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040 お昼休み
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「食事を用意しました。ゆっくりお休みください」
アルマさんが用意してくれたのは、別荘のウッドデッキ部分に大きく広げた上質なラグと大きな日傘が二つ。日傘と言うよりもパラソルに近い大きさだが、夏の海で見かけるチープなビニール製ではなく、張られた布には細かく刺繍が入っており高級に見える。ラグの上には食事と冷えた飲み物、そして柔らかそうなクッションが用意されていた。
「やったぁ。アルマのお手製パンだ。何をのせても美味いんだよなぁ~」
大きなタオルで体を拭きながら声を上げたのはシンだった。
確かに美味しそう。厚さ1センチほどに切られたパンの横にはトマトやレタスのサラダの他に、焼いたお肉や揚げた魚などが並んでいる。隣には見た事のない色とりどりのフルーツが並んでいる。垂れそうな涎をこらえる。
「ババァ呼びの次は、呼び捨てかい?」
やはり竹箒を片手にシンを睨むアルマさんだった。
「はーい、アルマメイド頭様」
「本当にお前達ときたら。昔から食事をねだる時ぐらいだね? まともに名前を呼んだのは」
睨まれても全く気にしないシンに、溜め息をついて諦めたのはアルマさんだった。
泳いでいた池を見渡しながらラグに腰をかけ大きなクッションに身をあずける。フカフカで体が半分ぐらい沈んだ。
真っ白なクッションの外観から、肉まんの白い部分に挟まれた気分だ。
「……肉まんの肉になった気分。でも、起き上がれない」
クッションに体が埋まってしまい思う様に動かず、ジタバタと藻掻く。
「肉ま……? 何だそれは。だけど、埋もれすぎだろ」
ザックが軽く笑いながら私を抱き起こしてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして。じゃぁ、早速頂こうか。サンキュー、アルマ!」
ザックは軽くアルマにウインクを投げる。
「だから呼び捨て……まぁ、いいさ。ゆっくりお食べ。では、坊ちゃん何かございましたら」
アルマさんは元々折れ曲がっていた腰を更に曲げ、丁寧にノアにお辞儀をするとはその場を後にした。
「じゃぁ、少し休憩だ。喰うか」
「賛成!」
ノアのセリフを合図に、みんな各々思うものをバゲットに挟み食べはじめる。
「食べ過ぎない様にね。午後からも少し泳ぐんだから」
私としては気を遣っていったつもりだった。
「分かってるさ。ナツミじゃないんだ、あんなには喰えない」
「ど、どういう意味よ!」
隣のクッションにマリンと身を沈めるノアが軽く笑った。
ノアはマリンにトマトと鶏肉の様な身を挟んだバゲットを作って渡していた。マリンは嬉しそうに笑って受け取ると小さな口に含んだ。
モグモグと食べる姿は兎のようで可愛らしい。
その様子を満足げに見つめてからノアは口を開く。
「どういう意味って言われてもなぁ。ナツミは大口で喰うし。あ、サンドする時あんまり欲張るなよ。具がこぼれるぞ」
嫌味っぽく笑って自分もサンドをぱくついていた。
「ど、どうせ私は大口ですよっ」
マリンの食べ方といちいち比べられているようで癪に障るけれど。
あまり欲張ってはサンドしたものがこぼれるのか。山程の具をのせようと思っていたけれど気をつけよう……
その様子を隣でザックが冷たい紅茶を飲みながら無言で見つめていた。
軽く食事を取った後、短時間の昼寝をする事になった。食べた直後では辛いし、午後はもっと体を動かすのでそれに備えてだ。
「じゃぁ、昼寝ついでに、あたしとシンは部屋に戻って日焼け止めを塗り直してくるわ」
そう言ってミラとシンが立ち上がる。
「ああ、俺もマリンと部屋に戻る。ミラ、日焼け止めなら良いのがあるぞ」
「え? ほんとー!? じゃぁ、使わせてもらおうかな。シンもちゃんと塗りなよ」
「俺が塗ったって、既に日焼けしているのに意味ないんじゃないか?」
「日焼けしてる方がシンは似合うけど」
ミラとシンを筆頭にノアとマリンが続いていく。
わいわい話しながら別荘内に消えていく皆を見つめ、隣に座るザックに声をかける。
「ザックはどうするの? 私達も部屋で昼寝する?」
