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074 オベントウ大作戦 その4
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「美味しい~何これ! お昼に食べれば良かったぁ。って、あれ? 中身はお昼に食べたハーブ肉団子なのね」
「あら、ミラ。肉団子って私と中に入っている具が違うわ。私はチキンソテーよ。バルサミコソースの味がする。あれ? これもお昼にあったメニューね」
「私は、ポレポレットマシューだわ。トマトソースが絡まっていたわ。確かにお昼のメニューね。へぇ、でもパンと食べていたからこうしてお米で食べるのもありねぇ」
ミラ、マリン、ジルさんが目を丸くして自分達の囓ったおにぎりをそれぞれに見せていた。囓って中から出て来た具が違う事に驚いていた。しかも、今日のお昼ご飯に食べたものが登場したので目をぱちくりさせている。
「なるほど具は米とも相性がいいか」
ダンさんが腕を組んで唸っている。何やらひらめいた様子だ。
「でもねぇ。ほらぁ! 指に米粒がつくのが、ちょっとねぇ……」
ジルさんが最後の一口を口に運びながら、おにぎりを持っていた手を広げて見せた。指先に米粒がくっついている。
「そうですよね。それに、何だか味付けが濃い様な気がするんだけど」
ミラも最後まで食べて指についた米粒を一つ一つ舐め取る様に口に運ぶ。
「お昼に食べた奴はもう少し薄かった様な気がするわね。ああ、でも冷えると味がしっかりついている方が良い様な気がするわ」
マリンも最後の一口を口に押し込んでハムスターの様にモグモグしていた。
「そうね。確かに冷えてしまう事も考えるとそうなるわね。これはやっぱり考え直さないと。手にこんなに米がついちゃうのは困るわ。これならサンドの方がましって感じよ。ダン、ちょっと考え直してよ」
ジルさんが近くの椅子に座りながら足を上げて組む。スリットから綺麗な足が覗いた。
「分かっているさ。だから、薄焼き卵を巻いたんだが、フォルムから『ひよこ』がひしめき合っている様な気がすると思ってなぁ。やっぱり指につくかぁ」
ダンさんは難しい顔をして腕を組んだまま瞬きもせず考え込んでしまった。そんなダンさんは放ったまま、女性三人の話は盛り上がりを見せる。
「昔そういう鶏の雛を沢山売る店があったわよねぇ。こう大きな木箱にひしめき合うみたいにして黄色い雛を入れるのよね~」
「見た感じひよこだから可愛いけど、驚く位直ぐ大きくなるのよね。やっぱり鶏だから」
「そうそう。結局食べる事が出来なくなったりする子がいたわねぇ~」
ジルさんが最初にカラカラ笑うと、ミラとマリンも思い出話に花を咲かせていた。
「そうだった。そういう店が昔は多かったから何だか『ひよこ』に見えるのかも……最近は見なくなりましたれども」
ニコも思い出した様に声を上げおでこをペチペチと叩いた。
それから昔の大きくなった鶏の行方について女性三人と大いに盛りあがっていた。結局は自分達の食卓に並んで食す事になるのだとか。ひよこから育てるので、色々命の尊さなんかも学びながら頂くのだろう。
「薄焼き卵を巻いたら『ひよこ』っていう意味が分かった様な気がします」
私は、皆がこぞって『ひよこ』と表現したのは、昔の思い出が重なっているせいだと言う事が分かりスッキリとした。
ジルさんが笑いながら、そうなのよ~とひと言添えた。
「まぁ、それは置いておいて。何なの? その薄焼き卵を巻いたヤツって。この『おにぎり』っていうのに巻いてたの? それ良いじゃない。そうしたら手につかないし」
「しかしなぁ、大分『ひよこ』感が拭えなくてな。昨日薄焼き卵を巻いている物を見たノアとザックですら『ひよこ』と言っていたし。受けが悪いだろ」
考え込んでいたダンさんが頭に巻いた黒いバンダナをはずすと日焼けして黒光りする頭を何度も撫でていた。
「そうなの。じゃぁ、そこを改善しないとね」
ジルさんは耳につけている大きめのリングピアスを弄りながら片肘を作業台についた。
「分かっているさ」
ダンさんが両手を上に上げてから再び黒いバンダナを頭につける。
何だかジルさんが厳しい上司に見えてきた。
しかし、改善とは。どうしてそんな話になるのだろうか。単にダンさんは『おにぎり』の作り方をマスターしたいだけなのでは……?
「あの。何で『おにぎり』にそこまで意見を取り入れるんですか?」
私は理由が分からずジルさんの前で首を傾げたしまった。
すると、そこにいる皆が驚いて声を上げる。
「え? 何を言っているのよ、ナツミ」
「そうだよ、ナツミ。昨日話したばかりじゃないか」
ミラ、ニコが早口で信じられないとまくし立てる。思わず二人が顔を合わせて「もう忘れるなんて」と付け足した。
「え? 忘れるって……」
全く理由が分からず首を傾げる。
「だって、このままでは、オベントウとやらには使えないと思うわよ」
ジルさんが両手を上に上げて目を丸めていた。
「え、お弁当?!」
私は驚いて声を上げてしまった。
「俺は、ナツミが早速オベントウのメニューを考えてくれたのだとばかり思っていたぞ」
「僕もそう思っていたよ。だって、あの流れでの話でしょ? 持ち運びも出来るし片手でサッと食べられるし。だからオベントウの話だと思っていたよ」
「そうさ。なのに米や余り物でいいと言い出すし、果てには米を両手でにぎりだしたもんだからこっちも面食らってなぁ」
「そうそう。しかも『ひよこ』だし……」
あはは、と大きな体のダンさんと小さな体のニコがお互いの視線を交差させて笑う。
「もう『ひよこ』はいいから。だから皆で、私がおにぎりを食べる時に、他の料理人も一緒に観察していたのか」
事の真相が分かり私はガックリと両腕を厨房中央の作業台についてうな垂れた。
「えぇ~全然気付いてなかったのかぁ」
ニコはカラカラ笑いながら呟いた。
「何だか皆集まって来ておかしいなって思ったけど……でも、結局ザックとノアに食べられちゃうし」
「え、ノアに?」
マリンが目を丸くして私に聞き返してきた。空の青に似た色のワンピースにポニーテールのプラチナブロンドが揺れた。
「そうだった! 二人共凄い勢いでナツミの目の前で食べちゃって、結局ナツミが食べられなかったんだよね。二人には『ひよこ』が大好評だったね」
「そうだね、昨日はパエリアとかトマトで炊いたご飯とかあったしね。とは言っても中身はダンさんの作った食事だしね」
「そうだったの。ノアも食べたのね」
マリンが余っているおにぎりをジッと見つめながら返事をした。
「その後落ち込んだナツミを慰めるために、ノアさんとザックさんがナツミの夕ご飯を作ってくれていたよね、薄焼き卵の巾着に包んだきのこチーズリゾット美味しそうだったね~」
ニコが私の腕をツンツンつつきながら大きな瞳を細めて話す。
「な、何だよぅ。その嫌らしい目つきは」
「別にぃ~でもさ、あの格好いい二人から手作りの食事を差し入れてもらえるなんて、ファルの町の女性達が知ったら、再び嫉妬しそうだよね。ねぇ? マリンさん」
「そ、そうね……」
マリンは気が付いた様に顔をパッと上げ、困った様に笑っていた。
「も、もう。マリンだって返答に困っているじゃない! そもそもマリンはノアの恋人なのに。マリンの前で何て事を言うんだよ。そうじゃなくても変な噂が流れているみたいなのに。今度ニコ用のおにぎりを作る時は具もゆで卵にして『ひよこ』にしちゃうんだから!」
私は慌ててニコに飛びついた。両腕を掴んで前後に体を振る。痩せ気味のニコの体がわかめの様にゆらゆらと揺れる。
「えぇ~それはないよぉ中身も外も『ひよこ』は勘弁して~」
ニコは私に揺らされながら、情けない声を上げた。
「ニコはすっかりナツミと仲良しね。元々人見知りしないけれども、何処か他人行儀だったところがあるのに、ねぇ? マリン」
「そうね……」
ニコとナツミのやり取りを見て、声をかけてきたミラに声が震えない様に返事をした。
それから私は思わず俯いて下唇を噛んでしまった。
この胸に広がる様なモヤモヤは……もしかして、ニコが言う様に嫉妬なのかな。
だって、何だかノアとザックに囲まれているナツミの姿が想像できて──
きっとザックは屈託なく笑うし、ノアだって……
他の女の子には見せない王子様の仮面を剥いで、荒削りな感じのままきっとナツミに笑う。
その笑顔はバラの様な笑みではなく、大輪のひまわりの様に。
三人の様子を想像した時、頭から冷や水をかけられた様でブルリと震えた。
これは嫉妬ではない。
不安という言葉がしっくりする。
私は大きく深呼吸をしてなんとかこの不安な気持ちを落ち着かせた。
パンパンと二回手を叩いたジルさんが、注目する様に言った。
「さて。残りのおにぎりは私が店の皆に感想を聞いてくるから。無駄話はここで終わり。さっさと昼の片付けに入って?」
はーいと、私をはじめとするミラ、マリン、ニコが返事をする。ダンさんも頷いて片付けに取りかかる。
それから立ち上がったジルさんが残りのおにぎりが入ったお皿を持ち上げた。
「それから、ナツミとミラとマリンは、話があるから、片付けが終わったら時間泊の部屋に来て」
ジルさんはウインクをしながら、それぞれの肩を叩いて厨房から去っていた。
私達三人は頷いて返事をしてそれぞれの片付け仕事に取りかかる。
何だろう……気にはなるけれどもとにかく仕事だ。
「さて、今日も九九を言いながらやりますかぁ~」
私は腕まくりをしながら水が張った桶に手を入れた。
賛成! とミラ、ニコ、マリンそしてダンさんが声を上げて片付けに早速取りかかった。
「!」
ザックは両腕を後ろに組んだまま、肩幅に足を広げ目の前の大隊長から発せられた言葉に目を大きく開いてしまった。
蒸し暑い昼下がり、窓やドアはぴっちり閉められている。カーテンも固く閉じられ、外部からこの部屋の様子を知る事は出来ない。それぞれの様子をうかがい知るには、テーブルに照らされたランプだけが頼りだ。
しかし暑さは全く感じない。空調が整った海上部隊の大隊長室に緊張が走る。
「離島の牢屋で捕まっていた奴隷商人集団が毒殺されたなんて……」
隣に立っていたシンが大隊長の言葉をオウム返しする。
「シン」
コンコンと机の上で太い指を叩いて音を立てると、ガラガラの掠れた低い声が響いた。
硬質な赤い直毛を整髪料で後ろに撫でつけているが、もみあげと首の後ろの辺りの髪の毛はいつも撥ねている。大きな体に赤い燃える様な瞳そしてくっきりとした二重──以前ナツミが言っていた『もみ上げ長めの二重巨人』、ザックの上官であるレオ大隊長が深い溜め息をついた。
「驚きの声を上げるのは分かるが軍人だろう。落ち着きを持つ様に」
「申し訳ありません」
シンはブーツの踵を立てて合わせる。
「まぁ、いい。それで──魔法部隊のネロ小隊長に調べてもらったのだが、どうやら例の『ジルの店』で情報漏洩の疑いで捕まっていた毒と同じという事が分かった」
もみあげを撫でながら、レオ大隊長が椅子をくるりと横に向けて大きな足を組み直していた。ザックは無言でレオ大隊長の瞳を見つめる。レオ大隊長もそのザックの様子に頷き、溜め息をついた。
「この毒殺された奴隷商人集団はアル小隊長と接触があった事が取り調べで分かった。しかし、裏も取れた後でこのザマだ。わざわざ離島に収監していたと言うのに」
レオ大隊長は焦げ茶色の磨き上げられた机の上で横を向いたまま、長いもみあげを擦り片肘をついた。
とうとう接点が見つかったのか。ザックとノアは視線を合わせた。
「アル小隊長は休暇に入っているが、恐らく戻ってくる気はないだろう。こんな事をしておきながら一体何処へ。早急に捕まえなくてはならない」
こんな事とは、奴隷商人に身寄りのない女子供を売り飛ばしていた事だろう。
ザックは溜め息をついて胸をグッと張ると分かりきってはいるが意見を述べる。
「先ずは陸上部隊で秘密裏にアル小隊長を探すべきでは? 何故ならアル小隊長は現在の領主の息子で」
「ザック。分かりきっているのに聞くんじゃねぇ」
「……」
ザックが最後まで話す事はかなわなかった。急に格好を崩すレオ大隊長だ。
その時、来客用のソファに座る男が軽く笑った。
「更に状況は最悪でな。アル小隊長と接触のあった、別の奴隷商人のしかも集団が、裏町に潜伏しているとの情報を陸上部隊の独自のルートで得た」
ザックとシンが体を回転させて振り向くと、薄暗い部屋に更に二人の男がいた。
一人は椅子に座っている。白い染み一つないシャツと黒い外套。白いズボンに黒いブーツを履くザックと同じぐらいの長身の男だ。
薄暗がりでも浮かび上がるほどの白い肌。ウエーブのかかったプラチナブロンドは後頭部を短く刈り上げ、前髪だけ左目が隠れる様に斜めに伸ばしていた。
一重の鋭い瞳を持ちながらも、整った甘い顔をしている。しかし、その隠れた左目は抉られて、ない。瞳は海の底の色をした男だ。
名前はカイと言う。陸上部隊の大隊長の一人だ。
海上部隊と陸上部隊は実は仲が余り良くないのだが、数人いる大隊長の中でもレオ大隊長とカイ大隊長は仲が良く話が分かる二人だった。
そのソファに座るカイ大隊長の後ろにザックと同じ様に控えているのがノアだった。
「それで俺達に何を?」
ザックは全ての事をすっ飛ばして、カイ大隊長に問いかける。
もう答えは分かっている。ザック、ノア、シンこの三人を目の前にして何をお願いするつもりなのか。
「ハハ。話の早い男だな、ザック小隊長。頼みたいのは二つ。裏町に潜伏している奴隷商人集団を捕まえる事。これは、命のあるなしは問わない。そして、アルを殺さずに俺達二人の前に連れてくる事だ」
「!」
ザックは思わず後ろに組んだ腕を解こうとしてしまった。
奴隷商人は立派な証人だ。
次々毒殺されてアルとの接点が証言できなくなったなら、なおさら大切な証人となるはずだ。それなのに、命のあるなしは問わないとは。
そして、アルは生かしておくつもりか。所詮領主の息子と言う事か。
ザックは複雑な思いで後方に控えているノアを見つめる。
ノアはザックとゆっくり視線を合わせる。そのノアの瞳は何か覚悟を決めている様に見えた。
ザックは理解した。ノアも納得がいかなくてもこの方針に従うと決めた事を。
「顔に出やすいなザック小隊長は」
「失礼しました……了解しました」
フンと鼻息一つで笑ったのはカイ大隊長だった。ザックの言葉を受けて立ち上がる。
ザックの側まで数歩で近づき、耳打ちをしてきた。ふわりとムスクの香りが漂った。
上品なこの香りはジルからよく漂ってくる香りだ。
「この潜伏している奴隷商人は、商人と言うよりも暴力的なただの横流し集団だ。手加減は出来ない。しかも何人いてどの程度の動きをしているのか全く分からない。手加減などは出来ないだろう」
「!」
「そして、アル小隊長の件だが──場合によっては不慮の事故も考えられるからな」
そう言ってポンと肩を叩かれた。
何だって?! アルの件も場合によっては殺せという事か……
それは恐らく二人の大隊長の作戦なのだろう。
だからこそ一番信頼の置けるそれぞれの部下、合わせて三人に声をかけたと考えるが、下手を打てば尻尾切りされるのだろう。
ザックは内心溜め息をついた。
視線だけでノアを見るとノアも同じ様に溜め息をついている。
この二人の大隊長はよく無理難題を押し付けてくるのだ。今に始まった事ではない。
そこで、椅子に座っていたレオ大隊長が勢いよく立ち上がった。
「と、言う事で、お前達三人は明日から特殊な配置になる」
もみあげを両手で整えながら、レオ大隊長がにやりと笑う。
「お前達確か『ジルの店』を手伝っているのだろう?」
暗い部屋で大男の白い歯が光っているのがザック達三人に見えた。
「あら、ミラ。肉団子って私と中に入っている具が違うわ。私はチキンソテーよ。バルサミコソースの味がする。あれ? これもお昼にあったメニューね」
「私は、ポレポレットマシューだわ。トマトソースが絡まっていたわ。確かにお昼のメニューね。へぇ、でもパンと食べていたからこうしてお米で食べるのもありねぇ」
ミラ、マリン、ジルさんが目を丸くして自分達の囓ったおにぎりをそれぞれに見せていた。囓って中から出て来た具が違う事に驚いていた。しかも、今日のお昼ご飯に食べたものが登場したので目をぱちくりさせている。
「なるほど具は米とも相性がいいか」
ダンさんが腕を組んで唸っている。何やらひらめいた様子だ。
「でもねぇ。ほらぁ! 指に米粒がつくのが、ちょっとねぇ……」
ジルさんが最後の一口を口に運びながら、おにぎりを持っていた手を広げて見せた。指先に米粒がくっついている。
「そうですよね。それに、何だか味付けが濃い様な気がするんだけど」
ミラも最後まで食べて指についた米粒を一つ一つ舐め取る様に口に運ぶ。
「お昼に食べた奴はもう少し薄かった様な気がするわね。ああ、でも冷えると味がしっかりついている方が良い様な気がするわ」
マリンも最後の一口を口に押し込んでハムスターの様にモグモグしていた。
「そうね。確かに冷えてしまう事も考えるとそうなるわね。これはやっぱり考え直さないと。手にこんなに米がついちゃうのは困るわ。これならサンドの方がましって感じよ。ダン、ちょっと考え直してよ」
ジルさんが近くの椅子に座りながら足を上げて組む。スリットから綺麗な足が覗いた。
「分かっているさ。だから、薄焼き卵を巻いたんだが、フォルムから『ひよこ』がひしめき合っている様な気がすると思ってなぁ。やっぱり指につくかぁ」
ダンさんは難しい顔をして腕を組んだまま瞬きもせず考え込んでしまった。そんなダンさんは放ったまま、女性三人の話は盛り上がりを見せる。
「昔そういう鶏の雛を沢山売る店があったわよねぇ。こう大きな木箱にひしめき合うみたいにして黄色い雛を入れるのよね~」
「見た感じひよこだから可愛いけど、驚く位直ぐ大きくなるのよね。やっぱり鶏だから」
「そうそう。結局食べる事が出来なくなったりする子がいたわねぇ~」
ジルさんが最初にカラカラ笑うと、ミラとマリンも思い出話に花を咲かせていた。
「そうだった。そういう店が昔は多かったから何だか『ひよこ』に見えるのかも……最近は見なくなりましたれども」
ニコも思い出した様に声を上げおでこをペチペチと叩いた。
それから昔の大きくなった鶏の行方について女性三人と大いに盛りあがっていた。結局は自分達の食卓に並んで食す事になるのだとか。ひよこから育てるので、色々命の尊さなんかも学びながら頂くのだろう。
「薄焼き卵を巻いたら『ひよこ』っていう意味が分かった様な気がします」
私は、皆がこぞって『ひよこ』と表現したのは、昔の思い出が重なっているせいだと言う事が分かりスッキリとした。
ジルさんが笑いながら、そうなのよ~とひと言添えた。
「まぁ、それは置いておいて。何なの? その薄焼き卵を巻いたヤツって。この『おにぎり』っていうのに巻いてたの? それ良いじゃない。そうしたら手につかないし」
「しかしなぁ、大分『ひよこ』感が拭えなくてな。昨日薄焼き卵を巻いている物を見たノアとザックですら『ひよこ』と言っていたし。受けが悪いだろ」
考え込んでいたダンさんが頭に巻いた黒いバンダナをはずすと日焼けして黒光りする頭を何度も撫でていた。
「そうなの。じゃぁ、そこを改善しないとね」
ジルさんは耳につけている大きめのリングピアスを弄りながら片肘を作業台についた。
「分かっているさ」
ダンさんが両手を上に上げてから再び黒いバンダナを頭につける。
何だかジルさんが厳しい上司に見えてきた。
しかし、改善とは。どうしてそんな話になるのだろうか。単にダンさんは『おにぎり』の作り方をマスターしたいだけなのでは……?
「あの。何で『おにぎり』にそこまで意見を取り入れるんですか?」
私は理由が分からずジルさんの前で首を傾げたしまった。
すると、そこにいる皆が驚いて声を上げる。
「え? 何を言っているのよ、ナツミ」
「そうだよ、ナツミ。昨日話したばかりじゃないか」
ミラ、ニコが早口で信じられないとまくし立てる。思わず二人が顔を合わせて「もう忘れるなんて」と付け足した。
「え? 忘れるって……」
全く理由が分からず首を傾げる。
「だって、このままでは、オベントウとやらには使えないと思うわよ」
ジルさんが両手を上に上げて目を丸めていた。
「え、お弁当?!」
私は驚いて声を上げてしまった。
「俺は、ナツミが早速オベントウのメニューを考えてくれたのだとばかり思っていたぞ」
「僕もそう思っていたよ。だって、あの流れでの話でしょ? 持ち運びも出来るし片手でサッと食べられるし。だからオベントウの話だと思っていたよ」
「そうさ。なのに米や余り物でいいと言い出すし、果てには米を両手でにぎりだしたもんだからこっちも面食らってなぁ」
「そうそう。しかも『ひよこ』だし……」
あはは、と大きな体のダンさんと小さな体のニコがお互いの視線を交差させて笑う。
「もう『ひよこ』はいいから。だから皆で、私がおにぎりを食べる時に、他の料理人も一緒に観察していたのか」
事の真相が分かり私はガックリと両腕を厨房中央の作業台についてうな垂れた。
「えぇ~全然気付いてなかったのかぁ」
ニコはカラカラ笑いながら呟いた。
「何だか皆集まって来ておかしいなって思ったけど……でも、結局ザックとノアに食べられちゃうし」
「え、ノアに?」
マリンが目を丸くして私に聞き返してきた。空の青に似た色のワンピースにポニーテールのプラチナブロンドが揺れた。
「そうだった! 二人共凄い勢いでナツミの目の前で食べちゃって、結局ナツミが食べられなかったんだよね。二人には『ひよこ』が大好評だったね」
「そうだね、昨日はパエリアとかトマトで炊いたご飯とかあったしね。とは言っても中身はダンさんの作った食事だしね」
「そうだったの。ノアも食べたのね」
マリンが余っているおにぎりをジッと見つめながら返事をした。
「その後落ち込んだナツミを慰めるために、ノアさんとザックさんがナツミの夕ご飯を作ってくれていたよね、薄焼き卵の巾着に包んだきのこチーズリゾット美味しそうだったね~」
ニコが私の腕をツンツンつつきながら大きな瞳を細めて話す。
「な、何だよぅ。その嫌らしい目つきは」
「別にぃ~でもさ、あの格好いい二人から手作りの食事を差し入れてもらえるなんて、ファルの町の女性達が知ったら、再び嫉妬しそうだよね。ねぇ? マリンさん」
「そ、そうね……」
マリンは気が付いた様に顔をパッと上げ、困った様に笑っていた。
「も、もう。マリンだって返答に困っているじゃない! そもそもマリンはノアの恋人なのに。マリンの前で何て事を言うんだよ。そうじゃなくても変な噂が流れているみたいなのに。今度ニコ用のおにぎりを作る時は具もゆで卵にして『ひよこ』にしちゃうんだから!」
私は慌ててニコに飛びついた。両腕を掴んで前後に体を振る。痩せ気味のニコの体がわかめの様にゆらゆらと揺れる。
「えぇ~それはないよぉ中身も外も『ひよこ』は勘弁して~」
ニコは私に揺らされながら、情けない声を上げた。
「ニコはすっかりナツミと仲良しね。元々人見知りしないけれども、何処か他人行儀だったところがあるのに、ねぇ? マリン」
「そうね……」
ニコとナツミのやり取りを見て、声をかけてきたミラに声が震えない様に返事をした。
それから私は思わず俯いて下唇を噛んでしまった。
この胸に広がる様なモヤモヤは……もしかして、ニコが言う様に嫉妬なのかな。
だって、何だかノアとザックに囲まれているナツミの姿が想像できて──
きっとザックは屈託なく笑うし、ノアだって……
他の女の子には見せない王子様の仮面を剥いで、荒削りな感じのままきっとナツミに笑う。
その笑顔はバラの様な笑みではなく、大輪のひまわりの様に。
三人の様子を想像した時、頭から冷や水をかけられた様でブルリと震えた。
これは嫉妬ではない。
不安という言葉がしっくりする。
私は大きく深呼吸をしてなんとかこの不安な気持ちを落ち着かせた。
パンパンと二回手を叩いたジルさんが、注目する様に言った。
「さて。残りのおにぎりは私が店の皆に感想を聞いてくるから。無駄話はここで終わり。さっさと昼の片付けに入って?」
はーいと、私をはじめとするミラ、マリン、ニコが返事をする。ダンさんも頷いて片付けに取りかかる。
それから立ち上がったジルさんが残りのおにぎりが入ったお皿を持ち上げた。
「それから、ナツミとミラとマリンは、話があるから、片付けが終わったら時間泊の部屋に来て」
ジルさんはウインクをしながら、それぞれの肩を叩いて厨房から去っていた。
私達三人は頷いて返事をしてそれぞれの片付け仕事に取りかかる。
何だろう……気にはなるけれどもとにかく仕事だ。
「さて、今日も九九を言いながらやりますかぁ~」
私は腕まくりをしながら水が張った桶に手を入れた。
賛成! とミラ、ニコ、マリンそしてダンさんが声を上げて片付けに早速取りかかった。
「!」
ザックは両腕を後ろに組んだまま、肩幅に足を広げ目の前の大隊長から発せられた言葉に目を大きく開いてしまった。
蒸し暑い昼下がり、窓やドアはぴっちり閉められている。カーテンも固く閉じられ、外部からこの部屋の様子を知る事は出来ない。それぞれの様子をうかがい知るには、テーブルに照らされたランプだけが頼りだ。
しかし暑さは全く感じない。空調が整った海上部隊の大隊長室に緊張が走る。
「離島の牢屋で捕まっていた奴隷商人集団が毒殺されたなんて……」
隣に立っていたシンが大隊長の言葉をオウム返しする。
「シン」
コンコンと机の上で太い指を叩いて音を立てると、ガラガラの掠れた低い声が響いた。
硬質な赤い直毛を整髪料で後ろに撫でつけているが、もみあげと首の後ろの辺りの髪の毛はいつも撥ねている。大きな体に赤い燃える様な瞳そしてくっきりとした二重──以前ナツミが言っていた『もみ上げ長めの二重巨人』、ザックの上官であるレオ大隊長が深い溜め息をついた。
「驚きの声を上げるのは分かるが軍人だろう。落ち着きを持つ様に」
「申し訳ありません」
シンはブーツの踵を立てて合わせる。
「まぁ、いい。それで──魔法部隊のネロ小隊長に調べてもらったのだが、どうやら例の『ジルの店』で情報漏洩の疑いで捕まっていた毒と同じという事が分かった」
もみあげを撫でながら、レオ大隊長が椅子をくるりと横に向けて大きな足を組み直していた。ザックは無言でレオ大隊長の瞳を見つめる。レオ大隊長もそのザックの様子に頷き、溜め息をついた。
「この毒殺された奴隷商人集団はアル小隊長と接触があった事が取り調べで分かった。しかし、裏も取れた後でこのザマだ。わざわざ離島に収監していたと言うのに」
レオ大隊長は焦げ茶色の磨き上げられた机の上で横を向いたまま、長いもみあげを擦り片肘をついた。
とうとう接点が見つかったのか。ザックとノアは視線を合わせた。
「アル小隊長は休暇に入っているが、恐らく戻ってくる気はないだろう。こんな事をしておきながら一体何処へ。早急に捕まえなくてはならない」
こんな事とは、奴隷商人に身寄りのない女子供を売り飛ばしていた事だろう。
ザックは溜め息をついて胸をグッと張ると分かりきってはいるが意見を述べる。
「先ずは陸上部隊で秘密裏にアル小隊長を探すべきでは? 何故ならアル小隊長は現在の領主の息子で」
「ザック。分かりきっているのに聞くんじゃねぇ」
「……」
ザックが最後まで話す事はかなわなかった。急に格好を崩すレオ大隊長だ。
その時、来客用のソファに座る男が軽く笑った。
「更に状況は最悪でな。アル小隊長と接触のあった、別の奴隷商人のしかも集団が、裏町に潜伏しているとの情報を陸上部隊の独自のルートで得た」
ザックとシンが体を回転させて振り向くと、薄暗い部屋に更に二人の男がいた。
一人は椅子に座っている。白い染み一つないシャツと黒い外套。白いズボンに黒いブーツを履くザックと同じぐらいの長身の男だ。
薄暗がりでも浮かび上がるほどの白い肌。ウエーブのかかったプラチナブロンドは後頭部を短く刈り上げ、前髪だけ左目が隠れる様に斜めに伸ばしていた。
一重の鋭い瞳を持ちながらも、整った甘い顔をしている。しかし、その隠れた左目は抉られて、ない。瞳は海の底の色をした男だ。
名前はカイと言う。陸上部隊の大隊長の一人だ。
海上部隊と陸上部隊は実は仲が余り良くないのだが、数人いる大隊長の中でもレオ大隊長とカイ大隊長は仲が良く話が分かる二人だった。
そのソファに座るカイ大隊長の後ろにザックと同じ様に控えているのがノアだった。
「それで俺達に何を?」
ザックは全ての事をすっ飛ばして、カイ大隊長に問いかける。
もう答えは分かっている。ザック、ノア、シンこの三人を目の前にして何をお願いするつもりなのか。
「ハハ。話の早い男だな、ザック小隊長。頼みたいのは二つ。裏町に潜伏している奴隷商人集団を捕まえる事。これは、命のあるなしは問わない。そして、アルを殺さずに俺達二人の前に連れてくる事だ」
「!」
ザックは思わず後ろに組んだ腕を解こうとしてしまった。
奴隷商人は立派な証人だ。
次々毒殺されてアルとの接点が証言できなくなったなら、なおさら大切な証人となるはずだ。それなのに、命のあるなしは問わないとは。
そして、アルは生かしておくつもりか。所詮領主の息子と言う事か。
ザックは複雑な思いで後方に控えているノアを見つめる。
ノアはザックとゆっくり視線を合わせる。そのノアの瞳は何か覚悟を決めている様に見えた。
ザックは理解した。ノアも納得がいかなくてもこの方針に従うと決めた事を。
「顔に出やすいなザック小隊長は」
「失礼しました……了解しました」
フンと鼻息一つで笑ったのはカイ大隊長だった。ザックの言葉を受けて立ち上がる。
ザックの側まで数歩で近づき、耳打ちをしてきた。ふわりとムスクの香りが漂った。
上品なこの香りはジルからよく漂ってくる香りだ。
「この潜伏している奴隷商人は、商人と言うよりも暴力的なただの横流し集団だ。手加減は出来ない。しかも何人いてどの程度の動きをしているのか全く分からない。手加減などは出来ないだろう」
「!」
「そして、アル小隊長の件だが──場合によっては不慮の事故も考えられるからな」
そう言ってポンと肩を叩かれた。
何だって?! アルの件も場合によっては殺せという事か……
それは恐らく二人の大隊長の作戦なのだろう。
だからこそ一番信頼の置けるそれぞれの部下、合わせて三人に声をかけたと考えるが、下手を打てば尻尾切りされるのだろう。
ザックは内心溜め息をついた。
視線だけでノアを見るとノアも同じ様に溜め息をついている。
この二人の大隊長はよく無理難題を押し付けてくるのだ。今に始まった事ではない。
そこで、椅子に座っていたレオ大隊長が勢いよく立ち上がった。
「と、言う事で、お前達三人は明日から特殊な配置になる」
もみあげを両手で整えながら、レオ大隊長がにやりと笑う。
「お前達確か『ジルの店』を手伝っているのだろう?」
暗い部屋で大男の白い歯が光っているのがザック達三人に見えた。
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