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056 嫉妬のはじまり
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「えぇ。あんた本当に女なの? そうだとしたら大した事ないわね」
『ジルの店』の入り口でドアにもたれかかった女は捨て台詞を吐いた。
肩下まである細かいウェーブのかかった赤髪と赤い目が印象的だ。
夜の店で働く女性独特の濃い化粧を施した顔。
胸を強調した様な体のラインに沿ったタイトな黒いワンピースに身を包んでいた。
いつでも女同士の戦闘が出来ると言った様子だ。
「えーと、何だかすいません? 店までわざわざ来て頂いて」
対峙する私はいつもの仕事着である白いシャツに黒いハーフパンツ、焦げ茶色のウエスタンブーツだ。
今日は更にモスグリーンのエプロンにダンさんに借りた黒いバンダナで髪の毛を抑える様に後頭部で縛っていた。
片手にはデッキブラシもう片手にはブリキのバケツを持っていた。
今は丁度14時過ぎでお昼の営業時間を終えた『ジルの店』は夜の営業に向けて準備中だ。私は酒場の床掃除に没頭していてようやく目処が立ったところだった。
腰を入れてゴシゴシと床の木の板をデッキブラシで擦るのは結構な重労働だ。
お陰で着飾るどころか、ザ・掃除中、といった服装だった。
「へぇ。あんたみたいな貧相な相手なら、ザックを誘惑するのは簡単ね。最近は遊びに来てくれないから話も出来ないでいたけど──」
腕を組んだ黒いタイトワンピースの女性はドアにもたれかかったまま鼻で笑い「今度来た時はザックは私の虜よね」と続けた。
酷い言われ様だ。
しかし、あながち間違っていないので、私は思わず頷いてしまう。
「そうですね。わざわざ時間を作って店まで私を見に来てくれたのに申し訳ない」
「別にわざわざ時間を作って来たわけじゃ──」
「だって、その服は凄く上等な布ですよね? それにサンダルだって綺麗な石が並んでいるし、髪の毛もフワフワでセットしたばかりみたいだし……」
ザックの恋人になった相手がどんな女なのか見に来る為に、自分を磨きに磨いて来たのだろう。
対峙した時、自分は負けていないと思わせる為に。
しかし、店から出てきたのがデッキブラシを持った女とは思っていたなかっただろう。
「こっ、この服は、そんな上等な服じゃなくて、髪もセットしたわけじゃないし──って、とにかく、そこまで来たから寄ってみただけよっ!」
私の考えが違っていた様で黒いタイトワンピースの女は顔を赤くして怒りだした。
「そうだったんですか。あっ! 良かったら夜にでも立ち寄ってくださいよ。最近お客様が少なくて」
そうなのだ。最近お客様の足が遠のいているのは確かだ。
昨日の祭りは素晴らしく売り上げが良かったそうなのだが、激戦区である『ジルの店』も何か他とは差別化を図らないと売り上げがこのままでは下がって行く一方かもしれない、と昨日の晩ダンさんが唸っていた。
そうなると無駄な居候の私なんてあっという間にクビになってしまう。
私の発言に更に女は目をむいて怒る。
「何で私が……他店の踊り子がライバル店の、し、しかも1番人気の『ジルの店』に立ち寄るのよっ!」
「1番人気なんだ! じゃぁ、何で売り上げが落ちるの? うーん、あっ。考え方を変えて他店偵察っていうのはどうですか? 何かお互いに面白い事が見つかるかも」
「えぇぇ」
「それに、今晩はザックもいるし。話が出来ていないなら顔を合わせる機会がありますよ?」
「馬鹿にしないで! 何なのよっ。わけが分からないわっ」
そう言って女は真っ赤な顔のまま店のドアを閉めて去って行った。
「ああっ……行っちゃった」
私がドアが閉められて暗くなった入り口で呟く。
「プッ、アハハハ! ナツミ面白すぎ。いつになったら本物の喧嘩をしてくれるの? 今ので3人目なのに」
後ろで私と同じ姿のミラが大笑いする。赤髪のポニーテールが馬の尻尾の様にゆらゆら揺れていた。
「14時の営業が終わって立て続けに3人って、改めてザックの遊びっぷり──じゃなくて、人気振りが分かるわね」
