【R18】ライフセーバー異世界へ

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049 探りあう男達

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 ザックがサンダルの踵をウッドデッキの上で打ちつけ、コンと音を立てる。
 その音に反応したノアが、デッキチェアから体を起こし後ろを確認した。音をあげた犯人がザックである事が分かると、軽く手をあげてデッキチェアに再び体を戻した。
 ノアは優雅に日除けである、布張りの傘の下に隠れた。
「あれ? シンは何処に行った?」
 ザックは辺りを見回しながら、長い足で颯爽に歩いてノアが横になっている側に立った。
 生成りの麻素材のシャツはダボッとしたシルエットになっていて、隙間から心地よい風が通り抜けた。
 再び、辺りを見回してもシンが何処にもいない。
「シンはネロに頼まれた薬草を摘みにそこから森の中に入っていった。もうそろそろ、戻る頃だと思う」
「おお。そうだったな」
 ザックは思い出した様に声をあげる。
 そして、サイドテーブルの上にあるコップを手にしてレモン水を飲んだ。
「お前なぁ……ネロに頼まれていた事すら忘れていたのか?」
 呆れかえったノアの声が、傘の下で聞こえる。
「いいや、忘れてないさ。俺は温泉のお湯を取ってくる様に言われてな。もう既に袋に入れて馬の荷に積んである」
 ザックがサイドテーブルの反対側に置かれていたデッキチェアに腰をかける。
 座る部分を長い足でヒョイッと跨いで腰を下ろした。ノアと同じ様に大きな傘の下でゆっくりと風を感じる事にした。
「温泉のお湯か……全くネロも何を考えているのか」
 ノアは呆れながら溜め息をついた。

 シンには薬草を、ザックにはお湯を。そしてノアには──
「何故俺には、アルマのパンを頼むんだ……」
 ノアは腑に落ちなくて不満そうな声をあげてしまう。
「ノアの頼みなら、とびきり美味いのをアルマが焼き上げてくれるからじゃないか? 俺とシンじゃ役不足だ」
 ザックは自分が飲んだレモン水を追加する為、ピッチャーからコップにレモン水を注いだ。

 確かに……ネロの人選は適材適所なのだろう。
 1人1人をきっちり見ているネロに、今更ながら感心するばかりだ。
 変態の研究者である事は事実だが。

 医療魔法の研究以外何の興味もないと思っていたのだが、そうではないのかもしれない。
 ネロには──アル・ネロ・ノア、この三兄弟の関係はどんな風に映っているのだろう。

 目前には先程まで泳ぎを習得する為にみっちり練習をした溜め池が広がっている。
 そういえばこの溜め池も……



 ノアがぼんやりしながら目の前の溜め池を見つめていた。
 ナツミの言うところの水泳教室だったか。その練習を思い出しているのだろうか。
 それとも……
 そういえば、この溜め池にはじめて足をつけた時ノアが言っていた言葉を思い出した。



 ──
「ネロが昔、実験的に作ったもので結果的に溜め池になったと言うか……」
 ノアが池の縁に腰をかけて、足をゆっくりと水につけながら話をしてくれた。
「ネロがそんな実験をしていたのか。あいつの事だから、池を作るぐらいの穴を魔法で起こしたのか。攻撃魔法でも実験したのか? 医療魔法一筋なのかと思ってたのに……」
 ザックが全く知らなかったという風に声をあげた。
「違うさ。ネロがやろうとしていたのは、別荘の裏にある温泉をここに引いてくる事だったんだ」
 ──



「ネロが別荘の裏にある温泉をここに引いてこようとしたのは、ノアの母親の為だったのか?」
 ザック声にノアがハッとして顔をあげ、体を起こした。
「ノアの母親は体が弱くて、よく寝込んでいたのだろ?」
 ザックもノアに向かい合う様にデッキチェアに座り直す。
 サイドテーブルを囲む様に長い足を投げ出した。
 レモン水の中に浮かんでいた氷が音を立てて溶け崩れていた。

「温泉に入ると比較的体調が良くなるからと言ってな。この別荘に移り住んだんだが──」
 ノアは口を開いて当時の事を思い出しザックに話しはじめた。


 この別荘に移り住んだ理由は、ノアの母親の療養の為だった。
 ノアの母親は妾という事もあり、家族で住んでいた城では本妻から散々な目にあった。
 お陰でアルまでもがノアにちょっかいを出す様になったので、別荘に移り住むのはいいタイミングだった。

 ノア母は体が弱く寝込む事が多かった。
 それでも温泉に入った翌日は、体調が比較的よく起き上がる事も歩く事も出来た。

 晩年は寝込むばかりで、裏手の温泉まで歩く事が出来なくなってしまった。
 まだ10歳に満たなかったノアは母の部屋のバスに温泉お湯を溜める為、木桶に温泉をすくい何往復もしてバスにお湯を溜める事をしていた。

