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050 化粧とキスと竹箒
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私は部屋でミラとマリンに囲まれてお化粧を教えてもらっていた。
元々化粧っ気がなかったのもあって上手くアイラインが引けなかったり、眉が描けなかったり私にとっては大仕事だ。
流石踊り子で歌い手の2人は手際もよく何より自分がどうやったら美しく見えるかが分かっている。
その2人の指南だ。凄く厳しいが分かりやすかった。
「そうよ。ナツミは目が大きくて二重なんだから、ちょっとだけアイシャドウを……うん。そうそう、良い感じ」
ミラがブラウンベースの控え目なラメが入ったアイシャドウを薦めてきた。ラメが入って派手に思えたけれども、肌にのせるとそうでもなかった。
平たい顔が少しだけ奥行きが出た気がして嬉しくなった。
「睫毛も黒いのね。それに長くて綺麗……長さはあるから少しボリュームを出すだけでいいわね。だから、これでどうかしら」
マリンがアイラッシュを何本か取り出し吟味し1本を手渡した。
少しつけるとつけ睫毛をした、と言う程ではないがと睫毛にボリュームが出た様に思う。
最後に唇の色が明るくなる程度の薄いピンク色のリップをつけた。唇の上下をあわせて馴染ませると鏡からパッと顔をあげて、向かい側に座るミラとマリンに顔を見せた。
「どうかな?」
自分ではかつてない程、上手く化粧が出来た気がする。日焼けした肌にどんなメイクをすれば良いのか分かっていなかったけれども、ミラとマリンの指導はどの美容部員よりも的確で驚くばかりだ。
しかし、顔をあげてもミラとマリンは無言で私を見つめるだけで何の反応もしてくれない。
「だ、駄目だったかな?」
どうしよう、先ほどはパープルのアイラインを直ぐ引こうとしたら、驚く速さで止められた。ジルさんがつけているのがとても印象的で美しかったからなのだが。
「何故、色っぽく決めようとするの。ナツミは可愛い路線でしょ!」
そう言って手に持ったアイラインをミラにはたき落とされた。
そうして、次に手に取る色という色をダメ出しされる。
おかしいな。『ジルの店』の女の子が皆綺麗にメイクしている色を選択していると思うのに、ミラとマリンは首を振り溜め息ばかりをつく。
どうやら、私のセンスはミラとマリンからすると全滅的らしい。
日本にいた時から薄々はそうなのかもしれないと思っていたけれど。
センスないのか私。肩を落として落ち込んでしまった。
そんな私が2人の指導でようやくメイクする事が出来たのに。
駄目だったかなぁ。
私の溜め息にようやく、ミラとマリンが動いた。
両手をパチパチと叩いて顔を綻ばせた。
「ナツミの選択する色は驚く程似合わないからどうしようかと思っていたけど……これは、予想以上よ! とっても可愛い!」
ミラが溜め息と共に大きく褒めてくれた。
「ほ、本当に?!」
私は半信半疑でミラに問いかける。
「本当よ。黒い瞳と黒い髪って、こんなにも神秘的なのね。なのに可愛いって……これは新しいジャンルの開拓だわ! 本当に可愛い」
マリンも海の様に深いブルーの瞳を輝かせて両手を頬に添え溜め息をつきながら可愛いと連呼してくれた。
私は水泳を小さな頃からしていたのもあり、肩幅とガッチリした体型が先行する印象があるのか、とても可愛いという言葉をもらえた事のないので、『可愛い』という言葉はとても嬉しくてくすぐったい。
「ミラ、マリン。ありがとう」
素直に言葉にすると益々恥ずかしくて頬が赤くなる。両手を膝の上できつく握りしめてモジモジしてしまう。
そんな私の様子を見てからミラが人差し指を立てウインクをした。
「きっとザックも嬉しいと思うわ。きっと、キスしてくれるわよ」
茶化してきたミラだが、ミラも煉瓦色のアイラインがとても綺麗だった。
