翼の民

天秤座

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めぐり会い

188 詩音

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 翌朝、目覚めたカーソンはベッドから起き上がる。

「んー……あぁ……おはようティコ」
「……おはようございます……カーソン様」
「ん? どうした? まだ眠いのか?」
「いえ、眠いというよりは……気怠いんです」

 ティコはベッドへ横になったまま、虚ろな瞳でカーソンを見上げていた。

 元気の無いティコを心配し、カーソンは声をかける。

「どうした? どっか具合悪いのか?」
「はい。あの……始まっちゃったみたいなんです」
「始まったって……あ、生理ってやつか?」
「はい。そんなハズはないんですけど……生理みたいです」
「クリスもたまになってるな」
「いたたた……」
「大丈夫か? 起きれるか? 朝ゴハン、持ってきてやろうか?」
「だ、大丈夫です。起きます……」
「……こりゃ今日の訓練は休みだな?」
「いえっ! わたし、頑張りますっ!」
「そんな調子じゃ無理だろ。待ってろ、クリス呼んでくる」

 カーソンは部屋を出て、クリスを呼んできた。

 部屋へ入ったクリスはティコへ近付き肩をさすりながら話しかける。

「ティコ、女の日になったのね?」
「はい……」
「とりあえず、あんたは部屋から出て行きなさい」
「うん。あ、そうだ。ヒーリングかけてやろうか?」
「いいよ、あんたは何もしなくていいわ。ヒーリングで生理は治らないし」
「あれっ? お前、たまに生理治したいから水くれって貰いに来てなかったっけ?」
「……ああ、あれはちょっと違うのを治したかったのよ」
「? もしかして、痔か?」
「失礼ねっ! 女の子に何て事聞くのよ!」
「ごめん」
「ティコはあたしが診てあげるから、あんたは先にゴハン行ってなさい」
「ん、分かった。じゃあ頼む」
「一応、イザベラさん達にも伝えといてね」

 カーソンはティコをクリスに任せて朝食を食べに向かった。


 2人きりとなり、クリスは部屋から持ってきた薬袋を手にしながら話す。

「痛い?」
「はい」
「うーん……この薬、飲ませても大丈夫かな?」
「クリス様……わたし、閉経してるハズなんです」
「は!? 何言ってんのよ、そんな若いクセに」
「いえ、本当です。生理が来るハズないんです」
「どうしてよ?」
「わたし、子宮を焼かれて妊娠出来ない身体にさせられたんです」
「えっ!? 何それ?」
「娼婦が妊娠なんてさせられないって、親方に壊されたんです」
「壊すって……ええっ……」
「変なお薬飲ませられて、意識無くしてた時にアソコの中へ火種挿入れられて、子宮を焼かれちゃったんです」
「そんなトコ焼かれても……生きてられるモンなの?」
「はい、死ぬほど苦しみましたけど、こうして生きてます」
「いや、ちょっとその痛み……想像出来ないわ」
「子宮焼かれちゃったので、もう生理なんて来ないはずなんです」
「でも今、生理が来てるんでしょ?」
「はい。もう1年以上来なかったのに……子宮死んじゃってるハズなのに……」
「あれよ、カーソンが治してくれたんだよきっと」
「わたしの左目や、歯みたいに……子宮もでしょうか?」
「きっとそうだよ。多分ヒーリングが効いて、治ったんだよ?」
「治った……けど、この痛みをまた……いたた……」
「ほらほら、この薬飲みなさいよ。効きすぎるかも知れないけど」
「ありがとうございます、クリス様」

