【R18】ライフセーバー異世界へ

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053 祭りと裏町 その3

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 ウツさんのお店は、見た感じアクセサリーショップなのだが……どうも違う。
 アクセサリーが並んでいるのは明るい光が取り込まれる店先だけで、奥の方はとても暗くて見えない。明るさの差が激しくて店先からは全く見えないが小さな部屋がある。

 ウツさんに促され奥に入る。てっきりアクセサリーを作る工房だと思っていたが、それだけではない。確かに、宝石を研磨し金属を加工する機械が並んでいる。
 しかし、部屋の奥に行けば行く程、何故か人が入れるぐらいの大きなみずがめが数個あり、1番奥の天井から床下まである棚にはびっしりと液体や粉が入った様な小瓶がところせましと並んでいた。暗いが清潔は保たれているのが分かる。テーブルの上は瓶などがいくつか並んでいるが、埃や汚れは見当たらない。部屋の片隅には何故かベッドがあった。

 私が興味津々となり奥の部屋を覗き込んでいると、ウツさんに後ろから掴まれた。
「ナツミ、ごめん。こっちは駄目だよ。秘密のお部屋だからね」
 秘密の部屋だと言われると、とても気になるが──彼の正体を暴くようで怖い。

 だから、私は心の中で何度も呟く。

 ここはアクセサリーのお店。
 看板は読めないけれどアクセサリーのお店。

 すると、お店の前に1人の若い男性が現れた。年の頃は、港で出会ったソルと呼ばれる青年程だろうか。
「なぁ、ウツ。この間のヤツを頼みたいんだけど」
 生成りのシャツに麻素材の紺色のズボン。そして、頭にはシャツと同じ素材で出来たストールの様な長細い布を被るように縛っていた。
 ウツさんは店先に現れた若い男性に近づくと片手を出した。ウツさんの掌に数枚のお札が載った。
「アレね。いい感じだったかな」
 ウツさんがお札の縁を指で擦って枚数を確かめた。切りそろえた髪の毛の下からグリーンの瞳が弧を描いて笑っていた。
「もちろんさ。あいつ気をやってさ……一晩中ねだられたんだ。けどなぁ、量が難しいから薄いヤツないか」
 若い男はニヤニヤしながら自分の股間をギュッと持ち上げ握ってみせた。
「分かった。アレは自分でも薄めてもいいんだけどさ。調整が難しいだろうから……じゃぁ、コレにしなよ」
 ウツさんは近くにあった戸棚から紺色の掌に収まるガラス瓶を取り出し、若い男に渡した。
 その瓶は香水の様だ。ただ、液体が入っているのがうっすらと見えた。
「いやぁ。ヤバくないから連続して使いたくなるけど。金がさぁ続かねぇからな」
 若い男はコソコソ、ウツさんに話しかける。
「まぁ、金はかけるだけの価値はあるでしょ……もし、金がなければ俺のお願いを聞いてくれたらいいよ? ま、今回は支払いありがとう」
 そう言って、ウツさんは若い男を笑顔で送り出した。それから、ウツさんはサラサラの金髪を揺らして振り向くと、戸棚にすっぽり隠れて顔を半分出している私を見つける。
「どうしたナツミ。そんなに怖い顔して。って、ザック。お前まで戸棚に隠れて何をやってるんだ。体がでかいのによく狭いところに隠れる事が出来るなぁ」
「店に来る奴らはほとんど俺の顔を知っているからな、絡まれると面倒くさいし」
 ザックは大きな体を戸棚にピッタリとつけ、冷や汗をかいていた。
 あれだけ派手に大通りから小さく入った裏通りを歩いてきたのに何故突然、この店ではそういう態度になるのだろう。私は首を傾げた。
「そうだな、ザックが連れているナツミに皆興味津々だろうからな。早速、覗かせろって言い出しかねないし」
「のぉーっ!」
 ザックが両手を上げてとうとう自分の耳を塞ぐ。しかし、ウツさんの方がはるかに早口だ。

 覗かせろって……何を。まさか、まさかの。
 私は何やら想像して、不機嫌に頬をふくらませてみせた。
 裏路地とか……どうなっているのザックって。
 
 機嫌が悪くなった私に対して、ザックは横目で確認しながら困り顔になる。それから、言い訳を試みようとしていたが、何も言葉が浮かばなかった様だ。人指し指を胸の前でツンツンと合わせていた。
 それは、悪さがバレた子供の様だ。チラチラ私を見て観念したのか、首をカクッと垂れ小さく呟いた。
「裏町に来るとさぁ、色々と昔の悪事がバレるから嫌だったんだが。この場所はどうしても連れてきたかったって言うか、その……まぁ、すまない」
 今、悪さをしたわけではないのだろうが謝るしかないザックだった。

