翼の民

天秤座

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復活の日

157 ソニアの涙

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 パンっ

 翌朝ローラは手を叩き、カーソンを起こす。

 イザベラは魔力で作られた透明なベッドを徐々に消し、カーソンを地面へ降ろした。

 セイレーンが術を解き、姿を現したカーソンは両手を天に伸ばし、あくびをしながら話す。

「ふわぁ…………あっ……うー、よく寝た」
「おはよう、カーソン」
「おはようございます。寝心地は如何でしたか?」
「おはよう! あたしにも作って頂いたけど、気持ちよく眠れたね」
「おはようございます。最高の寝心地でした」
「それは何よりよ」
「あ、すみません。ちょっとトイレへ」
「じゃあ、あたしも行く」
「では、わたくしも起こして差し上げに行きますわ」
「? 起こすって……誰をですか?」
「誰かってのはさ、トイレ行く途中で分かるから」
「?」

 カーソンは立ち上がり、兵舎のトイレへと歩きだす。

 ローラとクリスも、カーソンの後に続いた。



 兵舎へと向かう途中、カーソンは目の前の道へ寝転がっている5人の女性達に驚いて足を止める。

 女性達は両腕をロープで後ろ手に縛られ、逃げ出せないように両足も縛られていた。

 ぐったりとした様子で、宙に浮いたまま横たわっている。

 カーソンは慌てて、一番近くで横たわっている女性へと駆け寄った。 

「うわっ!? 何でこんな所にそんな姿でっ!? 大丈夫ですかっ!?」
「……くかー……すぴー……」
「あ、あれっ? 寝てるん……ですか? これ、魔力のベッドで寝てる?」
「うん、そうよ。ロープで縛ったのはあたし」
「眠らせたのはわたくしですわ」
「何で……こんな事に?」
「夜中、あたしがトイレに行く途中に襲われてね。逆に縛ってやったのよ」
「戻ってきたクリスから報告を受けましてね、わたくしがお仕置きで眠らせましたの」
「お前……何で襲われたんだ?」
「あたしから力ずくで、あんたの居場所聞き出そうとしたのよ」
「俺の居場所? 何の為に?」
「そりゃあんた見付け次第、ロープで縛って破廉恥な事する為でしょ」
「俺、彼女達からいじめられるとこだったのか?」
「まぁ、そんなとこじゃないの?」
「……あふ…ん……そこ……もっとぉ……ん」
「あらあら、何やら幸せそうな夢を見ていますわね?」

 ロープで縛られたまま眠る女は、にへらと笑顔で寝言を呟いた。



 カーソン達がやって来たのを見計らい、近衛達が兵舎からやってくる。

 近衛達は身体をくねらせ、柔軟体操をしながら話す。

「うーっす! あっといけね、おはようございますローラ様」
「おはようございます。陛下もいらしたのですか?」
「おはようございます。ええ、起こして差し上げなくてはなりませんもの」
「我々がこいつらをお運びしますので」
「両陛下には是非、この者達にお説教をお願い致します」
「ローラ様、どうぞお戻り下さいませ」
「あら、そうですか? では、お姉様とお待ちしていますね?」

 ローラは近衛達と言葉を交わし、魔力のベッドを消して戻っていった。


 クリスは女達を担ぎ上げる近衛達へ話しかける。

「みんな、夕べは縛るの手伝ってくれてありがとう」
「いやしかしさ、まさかホントにあんた狙うとはね」
「みんなで兵舎に待機してて良かったよ」
「あ、そうそう。隊長があんた達に用事があるって」
「こいつらは私達が運ぶから、2人は兵舎に行ってよ」
「あらよっと! ほんじゃ、後でね」
「うん」
「隊長が俺達に? 何の用事だろ?」