すっかりカップルで行動する事が前提になっている。私もザックと共に行動する事が基本になっていた。
そんなザックは体をクッションに横たえ、足も伸ばしてすっかり寛いでいる。
「俺は戻らなくていいかなぁ。日陰だしここで一緒に昼寝しないか?」
「うん。そうする」
「じゃぁ一緒に横になろうぜ、涼しいし」
ポンポンとクッションを叩くザックは、下から私を見上げていた。クッションに半分顔を埋めると瞳を細めて私を見つめる視線は色っぽい。
「おーい、ザック。お前達はどうする?」
別荘に入っていくノアが振り向いてザックに呼び掛ける。
「俺達はここでゆっくりするさ」
ザックはノアに片手を振って返事をした。
「……そうか。じゃぁまた後でな。ナツミ先生も」
ノアが私の事を先生と呼んだ。スイミングスクールで呼ばれていた呼び方だ。そんな昔の事でもないのに懐かしく感じる。
ノアの態度が出会った頃から比べると大分丸くなった様に思う。
特に顔を水面につけるところからはじまり、息継ぎが出来た事が分かって嬉しかったのか、無邪気に喜ぶノアはいつもの王子様スタイルとは違い小さな子供の様だった。
確かスイミングスクールで、泣きながら連れて来られたけれど、初めて泳げる様になった子供の顔と同じだ。
そんな事を思い出して私は思わず吹き出してしまった。
「プッ。いきなり先生だって、あんなに大騒ぎしていたのにね。ザック?」
ザックは口をへの字に曲げて心底嫌そうにノアが去っていくのを見つめていた。
「フン。ノアの奴、俺の事は先生呼びしない癖に。少し前まではナツミにあれほど食ってかかってたのに、デレデレ、デレデレしやがって」
デレデレの言葉がやたら多い。
「デレデレしてるかなぁ。単純に水に慣れたのが嬉しいんじゃないのかな」
「デレデレ、デレデレだっ! 何だあのガキみたいな笑い方に話し方、しかも先生とか。クソッ。ノアのツラを見ているとイライラするっ。ナツミもナツミだ、もっと厳しくいくんじゃなかったのか」
話せば話すほど機嫌が悪くなるザックだ。上半身をクッションに埋めたまま怨めしそうに横を向いてブツブツ呟く。
「だって、ノアとマリンは二人共溺れたという記憶もあるし……怖がらせない様にしたくて」
「それは分かるけど。ノアばっかり相手にするから、俺とマリンはほったらかしじゃねぇか。妬けるんだけど?」
そう言ってザックは私の頬に手を伸ばして撫でる。顔を半分クッションで隠しているがザックの片方の目が私を捕らえて放さない。
焼ける? 灼ける? ヤケル? 妬けるって?
色々な漢字を当てはめる。最後に思いついた漢字に私は声を上げてしまう。
「妬けるって、ザックでもヤキモチ妬くんだ!」
とてもそんなタイプには見えないのに。
「そうさ。実は俺自身も驚いている。さっきから何だかイライラするなって思っていたけど「妬ける」って言ってみたらスッキリした」
ザックが体を起こして片足を曲げて座り直す。
そうかこれが妬けると言うのか。今まで誰にも感じた事がない感情だと改めて思うザックだった。
「たまには俺の事もかまってくれよな……今は我慢するけど……」
そう言ってザックは苦笑いで、私の頭をポコンと叩いた。艶っぽく呟くので思わずときめいてしまう。
「ゴメンね」
私は赤くなった自分の顔を両手で押さえた。
照れる事に関しては直ぐに顔が赤くなって分かりやすい私だけれど、この恋愛感情の嫉妬というのは、どう対処していいのか分からない。いつも一人悶々として心に閉じ込めてしまう。最悪な事に変に誤魔化して本当の事を伝える事が出来なかったりする。
格好悪いとか鬱陶しいとか思われたらどうしようって、そんな事ばかり。
しかし、ザックは違う。ちゃんと伝えてくれる。意地悪そうに言ったり、八つ当たりの様な事もしない。醜い感情をあっさりと、しかも艶っぽく伝えるとか。ザックってやはり大人だ。
「ザックって凄い。ヤキモチを妬いたって素直に言えるなんて」
「素直に言えるって、何処が凄いんだ。格好悪いだけだろ」
ザックが首を傾げながら、ラグの上のお皿にのった赤い果実を手に取る。照れ隠しなのかザックもほんのり赤い顔をしている。
このモヤモヤが嫉妬か──ザックは心で呟いた。
何が凄いのだ。こんな余裕がないの俺は嫌だ。
ナツミへの感情は初めて経験する事ばかりで振り回される。
嫌なのはそれだけではない。あんなに無邪気なノアを見るのはいつぶりだろう?
