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剣士達の帰還
152 クマの伝道師
しおりを挟むカーソンとクリスは、依頼書を仰視しながらセリカへ聞く。
「これ……何処からの依頼ですか?」
「トレヴァの街で出された依頼よ」
「どんな人が依頼出してきたか、トレヴァのマッコイさん覚えてますか?」
「さぁ……そこまではこっちに伝えられてないわ。でも、依頼者の名前ならその紙の裏に書いてあるわよ?」
クリスは依頼書をひっくり返し、依頼者の名前を確認する。
(あっ……イザベラ様だ)
カーソンにも依頼者の名前を見せた。
「これ、急いだほうがいいよな?」
「依頼は……今から2年前か。セリカさん、あたし達この依頼受けにトレヴァ行って来ます」
「分かったわ。行ってらっしゃい、気を付けてね」
「はい、これからすぐに出発します」
「あ、その前に。あなた達の名誉を守ってくれてた冒険者のみんなにちゃんと挨拶してってね?」
「あっ、そうですね。それ大事な仕事だわ」
「誠心誠意、感謝の心を込めて応対致します」
「……カーソン君、あなた随分と小難しい言葉使えるようになったわね?」
「でしょ? みんなからこいつ変わったって言われてます」
「俺って、そんな可笑しな事言ってますか?」
「別に可笑しい事ではないけど……あなたが言うから可笑しく感じるのよ」
「大丈夫ですよセリカさん。そのうち元通りになると思います」
「2人とも酷い……俺、気にしてるんだぞ?」
「気にするくらいなら、昔の通りに話しなさいよ?」
「昔っからあんたの事知ってる人には、通用してないよ?」
「うぅっ、俺の努力が……」
カーソンはセリカとクリスから言い方をたしなめられ、しゅんと落ち込んだ。
事務所から出てきた2人は、ホールで待ちわびていた冒険者達へペコリと頭を下げながら話す。
「初めてお会いする皆さん、初めまして。クリスです」
「お会いした事のある皆さん、お久しぶりです。カーソンです」
「いよっ! 待ってました!」
「カーソンさんっ! 俺達の事、覚えてますか?」
「ネストでシチューを御馳走して頂きました!」
「あっ! あの時の?」
「はいっ! お陰さまで、こうして稼げる冒険者にならせて頂きました!」
「あのシチューのお陰で、私達の進むべき道を示して下さった感謝の気持ち、今でも忘れていません!」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟なもんですか! 本当に感謝しています!」
8年前ネストで食事を奢った冒険者4人を皮切りに、2人の前には数多くの冒険者達が大挙を成して押し寄せた。
2人は求められる握手に笑顔で応じる。
「あっ、あのっ! ちょっと……両手お借りしてもいいですか?」
「? はい、どうぞ」
「……えいっ」
「え? 何を……?」
「きゃーっ! カーソン様におっぱい揉まれちゃったぁ!」
「私はアソコ触って貰おっと!」
「おいこら女共! 何してやがる!」
「へへーんだ! あんた達男もクリス様にして貰いなよ!」
「馬鹿言ってんじゃねえ! キンタマ触らせたらそのまま握り潰されちまうだろうがっ!」
「じゃあ、クリス様のおっぱい触ればぁ?」
「馬鹿野郎っ! ぶん殴られちまうわ!」
「いやホントやめろお前ら! クリス様の握力がっ……いだだっ」
「キンタマどころか手ぇ握り潰されちまうっ!」
「あーら、そりゃ残念ねー? カーソン様は優しく触って下さるわよぉ?」
「あっ、カーソン様。握り拳にしちゃいやーん」
「お願いしますぅ、触って下さぁい」
「えっと……クリスが恐いので握手だけにして貰えませんか?」
「カーソン……後で覚えてろ?」
「覚えられません、どうかお許しをクリスお姉様」
クリスと握手する男性冒険者が悲鳴を上げる度、カーソンは恐怖した。
段々と事態の収拾がつかなくなってきた状況にウンザリとし始めたクリスは最初に握手した男性冒険者を呼び、財布から大金貨2枚を取りだして渡しながら話す。
「それじゃあ皆さん、これから何処かでお食事にでも行きませんか?」
「おおーっ!」
「行きましょうっ!」
「姐さんっ! その大きな袋、重そうですね!」
「俺がお持ち致します!」
「あ、これはいいです。あたしの私物ですから、自分で持ちます」
「そうですか、それは残念です」
「あ、あの……クリス様。2万ゴールドは多すぎませんか?」
「それくらいあれば、皆さん全員でお腹いっぱい食べられますよね?」
「は、はあ」
「ささ、食べに行きましょうよ皆さんっ!」
「おおーっ!」
「姐さん素敵っ!」
