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041 ナツミ、怒りの水泳教室 ノア浮いて、雨が降る
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「今度は水面に水平になってバタ足をしてみようと思う」
「水面に水平か。こうか?」
「ウン。こうやって……」
私はザックにお手本をお願いした。岸に両手を置きつかまったまま、体を水面に水平にする様に伸ばしバタ足する動きをしてもらう。
私はザックの横に立って、水面に水平になる様にザックのお腹部分を下から持ち上げる。
浮力はあるが下半身辺りから斜めになってしまうので補助する。
「なるほど」
近くで見ていたノアが声を上げる。ノアはザックのバタ足を見つめていた。
彼の場合は見ると直ぐに覚える様だ。正しいフォームを理解してもらわないと。
「水面上に足を上げる必要はないけど、膝から曲げたら駄目だよ。ザック、試しに膝を曲げてバタ足してみて?」
「こうか?」
水面では水飛沫が上がるが、ザックの体が支えきれなくなり沈んでいく。
結果、ザックは体が沈んでしまいその場で立ち上がる。
「これは駄目な例。だから足は指を揃えてピンと伸ばしてね」
「水面には飛沫が上がっているのに駄目なの?」
マリンが首を傾げた。長い髪の毛をお団子に結いあげているが、後れ毛が首筋に絡まって色っぽい。
「うん。そもそも水面に飛沫を上げる必要はないから。重要なのは体が水面に対して平行になる様に気をつけてもらって、真っすぐをイメージして欲しいんだ。マリンも踊りの時足とか腕とか指先まで揃えて伸びている方が綺麗でしょ?」
「ええ。足先も伸ばす方が踊りは綺麗ね。それは、結構な筋力を使うのよ……そうか、そういう事なのね」
マリンはピンときたのか目を見開いていた。
「泳ぎも一緒だよ? 飛沫が上がるから良いわけではないんだよ。さぁこれと同じ様にしてみようか。シンとザックは補助をしてね。こう体が水平になる様にしたから少し支えて」
「分かった」
そう言うと早速皆が取りかかった。
午前中はお互いペアになる事を拒否していたノアとザックだが、午後は強制的にペアを組んでもらう。流石に百八十センチを越える体型のノアを私一人で教えるのは難しい。
私とザック二人で取りかかるとマリンをはじめとするミラ、シンがほったらかしになってしまうし。
「仕方ない。説明下手野郎で我慢するか……」
ノアが口を尖らせた。
私は海でザックが貝を捕る方法を教えてくれた時の事を思いだした。
ザックの残念な面の一つ。説明が直感的すぎて分からないのだ。ザックは分かりやすく説明していると思っているのだろうけれど。
「俺だって午前中のナツミの話をちゃんと聞いていたから、それを手本に上手く説明できる、と思う」
ザックが腕を組んで胸を反らした。
「偉そうだな。じゃぁ、頼んだぜ、ザック」
ノアがポンとザックの肩を叩いて岸に向かう。
「待て、ザック先生だろ?」
「嫌だ。呼びたくない」
「何でだよ。俺も先生呼びしろよ」
「嫌だ」
延々と続くやり取りに私は溜め息をついた。
どうもエキサイトしてきて二人がいつもの様におでこを突き合わせ、視線だけでやり取りをしはじめる。
もー時間がないのに! この元ヤンキー二人ときたら。
私は両手を深く水の中に入れると、出来るだけ沢山の水を二人にかけた。
「かはっ、ナツミ何するんだよ!」
「ゲホッ、口に入っただろ! 何する……」
色黒ザックと色白ノアが私に振り返って文句を言い出したが、私は下から睨みつけた。
その様子に二人は少し仰け反る。
「時間がないの。さぁ怒りの水泳教室再開だよ!」
「「はい……」」
小さな声で返事をしたザックとノアだった。
水泳教室の始まりは、いつも怒りと共に開始となる。
午後になると日差しは強くなっていく。何度か日焼け止めを塗り直しているけれど結構日焼けするなぁ。また、新たな日焼けの痕が出来そうで心の中で溜め息をついた。
「ゲホッ!」
マリンがバタ足の練習をしていたが、途中で咽せて立ち上がる。
「マリン大丈夫? 息継ぎが上手く出来なかった?」
「うん。ナツミに教えてもらった通り、水面に顔をつけている時は、鼻から息を出して、顔を上げたら口で息をする。って、さっきは出来てたのに気を抜いたら逆になって水を飲んじゃった……」
意外とドジなマリンに吹き出してしまう。
「もう。笑うなんて! 私だって突然逆になって驚いたんだから」
マリンが白い頬をぷくっとふくらませて赤くなった。何をやっても可愛いマリンだ。
「気をつけてね。後少しやって慣れてきたら、岸から手を離してみようか」
私はマリンの肩をポンと叩くと。マリンは再び岸につかまってバタ足を始めた。
よし、良い感じ!
