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036 オレンジ色のワンピース
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「やったぁ! 快晴ねっ」
店の前でバンザイをして天を仰ぐのはミラだ。今日は赤い髪の毛をポニーテールにして、まるで馬の尻尾の様に左右に揺らしていた。
小麦色の肌は艶々していて朝早い光を受けて輝いている。
今日は肩出しのワンピースを着ているが、色は赤で胸元に小さなリボンが飾られている。
足元は茶色いグラディエーターサンダルだ。いつも履いているヒールより背が低く感じる。
「楽しみだわ~」
隣のマリンは細い肩紐がついた、真っ青な色のワンピースを身に纏っている。プラチナブロンドはお団子に結い上げられており後れ毛がはらりと首筋に落ちていた。白い首が晒されてドキッとする。足元はミラとお揃いのサンダルだった。
そして私はというと──
「うう。眩しい……」
『ジルの店』の入り口前でドアに隠れて、外に出るのをためらっていた。
実は外に出るのを少しためらう理由があった。
「もう、何モジモジしているのよ! 折角水着を作る時に一緒に作ってあげたのに! はいはい。出てくる出てくる」
ミラは踊る時の様に両手を二つ叩いて、私に早く外に出る様に促した。
「ナツミ大丈夫よ。凄く可愛いから。ほら、いらっしゃい~」
まるで犬か猫を呼ぶ様に、両手を広げて前屈みで私を呼ぶのはマリンだった。
「はぁい」
私は観念して、ゆっくりと外に出た。光が眩しくて目を細める。
ミラが私の為に作ってくれたのは、水着だけではなかった。
ミラと同じ様に肩を出し、胸元には二重にフリルをつけたワンピースを作ってくれたのだ。色は鮮やかなオレンジ色で、ガーゼ素材の様で柔らかい。うっすら透けている布なので、わざと二重にしている。足元は二人と同じ様にサンダルを履いている。
ウエストにはゴムが入っていて絞ったデザインになっているが上半身とちょうど膝まであるスカートはたっぷりとしていて可愛らしかった。この世界に着て初めて着るワンピースだ。何だか恥ずかしい。
「やっぱり! ナツミの日焼けした肌にはオレンジ色が一番似合うわね」
「うんうん。すっごく可愛いわ」
まるで花畑でもある様に二人は両手を握りしめながらぴょんぴょん跳ねる。
「ありがとう。ミラ、マリン。それにミラ本当にありがとう。水着だけじゃなくてワンピースまで用意してくれて」
それでも褒められると嬉しい。
「いいのいいの! だってナツミはあたしのインスピレーションの宝庫なんだから。もう~良いわねぇこの、肩の日焼けしていない部分がチラッと見えるの! ああっ、やっぱりもっと背中をガバッとあけてみるのも良かったかなぁ」
「あはは~」
肩は丸出しなので、水着の紐で隠れていた日焼けしていない部分が両肩に見える。
背中があいているって、そんなの布の面積がなくなってしまうよ!
