【R18】ライフセーバー異世界へ

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城内での密談 その2 ~お前は誰だ~

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「何だって?」
 ノアは驚いて声を上げる。
「見張り兵が気がついた時には既に事切れた後だったそうだ。喉をかきむしっていたからもがき苦しんで無くなったんだね。恐らく毒だろう」
 ネロは掴まれた腕はそのままに淡々と説明する。油膜で汚れた眼鏡の向こうで濃いブルーの瞳が細められた。
「クソッ! 最近の目に余るマリンや俺達に対する嫌がらせが一体誰の仕業なのかはっきりさせる事が出来る機会だったってのに!」
 ノアはギリギリと悔しそうに歯を食いしばった。
「また振り出しに戻ったな」
 医療用のベッドに座り、天を仰いだのはザックだった。



 ノアとネロの兄である、アルの仕業である事は濃厚だ。昔からアルはノアを目の敵にしている。

 ノアは領主とあいしようとの間に出来た子供だ。
 母親はノアと同じプラチナブロンド、アイスブルーの瞳の美しい女性だった。
 北方の出身だった彼女は、ある日突然現領主がファルの町に連れてきた女性だった。
 その時既にノアは誕生しており一年経っていた。

 その時からはじまったアルのノア嫌いは、二十歳を超えた今でも続いている。
 どんなにノアが下手に出ようとも、アルはノアの存在すら許さない感じだ。
 最近では兄弟喧嘩も発展しすぎて、遂にはアルはノアの存在自体を葬り去ろうと躍起になっている。

 十代になる頃には、ノアの母親も病に倒れ亡くなってしまった。
 その頃から、アルのいじめは酷くなる一方だ。
 反発したノアはとうとう領主一家の一員から道を外れ、ファルの貧民街に身を落とし、悪さばかりする不良となってしまう。
 その時に出会ったのがザックだった。
 ザックも同じく貧民街に入り浸る不良で、手がつけられない不良のボスだった。
 ノアやザックは貧民街で徒党を組み、喧嘩を起こした。
 場合によっては軍人にも喧嘩をふっかける程だった。
 最後には本気になった軍人に締め上げられ、教育と称して軍学校に放り込まれた二人だったのだ。
 今でもそういった不良が軍学校に放り込まれて、精神から叩き直されているが、歴代の不良の中でも素行の悪さだけではなく目立つ外見が輪をかけ、名の通った二人となっていた。

 今ではすっかり落ち着いている振りをしているが、その根本は色々と整理できない複雑な気持ちが燻っている。

「畜生! 『オーガの店』も早々に営業停止処分なんかで店を閉めてしまうし。アルの奴めどうしてくれようか。あいつは奴隷商人とつるんで金を稼いでいる様だし」
 拳を壁に打ちつけて、怒りを露わにするノアだった。

 『オーガの店』は『ファルの宿屋通り』にある公的宿屋兼酒場だが、いわゆる兄のアルが使用している常宿だった。つまり何か悪さを企てるアジトの様なものだ。

 金回りのいいアルは、奴隷商人とつるんでいる可能性がある。
 それが本当であれば、アルは次期領主としてはとんでもない奴になる。

 それに気づいて『オーガの店』にわざと通ってアルの情報を内側から得ようした。
 ノア、ザック、シンが通ってみたものの、情報を得る事は出来なかった。
 自分達の見栄えの良さを利用して、中で働いている女を利用しようとしたが簡単にはなびかなかった。アルが後ろで牛耳るだけの事はある。

 むしろ『オーガの店』に通う事で、下手な噂を流され面倒臭い事になった。
 常宿の『ジルの店』が不満なのではないか?
 マリンと恋人だが何か喧嘩でもして別れるのじゃないか?
 男というもの軍人として女遊びに興じているのではないか?
 など、注目を浴びるだけおかしな噂が流れてしまう事となった。

 マリン殺害容疑で捕まった女もノアにご執心な振りをしているだけだったのだが。

 『オーガの店』は監督不行き届きという事で営業停止処分となっている。それもアルが早々に証拠をもみ消す為に起こした行動だろう。

 それを考えると、マリンが巻き込まれただけとなり悔しくて申し訳なく、振り上げた拳を下ろす先がなくなってしまう。

 シンがゴクンと生唾を飲み込む。

(怖い~。ザック隊長も同じようにキレるけど、ノア隊長も恐ろしいや)