今日は『ジルの店』の派手なメイクではなく私と同じ様に自然になる様なメイクをしていた。
「フフ。きっとそうね! だから口紅は薄めにしておいた方が良いわよ」
マリンも瞳を細めて微笑んだ。薄いブルーでラメの入ったアイシャドウと、食べてしまいたくなる程艶やかなピンクのリップが印象的だ。
2人共ナチュラルメイクなのに、とてもなまめかしい感じがする。
そればかりは私は真似出来ない。
私もいつか2人の様に魅力的になれるかな。
「もう茶化さないでよ。ザックだってそんなところ構わず、キスしないよ……」
と、思う。
自信なさげに答えてしまう。何だかキスばかりしている様な気がしてきた。
「どうかなぁ? だってザックはナツミだけに執着しているみたいだし──それに、さっきシンに聞いたけど、夕方から港の方であるお祭りに連れていってくれるんですって」
ミラがそう言うと、目の前に広がった化粧道具を袋の中に詰めはじめる。
「確かこの前もお祭りはなかった?」
私は立ち上がりミラの片付けを手伝いながら目を丸くした。
忘れもしない。
ザックにはじめて抱かれた翌日──そして、ノアが目の前で足のつく噴水で溺れた日だ。
あの日は昼から祭りだからと言って、ジルがほとんどの従業員にお休みをくれた日だったはず。
「ファルの町では、夏には1週間から2週間ぐらいで、海沿いで祭りをしているのよ」
マリンも手鏡を小さな巾着に入れながら微笑んだ。
「え、そんなにお祭りばかりしているの?」
あらかたテーブルを片付けて私達3人はテーブルの上も軽く布巾で拭いた。
「そうねぇ。ファルの町はいつも祭りだ、踊りだとか、騒いでいる様な気がするわ。色んなお店も並んでとても楽しいわよ。ああ……祭りの時だけある、あの砂糖菓子を食べられるかなぁ」
マリンが何やら美味しかったお菓子を思い出して遠い目をしていた。首を傾げて溜め息をつき潤んだ瞳がスッと細くなった。
何だか私までときめいてしまうマリンの顔。
世の中の男性は放っておかないよね。ノアと並ぶと完璧な美男美女だ。
「何でも、今日のお祭りに行く様に提案してくれたのザックなんですって。その為にこの日に休みを取る様に、男性陣は仕事を頑張っていたらしいよ」
ミラがそう言って私の腕の辺りをツンツンとつついた。
「え?」
ザックが提案してくれたって、もしかして。
「『ファルの宿屋通り』で働くと、どうしても町には出にくいし。ナツミは異国の人だから、異端の目にさらされるし危険だから。あまり出歩けないのを気にしてくれていたのね。ザックらしいわね」
マリンもお菓子の妄想から戻って来て、静かに説明していくれた。
「あ……」
あの雨の日。
贈り物のキャンディーと一緒に届けてくれたメッセージにも書いてあった。宿から連れ出せない事をずっと気にしてくれていたのだ。
私はそこまで考えてくれたザックに改めて胸が苦しくなる。
嬉しくて顔が綻ばずにいられなかった。
「あらあら。ニヤニヤしちゃって」
マリンが私の頬を人差し指でつつく。
「ニ、ニヤニヤじゃないよ」
私は声をひっくり返して慌てる。
「ほーら、うれし泣きはやめておいてね。折角のお化粧が崩れちゃう」
ミラが私の目尻を布巾で拭ってくれた。
「も、もう。それは机を拭いた布巾でしょう」
私は泣き笑ってしまったのを誤魔化す為に文句を言った。
ミラもおどけて舌を出した。ワザとふざけてみせたのだろう。
「あら。バレちゃった。よし! 用意は出来たし。男性陣を待たせているから行きましょう」
そう言ってミラはドアを部屋のドアを開けた。
ミラとマリンは私にとって大切な2人だ。ありがとう……
私は照れくさいので心の中で呟いた。
「お、やっと来たか。そろそろ出発するぞ」
ノアが振り向いて声をあげる。
別荘の玄関を出ると男性3人は馬を入り口に連れてきて準備をしてくれていた。
「ごめんなさい遅くなって」
マリンが肩を小さくあげて謝った。謝り方も何だか愛嬌がある。
「謝る事はない。女性の準備は色々あるだろうからな」
