちょっとかぶってみろ?」
「えっ?」
「あ、いいね! 可愛いっ!」
「うん、いいわね。似合ってるわ」
「女の子の可愛らしさが強調されますわね」
「よし、ティコ。それは私がプレゼントしてやろう。主人、いくらだ?」

 ツバが広く、白い帽子をカーソンから頭にかぶせられたティコ。

 ティコの反応を待たず、ソニアは店の主人へ帽子の代金を支払った。
 

 帽子を脱ぎ、両手に持ちながらティコはソニアに首を振りながら話す。

「ソニア様! わたし、帽子なんて頂けません!」
「気にするな、そのままかぶっておけ」
「でっ、でもっ……」
「帽子で顔を隠しておけば、親方もお前だとは気付かんぞ?」
「!? あっ……そっ、その為に……ですか?」
「うむ。本当にカーソンは細かいところに気付く奴だ」
「え? 俺、そんなつもりじゃなかったですよ?」
「ただ似合ってると思ってかぶせたんだろうけど、凄くいいアイディアだったね」
「ついでに新しい服も買っちゃう?」
「まぁっ! それはいいですわねお姉様」
「スカートなども似合いそうだな?」
「あ、ソニアさん。この子、信じられないくらい脚がヒョロヒョロですよ?」
「知らんのかクリス? スカートとは、その細い脚を人へ見せる為に履くのだぞ?」
「え? そうなんですか? 女だって見せつける為にだと思ってました」
「そういえば……そうだ、ヨミ婆ちゃんもよくスカートを履いてましたね?」
「ふふっ、そうそう。ヨミはいつも脚の細さだけは自慢していたものね?」
「もう老いてしまい、木の枝のように皺枯れていますけどね? クスクス」
「じゃあ、スカートはあたしが買ってあげるね?」
「い、いえっ! 本当にわたしなんかの為に、お買い物などなさらないで下さいっ!」
「遠慮すんなって。みんなお前を可愛くしてやりたいんだからさ?」
「スカートなら、上はどうしようかしら? 色合いも組み合わせたいわね?」
「このような、フリフリの付いている服が似合うのではありませんか?」
「な、なるほど……これは流石に無骨すぎるか……」
「ソニアさん、それって……どう見ても男物の服ですよ?」
「むっ? これは男物なのか?」
「ティコを男の子にしてどうすんですか。いやでも、それもアリなのか?」
「あはは、ないない」

