53 / 168
050 化粧とキスと竹箒
しおりを挟む
私は部屋でミラとマリンに囲まれてお化粧を教えてもらっていた。
元々化粧っ気がなかったのもあって上手くアイラインが引けなかったり、眉が描けなかったり私にとっては大仕事だ。
流石踊り子で歌い手の2人は手際もよく何より自分がどうやったら美しく見えるかが分かっている。
その2人の指南だ。凄く厳しいが分かりやすかった。
「そうよ。ナツミは目が大きくて二重なんだから、ちょっとだけアイシャドウを……うん。そうそう、良い感じ」
ミラがブラウンベースの控え目なラメが入ったアイシャドウを薦めてきた。ラメが入って派手に思えたけれども、肌にのせるとそうでもなかった。
平たい顔が少しだけ奥行きが出た気がして嬉しくなった。
「睫毛も黒いのね。それに長くて綺麗……長さはあるから少しボリュームを出すだけでいいわね。だから、これでどうかしら」
マリンがアイラッシュを何本か取り出し吟味し1本を手渡した。
少しつけるとつけ睫毛をした、と言う程ではないがと睫毛にボリュームが出た様に思う。
最後に唇の色が明るくなる程度の薄いピンク色のリップをつけた。唇の上下をあわせて馴染ませると鏡からパッと顔をあげて、向かい側に座るミラとマリンに顔を見せた。
「どうかな?」
自分ではかつてない程、上手く化粧が出来た気がする。日焼けした肌にどんなメイクをすれば良いのか分かっていなかったけれども、ミラとマリンの指導はどの美容部員よりも的確で驚くばかりだ。
しかし、顔をあげてもミラとマリンは無言で私を見つめるだけで何の反応もしてくれない。
「だ、駄目だったかな?」
どうしよう、先ほどはパープルのアイラインを直ぐ引こうとしたら、驚く速さで止められた。ジルさんがつけているのがとても印象的で美しかったからなのだが。
「何故、色っぽく決めようとするの。ナツミは可愛い路線でしょ!」
そう言って手に持ったアイラインをミラにはたき落とされた。
そうして、次に手に取る色という色をダメ出しされる。
おかしいな。『ジルの店』の女の子が皆綺麗にメイクしている色を選択していると思うのに、ミラとマリンは首を振り溜め息ばかりをつく。
どうやら、私のセンスはミラとマリンからすると全滅的らしい。
日本にいた時から薄々はそうなのかもしれないと思っていたけれど。
センスないのか私。肩を落として落ち込んでしまった。
そんな私が2人の指導でようやくメイクする事が出来たのに。
駄目だったかなぁ。
私の溜め息にようやく、ミラとマリンが動いた。
両手をパチパチと叩いて顔を綻ばせた。
「ナツミの選択する色は驚く程似合わないからどうしようかと思っていたけど……これは、予想以上よ! とっても可愛い!」
ミラが溜め息と共に大きく褒めてくれた。
「ほ、本当に?!」
私は半信半疑でミラに問いかける。
「本当よ。黒い瞳と黒い髪って、こんなにも神秘的なのね。なのに可愛いって……これは新しいジャンルの開拓だわ! 本当に可愛い」
マリンも海の様に深いブルーの瞳を輝かせて両手を頬に添え溜め息をつきながら可愛いと連呼してくれた。
私は水泳を小さな頃からしていたのもあり、肩幅とガッチリした体型が先行する印象があるのか、とても可愛いという言葉をもらえた事のないので、『可愛い』という言葉はとても嬉しくてくすぐったい。
「ミラ、マリン。ありがとう」
素直に言葉にすると益々恥ずかしくて頬が赤くなる。両手を膝の上できつく握りしめてモジモジしてしまう。
そんな私の様子を見てからミラが人差し指を立てウインクをした。
「きっとザックも嬉しいと思うわ。きっと、キスしてくれるわよ」
茶化してきたミラだが、ミラも煉瓦色のアイラインがとても綺麗だった。
今日は『ジルの店』の派手なメイクではなく私と同じ様に自然になる様なメイクをしていた。
「フフ。きっとそうね! だから口紅は薄めにしておいた方が良いわよ」