その隣では、マリンの見よう見まねで頑張るミラがいた。
マリンもミラも運動神経が良いので飲み込みがとても早い。それに普段踊っている事もあって筋力が女性の中でも発達している事もあり、反応が早い。
更にその上を行くのがノアだった。
最初は岸につかまっての静かにバタ足練習をしていたノアだったが、気がつくと岸から手を離していた。
何故か足を止めて背中を丸める様にしている。
お腹を支えていたザックが手を離して慌てて声をかける。
「どうしたノア? 疲れたか?」
動きが止まっただけで問題がノアに起こったわけではない様だ。上から覗き込む様にしてザックが声をかけた。
突然ノアが水面から顔を上げて立ち上がった。
「浮いたーっ!」
「グッ!」
大声を上げたノアの後頭部がザックの顎に鈍い音を立てて当たった。
ノアは後頭部を押さえ、ザックは顎を押さえて男二人がジッとその場で悶えていた。
「だ、大丈夫?」
バシャバシャと慌ててザックとノアの元に駆け寄る。
何をやっているのだ二人共。
「「だ、大丈夫だ……」」
二人共涙目で声を上げる。
「ザック! 俺、浮いたぞ」
「イテテ。ああ、見た見た」
ノアがキラキラした目でザックに近づくと必死に何度も浮いたと連呼していた。それは子供が何かを発見した事を親に報告する様と同じだ。
「人間って浮くんだな!」
浮いた、と連呼するノアに私とザックは苦笑いをする他なかった。
「いや、だから浮くんじゃなくて泳ぐんだけど」
「まぁ良いんじゃないか? 感動しているみたいだし。いつも沈んでばっかりだったしな、ノア」
「そっか」
ザックが顎をさすりながら笑ってノアを見つめている。
余程嬉しかったのかノアが何度も浮いてみせる。
うつ伏せになり、背中を丸めてプカッと浮いてみせる。背中が白いだけにクラゲの様だった。浮くだけのノアを横目に私はザックに提案をした。
「じゃぁ、ザック。ノアにはクロールを覚えてもらおうよ」
「く、くろ? 何だそれ」
「ああ泳ぎの種類でね。こんなヤツ」
私は身振り手振りでザックに伝える。
「ああ! それか分かった。教える」
「いい、具体例を見せながら改善して、分からないところは無理矢理じゃなくて言葉で説明するんだよ。いい? 先ずは岸から手を離してバタ足だけで行ったり来たりしてみようか。えーと最初はザックが手を添えて」
「ああ。分かった」
私はザックに説明の方法について伝授していた。
それからだ。ノアはザックから指導を受ける事を拒んでいたのに、今は集中しているのか素直に聞いている。
「水の中から上がった時、顔をかなり上にしないと息が出来ないと思っていたけど、そんな事ないんだな」
「ああ。重要なのは息継ぎのタイミングだ。さっき俺が泳いだ時そんなに仰向けになって息をしていなかっただろ?」
「確かに。横を向いた時に半分水にうまっていた様に思うが」
「ああ。スピードに乗っていると、ここに隙間が出来て──」
ザック自身が体を動かして例を見せて説明する。
泳げる様になるのも時間の問題だろう。凄い進歩だ。半日しか経っていないのに。明日で泳げる様になっていたら驚きだ。