 カーソンのふとした行動から、女性陣はティコの服選びを始める。

 ティコはまるで着せ替え人形のように扱われ、様々な服を試着させられる。

 イザベラ達はそれぞれ1着ずつ、自分が選んだ服装を買ってティコへプレゼントした。


 服飾店から出てきた時、ティコは全員が選んだ新しい服を着させられていた。

 ツバ広の白い帽子。

 襟元と袖口にフリルのついた、黄色い半袖のワンピース。

 白い靴下に、光沢のある小さな赤い靴。

 肩からは小さな赤いポシェットをぶら下げ、両手で革製のバッグを持っている。

 バッグの中にはイザベラ達が好みで選んだ5着分の衣服と、着ていた宿屋の女将から貰った服。

 その他にも、1週間分の下着と靴下が詰め込まれていた。


 見違えるほど可愛い女の子へと変貌したティコを見つめ、カーソン達は腕を組みながら話す。

「うん、可愛いぞティコ。凄く似合ってる」
「うんうん。どっから見ても、とっても素敵な女の子だね」
「これならあの男も、絶対にティコだって気付かないわね」
「とっても可愛いですわよ?」
「私もお前のように若ければ、そんな格好をしても似合うかも知れんな」
「こ、こんなに買って下さるなんて……わたし、どうすれば……」
「それはもう、お前の服だ。自分が気に入った組み合わせで着ればいいだろ?」
「それを合わせて6着、女将さんから貰ったのも入れれば7着あるもんね」
「遠慮しないで、着こなしなさい?」
「そうですわよ? 下着も靴下も毎日履き替えるのですよ?」
「こら、泣くんじゃない。お前にもそういう事を楽しむ権利はあるのだぞ?」
「だっ、だって……親方に……これ全部取り上げられちゃいます……ぐすっ」
「俺が何とかしてやる。取り上げられないように、あいつにお金渡すから心配すんな」
「言い方は悪いけど、あんたをお花として売りたいなら、服にもお金かけなきゃでしょ?」
「みすぼらしいローブ姿じゃ、誰も買う気にならないでしょう?」
「今後身体を売られる事など無いのが、一番良いのでしょうけど……」
「……テイコ? お前、もう一度逃げてみる気はあるか? 脚はカーソンに治して貰ったのだろう?」
「えっ!? 逃げ……る?」

 ソニアから逃げろと言われたティコは、目を丸くした。

 ティコの前へ立ち、自分の財布を見せながらソニアは話す。

「何だったら、このまま逃げろ。ほら、この金をやる」
「ソニア様……」
「苦しみながら生き続ける必要など全く無い。このままの生活を続けるとお前、本当に死んでしまうぞ?」
「……わたしは……死ぬのが逃げる道だと……思っています」
「馬鹿者。生きる事から逃げ、死を選ぶな。そうやって死ねば、生きている時よりも苦しい死の世界が待っているのだぞ?」
「死んでも……苦しいのです……か?」
「お前は何の為に、神様がこの世へ送り出してくれたと思っておるのだ?」
「神様が……ですか?」
「お前は勝手にこの世へ生まれてきたのでは無い。神様からやって欲しい事を頼まれて、お前はこの世へと生まれてきたのだ」
「神様が……わたしにやって欲しい事……ですか?」
「お前、それが娼婦などとは微塵も思っておらんだろう?」
「…………はい」
「神様は、お前が気付くのを待っている。気付かぬまま死に、神様の元へと戻ってしまえば、お前は罰を受ける」
「罰を……ですか?」
「神様からの罰は厳しいぞ? 死なずに生きていたほうが良かったと思う程にな?」
「神様からの使命を果たさないと……死ねないのですね……」
「だから逃げろ、今の境遇から。逃げて生き延びろ。そして与えられた使命を、自力で見つけ出せ」
「……はい! ソニア様!」
「うむ。この金、持っていけ」
「ありがとうございます! わたし、今の苦しみから逃げて生き延びます!」

 ソニアから財布を貰ったティコは深々と頭を下げ、振り返るとそのまま駆け出す。

 何度も振り返り、何度も頭を下げながら、ティコは人ごみの中へと消えていった。



 イザベラは達は、うんうんとうなずいているソニアへ話す。

「ソニア……とても熱い説得だったわね?」
「近衛隊長の血が、騒いだみたいですわね?」
「あたしが弱音吐いた時を思い出しました。無理するくらいなら辞めろって、あたしも言われましたよ」
「ソニアさん、ティコにいくら渡したんですか?」
「有り金全てだ。私が持つより、あいつに持たせたほうがいい」
「全部ですか!?」
「これから働いて返す。すまんがクリス、当面の資金を貸してくれ」
「はい、喜んで」
「……ティコ、必ずや使命を見つけ出すのだぞ?」
「いや、なんか……」
「あら、どうしたのカーソン? ティコに未練でもあった?」
「逃げた事にあの男が怒りましたら、人知れずこの世から始末致しますわよ?」
「いやローラさん、そこは先に弁償の交渉くらいしましょうよ?」
「何を言うか。他人の身体を売って食ってるような外道に、交渉などいらんだろうが」