 クリスは水の入ったコップと共に、赤い小さな丸薬を1粒ティコへ手渡す。

 ティコは丸薬を口に入れ、水で飲み込んだ。

 クリスは、翼の民用に調合した痛み止めの薬を人間に飲ませても大丈夫なのかと心配する。

 
 経過観察の為ティコをベッドへ寝かせ、クリスは傍で様子を見る。

「あんたちっちゃいし、(人間だから)とりあえず1粒飲んでちょっと様子みよう」
「はい、クリス様」
「あたしね、そこらで売ってる薬じゃ全然効かないの。いつもそれを2粒飲んでるのよ」
「そうなのですか?」
「あんたにはちょっと強い薬かも知れないからさ、具合い悪くなったらすぐに言うのよ?」
「……あ。クリス様の薬、すごく効いてます。痛みが消えてきました」
「え、もう効いてきたの? 効くの早すぎない?」 
「わぁ……頭もスッキリしてきました」
「そっか。良かったね?」
「はい、ありがとうございます。あの……クリス様?」
「ん? なに?」
「わたし……生理が来たという事は、赤ちゃん産める身体になったのですよね?」
「まあ、来たんならそうなるんじゃないの?」
「わたし……カーソン様との赤ちゃん、欲しいです」
「…………なんだとコラ?」
「ごめんなさい。でも、クリス様にはお伝えしておきたくて」
「あたしに真正面から喧嘩売ってくるとは、あんたもいい根性してるわね?」
「喧嘩だなんてとんでもありません。わたしなんかがって思ってます」
「その割にはあいつの赤ちゃん欲しいだなんて、よくもまあ言ってくれるわね?」
「生理が戻って、もしかしたらって思ったら嬉しくなっちゃいまして」
「……まあ、自由に生きろって言ったのに怒るのも変か」
「では、赤ちゃん頂いてもいいですか?」
「だーめっ! あたしに殺されても知らないよ?」
「殺されてもいいです、下さい」
「あんた死んじゃったら、赤ちゃんも死んじゃうでしょ」
「あっ、そっか……」
「この馬鹿め」
「はい、馬鹿です」
「……ふふふっ」
「えへへ……」

 クリスとティコは、お互いの顔を見ながら笑い合った。


 先に来て待っていたイザベラ達は、ひとりでやって来たカ-ソンへ聞く。

「おはようカーソン。あら? クリスとティコは?」
「おはようございます。なんかティコが、女の日ってのになったみたいでして……」
「そう……昨日は慣れない事しちゃったから、調子もおかしくなるか」
「随分と激しい運動をなされたのですか?」
「走らせただけで、それほどでは。しかし、ティコには激しすぎたかも知れません」

 ソニアはティコの調子が崩れた事に理解を示した。

 カーソンは首をかしげながら聞く。

「どうして女の人って、生理ってのになるとお腹が痛くなるんですか?」
「女だからとしか説明しようが無い事よ。時々私達も痛くなるわ」
「不快感こそありますが、毎回痛いわけではありませんよ?」
「体調が落ちている時は、痛みが重い時もあるな」
「ふーん……でも、俺が女の時には一度も痛くなった事がありませんよ?」
「あなたのは魔力で作った女の身体だから、あの痛みを経験しなかったのよ」
「望んでまで経験する痛みではありませんよ?」
「いらつく痛みだぞ?」
「うんちが出なくて、お腹が痛くなった時みたいな感じですか?」
「食事の場でそんな事言わないの」
「あっ、すみません」

 食事の場で下品な話をし、カーソンはイザベラに注意された。
 

 食事を始めて間もなく、クリスとティコがやって来た。

「あら、おはようティコ。大丈夫なの?」
「おはようございます。はい、クリス様のお薬で大分良くなりました」
「えっ? クリス、私達の薬を人間に飲ませたの?」
「はい。苦しそうだったのでつい……」
「え? 人間……って?」
「何でもありませんわよ、ティコ。効いたのなら問題無いですわ」
「ティコ、今日の訓練は休みだな」
「大丈夫です。今日も訓練をお願いします」
「調子落としてるんだから無理よ。今日はお休みよティコ」
「駄目です! わたし、早く強くなりたいんです!」

 ティコは今日も訓練をと願い出る。

 その時、宿屋の入り口の方から、女性の声が聞こえた。

「ティコ……お前、そんなに強くなりたいか?」
「!? あっ、詩音さん!?」
「無事に身柄を買って貰えたようだな? 何よりだ」
「詩音さん、お礼が遅くなってごめんなさい。助けて下さり、ありがとうございました」
「構わぬ。当然の事をしたまでだ」