 そうだ。こんなに色々な過去の悪事がバレるなら私をこの場所に連れてこなければ良かったのに。しかし、ザックはこう言った。

 この場所はどうしても連れてきたかったって言うか──
 
 ザックの言葉が私の心にストンと落ちる。
 ここはザックの昔いた場所だ。そこにザックは私を連れて来てくれた。

 私は何の計算もしていない取り繕う事すら忘れていたザックが急に、おかしくなってきて吹き出してしまった。
「ふふ。しょうがないね、ザックは」
 私が軽く笑って気を取り直すと、ザックはほっと溜め息をついた。
「さぁて、ザック。ナツミを連れて先に上の部屋に行ってろよ。俺はザックに頼まれた物を用意してから行くよ」
 ウツさんは私とザックのやり取りを楽しそう見つめてから、私の背中を押して奥にある狭い階段を上るように薦めた。
「ああ、ウツ頼んだ。ナツミ来いよ」
 ザックは私の手を再び繋いで階段を上った。
「うん」
 私はニッコリ笑って狭い階段を上りはじめた。


 の、だが──


 実に狭い階段だ。大人が2人肩を並べて登れるかどうか位だ。行く先は最上階の部屋。3階にある角部屋との事。

 しかし、2階に上がった時点で私は自分の耳がおかしくなったのかと思ってしまった。

 ”あっ、イイ。あっ、ああっ ほら上が留守になっているぜ んっ”
 ”駄目ェッ。あぁあぁ オレも、イイッ そこはぁ ああっ”

 今、何を聞いたのだろう。

 2階に部屋が複数あるが、漏れ聞こえてくる男女の濡れた声。
 部屋の壁やらドアが薄いのだろう。ううん、古い建物だからなのか。
 更に、外はまだ明るいはずだが階段を上ると恐ろしく暗い。ランプが所々ついているがとても弱い光だ。
 
 その声はカップル数というか、その、女性も男性も多い様な気がする……
 私は2階の階段の踊り場で立ち止まり、無言でザックを見上げる。困惑した顔だったに違いない。

 ザックは肩を小さく上げる。表情は上がり気味の眉を垂れていて、軽く諦めたように苦笑いをしていた。そして、私の不安を汲み取るように優しく手を握り返してくれる。

 優しく手を握り返されても、どう反応していいのよっ。

 私は、もう一度心の中で強く繰り返す。

 ここはアクセサリーのお店。
 看板は読めないけれどアクセサリーのお店。
『ジルの店』にある時間泊の部屋、みたいなラブホテルなんて事はない。
 ない、ない、ない! ないのだからっ。

 私はギュッと目をつぶって、ザックの手を握り返した。



「はぁ~」
 私は深い溜め息をついて3階の角部屋のドアを閉め溜め息をついた。
 3階の階段に近い部屋も獣みたいな声が聞こえたけれど。どんな行為なのか考えると顔が自然と赤くなる。それでも、部屋に入ると幾分か漏れ聞こえる声が小さくなった。

「ここは『ジルの店』より凄い……じゃなくて、酷い」
 私はドアに頭を擦りつけて思わず呟く。

 振り向いて部屋を見るが、部屋の中はとても暗い。部屋の壁についている弱々しいランプ光が見える。

「この建物は古いからな。部屋の扉も隙間とか多いし壁も薄い。だから声は外に漏れるし、その気になりゃ部屋も覗ける。ハハッ、そもそも壁だって単なる板だけだし。まぁ、部屋だけは比較的しっかりしている方だけど。どう見てもボロいんだよな。だけど……」
 ザックは暗い部屋の構造が分かっているのかゆっくり歩く。
 慣れない目で見えるのは、部屋の中央にはテーブルと2人がけの革張りのソファがあるだけだ。ザックはそれも長い足でヒョイと避けると、扉の反対側にある窓を開け放つ。
 ザックの両手が広がるぐらい横に長い窓だ。

 開け放たれた窓から外の光が入り込む。
 私は今まで暗い部屋を歩いたので、眩しくて思わず手をかざして影を作る。
 やがて視界が慣れて、窓の外の風景を見る事が出来た。
 その風景に私は驚いた。
「あ……」