マリンも瞳を細めて微笑んだ。薄いブルーでラメの入ったアイシャドウと、食べてしまいたくなる程艶やかなピンクのリップが印象的だ。
2人共ナチュラルメイクなのに、とてもなまめかしい感じがする。
そればかりは私は真似出来ない。
私もいつか2人の様に魅力的になれるかな。
「もう茶化さないでよ。ザックだってそんなところ構わず、キスしないよ……」
と、思う。
自信なさげに答えてしまう。何だかキスばかりしている様な気がしてきた。
「どうかなぁ? だってザックはナツミだけに執着しているみたいだし──それに、さっきシンに聞いたけど、夕方から港の方であるお祭りに連れていってくれるんですって」
ミラがそう言うと、目の前に広がった化粧道具を袋の中に詰めはじめる。
「確かこの前もお祭りはなかった?」
私は立ち上がりミラの片付けを手伝いながら目を丸くした。
忘れもしない。
ザックにはじめて抱かれた翌日──そして、ノアが目の前で足のつく噴水で溺れた日だ。
あの日は昼から祭りだからと言って、ジルがほとんどの従業員にお休みをくれた日だったはず。
「ファルの町では、夏には1週間から2週間ぐらいで、海沿いで祭りをしているのよ」
マリンも手鏡を小さな巾着に入れながら微笑んだ。
「え、そんなにお祭りばかりしているの?」
あらかたテーブルを片付けて私達3人はテーブルの上も軽く布巾で拭いた。
「そうねぇ。ファルの町はいつも祭りだ、踊りだとか、騒いでいる様な気がするわ。色んなお店も並んでとても楽しいわよ。ああ……祭りの時だけある、あの砂糖菓子を食べられるかなぁ」
マリンが何やら美味しかったお菓子を思い出して遠い目をしていた。首を傾げて溜め息をつき潤んだ瞳がスッと細くなった。
何だか私までときめいてしまうマリンの顔。
世の中の男性は放っておかないよね。ノアと並ぶと完璧な美男美女だ。
「何でも、今日のお祭りに行く様に提案してくれたのザックなんですって。その為にこの日に休みを取る様に、男性陣は仕事を頑張っていたらしいよ」
ミラがそう言って私の腕の辺りをツンツンとつついた。
「え?」
ザックが提案してくれたって、もしかして。
「『ファルの宿屋通り』で働くと、どうしても町には出にくいし。ナツミは異国の人だから、異端の目にさらされるし危険だから。あまり出歩けないのを気にしてくれていたのね。ザックらしいわね」
マリンもお菓子の妄想から戻って来て、静かに説明していくれた。
「あ……」
あの雨の日。
贈り物のキャンディーと一緒に届けてくれたメッセージにも書いてあった。宿から連れ出せない事をずっと気にしてくれていたのだ。
私はそこまで考えてくれたザックに改めて胸が苦しくなる。
嬉しくて顔が綻ばずにいられなかった。
「あらあら。ニヤニヤしちゃって」
マリンが私の頬を人差し指でつつく。
「ニ、ニヤニヤじゃないよ」
私は声をひっくり返して慌てる。
「ほーら、うれし泣きはやめておいてね。折角のお化粧が崩れちゃう」
ミラが私の目尻を布巾で拭ってくれた。
「も、もう。それは机を拭いた布巾でしょう」
私は泣き笑ってしまったのを誤魔化す為に文句を言った。
ミラもおどけて舌を出した。ワザとふざけてみせたのだろう。
「あら。バレちゃった。よし! 用意は出来たし。男性陣を待たせているから行きましょう」
そう言ってミラはドアを部屋のドアを開けた。
ミラとマリンは私にとって大切な2人だ。ありがとう……
私は照れくさいので心の中で呟いた。
「お、やっと来たか。そろそろ出発するぞ」
ノアが振り向いて声をあげる。
別荘の玄関を出ると男性3人は馬を入り口に連れてきて準備をしてくれていた。
「ごめんなさい遅くなって」
マリンが肩を小さくあげて謝った。謝り方も何だか愛嬌がある。
「謝る事はない。女性の準備は色々あるだろうからな」
そう言ってノアが微笑み返してくれた。