お昼から大分時間が経過した様に思う。どのぐらい太陽が照らしているのかを見上げた時、急に黒い雲が空を覆いはじめた。スコールの予感。
そう感じた時には既に空から突然雨が降ってきた。
「スコールか。雷も鳴っているから上がろう」
ザックが手を挙げて、池から出で別荘の建物内に移動する様に言った。
「マリン、私達も上がろう」
「ええ」
そう言って私とマリンが岸に手をついた時だった。
「アッ痛っ!」
マリンが突然声を上げてドプンと池に沈んだ。私の腕を掴んだままなので体を傾けてしまう。
「え? マリン!」
私は驚いて隣のマリンを引き上げようとしたが、突っ張った際足を捻ってしまって体が半分沈んでしまった。
そこへ、グイッと岸の方から私の反対の腕を掴んで水に沈むのを阻止してくれた人がいた。私はその手がザックだと勝手に思い込んで振り返る。しかし、ザックではなかった。助けてくれたのはノアだった。
「大丈夫か?」
「私は大丈夫。マリンがっ」
「マリンは大丈夫だ」
低い声に振り返ると、沈んだマリンの体を横抱きに抱き上げていたのはザックだった。
浅黒いザックの肌と対照的なマリンの白い肌が浮かび上がる。
思わず息をのんで二人を見比べてしまった。
抱きかかえられたマリンが本当にお姫様の様で私は目を奪われてしまった。
マリンもザックに抱えられた事に驚いていたが、直ぐに顔をゆがめてふくらはぎに手を伸ばしていた。
「痛っ……」
どうやら左のふくらはぎを攣ってしまったらしい。
「マリン大丈夫っ? ザック、早く岸に上げて」
私は言いながら右足を水の中でついたが、軽く挫いた様で痛みを感じる。
慌てて左片足で立つ。下にある小石で滑ったのだろう。激痛ではないから軽く捻っただけかも。
「ノア、マリンを頼んだ」
ザックは雨に打たれながら池の中をザブザブ歩き、横抱きにしたマリンをノアに差し出した。
「分かっている。マリン大丈夫か?」
マリンがゆっくりと横抱きにされたままノアへ手渡される。
「ありがとう……痛ッ」
マリンがノアにお礼を言ったが、直ぐに足を庇っていた。
続いて、早々にザックは両手をついて岸に上がる。
「どうやら左のふくらはぎが攣ったみたいだな。ゆっくりと伸ばした方が良い」
ザックのアドバイスにノアが頷いた。
「ああ、ザックもナツミも中に入れ。雨に打たれると急に体温が下がるからな」
ノアがそう言うと別荘へ振り返り、雨に打たれながらゆっくりと歩いていった。
その後ろ姿を私は見つめる。
とっさにノアに引っぱられたのも驚いたけれど、ザックがいち早くマリンを抱き上げたのも驚いた。
そのマリンがその肩越しからザックを少しだけ見つめていた様に思う。
三人の間には独特な空気が流れて私は少し息をのむ。
何だろう、この感じ……
雨に打たれながらぼんやりしていると足とは別に腕から痛みを感じた。
「ッ!」
三センチほどの長さのひっかいた傷が見えた。
マリンが沈んだ時に引っぱられて彼女の爪でついた傷の様だ。
私は溜め息をついて傷を見つめる。
足は挫くしひっかき傷まで出来て、ついていないったら。
「ほらナツミ上がれ。雷が落ちたりたら危ない」
ぼんやりする私に、とっくに別荘へ歩いていった思ったザックが岸から手を差し出した。