マリンもフワフワのプラチナブロンドを可愛いリボンでポニーテールにしていた。
デッキブラシを持ったままフフと笑った。
マリン……途中で地味に言い直したね。
花火で幕を閉じた祭りの翌日、私達は今日は酒場の掃除をしていた。
お昼はかろうじて営業していたが、祭りでどんちゃん騒ぎになったそうなので、至るところで汚れが目立つ。祭り当日もたっぷりとお休みを貰った私達は掃除を任されたのだ。
あの祭りでザックが派手に私にキスをして恋人だと公言したのもあって、女性が訪ねに来ていた。今の女性で3人目だった。
私を店先で呼び出すのだが、女性達は皆美しく着飾っている。
真っ昼間からのなまめかしい姿、更に『ファルの宿屋通り』とくれば、皆いずれかの店に属している女性だという事が分かる。
彼女達は私の姿を頭からつま先まで舐める様に見ると、皆勝ち誇った顔をする。
当然だ。私か姿で彼女らに勝てる事は見当たらない。
特におっぱいやお尻が大きいわけでもないし、美人でもないのだから。
勝ち誇って優越感に浸った後、結局最後は「ザックが最近遊びに来てくれないから」という話になり「今晩来るから話をしては?」と案内すると、3人共最後は怒って帰って行ってしまう。
「えぇ~本物の喧嘩って……どんな?」
「取っ組み合いとか?」
ミラが面白がって笑う。
「嫌だよそんなの……」
勝っても負けてもザックの気持ちが問題なのだ。
「だけど『今夜ザックが来る』って言う話をされたんじゃ怒るわよ」
店の入り口でたむろする私達3人組声をかけたのは、踊り子の先輩リンさんだった。
歌も上手くて男性からも人気がある。大きなバストが目を引く女性だった。
確か、初めて『ジルの店』のウエイター……ではなくて、ウエイトレスの仕事をはじめた初日、ザックにキスをされたあの日──ザックの隣にしなだれかかる様に座っていた女性だ。
リンさんは白いタオル地のガウンを着ていた。赤髪はまだセットしていないし、メイクもしていない。本当に今起きたばかりの様だ。
「おはようございます」
私達3人はリンさんに挨拶をする。
リンさんはおはようと返しながら私をジッと見つめた。
「同じ目線で喧嘩をしないっていうのは──賢いわね。ナツミ」
笑いながら私の肩にポンと手を置いた。
「!」
どうやらリンさんにはバレていた様だ。
実は、日本で元恋人の秋と付き合う事になった時、同じ様な事が起こったのだ。
秋はスポーツジムのインストラクターをしていたが、広告塔になるぐらいの格好良さだった。芸能人ではないが地元ではちょっとした話題の男性で女性に大人気だった。
大学卒業後付き合いはじめた私の元に興味津々に訪れる女性達。
大した事ないという文句から、悪口を言われる等、それは色々あった。
いつだったか私が我慢出来ず大爆発して、その内の女性の1人と大喧嘩になった事だってあったけれど、後悔しきりの出来事だ。
取っ組み合いの喧嘩になったかが大きな怪我にはならなかった。
最後に秋が治めてくれたけれども、何の解決にもならなかった。
流石に悪口はなくなったが、私と彼女らのわだかまりが消える事はなかった。
意地悪をされたから、つまらない文句を言われても、ねじれたままで同じ目線で喧嘩をしても意味がないのだ。
そして、ザックでも同じ様な事が起こるとは。
どの世界でも難しい問題なのだなと思う。しかし、経験しているので何だか構えが出来ている自分に笑ってしまう。
「ナツミって、相手の嫌味が分かってて話を逸らしていたの?!」
「そうだったの。凄いわね……」
リンさんの発言にミラとマリンが目を丸くしていた。
「だけど『今夜ザックが来る』っていうのはつまり、ナツミに会いに来るって事でしょ? それでは嫌味になってしまって、むしろ怒らせてしまうわよ」
リンさんは溜め息をついて笑っていた。
「あ……」
しまった。確かにそういう意味になってしまう。
ザックも忙しいし、単に話をする機会が出来る方がいいって思っていたけれど、そうなるよね。
「すみません。そんな風に考えていませんでした」
私は彼女達がした様に、同じ嫌味を言っていた事に気がついて恥ずかしくなり瞳を伏せてしまった。