ノアは別荘に来るまでとは全く違う雰囲気だ。
色々考える事があった2日間だったのだろう。
朝早くからデッキチェアに座ってぼんやりしていたり、お昼に力を貸してくれと告げたり。凄く素敵な男性に生まれ変わった様に感じる。
「お、ミラ。いいなぁその髪型」
「えー? ここはいつもと違う、化粧を褒めるところでしょ?」
シンが褒めてくれたのだがバシッと叩き返すのはミラだった。
今日のミラの髪型は首の後ろから斜めに1つに縛って横に流していた。
ポニーテールから一転落ち着いた感じになっている。
「えぇ~ そうなのか? 俺はこの首筋の後れ毛がちょっとクルなって思ったのに」
シンは眉をハの字にして折角褒めたのに邪険にされたこ事に肩を落とす。が、細かく説明する内容にミラが今度は眉をハの字にして焦っていた。
「も、もう、そんなに直球に褒めなくったって良いわよ!」
ミラが照れ隠しの為にポカポカとシンの胸を叩いていた。
「な、何だよ? 褒めたのに~」
だが、全然ミラの複雑な思いを理解出来ないシンだった。
「で? 何でナツミはマリンの後ろに隠れているんだ」
ザックがノアの隣でマリンの後ろに隠れている私のつむじを見ていた。
「ナツミ大丈夫よ。隠れてないで出てきなさいよ」
「うっ。そ、そうだね」
マリンが後ろに隠れる私の肩を抱いてザックの前に押し出した。
どうしよう。
ミラとマリンの指南で何とか化粧も形になって褒めてくれた。
とは言え、女性と男性の視点は違うし。
冷静に考えたらザックは可愛いっていうよりも、ミラやマリンの様に少しなまめかしい美しい感じが好みなのでは。
だって、ほら。ボン、キュ、ボンが好きそうなのは明らかだし……
散々ザックに抱かれているにも関わらず、慣れない事をするとしどろもどろになる私だった。
ザックの前に立ちゆっくりと顔をあげて彼の顔を見る。
ザックのウルフヘアが風になびいていた。
長めの前髪の奥にある濃いグリーンの瞳に私が映っている。少し垂れた二重の瞳が軽く見開くと細くなった。
風がザッと吹いて、ザックの愛用している香水の香り、ベルガモットが私を包んだ。
ああ、微笑んでくれた!
ザックは微笑みながら無言で私の頭を撫でると、くしゃっと髪の毛を柔らかく握った。そして、そのまま頬に大きな手を滑らせて顎に親指を添え、私の顔を右に左に傾けてみせた。
な、何だろう。ザックの視線が私の顔の至る所を眺めているのが分かる。
そのザックの隣でノアが声をあげる。
「お。良いじゃないか。何だか雰囲気が違うな。ミラとマリンのお陰か?」
ノアはそう言うとザックの肩に肘を置き体重をかける様にして、私を覗き込んでニヤッと笑った。
「そうなんだよ。ありがとうミラ、マリン!」
隣のマリンがニッコリ笑っている。マリンもシンを叩くのを止めて私を振り返ってくれた。
そして、妙な間が生まれる。
ミラは思う。
こ、この間は、ザックとナツミの──
マリンも思う。
スッゴいキスが目の前で──
その衝撃に(?)耐える為にゴクンと息を呑み込んだ。
しかし、その衝撃は訪れなかった。
「おい。ザックどうした」
そんなミラとマリンの気持ちを知ってか知らずかノアが微動だにしないザックに声をかける。
ザックは笑顔のままだ。そして、ボソボソ話しはじめる。
「俺、そこの森でいい。町までもたない……」
そう言うと、私の顔から手を外してザックが両手で顔を覆う。
「え?」
よく聞こえなくて私は聞き返す。
隣のノアには声が聞こえていた。大きく溜め息をついてザックの肩をポンと叩いた。
それから、ザックの耳元で呟いた。
「お前なぁ。いい年してがっつくとそのうち嫌われるぞって、さっき言ったばっかりだろ」
「だって、これは反則だろ。うっ。前屈みになるしかない」
ザックが両手を顔で覆ったままゆっくりとその場にしゃがみ込んでしまった。
「お・ま・え・なぁ~」
何処まで骨抜きにされているのだ!