雨に打たれながら、金髪の髪の毛をかき上げていた。
「あ、ありがとう」
私は引っかかれた腕を隠し、差し出された手を掴んだ。
「ワッ!」
次の瞬間私は驚いて声を上げる。ザックが私を引き上げたと同時に、軽々と横抱きにしたのだ。
「ええ?!」
「こら。暴れるな」
そう言うとザックは私をもう一度軽く抱き直して、ゆっくりと別荘の中に歩いていく。
「だ、大丈夫だから降ろして」
大量の雨が口に入るのもかまわず大声を上げる。
何が起こっているの?! 引き上げと同時に抱き上げるなんて。
私は足をバタつかせるが、ザックはもろともしない。
「足を挫いたんだろ? ジッとしてろ」
厳しい低い声が響く。
「!」
何で分かったの? 私は驚いてザックを見上げる。ザックは薄い唇を開いた。
「何で分かったのって顔だな。大人しくしてろよ。後その左腕も直ぐ手当な」
「どうして……」
分かるの? と。最後は声にならずに呟いた。
「ナツミの事なら何でもお見通しなの」
そう言ってザックは雨の中ウインクを私にくれた。
「もう」
軽く言うザックの首筋に両腕を回して首筋に顔をうずめる。
私はザックの腕の中で急に涙が出て来た。
だってザックが優しすぎるから。
これがいつもの調子だったら。
例えば今のマリンの立場が姉の春見だったりしたら。
きっとみんな春見の事ばかり気にして心配するだろう。
私は? 私の心配はきっと誰も。だって元恋人の秋だって──
しかし、ザックは気づいてくれた。いつもなら誰も気がついてくれない私の事に。
腕を引っぱられた時、ノアではなくザックだと思った自分に驚いた。
そう、勝手にザックなら私を先に助けてくれると思い込んでいた事に。
この瞬間マリンを先に助けて抱きかかえた事に狡いと思う感情が渦巻いたのだって。
ああ、そうか。惹かれているなんてもんじゃない。私はザックの事が好きなのだ。
急に降り出したスコールは止みそうにもなかった。
「水面に水平か。こうか?」
「ウン。こうやって……」
私はザックにお手本をお願いした。岸に両手を置きつかまったまま、体を水面に水平にする様に伸ばしバタ足する動きをしてもらう。
私はザックの横に立って、水面に水平になる様にザックのお腹部分を下から持ち上げる。
浮力はあるが下半身辺りから斜めになってしまうので補助する。
「なるほど」
近くで見ていたノアが声を上げる。ノアはザックのバタ足を見つめていた。
彼の場合は見ると直ぐに覚える様だ。正しいフォームを理解してもらわないと。
「水面上に足を上げる必要はないけど、膝から曲げたら駄目だよ。ザック、試しに膝を曲げてバタ足してみて?」
「こうか?」
水面では水飛沫が上がるが、ザックの体が支えきれなくなり沈んでいく。
結果、ザックは体が沈んでしまいその場で立ち上がる。
「これは駄目な例。だから足は指を揃えてピンと伸ばしてね」
「水面には飛沫が上がっているのに駄目なの?」
マリンが首を傾げた。長い髪の毛をお団子に結いあげているが、後れ毛が首筋に絡まって色っぽい。
「うん。そもそも水面に飛沫を上げる必要はないから。重要なのは体が水面に対して平行になる様に気をつけてもらって、真っすぐをイメージして欲しいんだ。マリンも踊りの時足とか腕とか指先まで揃えて伸びている方が綺麗でしょ?」