そう言ってノアが微笑み返してくれた。
ノアは別荘に来るまでとは全く違う雰囲気だ。
色々考える事があった2日間だったのだろう。
朝早くからデッキチェアに座ってぼんやりしていたり、お昼に力を貸してくれと告げたり。凄く素敵な男性に生まれ変わった様に感じる。
「お、ミラ。いいなぁその髪型」
「えー? ここはいつもと違う、化粧を褒めるところでしょ?」
シンが褒めてくれたのだがバシッと叩き返すのはミラだった。
今日のミラの髪型は首の後ろから斜めに1つに縛って横に流していた。
ポニーテールから一転落ち着いた感じになっている。
「えぇ~ そうなのか? 俺はこの首筋の後れ毛がちょっとクルなって思ったのに」
シンは眉をハの字にして折角褒めたのに邪険にされたこ事に肩を落とす。が、細かく説明する内容にミラが今度は眉をハの字にして焦っていた。
「も、もう、そんなに直球に褒めなくったって良いわよ!」
ミラが照れ隠しの為にポカポカとシンの胸を叩いていた。
「な、何だよ? 褒めたのに~」
だが、全然ミラの複雑な思いを理解出来ないシンだった。
「で? 何でナツミはマリンの後ろに隠れているんだ」
ザックがノアの隣でマリンの後ろに隠れている私のつむじを見ていた。
「ナツミ大丈夫よ。隠れてないで出てきなさいよ」
「うっ。そ、そうだね」
マリンが後ろに隠れる私の肩を抱いてザックの前に押し出した。
どうしよう。
ミラとマリンの指南で何とか化粧も形になって褒めてくれた。
とは言え、女性と男性の視点は違うし。
冷静に考えたらザックは可愛いっていうよりも、ミラやマリンの様に少しなまめかしい美しい感じが好みなのでは。
だって、ほら。ボン、キュ、ボンが好きそうなのは明らかだし……
散々ザックに抱かれているにも関わらず、慣れない事をするとしどろもどろになる私だった。
ザックの前に立ちゆっくりと顔をあげて彼の顔を見る。
ザックのウルフヘアが風になびいていた。
長めの前髪の奥にある濃いグリーンの瞳に私が映っている。少し垂れた二重の瞳が軽く見開くと細くなった。
風がザッと吹いて、ザックの愛用している香水の香り、ベルガモットが私を包んだ。
ああ、微笑んでくれた!
ザックは微笑みながら無言で私の頭を撫でると、くしゃっと髪の毛を柔らかく握った。そして、そのまま頬に大きな手を滑らせて顎に親指を添え、私の顔を右に左に傾けてみせた。
な、何だろう。ザックの視線が私の顔の至る所を眺めているのが分かる。
そのザックの隣でノアが声をあげる。
「お。良いじゃないか。何だか雰囲気が違うな。ミラとマリンのお陰か?」
ノアはそう言うとザックの肩に肘を置き体重をかける様にして、私を覗き込んでニヤッと笑った。
「そうなんだよ。ありがとうミラ、マリン!」
隣のマリンがニッコリ笑っている。マリンもシンを叩くのを止めて私を振り返ってくれた。
そして、妙な間が生まれる。
ミラは思う。
こ、この間は、ザックとナツミの──
マリンも思う。
スッゴいキスが目の前で──
その衝撃に(?)耐える為にゴクンと息を呑み込んだ。
しかし、その衝撃は訪れなかった。
「おい。ザックどうした」
そんなミラとマリンの気持ちを知ってか知らずかノアが微動だにしないザックに声をかける。
ザックは笑顔のままだ。そして、ボソボソ話しはじめる。
「俺、そこの森でいい。町までもたない……」
そう言うと、私の顔から手を外してザックが両手で顔を覆う。
「え?」
よく聞こえなくて私は聞き返す。
隣のノアには声が聞こえていた。大きく溜め息をついてザックの肩をポンと叩いた。
それから、ザックの耳元で呟いた。
「お前なぁ。いい年してがっつくとそのうち嫌われるぞって、さっき言ったばっかりだろ」
「だって、これは反則だろ。うっ。前屈みになるしかない」
ザックが両手を顔で覆ったままゆっくりとその場にしゃがみ込んでしまった。
「お・ま・え・なぁ~」
何処まで骨抜きにされているのだ!
