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061 黒いタイトワンピースの女 その1
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ザックが朝早く出かけると眠気に襲われ、ぐちゃぐちゃのシーツの上で眠る事2時間。寝過ぎたと思って起き上がるが、それでも時計は8時を指している。
ザックがどれだけ早起きで出て行ったのかを思い知らされる。途中で眠くなったりしないのかな。
ザックを少しだけ心配しつつ、眠たい目を擦り熱いシャワーを浴びる。それから、部屋の掃除に取りかかる。
窓を開けると夏の日差しが入り込み気持ちがいい。今日もファルの町は快晴だ。
「よかった。洗濯日和だね」
とは言うものの、ファルの町の天気は変わりやすい。折角干した洗濯物がスコールでずぶ濡れにならない様にしなくては。
こんな日は思いっきり海で泳ぎたいものだ。私は水泳教室ですっかり味を占めて水や海が恋しくなってくる。
ああ、またダンさん貝を捕りにでもいいから漁に出ないかな。
私は潜って銛で魚をついてもいいぐらいなのに。海に入れるのであれば食材目的でもいいと思える様になってきた。
そうして私の1日は始まった。しかし、これから忙しくなるなんてこの時は考えてもいなかった。
「よいしょっと」
私は『ジルの店』の裏口を出て直ぐ隣の路地に大きなゴミ箱を出す。
ゴミ箱は私の胸の辺りまである大きな木箱で、回収はお昼前に来てくれる事になっている。
「ナツミ、大丈夫かい。重たいなら無理しなくてもいいから。これは元々僕の仕事なんだし」
「大丈夫だよ。それにニコ1人じゃ無理だよ。この辺りに置いておけばいいのかな?」
細い路地なので、人が通る時に邪魔にならない様、建物の白い壁にピッタリ寄せて木箱を置く。
私の事を気遣って声をかけてくれたのはニコという少年だった。初めて店で働いた時、計算が出来なくて困っていた少年だ。実は今日初めて名前を知った。
ニコは私と同じぐらいの背格好をしていて痩せている。
後ろは短く切った赤髪で。前髪は長く伸ばしていて耳にかけていた。赤い瞳はとても澄んだ宝石の様だった。大きな目でまだあどけない顔をしている。
凄く若いのだろうなぁ。何歳なのだろう。
『ジルの店』は坂の上にあるので、細い路地からも海が見える。
ああ、海風が気持ちいい。瞳を閉じて、息を吸い込む。潮の香りがする……
私は仕事着である白いシャツとハーフパンツ。最近お気に入りのモスグリーンのエプロンと足元はグラディエーターサンダル。
そして、ザックが贈ってくれた大切なネックレスがシャツの隙間から輝いている。
「ナツミ、この間は変な質問をしてごめんね」
ニコが私の後ろでゴミ箱を並べると突然謝った。
「え? 何が」
私は腕を大きく振り、ラジオ体操をして体を動かす。イチ、ニイ、サン、シー、と、言いながら腕を振ると、腰の辺りがポキポキ音を立てる。
「この間、ザックさんが誰と泊まったか質問したけど、あの時一緒にいたのはナツミだったんだね」
勢いよく体をねじったが急に止めたので、ボキッと腰の辺りが音を立てた。
その音を聞いて、私と同じ服装をしているニコが困った様に細い眉を垂れていた。それからモジモジして頬を赤らめ、私に視線を寄越しながら口を尖らせていた。
「水くさいよ~ナツミ。あの時直ぐに教えてくれたらよかったのに。だから余計な事を僕はペラペラと話しちゃったじゃないか」
そう言えば初めてザックと過ごした翌朝、ニコが部屋を掃除する為に入って来た。
その時、ザックがリンさんを含めた3人の女性を、まとめて相手をしたという話をしはじめたのだっけ。
私も嵐の様な出来事が起こったので彼に正直に話せずにいた。
「アハハ。ごめんね、あの時は言いづらくて」