確かにナツミが化粧でとても神秘的で魅力的になったのは分かる。
お前はザックだろう。そんな経験が少ない男の反応っていうのはどうした事だ。
大きな体を小さくするザックの金髪を見つめながら、呆れ腰に手を置いて唸る。
「どうしたのザック」
ノアとボソボソと会話をした後ザックは両手で顔を覆ったままその場でしゃがみ込んでしまった。
長い足を折り曲げて体育座りの様な感じでしゃがみ込む。
私はザックに駆け寄ってザックの両肩を握るが全然顔を上にあげてくれない。
「はぁ~仕方ない。俺達は先に行くからな。ほらマリン馬に乗れ」
ノアは早々に馬にまたがり、見上げるマリンに手を差し伸べる。
「え? で、でも、まだキスを見てない」
マリンはノアとザックをキョロキョロと見比べると最後にナツミを見つめて、ノアに訴える。
「何言ってんだ?」
マリンの言葉にノアは目を点にするが、強引にマリンの手を取り馬上に引きあげた。
「あっ、ち、違う。そうじゃなくて。そ、それじゃあナツミお先にね」
まるで2人のキスを待ち構えていた様なセリフに顔を赤くしたマリンだった。慌てて否定し誤魔化す様に私に手を振った。
「じゃぁ、また後でな。ザック、ナツミ」
そう言って馬に乗って手を振り、去って行こうとする。
「え? 何で。どうして先に行っちゃうの? あ、ノア。そういえば、アルマさんとかに挨拶は。ねぇ、ザック、ザックどうしたの?」
私は訳が分からずザックとノアを見比べるがザックは何かブツブツ言って全然話を聞いてくれない。
「アルマにはちゃんと挨拶したさ。じゃぁな!」
そう言って手綱を握りノアとマリンは去って行ってしまった。
「じゃぁナツミお先に~」
先行ってますね、ザック隊長!」
その後ろをミラとシンが追いかけて──これまた、去って行ってしまった。
「何? 何なの」
私とザックは取り残されてしまった。
どういう事? ハテナマークが頭にいっぱいで呆然とするしかない。
そこで、ザックがピクリと動いて突然私の二の腕を引いた。
「え? あっ。んんっ」
次には唇が塞がれて、玄関のど真ん中でいきなり押し倒された。
「ちょ、ちょっとザック何を!」
ザックは無言で、ギラギラと私を見つめてくる。
わっ、この顔は少し、そのアレな感じ。
「わ、私は化粧を尋ねただけなのに!」
私は慌ててザックの胸を押し返す。
「そんなの、可愛いに決まっているだろっ。それなのに何だよその神秘的な感じはっ! これは一発抜かないと。考えたら今朝は朝早く出かけて1度もナツミを抱いていないし」
そう大声でザックが喚くと、もう一度顔を傾けてキスをしようとしてきた。
とんでもないザックの言葉に私はゆでだこの様に顔を真っ赤にした。
「何て事を言い出すんだよ!」
褒めてくれるのは嬉しいけれど──今まだお昼だし。
そうではなくても、ここはノアの別荘の玄関前だよっ。
「やーめーてー!」
私の声が森いっぱいに響いた。
その後、アルマさんの竹箒がザックの後頭部に直撃したのは言うまでもない──
元々化粧っ気がなかったのもあって上手くアイラインが引けなかったり、眉が描けなかったり私にとっては大仕事だ。
流石踊り子で歌い手の2人は手際もよく何より自分がどうやったら美しく見えるかが分かっている。
その2人の指南だ。凄く厳しいが分かりやすかった。
「そうよ。ナツミは目が大きくて二重なんだから、ちょっとだけアイシャドウを……うん。そうそう、良い感じ」
ミラがブラウンベースの控え目なラメが入ったアイシャドウを薦めてきた。ラメが入って派手に思えたけれども、肌にのせるとそうでもなかった。
平たい顔が少しだけ奥行きが出た気がして嬉しくなった。
