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復活の日
159 ネロス復活
しおりを挟む女王達は額から大粒の汗を流し、苦痛に顔を歪めている。
島の親衛兵を振りきったレイナとナタリーは、ソーマを殴り続けているクリスを止めに入る。
レイナがソーマの右腕を踏みつけ剣を手放させると、ナタリーは剣を遠くへと蹴飛ばした。
ソーマを無力化させるとそのままクリスの腕を掴み、強引に引き離す。
両腕を拘束されながら引きずられたクリスは叫ぶ。
「離してよっ! このクソ野郎ぶっ殺してやるっ!」
「ダメだってそこまでしちゃ!」
「そんくらいにしときなって!」
「近衛の掟を忘れたのっ!? 売られた喧嘩は買うのよっ!」
「先にやる事あるでしょっ!」
「陛下をお守りすんのが先よっ!」
「あいつがもうやってるってばっ!」
「えっ!? あっ……」
「カーソンっ!」
暴れるクリスを抑えながら、レイナとナタリーは女王達を見る。
カーソンが姿を現し、女王達へコップに汲んだヒーリング水を手渡していた。
「イザベラ様! ローラ様! ヒーリングです!」
「うぅっ……ありが…とう」
「はぁ…はぁ……感謝…致しますわ」
「まさか本当に刺すとは思いませんでした! 対応が遅れすみません!」
「……ふうっ。いいのよ……気にしないで。私達も油断していたわ」
「ああっ……助かりましたわ……ありがとうございます」
イザベラとローラはヒーリング水を飲み、刺された腹の傷が癒える。
クリスは拘束から逃れようとしながら叫ぶ。
「こういう時あいつは守んなきゃない人を何よりも優先すんのっ!
だからあたしはそれを邪魔させない為に戦うのっ!」
「そ、そうなんだ……」
「だから離してよっ! ソーマのクソ野郎ぶっ殺してやるっ!」
「待て待て! 落ち着けったらっ! はい深呼吸っ!」
「ぐぬぬっ…………ふぅーっ! ふぅーっ……!」
クリスはレイナとナタリーに拘束されたまま、女王達の元まで引きずられた。
グスタフと親衛兵達は近衛との交戦をやめ、倒れたままのソーマへと駆け寄る。
ソーマを抱き起こすと、グスタフは叫ぶ。
「王子っ! ご無事でございますかっ!」
「…………遅い!」
「も、申し訳ございませぬ!」
「役に立たぬ者などいらぬ! 貴様ら、無事で済むと思うなよ!」
「王子! 何卒、寛大なご配慮を!」
「うるさいっ! どいつもこいつも……ボクを馬鹿にしおってっ!」
「他の近衛共を抑えるのが限界でございました! お許しを!」
「処刑だ! 島へ戻り次第、お前達など処刑してやる!」
「どうか何卒っ! お怒りを鎮めて下さいませ!」
グスタフは怒り狂うソーマへ謝罪を続けた。
ソニア達近衛は抜刀したまま、ソーマ達を取り囲む。
「陛下のお命を脅かすとは……貴様ら許さん!」
「もう頭にきた! 陛下へ死んで詫びろ!」
「お前達が谷にしてきた暴虐の数々! その報いを受けろ!」
「こっちはもうとっくにっ! 怒りの限界超えてんだよっ!」
じりじりと距離を詰める近衛達に、ソーマ達は顔を歪めた。
その時、谷に突如として地響きが起きる。
地響きは鳴り止まず、やがて谷全体を揺らし始めた。
ゴゴゴといううねりは、泉の中心部に大きな渦を作り出す。
渦はどんどん広がり、禍々しい黒い炎のようなものが吹き上がる。
泉の周りに居る者全てが、渦の中からこの世のものとは到底思えぬ程の邪悪な意思を感じ取った。
泉の中心部にはぽっかりと穴が開き、地下の奥底から何かが上へと昇ってくる。
泉の奥底から出て来たものは、赤くドス黒い小さな玉であった。
ソーマは動揺し、イザベラとローラは顔面蒼白となりながら呟く。
「な……何だ!? 何が…………起きた?」
「…………ふっ……封印が…………」
「……破れ…………ああっ……そん…な……」
イザベラとローラは、宙に浮く玉を見て茫然とする。
その場に居合わせた者全てが、何が起きたのか理解出来ずに立ち尽くした。
玉はゆっくりとソーマへ近付き、話しかける。
「ククク……オ前ダナ? 我ニ協力シタ者ヨ」
「い、いや……ボクは…………何も……」
「内部カラハ破レヌ封印ノ壁ヲ、外部カラ傷ヲツケタデアロウ?」
「ボクは……何もして……ません……」
「オ前ガヤッタノダゾ? 我ヲ解キ放チタカッタノダロウ?」
「い、いえ……違い……ます」
「我ヲ解放セシ者ヨ、良クヤッテクレタ。ソノ望ミハ我ガ叶エテヤロウ」
堪らない吐き気を我慢しながら、ソーマは玉に聞く。
「ぼ、ボクの望み?」
「コノ世ヲ再ビ混沌ヘト、導キタイノデアロウ?