私は冷や汗をたらりと流した。
ミラが水着製作に一念発起してから一週間経った今日、そのお披露目会とも言える第一回水泳教室が開催される事となった。
場所は何とノアの実家が所持している、別荘の敷地内となった。
流石、複雑な経過を経ていても領主の三男だなぁと思った。
このお坊ちゃんめ! と、うっかり口に出したらノアの機嫌が悪くなるので言わなかった。
水泳教室の場所をどうしたら良いかノアに相談してみた。
あまり良い返事をもらえないので、思い切って以前貝を捕った場所、浅瀬のある海で練習してみてはどうかと提案した。
「はぁ? 面白がった軍仲間がやって来るだろ冗談じゃない。泳げないのがバレるのはゴメンだ」
と、ノアの一声であえなく却下。
じゃぁ代わりの場所はないかと聞けば、
「そんな場所はない」
と、これまた却下。
何処で練習したら良いのだろうとなり、最後は『ジルの店』の従業員用大浴場まで提案したのに、
「俺が従業員の風呂でバチャバチャ泳ぐ変態になるだろ! ネロじゃあるまいし」
ネロさん変態なんだ。お兄さんなのに。
とにかく、ああ言えばこう言うで、色々な場所がノアにより却下される。
もしかしてノアってこうやって断り続けて参加する気がないのでは──
と、思った時、腕を組んでツンと横を向いていたノアが、私をチラッと見て口の端を上げた様な気がした。
どうやら私の考えは当たったらしい。
「むぅ、わがまま坊ちゃんめ!」
口に出して言っていたつもりはないのに、どうも本当に口に出ていたらしい。
「な・ん・だ・と・ぉ!」
「はっ。しまった。口が勝手に、いひゃい!」
ノアが私の口を横に引っ張る。ジタバタと藻掻くと、ザックがノアの腕を掴んで止めてくれた。
「こらこら、坊ちゃんやめなさい~俺の可愛いナツミに勝手に触らないで頂けますか?」
ザックがわざと茶化してウインクをする。こういうところはザックの方が一枚上手だ。
ノアは王子様ではなくわがまま坊ちゃんでありかなり直情型の様だ。私よりも年上のはずなのに、年下に見えてきた。
「誰が、坊ちゃんだ! 全くいい加減にしろっ」
今度は怒りの矛先をザックに向ける。
「落ち着けって。なぁ、あの場所ならどうだ? 確かノアん家って別荘があったよな。ほら子供の時に勝手に入り込んだ事があった」
ザックは、ガシッとノアの肩を組んで、さりげなく私から遠ざけてくれる。
こういうところはザックの自然な対人関係の上手さだろうか。何だか庇われているみたいでときめいてしまう。
「別荘? ああ。そういえば、溜め池の様な場所があるな。いや、でもなぁ」
ザックの言葉に、何かピンと来た様なノアだったが、慌てて首を振る。
もしかして、結構好条件の場所があったのに、それでも否定したくて理由を探しているのかな? そう思いかけた時、隣でマリンが大きな溜め息をついた。
「折角ミラに私達の水着を作ってもらったのに。練習できないなんてねぇ……残念ね、ミラ」
小首を傾げながら、片手で頬杖をついた。ウエーブのかかったプラチナブロンドが心なしかショボンとしおれた様に見えた。
「え?」
ノアが目を点にした。整った顔がこれでは豆鉄砲を食らったハトだ。
「そうなのよ。折角ナツミとマリンとあたしの三人で少しずつ形の違う水着を仕立てたのに」
ミラも腕を組んで、海より深い溜め息をついた。
「ホントかっ?!」
何故か突然食いついたのはシンだった。今までひと言も発しないまま、オロオロしながら行く末を見守っていた割には、目が輝いている。
「そうよ。踊り子衣装に負けないぐらい素敵な仕上がりになったのよ。ナツミと打ち合わせて仕上げたんだけど、初日の試作の出来は笑っちゃったわねぇ?」
ミラが手を振って、思い出して吹き出した。
あっ、あれの事か!