「睫毛も黒いのね。それに長くて綺麗……長さはあるから少しボリュームを出すだけでいいわね。だから、これでどうかしら」
マリンがアイラッシュを何本か取り出し吟味し1本を手渡した。
少しつけるとつけ睫毛をした、と言う程ではないがと睫毛にボリュームが出た様に思う。
最後に唇の色が明るくなる程度の薄いピンク色のリップをつけた。唇の上下をあわせて馴染ませると鏡からパッと顔をあげて、向かい側に座るミラとマリンに顔を見せた。
「どうかな?」
自分ではかつてない程、上手く化粧が出来た気がする。日焼けした肌にどんなメイクをすれば良いのか分かっていなかったけれども、ミラとマリンの指導はどの美容部員よりも的確で驚くばかりだ。
しかし、顔をあげてもミラとマリンは無言で私を見つめるだけで何の反応もしてくれない。
「だ、駄目だったかな?」
どうしよう、先ほどはパープルのアイラインを直ぐ引こうとしたら、驚く速さで止められた。ジルさんがつけているのがとても印象的で美しかったからなのだが。
「何故、色っぽく決めようとするの。ナツミは可愛い路線でしょ!」
そう言って手に持ったアイラインをミラにはたき落とされた。
そうして、次に手に取る色という色をダメ出しされる。
おかしいな。『ジルの店』の女の子が皆綺麗にメイクしている色を選択していると思うのに、ミラとマリンは首を振り溜め息ばかりをつく。
どうやら、私のセンスはミラとマリンからすると全滅的らしい。
日本にいた時から薄々はそうなのかもしれないと思っていたけれど。
センスないのか私。肩を落として落ち込んでしまった。
そんな私が2人の指導でようやくメイクする事が出来たのに。
駄目だったかなぁ。
私の溜め息にようやく、ミラとマリンが動いた。
両手をパチパチと叩いて顔を綻ばせた。
「ナツミの選択する色は驚く程似合わないからどうしようかと思っていたけど……これは、予想以上よ! とっても可愛い!」
ミラが溜め息と共に大きく褒めてくれた。
「ほ、本当に?!」
私は半信半疑でミラに問いかける。
「本当よ。黒い瞳と黒い髪って、こんなにも神秘的なのね。なのに可愛いって……これは新しいジャンルの開拓だわ! 本当に可愛い」
マリンも海の様に深いブルーの瞳を輝かせて両手を頬に添え溜め息をつきながら可愛いと連呼してくれた。
私は水泳を小さな頃からしていたのもあり、肩幅とガッチリした体型が先行する印象があるのか、とても可愛いという言葉をもらえた事のないので、『可愛い』という言葉はとても嬉しくてくすぐったい。
「ミラ、マリン。ありがとう」
素直に言葉にすると益々恥ずかしくて頬が赤くなる。両手を膝の上できつく握りしめてモジモジしてしまう。
そんな私の様子を見てからミラが人差し指を立てウインクをした。
「きっとザックも嬉しいと思うわ。きっと、キスしてくれるわよ」
茶化してきたミラだが、ミラも煉瓦色のアイラインがとても綺麗だった。
今日は『ジルの店』の派手なメイクではなく私と同じ様に自然になる様なメイクをしていた。
「フフ。きっとそうね! だから口紅は薄めにしておいた方が良いわよ」
マリンも瞳を細めて微笑んだ。薄いブルーでラメの入ったアイシャドウと、食べてしまいたくなる程艶やかなピンクのリップが印象的だ。
2人共ナチュラルメイクなのに、とてもなまめかしい感じがする。
そればかりは私は真似出来ない。
私もいつか2人の様に魅力的になれるかな。
「もう茶化さないでよ。ザックだってそんなところ構わず、キスしないよ……」
と、思う。
自信なさげに答えてしまう。何だかキスばかりしている様な気がしてきた。