「あら。その顔を見る限りでは、話を逸らすので精一杯で、本当に計算なしで言っていたみたいね」
「はい……」
「プッ。そんなに落ち込まなくても。でも、やり取りは面白かったからそのぐらいの意地悪ならきっと許されるわよ」
リンさんはそう言ってウインクをしてくれた。
「ありがとうございます。今後は気をつけますね」
私は優しく微笑んでくれたリンさんにお礼を言った。
「ヤダわ~何かリンさんが優しくしている……先輩の癖して普段わがままばっかりなのに」
「そんな事を言うのやめなさいよ。リンさんだって先輩風を吹かせたくてもナツミぐらいにしか吹かせないのよ。きっとそうだわ。ミラ」
「マリン……何気に酷い事を言うわね。だけど、おかしいわよ。しかもお昼に起きてくるなんて」
「確かにリンさんはいつも夕方まで寝てるわねぇ」
「それに以前、イブさんとベルさんと3人でザックの事取り合いしていたわよね?」
「そうだったわ! 確か結局ザックが3人1度に相手するとか言い出して……」
「そうそう、ザックに必死になって3人して……」
全くひそひそ話になっていないミラとマリンだ。
ああ、その後半の話はいつか何処かで聞いた事がある様な。
「ゴホン! もうわざとコソコソ話すぐらいなら面と向かって言いなさいよ!」
リンさんが堪らず咳払いをしてミラとマリンを睨みつけた。
「はぁい」
「フフ。ごめんなさい」
ミラとマリンがペロッと舌を出して謝っていた。何だかんだ仲良しだ。
「まぁ、私だってザックの事とても素敵な男性だと思っているし、隙あらばっていう気持ちもないわけじゃないんだからね? ナツミ、覚悟しなさいよ。ただ、ナツミを見に来る様な女達がやる様な嫌味や意地悪はしないわよ。そんなの『ジルの店』の看板踊り子として名が廃るし」
リンさんは軽くウインクしてみせた。
言い切る姿は同じ女性としても格好が良かった。
ノーメイクで眉毛がないけれども。
「はい」
私は嬉しくて笑顔でリンさんに答えた。
「ナツミを見に来る様な女達がやる様な事はしないって……自分達は店の中でザックを奪い合ったくせに」
ミラが口を尖らせて文句を言っていた。
「あ、あれは、少し必死になったって言うか。でも改めてナツミに文句を言いに来た女達を見ると、情けないって言うか、哀れって言うか」
「ああ。自分も同じ様に見えたと言う……だから止めておこうと思ったと」
マリンがリンさんの心境にズバッと踏み込んで行く。
うわぁ、マリンも凄い事言うなぁ。
マリンの言葉にリンさんはパッと赤くなった。どうやら図星だった様だ。
「それにさぁ~いつからリンさんが看板踊り子になったのよ……リンさんは『ジルの店』1番の恋多き女でしょ? 後、最近ちょっと太ってきて衣装が入らなくなってきてるでしょ。おっぱいが大きな女性を好きな男性も多いですけれどお腹のお肉もついてくるんですよ」
とどめにミラがあきれかえった様に声を上げた。
「もうっ。2人共意地悪ばっかり言わないでっ!」
リンさんは顔を真っ赤にして声を上げた。
そして皆で笑い合う。何だかんだで懐の深いリンさんだった。
しかし──
ひとしきり笑った後リンさんが近づいてきて私にコソコソ話しかける。
「ねぇ、ナツミ。ところでこの間来ていた、ネロさんって次はいつ来るのかしら?」
「ああ、ネロさんいつの間にか来てくれる様になりましたね。いつ来るのかなぁ?」
リンさんがネロさんについて尋ねてきた。それから薄い眉毛を照れた様に八の字にして、モジモジする。
……何だろう
「彼ってね、あっちの方が凄いの……何でも腰が悪くて中々出来なかったって言っていたけれどもそんなの嘘みたい。私ねネロさんとの一夜が忘れられなくて。あんな事したの初めてだし……だから次はいつ来るのかなぁ~って。と言うか、ナツミから来てくれる様に言ってくれない?」
え。ネロさんってそんな事していたのかっ。
いつの間にか『ジルの店』の常連になっていたネロさんにも驚いた。まぁ、そういう事をする事も出来る店なので何も文句はないのだが。
しかし『あんな事したの初めてだし』って何をしたのだろうネロさん。
ん? リンさんがいつもより早く起きてきた目的ってこの事?