「そうねぇ。試しにナツミに着てもらって。大浴場で泳いでみたら、スケスケになるし、紐が解けて脱げちゃうし。それにほらブラがズレておっぱいが出ちゃうしって、ふふふ」
マリンもミラと一緒に肩を揺らして含み笑いをする。上品なのに言っている事がめちゃくちゃだ。
「も、もう! アレは皆が笑うから恥ずかしかったし」
私は目をギュッとつぶって二人の口を塞ごうとした。
ミラの創作意欲は凄かった。
水着の話をした翌日には、試作品第一号を完成させ「早速着てみろ」と、迫られた。
従業員用大浴場で試しに軽く泳ぐと、マリンの言う様な大惨事になった。
海ではなくて良かったぁ~と思いつつも、そこから改善による改善を重ね、たった三日で素晴らしい水着に仕上げてきたミラだった。
私はミラのプロ根性に驚いた。
なのに三人の男性陣は──
「スケスケ……」
気が付くと、遠い目をしたシンが呟く。
「紐が解けて……」
ザックに肩を組まれたままのノアもぼんやり呟く。
「おっぱいポロリ……」
とどめはザックだ。
三人共何処か遠くを見つけた後、小さなガッツポーズをした様に思う。
「イイ!」
口に出したのはシンだが。慌てて自分の口を塞いでいた。
「コホン。改善を重ねてポロリは──」
ありませんと答えるつもりだったのに、ミラが顎に手を添えて目をつぶって考え込んだ。
「確かに実際お風呂場でしか試していないから、湖とか海水につかるとどうなるか分からないわよね~」
うーんと唸っている。
「そうよねぇ~だって海は波があるでしょ? 波に悪戯されて紐が解けるとかありそうだし。それに溜め池や湖だって、小さな魚に悪戯されたり」
マリンも同じ様なポーズを取って唸っていた。
マリン。後半の下りは少し無理があるのでは? 私は苦笑いするしかない。
「決まりだなっ! じゃぁ、ノア別荘の手配は頼んだぜ!」
バシッとザックがいきなりノアの背中を叩いた。
「いてっ! 調子が良いなぁ分かったよ」
渋々を装っているがノアも何だかんだでソワソワしていた。
「では、皆の休み合わせましょうか」
シンも声を上げる。
「賛成!」
皆が声を合わせて拳を天に挙げた。
「では、予定ですけど……」
男性三人が肩を寄せ合って予定について話し合い始めた時、ミラが私の腕を肘でつついた。
「ねー。単純ね、男子ってさ」
クスクスと笑っている。
「えー? もしかしてわざと振ったの?」
私は驚いて小声でボソボソ話す。
ミラもミラで凄いなぁ。こうやって男性をのせるのか~私はある意味感心してしまう。
「だって、折角頑張ったのに何もかも水の泡になるのは、嫌じゃない?」
舌を出して可愛くウインクした。
「流石だね」
私はあははと笑いながら、肩をすくめた。
「やっぱり最初に話を振ってくれたマリンが一番の功労者ね。さっすがマリン! ノアの事良く分かってるぅ~」
ミラは私の反対側にいるマリンに小さく声をかける。
しかしマリンは──
「なぁに?」
全く意に介せず両手を頬に添えてニッコリ笑う。
「え? だからマリンが最初に話を振ってくれたから、上手く話が転がったって言うか……」
これにはミラも目が点だ。慌てて、何について感心したのか説明し始める。
「そうね。だって折角泳ぎを教えてもらういい機会ですものね。ノアが決断してくれて良かった~」
全然通じていないし!
マリンはニッコリしながら首を傾げた。
「どうしたの?」
「ううん。何でもない! た、楽しみだなぁ~」
「ふふふ、楽しみねっ」
ギクシャク笑う私の横で、バラ色の微笑みのマリンだ。
「天然って最強ね」
「そうだね」
ミラと私はコソコソ呟いた。
そんなこんなで、ノアは実家の別荘を提供する事となった。
そして本日そのノアの別荘へ連れていってもらう事になったのだ。
一生懸命働いて皆の休みを合わせた。お陰で今日と明日の二日間の休みをもらう事が出来たのだ。
「折角だし行ってらっしゃいな。また忙しくなるからその前に英気を養って来るのはいいわ」
ジルさんが笑いながら私達を送り出してくれた。そして、場所を決めた時以来、ザックやノア達に会う。
そういえば場所を決める時、ザックに会ったのにキャンディーのお礼を言えていなかった。私は太陽を見上げながらお礼の言葉を考えていた。
「よう。待たせたな、馬は『ファルの宿屋通り』の門のところに繋いで……」
振り向くとザックが手を上げて『ジルの店』の入り口でたむろする私達三人を見つめていた。その後ろにはノアとシンも一緒だ。
三人とも同じ様にいつもの剣を腰にぶら下げているが、洋服がいつもと違う。
