翼の民

天秤座

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只今謹慎中

256 ドラゴンアイス

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 ダンジョン探索禁止の令が出されてから5日目。


 朝食後、冒険者ギルドから使いの者が宿へとやって来る。

 一昨日起きた盗賊ギルド襲撃事件について、事実確認の為に出頭要請がかけられた。

 イザベラとティコは、事件の当事者として呼び出しを。

 その場には居なかったと報告されているが、参考までに・・・・・とカーソンとクリスも呼び出された。


 イザベラ達は召集されなかったローラとソニアへ、行ってくると伝える。

「じゃあ、ちょっと行ってくるわね」
「どれだけ無礼な事をされたか、きっちり証言してきますっ」
「俺とクリス、関わってない事になってるハズなんだけどなぁ?」
「絶対あたし達も関わったって思ってるよねぇ?
 まあ、実際関わってたから弁解しようもないけど」
「行ってらっしゃい。死人が大勢出ない事を祈りますわ」
り合うにしても、程々になさって下さいませ」
「やぁねぇ2人とも。そんな見境いのない事なんてしないわよ?」

 ローラとソニアから、殺人は程々にと釘を刺されるイザベラ。

 自分の事を殺人鬼か何かと間違えてるのではないかと、イザベラは口を尖らせた。



 イザベラ達を送り出し、部屋でくつろいでいると扉をノックされる。

 セラン達3人が部屋の掃除にやって来た。

 数日前から宿には、旅館業協同組合から作業員が派遣されている。

 そのお蔭でソシエやセラン達の仕事量は大分減った。

 それでもセラン達は、この部屋の掃除は自分達がやると固辞する。

 イザベラ達から小遣いを貰えるという不純な動機ではなく、ドラツェンでの地獄のような極貧生活から救い出してくれた恩に報いる為に、恩人達の身近な世話を買って出た。



 掃除の邪魔になると思い、ローラとソニアは部屋から出ようとする。

 セラン達は2人を引き留め、相談を持ちかけた。

「あのっ。ローラさんとソニアさんは、今日のご予定ありますか?」
「いいえ? 特に予定は入れていませんが?」
「何だ? 何か相談事でもあるのか?」
「はいっ。ここのお掃除終わったらですね……」
「アイスクリームを作ろうと思ってるんです」
「それで、お2人にお付き合いして頂けないかなって」
「まぁっ。ええ、喜んでお付き合い致しますわ」
「それはいい。私もお前達にコツを教えたかった」
「やったぁ!」
「お願いします!」
「お掃除が終わるまで、待ってて下さいねっ?」

 アイスクリーム作りに立ち会う約束をしたセラン達。

 喜び勇んで部屋の掃除を始めた3人を見届け、ローラとソニアはホールへと移動した。



 ホールでテーブル席に座り、セラン達を待つ2人。

 ライラとソシエは、アイスクリーム作りの材料と調理器具の準備をしている。

 暫くすると、部屋の掃除を終えたセラン達がやって来た。

「ごめんなさいお待たせしました!」
「いいえ、構いませんわよ?」
「では、私が先に作って手本を見せるとするか」
「お願いします!」

 ソニアはセラン達と共に、厨房へと向かう。

 厨房では既に冷却前の工程まで準備が済み、講師ソニアの到着を待っていた。


 手を洗い、袖を捲り上げたソニアはライラから泡立て器具を受け取り、アイスクリームの生地が入っているボウルの前に立つ。

 ボウルを氷種の敷き詰められたボウルの上に乗せ、泡立て器具を回しながら話す。

「冷えて固まるまでの間に、如何に生地の中へ空気を含ませるか。
 多く空気を含ませるほど、アイスクリームの舌触りは滑らかになる」
「ふむふむ、空気を含ませるようにかき混ぜる……」
「かき混ぜる速さは勿論の事だが、ただ混ぜればいいものではない。
 丸く回すだけでは駄目だ。上から下へ、縦に楕円形で回しながらだ」
「わぁっ……生地がフワフワってなってきたぁ」
「この状態を維持したまま、冷やして固めれば舌触りが良くなる。
 交代で回しあっても構わんが、3人共同じかき混ぜかたをするのだ」
「うわぁ……見ただけでも、ゼンゼン仕上がりが違う」
「固まってくれば段々と重くなってくる。そうなったら逆手に持て。
 このようにな? そうすれば力も無駄なく伝わり、あまり疲れんぞ」
「持ちかたを変えるんですね? なるほどぉ……」
「……そらっ。いい具合に出来上がったぞ」
「ソニアさんお見事っ!」
「とても美味しそうです!」