ネロさんがノアのお兄さんって知ってか知らずか、リンさんは瞳の中にハートを作っていた。
『ジルの店』の入り口でドアにもたれかかった女は捨て台詞を吐いた。
肩下まである細かいウェーブのかかった赤髪と赤い目が印象的だ。
夜の店で働く女性独特の濃い化粧を施した顔。
胸を強調した様な体のラインに沿ったタイトな黒いワンピースに身を包んでいた。
いつでも女同士の戦闘が出来ると言った様子だ。
「えーと、何だかすいません? 店までわざわざ来て頂いて」
対峙する私はいつもの仕事着である白いシャツに黒いハーフパンツ、焦げ茶色のウエスタンブーツだ。
今日は更にモスグリーンのエプロンにダンさんに借りた黒いバンダナで髪の毛を抑える様に後頭部で縛っていた。
片手にはデッキブラシもう片手にはブリキのバケツを持っていた。
今は丁度14時過ぎでお昼の営業時間を終えた『ジルの店』は夜の営業に向けて準備中だ。私は酒場の床掃除に没頭していてようやく目処が立ったところだった。
腰を入れてゴシゴシと床の木の板をデッキブラシで擦るのは結構な重労働だ。
お陰で着飾るどころか、ザ・掃除中、といった服装だった。
「へぇ。あんたみたいな貧相な相手なら、ザックを誘惑するのは簡単ね。最近は遊びに来てくれないから話も出来ないでいたけど──」
腕を組んだ黒いタイトワンピースの女性はドアにもたれかかったまま鼻で笑い「今度来た時はザックは私の虜よね」と続けた。
酷い言われ様だ。
しかし、あながち間違っていないので、私は思わず頷いてしまう。
「そうですね。わざわざ時間を作って店まで私を見に来てくれたのに申し訳ない」
「別にわざわざ時間を作って来たわけじゃ──」
「だって、その服は凄く上等な布ですよね? それにサンダルだって綺麗な石が並んでいるし、髪の毛もフワフワでセットしたばかりみたいだし……」
ザックの恋人になった相手がどんな女なのか見に来る為に、自分を磨きに磨いて来たのだろう。
対峙した時、自分は負けていないと思わせる為に。
しかし、店から出てきたのがデッキブラシを持った女とは思っていたなかっただろう。
「こっ、この服は、そんな上等な服じゃなくて、髪もセットしたわけじゃないし──って、とにかく、そこまで来たから寄ってみただけよっ!」
私の考えが違っていた様で黒いタイトワンピースの女は顔を赤くして怒りだした。
「そうだったんですか。あっ! 良かったら夜にでも立ち寄ってくださいよ。最近お客様が少なくて」
そうなのだ。最近お客様の足が遠のいているのは確かだ。
昨日の祭りは素晴らしく売り上げが良かったそうなのだが、激戦区である『ジルの店』も何か他とは差別化を図らないと売り上げがこのままでは下がって行く一方かもしれない、と昨日の晩ダンさんが唸っていた。
そうなると無駄な居候の私なんてあっという間にクビになってしまう。
私の発言に更に女は目をむいて怒る。
「何で私が……他店の踊り子がライバル店の、し、しかも1番人気の『ジルの店』に立ち寄るのよっ!」
「1番人気なんだ! じゃぁ、何で売り上げが落ちるの? うーん、あっ。考え方を変えて他店偵察っていうのはどうですか? 何かお互いに面白い事が見つかるかも」
「えぇぇ」
「それに、今晩はザックもいるし。話が出来ていないなら顔を合わせる機会がありますよ?」
「馬鹿にしないで! 何なのよっ。わけが分からないわっ」
そう言って女は真っ赤な顔のまま店のドアを閉めて去って行った。
「ああっ……行っちゃった」
私がドアが閉められて暗くなった入り口で呟く。
「プッ、アハハハ! ナツミ面白すぎ。いつになったら本物の喧嘩をしてくれるの? 今ので3人目なのに」
後ろで私と同じ姿のミラが大笑いする。赤髪のポニーテールが馬の尻尾の様にゆらゆら揺れていた。
「14時の営業が終わって立て続けに3人って、改めてザックの遊びっぷり──じゃなくて、人気振りが分かるわね」
マリンもフワフワのプラチナブロンドを可愛いリボンでポニーテールにしていた。
デッキブラシを持ったままフフと笑った。
マリン……途中で地味に言い直したね。
