八人の王子の街の二人の姫~ノバラとツバキの場合~

江戸崎エゴ

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ノバラとツバキと蓮

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 待ち合わせ場所はJR八王子駅、改札口を出たところ。人はそれなりに多いが、迷う場所ではない。今日は化粧を濃い目にして、先日の秋物セールの時に買ったラベンダー色のトレンチコートを着ている。ちょっと他にはない色なので、人間違いはないだろう。
「こ、今晩は……ノバラさん、ですよね?」
「ああ、ツバキ君。はじめまして、で良いのかな?」
「はい、はじめましてで、えへへ」
 私がツバキと初めて会ったのはハロウィンの後。友人Fとの飲み会の為に、蓮でハロウィン特別価格のワインをキープしておいたのだが、それがだいぶ余ったのでツバキに飲みにこないか、と誘ったのがきっかけだった。
 ツバキとの関係性はSNSで趣味が合い話すようになったのが元々で、それまでに何度か通話していて、リモート飲み会もしていたので、特に初めて会ったという感じはしなかった。
 歳は私と丁度十歳離れている。年下だ。とは言え私が割りと良い歳、三十半ばなのでツバキも決してバーに赴くのに若すぎると言うわけではない。ジムのインストラクターとの話していたとおり、ボブカットの化粧っけのない、比較的体格の良い女性である。細いと言うより健康的で、よく運動しているだろう引き締まった感じがする。
「ご馳走になりまぁす」
 ツバキはにこにこと笑って間延びした口調で言った。人好きのする印象だった。
「はぁい」
 私も合わせてのんびりとした声で応えた。
「今から京王八王子駅に向かうけど、その前に煙草を吸っていって良いかな」
「あ、あ。どうぞ」
「ありがとう」
 八王子駅前は路上喫煙が禁止で、何カ所か喫煙所が設けられている。屋内も禁煙の場所がほとんどで、喫煙者である私は肩身が狭い思いをしている。
 JRの改札口は駅ビルの二階にあり、駅前にはちょっとしたロータリーがある。一階におりて階段の両端に喫煙所が一つずつ。京王八王子駅まで繋がる大通りの方の喫煙所を選んで、パーテーションで区切られた中に入って煙草を吸う。
 ツバキが喫煙所にまでついてきたので、私は首を傾げた。
「ツバキ君、煙草吸わないんじゃなかったっけ」
「あ。いえ。煙草吸っている人を見るのが好きなんです。大人っぽいと言うか、色気があって」
「ふぅん」
 そんなものか。
 私は何気なく紙巻き煙草を取り出した。
「あ、あ」
「今度はなに?」
「いや、ノバラさん電子煙草じゃなかったでしたか? リモート飲み会の時は電子煙草だった気がします」
「電子煙草は持っているけれど、吸い応えがないから、普段は紙」
「そっか。ふふ。大人ですね」
 若い子の大人の基準というものはよく分からないな、と思いながらジッポーで煙草に火をつける。それを見ているツバキがにこにこしているので、まあ良いか。と煙草を吸い続ける。口紅は落ちにくい物をつけているが、くっきりと吸い口にローズの色が残る。
 それを灰皿に捨てて、待たせたね、と断ってから髪をかきあげて喫煙所を出る。
「あ。あ」
「なに」
「ノバラさん、いい匂いするんですけど」
「香水かな。匂うほどつけ過ぎだった?」
 くん、と袖口の匂いを嗅いでみる。ムスク系の甘い香りがした。
「こ、香水って大人の女性ですね……」
「つけているのはメンズだけど」
「化粧もばっちりしているし、香水もしてて、お洒落だし、大人って感じがします。今からワイン飲みに行くんですよね? バーなんですよね?」
「ん。バーだよ。大学生くらいの子も居るカジュアルなバーだけど。キープのワインは飲みきれないから奢るよ。ツバキ君は日本酒党だったね。日本酒は少ない筈だけど、大丈夫かな?」
「だ、大丈夫です! お、大人だなぁ……」
 ツバキはなんだか感動している様子だったが、実際、蓮は大学生の常連が居る程度にカジュアルなバーで、値段も控えめだった。
 蓮の開店は十八時。予約を伝えて、きっかりに着くように早足で歩く。地下に階段をおりていって、自動ドアを開けると熱帯魚の水槽が青の照明に浮かんでいて、絞った照明の中に各種ボトルが並んでいる。