 貧民街の後輩であるシンも冷や汗が噴き出す。

「まぁ、そこはどうしようもないねぇ。ひとまず僕は、今朝殺された二人の遺体を調べていく予定だから。何か分かったら、もちろん三人に知らせるよ」
 ノアの冷たい雰囲気も全く意に介していないのはネロだった。相変わらず暢気に答える。
 やはり眼鏡の汚れが落ちない事が気になるのか、再び白衣の裾で眼鏡を拭いている。

「ああ、頼んだ。いつも悪いな」
 毒気が抜かれる様なネロの態度に、ノアも少し落ち着きを取り戻した。

「あっ、それと、もう一つ不思議な事があってさ。マリンさんが溺れた翌日に来てくれた時、色々健康診断をしたじゃないか?」
 改めて眼鏡をかけ直す。しかし、汚れが取れないネロだった。

「マリンの健康に問題でも? 連れて来た時は問題ないと言っていたじゃないか」
 一抹の不安を覚えて、ノアが声を上げる。
 するとネロはノアに飛びついて両腕を掴み、顔を目一杯近づける。
「な、何だよ」
 ノアは、突然近づいたネロにどもりながら仰け反った。
 油膜が落ちない眼鏡の向こうでブルーの瞳が嬉しそうに笑う。
「もちろん問題ないよ。溺れる前の血液を調べたら毒が見つかったから、もしかしたら、まだ解毒されてないかもと思ってね。念の為、溺れた翌日の血液も改めて調べてみたんだよ。だって、毒が残っていたら体の調子が悪くなるかもしれないだろ? そうしたらさぁ何と、毒がすっかりなくなっていて、むしろとても健康になっていたんだ! 凄いよね~驚きだよぉ~大発見だよぉ~」
 ノアの身長より低いネロは言葉を発する度、身を乗り出し最後にはつま先立ちになる。
「す、凄いよね、って?」
 ノアは復唱しながら顔が引きつる。

 何故こんなに嬉しそうなんだ。
 我が兄ながら、憎い長男のアルとは百八十度異なる。
 どうしてこうも極端な性格の兄弟が揃うのだ!

 自分の事は棚に上げるノアだった。

「驚きって」
 ザックも背伸びをするネロを横目に、訳の分からない解説が始まるのかと思う。
「何が大発見?」
 最後はシンが締めてくれた。

 分かって貰えない事にネロは憤慨し、天井に向けた両手を今度は下ろして拳を握りしめて上下に大きく振る。
「酷い三人だなぁ。つまりマリンさんは溺れた翌日から突然健康になり、勝手に解毒した事になるんだよ!」
「「え?」」
 ノアとザックは同時に声を上げて、思わず視線を合わせる。

 マリンは溺れた翌日は確か──
 そう、ナツミが少年ではなく女性だという事が分かり、皆で昼食をとった時の事だ。





「ジルさん。飲みすぎじゃないですか? まだ絡むには時間が早いですよ」
 ノアの隣に座っていたマリンが、壁になっているノアの隣からジルへ意見する。
「何言ってるの。このぐらいどうって事ないわよ。マリンこそちゃんと食べてる?」
「はい。溺れた翌日なのに、何故か体調が良くて」
 マリンはバラ色の微笑みを浮かべた。





「確か、溺れた翌日だけど何故か調子がいいって」
 ザックが口に手を当てながらセリフを反芻する。
「ああ、踊りも大分激しく踊っていたけど、元気だったな」
 あの日の踊りの後、ノアはマリンと一晩過ごした。

 とても色艶が良く、久しぶりに健康的なマリンに安堵し、二人して盛りあがった事を思い出した。言われてみれば、溺れた翌日からマリンは以前より元気に過ごしている。『オーガの店』が営業停止処分となっていて、心配事がなくなったからだと思い込んでいたが、違うのか?

