【R18】ライフセーバー異世界へ

成子

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028 許さない

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 太陽が真上に位置している。ちょうどお昼になる時間だろうか。

 今日もファルの町は快晴で雲ひとつない空だ。カラッと湿度が低いとはいえ、こうも照りつける太陽が眩しいと洗濯をするにも一汗をかく。

 昨晩、時間泊のお客は少なかったそうで、洗濯は午前中で終わってしまったそうだ。
 お昼からは洗濯しなくてもいいと、午前の洗濯係の人から報告を受けた。

 しかし私は手洗いで一枚のシーツを洗濯している。

 ザックが部屋から去った後、どうしたものかと一巡する。
 コッソリ部屋を出ていく方がいいのか? 
 誰かに見つかるとまずいのか? 
 ジルさんに報告がやはりいるのか? 

 色々考える事数分。部屋のアチコチを眺め、最後に情交が色濃く残るベッドのシーツが目に入り、いたたまれなくなってしまう。

 は、恥ずかしい。早くこのシーツを洗濯用の籠に入れてしまおう。

 シーツだけでは誰が誰と寝たのかなどと、分かるはずもないのに慌ててしまう。
 シーツを剥がしにかかったところ、時間泊の部屋を掃除する男の子が部屋に入ってきた。確か計算を間違えて慌てていた男の子だ。
「ヒッ」
 後ろめたい事をしている訳ではないのに、私は小さく飛び上がる。
「あれ? ナツミじゃないか。おはよう、今日は時間泊の掃除担当かい? よく働くね」
 男の子のはブリキのバケツや掃除道具、そしてシーツの換えなどを全て携えた小さな荷車を押しながら部屋に入ってきた。
「そ、そ、そうなんだよー。あは、あはは。シーツだけ先に洗おうと思って、剥がそうかなって」
 嘘を言う必要がないのだが、慌てて取り繕ってしまう。
「そうか。じゃぁシーツは任せたよ。僕はこの部屋の掃除を始めるかな」
 何も疑問も持たず彼は掃除道具を取り出しはじめる。
「う、うん。そうなんだ、そ、それじゃぁ、私はこれで……」
 私はシーツをベッドから引き抜くと後ろ手に丸めて持ち、横歩きになりながら、素早く出入り口へ急ぐ。いや、シーツを隠す必要もないのだが。早々に立ち去ろうとした時だった。
「あっ、そういえばさ」
「えっ、何?」
 突然声を上げた彼は、スッと私の側に近づいてコソコソ話しはじめた。
「この部屋に泊まってたのさ、何と! ザックさんなんだよ。さっきスキップしながら出ていくのを僕は見たんだ!」
「あ、ああ……そうだね。スキップね」
 スキップしながら出ていったのか。

 ザックがここにいた事実を知っている私はあまり驚かず、彼の言葉の続きを待った。そうすると意外と食いついたのは彼の方だった。

「そうだね、じゃないよ。ザックさん、誰と一緒にここに泊まったんだろ? だって久しぶりなんだよ。相手って誰なんだろう」
「えっ。あ、相手」
「イヴさんかな。久しぶりに、ベルさんとか。でも、この間酒場で側に座ったのはリンさんだったよね。ねぇ、一緒にいたのが誰か見た?」
 男の子だけれど中々の噂話好きの様だ。
「え、えっと、見なかったかなぁ~」
 色々な女性の名前が出て来少し複雑な気もするが……
 遊び歩いていたザックの事だ仕方がない。
 私は掃除係の彼の顔をまっすぐに見る事が出来ず色々なところに視線を彷徨わせる。

 今後、相手が私だってバレたらみんなどんな顔をするのだろう。
 確かライバルも多いとか言っていたなぁ。考えると頭が痛い。

「そっかぁ見なかったのかぁ。その三人って、前にさぁ、ザックさんの取り合いで白熱して確か大喧嘩した事があってね。それを見かねたザックさんが三人まとめて相手した事があってさー。すっごい声が」
「わ、私ったら、急いでこのシーツを洗ってこなきゃ! それじゃぁね」
 最後は凄い話を聞かされそうになったので、私は彼の言葉を遮り慌てて部屋を飛び出した。
「えっ、ナツミ? これからザックさんの武勇伝があるのにさぁ~」

 聞ける訳ないじゃん! 
 もう、ザックの武勇伝的なアレやソレは昨日身をもって知りましたよっ!

