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只今謹慎中
258 裏方の仕事
しおりを挟む翌日からダンジョン探索を解禁されたカーソン達。
クリスはポーチの中から、ローラとソニアのギルドカードを取り出す。
2人へカードを手渡しながら、今日返された事情を推測する。
「探索再開って事で、あたし達のカードが返ってきました」
「明日の出発前でも良かったのにね? 今日持って行けってね」
「俺達今晩も何かやらかすとか、思われてんじゃないですかね?」
「ギルド証返すから、自分達で何とかしろって事でしょうかっ?」
「クスクス……そうかも知れませんわね?」
「十中八九、当たっているだろうな」
さもありなんと微笑みながら、自分のギルドカードを受け取るローラとソニア。
返ってきたギルドカードが新しくなっている事に気付く。
使いこなされた感のあったカードが、真新しい金属プレートに変わっている。
プレートに名前が刻印されている為、自分のカードだという事は分かる。
カードの右下には、以前には無かった翼の模様が刻印されていた。
返ってきたカードの裏表をしげしげと見比べながら、ローラはイザベラへ聞く。
「カードが……新しくなりましたわね?」
「うん。右下に、翼の刻印があるでしょ?」
「ええ。何の意味があるのでしょう?」
「識別用だそうよ? ギルドでの」
「識別? 何の為にですの?」
「ま、何となく察しはつくけどね?」
「ええ。厄介者の目印なのでしょうね?」
カーソンとクリスも、自分のカードを見せながら話す。
「俺とクリスも特命カードが無くなって、1枚になったんですよ」
「やっと手放せたと思ったら、何とまぁ意味深な刻印ですよね」
「皆さんは翼なんですけど、わたしのだけ鳥なんですっ」
「鳥のほうが翼より可愛いじゃないか。俺もそっちが良かったな」
「あんただけまだ子供っぽいから、ヒヨッコって意味なんじゃない?」
「あのぉ…これでもわたし、17歳なのですが……」
「そんな貧乳でちんちくりんじゃぁねぇ? まだまだガキんちょだよ」
「クリス様酷いっ」
「あはははは!」
カーソン達のカードには翼の刻印がされているのに対し、ティコのカードだけは鳥の刻印がされている。
冒険者ギルドが新たに施した、カード右下への識別刻印。
自分達の刻印が翼なのは、所有者が翼の民であるという事をギルド内で周知させる為であろう。
ティコのカードが鳥の刻印なのは、まだ子供だからだと冗談を言うクリスにカーソン達は笑う。
ただ、本心では恐らく翼の民へ従事している人間という意味なのであろうと、カーソン達は認識していた。
コンコンコン
不意に部屋の扉がノックされる。
夕食の案内を伝えに来るにはまだ早い時間。
伝えに来るであろうセラン達は今の時間、風呂を沸かしているはず。
誰だろうと首をかしげながら、ティコは扉を開ける。
扉の向こうには男2人と女2人が緊張した面持ちで、直立不動のまま立っていた。
それぞれの足元には、バッグひとつに纏められた荷物が置かれている。
両側から肘でつつかれた男が、一歩前に出てティコへペコリと頭を下げた。
「こんにちはティコさんっ!」
「あ、どうも……こんにちは?」
「ご無事で何よりでしたっ!」
「? 無事って……あっ!?」
ティコは目の前に居る男女4人組が、盗賊ギルドに誘拐された時に助太刀してくれた諜報ギルドの人達だと気付いた。
慌ててお辞儀をし、4人組へお礼する。
「あの時はありがとうございましたっ!」
「いっ、いえいえこちらこそっ!」
「俺達だけで救えるか不安で、躊躇してすみません!」
「どうしようか悩んでたら、カーソンさんとクリスさんがっ!」
