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第一章
第三話「暮色蒼然(一)」
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銀次郎は組屋敷が占める一帯を歩き、堀を渡って北森下町の途中で右に折れて長桂寺と呼ばれる寺に足を踏み入れた。
境内を見渡したところ人影はない。
「そろそろ姿を見せたらどうだ」
銀次郎が声を発すると、正面に立つ木の下の濃い闇の中から男が現れた。
年老いているが肩が盛り上がった屈強な男であった。右目を抉られたような古傷がある。
「気を使わせちまったみてえだな」
男はばつが悪そうに指で頭を掻いていた。
「その古傷。あんたが熊殺しの牙逸か」
「破れ傘の銀次に名を知られているとは嬉しいね」
「もう仕事人からは足を洗ったと聞いているぜ」
「慌てるな。わしがおまえさんを殺ろうってんじゃねえ」
背後の足音に銀次郎は上半身だけ振り向いた。
二人の男がこちらに歩いて来る。一人は痩身で、もう一人は長い棒を持った小さな男だ。
「荒事は若えのに任せるさ」
銀次郎が再び牙逸に目を向けると、牙逸は足元にあった石に腰をかけた。
牙逸はすでに足を洗っているが深川の仕事人であった。つまり元締めである須磨の指示で動いている。おそらく他の二人も同じだ。
銀次郎を殺すために、須磨が仕事人を動かしたということになる。誰かの依頼か、須磨独自の判断かは分からない。
箕作省吾が持っていた何かに関係していることは確かだろう。
「銀次よう」
「なんだ」
「おまえさん、何かへまでもしたのかい」
「いや、おれは元締めの指示どおりに仕事をしただけだ」
「そうかい。じゃあ運がなかったな」
牙逸が二人の男に向かって頷いた。
銀次郎が体ごと振り向く。
棒を持った小男が向かって来た。棒の長さは七尺(約二・一メートル)はある。
小男が棒を銀次郎に向けて突いてきた。
銀次郎は左足を引いて半身になって避ける。
小男が宙に跳んで、銀次郎のはるか頭上を飛び越えた。恐るべき跳躍力であった。
銀次郎は振り向いたが小男の姿がない。いや、小男は宙に浮いていた。
大地に棒が立っていた。そして宙にある棒の先に小男が掴まっている。
現代で言えば棒高跳びの要領だ。しかし、棒を立てたまま人がしがみつく体術は驚嘆すべきものがある。
銀次郎は弾かれたように横に跳び、地面を転がって起き上がった。
先ほどまで銀次郎が立っていた場所の土に二本の棒手裏剣が突き刺さっていた。小男が棒の上から投擲してきたのだ。
「くくく。さすがは破れ傘の銀次。よくぞかわした」
小さく舌打ちをして銀次郎は喜悦の笑みを浮かべる小男を見上げた。
七尺の棒の上という安全地帯から棒手裏剣を投擲する技。まさに難攻不落の要塞であった。
だが、しかし――。
宙にいる小男の腕が動いた。棒手裏剣が飛ぶ。
銀次郎は傘を頭上に開いた。棒手裏剣は傘が開く勢いで弾かれた。
「なに!」
小男が声をあげた時には、銀次郎は滑り込んで地面に突き立つ棒を蹴った。棒が倒れて小男が落下した。
身軽に着地した小男に銀次郎が迫る。
小男は棒を手繰り寄せる。
銀次郎は傘の柄の部分を右に捻った。傘の骨の先から小さな刃が突出する。銀次郎は瞬時に傘を一回転させた。
「けく」
小男が喉を鳴らすと、首が横に裂けて半円を描いて水平に血が噴出した。
境内を見渡したところ人影はない。
「そろそろ姿を見せたらどうだ」
銀次郎が声を発すると、正面に立つ木の下の濃い闇の中から男が現れた。
年老いているが肩が盛り上がった屈強な男であった。右目を抉られたような古傷がある。
「気を使わせちまったみてえだな」
男はばつが悪そうに指で頭を掻いていた。
「その古傷。あんたが熊殺しの牙逸か」
「破れ傘の銀次に名を知られているとは嬉しいね」
「もう仕事人からは足を洗ったと聞いているぜ」
「慌てるな。わしがおまえさんを殺ろうってんじゃねえ」
背後の足音に銀次郎は上半身だけ振り向いた。
二人の男がこちらに歩いて来る。一人は痩身で、もう一人は長い棒を持った小さな男だ。
「荒事は若えのに任せるさ」
銀次郎が再び牙逸に目を向けると、牙逸は足元にあった石に腰をかけた。
牙逸はすでに足を洗っているが深川の仕事人であった。つまり元締めである須磨の指示で動いている。おそらく他の二人も同じだ。
銀次郎を殺すために、須磨が仕事人を動かしたということになる。誰かの依頼か、須磨独自の判断かは分からない。
箕作省吾が持っていた何かに関係していることは確かだろう。
「銀次よう」
「なんだ」
「おまえさん、何かへまでもしたのかい」
「いや、おれは元締めの指示どおりに仕事をしただけだ」
「そうかい。じゃあ運がなかったな」
牙逸が二人の男に向かって頷いた。
銀次郎が体ごと振り向く。
棒を持った小男が向かって来た。棒の長さは七尺(約二・一メートル)はある。
小男が棒を銀次郎に向けて突いてきた。
銀次郎は左足を引いて半身になって避ける。
小男が宙に跳んで、銀次郎のはるか頭上を飛び越えた。恐るべき跳躍力であった。
銀次郎は振り向いたが小男の姿がない。いや、小男は宙に浮いていた。
大地に棒が立っていた。そして宙にある棒の先に小男が掴まっている。
現代で言えば棒高跳びの要領だ。しかし、棒を立てたまま人がしがみつく体術は驚嘆すべきものがある。
銀次郎は弾かれたように横に跳び、地面を転がって起き上がった。
先ほどまで銀次郎が立っていた場所の土に二本の棒手裏剣が突き刺さっていた。小男が棒の上から投擲してきたのだ。
「くくく。さすがは破れ傘の銀次。よくぞかわした」
小さく舌打ちをして銀次郎は喜悦の笑みを浮かべる小男を見上げた。
七尺の棒の上という安全地帯から棒手裏剣を投擲する技。まさに難攻不落の要塞であった。
だが、しかし――。
宙にいる小男の腕が動いた。棒手裏剣が飛ぶ。
銀次郎は傘を頭上に開いた。棒手裏剣は傘が開く勢いで弾かれた。
「なに!」
小男が声をあげた時には、銀次郎は滑り込んで地面に突き立つ棒を蹴った。棒が倒れて小男が落下した。
身軽に着地した小男に銀次郎が迫る。
小男は棒を手繰り寄せる。
銀次郎は傘の柄の部分を右に捻った。傘の骨の先から小さな刃が突出する。銀次郎は瞬時に傘を一回転させた。
「けく」
小男が喉を鳴らすと、首が横に裂けて半円を描いて水平に血が噴出した。
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