 色々な意味でドキドキする胸を押さえ、脱兎の如く自分の部屋まで階段を駆け上る。私の部屋は、『ジルの店』で初めて目覚めた例の角部屋だ。
「あ、ナツミ、おは」
「おはよう!」
 途中、ミラやマリンとすれ違うが構っていられない。シーツを抱えたまま走り簡単に声をかけるとあっという間に通り過ぎる。

「どうしたのかしら」
「さぁ、ナツミって面白いわねぇ~」
 ミラとマリンはナツミが走り去った後の風を感じるだけだった。
「ナツミなんかいい匂いするわね、でも何処かで嗅いだ事がある様な」
「本当ね……? 何処だったしら」
 すれ違ったナツミからザックのつけている香水、ベルガモットの香りがした。
 しかし、ミラとマリンは気が付く事が出来なかった。


 部屋に戻ると、昨日のアレやソレで疲れ切っており、ベッドにたどり着く事なく床で眠ってしまった。ザックの香りが残るシーツを抱きしめたまま眠りこけ、最後には夢にまでザックが出てくる始末だった。
 驚いて声を上げて目を覚ます。
 夢の中で何があったかと言うと、それは恥ずかしくて言えない!
 気が付くとすっかりお昼前で、慌ててシャワーを浴びる羽目になった。

 と、言う事で、慌てて自分の部屋に汚れたシーツと共に部屋に戻ってしまった為、自らの手で洗う事になってしまった。
「よしっ! 綺麗に洗えた」
 パンと音を立ててシーツを張り、無事に干す事が出来た。
 はぁ。疲れた。
 シーツを一枚洗うだけなのに、ひどく遠回りをした様な気がする。洗濯物を干すいつもの中庭で一息つく。
 中庭の中央付近に設置されている円形の噴水は綺麗に水を噴射して、小さな虹を作っていた。いつもの様に噴水の縁に腰をかけて空を見上げる。

 今日は夕方から港の方で小さな祭りがあるらしい。
 その為、夜は忙しくなるからお昼はその仕込みをするそうで、酒場の昼営業はしない事にしたそうだ。
 みんなお昼が休みになった為、店の女の子達やウエイターで休みのものはみんな町へ繰り出して、祭りの始まりを楽しみに出かけて行った。
 残っているのは、私以外にはダンさんやジルさんそして、ミラやマリンぐらいだ。
 ミラとマリンは今晩の踊りの打ち合わせで衣装などの相談をするらしい。
 今日もお客が多いなら注文マラソン開始かなぁ。これは気合いを入れなければ。
 このまま少しだけお昼寝しようかな。
 少しでも体力を取り戻したい思いから、私はバランスの悪い噴水の縁で仰向けになって昼寝をする事にした。





 ダンはガランとした厨房で今晩の為の仕込みを始めていた。
 黒いタンクトップに黒いズボン。その上にモスグリーンのエプロンを着て頭に黒いバンダナを巻く。準備完了だ。

 新鮮な海の幸、山の幸を目の前にあらゆる下準備をしなくてはならない。
 誰か一人ぐらい料理人を残しておくべきだったか。
 しかし、久しぶりの祭りだからな。皆には少しでも羽を伸ばしてもらいたいところだ。
 ダンは大きな鍋の蓋を開け海鮮ベースのスープの様子を覗き煮込み具合を確認し、コンロの火を調整した時だった。
 時間泊を申請する裏口が大きな音を立てて開いた。
 いつもだったら控え目に扉を叩くはずなのに、何の前触れもなく大きく開いたのだ。
 何事とかと思い、火力調節の為に屈んだ身を起こし、包丁を持って体勢を整える。
「誰だっ! って、お前……」
 飛びつかれてもすぐに張り倒す事が出来る様腰を落とす。
 しかし、男の姿を確認したら向けた包丁をおろした。

 男の正体はノアだった。

 白いシャツに白いズボン。腰には長く細身の剣。いつもは黒い外套を羽織っているが今日はつけていなかった。

 彼の象徴とも言えるプラチナブロンドはいつも整っているはずなのに、走ってきたせいか乱れている。肩で大きく息をして軽く咳き込んだ。一体何処から走ってきたのだ?