「素手で殴り込んでって、えええってなりましたっ!」
入口でペコペコと頭を下げ、誰かと話しているティコへカーソンは聞く。
「ん? どうした? 誰か知り合いか?」
「あのっ! あの時助太刀して下さった方達ですっ!」
「おーっ! 中に入って貰えよ…って、別にいいですよね?」
「勿論よ。真面目で可愛い子達よ?」
「お姉様が仰っていた、暗殺ギルドの子達ですわね?」
「おおっ、身辺を警護してくれていた連中ですな」
「あたしとカーソンとティコ、それ知らなかったんですよね」
ティコが扉を開き、イザベラが手招きして4人を迎え入れる。
諜報ギルドの4人は自分の荷物を手に、おずおずと部屋の中へ入ってきた。
テーブル席へ来させ、イザベラとローラ以外の4人は椅子を彼等に譲る。
近くのベッドへと腰かけ、挨拶に来た4人を歓迎した。
未だ緊張している4人は椅子に座らず、直立不動のまま立っている。
イザベラとローラは微笑みながら、4人へ話しかける。
「安心なさいな? 何も取って食おうなんてしていないんだから」
「このお部屋へ招き入れた時点で、私達は警戒などしていませんよ?」
「あっ、わっ、ありがふぉうございまふっ!」
「落ち着きなさいな」
「すっ、すみませんっ」
「お仕事の腕前、私達は高く評価していますわよ?」
「恐縮です!」
「この機会だから、自己紹介して貰えないかしら?」
「はっ、はいっ!」
イザベラから自己紹介して欲しいと頼まれ、4人は名乗り始めた。
「俺…自分は『虎徹』と言いますっ……っす。
ひっ、ヒノモトで作られた名刀が名前の由来っす!」
「おっ、俺は『飛燕』って名前頂いてるっす。
速く走れて、高く飛び上がれるのが名前の由来っす!」
「わた、私は林檎と名乗らせて頂いてます!」
「私はくっ…胡桃と申します!」
しどろもどろになりながらも、自己紹介を終えた4人。
カーソンは女性2人にも名前の由来があるのかを聞いた。
「林檎さんに胡桃さん。素敵な名前ですね?」
「ありがとうございます!」
「恐縮です!」
「虎徹さんや飛燕さんみたいに、由来があるんですか?」
「はいっ! 右手で林檎を握り潰せます!」
「左手で胡桃を砕けます!」
可愛らしい由来なのかと思っていたら、まさかの物理的能力に困惑するカーソン。
「なんか、俺が予想してた以上にすげぇ由来だったんですね……」
「でも私、利き腕が左なんです」
「私は逆に、右利きでして……」
「じゃあ、利き腕のほうは?」
「握り潰せません」
「砕けません」
「……そ、そうですか」
利き腕以外のほうが怪力だという、2人の女性。
ティコは先に名乗った男性2人の由来から察し、事実確認の為に聞く。
「皆さん……忍者ですね?」
「さっ、流石ティコさん! 御明察!」
「はい! 仰る通り、忍者です!」
「気を扱えるようになり、詩音様より許可されました!」
「おかしら……詩音様より、テイコさんを師範として崇めよと!」
「ええっ!? わたしをですかっ!?」
4人は詩音を師匠と仰ぐ、気を扱えるようになった見習いの忍者。
ギルド内で忍者の育成をしている詩音は、弟子達におかしらと呼ばれていた。
見習い忍者の4人は、ティコを羨望の眼差しで見つめながら話す。
「修行開始からたった3日で、気の修得を果たされたティコさん!」
「しかも髪の毛から足の爪先まで、自由自在に!」
「私達なんて、ほんの一部にしか練り出せないのに!」
「もう尊敬の念しかありません!」
「え、いや、ちょっとぉ……そんなぁ、照れちゃいますよぅ」
自分の事を褒めちぎられ、顔を赤くしながら照れるティコ。
4人は自分達の素性と、詩音の事を話し始める。
「実は俺達も、ティコさんと同じく孤児だったんっす」
