仕事人狩り

伊賀谷

文字の大きさ
4 / 11
第一章

第三話「暮色蒼然(一)」

しおりを挟む
 銀次郎は組屋敷が占める一帯を歩き、堀を渡って北森下町の途中で右に折れて長桂寺と呼ばれる寺に足を踏み入れた。
 境内を見渡したところ人影はない。

「そろそろ姿を見せたらどうだ」

 銀次郎が声を発すると、正面に立つ木の下の濃い闇の中から男が現れた。
 年老いているが肩が盛り上がった屈強な男であった。右目を抉られたような古傷がある。

「気を使わせちまったみてえだな」

 男はばつが悪そうに指で頭を掻いていた。

「その古傷。あんたが熊殺しの牙逸がいつか」
「破れ傘の銀次に名を知られているとは嬉しいね」
「もう仕事人からは足を洗ったと聞いているぜ」
「慌てるな。わしがおまえさんをろうってんじゃねえ」

 背後の足音に銀次郎は上半身だけ振り向いた。
 二人の男がこちらに歩いて来る。一人は痩身で、もう一人は長い棒を持った小さな男だ。

「荒事はわけえのに任せるさ」

 銀次郎が再び牙逸に目を向けると、牙逸は足元にあった石に腰をかけた。
 牙逸はすでに足を洗っているが深川の仕事人であった。つまり元締めである須磨の指示で動いている。おそらく他の二人も同じだ。
 銀次郎を殺すために、須磨が仕事人を動かしたということになる。誰かの依頼か、須磨独自の判断かは分からない。
 箕作省吾が持っていた何かに関係していることは確かだろう。

「銀次よう」
「なんだ」
「おまえさん、何かへまでもしたのかい」
「いや、おれは元締めの指示どおりに仕事をしただけだ」
「そうかい。じゃあ運がなかったな」

 牙逸が二人の男に向かって頷いた。
 銀次郎が体ごと振り向く。
 棒を持った小男が向かって来た。棒の長さは七尺(約二・一メートル)はある。
 小男が棒を銀次郎に向けて突いてきた。
 銀次郎は左足を引いて半身になって避ける。
 小男が宙に跳んで、銀次郎のはるか頭上を飛び越えた。恐るべき跳躍力であった。
 銀次郎は振り向いたが小男の姿がない。いや、小男は宙に浮いていた。
 大地に棒が立っていた。そして宙にある棒の先に小男が掴まっている。
 現代で言えば棒高跳びの要領だ。しかし、棒を立てたまま人がしがみつく体術は驚嘆すべきものがある。
 銀次郎は弾かれたように横に跳び、地面を転がって起き上がった。
 先ほどまで銀次郎が立っていた場所の土に二本の棒手裏剣が突き刺さっていた。小男が棒の上から投擲してきたのだ。

「くくく。さすがは破れ傘の銀次。よくぞかわした」

 小さく舌打ちをして銀次郎は喜悦の笑みを浮かべる小男を見上げた。
 七尺の棒の上という安全地帯から棒手裏剣を投擲する技。まさに難攻不落の要塞であった。
 だが、しかし――。
 宙にいる小男の腕が動いた。棒手裏剣が飛ぶ。
 銀次郎は傘を頭上に開いた。棒手裏剣は傘が開く勢いで弾かれた。

「なに!」

 小男が声をあげた時には、銀次郎は滑り込んで地面に突き立つ棒を蹴った。棒が倒れて小男が落下した。
 身軽に着地した小男に銀次郎が迫る。
 小男は棒を手繰り寄せる。
 銀次郎は傘の柄の部分を右に捻った。傘の骨の先から小さな刃が突出する。銀次郎は瞬時に傘を一回転させた。

「けく」

 小男が喉を鳴らすと、首が横に裂けて半円を描いて水平に血が噴出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

十二輝の忍神 ーシノビガミ― 第一部

陵月夜白(りょうづきやしろ)
歴史・時代
天明三年――浅間山が火を噴いた。 神の怒りに触れたかのように、黒い灰は空を塞ぎ、郷も田畑も人の営みも、容赦なく呑み込んでいく。噴火と飢饉が藩を蝕み、救いを求める声の裏で、名もなき影が蠢いた。灰の夜を踏むのは、血も温もりも失った“黒屍人”。誰が、何のために――。 その災厄に呼応するように、忍びの郷に封じられていた「十二輝の干支の珠」が、ひとつ、またひとつと眠りから解かれる。 珠は器を選び、器は力に喰われ、力は人を裏返す。 伊賀と甲賀の長い因縁、奪われる珠、引き裂かれる同胞。 そして、灰の国で拾い集められていく十二の輝きが揃う時、世界の秩序そのものが――動き出す。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...