最近、周りの人間にボロが出だして、鉄壁の王子様スタイルが崩れつつある。
しかもナツミがいる時は特に。
俺かマリン、シンの前で位しか、あんなにむき出しのところを見せないのに──
そうなのだ。それが嫌なのだ。
ナツミがノアの意外な顔を暴く事が羨ましいのか?
ノアがナツミに心を開くのが気になるのか?
考えはじめるとグチャグチャな気持ちになる。とにかく嫌で仕方がない。
分かっているのは、ナツミが必死になるのはいつも俺であって欲しい。
この予想外な事をいつもしでかしてくれるナツミは俺の大切な女なんだ。
「クソッ。俺も泳げなければ良かったのか?」
色々考えると、妙な考えにたどり着いてしまい思わず口に出してしまう。
「何言ってるの。ザックが泳げなかったら、この間みたいに海に潜れないよ?」
ナツミはは声を上げて笑っている。
「そうか。そうだった」
それは困るな、と呟く。
「何でそんな考えになるの? 不思議だなぁ。ザックがあの時海の中で抱きしめてくれたの思い出すとドキドキするんだよ?」
笑うナツミの顔があの海の中で見た顔と同じで魅入ってしまう。
「俺も」
ドキドキすると聞いて、舞い上がってしまうのは一目惚れのせいか。
その一言でモヤモヤした気持ちがあっという間に消えていく。
誰よりも綺麗に泳ぐ姿と魚を見て楽しそうに泳ぐ笑い顔。
そうだ。それで俺はナツミに惹かれたのだ──
「泳ぎたいなぁ。また連れていってね?」
「ああ、連れていってやるさ」
ザックは白い歯を見せて笑った。
「ところで、その手に持っている果実はどうやって食べるの?」
「ああ、これはこうやって、皮を剝いて食べるんだ」
ザックはそう言って皮を剝いた、桃の様な香りの赤い果実を私の口元に差し出した。
「私が食べて良いの?」
「もちろん」
私は素直に差し出された3センチぐらいの果実を一口で頬張る。
ザックは驚いて目を丸くした。
「でかい一口だな……」
「おいひぃ」
モグモグしながら呟く。口いっぱいに広がった赤い実ははじけてたっぷりの汁が広がった。思わず口の端から果汁が垂れる。飲みきれない。困り果て口いっぱい果実を頬張る私は、ザックを見上げる。
ザックは上がり気味の眉を下げて笑った。
口からこぼれる果汁を追いかける様に舌で舐め取ってくれた。
「ナツミこれ、一口じゃなくて二口で喰った方が良いぞ? 汁たっぷりだし」
「それならそうと言ってよ」
果肉を咀嚼して飲み込む。果実は桃の様に甘かった。
「ははっ。ナツミらしいや。一口って笑える」
ザックは羽根の様に触れるキスを繰り返した。
そのまま、一緒にクッションにもたれると、私の体を抱き込んだ。
「少し寝ようぜ、ナツミ先生。午後は厳しくやるんだろ?」
「うん。ザック先生も厳しくする?」
「そうだな。ノア達を一人前にしてやらないと。俺のナツミが独占されてしまう。早く浮いてもらわないと」
「浮くって……泳ぐんだよ?」
半ば呆れる様に声を上げるが、ザックがあやす様に背中を叩くので私は甘える様に胸にすがりついた。
女性にモテるザックの事だ。私の方こそこれから嫌と言うほどヤキモチを妬く事が増えそうだ。
私は瞬間的に、何故か秋と春見の浮気現場を目撃した事を思い出してしまった。
──やだなぁ早く言ってくれたら良かったのに! お姉ちゃんが相手じゃ私なんて──
やめて。思い出したくない! 慌てて首を振る。
「ナツミ?」
腕の中で震えた私に疑問を持ったザックが優しく声をかけてくれる。
「ううん。何でもないの」
「そうか?」
ザックが小さく少し眠れよと声をかけてくれた。
誤魔化して、笑って──あの日の私って本当に馬鹿。
私は前の恋を忘れつつある、と思う。
私もザックみたいに素直に気持ちを伝えられる様になれるかな。
素直に「ヤキモチ妬いたの」って言えるかな。
その前にちゃんと気持ちを伝えないと。
だって突発的でエッチで優しいザックに惹かれていると思うから。
だけれどこの時の私は知らなかった。
これから私はザックの過去にまで嫉妬する事になる程、彼の事が好きになるなんて考えてもいなかった。