カーソンとクリスを先頭に、冒険者達は全員その後をゾロゾロとついて歩き、ギルドを出た。
冒険者がひとりも居なくなったギルド内で、セリカは呟く。
「ふふっ……あの2人、頃合いを見て消える気ね?」
街の中を練り歩く冒険者の集団。
先頭のクリスは、左手でおもむろにカーソンの右手を握りながら話す。
「……よろしく」
「ん。セイレーン」
冒険者達の目の前で、2人は忽然と姿を消した。
2人が消える瞬間を目撃した冒険者達は、目を丸くしながら驚く。
「うおぉっ!? 消えた!」
「うわぁ……これがあの噂に聞いてたやつか!」
「突然目の前で消える、あの2人の大技……」
「凄い! 凄いけど……この後どうすんだ俺達?」
「ああ、しまった。最初っからこのつもりで俺にお金渡したのか……」
「嫌がられると消えて逃げるって……本当だったんだな」
「おめえら女共がクリス様怒らせたせいだぞ!」
「……ごめん。だって、カーソン様素敵だったんだもん」
「まあ、逃げられちまったもんはしょうがねえ」
「これから……どうするよ?」
「まあ、あれだ。お金は頂戴してるんだし、どっか食いに行こうぜ?」
「ああ、そうだな。ご馳走になるべ」
「伝説の冒険者からメシ奢られたなんてよ、俺達自慢になるぜ?」
「おう、そうだな!」
「有り難く頂こうぜ!」
「やっぱ格好いいなぁ……憧れちゃう」
「いつか必ず、あの2人へ恩返ししなきゃな!」
「そうね! その為には食べて働いて、力つけなくちゃね!」
「カーソン様、クリス様! 御馳走様です!」
「御馳走様でーす!」
冒険者達はその場で深々と頭を下げ、消えた2人へお礼をした。
少し離れた場所で様子を見ていたカーソンとクリスは、再び歩き出した冒険者達の後ろ姿を見つめながら話す。
「……消える事まで知れ渡ってんのね」
「これって、冒険者成り立ての頃にしか使ってないぞ?」
「嫌がると消えて逃げられるって、よく知ってるわ」
「驚かれたってより、本当に消えて喜ばれてなかったか?」
「うん、そんな気がする」
2人は手を繋いで姿を消したまま、その場を立ち去った。
ゴードンの店近くへとやって来た2人は一旦路地裏に入り、繋いだ手を離し姿を現すと店へ向かう。
店の前ではゴードンが売り子をしていた。
「ゴードンさーん! お久しぶりでーす!」
「はいはいいらっ……しゃいましたかお2人さんっ!」
「お元気そうで何よりです」
2人を見たゴードンは、走ってきて握手を求めた。
「いやあ、お久しぶりです。生きているとは存じ上げておりましたので、いつお会い出来るか心待ちにしていましたよ!」
「ゴードンさん、いつも店の前に立っていませんか? 店長さんなのに」
「ははは。こんな楽しい仕事、他の者に譲れませんよ!」
「あはは」
「早速ですけどコレ、ゴードンさんにお土産! よいしょ……っと」
クリスは右手で担いでいた大きな袋の中から、特大のクマを取り出した。
カーソンは呆れながら話す。
「クリス……その大きな袋、中身クマだったのか……」
「うん。ゴードンさんの本店には、ヒノモトで売ってた中で一番大きなクマ、飾って貰いたかったから」
「おおっ! これが今、冒険者ギルドで噂が持ちきりとなっている木彫りのクマですね! ありがとうございます。ウチの店で一番目立つ所に置かせて頂きます」
「良かった。持ってきた甲斐あります」
ゴードンは木彫りのクマをじっくりと眺めながら話す。
「いやあ……本当に良く出来たクマだ。どうでしょう? このクマ、ウチの店で同じ物作って売っても良いでしょうか?」
「あはは! ゴードンさんってば根っからの商売人なんだから。うん、いいと思いますよ?」
「ありがとうございます。これだけ大きければ、細部までどの様に彫り込まれているか非常に分かりやすいです」
「でも、そんなに売れますか? 商売繁盛の守り神らしいので、商売人にしか需要がないと思いますけど?」
「いえいえ、商売が繁盛するという事は、その店にお金が入ってくるという事ではありませんか?」
「? そうですね?」
「つまり、言い変えると家に置けば……その家にお金が入ってくるという事になりませんか?」
「あ、なるほど」
「店に置けば商売繁盛、家に置いてもお金が舞い込んで来ると謳い文句で売り出しますよ!」
「ゴードンさんってば、ホントに商売上手なんだから。あはは!」
クリスはこの時知らなかった。
この会話が、自分達のエピソードにクマの伝道師と書き込まれる決定的な瞬間だった事を。
そしてゴードンの店で販売されたクマが爆発的に売れる事。
街の人々からクマ商店と呼ばれ、いつまでも愛され続ける店となった事を。
ゴードンは木彫りのクマを研究する為、従業員を呼び店の奥へと運ばせながら2人へ詫びる。
