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079 シンの話
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私はシンが運んで来た食事を片っ端から平らげた。
「いつ見ても良い食いっぷりだな。作った方は気持ちがいいや」
「このパスタはシンが作ってくれたの?」
「今頃気がついたのかぁ? 遅いぞナツミ。俺も結構料理は得意なんだぜ~」
もっと褒めてくれと言わんばかりにシンが両手を腰に当てて胸を張る。
シンはずっと厨房にいたのか黒いタンクトップに黒のバンダナ。そしてモスグリーンのエプロンをしていた。
ダンさんのタンクトップは必ず黒だった。厨房に入る男子は黒いタンクトップ着用が義務付けられているのだろうか。
「だけど子牛の肉を煮込んだヤツはザック隊長が作ったんだけどな」
「ザックも料理が上手だよね……」
私はザックが作ったと言う煮込みの中に入っていた肉のかけらを咀嚼して飲み込んだ。
スプーンを囓ったまま空になったお皿を覗き込む。
「……そういえばノアも上手なんだよね。皆料理が上手くて凄いなぁ。私なんておにぎり作るのが精一杯だし」
しかもダンさんが作った白ご飯に、ダンさんが作った食材を入れてにぎるだけなのだから話にならない。
「俺達は『ジルの店』でダンさんにバッチリ教えてもらったからな。ダンさんの教え方は怖いんだぜ。そりゃぁ死にもの狂いで覚えたんだから」
シンが笑いながら私が平らげたお皿を片づけはじめた。
私はふと疑問に思った。
「ダンさんに料理を教えてもらったはいつ頃の事なの?」
「料理を教えてもらったのは、そうだなぁ今から確か八年前か? 俺は十五歳の時で、ザック隊長は二十歳だったっけ」
「ノアも一緒だったんだよね」
「そうだよ。ノア隊長は十七歳だったかな。懐かしいなぁ」
「ザックとノアは軍学校に通っていたって聞いたけど」
「そうそう、隊長二人は軍学校に通いはじめた最初の頃でさ。俺はまだ軍学校には通ってなかったから違うんだけど」
シンは話を続ける。
そもそも二人が軍学校に通う様になったきっかけは、レオ大隊長とカイ大隊長が能力の高いザックとノアを見込んでスカウトしたからだとか。
軍学校に通う様になっても、ザックとノアの住まいは裏町。つまり貧民街の一角で生活が苦しいのは相変わらずだった。二人は当時から色々な女性と浮き名を流していたが、それは体を売って生活費を稼ぐ手段の一つだったらしい。二人を買う女性達が沢山いたのだとか。
とは言うものの、ザックもノアも女性との行為は好きなので余り苦痛ではない様子だったとか。確かノアは『男は誰でもやりたくて仕方ない時期がある』と言っていたから、そうなのだろう。
「二人共さ、乱れすぎだよ……」
私の呟きと呆れた様な顔を見たシンは苦笑いだった。
「それを言われちゃぁ俺も言い返せないな。同じ穴の何とかだし……とにかく、そのせいで二人は悪目立ちしちゃって。レオ大隊長とカイ大隊長も困り果てたみたいでさ『ジルの店』に預けられたワケ」
確か以前ジルさんが話していた。軍学校時代は、まだお金もないから外で女性と性行為をしたりと悪目立ちで目に余るから、店を手伝う代わりに食事と時間泊の部屋を無料にしていたと。
「『ジルの店』で教えてもらったのは料理だけじゃなくて。生活が不規則なの正されたりとか。だからジルさんやダンさん『ジルの店』の皆には感謝しているんだ」
汚れたお皿を重ねながらシンが懐かしそうに呟いた。
「そうかぁ」
色々あったのだろう。
そこで私は一番気になっていた事を尋ねてみる。
「ね、ねぇ。じゃぁ、ザックとノアがマリンと初めて出会ったのは、軍学校に入って『ジルの店』で働く様になってからなの?」
何だかどもってしまった。
出来るだけ自然に尋ねたつもりだが。私はシンの顔を見上げる事が出来ず、片づけられていくお皿を見つめた。緊張で手が少し震える。心拍数も早くなっているのが分かる。
それから恐る恐る視線だけシンに向ける。シンは顎を片手で撫でながら視線を上に上げて思い出しているようだった。