アルマさんが用意してくれたのは、別荘のウッドデッキ部分に大きく広げた上質なラグと大きな日傘が二つ。日傘と言うよりもパラソルに近い大きさだが、夏の海で見かけるチープなビニール製ではなく、張られた布には細かく刺繍が入っており高級に見える。ラグの上には食事と冷えた飲み物、そして柔らかそうなクッションが用意されていた。
「やったぁ。アルマのお手製パンだ。何をのせても美味いんだよなぁ~」
大きなタオルで体を拭きながら声を上げたのはシンだった。
確かに美味しそう。厚さ1センチほどに切られたパンの横にはトマトやレタスのサラダの他に、焼いたお肉や揚げた魚などが並んでいる。隣には見た事のない色とりどりのフルーツが並んでいる。垂れそうな涎をこらえる。
「ババァ呼びの次は、呼び捨てかい?」
やはり竹箒を片手にシンを睨むアルマさんだった。
「はーい、アルマメイド頭様」
「本当にお前達ときたら。昔から食事をねだる時ぐらいだね? まともに名前を呼んだのは」
睨まれても全く気にしないシンに、溜め息をついて諦めたのはアルマさんだった。
泳いでいた池を見渡しながらラグに腰をかけ大きなクッションに身をあずける。フカフカで体が半分ぐらい沈んだ。
真っ白なクッションの外観から、肉まんの白い部分に挟まれた気分だ。
「……肉まんの肉になった気分。でも、起き上がれない」
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「肉ま……? 何だそれは。だけど、埋もれすぎだろ」
ザックが軽く笑いながら私を抱き起こしてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして。じゃぁ、早速頂こうか。サンキュー、アルマ!」
ザックは軽くアルマにウインクを投げる。
「だから呼び捨て……まぁ、いいさ。ゆっくりお食べ。では、坊ちゃん何かございましたら」
アルマさんは元々折れ曲がっていた腰を更に曲げ、丁寧にノアにお辞儀をするとはその場を後にした。
「じゃぁ、少し休憩だ。喰うか」
「賛成!」
ノアのセリフを合図に、みんな各々思うものをバゲットに挟み食べはじめる。
「食べ過ぎない様にね。午後からも少し泳ぐんだから」
私としては気を遣っていったつもりだった。
「分かってるさ。ナツミじゃないんだ、あんなには喰えない」
「ど、どういう意味よ!」
隣のクッションにマリンと身を沈めるノアが軽く笑った。
ノアはマリンにトマトと鶏肉の様な身を挟んだバゲットを作って渡していた。マリンは嬉しそうに笑って受け取ると小さな口に含んだ。
モグモグと食べる姿は兎のようで可愛らしい。
その様子を満足げに見つめてからノアは口を開く。
「どういう意味って言われてもなぁ。ナツミは大口で喰うし。あ、サンドする時あんまり欲張るなよ。具がこぼれるぞ」
嫌味っぽく笑って自分もサンドをぱくついていた。
「ど、どうせ私は大口ですよっ」
マリンの食べ方といちいち比べられているようで癪に障るけれど。
あまり欲張ってはサンドしたものがこぼれるのか。山程の具をのせようと思っていたけれど気をつけよう……
その様子を隣でザックが冷たい紅茶を飲みながら無言で見つめていた。
軽く食事を取った後、短時間の昼寝をする事になった。食べた直後では辛いし、午後はもっと体を動かすのでそれに備えてだ。
「じゃぁ、昼寝ついでに、あたしとシンは部屋に戻って日焼け止めを塗り直してくるわ」
そう言ってミラとシンが立ち上がる。
「ああ、俺もマリンと部屋に戻る。ミラ、日焼け止めなら良いのがあるぞ」
「え? ほんとー!? じゃぁ、使わせてもらおうかな。シンもちゃんと塗りなよ」
「俺が塗ったって、既に日焼けしているのに意味ないんじゃないか?」
「日焼けしてる方がシンは似合うけど」
ミラとシンを筆頭にノアとマリンが続いていく。
わいわい話しながら別荘内に消えていく皆を見つめ、隣に座るザックに声をかける。
「ザックはどうするの? 私達も部屋で昼寝する?」
すっかりカップルで行動する事が前提になっている。私もザックと共に行動する事が基本になっていた。
そんなザックは体をクッションに横たえ、足も伸ばしてすっかり寛いでいる。