私は自分の後頭部をかきながら、細い路地でニコと向かい合う。
路地は狭く高い建物に挟まれているので、長い影が落ちていて白い石畳も暗い様な気がする。
ニコは短く刈られた赤髪を左右に振ってニッコリ笑う。
「そんな……謝らないでよ。僕もソルから昨日話を聞いた時はビックリしたけど、昨日ザックさんが嬉しそうにナツミが入った部屋に消えていったのを見たし」
「ソル……」
って、誰だろう。
最近何処かで聞いた様な名前だけれど。私は首を傾げた。
私とニコは向かい合ってお互い姿を鏡に映した様に首を傾げた。
「祭りの時にナツミとザックさんの2人に会って話をしたって、ソルが言ってたけど? ああ、ソルって言うのは僕の従兄弟でさぁ──」
「祭りの時……」
はて? 私の頭上にはハテナマークが一杯になった。
祭りって例のウツさんのお店に行った時だよね。ソルなんて人に会ったかな。
私は思い出せなくて腕を組んで更に首を傾げた。
「全く覚えてないの? ソルって結構男前なのに記憶に残らないなんて。流石ザックさんと恋人になるだけあるなぁ。あ──」
ニコが驚いてから妙な感心をするが、私の後ろを見ると目を丸くした。
「酷いなぁ。俺はナツミの名前も覚えているのに。ナツミは俺の事を覚えてないのか」
私の直ぐ後ろでよく通る声が聞こえた。振り向くと、輝く海を背に私より頭一つ背の高いモスグリーンのバンダナを巻いた男の子が立っていた。
見覚えがある姿に私は声を上げた。
「あの時の!」
モスグリーンのバンダナの下には彫りの深い顔。瞳は燃える様な赤色で薄暗い路地で光っている様子はまるで猫のよう。
短く刈られた髪の毛が跳ねる様にバンダナの上に飛び出していた。
バンダナの彼は白いチュニック風のシャツとベルトには短剣を刺し、長い足を焦げ茶色のズボンに包んでいた。
祭りの時に私を迷子だと思って声をかけてきた、3人組の男の子の1人だ。
確か真ん中にいた──
「名前は確か、えーと。そ、そ、そ~? 何だったかな。ああ、そうだ。ソレだよね!」
私はポンと手を叩いた。
「そう、名前はソレって言う──違うっ! ソルだっ! たった今、ニコが言っただろう」
ああ、そうだ。この漫才かコントの様な突っ込み。
あの時は3人組で面白いぐらい声を揃えて驚いてくれたっけ。
「アハハ。ごめんなさい。ソルだよね。この間はありがとう。私を迷子だと思っていたんだよね?」
名前を間違えた事で腕を組んで怒ったソルに謝った。
「全く……こんないい男の名前をわざと間違えて気を引こうなんてさ。ナツミもあざといなぁ」
そう言ってソルは、嘆かわしいと首を左右に振った。
何だろう──このザックを小型化した様な感じは。
私は笑いながらも、本当に名前を間違えた事は黙っておく事にした。
「まぁ、あの時は俺も悪かったよ。あんたみたいな幼い女が、まさかザックさんの恋人だなんて知らなくて」
ソルが私と向かい合う様に白い壁に背を預けると、長い足を組んで見せた。ソルもスタイルも抜群で女の子から黄色い声が上がりそうだ。
「ううん。仕方ないよ。ファルの町だと、私はとても子供っぽくて女性には見えないのは理解しているし」
ファルの町の住人は大人っぽいので仕方がない。
私はモスグリーンのエプロンの前のポケットに両手をそれぞれ突っ込んで口を尖らせた。そんな私の姿を上から下までジロジロと舐める様に見ると、ソルは首を傾げていた。
「何で女の子なのに、そんな冴えない格好をしているんだ? 祭りの時はそんな風じゃなかったのに。それじゃぁ、ニコと兄弟みたいだぞ」
「ヤダ、女の子だなんて──」
私は何だかくすぐったい呼び方にニヤけてしまった。
「ナツミ、女の子の部分だけ切り取って喜ぶべきではないと思うけど」
ニコが後ろから私の肩を叩いて笑っていた。
確かに後半の言葉は失礼極まりないのだけれども。
「だってさぁ、私は今年で23歳なんだけど、ザックやノアに会った時は男の子と思われるだけじゃなくて子供だと間違われるし。それから考えると女の子と呼ばれるなんて嬉しいなって」
「そうか、23歳になるのか。シンさんと同じ年齢なんだな。通りで若い──え?」
腕を組んで瞳を閉じウンウン言っていたソルが急に瞳をカッ! と開いて私の二の腕を掴んだ。
私の顔の目の前まで自分の顔を近づけると燃える様な赤い瞳を大きく開いていた。
「な、何?」
驚いて私は仰け反る。
バンダナの下にある彫りの深い顔は、なかなか整った顔だがかなり若い。それから私の顔を左右上下すべての角度から眺めたソルは、掴んだ二の腕を離して呆然とした。
「嘘だろぉ」
「嘘じゃないよ」
私は呆然とするソルに苦笑いとなった。
「えっ。ソルは17歳でニコは14歳なの……」
何て事。若い若いとは思っていたけれども、20歳前とは。
しかも2人は従兄弟同士なのだとか。
「そうだよ。ソルは17になったばかりで、僕は寒くなったら15になるんだ~」
ニコが笑いながら壁に背をもたれるソルの隣に並んだ。従兄弟同士だが余り似ていない。健康的な日焼けしたソルはまだ体の線は細いが、来年から軍学校に入るそうだ。きっと鍛えられていい体つきになるだろう。
反対にニコはまだまだ少年の域を脱していない。余り日焼けもしていない。
「そうなんだ。2人共随分と……」
若いね、と口に出したら負けそうなのでゴクンとセリフを飲み込む。
ヤダ。何だか一気に年寄りになった様な気分。
「ナツミが23歳だなんて。黒髪で黒い瞳の民族は極端に幼いのか? しかし、ザックさんもどうして。他にもこうくびれのある女達が町でも多くいたはずなのに……もしかして、あのもちっとした肌触りがいいのか? それとも──」
未だに私を頭からつま先まで舐める様に見て否定するソルだった。
まぁ、仕方ないよね。私もそう思うし。とは言うものの、本人を目の前にして少し失礼な独り言だ。
そう思ってソルを細い目で睨んでいると、ニコが思い出した様に声を上げた。
「ところで、ソルは何で『ジルの店』まで来たの? もしかして時間泊かい? じゃぁ、連れの女性は何処にいるの」
「何を言っているんだよニコ。時間泊で部屋を借りられる様な金はないさ。そうじゃなくて、お前の着替えがないんじゃないかと思ってさ、持って来たんだ」
そう言いながらソルは背中にひっかけていた布袋をニコに渡した。
「え? もしかして新しいシャツなのかな?」
「ああ。もう前に渡したの随分前だったしな」
「ありがとう! ソルそう言えば、あいつら元気?」
「ああ、もちろん元気で──」
そう言って2人は最近の近況について話を咲かせていた。
束の間のどかな風景──
何故ニコが『ジルの店』で働いているかは分からないけれども、彼も何か事情があるのだろう。ソルと同じという事は同じ貧民街出身なのかもしれない。
余り詮索してはいけないと感じて、私は先に店に戻ろうとした時だった。
「あら? こんな細い道に誰かと思えば、ナツミとか言う冴えない黒髪女じゃないの」
表通りに続く路地の先に、ザックと関係のあった他店の踊り子が腕を組んで立っていた。昨日訪れた女性の1人だ。
昨日より気合いの入ったメイクと、セットされたフワフワの赤毛。そして今日も体のラインがはっきりと出る黒のタイトワンピースを着ていた。
その姿を見たソルとニコは会話を止めて、私と同じ様に黒タイトワンピースの女を見つめていた。
事情の分かっていないソルは首を傾げるが、眩しそうに女を見つめていた。
「……ザックさんと関係のあった他の店の女だよ」
ニコがソルにしか聞こえない小さな声で呟いた。
「ふぅん、いい女じゃん」
ソルが黒タイトワンピースの女の、頭から足の先まで舐める様に見つめると、興味がありそうに呟いていた。
ソルはニコの従兄弟ではなく、実はザックの弟だったりするんじゃないの?
そんなソルとニコの姿を私の横に見つけると女は顎を少し上げて、鼻で笑った。
「へぇ、今度は随分と若い男を手玉にとってるのねぇ──」
「手玉って……」
私は思わず声を上げる。何処をどう見たら手玉にとっている様に見えるのだろう。
「しかも2人だなんて。この事をザックが知ったらどう思うかしらねぇ~」
黒いタイトワンピースの女はクスクス笑った。
ああ、今日も朝から絡まれるのか──嫌だけれども、逃げられそうもない。
私は溜め息をついて覚悟を決める。
それから、黒いタイトワンピースの女に向き直った。
ザックがどれだけ早起きで出て行ったのかを思い知らされる。途中で眠くなったりしないのかな。
ザックを少しだけ心配しつつ、眠たい目を擦り熱いシャワーを浴びる。それから、部屋の掃除に取りかかる。
窓を開けると夏の日差しが入り込み気持ちがいい。今日もファルの町は快晴だ。
「よかった。洗濯日和だね」
とは言うものの、ファルの町の天気は変わりやすい。折角干した洗濯物がスコールでずぶ濡れにならない様にしなくては。
こんな日は思いっきり海で泳ぎたいものだ。私は水泳教室ですっかり味を占めて水や海が恋しくなってくる。
ああ、またダンさん貝を捕りにでもいいから漁に出ないかな。
私は潜って銛で魚をついてもいいぐらいなのに。海に入れるのであれば食材目的でもいいと思える様になってきた。
そうして私の1日は始まった。しかし、これから忙しくなるなんてこの時は考えてもいなかった。
「よいしょっと」
私は『ジルの店』の裏口を出て直ぐ隣の路地に大きなゴミ箱を出す。
ゴミ箱は私の胸の辺りまである大きな木箱で、回収はお昼前に来てくれる事になっている。
「ナツミ、大丈夫かい。重たいなら無理しなくてもいいから。これは元々僕の仕事なんだし」
「大丈夫だよ。それにニコ1人じゃ無理だよ。この辺りに置いておけばいいのかな?」
細い路地なので、人が通る時に邪魔にならない様、建物の白い壁にピッタリ寄せて木箱を置く。
私の事を気遣って声をかけてくれたのはニコという少年だった。初めて店で働いた時、計算が出来なくて困っていた少年だ。実は今日初めて名前を知った。
ニコは私と同じぐらいの背格好をしていて痩せている。
後ろは短く切った赤髪で。前髪は長く伸ばしていて耳にかけていた。赤い瞳はとても澄んだ宝石の様だった。大きな目でまだあどけない顔をしている。
凄く若いのだろうなぁ。何歳なのだろう。
『ジルの店』は坂の上にあるので、細い路地からも海が見える。
ああ、海風が気持ちいい。瞳を閉じて、息を吸い込む。潮の香りがする……
私は仕事着である白いシャツとハーフパンツ。最近お気に入りのモスグリーンのエプロンと足元はグラディエーターサンダル。
そして、ザックが贈ってくれた大切なネックレスがシャツの隙間から輝いている。
「ナツミ、この間は変な質問をしてごめんね」
ニコが私の後ろでゴミ箱を並べると突然謝った。
「え? 何が」
私は腕を大きく振り、ラジオ体操をして体を動かす。イチ、ニイ、サン、シー、と、言いながら腕を振ると、腰の辺りがポキポキ音を立てる。
「この間、ザックさんが誰と泊まったか質問したけど、あの時一緒にいたのはナツミだったんだね」
勢いよく体をねじったが急に止めたので、ボキッと腰の辺りが音を立てた。
その音を聞いて、私と同じ服装をしているニコが困った様に細い眉を垂れていた。それからモジモジして頬を赤らめ、私に視線を寄越しながら口を尖らせていた。
「水くさいよ~ナツミ。あの時直ぐに教えてくれたらよかったのに。だから余計な事を僕はペラペラと話しちゃったじゃないか」
そう言えば初めてザックと過ごした翌朝、ニコが部屋を掃除する為に入って来た。
その時、ザックがリンさんを含めた3人の女性を、まとめて相手をしたという話をしはじめたのだっけ。
私も嵐の様な出来事が起こったので彼に正直に話せずにいた。
「アハハ。ごめんね、あの時は言いづらくて」
私は自分の後頭部をかきながら、細い路地でニコと向かい合う。
路地は狭く高い建物に挟まれているので、長い影が落ちていて白い石畳も暗い様な気がする。
ニコは短く刈られた赤髪を左右に振ってニッコリ笑う。
「そんな……謝らないでよ。僕もソルから昨日話を聞いた時はビックリしたけど、昨日ザックさんが嬉しそうにナツミが入った部屋に消えていったのを見たし」
「ソル……」
って、誰だろう。
最近何処かで聞いた様な名前だけれど。私は首を傾げた。
私とニコは向かい合ってお互い姿を鏡に映した様に首を傾げた。
「祭りの時にナツミとザックさんの2人に会って話をしたって、ソルが言ってたけど? ああ、ソルって言うのは僕の従兄弟でさぁ──」
「祭りの時……」
はて? 私の頭上にはハテナマークが一杯になった。
祭りって例のウツさんのお店に行った時だよね。ソルなんて人に会ったかな。
私は思い出せなくて腕を組んで更に首を傾げた。
「全く覚えてないの? ソルって結構男前なのに記憶に残らないなんて。流石ザックさんと恋人になるだけあるなぁ。あ──」
ニコが驚いてから妙な感心をするが、私の後ろを見ると目を丸くした。
「酷いなぁ。俺はナツミの名前も覚えているのに。ナツミは俺の事を覚えてないのか」
私の直ぐ後ろでよく通る声が聞こえた。振り向くと、輝く海を背に私より頭一つ背の高いモスグリーンのバンダナを巻いた男の子が立っていた。
見覚えがある姿に私は声を上げた。
「あの時の!」
モスグリーンのバンダナの下には彫りの深い顔。瞳は燃える様な赤色で薄暗い路地で光っている様子はまるで猫のよう。
短く刈られた髪の毛が跳ねる様にバンダナの上に飛び出していた。
バンダナの彼は白いチュニック風のシャツとベルトには短剣を刺し、長い足を焦げ茶色のズボンに包んでいた。
祭りの時に私を迷子だと思って声をかけてきた、3人組の男の子の1人だ。
確か真ん中にいた──
「名前は確か、えーと。そ、そ、そ~? 何だったかな。ああ、そうだ。ソレだよね!」
私はポンと手を叩いた。
「そう、名前はソレって言う──違うっ! ソルだっ! たった今、ニコが言っただろう」
ああ、そうだ。この漫才かコントの様な突っ込み。
あの時は3人組で面白いぐらい声を揃えて驚いてくれたっけ。
「アハハ。ごめんなさい。ソルだよね。この間はありがとう。私を迷子だと思っていたんだよね?」
名前を間違えた事で腕を組んで怒ったソルに謝った。
「全く……こんないい男の名前をわざと間違えて気を引こうなんてさ。ナツミもあざといなぁ」
そう言ってソルは、嘆かわしいと首を左右に振った。
何だろう──このザックを小型化した様な感じは。
私は笑いながらも、本当に名前を間違えた事は黙っておく事にした。
「まぁ、あの時は俺も悪かったよ。あんたみたいな幼い女が、まさかザックさんの恋人だなんて知らなくて」
ソルが私と向かい合う様に白い壁に背を預けると、長い足を組んで見せた。ソルもスタイルも抜群で女の子から黄色い声が上がりそうだ。
「ううん。仕方ないよ。ファルの町だと、私はとても子供っぽくて女性には見えないのは理解しているし」
ファルの町の住人は大人っぽいので仕方がない。
私はモスグリーンのエプロンの前のポケットに両手をそれぞれ突っ込んで口を尖らせた。そんな私の姿を上から下までジロジロと舐める様に見ると、ソルは首を傾げていた。
「何で女の子なのに、そんな冴えない格好をしているんだ? 祭りの時はそんな風じゃなかったのに。それじゃぁ、ニコと兄弟みたいだぞ」
「ヤダ、女の子だなんて──」
私は何だかくすぐったい呼び方にニヤけてしまった。
「ナツミ、女の子の部分だけ切り取って喜ぶべきではないと思うけど」
ニコが後ろから私の肩を叩いて笑っていた。
確かに後半の言葉は失礼極まりないのだけれども。
「だってさぁ、私は今年で23歳なんだけど、ザックやノアに会った時は男の子と思われるだけじゃなくて子供だと間違われるし。それから考えると女の子と呼ばれるなんて嬉しいなって」
「そうか、23歳になるのか。シンさんと同じ年齢なんだな。通りで若い──え?」
腕を組んで瞳を閉じウンウン言っていたソルが急に瞳をカッ! と開いて私の二の腕を掴んだ。
私の顔の目の前まで自分の顔を近づけると燃える様な赤い瞳を大きく開いていた。
「な、何?」
驚いて私は仰け反る。
バンダナの下にある彫りの深い顔は、なかなか整った顔だがかなり若い。それから私の顔を左右上下すべての角度から眺めたソルは、掴んだ二の腕を離して呆然とした。
「嘘だろぉ」
「嘘じゃないよ」
私は呆然とするソルに苦笑いとなった。
「えっ。ソルは17歳でニコは14歳なの……」
何て事。若い若いとは思っていたけれども、20歳前とは。
しかも2人は従兄弟同士なのだとか。
「そうだよ。ソルは17になったばかりで、僕は寒くなったら15になるんだ~」
ニコが笑いながら壁に背をもたれるソルの隣に並んだ。従兄弟同士だが余り似ていない。健康的な日焼けしたソルはまだ体の線は細いが、来年から軍学校に入るそうだ。きっと鍛えられていい体つきになるだろう。
反対にニコはまだまだ少年の域を脱していない。余り日焼けもしていない。
「そうなんだ。2人共随分と……」
若いね、と口に出したら負けそうなのでゴクンとセリフを飲み込む。
ヤダ。何だか一気に年寄りになった様な気分。
「ナツミが23歳だなんて。黒髪で黒い瞳の民族は極端に幼いのか? しかし、ザックさんもどうして。他にもこうくびれのある女達が町でも多くいたはずなのに……もしかして、あのもちっとした肌触りがいいのか? それとも──」
未だに私を頭からつま先まで舐める様に見て否定するソルだった。
まぁ、仕方ないよね。私もそう思うし。とは言うものの、本人を目の前にして少し失礼な独り言だ。
そう思ってソルを細い目で睨んでいると、ニコが思い出した様に声を上げた。
「ところで、ソルは何で『ジルの店』まで来たの? もしかして時間泊かい? じゃぁ、連れの女性は何処にいるの」
「何を言っているんだよニコ。時間泊で部屋を借りられる様な金はないさ。そうじゃなくて、お前の着替えがないんじゃないかと思ってさ、持って来たんだ」
そう言いながらソルは背中にひっかけていた布袋をニコに渡した。
「え? もしかして新しいシャツなのかな?」
「ああ。もう前に渡したの随分前だったしな」
「ありがとう! ソルそう言えば、あいつら元気?」
「ああ、もちろん元気で──」
そう言って2人は最近の近況について話を咲かせていた。
束の間のどかな風景──
何故ニコが『ジルの店』で働いているかは分からないけれども、彼も何か事情があるのだろう。ソルと同じという事は同じ貧民街出身なのかもしれない。
余り詮索してはいけないと感じて、私は先に店に戻ろうとした時だった。
「あら? こんな細い道に誰かと思えば、ナツミとか言う冴えない黒髪女じゃないの」
表通りに続く路地の先に、ザックと関係のあった他店の踊り子が腕を組んで立っていた。昨日訪れた女性の1人だ。
昨日より気合いの入ったメイクと、セットされたフワフワの赤毛。そして今日も体のラインがはっきりと出る黒のタイトワンピースを着ていた。
その姿を見たソルとニコは会話を止めて、私と同じ様に黒タイトワンピースの女を見つめていた。
事情の分かっていないソルは首を傾げるが、眩しそうに女を見つめていた。
「……ザックさんと関係のあった他の店の女だよ」
ニコがソルにしか聞こえない小さな声で呟いた。
「ふぅん、いい女じゃん」
ソルが黒タイトワンピースの女の、頭から足の先まで舐める様に見つめると、興味がありそうに呟いていた。
ソルはニコの従兄弟ではなく、実はザックの弟だったりするんじゃないの?
そんなソルとニコの姿を私の横に見つけると女は顎を少し上げて、鼻で笑った。
「へぇ、今度は随分と若い男を手玉にとってるのねぇ──」
「手玉って……」
私は思わず声を上げる。何処をどう見たら手玉にとっている様に見えるのだろう。
「しかも2人だなんて。この事をザックが知ったらどう思うかしらねぇ~」
黒いタイトワンピースの女はクスクス笑った。
ああ、今日も朝から絡まれるのか──嫌だけれども、逃げられそうもない。
私は溜め息をついて覚悟を決める。
それから、黒いタイトワンピースの女に向き直った。
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