「カーソンさん、クリスさん。大変申し訳ございませんでした」
「え? どうして謝られるんですか?」
「俺達、ゴードンさんから謝られる事しました?」
「カリス村の件でございます」
「あ、ゲストールの事ですか?」
「ええ。商人の間では1年前から噂になっていましてね。迂闊に関われば、ドリテスに目をつけられてしまう……と」
「商人の間では、大分前から噂になってたんですか?」
「ええ。ゴルドの商人連中が言いふらしていましたので」
「あー、話の出処がそこなら確かに、警戒しちゃいますね」
「でもゴードンさん、マーシャの事助けてくれてたんですよね?」
「私にはそれしか出来ませんでした。申し訳ございません」
「マーシャが感謝してましたよ? ゴードンさんのお陰で、心が折れずに頑張れたって」
「私財を投げうって、討伐軍を編成しようとしましたがね……とあるお方から止められてしまいました」
「……無茶しようとしてたんですね、ゴードンさん」
「面立って行動せずに正解でしたよ? 俺達ですら、後始末が大変な事になりましたし」
「ええ、事の顛末を知らされ……胆を冷やしました」
「止めたのって、セリカさん?」
「はい。お2人は絶対に生きているから、現れて村を救い出す間だけで構わないので、見えない位置から金銭支援をして欲しい……と」
「やっぱりセリカさん……只者じゃないわね」
「凄いな……俺、セリカさんの事尊敬するよ」
「お2人が村を解放して下さり、大急ぎで駆けつけようとしたのですが、それも止められたのです」
「……そうですね。下手すりゃ戦争まで突っ走りましたもんね」
「もし何処かで間違えていれば、ゴードンさんまで巻き込まれてたのかぁ……」
「冒険者ギルドで安全を確認出来たら報告すると言われ、ずっとその朗報を待っていた次第です」
2人はゴードンの無茶な行動を、セリカが止めていた事を知る。
同時に、セリカがゴードンへ安全宣言をしていなかった事に疑問を感じた。
「…………あれ? 何か違和感あるよね?」
「安全になったのって……いつ頃だ?」
「多分、そのドリテスっていう悪党が処刑された頃になるのかな?」
「ゴードンさん、それっていつ頃か分かります?」
「確か……先週の事だったかと思います」
「セリカさん……もしかしてゴードンさんに伝えるの忘れてた?」
「それもあり得るな」
「いえ、その事なのですがね? こうしてお2人が、私の店へと足を運んで下さった。これこそ、一番安全な証拠にはなりませんか?」
「……あ、そうか。ダルカンの支店にクマ置いてきたもんね」
「俺達なら、村を出てゴードンさんに直接クマ渡しに来ると思ったのか」
「だとしたら……今日がホントの安全宣言よね?」
「俺達利用して、ゴードンさんに伝えさせたのか……やるなぁセリカさん」
「才女……ですねぇ」
3人の脳裏には、してやったりとほくそ笑むセリカの顔が浮かび上がっていた。
カーソンはふと空を見上げ、太陽の傾きを気にしながら話す。
「あ、いけね。クリス、そろそろ急がないと……」
「あ、そうだった。ゴードンさん、旅の道具と食料補充させて下さい」
「はいはい。あなた達はタダにすると怒ると聞いておりますよ。全品1ゴールドでお売りさせて頂きます」
「1ゴールドって……」
「お金はきちんと頂戴致します。どうぞお好きなだけ、お買い求め下さいませ」
「……どんだけ俺達の情報、外部にまで漏れてんだ?」
2人はゴードンの好意に甘え、旅の道具と食料を補充させて貰った。
馬屋から馬を出し、ネストの街へと向かう。
ネストまでの道中、ある場所までやって来た2人は話す。
「確かこの辺だったよね? 刺客に襲われたのは」
「うん。確かにこの辺だ」
「それにしても、イザベラ様があたし達の事呼び戻そうなんて……」
「何か余程の問題が起きてるって事だよな?」
「うん……谷のみんな、大丈夫かな?」
「戻ってみれば分かるさ。それより、どうする?」
「ん? どうするって?」
「ネストで宿取るか? そのまま野宿しながらユアミ村目指すか?」
「谷で何が起きてるか分かんないから、野宿しながらユアミ村まで目指そう!」
「ん、分かった」
「でも、少しだけネストに寄らせてね!」
「えっ? お前、まさか!?」
「ギルドのおじさんにクマだけ渡してくる!」
「……お前、いったい何個クマ買ったんだ?」
「ユアミ村のギルドにも置いて行くからねー!」
「ユアミ村の分まであるのかよ!」
「トレヴァの分もあるよー!」
「おいおい……買いすぎだろ」
2人はネストの街目指し、馬を駆った。
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