喜ブガイイ。オ前ノ望ミ通リ、我ガ全テヲ壊シテヤロウ」
「ボクは……そんな事望んでません」
「ホウ? ナラバ何故、我ノ封印ヲ解ク手伝イヲシテクレタノダ?」
「手伝って……ません」
「ククク……オ前ノ顔、覚エテオイテヤルゾ。オドモ貰ッテイッテヤル」
「お、オドって……?」
「復活シタテデオドガ欲シカッタガ、ソレマデ用意シテイタトハナ」
「あ、いえ……これは……」
「オ前達ヲ殺シ奪オウトシタガ、ソレデ勘弁シテヤルゾ」
玉はガラスの容器に体当たりし、中のオドを全て吸い取る。
そして瞬く間に、北東の方角へ物凄い速さで飛んで行った。
泉に開いた穴は閉じ、水面が揺らいでいる。
大樹はざわざわと、風に揺られている。
谷の民達は異変に気付き、此方へと向かい始めていた。
イザベラは立ち上がろうとするが、血の気が回らずフラッと傾く。
慌てて近寄ったレイナの肩を借り、寄りかかりながらソーマを罵る。
「ふっ……封印を解くとは……この……愚か者めが……。
我らローズヴェルク家の使命を……ブチ壊しおって……」
ローラもナタリーの肩を借りて立ち上がり、ソーマを叱責する。
「ラインハルト家の子……ソーマ……。
お前は今、世界を破滅へと導いた……。
神のお告げで死すべきは……お前だった……」
グスタフは今ここで起こった出来事を、信じようとはしなかった。
「わ……儂は信じぬ……信じぬぞ……この様な事……」
ソーマは自分の犯した罪を認めようとしなかった。
狼狽しながら、思い付く限りの弁明を始める。
「ぼ……ボクは悪くないぞ。
そう、ボクは悪くない。
お前達がボクの事を笑ったのが悪いんだ!
そ、そう。全部お前達が悪いんだ!」
「黙れ愚か者!
貴様のどうでも良い自尊心の為に、我らの使命は全てブチ壊されたのだ!
どうしてくれる!?」
「いったい何の為に……私達翼の民が数千年もっ!
封印を守り続けていたと……思っているのですかっ!?」
言い逃れ出来ないソーマは、論点をずらし始める。
「ボクじゃないっ!
ほ、ほら……何で死んだハズのクリスが生きてるんだっ!
それに、そこの男は誰だっ!
ボクと同じくらいの歳ではないかっ!
あっ、そうかっ! その男がやったのだなっ!
クリスを生き返らせたのかっ!
そして女王達へ怪しい薬を飲ませ、封印を解かせたのだな!
ボクが刺しても封印は解けなかった!
お前が何かを飲ませてから解けたんだ!
やったのはお前だっ! 世界を破滅に導いーー」
「己の罪を他人へ押し付けるなぁぁーっ!」
「責任逃れも甚だしいっ!」
パァン
パシィン
ソーマは駆け寄ってきたイザベラに左の頬を、ローラに右の頬を平手打ちされた。
ソーマは涙を浮かべながら、島へと逃げ出す。
「ぼっ……ボクじゃない……ボクは違う……やってないぃぃーっ!」
「逃げるなソーマっ!」
「お待ちなさいっ!」
グスタフは慌てて後を追う。
「お、お待ち下さい王子!」
「待ていグスタフ! 貴様まで逃げるなっ!」
「26年前にお前が無惨にも奪った3人の命! 今すぐここで詫びなさい!」
「………………」
イザベラとローラに怒鳴られたグスタフは一瞬立ち止まったが、何も言わず島へと帰って行った。
島の親衛兵達も、後へ続いた。
翼の民は全員、イザベラとローラの元へと集まっていた。
女王達は座り込みながら目を瞑り、魔力で誰かと話し始める。
時々眉間に皺を寄せながら、怒りの表情になっていた。
暫く時が経ち、島は玉を追って北東へと移動を始める。
イザベラとローラは目を開き、話し出す。
「良し……話はついた。このままでは駄目ね」
「ええ。島にも責任をとって頂きませんと」
「…………おのれ……口惜しや……」
「よもや今日が……その日になろうとは……」
「あっ、立ってられない……」
「お姉様、大丈夫ですか?」
民達へ状況を伝えようと立ち上がったイザベラとローラは、貧血でふらつく。
2人は身体を震わせながら、その場にペタンと座り込んだ。
カーソンが顔面蒼白になりながら女王達へと駆け寄り、共にしゃがむ。
女王達の腹に触れ、撫で回しながらカーソンは2人を気遣う。
「イザベラ様、ローラ様。大丈夫ですか?」
「ひゃっ!? え、ええ……大丈夫よ?」
「あ、あの……何故…私達のお腹を?」
「赤ちゃん、無事ですか? 殺され……ちゃいましたか?」
「…………は?」
「赤…ちゃん?」
「お気を確かに。お母さんが無事なら、赤ちゃんはまた出来るみたいです。もし赤ちゃんが死んじゃっててもまた出来ると思いますので、どうかお気を確かに」
真面目な顔で自分達の腹をさすっているカーソンを見て、イザベラとローラは目を丸くしながら話す。
「あのね……そんな心配してくれてるところ悪いんだけど……」