確かにナツミが化粧でとても神秘的で魅力的になったのは分かる。
お前はザックだろう。そんな経験が少ない男の反応っていうのはどうした事だ。
大きな体を小さくするザックの金髪を見つめながら、呆れ腰に手を置いて唸る。
「どうしたのザック」
ノアとボソボソと会話をした後ザックは両手で顔を覆ったままその場でしゃがみ込んでしまった。
長い足を折り曲げて体育座りの様な感じでしゃがみ込む。
私はザックに駆け寄ってザックの両肩を握るが全然顔を上にあげてくれない。
「はぁ~仕方ない。俺達は先に行くからな。ほらマリン馬に乗れ」
ノアは早々に馬にまたがり、見上げるマリンに手を差し伸べる。
「え? で、でも、まだキスを見てない」
マリンはノアとザックをキョロキョロと見比べると最後にナツミを見つめて、ノアに訴える。
「何言ってんだ?」
マリンの言葉にノアは目を点にするが、強引にマリンの手を取り馬上に引きあげた。
「あっ、ち、違う。そうじゃなくて。そ、それじゃあナツミお先にね」
まるで2人のキスを待ち構えていた様なセリフに顔を赤くしたマリンだった。慌てて否定し誤魔化す様に私に手を振った。
「じゃぁ、また後でな。ザック、ナツミ」
そう言って馬に乗って手を振り、去って行こうとする。
「え? 何で。どうして先に行っちゃうの? あ、ノア。そういえば、アルマさんとかに挨拶は。ねぇ、ザック、ザックどうしたの?」
私は訳が分からずザックとノアを見比べるがザックは何かブツブツ言って全然話を聞いてくれない。
「アルマにはちゃんと挨拶したさ。じゃぁな!」
そう言って手綱を握りノアとマリンは去って行ってしまった。
「じゃぁナツミお先に~」
先行ってますね、ザック隊長!」
その後ろをミラとシンが追いかけて──これまた、去って行ってしまった。
「何? 何なの」
私とザックは取り残されてしまった。
どういう事? ハテナマークが頭にいっぱいで呆然とするしかない。
そこで、ザックがピクリと動いて突然私の二の腕を引いた。
「え? あっ。んんっ」
次には唇が塞がれて、玄関のど真ん中でいきなり押し倒された。
「ちょ、ちょっとザック何を!」
ザックは無言で、ギラギラと私を見つめてくる。
わっ、この顔は少し、そのアレな感じ。
「わ、私は化粧を尋ねただけなのに!」
私は慌ててザックの胸を押し返す。
「そんなの、可愛いに決まっているだろっ。それなのに何だよその神秘的な感じはっ! これは一発抜かないと。考えたら今朝は朝早く出かけて1度もナツミを抱いていないし」
そう大声でザックが喚くと、もう一度顔を傾けてキスをしようとしてきた。
とんでもないザックの言葉に私はゆでだこの様に顔を真っ赤にした。
「何て事を言い出すんだよ!」
褒めてくれるのは嬉しいけれど──今まだお昼だし。
そうではなくても、ここはノアの別荘の玄関前だよっ。
「やーめーてー!」
私の声が森いっぱいに響いた。
その後、アルマさんの竹箒がザックの後頭部に直撃したのは言うまでもない──
元々化粧っ気がなかったのもあって上手くアイラインが引けなかったり、眉が描けなかったり私にとっては大仕事だ。
流石踊り子で歌い手の2人は手際もよく何より自分がどうやったら美しく見えるかが分かっている。
その2人の指南だ。凄く厳しいが分かりやすかった。
「そうよ。ナツミは目が大きくて二重なんだから、ちょっとだけアイシャドウを……うん。そうそう、良い感じ」
ミラがブラウンベースの控え目なラメが入ったアイシャドウを薦めてきた。ラメが入って派手に思えたけれども、肌にのせるとそうでもなかった。
平たい顔が少しだけ奥行きが出た気がして嬉しくなった。
