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第一章
第二話「殺気」
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隅田川にかかる新大橋を渡り終えた時に、銀次郎は首筋にむず痒さを感じた。
――おれを見ている奴がいる。
何者かからわずかな殺気が漏れて来たような気がした。それも一人ではない。
歩みは止めずに辺りの気配を感じとるが、刺客らしい者は見つからない。
銀次郎は本所にある足軽長屋に帰って来た。その時にはもう怪しい気配は感じなくなっていた。
家の木戸を開けて土間に入った。水瓶の蓋を開けて、柄杓で水をすくって喉に流し込む。腕で口を拭ってから深く息を吐き出した。
銀次郎は登城する際の羽織袴からいつもの木賊色の着物に着替えて、布団を広げてその上に仰向けに寝転がった。
もう一つの部屋には広げた傘が三本置かれている。家禄だけではとても生活はできないので、銀次郎は傘張りの内職をしていた。傘はもう一つの内職である仕事人の殺し道具でもあった。
しばらく暗い天井の一点を穴が空くほどに見つめる。
須磨が言っていたことを思い出していた。箕作省吾という男が持っていた何かを探している者がいるらしい。銀次郎に仕事を依頼した時には須磨は箕作省吾が何かを持っていることは知らなかったはずだ。知っていれば、銀次郎にその何かを手に入れるなどの指示をしたはずだ。
ということは、銀次郎が箕作省吾を殺したあとで何かを探しに来た者がいる。いやむしろ、箕作省吾は、彼が持っていた何かを何者かが手に入れたいがために殺された可能性が高い。
どちらにしろ、元締めである須磨がわざわざ銀次郎を問いただすということは、かなりの力や金を持った大物が絡んでいるのかもしれない。
「それで、おれを狙っている奴がいるというわけか」
新大橋で感じたかすかな殺気が甦る。
本来であれば終わった仕事に深入りするものではない。だが、向こうから銀次郎に近づいて来ているのだ。
銀次郎は口の端を吊り上げた。
「そういうことならおもしれえ。ひとつ、網にかかってみるか」
銀次郎は起き上がった。そばにある小さな壺を手に取る。壺には傘張りに使う糊が入っていた。銀次郎は人差し指で糊をひとすくいする。土間に降りて、腰の高さの木戸のとそこに接する壁の縁を橋渡しする形で糊を塗りつけた。
銀次郎は木戸の横に立てかけてある傘をおもむろに手にとって、戸を開けて外に出た。
戸を閉める時にわずかに隙間を開けた状態で、銀次郎は鬢から髪の毛を一本抜いた。髪をつまんだ指を木戸の内側に入れる。器用に髪の両端をそれぞれ先ほど糊を塗った木戸の桟と壁の縁に貼り付けた。髪が宙で少し開いた木戸の桟と壁の縁をつなぐ形になる。そのまま木戸を閉めた。
これで少しは用心になるだろう。銀次郎の留守中に何者かが戸を開ければ髪がなくなっているはずだ。
外は闇が落ちかけ薄暗くなっていた。銀次郎は傘を持ったまま家をあとにした。
――おれを見ている奴がいる。
何者かからわずかな殺気が漏れて来たような気がした。それも一人ではない。
歩みは止めずに辺りの気配を感じとるが、刺客らしい者は見つからない。
銀次郎は本所にある足軽長屋に帰って来た。その時にはもう怪しい気配は感じなくなっていた。
家の木戸を開けて土間に入った。水瓶の蓋を開けて、柄杓で水をすくって喉に流し込む。腕で口を拭ってから深く息を吐き出した。
銀次郎は登城する際の羽織袴からいつもの木賊色の着物に着替えて、布団を広げてその上に仰向けに寝転がった。
もう一つの部屋には広げた傘が三本置かれている。家禄だけではとても生活はできないので、銀次郎は傘張りの内職をしていた。傘はもう一つの内職である仕事人の殺し道具でもあった。
しばらく暗い天井の一点を穴が空くほどに見つめる。
須磨が言っていたことを思い出していた。箕作省吾という男が持っていた何かを探している者がいるらしい。銀次郎に仕事を依頼した時には須磨は箕作省吾が何かを持っていることは知らなかったはずだ。知っていれば、銀次郎にその何かを手に入れるなどの指示をしたはずだ。
ということは、銀次郎が箕作省吾を殺したあとで何かを探しに来た者がいる。いやむしろ、箕作省吾は、彼が持っていた何かを何者かが手に入れたいがために殺された可能性が高い。
どちらにしろ、元締めである須磨がわざわざ銀次郎を問いただすということは、かなりの力や金を持った大物が絡んでいるのかもしれない。
「それで、おれを狙っている奴がいるというわけか」
新大橋で感じたかすかな殺気が甦る。
本来であれば終わった仕事に深入りするものではない。だが、向こうから銀次郎に近づいて来ているのだ。
銀次郎は口の端を吊り上げた。
「そういうことならおもしれえ。ひとつ、網にかかってみるか」
銀次郎は起き上がった。そばにある小さな壺を手に取る。壺には傘張りに使う糊が入っていた。銀次郎は人差し指で糊をひとすくいする。土間に降りて、腰の高さの木戸のとそこに接する壁の縁を橋渡しする形で糊を塗りつけた。
銀次郎は木戸の横に立てかけてある傘をおもむろに手にとって、戸を開けて外に出た。
戸を閉める時にわずかに隙間を開けた状態で、銀次郎は鬢から髪の毛を一本抜いた。髪をつまんだ指を木戸の内側に入れる。器用に髪の両端をそれぞれ先ほど糊を塗った木戸の桟と壁の縁に貼り付けた。髪が宙で少し開いた木戸の桟と壁の縁をつなぐ形になる。そのまま木戸を閉めた。
これで少しは用心になるだろう。銀次郎の留守中に何者かが戸を開ければ髪がなくなっているはずだ。
外は闇が落ちかけ薄暗くなっていた。銀次郎は傘を持ったまま家をあとにした。
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