 眠り続ける女達を担いだ近衛達を見送り、カーソンとクリスは先にトイレへと向かった。


 用を足した2人は兵舎へと入り、訓練場で腕を組みながら仁王立ちしているソニアへと近付く。

 ソニアは木大剣を担ぎ、足元には木剣が3本と木盾が1枚置かれていた。

 その意図を薄々感じながら、2人はソニアへ話しかける。

「隊長、おはようございます」
「おはようございます。ソニア隊長、俺達に用事って何です?」
「2人ともおはよう。朝からすまんが、お前達と手合わせしたくてな」
「えっ!?」
「手合わせ?」
「無様に負けるのは承知の上だ。だからあいつらには見られたくなくてな」
「いえそんな。こいつはともかく、あたしはまだ隊長に勝てませんよ」
「ソニア隊長だってあれから強くなってるだろうし、俺も今勝てるかどうかなんて分かりませんよ?」
「まあそう言うな。お前達がどれ程強くなり、私がどれ程弱くなったか確認させてくれ」
「弱くなっただなんて……そんな」
「考えすぎですよ隊長」
「さあ、武器を取れ。あいつらが戻る前に終わらせたい、頼む」
「ねぇ……どうする?」
「うーん……やってみるか?」

 有無を言わせず勝負を求めるソニアに、2人は渋々と用意されていた木剣と木盾を手にした。


 カーソンが先陣をきり、クリスは後方へと下がる。

 お互い一礼をし、武器を構えながらソニアとカーソンは話す。

「さあ、お前達が人間界で鍛えた腕前、私に見せてくれ」
「はい」
「遠慮などいらん。実戦のつもりで来い!」
「隊長。ちょっと言い難いのですが……大振りの武器には致命的な弱点があるんです」
「ほう? その弱点、是非教えて貰いたい」
「いいですか? 行きますよ?」
「さあ、来い!」
「では……たっ!」
「むっ!?」

 ソニアが腰を落とし、木大剣を右横に構えたと同時にカーソンは突撃する。

 虚を突かれたソニアは、力を溜める間もなく木大剣を右から左へと凪ぎ払う。

 カーソンは冷静に木剣を十字に交差させ、斬撃を受け止めた。

 ガギン

 ソニアの放った斬撃は速さも威力もなく、交差させた木剣にいとも容易く止められた。

 そのまま木大剣の下を潜り、2本の木剣でソニアの両腕ごと木大剣を捻る。

 ソニアは堪らず両手を放し、木大剣はカランと床へ落ちた。
 

 簡単にあしらわれ、茫然としているソニアへカーソンは話す。

「大きな剣は、剣速を上げるのに時間がかかります。こうして先手を打てば、その威力は殺されてしまうんです」
「むうっ……此方が万全となるまで待つ必要はない、という事か」
「はい。ヒノモトの兵法では、これを『先の先』といいます」
「先手を打たれる前に先手を打つ、なるほどな」
「こうなるともう、小回りの利く武器のほうが有利になります」
「剣を手離した私は、成す術無くお前に切り刻まれるだけか……参った」
「お手合わせ、ありがとうございました」

 ソニアは負けを認め、床に転がった木大剣を拾った。



 続けてクリスがソニアの前に立ち、お互い一礼をしあう。

 クリスは木剣と木盾を構え、腰を落とすとソニアへ話す。

「隊長。あたしは全力で受け止めます」
「お前もカーソンのように出来るのだろう? なぜやらん」
「出来ますけど、盾で受け止めるほうが得意なんです」
「私の一撃を止める気か?」
「はい。今なら出来そうな気がします」
「……そうか。では、行くぞ!」
「お願いします!」

 ソニアは腰を落とし、木大剣を右に構える。

 翼を広げ、力を溜めたソニアは渾身の一撃をクリスへ叩き込む。

「いあーっ!」
「やっ!」

 ガイン

 ソニアの太刀筋を見切ったクリスはかがみ込みながら踏ん張り、木盾に角度をつけて木大剣の軌道を滑らせ、上へと反らした。

 ソニアの放った渾身の一撃はクリスにあしらわれ、虚しく空を切った。


 クリスに背中を見せてしまい、反撃する気力も失せたソニアは話す。

「…………見事だ……クリス」
「ありがとうございます」
「まさか、こうも簡単にいなされるとは思ってもみなかった」
「相手の攻撃を反らし、間髪入れずに反撃で仕留める。これをヒノモトの兵法では、『後の先』というそうです」
「攻撃を受け流し、後隙で動けぬ相手を仕留める……か」
「いくら隊長渾身の一撃とはいえ、盾の表面を滑らせて威力を逃がしてしまえば、あたしでも何とかなります」
「そして無様に背中を見せた私は、お前に斬られる……か。参った、お前にも完敗だ」
「ありがとうございました、隊長」