花火で幕を閉じた祭りの翌日、私達は今日は酒場の掃除をしていた。
お昼はかろうじて営業していたが、祭りでどんちゃん騒ぎになったそうなので、至るところで汚れが目立つ。祭り当日もたっぷりとお休みを貰った私達は掃除を任されたのだ。
あの祭りでザックが派手に私にキスをして恋人だと公言したのもあって、女性が訪ねに来ていた。今の女性で3人目だった。
私を店先で呼び出すのだが、女性達は皆美しく着飾っている。
真っ昼間からのなまめかしい姿、更に『ファルの宿屋通り』とくれば、皆いずれかの店に属している女性だという事が分かる。
彼女達は私の姿を頭からつま先まで舐める様に見ると、皆勝ち誇った顔をする。
当然だ。私か姿で彼女らに勝てる事は見当たらない。
特におっぱいやお尻が大きいわけでもないし、美人でもないのだから。
勝ち誇って優越感に浸った後、結局最後は「ザックが最近遊びに来てくれないから」という話になり「今晩来るから話をしては?」と案内すると、3人共最後は怒って帰って行ってしまう。
「えぇ~本物の喧嘩って……どんな?」
「取っ組み合いとか?」
ミラが面白がって笑う。
「嫌だよそんなの……」
勝っても負けてもザックの気持ちが問題なのだ。
「だけど『今夜ザックが来る』って言う話をされたんじゃ怒るわよ」
店の入り口でたむろする私達3人組声をかけたのは、踊り子の先輩リンさんだった。
歌も上手くて男性からも人気がある。大きなバストが目を引く女性だった。
確か、初めて『ジルの店』のウエイター……ではなくて、ウエイトレスの仕事をはじめた初日、ザックにキスをされたあの日──ザックの隣にしなだれかかる様に座っていた女性だ。
リンさんは白いタオル地のガウンを着ていた。赤髪はまだセットしていないし、メイクもしていない。本当に今起きたばかりの様だ。
「おはようございます」
私達3人はリンさんに挨拶をする。
リンさんはおはようと返しながら私をジッと見つめた。
「同じ目線で喧嘩をしないっていうのは──賢いわね。ナツミ」
笑いながら私の肩にポンと手を置いた。
「!」
どうやらリンさんにはバレていた様だ。
実は、日本で元恋人の秋と付き合う事になった時、同じ様な事が起こったのだ。
秋はスポーツジムのインストラクターをしていたが、広告塔になるぐらいの格好良さだった。芸能人ではないが地元ではちょっとした話題の男性で女性に大人気だった。
大学卒業後付き合いはじめた私の元に興味津々に訪れる女性達。
大した事ないという文句から、悪口を言われる等、それは色々あった。
いつだったか私が我慢出来ず大爆発して、その内の女性の1人と大喧嘩になった事だってあったけれど、後悔しきりの出来事だ。
取っ組み合いの喧嘩になったかが大きな怪我にはならなかった。
最後に秋が治めてくれたけれども、何の解決にもならなかった。
流石に悪口はなくなったが、私と彼女らのわだかまりが消える事はなかった。
意地悪をされたから、つまらない文句を言われても、ねじれたままで同じ目線で喧嘩をしても意味がないのだ。
そして、ザックでも同じ様な事が起こるとは。
どの世界でも難しい問題なのだなと思う。しかし、経験しているので何だか構えが出来ている自分に笑ってしまう。
「ナツミって、相手の嫌味が分かってて話を逸らしていたの?!」
「そうだったの。凄いわね……」
リンさんの発言にミラとマリンが目を丸くしていた。
「だけど『今夜ザックが来る』っていうのはつまり、ナツミに会いに来るって事でしょ? それでは嫌味になってしまって、むしろ怒らせてしまうわよ」
リンさんは溜め息をついて笑っていた。
「あ……」
しまった。確かにそういう意味になってしまう。
ザックも忙しいし、単に話をする機会が出来る方がいいって思っていたけれど、そうなるよね。
「すみません。そんな風に考えていませんでした」
私は彼女達がした様に、同じ嫌味を言っていた事に気がついて恥ずかしくなり瞳を伏せてしまった。
「あら。その顔を見る限りでは、話を逸らすので精一杯で、本当に計算なしで言っていたみたいね」
「はい……」