「みんな拾われた街は違うけど、飢え死にするほど辛かったんす」
「詩音に、『修行の苦しみを我慢するなら一緒に来い』って拾われて」
「時期的には、カーソンさんとクリスさんがヒノモトに行った後です」
「詩音には、ヒノモトに戻れない理由があってっすね」
「俺達みたいな孤児を育てて、手伝わせようとした次第なんす」
「だから私達のほうが、ティコさんよりもずっと前に修行してたんです」
「あっという間に、追い抜かれちゃいましたけどね」
「へぇぇ……そうだったのですね?」
孤児だった4人が詩音に拾われ、忍者の修行を始めた理由にカーソンとクリスの動向が関与したお陰だったと明かされる。
4人はそれ以外にも、カーソンとクリスに命を救われていたと話す。
「更に言うと俺達、カリス村が初陣の予定だったんす」
「もうギルドで、ゲストール共を始末してやろうって事になってたんす」
「その頃は気も修得出来ていなかったんで、行ったら死んでたかも」
「カーソンさんとクリスさんだけで皆殺しですもん。凄すぎですよ」
「えっ? あん時、暗殺ギルドも動きかけてたのか?」
「知らなかった……って、長右衛門さんもあの村に縁があったからかな?」
「仰る通りっす。長右衛門、『拙者ひとりでも行く!』って凄かったっす」
「なんか、『武士は己を知る者の為に死す!』とか凄い剣幕だったっす」
「始末しにオストまで来た時、詩音から速文が届きまして。
『ダルカンよりカーソンとクリスが出立。襲撃保留されたし』と」
「それまで物凄く怖い顔してた長右衛門が、突然大笑いされまして。
『拙者よりも恐ろしい御仁が殺しに行ったか!』と、憐れんでました」
「お蔭で俺達の初陣は、ドリテスの捕縛に変わったんす」
「いやぁ、ラクさせて頂いたっす」
「ゴルドの衛兵なんて、鈍足でしたからね」
「衛兵置き去りにして逃げるドリテスだけとっ捕まえて、任務完了でした」
カリス村でゲストール一味を始末した時、陰で暗殺ギルドも動きかけていた事を知るカーソンとクリス。
ギルドマスターである長右衛門も村人達と親睦があった為、確かに実行していても何ら不思議ではない。
その後ユアミで会ったが、彼なら不必要に自分達へ話さないだろうと2人は納得する。
更には事件の黒幕だったドリテスを捕まえてくれた4人だったと知り、その頃から彼等と縁があったのかと感謝した。
「その節は、大変お世話になりました」
「こいつの義理の父親さまにも、よろしくお伝えください」
「いやちょっと待てクリス。恥ずかしいからそれ言うのやめて」
「はっ! 必ずやお伝え致します!」
「いやお願いします! 長右衛門さんにはそれ言わないで!」
「何を照れていらっしゃるんすか、義理の息子さん」
「長右衛門も自慢の息子だって仰られてますから、何の問題もありません」
「双方が親子と公認していらっしゃるのですから、大丈夫です」
「いや俺が申し訳なさすぎて大丈夫じゃないっ!」
「あはははは!」
カーソンは赤くなった顔を両手で覆い、うつむいた。
その女々しい姿に、イザベラ達は声を出して笑う。
諜報ギルドより、翼の民を絶対敵に回すなとの厳命を受けている4人。
うっかり失言すれば命を取られるのではと、翼の民を恐れていた。
優しく迎え入れた2人の女王と、屈強な2人の女戦士と天才忍者。
そして目の前で赤面している、純朴そうな好青年。
緊張感も大分薄れ、失礼のない程度に同調して笑った。
表情が緩んだ4人へ、イザベラは話しかける。
「少しは緊張が解けた?」
「はいっ!」
「そう。良かったわ」
(念の為言っておくわ。テイコはまだ、私達の正体を知らないの。
特に理由は無いのだけれど、あの子にはまだ明かしたくないの。
あの子が居る前では、私達に対する発言には気をつけて頂戴ね?)