 真っ青の雲一つない空と海が見える。
 祭りで騒がしい港付近の声と音楽、そしてピンクと黄色の花びらが空高く舞っている。
 空と海の境界線には小さな島々が見える。潮風が撫でるように入り込んでくる。
 それと共に花びらが部屋に入り込んで床に散っていく。

 空と海の風景も素晴らしいが、混沌としているようで生活感の溢れる町並みもとても美しい。オレンジ色の屋根、白壁の建物。中には茶色い木造の建造物も点在している。

 私は小走りに窓に近づいて、ザックの隣に並ぶ。
「わぁ。ファルの町並みってこうなっているんだね。3階でもこんなに見晴らしがいいなんて」
 私は笑顔になる。目の前には遮る建物がない。
「ここは坂の上だからな。建物が3階でもとても見晴らしがいいのさ。朝日が昇るのも夕日が沈むのも、あと夜の静かな風景もここから見るのは格別だ」
 ザックが海の方を指差しながら私の耳元で囁いた。
「そうなんだ! 夕日は……もしかして、もう少ししたら見られるかな?」
「ああ、もちろんさ」
 ザックは私の肩を抱きながら自分の方に引き寄せる。
「祭りも夜にかけて盛りあがるだろうし。今晩は花火が上がるはずだ」
「祭り、花火……」

 私は2つの言葉を聞いて友達のはるかちゃんとカップル同士で一緒に花火大会に行く予定だった事を思い出した。
 それも、しゆうと姉のはるの2人が浮気をしている現場を発見して予定はなくなってしまったのだが。
 秋と春見は私の事など忘れて晴れて恋人となり花火大会も楽しんだのだろうか?
 私自身がファルの町にいるのだから、その後あの2人がどうなったか等、知る事も出来ないが。

 思わず秋と春見の事を考えてしまったが不思議とあまり胸が痛まなかった。
 ザックが好きだと自覚したからなのかもしれない──

 そんな揺れる私の気持ちを察知したからなのか、肩を軽くザックが叩いた。
 それから、ザックが私の頭に自分の頬をつけて低い声で話す。
「階段で気が付いたと思うけど、この店は『ジルの店』の時間泊の部屋みたいな場所でな。表向きは住居って事になってるんだけど貧民街──裏町にはこういう商売をしている店が沢山あるのさ」
「そう……」
 ザックの顔は見えないが私と同じ様に海を見つめている様だ。
 一見、美しく見える町だが、どこか影を落としている部分があるのだろう。
「俺はこの町で生きてきてさ。喧嘩して騒いで女とヤって、毎日この繰り返しで。軍人になってもそれは特に変わらなくてさ。適当に面白おかしく過ごして生涯を終えるんだろうと、気楽に生きていたけれど……そうやって毎日過ごす事が空しくなる事もあるんだ」
「……うん」
「そんな時はこの部屋で1人籠もって何も考えずに海や町並みを見つめるんだ。そうすると、空しい気持ちも不思議と落ち着いて静かになる」
「そうなんだ……」
 領主の別荘にある温泉を勝手に利用したり、裏路地で女の人を抱いたり。飄々とした顔で何でもやってのけるザックにも影を落とす事があるのか。
 しかし、生きていれば気分が落ち込む事もあるよね。
「でも、ザックの事だから当然女の人も一緒なんでしょ……」
 思わず出た声がとても不満で低かったので、私自身驚いてしまった
 この部屋でもきっと何度も女の人を抱いたに違いない。
「お、ヤキモチか? ハハッ、可愛いな。それがな、俺がこの場所で籠もる事を知っているのは店にいたウツとノア、シンだけなんだ。俺がここでぼんやりする時は大抵ほったらかしにしてくれる。もちろん女は連れて来た事がない。それぐらい特別なのさ──」
 機嫌が悪い私をあやすように再び肩を抱きよせるザックは軽く笑っていた。

 女を連れて来た事がない──
 だったら、私はザックの秘密を1つ知った初めての異性、女性って事になる。
 不機嫌から一転、顔がニヤけるかも。
「そ、そう……だったらよし」
 私はニヤけた顔を誤魔化す為、早口になった。
「機嫌が直って何よりだ。お、船も見えるな。あの島に行く船だ。あの島はな──」
 そう言ってザックが指を指しながら船を、海を、町を、1つ1つ説明してくれる。
 私は無言で、ザックが見つめる同じ風景を見つめた。
 
 そこへ部屋の扉をノックしてからウツさんの声がした。
「おーい、ザック。入ってもいいかぁ。それともナツミに挿入中?」
 台無しな事をドアの向こうで呟いていた。
 
 太陽が傾いている。夕焼けが見えるのもあと少しだ。
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