「睫毛も黒いのね。それに長くて綺麗……長さはあるから少しボリュームを出すだけでいいわね。だから、これでどうかしら」
マリンがアイラッシュを何本か取り出し吟味し1本を手渡した。
少しつけるとつけ睫毛をした、と言う程ではないがと睫毛にボリュームが出た様に思う。
最後に唇の色が明るくなる程度の薄いピンク色のリップをつけた。唇の上下をあわせて馴染ませると鏡からパッと顔をあげて、向かい側に座るミラとマリンに顔を見せた。
「どうかな?」
自分ではかつてない程、上手く化粧が出来た気がする。日焼けした肌にどんなメイクをすれば良いのか分かっていなかったけれども、ミラとマリンの指導はどの美容部員よりも的確で驚くばかりだ。
しかし、顔をあげてもミラとマリンは無言で私を見つめるだけで何の反応もしてくれない。
「だ、駄目だったかな?」
どうしよう、先ほどはパープルのアイラインを直ぐ引こうとしたら、驚く速さで止められた。ジルさんがつけているのがとても印象的で美しかったからなのだが。
「何故、色っぽく決めようとするの。ナツミは可愛い路線でしょ!」
そう言って手に持ったアイラインをミラにはたき落とされた。
そうして、次に手に取る色という色をダメ出しされる。
おかしいな。『ジルの店』の女の子が皆綺麗にメイクしている色を選択していると思うのに、ミラとマリンは首を振り溜め息ばかりをつく。
どうやら、私のセンスはミラとマリンからすると全滅的らしい。
日本にいた時から薄々はそうなのかもしれないと思っていたけれど。
センスないのか私。肩を落として落ち込んでしまった。
そんな私が2人の指導でようやくメイクする事が出来たのに。
駄目だったかなぁ。
私の溜め息にようやく、ミラとマリンが動いた。
両手をパチパチと叩いて顔を綻ばせた。
「ナツミの選択する色は驚く程似合わないからどうしようかと思っていたけど……これは、予想以上よ! とっても可愛い!」
ミラが溜め息と共に大きく褒めてくれた。
「ほ、本当に?!」
私は半信半疑でミラに問いかける。
「本当よ。黒い瞳と黒い髪って、こんなにも神秘的なのね。なのに可愛いって……これは新しいジャンルの開拓だわ! 本当に可愛い」
マリンも海の様に深いブルーの瞳を輝かせて両手を頬に添え溜め息をつきながら可愛いと連呼してくれた。
私は水泳を小さな頃からしていたのもあり、肩幅とガッチリした体型が先行する印象があるのか、とても可愛いという言葉をもらえた事のないので、『可愛い』という言葉はとても嬉しくてくすぐったい。
「ミラ、マリン。ありがとう」
素直に言葉にすると益々恥ずかしくて頬が赤くなる。両手を膝の上できつく握りしめてモジモジしてしまう。
そんな私の様子を見てからミラが人差し指を立てウインクをした。
「きっとザックも嬉しいと思うわ。きっと、キスしてくれるわよ」
茶化してきたミラだが、ミラも煉瓦色のアイラインがとても綺麗だった。
今日は『ジルの店』の派手なメイクではなく私と同じ様に自然になる様なメイクをしていた。
「フフ。きっとそうね! だから口紅は薄めにしておいた方が良いわよ」
マリンも瞳を細めて微笑んだ。薄いブルーでラメの入ったアイシャドウと、食べてしまいたくなる程艶やかなピンクのリップが印象的だ。
2人共ナチュラルメイクなのに、とてもなまめかしい感じがする。
そればかりは私は真似出来ない。
私もいつか2人の様に魅力的になれるかな。
「もう茶化さないでよ。ザックだってそんなところ構わず、キスしないよ……」
と、思う。
自信なさげに答えてしまう。何だかキスばかりしている様な気がしてきた。
