平賀さんはヒーラーなんですけど!?

長串望

文字の大きさ
7 / 14
第一章 平賀さんはヒーラーなんですけど!?

第七話 暇そうに見えるんですけど!?

しおりを挟む
前回のあらすじ

身元不明の女子中学生が銭を数えてゲスい笑いを漏らす回でした。





 遍歴の騎士アルコ・フォン・ロマーノがレモの街に滞在して早一か月が過ぎようとしていた。
 元来気の長い方ではないアルコはそろそろ焦れてきていたし、そうでなくても退屈を持て余していた。レモの街は近くに良い森も持つし、狩猟権を持つ代官の食客ともなれば狩りなど好きなだけ出来そうなものだったが、彼女の仕事が、また矜持がそれを許さなかった。

 暇を持て余したから、というといささか悪趣味ではあるが、保護したからには面倒を見てやらねばならぬという当然の道理から、アルコはしばしばユヅルの勤める施療所に顔を出した。
 施療所と言っても本当に小ぢんまりとしたもので、少しもすれば忽ち行列ができてしまうほどである。いや、小さいながらに行列ができるほどに人気の施療所と言えばいいのだろうか。

 何しろ普通施療所とか施療院とかいうものは、貴族の政策の一環や、金持ちの有志の取り組みとして開かれるものであって、その実態はさほどによろしいものではない。街の薬師が扱うような薬を処方し、傷に包帯を巻き、病に正しい診察ができるのはほんの一握りで、精々が横にならせて加持祈祷じみた呪いをして見せる程度の、それなら神殿にいくというようなものだ。

 神殿は神殿でこれも難しく、確かに癒しの術の多くは神官の用いる法術なのだが、確かな施療として癒しの法術を使える神官は決して多くはない。というのも、魔術にしろ法術にしろ、術というものは往々にして必要に迫られてはじめて開眼することが多く、神殿で祈るだけのものにはなかなか芽生えず、かえって在野の冒険屋などに多く使い手がいるほどなのだ。

 勿論、レモの街の施療院は多くが良心的だ。金銭的な意味でも、施療的な意味でも。もとより代官たる郷士ヒダールゴジェトランツォの気配りの届いた差配で、街の各所には施療院が立てられ、そこに勤めるのはみな医療の術を学んだものばかりである。
 これは領主としては当然のことのようにも思えるが、しかし実践して行うことができているかというと話は全くの別である。医療の術は学ぶに難く、一見して見返りはさほど多くないように思われるからだ。そこを押して通したからこそレモの街では赤子が死ぬことも減り、老人もみな、矍鑠している。

 はじめひなびた街に過ぎないと思っていたアルコも、一月も過ぎれば郷士ヒダールゴジェトランツォがまったく優れた為政者だということがよくよく知れた。彼と彼の一族を代官としてここに置いた放浪伯の慧眼たるや恐るべきである。

 そのように医療においてはまず他よりも随分高水準にあるレモの街であったが、ユヅルの施療所はそれと一線を画す水準にあった。
 というよりは、文字通り、

(格が、違う……)

 のである。

 ユヅルは臆病で、卑屈で、何事にもあたらしく始めることを厭うような娘であったが、怪我人、病人が来るとさっと顔が変わった。大工が曲がった梁を見た時のように、或いは料理人が食材を見た時のように、また或いは船乗りが風と波とを見た時のように、万事仕事を整えた職人のような顔をとる。

 そして目で見て、耳で聞いて、手で触れて、治してしまう。
 この速やかなることは全く尋常ではない。

 まず目で見れば外傷のほどはわかる。耳で話を聞けば、怪我をした時のことや、今どう感じているかがわかる。手で触れれば、実際にどうなっているかがわかる。これは施療院でも行う。行わなくては施療はできない。

 だがユヅルの場合、診察をしたのち、ほとんど流れるようにこれを癒してしまう。
 本人が癒しの術と呼ぶそれは、遍歴の長いアルコにしてもまるで見たことのない類のものである。

 ユヅルは神に祈りを捧げない。言葉で持っても、仕草で持っても、祈りなどそこにはない。高らかに名を呼ばうこともないし、激しい祈祷の身振りもない。

 小さく口の中でなにごとか呟くさまは、魔術師のそれに似ている。それも熟練の魔術師のそれと同じような滑らかさである。そして触れる。時に触れずとも行う。そうだ。癒しの術を。

 ユヅルの目は時々怖くなるほど平坦に見えることがある。子供の擦り傷も、大人の病も、小さな傷も、大きな怪我も、ユヅルはその大小軽重にかかわらず、見て、聞いて、触れて、癒す、その工程を変えるということがない。

 大の男でさえも目をつむるような、馬車に轢かれた哀れな男が担ぎ込まれたとき、人々はみなもう駄目だと思った。施療院ではなく神殿の仕事だと思った。つまり、癒しではなく弔いの時間だと。
 だがユヅルはたった一人、神に祈らなかった。
 目の色を変えず顔色を変えず、ただその倒れ伏した体を見て、聞こえますかと声をかけて聞き、そのねじ曲がった体に触れ、そして、ああ、そうだ、そして彼は癒された。骨は元の形に継ぎ直され、肉は元の形に張り合わされ、血は元のように収められ、命は元のようにそこにあった。
 奇跡だと歓声の上がる中で、彼女だけが、ユヅルだけが怯えたように身を縮こまらせていた。