 何かを言いたそうにしているカーソンを見て、イザベラ達は聞く。

 カーソンは、ティコの姿を思い出しながら話す。

「いや、あの格好でひとり街を歩いてたら……ただでさえそれっぽく見えたのが、そのまんまだなぁ……と思いまして」
「それっぽくって? 何のかしら?」
「そのまま……とは?」
「ええっと……どこかから家出してきた女の子……かな?」
「……あんたの言う通りね。確かにその通りだわ」
「……ぷっ。あははははは!」
「クスクス……それも、良家の子女のように見えましたわね?」
「家出娘か……くくっ、その通りだな。はははは!」
「でも、俺達が逃がしちゃって……良かったんですかね?」
「良かったと思うわよ? 逃げようと決心したのはあの子、私達じゃないわ」
「ソニアの説得が、あの子の心に響いたのでしょうね」
「これからの自分を探すのは、あいつ自身だ。今日の出来事はきっかけに過ぎん」
「貰ったお金があるうちに、自分でお金を稼ぐ方法……見つけて欲しいですね」
「うん、そうだな。さて、あの親方になんて言うか考えなきゃないな?」
「今日の宿代はもう払っているけど、女将にもひとり消えたって言わなきゃないわね?」
わたくし達の服を選びながら、その対応を相談しましょうか?」
「そうですね……っといかん、クリス。早速ですまんが貸してくれ」
「はい。あたしがソニアさんの分もまとめて支払いますよ」

 ティコを逃がした事への後始末を話し合いながら、カーソン達は再び服選びを始めた。



 
 夕暮れ時、両手で買い物袋を抱えながら、カーソン達は宿屋へと戻ってきた。

「みんな結構買いましたね?」
「あれもこれもと目移りしちゃって、結局全部買っちゃったわ」
「お買い物、楽しかったですわ。普段着にはしばらくの間、困りませんわね」
「ホント馬車買ってて良かったです。沢山買っても大丈夫だし」
「下着だけのつもりだったが……つい服まで買ってしまった。ははは」
「じゃあ、女将さんから宿代は返して貰わず、食事ひとりぶん要らないって事で」
「明日来る親方あいつには、テイコを買い取るって事で交渉ね?」
「脅してでもお金で解決させましょう。死にたくなければ従いなさい……とね?」
「その役目、是非とも私にお任せ下さい」
「ローラさんもソニアさんも物騒な……なるべく話し合いで解決しましょうよ?」

 クリスは『最終的には脅す』と話すローラとソニアに、何とか穏便に済ませて欲しいと願った。
 

 カーソンは宿屋の扉を開け、中へ入るとカウンターに居る女将へ話す。

「女将さん、ただいま帰りました。えっと、突然な話ですみません。
 ひとり戻ってこないので、食事は準備しなくていいです。宿代は――」
「お客さん……ほら、そこ……見てごらん?」

 女将は悲しそうな顔をしながら、カーソンへ向こうを見ろと右手で指差す。

 カーソン達は振り向き、女将が指差したホールのテーブル席を見た。

「? 何かあるんで…………へっ!?」
「…………ティコ? どうしてここに居るの?」
「……どうしたのですか? それに……その顔は?」
「顔に痣が出来ているではないか……もしや、誰かに殴られたのか!?」
「もしかして……親方に見つかっちゃっちゃ・・の!?」
「うわ……服まで破られてるじゃないか……大丈夫かティコ?」
「……いいからお前達、早く此方へ来い!」

 ロビー奥のテーブル席にはティコともうひとり、女が座っていた。

 女は眉間に皺を寄せ、カーソン達へ早く来いと言いながら睨んでいた。



 ティコはうつむき、涙をボロボロとこぼしながら咽び泣いている。

 顔には殴られた跡が痛々しく残り、青紫色に腫れていた。

 口角が切れた唇からは、血が乾かないまま滲んでいる。

 黄色いワンピースは引き裂かれ、瘦せこけた身体が露わとなっていた。

 テーブルの上には、買い与えた革製のバッグ。

 そして、踏みつけられた足跡が残る白い帽子が置かれていた。



 ティコの隣には、両腕を組んだままカーソン達を睨む女が座っている。

 素肌に帷子を着込み、露出の多い妖艶な異国の服。

 背中には黒塗りの、湾曲していない真っすぐな刀を背負っている。




 暗殺ギルドの忍者、詩音がそこに居た。



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