「どうかなぁ? だってザックはナツミだけに執着しているみたいだし──それに、さっきシンに聞いたけど、夕方から港の方であるお祭りに連れていってくれるんですって」
ミラがそう言うと、目の前に広がった化粧道具を袋の中に詰めはじめる。
「確かこの前もお祭りはなかった?」
私は立ち上がりミラの片付けを手伝いながら目を丸くした。
忘れもしない。
ザックにはじめて抱かれた翌日──そして、ノアが目の前で足のつく噴水で溺れた日だ。
あの日は昼から祭りだからと言って、ジルがほとんどの従業員にお休みをくれた日だったはず。
「ファルの町では、夏には1週間から2週間ぐらいで、海沿いで祭りをしているのよ」
マリンも手鏡を小さな巾着に入れながら微笑んだ。
「え、そんなにお祭りばかりしているの?」
あらかたテーブルを片付けて私達3人はテーブルの上も軽く布巾で拭いた。
「そうねぇ。ファルの町はいつも祭りだ、踊りだとか、騒いでいる様な気がするわ。色んなお店も並んでとても楽しいわよ。ああ……祭りの時だけある、あの砂糖菓子を食べられるかなぁ」
マリンが何やら美味しかったお菓子を思い出して遠い目をしていた。首を傾げて溜め息をつき潤んだ瞳がスッと細くなった。
何だか私までときめいてしまうマリンの顔。
世の中の男性は放っておかないよね。ノアと並ぶと完璧な美男美女だ。
「何でも、今日のお祭りに行く様に提案してくれたのザックなんですって。その為にこの日に休みを取る様に、男性陣は仕事を頑張っていたらしいよ」
ミラがそう言って私の腕の辺りをツンツンとつついた。
「え?」
ザックが提案してくれたって、もしかして。
「『ファルの宿屋通り』で働くと、どうしても町には出にくいし。ナツミは異国の人だから、異端の目にさらされるし危険だから。あまり出歩けないのを気にしてくれていたのね。ザックらしいわね」
マリンもお菓子の妄想から戻って来て、静かに説明していくれた。
「あ……」
あの雨の日。
贈り物のキャンディーと一緒に届けてくれたメッセージにも書いてあった。宿から連れ出せない事をずっと気にしてくれていたのだ。
私はそこまで考えてくれたザックに改めて胸が苦しくなる。
嬉しくて顔が綻ばずにいられなかった。
「あらあら。ニヤニヤしちゃって」
マリンが私の頬を人差し指でつつく。
「ニ、ニヤニヤじゃないよ」
私は声をひっくり返して慌てる。
「ほーら、うれし泣きはやめておいてね。折角のお化粧が崩れちゃう」
ミラが私の目尻を布巾で拭ってくれた。
「も、もう。それは机を拭いた布巾でしょう」
私は泣き笑ってしまったのを誤魔化す為に文句を言った。
ミラもおどけて舌を出した。ワザとふざけてみせたのだろう。
「あら。バレちゃった。よし! 用意は出来たし。男性陣を待たせているから行きましょう」
そう言ってミラはドアを部屋のドアを開けた。
ミラとマリンは私にとって大切な2人だ。ありがとう……
私は照れくさいので心の中で呟いた。
「お、やっと来たか。そろそろ出発するぞ」
ノアが振り向いて声をあげる。
別荘の玄関を出ると男性3人は馬を入り口に連れてきて準備をしてくれていた。
「ごめんなさい遅くなって」
マリンが肩を小さくあげて謝った。謝り方も何だか愛嬌がある。
「謝る事はない。女性の準備は色々あるだろうからな」
そう言ってノアが微笑み返してくれた。
ノアは別荘に来るまでとは全く違う雰囲気だ。
色々考える事があった2日間だったのだろう。
朝早くからデッキチェアに座ってぼんやりしていたり、お昼に力を貸してくれと告げたり。凄く素敵な男性に生まれ変わった様に感じる。