 宿屋の入り口の壁に、詩音が両腕を組みながら寄りかかっていた。


 カーソンは立ち上がり、詩音に近寄り頭を下げながら話す。

「詩音さん、俺からも助けてくれたお礼を言わせて下さい」
「お主まで私に頭を下げるな。長右衛門様からどやされてしまう」
「いや、何で俺がお礼すると長右衛門さんが怒るんですか」
「長右衛門様は私が仕える主。お主は長右衛門様の息子のような者。
 つまりお主も、私にとっては主に近い存在なのだ。礼などいらぬ。
 更に言わせるなら、私に『さん』をつけるな。詩音と呼び捨てでいい」
「それは出来ませんよ。詩音さん俺より目上のかたですし」
「では、お主が私に『さん』をつけて話せば無視をするからな」
「何でそうなるんですか詩音さんっ!?」
「…………」
「な、何でそうなるんですか。し、詩音?」
「…………」
「ちょ、何でそうなるんだよ詩音!」
「うむ。今後その口調で話さねば、私はお主を無視するからな」

 詩音はカーソンへ同じ立場で対話しろと強制した。 

 敬語で話しかけてくるなと言われたカーソンは、詩音へ話す。

「め、めんどくさいなぁ……」
「お主は私と同格の存在だ。敬って話しかけられても返答に困る。
 仁義忠孝を重んじるヒノモトで『武士道』を学んできたのだろう?」
「うん。鬼村宏之進きむらひろのしんさんってかたに師事してきたぞ」
「何だ、よりにもよってあのうつけ者か。ならば習った事は忘れてしまえ」
「酷い言い草だな……」
「女を泣かせる事こそが武士道などと、あの阿呆は話を端折りすぎておる」
「それ、イザベラさんとローラさんからも怒られた」
「怒らぬ女などこの世に居るか、このたわけ」
「詩音にも怒られた……それ言ったの俺じゃないのに……」
「忘れろ。惚れた女の為に生きろと覚え直せ」
「なるほど。じゃあ俺は、クリスの為に生きるよ」
「うむ、泣かせるなよ?」
「泣かせる事なんてしないって」
「昔から泣かせ続けておるくせに、お主はまだ気付いておらんのか?」
「え? クリス、俺お前の事泣かせてんのか?」
「うん、ずっと泣かされてる。あんたまだ子供だからしょうがないけど」
「ええっ!? ごめん!」

 カーソンはクリスへ謝り、その原因を作っているイザベラは目を泳がせた。


 詩音はティコの前へ歩み寄り、隣に居るカーソンへ両腕を組みながら話す。

「長右衛門様から許可を頂いた。カーソンよ、私へティコを預けてみぬか?」
「ティコを詩音に? 何で?」
「決まっておる。その子を忍者に鍛えてやるのだ」
「忍者にっ!? そんな事、出来るのか!?」
「忍者の剣術は独特なのだ。何も知らぬほうが、剣術を学んだ者より覚えが早い」
「……ティコって、忍者になれそうなのか?」
「ああ。昨日の訓練を見ている限り、素質はあると思うぞ」
「見てたのか!?」
「忍びだからな。お主達から気取られぬように観察する事など容易たやすい」
「……やっぱ忍者って凄いな」
「それと、謝罪しておこう。メデューサの時は邪魔してすまなかった」
「え? メデューサって……あの時詩音、もしかして洞窟に居たのか?」
「ああ。お主達に情報をと思い潜入したのだが、奴に気付かれた」
「あ、そうだったのか。あれってシルフが気付かれたんじゃなかったのか」
「お蔭でお主達の恐ろしさ、その片鱗を間近で見る事が出来た。あれは反則すぎぬか?」
「いやそれは……俺もそう思った」
「遥か遠方より攻撃し、爆ぜて肉を飛び散らせ、突如穴を開けて埋め込み、挙句に首を斬り落とすとは……何と言う馬鹿げた妖術なのだ?」
「魔法使った俺が言うのもあれだけど、メデューサが可哀想だったよな?」
「まるで他人事のように言うお主が末恐ろしいわ」

 身の危険を顧みずメデューサを偵察し、気付かれて迷惑をかけたと謝罪する詩音。

 無駄な事をしたと思うと共に、カーソンとイザベラの遠隔魔法攻撃に呆れた。



 詩音はティコに聞く。

「どうだティコ? お前がその気なら、私が忍として育ててやる。カーソン達より厳しくすると思うがな?」
「……詩音さん。わたし、強くなれますか?」
「こんな化け物連中に、並程度の腕では足手まといにしかならぬ。
 だが、忍者として働けば化け物共の邪魔には決してならん。
 この化け物共の行動を阻害せぬし、お前がされる事もない」
「……化け物共って、言い方が酷くないですか? あたし達そんなのじゃないですよ?」
「事実だろう? 恐らくお主達に勝てる人間・・など、ひとりも居らぬぞ?」
「探せばどっかに居るんじゃないですか? いや、居ても絶対に会いたくないけど」
「さぁティコ、どうする? お前がここに残りたければ、邪魔者に扱われたくなければ、忍者を目指すのだ」