「ええ。足先も伸ばす方が踊りは綺麗ね。それは、結構な筋力を使うのよ……そうか、そういう事なのね」
マリンはピンときたのか目を見開いていた。
「泳ぎも一緒だよ? 飛沫が上がるから良いわけではないんだよ。さぁこれと同じ様にしてみようか。シンとザックは補助をしてね。こう体が水平になる様にしたから少し支えて」
「分かった」
そう言うと早速皆が取りかかった。
午前中はお互いペアになる事を拒否していたノアとザックだが、午後は強制的にペアを組んでもらう。流石に百八十センチを越える体型のノアを私一人で教えるのは難しい。
私とザック二人で取りかかるとマリンをはじめとするミラ、シンがほったらかしになってしまうし。
「仕方ない。説明下手野郎で我慢するか……」
ノアが口を尖らせた。
私は海でザックが貝を捕る方法を教えてくれた時の事を思いだした。
ザックの残念な面の一つ。説明が直感的すぎて分からないのだ。ザックは分かりやすく説明していると思っているのだろうけれど。
「俺だって午前中のナツミの話をちゃんと聞いていたから、それを手本に上手く説明できる、と思う」
ザックが腕を組んで胸を反らした。
「偉そうだな。じゃぁ、頼んだぜ、ザック」
ノアがポンとザックの肩を叩いて岸に向かう。
「待て、ザック先生だろ?」
「嫌だ。呼びたくない」
「何でだよ。俺も先生呼びしろよ」
「嫌だ」
延々と続くやり取りに私は溜め息をついた。
どうもエキサイトしてきて二人がいつもの様におでこを突き合わせ、視線だけでやり取りをしはじめる。
もー時間がないのに! この元ヤンキー二人ときたら。
私は両手を深く水の中に入れると、出来るだけ沢山の水を二人にかけた。
「かはっ、ナツミ何するんだよ!」
「ゲホッ、口に入っただろ! 何する……」
色黒ザックと色白ノアが私に振り返って文句を言い出したが、私は下から睨みつけた。
その様子に二人は少し仰け反る。
「時間がないの。さぁ怒りの水泳教室再開だよ!」
「「はい……」」
小さな声で返事をしたザックとノアだった。
水泳教室の始まりは、いつも怒りと共に開始となる。
午後になると日差しは強くなっていく。何度か日焼け止めを塗り直しているけれど結構日焼けするなぁ。また、新たな日焼けの痕が出来そうで心の中で溜め息をついた。
「ゲホッ!」
マリンがバタ足の練習をしていたが、途中で咽せて立ち上がる。
「マリン大丈夫? 息継ぎが上手く出来なかった?」
「うん。ナツミに教えてもらった通り、水面に顔をつけている時は、鼻から息を出して、顔を上げたら口で息をする。って、さっきは出来てたのに気を抜いたら逆になって水を飲んじゃった……」
意外とドジなマリンに吹き出してしまう。
「もう。笑うなんて! 私だって突然逆になって驚いたんだから」
マリンが白い頬をぷくっとふくらませて赤くなった。何をやっても可愛いマリンだ。
「気をつけてね。後少しやって慣れてきたら、岸から手を離してみようか」
私はマリンの肩をポンと叩くと。マリンは再び岸につかまってバタ足を始めた。
よし、良い感じ!