「どうかなぁ? だってザックはナツミだけに執着しているみたいだし──それに、さっきシンに聞いたけど、夕方から港の方であるお祭りに連れていってくれるんですって」
ミラがそう言うと、目の前に広がった化粧道具を袋の中に詰めはじめる。
「確かこの前もお祭りはなかった?」
私は立ち上がりミラの片付けを手伝いながら目を丸くした。
忘れもしない。
ザックにはじめて抱かれた翌日──そして、ノアが目の前で足のつく噴水で溺れた日だ。
あの日は昼から祭りだからと言って、ジルがほとんどの従業員にお休みをくれた日だったはず。
「ファルの町では、夏には1週間から2週間ぐらいで、海沿いで祭りをしているのよ」
マリンも手鏡を小さな巾着に入れながら微笑んだ。
「え、そんなにお祭りばかりしているの?」
あらかたテーブルを片付けて私達3人はテーブルの上も軽く布巾で拭いた。
「そうねぇ。ファルの町はいつも祭りだ、踊りだとか、騒いでいる様な気がするわ。色んなお店も並んでとても楽しいわよ。ああ……祭りの時だけある、あの砂糖菓子を食べられるかなぁ」
マリンが何やら美味しかったお菓子を思い出して遠い目をしていた。首を傾げて溜め息をつき潤んだ瞳がスッと細くなった。
何だか私までときめいてしまうマリンの顔。
世の中の男性は放っておかないよね。ノアと並ぶと完璧な美男美女だ。
「何でも、今日のお祭りに行く様に提案してくれたのザックなんですって。その為にこの日に休みを取る様に、男性陣は仕事を頑張っていたらしいよ」
ミラがそう言って私の腕の辺りをツンツンとつついた。
「え?」
ザックが提案してくれたって、もしかして。
「『ファルの宿屋通り』で働くと、どうしても町には出にくいし。ナツミは異国の人だから、異端の目にさらされるし危険だから。あまり出歩けないのを気にしてくれていたのね。ザックらしいわね」
マリンもお菓子の妄想から戻って来て、静かに説明していくれた。
「あ……」
あの雨の日。
贈り物のキャンディーと一緒に届けてくれたメッセージにも書いてあった。宿から連れ出せない事をずっと気にしてくれていたのだ。
私はそこまで考えてくれたザックに改めて胸が苦しくなる。
嬉しくて顔が綻ばずにいられなかった。
「あらあら。ニヤニヤしちゃって」
マリンが私の頬を人差し指でつつく。
「ニ、ニヤニヤじゃないよ」
私は声をひっくり返して慌てる。
「ほーら、うれし泣きはやめておいてね。折角のお化粧が崩れちゃう」
ミラが私の目尻を布巾で拭ってくれた。
「も、もう。それは机を拭いた布巾でしょう」
私は泣き笑ってしまったのを誤魔化す為に文句を言った。
ミラもおどけて舌を出した。ワザとふざけてみせたのだろう。
「あら。バレちゃった。よし! 用意は出来たし。男性陣を待たせているから行きましょう」
そう言ってミラはドアを部屋のドアを開けた。
ミラとマリンは私にとって大切な2人だ。ありがとう……
私は照れくさいので心の中で呟いた。
「お、やっと来たか。そろそろ出発するぞ」
ノアが振り向いて声をあげる。
別荘の玄関を出ると男性3人は馬を入り口に連れてきて準備をしてくれていた。
「ごめんなさい遅くなって」
マリンが肩を小さくあげて謝った。謝り方も何だか愛嬌がある。
「謝る事はない。女性の準備は色々あるだろうからな」
そう言ってノアが微笑み返してくれた。
ノアは別荘に来るまでとは全く違う雰囲気だ。
色々考える事があった2日間だったのだろう。
朝早くからデッキチェアに座ってぼんやりしていたり、お昼に力を貸してくれと告げたり。凄く素敵な男性に生まれ変わった様に感じる。