ザックは生成りの麻素材のシャツだが上から被るタイプのダボッとしたシルエットだった。首の部分が横に大きくあいているので鎖骨が見えていた。長袖だが袖が少し広がっていて可愛い感じがする。ウエスト部分では軽く編み上げられた紐で縛っているが、長い足を包むズボンは焦げ茶色だった。足元は私達と同じ様にサンダルで軽装だ。
襟足の長いウルフヘアの金髪が太陽に輝いていて、日焼けした肌に少し垂れた瞳が弧を描いて笑っていた。雰囲気が明らかに柔らかくて、誰もが振り向くいい男だった。
しかし、ザックは言いかけたセリフを飲み込んでズンズン歩いて目の前に立った。
ノアやシンもマリンやミラのとこに歩いて挨拶をしているのにザックはひと言も発してくれない。
「お、おはよ?」
何故か疑問系で呟いてしまう。
「それ……」
ようやく呟いたザックのセリフは声が掠れていた。指差したのはもちろんミラのお手製オレンジ色のワンピースだ。
「ミラに仕立ててもらって。その、似合わないかな?」
照れくさくて首を傾げて心配そうにザックを見上げる。
するとザックは突然その場にしゃがみ込み大きな両手で顔を隠した。
「どうしたの?」
気分でも悪くなったのかと思ってザックの肩に手を置いてしゃがみ込む。
両手の間からくぐもった声が聞こえた。
「ああ……俺、今日まで生きてて良かった」
「どんな呟きなの? きゃっ」
ザックが突然お尻を持ち上げる様に私を抱き上げあっという間に立ち上がる。
私はバランスを崩しそうになり、驚いてザックの頭を抱きしめた。ザックの頭より上に持ち上げられて風景が変わる。
「もう! ザック驚かさないで」
「すっげぇ可愛い。凄く似合ってる!」
ザックは眩しかった太陽よりもずっとずっと輝く様な笑顔と、嬉しい言葉をかけてくれた。
私はそのザックの笑顔に釘付けになって数秒見とれていたけれど──
「うん。ありがとう、褒めてくれて嬉しい」
私はザックの胸のすく様な笑顔につられて、微笑んで素直にお礼が言えた。
ザックは私の心に少しずつ染みこんで虜にしていくのだ。
店の前でバンザイをして天を仰ぐのはミラだ。今日は赤い髪の毛をポニーテールにして、まるで馬の尻尾の様に左右に揺らしていた。
小麦色の肌は艶々していて朝早い光を受けて輝いている。
今日は肩出しのワンピースを着ているが、色は赤で胸元に小さなリボンが飾られている。
足元は茶色いグラディエーターサンダルだ。いつも履いているヒールより背が低く感じる。
「楽しみだわ~」
隣のマリンは細い肩紐がついた、真っ青な色のワンピースを身に纏っている。プラチナブロンドはお団子に結い上げられており後れ毛がはらりと首筋に落ちていた。白い首が晒されてドキッとする。足元はミラとお揃いのサンダルだった。
そして私はというと──
「うう。眩しい……」
『ジルの店』の入り口前でドアに隠れて、外に出るのをためらっていた。
実は外に出るのを少しためらう理由があった。
「もう、何モジモジしているのよ! 折角水着を作る時に一緒に作ってあげたのに! はいはい。出てくる出てくる」
ミラは踊る時の様に両手を二つ叩いて、私に早く外に出る様に促した。
「ナツミ大丈夫よ。凄く可愛いから。ほら、いらっしゃい~」
まるで犬か猫を呼ぶ様に、両手を広げて前屈みで私を呼ぶのはマリンだった。
「はぁい」
私は観念して、ゆっくりと外に出た。光が眩しくて目を細める。
ミラが私の為に作ってくれたのは、水着だけではなかった。
ミラと同じ様に肩を出し、胸元には二重にフリルをつけたワンピースを作ってくれたのだ。色は鮮やかなオレンジ色で、ガーゼ素材の様で柔らかい。うっすら透けている布なので、わざと二重にしている。足元は二人と同じ様にサンダルを履いている。
ウエストにはゴムが入っていて絞ったデザインになっているが上半身とちょうど膝まであるスカートはたっぷりとしていて可愛らしかった。この世界に着て初めて着るワンピースだ。何だか恥ずかしい。
「やっぱり! ナツミの日焼けした肌にはオレンジ色が一番似合うわね」
「うんうん。すっごく可愛いわ」
まるで花畑でもある様に二人は両手を握りしめながらぴょんぴょん跳ねる。
「ありがとう。ミラ、マリン。それにミラ本当にありがとう。水着だけじゃなくてワンピースまで用意してくれて」
それでも褒められると嬉しい。
「いいのいいの! だってナツミはあたしのインスピレーションの宝庫なんだから。もう~良いわねぇこの、肩の日焼けしていない部分がチラッと見えるの! ああっ、やっぱりもっと背中をガバッとあけてみるのも良かったかなぁ」
「あはは~」
肩は丸出しなので、水着の紐で隠れていた日焼けしていない部分が両肩に見える。
背中があいているって、そんなの布の面積がなくなってしまうよ!