 ライラとソシエも、ソニアが作ったアイスクリームの出来具合に感嘆の声を漏らした。

 早速小鉢に取り分け、試食会が始まる。

「……うわぁ、美味しいっ! ソニアさん天才っ!」
「これが……本当のアイスクリームなのですね」
「んーっ! ふっわふわで、とろけるぅ!」
「私達作ったのって、空気の量足りなくて氷だったんだなぁ」
「かき混ぜ方だけで、こんなに別の食べ物になっちゃうんだぁ」
「これこれ。この滑らかさですわ」
「氷種の数を減らせば、冷えて固まる時間も遅くなるはずだ。
 3人で無理なく同じように出来れば、きっといい仕上がりになる」
「はいっ! 頑張ります!」

 料理人のライラからも、ソニアのアイスクリームは大絶賛される。


 続けてセラン達の実践訓練と、ボウルへ材料を入れようとしたライラ。

「あっ、いっけない! ソシエさん別のボウルお願い」
「はい。用意しておきますね」

 ライラはアイスクリームのこびりついたボウルとスプーンを手に、厨房の奥へと向かった。


 厨房の奥では、シマが黙々とタマネギを剥いている。

 ライラにボウルとスプーンを渡されたシマは、喜んで受け取った。

 満面の笑みでボウルにこびりついているアイスクリームをこそげとり、口へと運ぶシマ。


 ソニアはローラへ、そっと耳打ちする。

「ライラ、シマの存在を忘れていたのかも知れませんね?」
「それで慌てて、あのボウルを持って行ったのですわね」
「忘れられるとは……シマも不憫な奴ですな」
「カーソンを忘れたわたくし達も、他人事ではありませんよ?」
「……おっしゃる通りでございました」

 以前自分達も、馬車を操っていたカーソンへ食べさせ忘れた事を指摘されたソニア。

 確かあの時は、たったスプーンひと掬いだけだった事を思い出す。

 あの時のカーソンよりは、シマのほうがマシだったかと思うソニアであった。



 氷種の数を減らし、冷え固まる時間を遅らせてセラン達の訓練が始まる。

「同じ場所だけ混ぜてはいかん。全体を満遍なく混ぜろ」
「はいっ!」
「よしいいぞ、丁度斜めにゼロを書くようにな。次はポラン」
「ほいっ! おりゃぁぁぁ!」
「うむ、いいぞ。生地が盛り上がってきている」
「おおおーっ! この前と手応えがゼンゼン違うっ」
「よし。ポランが疲れる前にレニタ、交代だ」
「あいっ! とりゃぁぁぁ!」
「レニタ上手いな。そうだ、いい混ぜ具合いだ」
「ひぃー、重いぃぃ」
「セランに交代だ。逆手に持って続けるのだ」
「はいっ! そりゃぁぁぁ!」
「いいぞ。その調子だ頑張れ」

 少々時間こそかけたが、ソニア指導の下でセラン達はアイスクリームを完成させた。

 再び小鉢に取り分け、試食を始める。

「……おお、いい出来じゃないか。よくやった」
「うん。滑らかに仕上がっていますわね」
「あ、美味しい。結構上手く出来てた」
「んー……ちょっと氷っぽさもある」
「上手く混ぜてなかったトコあったのかぁ」
「ソニアさんの指導、お上手ですね。私も教わろうかしら」
「私も是非、教わりたいです」
「何を言うか、はははは」