その隣では、マリンの見よう見まねで頑張るミラがいた。
マリンもミラも運動神経が良いので飲み込みがとても早い。それに普段踊っている事もあって筋力が女性の中でも発達している事もあり、反応が早い。
更にその上を行くのがノアだった。
最初は岸につかまっての静かにバタ足練習をしていたノアだったが、気がつくと岸から手を離していた。
何故か足を止めて背中を丸める様にしている。
お腹を支えていたザックが手を離して慌てて声をかける。
「どうしたノア? 疲れたか?」
動きが止まっただけで問題がノアに起こったわけではない様だ。上から覗き込む様にしてザックが声をかけた。
突然ノアが水面から顔を上げて立ち上がった。
「浮いたーっ!」
「グッ!」
大声を上げたノアの後頭部がザックの顎に鈍い音を立てて当たった。
ノアは後頭部を押さえ、ザックは顎を押さえて男二人がジッとその場で悶えていた。
「だ、大丈夫?」
バシャバシャと慌ててザックとノアの元に駆け寄る。
何をやっているのだ二人共。
「「だ、大丈夫だ……」」
二人共涙目で声を上げる。
「ザック! 俺、浮いたぞ」
「イテテ。ああ、見た見た」
ノアがキラキラした目でザックに近づくと必死に何度も浮いたと連呼していた。それは子供が何かを発見した事を親に報告する様と同じだ。
「人間って浮くんだな!」
浮いた、と連呼するノアに私とザックは苦笑いをする他なかった。
「いや、だから浮くんじゃなくて泳ぐんだけど」
「まぁ良いんじゃないか? 感動しているみたいだし。いつも沈んでばっかりだったしな、ノア」
「そっか」
ザックが顎をさすりながら笑ってノアを見つめている。
余程嬉しかったのかノアが何度も浮いてみせる。
うつ伏せになり、背中を丸めてプカッと浮いてみせる。背中が白いだけにクラゲの様だった。浮くだけのノアを横目に私はザックに提案をした。
「じゃぁ、ザック。ノアにはクロールを覚えてもらおうよ」
「く、くろ? 何だそれ」
「ああ泳ぎの種類でね。こんなヤツ」
私は身振り手振りでザックに伝える。
「ああ! それか分かった。教える」
「いい、具体例を見せながら改善して、分からないところは無理矢理じゃなくて言葉で説明するんだよ。いい? 先ずは岸から手を離してバタ足だけで行ったり来たりしてみようか。えーと最初はザックが手を添えて」
「ああ。分かった」
私はザックに説明の方法について伝授していた。
それからだ。ノアはザックから指導を受ける事を拒んでいたのに、今は集中しているのか素直に聞いている。
「水の中から上がった時、顔をかなり上にしないと息が出来ないと思っていたけど、そんな事ないんだな」
「ああ。重要なのは息継ぎのタイミングだ。さっき俺が泳いだ時そんなに仰向けになって息をしていなかっただろ?」
「確かに。横を向いた時に半分水にうまっていた様に思うが」
「ああ。スピードに乗っていると、ここに隙間が出来て──」
ザック自身が体を動かして例を見せて説明する。
泳げる様になるのも時間の問題だろう。凄い進歩だ。半日しか経っていないのに。明日で泳げる様になっていたら驚きだ。
お昼から大分時間が経過した様に思う。どのぐらい太陽が照らしているのかを見上げた時、急に黒い雲が空を覆いはじめた。スコールの予感。
そう感じた時には既に空から突然雨が降ってきた。
「スコールか。雷も鳴っているから上がろう」
ザックが手を挙げて、池から出で別荘の建物内に移動する様に言った。
「マリン、私達も上がろう」
「ええ」
そう言って私とマリンが岸に手をついた時だった。
「アッ痛っ!」
マリンが突然声を上げてドプンと池に沈んだ。私の腕を掴んだままなので体を傾けてしまう。
「え? マリン!」
私は驚いて隣のマリンを引き上げようとしたが、突っ張った際足を捻ってしまって体が半分沈んでしまった。
そこへ、グイッと岸の方から私の反対の腕を掴んで水に沈むのを阻止してくれた人がいた。私はその手がザックだと勝手に思い込んで振り返る。しかし、ザックではなかった。助けてくれたのはノアだった。
「大丈夫か?」
「私は大丈夫。マリンがっ」
「マリンは大丈夫だ」
低い声に振り返ると、沈んだマリンの体を横抱きに抱き上げていたのはザックだった。