私は冷や汗をたらりと流した。
ミラが水着製作に一念発起してから一週間経った今日、そのお披露目会とも言える第一回水泳教室が開催される事となった。
場所は何とノアの実家が所持している、別荘の敷地内となった。
流石、複雑な経過を経ていても領主の三男だなぁと思った。
このお坊ちゃんめ! と、うっかり口に出したらノアの機嫌が悪くなるので言わなかった。
水泳教室の場所をどうしたら良いかノアに相談してみた。
あまり良い返事をもらえないので、思い切って以前貝を捕った場所、浅瀬のある海で練習してみてはどうかと提案した。
「はぁ? 面白がった軍仲間がやって来るだろ冗談じゃない。泳げないのがバレるのはゴメンだ」
と、ノアの一声であえなく却下。
じゃぁ代わりの場所はないかと聞けば、
「そんな場所はない」
と、これまた却下。
何処で練習したら良いのだろうとなり、最後は『ジルの店』の従業員用大浴場まで提案したのに、
「俺が従業員の風呂でバチャバチャ泳ぐ変態になるだろ! ネロじゃあるまいし」
ネロさん変態なんだ。お兄さんなのに。
とにかく、ああ言えばこう言うで、色々な場所がノアにより却下される。
もしかしてノアってこうやって断り続けて参加する気がないのでは──
と、思った時、腕を組んでツンと横を向いていたノアが、私をチラッと見て口の端を上げた様な気がした。
どうやら私の考えは当たったらしい。
「むぅ、わがまま坊ちゃんめ!」
口に出して言っていたつもりはないのに、どうも本当に口に出ていたらしい。
「な・ん・だ・と・ぉ!」
「はっ。しまった。口が勝手に、いひゃい!」
ノアが私の口を横に引っ張る。ジタバタと藻掻くと、ザックがノアの腕を掴んで止めてくれた。
「こらこら、坊ちゃんやめなさい~俺の可愛いナツミに勝手に触らないで頂けますか?」
ザックがわざと茶化してウインクをする。こういうところはザックの方が一枚上手だ。
ノアは王子様ではなくわがまま坊ちゃんでありかなり直情型の様だ。私よりも年上のはずなのに、年下に見えてきた。
「誰が、坊ちゃんだ! 全くいい加減にしろっ」
今度は怒りの矛先をザックに向ける。
「落ち着けって。なぁ、あの場所ならどうだ? 確かノアん家って別荘があったよな。ほら子供の時に勝手に入り込んだ事があった」
ザックは、ガシッとノアの肩を組んで、さりげなく私から遠ざけてくれる。
こういうところはザックの自然な対人関係の上手さだろうか。何だか庇われているみたいでときめいてしまう。
「別荘? ああ。そういえば、溜め池の様な場所があるな。いや、でもなぁ」
ザックの言葉に、何かピンと来た様なノアだったが、慌てて首を振る。
もしかして、結構好条件の場所があったのに、それでも否定したくて理由を探しているのかな? そう思いかけた時、隣でマリンが大きな溜め息をついた。
「折角ミラに私達の水着を作ってもらったのに。練習できないなんてねぇ……残念ね、ミラ」
小首を傾げながら、片手で頬杖をついた。ウエーブのかかったプラチナブロンドが心なしかショボンとしおれた様に見えた。
「え?」
ノアが目を点にした。整った顔がこれでは豆鉄砲を食らったハトだ。
「そうなのよ。折角ナツミとマリンとあたしの三人で少しずつ形の違う水着を仕立てたのに」
ミラも腕を組んで、海より深い溜め息をついた。
「ホントかっ?!」
何故か突然食いついたのはシンだった。今までひと言も発しないまま、オロオロしながら行く末を見守っていた割には、目が輝いている。
「そうよ。踊り子衣装に負けないぐらい素敵な仕上がりになったのよ。ナツミと打ち合わせて仕上げたんだけど、初日の試作の出来は笑っちゃったわねぇ?」
ミラが手を振って、思い出して吹き出した。
あっ、あれの事か!