 ライラとソシエからも教わりたいと言われ、ソニアは笑った。


 ライラはローラとソニアの手を止めさせる。

「すみません。少し残しておいていただけますか?」
「えっ? このアイスクリームをですか?」
「ん? 何故だ?」
「ええっと……今朝届いたんですよ、これ」
「何でしょう?」
「酒……か?」

 ローラとソニアの前に、真っ赤な酒瓶が置かれた。

 ラベルには、ドラゴンと思わしき生物が火を吹く絵が描かれている。
 
「ドラゴンキラーっていう、この辺では一番強いお酒です」
「ドラゴンキラー……確かに強そうですわね」
「ふむ、ドラゴンの名を冠する酒とは……強敵のようだ」
「これを生地に混ぜるか、上からかけてみようと思いまして」
「まぁっ! お酒のアイスクリーム!」
「食わんでも分かる。絶対に旨い」
「あはははは! クリスさんも同じ反応でした」

 まずは上からかけて食べてみようと、ライラは瓶の栓を抜く。

 途端に周囲には、酒の甘い香りが漂った。

「これは随分とまた……甘い香りですわね」
「酒とは思えぬ、なかなかの匂いだな……」
「これは『龍の心臓』と呼ばれる果物から作られたお酒でして」
「なんとまぁ、随分と大層な名の果物ですこと」
「聞いた事もない果物だな」
「その姿形も心臓みたいにいびつで、果汁も真っ赤な色なんです」

 ライラはスプーンの上に、酒を垂らす。

 真っ赤な色の酒が、スプーンの上にねっとりと落ちた。

 酒とは思えぬ粘度の液体に、ローラとソニアは驚く。

「色といい、粘り気といい……本当に血のようですわね?」
「ひとくち……貰ってみてもいいだろうか?」
「これ、素で飲んじゃうと胃が焼けただれちゃいますよ?」
「それはまた恐ろしいですわね? では、ひと舐めだけ……」
「同じく……」

 ローラとソニアは、自分達のスプーンへドラゴンキラーを一滴垂らして貰う。

 まるで血液のような液体を、恐る恐るペロッと舐めた。

「くわぁ……」
「くわぁ……」
「如何です?」
「舌が燃えるように熱くなりましたわ。あぁ、いい香り」
「これは本当に酒なのか? おぉ、しかし後味はいいな」
「これをですね……ソシエさん」
「はい、どうぞ」

 ライラへ火の点いたロウソクを近付けるソシエ。

 ドラゴンキラーを乗せたスプーンを、ライラはロウソクの上で炙った。


 ボッ


 酒に引火し、スプーンは青白い炎を揺らめかせる。

 ライラはスプーンの上で燃える酒を、アイスクリームの上に垂らす。

 アイスクリームの表面を伝った酒は、まるで焚き火のように燃え上がった。


 燃えるアイスクリームをスプーンでひと掬いし、火をフッと息で吹き消したライラは口へと入れる。

「……うん。うんうん! いいですね! 美味しい!」
「どれどれ? では、わたくしも」
「燃えるアイスクリームとは……見た目も派手でいいな」

 ローラとソニアも、ロウソクの火でスプーンを炙る。

 引火した酒をアイスクリームに垂らし、掬い取ると火をフッと息で吹き消し口へと入れた。

「……美味しいですわ」
「ふぉぉ……酒の香りが……これは合う」
「どうですか?」
「お酒の香りは充分に引き立ちますわね。でも……」
「酒としてみると、弱いな」
「燃やしちゃいますんでね、どうしても弱くなります。
 今度は燃やさないで、直接かけて食べてみましょうか?」
「……あっ、これはいいですわね。お酒としても楽しめますわ」
「……うむ。やはり強い酒なのだと実感できる」

 食べ終えた2人へ、ライラは聞く。

「どっちがいいでしょうか?」
「これは悩みますわね。お酒が燃える演出は、捨てがたいですわ」
「しかし燃やせば、酒が弱くなってしまう。難しいな」
「では、生地にもお酒を入れてみましょうか?」
「ええ、やってみましょう」
「入れる量によって強さの調節も出来る、というワケか」