「お、ミラ。いいなぁその髪型」
「えー? ここはいつもと違う、化粧を褒めるところでしょ?」
シンが褒めてくれたのだがバシッと叩き返すのはミラだった。
今日のミラの髪型は首の後ろから斜めに1つに縛って横に流していた。
ポニーテールから一転落ち着いた感じになっている。
「えぇ~ そうなのか? 俺はこの首筋の後れ毛がちょっとクルなって思ったのに」
シンは眉をハの字にして折角褒めたのに邪険にされたこ事に肩を落とす。が、細かく説明する内容にミラが今度は眉をハの字にして焦っていた。
「も、もう、そんなに直球に褒めなくったって良いわよ!」
ミラが照れ隠しの為にポカポカとシンの胸を叩いていた。
「な、何だよ? 褒めたのに~」
だが、全然ミラの複雑な思いを理解出来ないシンだった。
「で? 何でナツミはマリンの後ろに隠れているんだ」
ザックがノアの隣でマリンの後ろに隠れている私のつむじを見ていた。
「ナツミ大丈夫よ。隠れてないで出てきなさいよ」
「うっ。そ、そうだね」
マリンが後ろに隠れる私の肩を抱いてザックの前に押し出した。
どうしよう。
ミラとマリンの指南で何とか化粧も形になって褒めてくれた。
とは言え、女性と男性の視点は違うし。
冷静に考えたらザックは可愛いっていうよりも、ミラやマリンの様に少しなまめかしい美しい感じが好みなのでは。
だって、ほら。ボン、キュ、ボンが好きそうなのは明らかだし……
散々ザックに抱かれているにも関わらず、慣れない事をするとしどろもどろになる私だった。
ザックの前に立ちゆっくりと顔をあげて彼の顔を見る。
ザックのウルフヘアが風になびいていた。
長めの前髪の奥にある濃いグリーンの瞳に私が映っている。少し垂れた二重の瞳が軽く見開くと細くなった。
風がザッと吹いて、ザックの愛用している香水の香り、ベルガモットが私を包んだ。
ああ、微笑んでくれた!
ザックは微笑みながら無言で私の頭を撫でると、くしゃっと髪の毛を柔らかく握った。そして、そのまま頬に大きな手を滑らせて顎に親指を添え、私の顔を右に左に傾けてみせた。
な、何だろう。ザックの視線が私の顔の至る所を眺めているのが分かる。
そのザックの隣でノアが声をあげる。
「お。良いじゃないか。何だか雰囲気が違うな。ミラとマリンのお陰か?」
ノアはそう言うとザックの肩に肘を置き体重をかける様にして、私を覗き込んでニヤッと笑った。
「そうなんだよ。ありがとうミラ、マリン!」
隣のマリンがニッコリ笑っている。マリンもシンを叩くのを止めて私を振り返ってくれた。
そして、妙な間が生まれる。
ミラは思う。
こ、この間は、ザックとナツミの──
マリンも思う。
スッゴいキスが目の前で──
その衝撃に(?)耐える為にゴクンと息を呑み込んだ。
しかし、その衝撃は訪れなかった。
「おい。ザックどうした」
そんなミラとマリンの気持ちを知ってか知らずかノアが微動だにしないザックに声をかける。
ザックは笑顔のままだ。そして、ボソボソ話しはじめる。
「俺、そこの森でいい。町までもたない……」
そう言うと、私の顔から手を外してザックが両手で顔を覆う。
「え?」
よく聞こえなくて私は聞き返す。
隣のノアには声が聞こえていた。大きく溜め息をついてザックの肩をポンと叩いた。
それから、ザックの耳元で呟いた。
「お前なぁ。いい年してがっつくとそのうち嫌われるぞって、さっき言ったばっかりだろ」
「だって、これは反則だろ。うっ。前屈みになるしかない」
ザックが両手を顔で覆ったままゆっくりとその場にしゃがみ込んでしまった。
「お・ま・え・なぁ~」
何処まで骨抜きにされているのだ!