「そういえば、ナツミがマリンさんを海から助け出した時は、もう、氷みたいに青い顔をしていたのに、沖に上がって息を吹き返したら、見る見る色艶が良くなった様な」
 当時の流れを一番近くで見ていたシンは記憶を辿る。

「へぇ~海から助け出したって、それは凄い。で、ナツミって誰?!」
 ネロが三人の様子を見ながら、聞いた事がない名前に反応した。状況から酷く興味津々にニヤニヤしながら尋ねてくる。

 その様子に若干苛ついたのはザックだった。
「ニヤニヤするなら教えない」
 急にベッドの上で背筋を伸ばし両腕を組む。プイッとネロとは真逆の方を向き、機嫌が悪くなる。
「えー何で?! 僕だけ仲間はずれは嫌だよ」
 突然の拒絶にネロは声を裏返して焦る。
「ザック、別にネロに言うのは問題ないだろう。ナツミっていうのはな」
 ノアがナツミについて説明し始めた。それを不満そうに聞いているザックがいる。

(どうしたんだ? ザックの奴。確かにシンが言う様に何だか変だな)
 ノアは心の中で呟いた。





「ほーっそれはそれは。大変興味深い! 海の中から突然現れた黒髪、黒い瞳の、少年」
「女性ですよ」
 シンが間髪入れず、ネロのセリフを訂正する。

 何だかそうしなくてはいけない雰囲気を、ザックが醸し出しているからだ。

 ネロは重厚な机近くの椅子に座り、細かく頷きながらノアの話を聞いていた。
 その間、ネロの口角が面白そうに上がる事数回。
 その度にザックの眉間に皺が寄る。心底嫌そうにネロを睨みつける。

 ネロはそんなザックの様子も気にする事なく、整った顔を嬉しそうにゆがませる。髪の毛も伸び放題でボサボサだが身支度を綺麗にすればそれなりの美男子のはずなのだが。しかし、浮き世離れしている性格もあり今一格好良くいられない。

 そのネロが、ナツミという観察対象を見つけ興味津々といった様子だ。

「泳ぎも出来て、溺れたマリンさんを介抱する知識があり、更に女性でありながら髪の毛が短く、計算も出来て、大食いと。ほーっ! なるほど! へぇ。ふふふ」
「何がなるほどだ」
 ノアは壁に背を預けると溜め息をついた。

 天を仰いでおでこに手の甲を乗せる。説明するのに疲れるなんて。
 ネロが上手くまとめてくれたのはいいが、鼻息が荒く呟くものだから何やら嫌らしく感じる。

「もしかしてそのナツミさんという人は、医療系の魔法が使えるのでは?」
 ネロは斜め上をいく発想で、とんでもない事をいい出す。
「は?」
 ノアは知らない国の言葉を聞いた様に目が点になった。
「溺れた人間の介抱について知識があって、息を吹き返したんでしょ? こう、くちづけで息を送り込んだりして。それは、そうすると息を吹き返すと知っていたって事だよね」
「は、はい。そうですけど、何故それで、医療系の魔法と?」
 シンも慌てて聞き返す。
「だから、止まっていた心臓とか意識を戻したのはだ。毒を抜いてくれた事とは異なる行為だよね。なのに解毒されていた。という事は、医療系の魔法って体に触れる事によって発動するから、介抱していた時、解毒してくれたのでは? だってそれ以外解毒するタイミングがないよね。痛っ!」
 ネロは身振り手振りで説明していたが、最後は机の角に拳をぶつけて悶絶した。

「医療系の魔法って……そんなはずはない。ナツミは生活に馴染んだ避妊魔法も知らなかったんだぞ?」
 機嫌の悪かったザックが眉に皺を寄せたまま、思い出した様に話しはじめた。
 角にぶつけた拳を涙目で見つめながら、ネロはブツブツ呟く。
「イタタ……ああ、避妊魔法って、男性に施すやつ? このファルの町じゃ一般的だけど、ナツミさんは黒髪なんでしょ? 異国の人なら避妊の方法が違うんじゃないの? それか、医療魔法の発動は無意識とか? だとしたら、かなりの凄腕だよね~」
 ナツミが医療系の魔法を使える前提から離れないネロだ。

 ノアはぼんやりと話を聞いていたが、ザックが凄い事を口走っている事に気がついた。
「いや待て待て。ザック。今何って言った?」
 ノアは身を起こしてザックに問いかける。
「あ? 何って、避妊魔法をナツミは知らなかったって……アッ!」
 眉に皺を寄せガンを飛ばした視線を寄越したザックだが、自分で反芻した言葉に慌てて口を押さえそっぽを向く。