「そうねぇ。試しにナツミに着てもらって。大浴場で泳いでみたら、スケスケになるし、紐が解けて脱げちゃうし。それにほらブラがズレておっぱいが出ちゃうしって、ふふふ」
マリンもミラと一緒に肩を揺らして含み笑いをする。上品なのに言っている事がめちゃくちゃだ。
「も、もう! アレは皆が笑うから恥ずかしかったし」
私は目をギュッとつぶって二人の口を塞ごうとした。
ミラの創作意欲は凄かった。
水着の話をした翌日には、試作品第一号を完成させ「早速着てみろ」と、迫られた。
従業員用大浴場で試しに軽く泳ぐと、マリンの言う様な大惨事になった。
海ではなくて良かったぁ~と思いつつも、そこから改善による改善を重ね、たった三日で素晴らしい水着に仕上げてきたミラだった。
私はミラのプロ根性に驚いた。
なのに三人の男性陣は──
「スケスケ……」
気が付くと、遠い目をしたシンが呟く。
「紐が解けて……」
ザックに肩を組まれたままのノアもぼんやり呟く。
「おっぱいポロリ……」
とどめはザックだ。
三人共何処か遠くを見つけた後、小さなガッツポーズをした様に思う。
「イイ!」
口に出したのはシンだが。慌てて自分の口を塞いでいた。
「コホン。改善を重ねてポロリは──」
ありませんと答えるつもりだったのに、ミラが顎に手を添えて目をつぶって考え込んだ。
「確かに実際お風呂場でしか試していないから、湖とか海水につかるとどうなるか分からないわよね~」
うーんと唸っている。
「そうよねぇ~だって海は波があるでしょ? 波に悪戯されて紐が解けるとかありそうだし。それに溜め池や湖だって、小さな魚に悪戯されたり」
マリンも同じ様なポーズを取って唸っていた。
マリン。後半の下りは少し無理があるのでは? 私は苦笑いするしかない。
「決まりだなっ! じゃぁ、ノア別荘の手配は頼んだぜ!」
バシッとザックがいきなりノアの背中を叩いた。
「いてっ! 調子が良いなぁ分かったよ」
渋々を装っているがノアも何だかんだでソワソワしていた。
「では、皆の休み合わせましょうか」
シンも声を上げる。
「賛成!」
皆が声を合わせて拳を天に挙げた。
「では、予定ですけど……」
男性三人が肩を寄せ合って予定について話し合い始めた時、ミラが私の腕を肘でつついた。
「ねー。単純ね、男子ってさ」
クスクスと笑っている。
「えー? もしかしてわざと振ったの?」
私は驚いて小声でボソボソ話す。
ミラもミラで凄いなぁ。こうやって男性をのせるのか~私はある意味感心してしまう。
「だって、折角頑張ったのに何もかも水の泡になるのは、嫌じゃない?」
舌を出して可愛くウインクした。
「流石だね」
私はあははと笑いながら、肩をすくめた。
「やっぱり最初に話を振ってくれたマリンが一番の功労者ね。さっすがマリン! ノアの事良く分かってるぅ~」
ミラは私の反対側にいるマリンに小さく声をかける。
しかしマリンは──
「なぁに?」
全く意に介せず両手を頬に添えてニッコリ笑う。
「え? だからマリンが最初に話を振ってくれたから、上手く話が転がったって言うか……」
これにはミラも目が点だ。慌てて、何について感心したのか説明し始める。
「そうね。だって折角泳ぎを教えてもらういい機会ですものね。ノアが決断してくれて良かった~」
全然通じていないし!