 ユヅルは不思議な少女だった。
 まだ幼いと言っていいほどにいたいけな彼女はしかし、常に礼儀正しく、自分を抑えるということを知り、そして臆病なまでに卑屈だった。

 これほどの術が使えるのだ、本来であれば天狗ウルカどものように高慢であってもいい。
 或いは土蜘蛛ロンガクルルロどものように偏屈でもいい。
 しかしユヅルはそのどちらでもなかった。

 高価そうな衣服に身を包み、よくよく教育を施され、しかしてその内面はどこまでも卑屈で、内罰的で、自己卑下の塊だった。

 せっせと毎日施療に精を出して大いに稼いでいると思いきや、当人はその銭を一切使うことなく溜めこむばかりで、教えねば金の使い方もわからないのかと危ぶんだほどであったが、幸いそこまでではなかった。

 しかし、これらの矛盾はアルコを、また郷士ヒダールゴジェトランツォを困惑させた。

 ともすればどこかの富豪が、癒しの術を目当てに奴隷扱いしていたのではないか。そのようには思えども、まさか当人に聞くわけにもいかない。

 アルコも何度かユヅルを気にして、街の物見や、食事に連れて行ったことがあるが、その振る舞いは精々が、先輩や上司に食事をおごってもらって恐縮しているといった体を出ない。また、あれやこれやと聞いてくることは割合に当たり前のことが多く、記憶がないというのもどうやら確かのようだった。

 まったく、この少女は何処から湧いて出たのか降ってきたのか。アルコも郷士ヒダールゴジェトランツォも頭を悩ませるばかりである。

 この日もアルコは、施療所での仕事を終えたユヅルを連れて物見に出たが、あれやこれやと興味を示すものの、手は出さない。奢られるのを待っているのかと意地悪な気持ちで、買ってやろうかと声をかければ、きょとんとした顔で見上げてきて、いえ、欲しいと言うほどではないのでとあっさり断られてかえって困惑する。
 年頃の娘ならば飾り物や、可愛らしい小物など欲しがるのではないかと積極的に勧めても見るが、曖昧な微笑みでしかしやんわりと断られる。物欲というものがないのだろうか。

 屋台で串焼きを買った時は食べてもらえたし、食事に誘えばたまには付き合ってくれるが、これも後に残らぬものだからなのか、それとも単に付き合いで食べただけなのか、いまだに判然としない。

 そのようにアルコが一人頭を悩ましているというのに、ユヅルという少女は酷いものである。

「アルコさんて」
「うん、どうしたかな?」
「お暇なんですか?」
「ぐふっ」

 無垢な瞳がかえって辛かった。

 勿論、アルコも暇な身ではない。忙しい中、保護した義理を思って顔を出しているのだ。だがそれを責めようにも、ユヅルの顔にはこう書いてあるのだ。私のようなもののところに来るなんて余程に暇なのだろう、と。彼女は自分の立場というものがわかっていないのだ。

「暇なわけじゃあない。いまも一応お仕事中だよ」
「お仕事中に、私とお茶してていいんですか」
「むしろ人ごみに紛れて、助かる」

 茶屋で甘茶ドルチャテオなどを飲みながら、ようやく疑念を晴らす時が来たかとアルコは胸をなでおろした。

「私は巷を騒がす茨の魔物を追いかけているのさ」





用語解説

・冒険屋
 いわゆる何でも屋。下はドブさらいから上は竜退治まで、報酬次第で様々なことを請け負う便利屋。
 きっちりとした資格という訳ではなく、殺しはしないというポリシーを持つものや、ほとんど殺し屋まがいの裏家業ものまで幅広い。

天狗ウルカ(Ulka)
 隣人種の一つ。風の神エテルナユーロの従属種。
 翼は名残が腕に残るだけだが、風精との親和性が非常に高く、その力を借りて空を飛ぶことができる。
 人間によく似ているが、鳥のような特徴を持つ。卵生。
 氏族によって形態や生態は異なる。
 共通して高慢である。

土蜘蛛ロンガクルルロ(longa krurulo)
 足の長い人の意味。
 隣人種の一種。
 山の神ウヌオクルロの従属種。
 四つ足四つ腕で、人間のような二つの目の他に、頭部に六つの宝石様の目、合わせて八つの目を持つ。
 人間によく似ているが、皮膚はやや硬く、卵胎生。
 氏族によって形態や生態は異なる。

甘茶ドルチャテオ(dolĉa teo)
 甘みの強い植物性の花草茶。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

無能勇者の黙示録~勝手に召喚されて勝手に追放されたので勝手に旅に出ます~

枯井戸
ファンタジー
力も強くない、足も速くない、魔法も使えないし、頭も大してよくない、どこにでもいるちょっとオタク趣味の主人公・東雲真緒が白雉国に勇者として転生する。 同期の勇者はそれぞれ力が強かったり、魔法が使えたり、回復ができたりと各々の才能を開花させ頭角を現していくのだが、真緒に与えられた才能は異世界転生モノでよく見る〝ステータスオープン〟のみだった。 仲間には使えないと蔑まれ、ギルドには落第勇者の烙印を押され、現地人には殺害されかけ、挙句の果てに大事な人を亡くし、見ず知らずの土地の最底辺で生きていくことになった真緒だったが、彼女はまだ〝ステータスオープン〟の可能性に気づいていないだけだった。 ───────────── ※投稿時間は多少前後しますが毎日投稿は続けていくつもりです。 ※タイトルは予告なしにガラリと変わる場合があるのでご了承ください。 ※表紙は現在の主人公のイメージ図です。もしまた別の国へ行く場合、彼女の装いも変化するかもしれません。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...