 ソニアは無言で、2人へ一礼した。



 想像していた以上の実力差に、ソニアは顔面蒼白となりながら話す。

「まさかここまでとは……お前達、強くなったな」
「ありがとうございます」
「場数をこなした成果だと思います」
「命がけで戦い続けたお前達と、のらりくらりと剣術遊びをしていた私とでは……ふふっ、こうもなるか」
「そんな事ありませんよ、隊長!」
「そうですよ! 隊長のほうが人間よりもよっぽど強いです!」
「気休めなどいらんぞ? では何故、お前達はそこまで強くなったのだ?」
「そりゃ……人間達って卑怯な事、平気でしてきましたので……」
「砂をかけて目潰しとか、勝つ為には何でもしてきましたよ」
「卑怯な真似をするなという教えなど、殺し合いには無意味……か」
「いいえ。あたし達は隊長の教えを守り、正攻法でねじ伏せ続けました」
「それで人間も俺達の強さ知って、怖がりましたから。隊長から教えられたお陰で、俺達は命を無駄にせず済んだんです」
「よくぞここまで強くなってくれた。お前達は、翼の民としての誇りだよ」

 ソニアは微笑み、2人へもう一度頭を下げた。



 近衛達が戻ってきた時に、一戦交えたと気付かれないよう木剣と木盾をしまい、カーソンとクリスは女王達の元へと戻ろうとする。

 訓練場を出る時に2人はふと振り返り、ソニアを見る。

 ソニアは背中を向け、小刻みに肩を震わせていた。

 しきりに顔へ手をあてがう様子に、2人は複雑な想いを寄せる。

 恐らくソニアは、悔し涙を流している。

 覚悟こそしていたであろうが、想像以上の実力差がついた現実を受け入れているのだろう。

 カーソンとクリスは目配せをし、そっと兵舎を後にした。




 2人は再びイザベラとローラの前にやって来る。

 縛られていた女達は既に解放され、自宅へと帰っていた。

 近衛達は2人が来るまで、女王達の元で待機をしていた。



 ソニアが何の用事で呼んだのか察している近衛達は、2人へ話す。

「2人とも、お疲れ」
「どうだった? 隊長、強かった?」
「あ……みんな気付いてたのか?」
「そりゃそうよ。隊長って、隠し事苦手だもん」
「あんなにソワソワしてたらさ、2人とやり合おうってしてるんだって気付いちゃうよ」
「んで? どうだった?」
「うん、負けたよ」
「やっぱり隊長、強かったぞ」

 2人は負けたと言い、ソニアの立場を尊重した。

 近衛達はうんうんと頷き、2人へ話す。

「やっぱあんた達って、優しいよね」
「隊長の顔、潰さないんだね」
「わたしだったら、勝ったって自慢しまくっちゃうわ」
「クリスも隊長に勝っちゃったんだね。凄いわ」
「え? あたし達負けたよ?」
「うん、隊長に負けたぞ俺達」
「はいはい。あんた達も隊長と一緒、嘘が下手くそ」
「うちら剣術では勝てないけど、バレない嘘つくのだけは勝てそうね」
「そんなんで勝ってどうすんのよ? 自慢にもなんないっての」
「あはははは!」