 実はノアは、今でこそ体も発達し大きく強くなったが、15歳位まではヒョロッとした、色白で力の弱い少年だった。
 だから、今ならたった数分で行ける裏の温泉も10歳に満たない当時のノアには簡単には出来ない事だった。直ぐ転んではお湯はひっくり返し、膝も擦り傷だらけだった。

 ある日、フラフラになって歩くノアをネロが見て、提案をしてきた。
 
『魔法を使って温泉をこの中庭に引こうよ』
 
 ノアはその提案に驚いて当時からもやしの様に細いネロに、ありがとうと飛びついて喜んだのだが──
 
『そうしたら、ノアのお母さんの美しい入浴が見られるかも……』
 と、涎をたらさんばかりのネロに対して、飛びついたまま泣いて喚いたノアだった。


「さっすがネロ。変態まっしぐらだな」
 ザックは軽く笑いネロの変態への頭角に感心していた。
「ハハッ、だろ?」
 ノアも当時を思い出し軽く笑った。


 そんな、変態の片鱗を見せはじめたネロもまだまだ子供だった。

 魔法を使える事に頭角を現しはじめたばかりで、頭も良かったが力が及ばず。
 雷が落ちた様な、大きな音がする激しい魔法の後には、溜め池が出来ただけだった。

 そもそも中庭には綺麗な噴水や植木があったのに、それらが全く無くなっているばかりか、訳の分からない溜め池が出来上がった時にはメイド頭のアルマも怒髪、天を衝く勢いだった。

「そりゃ確かにアルマも怒るだろう。植木っていったら手入れもしていたのだろ? それがコレになったんじゃぁな!」
 ザックが池を指差しながら、改めて腹を抱えて笑う。
 そりゃあそうだ。毎日手入れをしていた植木や花々が得体の知れない池になったのだから。
「それでも母は──」
 ノアは懐かしそうにアイスブルーの瞳を細めて微笑んだ。

『もー! ネロとノアったら! 面白い事を考えるのね。でも、残念だけど温泉じゃないわね。池だわ……しかも、突然池って! プッ。アハハハ』

 そう言って痩せ細って元気がなかったのに、弾けて笑っていた。延々と笑うから過呼吸になるのではないかと心配になる程だった
 しかし──
 笑っていたはずなのに気が付いたらしゃくり上げながら美しい顔が台無しになるぐらい泣いていた。
 そして、ノアとネロを抱きしめて、何度も『ありがとう』と言ってくれた。
 鼻水が頭の上にたれるぐらい母は泣いていた。

 ノアも、ネロと共に頑張ったのに全く違うものが出来上がってしまい、おかしくて笑っていたのだが。母が泣くので結局最後はつられて声をあげて泣いた。

 あの時は母が悲しくて泣いているのかなと思っていた。

 今なら分かる。何故母が泣いたのか。
 幼い子供達の思いが嬉しくて泣いたのだ。
 
 なのに提案者であるネロは「美しい顔なのに、台無しですよ」と、飄々と笑っていた。
 泣いているノアと母を、ネロは子供ながら抱きしめてくれた。



「そうか。そんな池で、今度はノアが泳ぎをしかもナツミから教わるなんてな」
 ノアの思い出を聞いてザックは整った顔を池に向け、その情景を今ここで見た様に笑っていた。

 ファルの町ではノアの様な思いをして家族を失った子供は多い。
 ザックもそういった子供の1人だった。
 だからこそ、ノアの複雑な気持ちは理解しているつもりだ。

「だろ? 変な話もあるもんだ。ネロが作った池なのに、縁があるのは俺みたいだ」
 ノアは笑ってコップを持つとレモン水を口に含んだ。
 飲み干すと少しだけ口を開くのをためらう。
 ノアは静かにザックを見つめた。
 ザックはアイスブルーの瞳が強く光っている様に感じた。
「実はなこの別荘に来るのも、母が亡くなって以来だ」
「!」
 ザックは口を閉じた。
 そうだったのか。それで少し別荘に来るのをためらったのか。
 ザックは「みずぎ」見たさに、ごり押しをした事を思い出した。何だか悪い事をしてしまった様な気になる。

 誰でも触れられたくない、場所や気持ちはあるものだ。それを土足で踏みにじったのかもしれない。

「悪かったな」
 ザックは素直に口に出していた。
 ザックのつり上がり気味の眉がキュッと下がったのがおかしくてノアは軽く笑った。
「プッ。お前がそんな殊勝だと気持ち悪いな。仕方ないさ俺も「みずぎ」につられたんだし」
 ノアは茶化す様に笑って手を振った。
 それはそれでノアの照れ隠しだったのだろう。ザックはそう思った。
 だからその軽口に乗って聞きたかった事を口にした。
「みずぎ、はよかったなぁ。ナツミは泳ぎも上手いし。俺、生きててよかった」
 ザックは手を心臓に当て、ウットリしながらナツミの「みずぎ」姿を思い出す。