「お、ミラ。いいなぁその髪型」
「えー? ここはいつもと違う、化粧を褒めるところでしょ?」
シンが褒めてくれたのだがバシッと叩き返すのはミラだった。
今日のミラの髪型は首の後ろから斜めに1つに縛って横に流していた。
ポニーテールから一転落ち着いた感じになっている。
「えぇ~ そうなのか? 俺はこの首筋の後れ毛がちょっとクルなって思ったのに」
シンは眉をハの字にして折角褒めたのに邪険にされたこ事に肩を落とす。が、細かく説明する内容にミラが今度は眉をハの字にして焦っていた。
「も、もう、そんなに直球に褒めなくったって良いわよ!」
ミラが照れ隠しの為にポカポカとシンの胸を叩いていた。
「な、何だよ? 褒めたのに~」
だが、全然ミラの複雑な思いを理解出来ないシンだった。
「で? 何でナツミはマリンの後ろに隠れているんだ」
ザックがノアの隣でマリンの後ろに隠れている私のつむじを見ていた。
「ナツミ大丈夫よ。隠れてないで出てきなさいよ」
「うっ。そ、そうだね」
マリンが後ろに隠れる私の肩を抱いてザックの前に押し出した。
どうしよう。
ミラとマリンの指南で何とか化粧も形になって褒めてくれた。
とは言え、女性と男性の視点は違うし。
冷静に考えたらザックは可愛いっていうよりも、ミラやマリンの様に少しなまめかしい美しい感じが好みなのでは。
だって、ほら。ボン、キュ、ボンが好きそうなのは明らかだし……
散々ザックに抱かれているにも関わらず、慣れない事をするとしどろもどろになる私だった。
ザックの前に立ちゆっくりと顔をあげて彼の顔を見る。
ザックのウルフヘアが風になびいていた。
長めの前髪の奥にある濃いグリーンの瞳に私が映っている。少し垂れた二重の瞳が軽く見開くと細くなった。
風がザッと吹いて、ザックの愛用している香水の香り、ベルガモットが私を包んだ。
ああ、微笑んでくれた!
ザックは微笑みながら無言で私の頭を撫でると、くしゃっと髪の毛を柔らかく握った。そして、そのまま頬に大きな手を滑らせて顎に親指を添え、私の顔を右に左に傾けてみせた。
な、何だろう。ザックの視線が私の顔の至る所を眺めているのが分かる。
そのザックの隣でノアが声をあげる。
「お。良いじゃないか。何だか雰囲気が違うな。ミラとマリンのお陰か?」
ノアはそう言うとザックの肩に肘を置き体重をかける様にして、私を覗き込んでニヤッと笑った。
「そうなんだよ。ありがとうミラ、マリン!」
隣のマリンがニッコリ笑っている。マリンもシンを叩くのを止めて私を振り返ってくれた。
そして、妙な間が生まれる。
ミラは思う。
こ、この間は、ザックとナツミの──
マリンも思う。
スッゴいキスが目の前で──
その衝撃に(?)耐える為にゴクンと息を呑み込んだ。
しかし、その衝撃は訪れなかった。
「おい。ザックどうした」
そんなミラとマリンの気持ちを知ってか知らずかノアが微動だにしないザックに声をかける。
ザックは笑顔のままだ。そして、ボソボソ話しはじめる。
「俺、そこの森でいい。町までもたない……」
そう言うと、私の顔から手を外してザックが両手で顔を覆う。
「え?」
よく聞こえなくて私は聞き返す。
隣のノアには声が聞こえていた。大きく溜め息をついてザックの肩をポンと叩いた。
それから、ザックの耳元で呟いた。
「お前なぁ。いい年してがっつくとそのうち嫌われるぞって、さっき言ったばっかりだろ」
「だって、これは反則だろ。うっ。前屈みになるしかない」
ザックが両手を顔で覆ったままゆっくりとその場にしゃがみ込んでしまった。
「お・ま・え・なぁ~」
何処まで骨抜きにされているのだ!