マリンはニッコリしながら首を傾げた。
「どうしたの?」
「ううん。何でもない! た、楽しみだなぁ~」
「ふふふ、楽しみねっ」
ギクシャク笑う私の横で、バラ色の微笑みのマリンだ。
「天然って最強ね」
「そうだね」
ミラと私はコソコソ呟いた。
そんなこんなで、ノアは実家の別荘を提供する事となった。
そして本日そのノアの別荘へ連れていってもらう事になったのだ。
一生懸命働いて皆の休みを合わせた。お陰で今日と明日の二日間の休みをもらう事が出来たのだ。
「折角だし行ってらっしゃいな。また忙しくなるからその前に英気を養って来るのはいいわ」
ジルさんが笑いながら私達を送り出してくれた。そして、場所を決めた時以来、ザックやノア達に会う。
そういえば場所を決める時、ザックに会ったのにキャンディーのお礼を言えていなかった。私は太陽を見上げながらお礼の言葉を考えていた。
「よう。待たせたな、馬は『ファルの宿屋通り』の門のところに繋いで……」
振り向くとザックが手を上げて『ジルの店』の入り口でたむろする私達三人を見つめていた。その後ろにはノアとシンも一緒だ。
三人とも同じ様にいつもの剣を腰にぶら下げているが、洋服がいつもと違う。
ザックは生成りの麻素材のシャツだが上から被るタイプのダボッとしたシルエットだった。首の部分が横に大きくあいているので鎖骨が見えていた。長袖だが袖が少し広がっていて可愛い感じがする。ウエスト部分では軽く編み上げられた紐で縛っているが、長い足を包むズボンは焦げ茶色だった。足元は私達と同じ様にサンダルで軽装だ。
襟足の長いウルフヘアの金髪が太陽に輝いていて、日焼けした肌に少し垂れた瞳が弧を描いて笑っていた。雰囲気が明らかに柔らかくて、誰もが振り向くいい男だった。
しかし、ザックは言いかけたセリフを飲み込んでズンズン歩いて目の前に立った。
ノアやシンもマリンやミラのとこに歩いて挨拶をしているのにザックはひと言も発してくれない。
「お、おはよ?」
何故か疑問系で呟いてしまう。
「それ……」
ようやく呟いたザックのセリフは声が掠れていた。指差したのはもちろんミラのお手製オレンジ色のワンピースだ。
「ミラに仕立ててもらって。その、似合わないかな?」
照れくさくて首を傾げて心配そうにザックを見上げる。
するとザックは突然その場にしゃがみ込み大きな両手で顔を隠した。
「どうしたの?」
気分でも悪くなったのかと思ってザックの肩に手を置いてしゃがみ込む。
両手の間からくぐもった声が聞こえた。
「ああ……俺、今日まで生きてて良かった」
「どんな呟きなの? きゃっ」
ザックが突然お尻を持ち上げる様に私を抱き上げあっという間に立ち上がる。
私はバランスを崩しそうになり、驚いてザックの頭を抱きしめた。ザックの頭より上に持ち上げられて風景が変わる。
「もう! ザック驚かさないで」
「すっげぇ可愛い。凄く似合ってる!」
ザックは眩しかった太陽よりもずっとずっと輝く様な笑顔と、嬉しい言葉をかけてくれた。
私はそのザックの笑顔に釘付けになって数秒見とれていたけれど──
「うん。ありがとう、褒めてくれて嬉しい」
私はザックの胸のすく様な笑顔につられて、微笑んで素直にお礼が言えた。
ザックは私の心に少しずつ染みこんで虜にしていくのだ。
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27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
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