「え……まさか、ザック隊長」
 シンまでも顔が引きつっている。

 まずい……
 別に隠しておくつもりはなかったが、変なバレ方をしてしまった。
 ザックは内心冷や汗を流しながらそっぽを向き続ける。

 ノアは無言で歩いてザックの前に立ち塞がる。
「ザック。お前、ナツミと寝たのか」
 ノアは、ザックのつむじを見つめながら呟いた。
「……そうだけど? それが何か?」
 ザックは、影になるノアを下から、すっとぼけた顔をして呟いた。



(くそ、面倒臭いな。そういえばこのノアはナツミをものにする様に指示してきたんだった)
 ザックはナツミと初めて出会った日の昼食時『ジルの店』から帰る途中の事とを思い出した。

(ノアはナツミをかんちようだと疑っていて、俺に監視する様に言ったんだったな)
 実はノアに言われた事を都合よくすっかり忘れていた。



 そっぽを向いたまま固まるザックに、ノアが軽く首を左右に振りながら溜め息をついた。
「お前なぁ。ナツミを「ものにしろ」と言ったが、ヤリ逃げしろとは言ってないだろ」

 ザックめ、何て事をしてくれたのだ!
 どうせいつもの様に調子よく口説き落とし、興味本位でちょっかいを出したのか、この男は。
 どう考えたって身持ちが堅そうなナツミが、簡単にザックに股を開くとは思えない。

 畜生! 頭痛がしてきた。
 ノアはこめかみを軽く押さえて、ザックを上から睨みつける。

「大方酔っ払わせるか、押し倒すかしたんだろ。もうちょっと慎重に事を運べよ! ナツミに警戒されて近づけない様にでもなったら」
 ノアの説教が始まる。

 しかし、遮る様にザックがノアの鼻先を掠めて立ち上がった。
 ザックの方がノアより三センチほど身長が高い為、今度はノアが見おろされる。

「ちょ、ちょっとザック隊長!」
 シンが慌ててザックに駆け寄ろうとするが、ザックが軽く手を上げて制する。

 ザックの視線は笑っておらず、無表情だが明らかに機嫌が悪い様だ。

「……そんな乱暴な事はしてない。もちろんヤリ逃げでもない」
 久しぶりに底冷えのするドスのきいた声をザックは上げる。
 急な変わり様にノアは、鼻先にあるザックの顔を睨みつけた。
「ふん。それなら別に問題はないが。ものにしろと言ったのは俺だしな。相変わらず手が早くて呆れると言うか……よくもまぁ、あんな──」
 少年みたいな女を相手できるものだ、と半笑いでザックを小馬鹿にしようとした時だった。
 急にザックは表情を崩す。
 締まりのない顔を赤らめ、自分の大きな両手を頬に当て大きな体をクネクネし出す。
 ノアは思わず気持ちが悪くて引いてしまう。

 これか? シンが言っていたのは。
 
「そうなんだ、まさかの一目惚れで」
 ヘラヘラと終始顔が緩みっぱなしだ。
「は?」
 予想外のザックの発言に、ノアの眉がピクリと動いて固まる。
「だから、一目惚れで」
「誰が?」
「俺が」
「誰に?」
「ナツミに」
「お前が?」
「そう俺が」
「ナツミにって──」

 何を言っているのだ、ザック!
 落とせと言ったが、一目惚れして来いなんて言った覚えはないぞ!

 その間ザックと言えば、終始ニヤニヤして聞いてもないのに一人語りを始めた。

「一目惚れって初めてで。自分自身に驚いたのなんのって。ナツミって、すっげぇ色が白いんだぞ。日焼けで肌の色が小麦色だったんだ。肌と言えば、吸いつくみたいで、抱いたらビックリするぐらい女の顔になるんだ。って、あ、もうこれ以上は言えない。うん」

 目の前にいる男は一体誰だ! ザックの外見をした何かか。頬を赤らめてウットリするこいつなんて、ザックではない。
 
「だ、だ、だ、誰なんだ! お前は」
「俺はザックだ」
「違うだろ!」

 遂に会話もチグハグになる。

 ノアは生まれて初めて見るザックの変わり様に、呆然とするしかなかった。
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