「私達のお腹に……赤ちゃんは居ませんよ?」
「え? そうなんですか?」
「何で……お腹に赤ちゃんが入ってた前提で話してるの、あなたは?」
「いや、その……もしお2人がお腹の赤ちゃん殺されて、死にそうになってしまわれたらどうしようかと……」
「ちょっと……お話の意図が読めないのですが?」
「あの、俺……間違えてお母さんだった女のお腹刺して、赤ちゃん殺してしまった事があるんです。それで、あの……お母さんも……死んじゃう程の傷じゃなかったのに……死んじゃって……今でもやってしまった事に後悔してるんです」
カーソンは、8年前に誤って殺してしまった母親への後悔を女王達へ話し、同じ結果にしたくないと訴えた。
イザベラとローラはその意図を知り、腹に触れているカーソンの手を優しく握りながら話す。
「成る程ね、赤ちゃん……か」
「それでそんなに、私達のお腹を心配してらっしゃるのね」
「お2人の赤ちゃんが死んでなくて、最初から居なかったのなら……良くはないけど良かったです」
「ふふっ、そうね? じゃあ、あなたと赤ちゃん作っちゃおうかしら?」
「カーソンとの赤ちゃんでしたら、刺された程度では無事でしょうね?」
「そんな強い赤ちゃんになるのでしたら、俺は喜んでお手伝いあだっ!?」
パカン
背後からクリスがカーソンの頭を殴りながら話す。
「申し訳ございません陛下。馬鹿ーソンのご無礼、大変失礼致しました」
「いたた……お前いま、本気で殴ったな?」
「じゃあこれから本気で殴るから、比べてみる?」
「……いえ、結構ですお許しを」
「カーソンがその気になっても、クリスは許してくれなさそうね?」
「これは難敵ですわね、お姉様」
カーソンは両手でクリスに殴られた後頭部を押さえ、うずくまっていた。
イザベラとローラは、ふと自分達のとった行動に疑問を持ち始め、カーソンへ聞く。
「ところでカーソン? あなた、あのヒーリングに何かした?」
「ヒーリング以外の術、施しませんでしたか?」
「あたた……いえ? 何もしていないと思いますが?」
「妙だわね? 私達、何でソーマ殺そうと思わなかったのかしら?」
「あの時だけは、全く殺意が消えていたのですが……不思議ですわね」
「あのヒーリングに、殺意まで癒されちゃったのかしらね?」
「使い手のカーソンの意思が、影響を及ぼしたのでしょうか?」
「殺してたら今より状況が悪くなっていたと思えば、殺さなくて良かったのではないでしょうか? いたた……まだ痛い」
「あなたもヒーリング、飲んだほうがいいんじゃない?」
「もし怒りが治まる効果もあるのでしたら、クリスもね?」
イザベラとローラはカーソンを見つめながら、不思議な気分に包まれた。
イザベラとローラはゆっくり立ち上がり、心配して集まってきていた谷の民へ語りかける。
「みんな聞いてくれるかしら? 私達の使命だった邪神の封印が、島の馬鹿者によって解かれてしまったわ」
「このままでは、世界が邪神によって全て滅ぼされてしまいますわ」
谷の民は、一斉にどよめきの声を上げた。
「それでたった今、島で一番偉い奴、皇帝と話をつけたの。今後、島は二度と谷に関わらないと約束したわ」
「でも、その代わりお姉様と私は玉の再封印の為、行方を追わなければならないことを条件に出されました」
「みんなはどう思う? 私とローラは玉の行方を追わなければいけないと思っているのだけれど、みんなの意見を聞きたいの」
「これはこの谷が始まって以来の非常事態です。今、この谷で暮らす全ての民から意見を伺いたいのです」
レイナが手を挙げ、イザベラへ聞く。
「あの、イザベラ様? 皇帝が約束しても、ソーマ王子やグスタフ将軍が言いつけを無視してまた谷へ来るとか……しませんか?」
「ソーマは今後幽閉、グスタフは此度の責任を取らせて処刑するそうよ」
「はりゃぁ……幽閉に処刑ですか……」
ローラは民達へ語りかける。
「島の介入が無くなれば、恐れるものは人間の矢だけ。
それも矢反らしの使い手、セルゲイが居れば心配は無いでしょう。
お姉様と私が不在でも、谷での不安は無いと思いますわ。
いかがでしょう? 玉を追う旅に出ても良いでしょうか?」
イザベラも民達へ語りかける。
「今すぐ決めてちょうだいとは言わないわ。
今夜一晩、みんなで話し合って決めてちょうだい。
でもね、これだけは知っていて欲しい。
私達ローズヴェルク家の守り手にとってはね……。
封印を解いてしまったという事は、屈辱でしかないの!」
イザベラとローラの訴えかけに、翼の民達は事の重大さに沈黙するしかなかった。
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