「俺は戻らなくていいかなぁ。日陰だしここで一緒に昼寝しないか?」
「うん。そうする」
「じゃぁ一緒に横になろうぜ、涼しいし」
ポンポンとクッションを叩くザックは、下から私を見上げていた。クッションに半分顔を埋めると瞳を細めて私を見つめる視線は色っぽい。
「おーい、ザック。お前達はどうする?」
別荘に入っていくノアが振り向いてザックに呼び掛ける。
「俺達はここでゆっくりするさ」
ザックはノアに片手を振って返事をした。
「……そうか。じゃぁまた後でな。ナツミ先生も」
ノアが私の事を先生と呼んだ。スイミングスクールで呼ばれていた呼び方だ。そんな昔の事でもないのに懐かしく感じる。
ノアの態度が出会った頃から比べると大分丸くなった様に思う。
特に顔を水面につけるところからはじまり、息継ぎが出来た事が分かって嬉しかったのか、無邪気に喜ぶノアはいつもの王子様スタイルとは違い小さな子供の様だった。
確かスイミングスクールで、泣きながら連れて来られたけれど、初めて泳げる様になった子供の顔と同じだ。
そんな事を思い出して私は思わず吹き出してしまった。
「プッ。いきなり先生だって、あんなに大騒ぎしていたのにね。ザック?」
ザックは口をへの字に曲げて心底嫌そうにノアが去っていくのを見つめていた。
「フン。ノアの奴、俺の事は先生呼びしない癖に。少し前まではナツミにあれほど食ってかかってたのに、デレデレ、デレデレしやがって」
デレデレの言葉がやたら多い。
「デレデレしてるかなぁ。単純に水に慣れたのが嬉しいんじゃないのかな」
「デレデレ、デレデレだっ! 何だあのガキみたいな笑い方に話し方、しかも先生とか。クソッ。ノアのツラを見ているとイライラするっ。ナツミもナツミだ、もっと厳しくいくんじゃなかったのか」
話せば話すほど機嫌が悪くなるザックだ。上半身をクッションに埋めたまま怨めしそうに横を向いてブツブツ呟く。
「だって、ノアとマリンは二人共溺れたという記憶もあるし……怖がらせない様にしたくて」
「それは分かるけど。ノアばっかり相手にするから、俺とマリンはほったらかしじゃねぇか。妬けるんだけど?」
そう言ってザックは私の頬に手を伸ばして撫でる。顔を半分クッションで隠しているがザックの片方の目が私を捕らえて放さない。
焼ける? 灼ける? ヤケル? 妬けるって?
色々な漢字を当てはめる。最後に思いついた漢字に私は声を上げてしまう。
「妬けるって、ザックでもヤキモチ妬くんだ!」
とてもそんなタイプには見えないのに。
「そうさ。実は俺自身も驚いている。さっきから何だかイライラするなって思っていたけど「妬ける」って言ってみたらスッキリした」
ザックが体を起こして片足を曲げて座り直す。
そうかこれが妬けると言うのか。今まで誰にも感じた事がない感情だと改めて思うザックだった。
「たまには俺の事もかまってくれよな……今は我慢するけど……」
そう言ってザックは苦笑いで、私の頭をポコンと叩いた。艶っぽく呟くので思わずときめいてしまう。
「ゴメンね」
私は赤くなった自分の顔を両手で押さえた。
照れる事に関しては直ぐに顔が赤くなって分かりやすい私だけれど、この恋愛感情の嫉妬というのは、どう対処していいのか分からない。いつも一人悶々として心に閉じ込めてしまう。最悪な事に変に誤魔化して本当の事を伝える事が出来なかったりする。
格好悪いとか鬱陶しいとか思われたらどうしようって、そんな事ばかり。
しかし、ザックは違う。ちゃんと伝えてくれる。意地悪そうに言ったり、八つ当たりの様な事もしない。醜い感情をあっさりと、しかも艶っぽく伝えるとか。ザックってやはり大人だ。
「ザックって凄い。ヤキモチを妬いたって素直に言えるなんて」
「素直に言えるって、何処が凄いんだ。格好悪いだけだろ」
ザックが首を傾げながら、ラグの上のお皿にのった赤い果実を手に取る。照れ隠しなのかザックもほんのり赤い顔をしている。
このモヤモヤが嫉妬か──ザックは心で呟いた。
何が凄いのだ。こんな余裕がないの俺は嫌だ。
ナツミへの感情は初めて経験する事ばかりで振り回される。
嫌なのはそれだけではない。あんなに無邪気なノアを見るのはいつぶりだろう?