「ノアじゃないか。驚かせるな。マリンなら──」
 今晩の踊りの打ち合わせ中だが。そう続けようとしたが、ノアの大声に遮られる。
「ナツミは何処だ!」
「ナツミ?」
「ああ、ナツミだ!」
 大きなスライドで裏口から厨房に入ると、ダンの目の前にあっという間に立ち、モスグリーンのエプロンを掴み上げる。

 アイスブルーの瞳が怒りを湛えている。肩で息をしながら眉を吊り上げる。

「……ナツミなら中庭だが?」
「中庭かっ!」
 ノアは目を見開きすぐに身を翻して、カウンターなど軽々飛び越える。

 厨房を出て酒場のフロアに走って行く。薄暗い酒場の奥に消え更に扉を閉める音が聞こえた。時間泊の部屋へ行く廊下を通って中庭に抜けるつもりだろう。

「何だ、あれは?」
 訳が分からないが、かなり頭に血が上っている様だ。気になるのでコンロの火を止め後を追おうとした。

「ねぇ、何だか凄い音がしたけど?」
「ジル」
 大きなあくびをしながら、気怠げなジル声が聞こえた。
 パープルのシルク素材である、ガウンを身にまとっている。起きたばかりの様子だ。
「さっきノアの声がした様な」
「ああ、そのノアなんだが」
 ナツミを探しに来たと言おうとしたら、今度は酒場の入り口が勢いよく開く。
「ノアっ! 何処だ、ノアっ!」
 床板を踏み抜く様な勢いで、今度はザックが飛び込んでくる。
「おいおい、今度はザックか? 何だお前ら」
 ザックもノアと同じように大きく肩で息をし、金髪を振り乱して店に入ってくる。

 ただ、ノアと違い何故かネロを背負っている。

 ネロを背負ったまま全速力で走ってきたのか。どれだけ馬鹿力なのだ。
 ネロは油膜の張った眼鏡の向こうで目を回している。
 暴れ馬の背中に乗った様な感じだろう。
「つ、ついた……ピヨピヨ……キュウ」
 ネロは変な言葉を発して、首をカクンと後ろに垂れる。意識がなくなった様だ。
 ザックはそんなネロの様子はどうでもいいのか、背中からネロを無惨にも落とす。

「あっ、そんな! ネロ隊長は腰がヤバイのに!」
 ザックの後ろから、息も絶え絶えのシンが飛び込んできた。
「え? 腰?」
 雪崩れ込んできた男達三人を、目を丸くしたジルが見比べる。
 意識のないネロの側に近づいて様子を見ると、目を回している様で半笑いで涎を少し垂らしている。
「ど、どうしてこんな?」
 ネロの半笑いの様子にさすがのジルも困惑している。
「そんな事より、ノアは?!」
 ザックはダンの肩を掴むなり胸ぐらを掴み上げる。先ほどノアに掴まれた様に。
「……ナツミを追いかけて中庭に」
「何だって! 中庭かっ」
 そう言うと、今度はザックが身を翻し酒場の奥に消えて行った。
「どうしたんだ、あいつら」
 ダンが後から来たシンに振り向いて尋ねた。
 シンは息を整えながら、言葉を選びながら伝える。
「あの、それが。ザック隊長が急に色恋に狂っておかしくなって。それを、ノア隊長がナツミが何かしたんだろうって怒り出しちゃって……」
「はぁ?」
 どうしてそうなるのだ。

 ジルとダンは顔を見合わせた。
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