「そうだよ。だってそれまで『ジルの店』なんて来た事ないからさ。俺達こんな立派な店に通える様な金は持っていなかったから」
「そ、そうだよね……」
「俺さぁマリンさんと会った時の事をよく覚えているよ。噂では凄く綺麗な踊り子がいるって聞いた事があったけど、驚くほど美人だから驚いたのなんのって」
シンが身振り手振りで話す。
「そうだよね。マリンは本当に美人だもんね」
私はマリンの踊る姿を見て感動した事を思い出した。切なくなって胸を掴まれる様な気持ちになる。
「だろ~? でも、その時一番驚いていたのはザック隊長で。もしかして知り合いなのかと思って聞いたら『初めて会った』ってザック隊長は言っていたなぁ。流石のザック隊長も美人のマリンさんを目の前にして驚いたみたいだ」
「……そっか」
私は地味にショックを受ける。
確かマリンは私がザックからもらったネックレスを見ながらこう言ったのだ。
『確かザックが軍学校に入る前につけていたピアスと同じ色ね。もしかして同じ宝石なのかしら?』
『色が独特だから覚えていたの。何て言う宝石なの?』
マリンの言う通り軍学校に入る前から知っていたのならば、ザックがシンに言った『初めて会った』というのは嘘になる。驚いていたのも実は知り合いだったからなのではないだろうか。
だとしたら、何故ザックはそんな嘘をつく必要があるのだろう。
私は何だか胸が苦しくなってネックレスの魔法石の部分を握りしめる。
「俺さぁ、マリンさんは美人だから、てっきりザック隊長はちょっかいを出すかと思っていたんだ。でも、ジルさんに手を出さない様念を押されていたのかな? ザック隊長は全然マリンさんには手を出す事はなくてさ。気がついたらマリンさんはノア隊長と関係を持って。どうもマリンさんの片思いだったみたい。そうこうしていたら結局恋人同士になってさ、今に至るってワケ」
「そう……ザックが手を出さなかったの」
私はシンの話を聞いて、思わず沈んだ声を上げた。
マリンがノアに片思いをしていたのか。それも意外な感じがする。
シンはその思った以上に重たい私の声に我に返る。それから『しまった』とバツの悪そうな顔をして、慌ててお皿を持ち上げる。
「わっ、悪い。ザック隊長がマリンさんに手を出すとか変な事言ってしまって。とにかく安心しろよ。そういうのは全くないから大丈夫だぜナツミ! それに今ザック隊長はナツミにゾッコンだから」
「ゾッコンって」
古い表現をするシンの言葉をオウム返しする。それに何が大丈夫なのか分からない。
微妙な私の顔にシンは慌てふためきお皿を両手いっぱいに持った。
「と、とにかく。俺はナツミのために食後の飲み物を。そうだ、ココを入れてくるから大人しく待ってろ。絶対にフロアに来るなよ。これはザック隊長の命令だからな! じゃぁな」
シンは早口でまくし立てると、ガチャガチャとお皿の音を立てて去っていった。
それから、私はテーブルの上にある布巾で汚れを拭き取り、そっとついたてからフロアをのぞき見た。
そこには騒ぎ立てる軍人達とノア、マリン、ザックがいた。三人は軍人達に囲まれて何か楽しそうに話をしていた。
すらりと背の高いノアとザックに挟まれて、楽しそうに笑うマリン。フワフワの綿菓子の様なプラチナブロンドが笑う度に揺れていた。
絵になる三人で、とても眩しく見える。
恋人同士のノアとマリンに、そしてザック。
ノアとマリンの側にいつもいたザックはどう思っていたのだろう。
確かにシンの言う通りで、何故ザックはマリンに興味を持たなかったのだろう。
あの女性大好きなザックがあれだけ美人のマリンを放っておくはずない、と思う。
ジルさんに念を押されたって言うならば、何故マリンはノアと関係するの? ノアだって同じじゃないの?
私はついたてに再び隠れて溜め息をついた。
『ザックはマリンと寝た事があるのよ』
シンの話からも、黒いフードの女性が言っていた事が真実味を帯びてくる。
私は首を振って思い出した言葉を振り払う。それでも、嫌な想像をしてしまう。
例えば──
ザックはマリンと軍学校に入る前から知り合いで、既にその時に関係があったとして。
どんな関係だったのだろう。体だけの関係? 恋人?