最近、周りの人間にボロが出だして、鉄壁の王子様スタイルが崩れつつある。
しかもナツミがいる時は特に。
俺かマリン、シンの前で位しか、あんなにむき出しのところを見せないのに──
そうなのだ。それが嫌なのだ。
ナツミがノアの意外な顔を暴く事が羨ましいのか?
ノアがナツミに心を開くのが気になるのか?
考えはじめるとグチャグチャな気持ちになる。とにかく嫌で仕方がない。
分かっているのは、ナツミが必死になるのはいつも俺であって欲しい。
この予想外な事をいつもしでかしてくれるナツミは俺の大切な女なんだ。
「クソッ。俺も泳げなければ良かったのか?」
色々考えると、妙な考えにたどり着いてしまい思わず口に出してしまう。
「何言ってるの。ザックが泳げなかったら、この間みたいに海に潜れないよ?」
ナツミはは声を上げて笑っている。
「そうか。そうだった」
それは困るな、と呟く。
「何でそんな考えになるの? 不思議だなぁ。ザックがあの時海の中で抱きしめてくれたの思い出すとドキドキするんだよ?」
笑うナツミの顔があの海の中で見た顔と同じで魅入ってしまう。
「俺も」
ドキドキすると聞いて、舞い上がってしまうのは一目惚れのせいか。
その一言でモヤモヤした気持ちがあっという間に消えていく。
誰よりも綺麗に泳ぐ姿と魚を見て楽しそうに泳ぐ笑い顔。
そうだ。それで俺はナツミに惹かれたのだ──
「泳ぎたいなぁ。また連れていってね?」
「ああ、連れていってやるさ」
ザックは白い歯を見せて笑った。
「ところで、その手に持っている果実はどうやって食べるの?」
「ああ、これはこうやって、皮を剝いて食べるんだ」
ザックはそう言って皮を剝いた、桃の様な香りの赤い果実を私の口元に差し出した。
「私が食べて良いの?」
「もちろん」
私は素直に差し出された3センチぐらいの果実を一口で頬張る。
ザックは驚いて目を丸くした。
「でかい一口だな……」
「おいひぃ」
モグモグしながら呟く。口いっぱいに広がった赤い実ははじけてたっぷりの汁が広がった。思わず口の端から果汁が垂れる。飲みきれない。困り果て口いっぱい果実を頬張る私は、ザックを見上げる。
ザックは上がり気味の眉を下げて笑った。
口からこぼれる果汁を追いかける様に舌で舐め取ってくれた。
「ナツミこれ、一口じゃなくて二口で喰った方が良いぞ? 汁たっぷりだし」
「それならそうと言ってよ」
果肉を咀嚼して飲み込む。果実は桃の様に甘かった。
「ははっ。ナツミらしいや。一口って笑える」
ザックは羽根の様に触れるキスを繰り返した。
そのまま、一緒にクッションにもたれると、私の体を抱き込んだ。
「少し寝ようぜ、ナツミ先生。午後は厳しくやるんだろ?」
「うん。ザック先生も厳しくする?」
「そうだな。ノア達を一人前にしてやらないと。俺のナツミが独占されてしまう。早く浮いてもらわないと」
「浮くって……泳ぐんだよ?」
半ば呆れる様に声を上げるが、ザックがあやす様に背中を叩くので私は甘える様に胸にすがりついた。
女性にモテるザックの事だ。私の方こそこれから嫌と言うほどヤキモチを妬く事が増えそうだ。
私は瞬間的に、何故か秋と春見の浮気現場を目撃した事を思い出してしまった。
──やだなぁ早く言ってくれたら良かったのに! お姉ちゃんが相手じゃ私なんて──
やめて。思い出したくない! 慌てて首を振る。
「ナツミ?」
腕の中で震えた私に疑問を持ったザックが優しく声をかけてくれる。
「ううん。何でもないの」
「そうか?」
ザックが小さく少し眠れよと声をかけてくれた。
誤魔化して、笑って──あの日の私って本当に馬鹿。
私は前の恋を忘れつつある、と思う。
私もザックみたいに素直に気持ちを伝えられる様になれるかな。
素直に「ヤキモチ妬いたの」って言えるかな。
その前にちゃんと気持ちを伝えないと。
だって突発的でエッチで優しいザックに惹かれていると思うから。
だけれどこの時の私は知らなかった。
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