「いらっしゃい。ノバラさん、二名ですね。今の時間貸し切りですよ」
 待ちかねていたとばかりにマスターが出迎えてくれて、当たり前のようにカウンターに案内された。私はいつもカウンターに座る。初めて蓮を訪れた時からそれは変わらない。
 隣のスツールに座ったツバキが、今晩は、と堅苦しく挨拶をするのに、マスターが目元に笑い皺を浮かべて「お名前はなんとお呼びすれば宜しいですか?」と問うのに、ツバキは、「えっと、ツバキです」と律儀に答えていた。
「マスター、キープのワインを。ああ、ツバキ君、飲みたい物があれば遠慮なく言ってね。多少は奢れるから」
「いえ、あの。私も働いているので自分で出します。ノバラさん、私を子供扱いしないでください」
「子供扱いしていたらバーになんてつれてこないさ。ただ、大人と言うには私からすると若すぎる」
「私は大人ですぅ」
 そんなやりとりを見て、マスターが微笑ましそうに笑っていた。五十過ぎのマスターからすると、私もツバキも充分若い部類に入るのだろう。
「ノバラさん、ワインは冷やしておきますが、一杯目はワインにしますか?」
「私はビール。ツバキ君は日本酒かな?」
「日本酒なら澪がありますよ」
「ツバキ君、澪で良い? スパークリング日本酒だから物足りないかもしれないけど」
「あ。あ。それで大丈夫です、はい」
 マスターが手際よく、アイスペールに瓶を入れていく。マスターは、私がビールと言ったらアサヒスーパードライの瓶ビールだと言うことも承知している。
 互いのグラスに炭酸が程良く注がれると、グラスを持って乾杯して一口口を付ける。辛口の飲み慣れたビールが喉を伝っていく。
 ツバキも一口飲んだ様子で、はふりと息を吐くと、きょろきょろとバーの中を見回している。
「お洒落ですね。バーってこんな感じなんですねぇ。普段はチェーン系の居酒屋だからなぁ……あ、ダーツがある……」
「ダーツやる? 私は下手だけれど」
「い、いえ! ダーツはやったことがないので、あるんだなぁ、って思っただけです!」
「そうか。ダーツよりはビリヤードの方が少し得意なんだけれど、マスター置いてくれないかな?」
「いやぁ、ビリヤードは置くスペースがないですよ。カラオケならありますけど」
 前々から思っていたのだけれど、何故此処のバーにはカラオケがあるのだろう。「最近入れたんですよ」と以前言っていたが。うるさくはないのだろうか。
「食事はどうなさいます?」
 と、マスターが食事のメニューを渡してくれたので、私はシェアすることを考えて、前菜の盛り合わせとピザ、それに好物のオリーブのマリネを頼んだ。マリネの酸味がなく、オリーブ独特の癖も少なくて、この蓮ではよく頼む。
 マスターが注文を受けて厨房に引っ込むと、ツバキが「お洒落ですね……オリーブのマリネって前に写真を見せてくれた奴ですか?」と訊ねてきたので、確かに薔薇の形をしたピックを添えたマリネの写真を送ったのを思い出してそうだよ、と答えた。ツバキは「あんなお洒落なものを食べられるなんて、凄いです」となんだか感慨深そうにしていた。

「今日はありがとうございましたぁ」
 ツバキは控えめに飲んで、代わりに少食な私よりもだいぶ食べてJRまで送って解散となった。ツバキがもじもじとしていたので、「どうしたの」と聞くと、えへへと笑った後、「今日は楽しかったです。次も会ってくださいますか?」とにこにこと話しかけてくるのに、「ああ」と答え、なにか誘うイベントごと等あったかと、私は思考した。
「十一月なら、ボジョレーヌーボーの解禁と、酉の市がある。良かったらまた」
 ツバキは食い気味で「行きます。どっちも行きます」と答えてから「酉の市ってなんですか?」ときょとんとした表情で問いかけてきたから、くすりと笑ってしまった。
「大鳥神社の祭りだよ。十一月の酉の日に行われる」
「とり……嗚呼、だから酉の市って言うんですね! わかりました! 行きます!」
「ボジョレーの方が先かな。どうしようか。今日はワインを飲んでいたけれど、嫌じゃなかった?」
「あ、あ。美味しかったです!」
「本当かな?」
「ほ、本当ですぅ」
 若い子をからかうのはこの位にしておこう。遅くならないうちに彼女を駅から送りだし、私も帰途についた。
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