「プッ。そんなに落ち込まなくても。でも、やり取りは面白かったからそのぐらいの意地悪ならきっと許されるわよ」
リンさんはそう言ってウインクをしてくれた。
「ありがとうございます。今後は気をつけますね」
私は優しく微笑んでくれたリンさんにお礼を言った。
「ヤダわ~何かリンさんが優しくしている……先輩の癖して普段わがままばっかりなのに」
「そんな事を言うのやめなさいよ。リンさんだって先輩風を吹かせたくてもナツミぐらいにしか吹かせないのよ。きっとそうだわ。ミラ」
「マリン……何気に酷い事を言うわね。だけど、おかしいわよ。しかもお昼に起きてくるなんて」
「確かにリンさんはいつも夕方まで寝てるわねぇ」
「それに以前、イブさんとベルさんと3人でザックの事取り合いしていたわよね?」
「そうだったわ! 確か結局ザックが3人1度に相手するとか言い出して……」
「そうそう、ザックに必死になって3人して……」
全くひそひそ話になっていないミラとマリンだ。
ああ、その後半の話はいつか何処かで聞いた事がある様な。
「ゴホン! もうわざとコソコソ話すぐらいなら面と向かって言いなさいよ!」
リンさんが堪らず咳払いをしてミラとマリンを睨みつけた。
「はぁい」
「フフ。ごめんなさい」
ミラとマリンがペロッと舌を出して謝っていた。何だかんだ仲良しだ。
「まぁ、私だってザックの事とても素敵な男性だと思っているし、隙あらばっていう気持ちもないわけじゃないんだからね? ナツミ、覚悟しなさいよ。ただ、ナツミを見に来る様な女達がやる様な嫌味や意地悪はしないわよ。そんなの『ジルの店』の看板踊り子として名が廃るし」
リンさんは軽くウインクしてみせた。
言い切る姿は同じ女性としても格好が良かった。
ノーメイクで眉毛がないけれども。
「はい」
私は嬉しくて笑顔でリンさんに答えた。
「ナツミを見に来る様な女達がやる様な事はしないって……自分達は店の中でザックを奪い合ったくせに」
ミラが口を尖らせて文句を言っていた。
「あ、あれは、少し必死になったって言うか。でも改めてナツミに文句を言いに来た女達を見ると、情けないって言うか、哀れって言うか」
「ああ。自分も同じ様に見えたと言う……だから止めておこうと思ったと」
マリンがリンさんの心境にズバッと踏み込んで行く。
うわぁ、マリンも凄い事言うなぁ。
マリンの言葉にリンさんはパッと赤くなった。どうやら図星だった様だ。
「それにさぁ~いつからリンさんが看板踊り子になったのよ……リンさんは『ジルの店』1番の恋多き女でしょ? 後、最近ちょっと太ってきて衣装が入らなくなってきてるでしょ。おっぱいが大きな女性を好きな男性も多いですけれどお腹のお肉もついてくるんですよ」
とどめにミラがあきれかえった様に声を上げた。
「もうっ。2人共意地悪ばっかり言わないでっ!」
リンさんは顔を真っ赤にして声を上げた。
そして皆で笑い合う。何だかんだで懐の深いリンさんだった。
しかし──
ひとしきり笑った後リンさんが近づいてきて私にコソコソ話しかける。
「ねぇ、ナツミ。ところでこの間来ていた、ネロさんって次はいつ来るのかしら?」
「ああ、ネロさんいつの間にか来てくれる様になりましたね。いつ来るのかなぁ?」
リンさんがネロさんについて尋ねてきた。それから薄い眉毛を照れた様に八の字にして、モジモジする。
……何だろう
「彼ってね、あっちの方が凄いの……何でも腰が悪くて中々出来なかったって言っていたけれどもそんなの嘘みたい。私ねネロさんとの一夜が忘れられなくて。あんな事したの初めてだし……だから次はいつ来るのかなぁ~って。と言うか、ナツミから来てくれる様に言ってくれない?」
え。ネロさんってそんな事していたのかっ。
いつの間にか『ジルの店』の常連になっていたネロさんにも驚いた。まぁ、そういう事をする事も出来る店なので何も文句はないのだが。
しかし『あんな事したの初めてだし』って何をしたのだろうネロさん。
ん? リンさんがいつもより早く起きてきた目的ってこの事?
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