確かにナツミが化粧でとても神秘的で魅力的になったのは分かる。
お前はザックだろう。そんな経験が少ない男の反応っていうのはどうした事だ。
大きな体を小さくするザックの金髪を見つめながら、呆れ腰に手を置いて唸る。
「どうしたのザック」
ノアとボソボソと会話をした後ザックは両手で顔を覆ったままその場でしゃがみ込んでしまった。
長い足を折り曲げて体育座りの様な感じでしゃがみ込む。
私はザックに駆け寄ってザックの両肩を握るが全然顔を上にあげてくれない。
「はぁ~仕方ない。俺達は先に行くからな。ほらマリン馬に乗れ」
ノアは早々に馬にまたがり、見上げるマリンに手を差し伸べる。
「え? で、でも、まだキスを見てない」
マリンはノアとザックをキョロキョロと見比べると最後にナツミを見つめて、ノアに訴える。
「何言ってんだ?」
マリンの言葉にノアは目を点にするが、強引にマリンの手を取り馬上に引きあげた。
「あっ、ち、違う。そうじゃなくて。そ、それじゃあナツミお先にね」
まるで2人のキスを待ち構えていた様なセリフに顔を赤くしたマリンだった。慌てて否定し誤魔化す様に私に手を振った。
「じゃぁ、また後でな。ザック、ナツミ」
そう言って馬に乗って手を振り、去って行こうとする。
「え? 何で。どうして先に行っちゃうの? あ、ノア。そういえば、アルマさんとかに挨拶は。ねぇ、ザック、ザックどうしたの?」
私は訳が分からずザックとノアを見比べるがザックは何かブツブツ言って全然話を聞いてくれない。
「アルマにはちゃんと挨拶したさ。じゃぁな!」
そう言って手綱を握りノアとマリンは去って行ってしまった。
「じゃぁナツミお先に~」
先行ってますね、ザック隊長!」
その後ろをミラとシンが追いかけて──これまた、去って行ってしまった。
「何? 何なの」
私とザックは取り残されてしまった。
どういう事? ハテナマークが頭にいっぱいで呆然とするしかない。
そこで、ザックがピクリと動いて突然私の二の腕を引いた。
「え? あっ。んんっ」
次には唇が塞がれて、玄関のど真ん中でいきなり押し倒された。
「ちょ、ちょっとザック何を!」
ザックは無言で、ギラギラと私を見つめてくる。
わっ、この顔は少し、そのアレな感じ。
「わ、私は化粧を尋ねただけなのに!」
私は慌ててザックの胸を押し返す。
「そんなの、可愛いに決まっているだろっ。それなのに何だよその神秘的な感じはっ! これは一発抜かないと。考えたら今朝は朝早く出かけて1度もナツミを抱いていないし」
そう大声でザックが喚くと、もう一度顔を傾けてキスをしようとしてきた。
とんでもないザックの言葉に私はゆでだこの様に顔を真っ赤にした。
「何て事を言い出すんだよ!」
褒めてくれるのは嬉しいけれど──今まだお昼だし。
そうではなくても、ここはノアの別荘の玄関前だよっ。
「やーめーてー!」
私の声が森いっぱいに響いた。
その後、アルマさんの竹箒がザックの後頭部に直撃したのは言うまでもない──
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神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
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彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
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