 うっすらと肩に残った日焼けの痕。キュッと引き締まった腰。上に向いた丸いお尻。胸は小ぶりだがとても形が良い。程よく肉がついている腕と太股。
 贅肉ではなく泳ぐ為に体が作られている様に思う。
「肌触りも最高だし」
 ザックは色々連想していくが、結局最後にはナツミを抱いて啼かせて昇り詰める場面にたどり着いてしまう。

「そうだなぁ。ナツミのあの肌は確かに」
 ノアも思わず声をあげる。
 確か傷を確認する為に腕を触った時、ナツミの肌が吸いつく様な肌触りなのを思い出した。
 ファルの町の人間はどちらかというとサラッとした触り心地の女性や男性が多い。
 ナツミは肌の表面が常にしっとりとしている様だった。
 もしかするとザックと濃厚なキスをしていたから興奮していたのかもしれないが……

 ノアの呟きをザックは聞き逃さない。
「駄目だぞ。ナツミは俺の女だからな」
 サイドテーブルの角を両手で掴み、ザックが身を乗り出してきた。そして低い声でひと言呟く。
「は?」
 突然のザックの牽制にノアは目を丸くした。
「ナツミは俺の女だ。どんなにノアが気になっていても、それだけは許さない」
「俺がナツミを?」
「そう」
 噛みつかんばかりに身を乗り出すザックの瞳が細められる。
 ノアはそのザックの顔に面食らうが、おでこをつきあわせる様にして睨み返す。
「確かに。ナツミが面白い提案をして俺の考え方に影響しているのは認める。だが、それ以上はない。だってお前ザツクの女なのに」
「そうかな? 俺にはそうは思えない」
 ザックは更にノアを睨み返した。
「そうは思えない、だと? 何も見えなくなっているのはお前の方だろ、ザック。だって、俺にはマリンがいるから──さ!」
 そう言ってノアはつきあわせていた顔を遠ざけると、ザックのおでこを指で弾いた。
「痛てぇ」
 ザックは両手で自分のおでこを押さえていた。
「俺の方こそ、やっとザックに特定の女が出来て安心しているところだ」
 ノアはポケットから取り出したハンカチでザックのおでこを弾いた指をわざと拭いて見せた。
「俺は汚くないぞ。何で俺に特定の女が出来て、安心するんだ」
 ノアよお前は俺の家族か何かか! そう最後につけ足してザックが目の前で喚いていた。
「そりゃぁ、独り者のザックが俺のマリンに手を出さないか心配で心配で……」
 ノアはハンカチを再び折り畳んでポケットにしまう。
「はぁ? 何で俺がマリンに手を出すんだよ! ノアの女だってのに」
「ほら、お前もそう言うだろ?」
「あ……」
 同じ答えをノアから返されザックは口を閉じてしまう。


 気にしすぎか? 
 確かにノアはナツミを特別視している様な気がするが。
 それをノア自ら認めるって事は、恋愛の様な感情ではないという事か。


「ほら。ザックだってそう答えるだろ。ザック……お前ナツミに前のめりすぎだぞ。そのうちナツミに嫌がられるぞ。大丈夫か?」
 年下のノアに心底心配されてザックは顔をしかめた。
「な、何を! そ、そんな訳ないだろ……」
 多分。と、小さくザックはつけ足した。


 くっ。痛いところをノアはつくなぁ。ザックはギリギリと歯を食いしばる。
 余裕ぶっているがその実──がっついているのではないか。
 ナツミの少しの発言や行動が気になって仕方ない。惚れた弱みで、目が離せないというのもあるが。

 ザックが無意識にナツミの虜になってしまった様に、知らないうちにファルの町の、この世界の男達の誰かに、ナツミが思われてしまうのではないかと心配している。

 その相手が──もしかするとこのノアかもしれないと思うと気が気ではない。
 ノアはザックから見てもいい男だ。
 少し抜けたところもあるが努力をして勝ち取っていく性格はとても分かりやすいし魅力的に見えるだろう。
 努力や悩み事も上手く隠してしまう自分とは真逆に位置しているから余計気になる。

「お? 何か思い当たる節があるんだろ? がっついてんじゃねぇのか? 気をつけろよ」
「くっ!」
 ノアに図星をつかれザックは頭を抱えてしまった。
 仕方がないだろう! ザックは心の中で呟く。
 人を好きになると言うのはこんなにも自分を見失うのかと初めて経験しているのだ。


 ──そんなノアも、先程言った自分のセリフがザックにどう聞こえたのか気になっていた。

『そりゃぁ、独り者のザックが俺のマリンに手を出さないか心配で心配で……』

 ノアは軽く言ったつもりだが、実はマリンと付き合いはじめてずっと思っていた事なのだ。
 この女とみれば誰彼かまわず声をかけるザックが、マリンだけ反応しないのだから──



 ファルの町で1位、2位を争う色男のノアとザックは、お互いを認めながらも探りあって、そして自分自身が悩み藻掻いていた。
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