「はいっ。我々も皆様の好意的なご対応に感謝致します!」
イザベラは4人へ、ティコが居る前での発言には気をつけるようにと魔力で語りかける。
4人は谷の女王がティコの事を翼の民と人間という関係では無く、仲間として対等の立場で扱う為だと解釈し、イザベラへ了承した旨を伝えた。
イザベラとローラは4人の足元にある荷物が気になり、聞く。
「挨拶に来てくれたのは嬉しいのだけれど、その荷物どうしたの?」
「もしや、ギルドから撤収命令が下されたのですか?」
「いえっ、逆です。諸々の理由で改善っす。むしろ厚遇されました!」
「改善? 厚遇?」
「今までずっと外だったんすけど、ここに部屋を取らせて頂きました!」
「まぁっ! それは良かったですわね」
「はいっ! その過程で思わぬ発見もありまして」
「この部屋の左右に居たのが盗賊で、ずっと張り込みしていたのです」
「あら、そうだったの?」
「するともしや、両隣が空き部屋に?」
「はい。国に捕まえられましたので、強制退去です」
「予約待ちだった連中にお願いして、先に入らせて頂きました」
「……ちょっと、どんなお願いをしたのよ?」
「まさか……脅したのですか?」
この部屋の左右で盗賊に行動を監視されていた事を知る、イザベラ達。
多少の驚きはあったが、ライラ達へ実害も無さそうだった為、そうだったのか程度で聞き流す。
むしろ常に予約待ちで宿泊が困難なこの宿へ、諜報ギルドが両隣の2室を確保出来た事のほうが気になった。
4人は部屋確保の過程をイザベラ達へ話す。
「あっ。脅しとか殺害とか、してないっすよ?」
「きちんとお願いして、譲って貰ったっす」
「ひとりあたり1万ゴールド支払って、権利を買い取りました」
「店主のライラさんにも、割り込みを了承して頂きました」
「承諾すれば、他所の宿で3ヶ月はタダで寝泊り出来るワケね」
「もう少しだけ待ちさえすれば、他のお部屋が空くでしょうしね。
ゴールドが消える前に次の順番が来れば、いい事だらけですわね」
「はい。なので渋られる事も無く、円満に譲り受けましたっす」
「宿代もギルドが払ってくれるので、俺達天国っすよ」
「本当にいいのかなってくらいの、待遇改善です」
「何より、今までイザベラ様から頂いていた差し入れを……。
これからは出来たてアツアツで食べられるだなんて、えへへ」
今まで常宿も無くギルドから通い続け、外から見守り続けていた4人。
劇的な勤務環境の改善に、喜びを隠せずにいた。
カーソンは4人へこれからもよろしくという念を込め、話しかける。
「じゃあこれからは、この宿の防犯も見てくれるんですね?」
「はいっ! 我々にお任せ下さいっす!」
「両隣に常駐してくれるなんて、頼もしいです」
「早朝から深夜まで、中から外からお守りするっすよ!」
「外もっ!?」
「はい。投石とか放火とか、馬鹿な事する連中も現れ兼ねませんし」
「いやなんか、すみません。よろしくお願いします」
「はいっ! お任せを!」
ペコリと頭を下げるカーソンへ、4人は姿勢を正して頭を下げ返した。
ティコは男性の虎徹と飛燕へ、女性の林檎と胡桃同様に特技を聞く。
「あのっ、虎徹さんは気でどんな事が出来るんですかっ?」
「得物に気を込め、何でも両断出来る刃を作れるっす」
「おおっ! すごいですねっ! あれ本当に便利ですもんねっ!」
「但し、両手で気を込めなきゃ作れないので片手では使えないんす」
「えぇぇ……」
「詩音からは、忍者より侍のほうが向いてるって言われてるっす」
「あはは……じゃあ、飛燕さんは?」
「右足で速く走れ、左足で高く跳べるっす」
「おーっ……って、あれっ? でもそれってもしかして……」
「はい。バランスが上手く取れずにすっ転んじゃうっす」
「えぇぇ……」
「なので周りからは、走り方が気持ち悪いって言われてるっす」
「あ、あはは……」
両足で走る速度が合わなければ、確かに動作がおかしくなるだろうと困惑するティコ。
更には4人から、どうすれば全身至る所に満遍なく気を込める事が出来るのか、コツを教えて欲しいと懇願される。
最初から全身へ気を纏う事が出来てしまったティコには、コツなど思い当たるフシも無い。
初めて気を出せた時にはカーソンの役に立ちたいという一心で頑張ったら出来たと伝えてみると、惚気ていると返されどうすればいいのかと、困惑し続けていた。
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