浅黒いザックの肌と対照的なマリンの白い肌が浮かび上がる。
思わず息をのんで二人を見比べてしまった。
抱きかかえられたマリンが本当にお姫様の様で私は目を奪われてしまった。
マリンもザックに抱えられた事に驚いていたが、直ぐに顔をゆがめてふくらはぎに手を伸ばしていた。
「痛っ……」
どうやら左のふくらはぎを攣ってしまったらしい。
「マリン大丈夫っ? ザック、早く岸に上げて」
私は言いながら右足を水の中でついたが、軽く挫いた様で痛みを感じる。
慌てて左片足で立つ。下にある小石で滑ったのだろう。激痛ではないから軽く捻っただけかも。
「ノア、マリンを頼んだ」
ザックは雨に打たれながら池の中をザブザブ歩き、横抱きにしたマリンをノアに差し出した。
「分かっている。マリン大丈夫か?」
マリンがゆっくりと横抱きにされたままノアへ手渡される。
「ありがとう……痛ッ」
マリンがノアにお礼を言ったが、直ぐに足を庇っていた。
続いて、早々にザックは両手をついて岸に上がる。
「どうやら左のふくらはぎが攣ったみたいだな。ゆっくりと伸ばした方が良い」
ザックのアドバイスにノアが頷いた。
「ああ、ザックもナツミも中に入れ。雨に打たれると急に体温が下がるからな」
ノアがそう言うと別荘へ振り返り、雨に打たれながらゆっくりと歩いていった。
その後ろ姿を私は見つめる。
とっさにノアに引っぱられたのも驚いたけれど、ザックがいち早くマリンを抱き上げたのも驚いた。
そのマリンがその肩越しからザックを少しだけ見つめていた様に思う。
三人の間には独特な空気が流れて私は少し息をのむ。
何だろう、この感じ……
雨に打たれながらぼんやりしていると足とは別に腕から痛みを感じた。
「ッ!」
三センチほどの長さのひっかいた傷が見えた。
マリンが沈んだ時に引っぱられて彼女の爪でついた傷の様だ。
私は溜め息をついて傷を見つめる。
足は挫くしひっかき傷まで出来て、ついていないったら。
「ほらナツミ上がれ。雷が落ちたりたら危ない」
ぼんやりする私に、とっくに別荘へ歩いていった思ったザックが岸から手を差し出した。
雨に打たれながら、金髪の髪の毛をかき上げていた。
「あ、ありがとう」
私は引っかかれた腕を隠し、差し出された手を掴んだ。
「ワッ!」
次の瞬間私は驚いて声を上げる。ザックが私を引き上げたと同時に、軽々と横抱きにしたのだ。
「ええ?!」
「こら。暴れるな」
そう言うとザックは私をもう一度軽く抱き直して、ゆっくりと別荘の中に歩いていく。
「だ、大丈夫だから降ろして」
大量の雨が口に入るのもかまわず大声を上げる。
何が起こっているの?! 引き上げと同時に抱き上げるなんて。
私は足をバタつかせるが、ザックはもろともしない。
「足を挫いたんだろ? ジッとしてろ」
厳しい低い声が響く。
「!」
何で分かったの? 私は驚いてザックを見上げる。ザックは薄い唇を開いた。
「何で分かったのって顔だな。大人しくしてろよ。後その左腕も直ぐ手当な」
「どうして……」
分かるの? と。最後は声にならずに呟いた。
「ナツミの事なら何でもお見通しなの」
そう言ってザックは雨の中ウインクを私にくれた。
「もう」
軽く言うザックの首筋に両腕を回して首筋に顔をうずめる。
私はザックの腕の中で急に涙が出て来た。
だってザックが優しすぎるから。
これがいつもの調子だったら。
例えば今のマリンの立場が姉の春見だったりしたら。
きっとみんな春見の事ばかり気にして心配するだろう。
私は? 私の心配はきっと誰も。だって元恋人の秋だって──
しかし、ザックは気づいてくれた。いつもなら誰も気がついてくれない私の事に。
腕を引っぱられた時、ノアではなくザックだと思った自分に驚いた。
そう、勝手にザックなら私を先に助けてくれると思い込んでいた事に。
この瞬間マリンを先に助けて抱きかかえた事に狡いと思う感情が渦巻いたのだって。
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言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
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