 近衛達は楽しそうに笑った。

 カーソンとクリスは、嘘がすぐにバレるくらい顔に出ていたのかと、お互いの顔を見合わせた。



 イザベラが申し訳なさそうに、2人へ話す。

「ごめんなさいね? 風の目で見ててね、結果教えちゃったのよ」
「2人とも隠そうとなさったのに……お姉様のおしゃべり」
「ごめん」
「ソニアに怒られてしまいますわよ?」
「怒られたら、土下座して謝るわ」
「皆さん、分かっていますわね?」
「はい、ローラ様」
「隊長とカーソン達は、戦っていません」
「戦っていませんので、勝ち負けなんてありません」
「隊長の用事、私達は知りません」
「絶対に口外など致しません」
「一番言いそうなナタリーがそう言ってますので大丈夫です」
「チェイニーこの野郎っ! 余計な事をっ!」
「あんたがここの誰よりも、余計な事言うもん」
「毒舌ナタリー」
「今までの実績だもんね」
「ぐぬぬ……」
「あはははは!」

 ナタリーは近衛達に弄られ、一言も反論出来ずに笑われた。
 


 近衛達は兵舎へと戻り、カーソンとクリスは女王達の元へ留まる。

 イザベラとローラは2人へ話す。

「島が来るまではまだ時間があるわ。来た時にはまたセイレーンで隠れて貰うけど、それまではあなた達の自由にしていていいわよ?」
「独り身の女達には、よく言い聞かせました。今夜からは大丈夫ですわ」
「もし破ったら、顔を醜く変えるわよって脅したからね」
「カーソンどころか、殿方全員に相手されなくなりますわよ、とね」
「流石に反省してたわ。きっともう大丈夫よ」
「ありがとうございます、陛下。ほら、あんたもお礼して」
「何が安全になったか分かりませんが……ありがとうございます」
「そりゃ、あなたのナニが安全によ? ふふっ」
「クスクス……」

 イザベラとローラは微笑みながら、続けて話す。

「大変な旅だっただろうけど、楽しい事も沢山経験したようね?」
「昨夜のあなた達のお話、とても楽しかったですわ。わたくし達も、もう一度旅に出たくなってしまいました」
「えっ!? イザベラ様もローラ様も、谷から出た事あるんですか!?」
「もちろんよ。一緒には行けなかったけど、精霊と契約しにね」
「当時はまだ健在でした父上に……連れて行って頂きましたわ」
「その時は冒険者ギルドが、そんなに楽しい所だったとは知らなかったわ」
「いつかまた旅に。今度はお姉様と一緒に旅がしたいですわ」
「封印の役目、早く終わらないかしらね。本当、毎日退屈だわ」

 どうやらカーソンとクリスの冒険談は、2人にとって刺激が強過ぎた様であった。

 イザベラは2人に聞く。

「ところであなた達、火と土の精霊は契約出来たみたいだけど、闇の精霊とは契約しなかったの?」
「えっ、闇の精霊ですか? 気が付かなかったよな?」
「あたし達、闇の精霊は見逃していたみたいです」
「あら? おかしいわね。土の精霊の近くで見付けられたはずよ?」
「あ、では少々お待ちを」
「今、大まかな地図を書きます」

 2人は小石で地面に地図を書き、イザベラへ見せた。

「谷がここで、トレヴァがあって……ユアミ村。ここに火の精霊が居ました」
「そこから東……ネスト、オストを過ぎて……この辺かな?」
「ここで土の精霊と契約しました。闇の精霊、どの辺りですか?」
「えーっとね……あ、ここら辺だったと思うわ」

 イザベラが地図に指差した場所を見て、2人は声を揃えた。

「あ……ここってゴルド町だ」
「ここに闇の精霊が居たのか……」
「あら、人間が集落を作っちゃったのね? 残念だわ」
「? 残念とは?」
「精霊は人間を嫌ってるからね。恐らく何処かへ引っ越したと思うわ」
「住み処を追われてしまいましたのね……」
「何処へ行ったかなんて……分かりませんよね?」
「そうねぇ……見当もつかないわ」
「きっと人間の目には触れる事のない、森の奥深くや魔物の住み着いて居ない洞窟でしょうね」
「ありゃあ……残念」
「このゴルド町、俺が産まれた2年後に出来てたそうですよ」
「そうなの? それじゃあ、どうしようもなかったわね」
「ええ。何とも惜しい事をしましたわね」
「闇の精霊かぁ……」
「なんか……悔しいなぁ……」
 


 カーソンとクリスは、闇の精霊とは出会う縁が無かったのかと残念がった。



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