確かにナツミが化粧でとても神秘的で魅力的になったのは分かる。
お前はザックだろう。そんな経験が少ない男の反応っていうのはどうした事だ。
大きな体を小さくするザックの金髪を見つめながら、呆れ腰に手を置いて唸る。
「どうしたのザック」
ノアとボソボソと会話をした後ザックは両手で顔を覆ったままその場でしゃがみ込んでしまった。
長い足を折り曲げて体育座りの様な感じでしゃがみ込む。
私はザックに駆け寄ってザックの両肩を握るが全然顔を上にあげてくれない。
「はぁ~仕方ない。俺達は先に行くからな。ほらマリン馬に乗れ」
ノアは早々に馬にまたがり、見上げるマリンに手を差し伸べる。
「え? で、でも、まだキスを見てない」
マリンはノアとザックをキョロキョロと見比べると最後にナツミを見つめて、ノアに訴える。
「何言ってんだ?」
マリンの言葉にノアは目を点にするが、強引にマリンの手を取り馬上に引きあげた。
「あっ、ち、違う。そうじゃなくて。そ、それじゃあナツミお先にね」
まるで2人のキスを待ち構えていた様なセリフに顔を赤くしたマリンだった。慌てて否定し誤魔化す様に私に手を振った。
「じゃぁ、また後でな。ザック、ナツミ」
そう言って馬に乗って手を振り、去って行こうとする。
「え? 何で。どうして先に行っちゃうの? あ、ノア。そういえば、アルマさんとかに挨拶は。ねぇ、ザック、ザックどうしたの?」
私は訳が分からずザックとノアを見比べるがザックは何かブツブツ言って全然話を聞いてくれない。
「アルマにはちゃんと挨拶したさ。じゃぁな!」
そう言って手綱を握りノアとマリンは去って行ってしまった。
「じゃぁナツミお先に~」
先行ってますね、ザック隊長!」
その後ろをミラとシンが追いかけて──これまた、去って行ってしまった。
「何? 何なの」
私とザックは取り残されてしまった。
どういう事? ハテナマークが頭にいっぱいで呆然とするしかない。
そこで、ザックがピクリと動いて突然私の二の腕を引いた。
「え? あっ。んんっ」
次には唇が塞がれて、玄関のど真ん中でいきなり押し倒された。
「ちょ、ちょっとザック何を!」
ザックは無言で、ギラギラと私を見つめてくる。
わっ、この顔は少し、そのアレな感じ。
「わ、私は化粧を尋ねただけなのに!」
私は慌ててザックの胸を押し返す。
「そんなの、可愛いに決まっているだろっ。それなのに何だよその神秘的な感じはっ! これは一発抜かないと。考えたら今朝は朝早く出かけて1度もナツミを抱いていないし」
そう大声でザックが喚くと、もう一度顔を傾けてキスをしようとしてきた。
とんでもないザックの言葉に私はゆでだこの様に顔を真っ赤にした。
「何て事を言い出すんだよ!」
褒めてくれるのは嬉しいけれど──今まだお昼だし。
そうではなくても、ここはノアの別荘の玄関前だよっ。
「やーめーてー!」
私の声が森いっぱいに響いた。
その後、アルマさんの竹箒がザックの後頭部に直撃したのは言うまでもない──
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーレムです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜
蝋梅
恋愛
仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。
短編ではありませんが短めです。
別視点あり
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる