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065 オベントウ大作戦 その1
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厨房の大きな作業台の角で、各々が頼んだ飲み物を手に一息ついた。
ジルさんはワインを一口飲むと、作業用の丸椅子に座り足を組んだ。艶がある肌がスリットの間から覗く。
「今日は祭りの名残もあるから昼も忙しかったけれども、最近客足が遠のいているわよね」
ジルさんの腕には三本の金色のブレスレット。音を立てて片肘をついた。
「確かに。お昼にウエイトレスの仕事を手伝う事が少なくなった気がしますね」
マリンもレモン水を一口含んでから人指し指を自分の顎下に添えて考え込んでいた。
「旅人は通常通りといった印象だけれども。町の人や軍人達が昼食に店に足を運ぶ事が少なくなったと感じるわ」
液体の砂糖をたっぷりココに注いでスプーンでグルグル混ぜながらミラが呟く。
「そうよねぇ。商売方法を変えないと、客足が遠のく一方かもしれないわね」
ジルさんは溜め息をついて、ワイングラスの縁を指でなぞっていた。
「足が遠のいている理由って何だろうね?」
私が呟くとマリンとミラは唸っていた。思い当たる事がこれと言ってない様子だ。
「もしかしたら、単に時間が合わなくなったんじゃないかな」
ニコがココを一口飲んでから発言し、カップの中にある黒い液体を見つめていた。
「時間が合わない?」
どういう事なのと、ミラが首を傾げる。
「この間裏町に住んでいる従兄弟のソルが言っていたんだけどさ。ここ最近随分遅い時間にお昼をとる軍人が増えた気がするって」
ニコが思い出しながら言葉を口にする。
「お昼が随分遅いって何時ぐらい?」
そういえばザックとシンも食べるお店がない様な事をノアの別荘で話していた。
「確か、お昼の1時過ぎとか2時過ぎとかバラバラなんだ。しかも休憩時間が短いみたいで、皆慌てて食事をしていたって」
ニコが眉を下げながら肩を軽く上げていた。
「2時過ぎじゃぁ裏町の店も一度閉めるところが多いかもね。基本お昼の営業はどの店も2時ぐらいで閉めるでしょ?」
「休憩が短いなんて大変ねお昼ぐらいゆっくり食事したいでしょうにね」
ミラとマリンも気の毒だと心配そうに眉を下げていた。
「なるほど──」
ジルさんが私達のやり取りを聞いて、口をつぐんで考え込んでいた。
もしかして、軍人達が時間をずらして休みをとる様になった理由について何か知っているのかもしれない。
「そういえばザック達がお昼ご飯食べる場所がないとか言っていたね。時間が合わないって言うことも原因の一つなのかな。何れにしても体力勝負の軍人なのに普段からしっかり食事をした方がいいだろうに」
私が呟くとミラとマリンも別荘で昼食をとっていた時の会話を思い出し「ああそう言えば」と顔を見合わせた。それから、それぞれの思い人の事を考えてか心配そうに肩を落とした。しんみりとした雰囲気が漂った。
しかし、突然ミラが大声を上げ立ちあがった。
「そうよ!」
「えっ、な、何?」
立ったままカップを持っていたニコがミラの声に驚いて仰け反る。
そんなニコはそっちのけで、ミラが私に向き直って頭を抱えながら大声を上げる。
「ナツミ! あれよ、あの、ほら別荘で言っていたやつ。おべ、お、おなべ? じゃなくて。えーっと何だっけ」
「ああ、お弁当だね」
「それよ。オ、ベントウよっ」
確か別荘で話をした時も、シンが同じ様なところで言葉を切っていた。
オベントウだよ。
私は苦笑いで言葉を正す。
「とにかく言い方はどうでもいいわよ。その『オベントウ』っていうのを『ジルの店』で売り出すのはどう?」
ミラが身振り手振りで興奮気味に話す。
「それはいいかもしれないけれど、ファルの町は気温が高いし。折角作っても食事が傷んでしまうかもしれないから……」
「だから、そこは工夫して。持ち出しが駄目なら、売りに行くっていうのは?」
「え。それじゃぁお弁当ではなくなる様な。大体、お弁当は朝作って手持ちで持っていく事が多いし」
「朝から持たなければ『オベントウ』にならないの?」
「そういうわけではないのだけれども」
「結局どっちなのよ?!」
「どっちと言われても……」
ミラの怒濤の言葉責めに私はドンドン仰け反っていくしかない。
確かに現代の日本でもお昼休みになったらオフィス街にお弁当を売りに来る業者もあると聞くし。例えば軍人達が働いている場所の近くで販売するというのはありかもしれない。
「ミラとナツミは何の話をしているの?」
わけが分からないといった様子でジルさんがワイングラスを持ったまま首を傾げていた。
「ああ、実は──」
私は別荘で話したお弁当の説明を再びジルさん、ダンさん、ニコに話す事になった。
「──なるほど。オベントウって携帯して持ち出す食事なの。へぇ~面白いと思わない? ダン。って、ダン?」
私の話を聞いた後、ジルさんは軽く笑った。それから向かい側に立つダンさんに同意を求めたがダンさんが返事をしない。
「……どうやって持ち運びするか。いやたくさんに売るのであれば入れ物がいるな。しかも店みたいな皿なんてもってのほかだし。しかも食べやすくて手が汚れない……うーん」
太い腕を組んだまま仁王立ちになり顎に手を当てて考え込んだまま動かなくなってしまった。しかもずっとブツブツ独り言を呪文の様に呟いている。
「ダンさん料理の事で考え込んだら、全然話を聞かなくなっちゃうんだよね」
ニコが私の隣で苦笑いをしていた。
私のお弁当の話は興味を持った様で、皆乗り気になっていた。
本当に出来るのかな。衛生的にとか色々ハードルが高そうだ。
「持ち歩くって言うのが想像がつきにくいわね。船に乗っていた時も。船上で食事をするから備蓄はしていたけれども。毎回ダンが作っていたし。その日だけ持ち歩くか……」
ジルさんも腕を組み考え込んでしまった。
「うーん。このぐらいのお弁当箱って言うのがあって……」
身振り手振りでそこまで言いかけるが、何故か歌の様なセリフを口にした自分に苦笑してしまい言葉が続かなくなった。
販売するとなればどうすればいいのだろう。
まさかプラスチック製のものはないし、いちいちお弁当箱を返却って言うのも不便だろう。ファルの町で食事を携帯したり持ち歩いたりしない様だ。
「ねぇ、旅をする時はどうするの。船旅はジルさんの言う通りだろうけれども。山を越えたりする時は宿が点在しているのかな。それとも森で木の実とか食べて過ごすの?」
「その通りね。後は保存食を携帯する場合が多いわ」
ミラがうーんと唸りながら返事をする。
「そうえば。昔、踊り子集団で色々な町を移動していた時は、乾燥した芋を持ち歩く為に大きな葉を蒸したもので包むと、更に長持ちした記憶があるわ」
マリンが思い出した様に呟いた。
「え? マリンって踊り子集団で町を移動していたの」
私は思わず驚いて声を上げてしまった。ずっとファルの町に住んでいると思っていたのに。
「あっ。そ、そうなのよ。と言っても、昔の話で」
マリンは「しまった」という様子で顔色を変えて視線を逸らした。最後の方は聞き取れない小さな声になった。
ファルの町で、裏町や『ファルの宿屋通り』で働くという事は辛い過去があるのかもしれない。だから私はそれ以上追求する事をやめた。
「そっか……で、その大きな葉を蒸したっていうのは?」
私は慌てて話を本題に戻しマリンに尋ねた。
マリンも私が追求しなかった事にほっと胸をなで下ろした様だ。
「ええと。ナツミが手で箱を描いた時の様な大きさで、広げればもっと大きくなる葉っぱで。あら? 何て言う葉っぱだったかしら……」
マリンが私が歌いかけたセリフの手振りを再現してくれた、確かに大きさは丁度良さそうだが、葉っぱの名前が思い出せない様だ。
「もしかして、バナーポテの葉じゃないかな」
突然声を上げたのはニコだった。
「ば、ばなぽて?」
何そのバナナとポテトが1つになった名前の葉っぱって。
私はニコに聞き返すと発音がおかしかったのか笑いながら「バナーポテだよ」と正してくれた。
「バナーポテって、確か拳ほどの大きさの黄色い実がつく植物よね。でも、食べられない実でしょ? 食べると痺れるって聞いたわ」
ミラが思い出してニコに話しかけた。
「うん。そうだよ。生で食べるのは危ないけれども、加工したら胃薬になったりするんだ。葉は蒸すと殺菌効果があるんだよ」
「えぇ! そうなんだ……知らなかったわ」
「古くから利用されているんだけど、最近の人は知らないかもね。薬を包むのもいいし、怪我を治療するにもいいんだ。大抵どの森にも生えている小さな木で入手しやすいよ」
ニコは嬉しそうに話してくれた。計算は苦手な様だが薬草などに詳しいのかな? 彼の意外な一面を知った。
「その葉で包んでいたから干し芋が長持ちしたのね……」
マリンも驚いて声を上げていた。
「ニコは物知りなんだね」
私はニコの知識に驚いて見つめると、彼は照れた様子で頭を掻いた。
「僕さぁ、裏町に住んでいる時、ウツさんって言う町医者にお世話になってね。色々教えてもらったんだー。将来はウツさんみたいな人になりたくて」
エヘヘと笑うが出て来た名前に私は驚いてしまう。
ウツさんって……
金髪サラサラストレートのニッコリ笑うザックと同じのグリーンの瞳を思い出す。
ザックからのプレゼントである魔法石を手がけてくれた、やたら媚薬を飲ませたがる町の変態闇医者では……
「大丈夫なのニコ! ウツさんになりたいって本当に」
私は思わずニコの二の腕をとり揺さぶってしまう。
「ああ、ナツミも会ったんだ。ウツさんってとても格好いい人でしょ~? 裏町でもザックさんみたいに人気があるんだよー」
知っているけれども!
多分媚薬販売とかで人気もありそうだし、ではなくて。
ニコの屈託のない笑顔に私は不安になった。
後ろでダンさんとジルさんが声を上げた。
「ウツにナツミも会ったのか。元気だったか? 最近姿を見なかったからどうなっているかと心配していたんだ」
「あの変態闇医者何かと媚薬を飲ませようとするから、ナツミも気をつけなさいよ」
ジルさんは苦笑いをしながらワインを飲んだ。
どうやらダンさんもジルさんもウツさんの事を知っているらしい。
変態闇医者ってジルさんもそういう見解なんですね。
でも、その情報はもう少し早く言って欲しかった。危うく飲まされそうになるところでしたよ。
「さて。休憩時間の15分が過ぎてしまったわね。取りあえずこの『オベントウ』については明日も相談をしましょう」
ジルさんが空になったワイングラスをダンさんの方に差し出した。
「やったぁ。楽しみねナツミ!」
ミラが私の腕に自分の手を絡ませて嬉しそうに声を上げる。
「本当よ。何だかワクワクするわ」
マリンも私の反対側の腕に手を絡ませて嬉しそうに笑っていた。
「ぼ、僕もいいのかなぁ?」
ニコが申し訳なさそうにモジモジしていたが、ダンさんがバンと力一杯ニコの背中を叩いた。
「バナーポテの葉なんて古い知識だ。思いつきもしなかったさ。きっと、ニコの知識が活用出来るはずだ」
「けほっ……は、はい!」
ニコは咽せていたがダンさんの力強い言葉に嬉しそうに目を輝かせた。
「ニコも参加かぁ。ふぅん。あたし、面白い事を思いついちゃったぁ! 今晩よーく考えてみようっと。じゃぁ、ナツミまた後でね。ほらマリン衣装合わせに行きましょう」
「えーミラ何を思いついたのよー。私も教えてよ~」
「ひみつー」
「ずるい~」
ミラを追いかける様にマリンは踊り子の支度部屋がある方に消えていった。
……ミラったら何を思いついたのやら。
「じゃぁニコ、一緒に掃除しようか」
「うん。頑張ろう」
私はコップを流しの桶に起き、ニコと一緒に旅人が使った部屋の掃除に取りかかった。
ジルさんはワインを一口飲むと、作業用の丸椅子に座り足を組んだ。艶がある肌がスリットの間から覗く。
「今日は祭りの名残もあるから昼も忙しかったけれども、最近客足が遠のいているわよね」
ジルさんの腕には三本の金色のブレスレット。音を立てて片肘をついた。
「確かに。お昼にウエイトレスの仕事を手伝う事が少なくなった気がしますね」
マリンもレモン水を一口含んでから人指し指を自分の顎下に添えて考え込んでいた。
「旅人は通常通りといった印象だけれども。町の人や軍人達が昼食に店に足を運ぶ事が少なくなったと感じるわ」
液体の砂糖をたっぷりココに注いでスプーンでグルグル混ぜながらミラが呟く。
「そうよねぇ。商売方法を変えないと、客足が遠のく一方かもしれないわね」
ジルさんは溜め息をついて、ワイングラスの縁を指でなぞっていた。
「足が遠のいている理由って何だろうね?」
私が呟くとマリンとミラは唸っていた。思い当たる事がこれと言ってない様子だ。
「もしかしたら、単に時間が合わなくなったんじゃないかな」
ニコがココを一口飲んでから発言し、カップの中にある黒い液体を見つめていた。
「時間が合わない?」
どういう事なのと、ミラが首を傾げる。
「この間裏町に住んでいる従兄弟のソルが言っていたんだけどさ。ここ最近随分遅い時間にお昼をとる軍人が増えた気がするって」
ニコが思い出しながら言葉を口にする。
「お昼が随分遅いって何時ぐらい?」
そういえばザックとシンも食べるお店がない様な事をノアの別荘で話していた。
「確か、お昼の1時過ぎとか2時過ぎとかバラバラなんだ。しかも休憩時間が短いみたいで、皆慌てて食事をしていたって」
ニコが眉を下げながら肩を軽く上げていた。
「2時過ぎじゃぁ裏町の店も一度閉めるところが多いかもね。基本お昼の営業はどの店も2時ぐらいで閉めるでしょ?」
「休憩が短いなんて大変ねお昼ぐらいゆっくり食事したいでしょうにね」
ミラとマリンも気の毒だと心配そうに眉を下げていた。
「なるほど──」
ジルさんが私達のやり取りを聞いて、口をつぐんで考え込んでいた。
もしかして、軍人達が時間をずらして休みをとる様になった理由について何か知っているのかもしれない。
「そういえばザック達がお昼ご飯食べる場所がないとか言っていたね。時間が合わないって言うことも原因の一つなのかな。何れにしても体力勝負の軍人なのに普段からしっかり食事をした方がいいだろうに」
私が呟くとミラとマリンも別荘で昼食をとっていた時の会話を思い出し「ああそう言えば」と顔を見合わせた。それから、それぞれの思い人の事を考えてか心配そうに肩を落とした。しんみりとした雰囲気が漂った。
しかし、突然ミラが大声を上げ立ちあがった。
「そうよ!」
「えっ、な、何?」
立ったままカップを持っていたニコがミラの声に驚いて仰け反る。
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「ナツミ! あれよ、あの、ほら別荘で言っていたやつ。おべ、お、おなべ? じゃなくて。えーっと何だっけ」
「ああ、お弁当だね」
「それよ。オ、ベントウよっ」
確か別荘で話をした時も、シンが同じ様なところで言葉を切っていた。
オベントウだよ。
私は苦笑いで言葉を正す。
「とにかく言い方はどうでもいいわよ。その『オベントウ』っていうのを『ジルの店』で売り出すのはどう?」
ミラが身振り手振りで興奮気味に話す。
「それはいいかもしれないけれど、ファルの町は気温が高いし。折角作っても食事が傷んでしまうかもしれないから……」
「だから、そこは工夫して。持ち出しが駄目なら、売りに行くっていうのは?」
「え。それじゃぁお弁当ではなくなる様な。大体、お弁当は朝作って手持ちで持っていく事が多いし」
「朝から持たなければ『オベントウ』にならないの?」
「そういうわけではないのだけれども」
「結局どっちなのよ?!」
「どっちと言われても……」
ミラの怒濤の言葉責めに私はドンドン仰け反っていくしかない。
確かに現代の日本でもお昼休みになったらオフィス街にお弁当を売りに来る業者もあると聞くし。例えば軍人達が働いている場所の近くで販売するというのはありかもしれない。
「ミラとナツミは何の話をしているの?」
わけが分からないといった様子でジルさんがワイングラスを持ったまま首を傾げていた。
「ああ、実は──」
私は別荘で話したお弁当の説明を再びジルさん、ダンさん、ニコに話す事になった。
「──なるほど。オベントウって携帯して持ち出す食事なの。へぇ~面白いと思わない? ダン。って、ダン?」
私の話を聞いた後、ジルさんは軽く笑った。それから向かい側に立つダンさんに同意を求めたがダンさんが返事をしない。
「……どうやって持ち運びするか。いやたくさんに売るのであれば入れ物がいるな。しかも店みたいな皿なんてもってのほかだし。しかも食べやすくて手が汚れない……うーん」
太い腕を組んだまま仁王立ちになり顎に手を当てて考え込んだまま動かなくなってしまった。しかもずっとブツブツ独り言を呪文の様に呟いている。
「ダンさん料理の事で考え込んだら、全然話を聞かなくなっちゃうんだよね」
ニコが私の隣で苦笑いをしていた。
私のお弁当の話は興味を持った様で、皆乗り気になっていた。
本当に出来るのかな。衛生的にとか色々ハードルが高そうだ。
「持ち歩くって言うのが想像がつきにくいわね。船に乗っていた時も。船上で食事をするから備蓄はしていたけれども。毎回ダンが作っていたし。その日だけ持ち歩くか……」
ジルさんも腕を組み考え込んでしまった。
「うーん。このぐらいのお弁当箱って言うのがあって……」
身振り手振りでそこまで言いかけるが、何故か歌の様なセリフを口にした自分に苦笑してしまい言葉が続かなくなった。
販売するとなればどうすればいいのだろう。
まさかプラスチック製のものはないし、いちいちお弁当箱を返却って言うのも不便だろう。ファルの町で食事を携帯したり持ち歩いたりしない様だ。
「ねぇ、旅をする時はどうするの。船旅はジルさんの言う通りだろうけれども。山を越えたりする時は宿が点在しているのかな。それとも森で木の実とか食べて過ごすの?」
「その通りね。後は保存食を携帯する場合が多いわ」
ミラがうーんと唸りながら返事をする。
「そうえば。昔、踊り子集団で色々な町を移動していた時は、乾燥した芋を持ち歩く為に大きな葉を蒸したもので包むと、更に長持ちした記憶があるわ」
マリンが思い出した様に呟いた。
「え? マリンって踊り子集団で町を移動していたの」
私は思わず驚いて声を上げてしまった。ずっとファルの町に住んでいると思っていたのに。
「あっ。そ、そうなのよ。と言っても、昔の話で」
マリンは「しまった」という様子で顔色を変えて視線を逸らした。最後の方は聞き取れない小さな声になった。
ファルの町で、裏町や『ファルの宿屋通り』で働くという事は辛い過去があるのかもしれない。だから私はそれ以上追求する事をやめた。
「そっか……で、その大きな葉を蒸したっていうのは?」
私は慌てて話を本題に戻しマリンに尋ねた。
マリンも私が追求しなかった事にほっと胸をなで下ろした様だ。
「ええと。ナツミが手で箱を描いた時の様な大きさで、広げればもっと大きくなる葉っぱで。あら? 何て言う葉っぱだったかしら……」
マリンが私が歌いかけたセリフの手振りを再現してくれた、確かに大きさは丁度良さそうだが、葉っぱの名前が思い出せない様だ。
「もしかして、バナーポテの葉じゃないかな」
突然声を上げたのはニコだった。
「ば、ばなぽて?」
何そのバナナとポテトが1つになった名前の葉っぱって。
私はニコに聞き返すと発音がおかしかったのか笑いながら「バナーポテだよ」と正してくれた。
「バナーポテって、確か拳ほどの大きさの黄色い実がつく植物よね。でも、食べられない実でしょ? 食べると痺れるって聞いたわ」
ミラが思い出してニコに話しかけた。
「うん。そうだよ。生で食べるのは危ないけれども、加工したら胃薬になったりするんだ。葉は蒸すと殺菌効果があるんだよ」
「えぇ! そうなんだ……知らなかったわ」
「古くから利用されているんだけど、最近の人は知らないかもね。薬を包むのもいいし、怪我を治療するにもいいんだ。大抵どの森にも生えている小さな木で入手しやすいよ」
ニコは嬉しそうに話してくれた。計算は苦手な様だが薬草などに詳しいのかな? 彼の意外な一面を知った。
「その葉で包んでいたから干し芋が長持ちしたのね……」
マリンも驚いて声を上げていた。
「ニコは物知りなんだね」
私はニコの知識に驚いて見つめると、彼は照れた様子で頭を掻いた。
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ウツさんって……
金髪サラサラストレートのニッコリ笑うザックと同じのグリーンの瞳を思い出す。
ザックからのプレゼントである魔法石を手がけてくれた、やたら媚薬を飲ませたがる町の変態闇医者では……
「大丈夫なのニコ! ウツさんになりたいって本当に」
私は思わずニコの二の腕をとり揺さぶってしまう。
「ああ、ナツミも会ったんだ。ウツさんってとても格好いい人でしょ~? 裏町でもザックさんみたいに人気があるんだよー」
知っているけれども!
多分媚薬販売とかで人気もありそうだし、ではなくて。
ニコの屈託のない笑顔に私は不安になった。
後ろでダンさんとジルさんが声を上げた。
「ウツにナツミも会ったのか。元気だったか? 最近姿を見なかったからどうなっているかと心配していたんだ」
「あの変態闇医者何かと媚薬を飲ませようとするから、ナツミも気をつけなさいよ」
ジルさんは苦笑いをしながらワインを飲んだ。
どうやらダンさんもジルさんもウツさんの事を知っているらしい。
変態闇医者ってジルさんもそういう見解なんですね。
でも、その情報はもう少し早く言って欲しかった。危うく飲まされそうになるところでしたよ。
「さて。休憩時間の15分が過ぎてしまったわね。取りあえずこの『オベントウ』については明日も相談をしましょう」
ジルさんが空になったワイングラスをダンさんの方に差し出した。
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ミラが私の腕に自分の手を絡ませて嬉しそうに声を上げる。
「本当よ。何だかワクワクするわ」
マリンも私の反対側の腕に手を絡ませて嬉しそうに笑っていた。
「ぼ、僕もいいのかなぁ?」
ニコが申し訳なさそうにモジモジしていたが、ダンさんがバンと力一杯ニコの背中を叩いた。
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ニコは咽せていたがダンさんの力強い言葉に嬉しそうに目を輝かせた。
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「えーミラ何を思いついたのよー。私も教えてよ~」
「ひみつー」
「ずるい~」
ミラを追いかける様にマリンは踊り子の支度部屋がある方に消えていった。
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