 ティコは少し考え、詩音に願い出る。

「お願いします詩音さん! わたし、強くなりたいんです!」
「決まりだな。では毎日朝食後、迎えに来る。夕方には宿へ返しに来る。それで良いか、カーソン?」
「あ、ああ……でも、いいのか詩音? 仕事は? お金払うぞ」
「今の私の仕事は、お主達の手助けだ。金子きんすは長右衛門様から頂いているから心配するな。さあ、それでは行くぞティコ」
「はいっ! お願いします、詩音さん! それではカーソン様、行ってきます!」

 ティコは詩音に連れられ、宿屋から出て行った。

 
 イザベラとローラは心配しながら話す。

「ティコ、女の日だったわよね? 大丈夫かしら?」
「本人から申告が無くとも、いずれ詩音も知り手加減して下さるでしょう」


 カーソンはクリスを泣かせているという話を思い出し、クリスにどうすればいいのか聞いている。

 クリスは突然カーソンの股間を右手で掴み、何かを喋っている。

 突然股間を掴まれたカーソンは情けない声を出し、その場でうずくまる。

 ソニアはクリスへ『男の弱点を攻撃以外で掴むのなら慎重にやれ』と叱っていた。




 その日の夕方、詩音は宿屋へティコを背負いながらやって来た。

「カーソン、すまぬ。少々厳しくやり過ぎた。気を失っているが、命に別状は無い」
「詩音、大丈夫か? ティコ待ってろ、水飲ませてやる」
「やはりこの娘、忍としての素質、充分に持っているぞ」
「……強く、なれそうか?」
「ああ、私が保証する。そこでだ、お主にも協力して貰いたいのだが?」
「俺が協力? 何を?」
「今みたいに失神しても、お主が居れば妖術で回復させられる。それに、何よりティコの為にもなる」
「ティコの為って?」
「この娘、お主に心酔しておるぞ。『カーソン様の為に、わたしは強くなる』と、何度も口にしていた」

 ティコは気を失いながら、独り言を呟く。

「……カーソン様……わたし……強く……なる……」
「な? 修行の場にお主も居れば、この娘も必死になるだろう」
「そうか。じゃあ詩音、明日から俺にも忍者の修行をしてくれないか?」
「……お主、これ以上強くなるつもりなのか?」
「人間に勝てても、魔物に負けたら死ぬしな? 強くなれるのなら、俺はもっと強くなりたい」
「……あたしも強くなりたい」
「……私もだ」

 話を聞いていたクリスとソニアも、詩音へ修行を申し出た。

「よろしくお願いします、詩音さん」
「ティコに追い抜かれてしまっては、流石に私も面目たたん。修行させてくれ」
「ねえローラ? どうせなら私達も、外で書物を読みましょうか」
「そうですわね、お姉様。外の空気を吸いながら読みましょうね」

 イザベラとローラも、特訓の場に居合わせると言い出した。


 詩音は微笑みながらカーソン達へ話す。

「ふふっ、お主達は本当に変わった連中だ。いいだろう。但し、私の修行は厳しいぞ?」
「望むところだ、詩音!」
「素早い相手の対処法を学べそうですね、ソニアさん」
「うむ。忍者という存在を知るにも、相手として戦うにもいい機会だ」
「では、明日から全員の面倒を見てやろう。朝食が終わった頃に、迎えに来る」

 詩音は明日の朝迎えに来ると約束し、宿から出て行った。



 詩音は両腕を組み、歩きながらぶつぶつと呟く。

「よもや、あ奴らまで修行に乗り出すとは夢にも思わなんだ……。
 指南書を新たに用意せねばならんのか……。
 時間が足りんな……暫くはティコ用に作った指南書を共有させるか……。
 ああ、こうなると分かっていれば、あんな絵など描かねば良かった……」


 
 詩音は右手の人差し指と中指を額にあて、目を瞑りながら顔を赤くしていた。




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