 ローラとソニアは両腕を組みながら悩み、やはりアイスクリームそのものにもドラゴンキラーを入れてみる案に賛成する。

 ソシエとセラン達は、既に次のアイスクリーム作りを始めていた。



 昼食時となった辺りで、冒険者ギルドへ行ってきたイザベラ達が宿へと帰ってくる。

「ただいま。お昼には間に合ったわ」
「おかえりなさいませ。ご昼食はお部屋へお持ち致しますね」
「ありがとう。今日の献立は?」
「シマさん特製のお肉サラダと、お魚のバター焼きです」
「美味しそう。楽しみだわ」

 イザベラへ昼食の献立を伝えたソシエは、午前中のアイスクリーム作りを報告する。

「ローラさんとソニアさんが、お手伝いをして下さりまして。
 セラン達へですね、アイスクリームの作り方を指導して頂きました」
「あら、そうなの?」
「ええ。新作も試食して頂き、貴重なご意見を頂きました」
「え? 新作って……アイスクリームの?」
「はい。お酒入りのアイスクリームです」

 酒入りと聞き、カーソン達はもう試作したのかと驚く。

「あっ。もう作ってみたんだ? 仕事が早いなぁ」
「酒って……ドラゴンキラーですよね?」
「ええ。今朝入荷したんです」
「……じゃあローラ様とソニア様、お酒が入ったんですね?」
「ち、ちなみに……どれくらいお酒入りましたあの2人?」
「ええっと……2回目からですので……5回分でしょうか」
「どっ、ドラゴンキラーどれくらい減りました?」
「グラスで3杯分くらいかと思います」
「お2人とも……軽く1杯は入ってるんですね……」

 戦慄が走るカーソン達へ、イザベラは聞く

「ドラゴンキラーって、何の事?」
「ここいらで一番強い酒なんだそうです」
「もちろん、オーガキラーよりも数倍は……」
「わたし、ちょっと嫌な予感が……」
「……そうね……あの2人は今、何処に居るのかしら?」

 イザベラも状況を察し、ソシエへ2人が何処へ居るのかを聞いた。

「酔ったと仰っていたので、お部屋で休んでいらっしゃるかと」
「あの2人が……酔った……ですって?」
「イザベラさん……これヤバい」
「今、部屋に戻るの相当ヤバい」
「すごぉく……ヤバいですっ」
「ど、どうするみんな? 外で食べて時間潰してくる?」

 イザベラからの提案に、カーソン達はコクコクと強くうなずく。

「行きましょう。ライラさん達には悪いけど」
「ヒノモトでは、『障らぬ神に祟り無し』ってことわざもありますし」
「ソシエさんごめんなさいっ。お昼は外で済ませてきますっ」
「というわけで、諸事情があって私達また出かけてくるわね」
「あの、お部屋ではなくホールでお食事されてはいかがでしょうか?」

 ソシエは何となく状況を察し、イザベラ達へ部屋以外での食事を提案する。

 イザベラ達は小さく小刻みに首を横に振りながら断りを入れる。

「ううん足りない。それじゃあ時間が足りないの」
「うっかり鉢合わせでもしたら、逃げ場なくなっちゃうんで」
「あの2人からお酒が抜けるまで、時間が欲しいんです」
「ごめんなさいっ。許して下さいっ」
「は、はい。かしこまりました」
「あと、私達はまだ帰ってきていないって事にしておいてね?
 お願い。じゃないと私達、とんでもなく酷い目に遭っちゃうから」
「わ、分かりました。お気をつけて、行ってらっしゃいませ」
「はいみんなっ、回れ右っ」

 ヒノモトには、『虎穴に入らざれば、虎子を得ず』ということわざがある。

 望むものを手に入れる為には、危険を承知で挑まなければならないという例えによく使われる。


 今、イザベラ達にはあの部屋虎の穴へ入って得るものなど何もない。

 まだギルドから帰ってきていない事にしておいてくれとソシエへ伝え、そそくさと玄関口へ移動するイザベラ達。

 まるで逃げるかのように、宿から抜け出して行った。

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