恋人だったとしたら、マリンはあんなに素敵なのにどうして関係を続けなかったの?
ザックが恋人の座にいないのは何故?
もしかして、ザックがフラれた? それともマリンがフラれた?
私は頭を抱えて机の上に伏せってしまう。
ああ、嫌だな。ただの想像なのに。ただの例え話なのに。
元カレの秋とお姉ちゃんの姿がよぎる。
私は首を左右にちぎれるほど振る。ザックとマリンはあの二人とは違うでしょ!
はっきりさせるためには、ザックに直接尋ねるしかない。
しかし、その先にある答えがマリンに対して気持ちがあった様な話を聞かされたとしたら。
私は、私はどうしたら──
私が一人自分で想像する恐怖に怯えていると、頭上から声が聞こえた。
「ナツミさん、どうしたの? そんなに頭を抱えて。もしかして頭が痛いのかい。さっき、シンから聞いたけど随分お腹が減っていたらしいね。もしかして医療魔法を使ったの?」
気が抜けた様な声だった。
その暢気な声に顔を上げると、丸い銀縁眼鏡をかけたネロさんが高いついたての上から顔を覗かせていた。
「ネロさん」
私は久しぶりに見たネロさんに驚いて背筋を伸ばす。
「やぁやぁ久しぶり。何だか可愛くなったねぇナツミさん。ザックと愛し合っている証拠かなぁ。しかし──折角の可愛い顔もそんな泣きそうな顔だと台無しだよ? まぁ、その顔は顔で何だか惹かれるものがあるけれども。それより、医療魔法を使うなんて誰かの怪我でも治したのかい」
ネロさんは顔の皮脂汚れがついた丸眼鏡のブリッジを人さし指で上げて余計な事をいっぱい喋りながら笑った。
自分を追い詰めていた私は、ネロさんの笑顔に気が抜けて溜め息をついた。
ネロさんの美しいはずのプラチナブロンドは相変わらずボサボサで無造作に一つに縛っている。
「医療魔法を使った覚えはないんですけど何故かお腹が空いて……えっ?!」
私はネロさんの後ろから顔を出した人物に驚いてその場で立ち上がる。
しかし、その勢いで机の下で膝をぶつけて悲鳴を上げた。
「ッ!」
ゴン、という音と一緒に私は体をくの字に倒して涙をこらえる。
痛い。結構派手にぶつけてしまった。
すると、ネロさんの後ろから顔を出したレオ大隊長とカイ大隊長が笑った。
「おい。カイのせいで驚かせてしまったじゃないか」
もみ上げ長めの二重巨人、ではなくて。
レオ大隊長が笑いながらついたての向こうから姿を現した。そしてその隣には──
「俺か? お前のせいだろう」
ウエーブのかかったプラチナブロンドの持ち主であるカイ大隊長がいた。
「もう。二人共、私のナツミをいじめないでよ」
そして最後にジルさんが笑いながらレオ大隊長とカイ大隊長の肩をポンとたたいていた。
「いつ見ても良い食いっぷりだな。作った方は気持ちがいいや」
「このパスタはシンが作ってくれたの?」
「今頃気がついたのかぁ? 遅いぞナツミ。俺も結構料理は得意なんだぜ~」
もっと褒めてくれと言わんばかりにシンが両手を腰に当てて胸を張る。
シンはずっと厨房にいたのか黒いタンクトップに黒のバンダナ。そしてモスグリーンのエプロンをしていた。
ダンさんのタンクトップは必ず黒だった。厨房に入る男子は黒いタンクトップ着用が義務付けられているのだろうか。
「だけど子牛の肉を煮込んだヤツはザック隊長が作ったんだけどな」
「ザックも料理が上手だよね……」
私はザックが作ったと言う煮込みの中に入っていた肉のかけらを咀嚼して飲み込んだ。
スプーンを囓ったまま空になったお皿を覗き込む。
「……そういえばノアも上手なんだよね。皆料理が上手くて凄いなぁ。私なんておにぎり作るのが精一杯だし」
しかもダンさんが作った白ご飯に、ダンさんが作った食材を入れてにぎるだけなのだから話にならない。
「俺達は『ジルの店』でダンさんにバッチリ教えてもらったからな。ダンさんの教え方は怖いんだぜ。そりゃぁ死にもの狂いで覚えたんだから」
シンが笑いながら私が平らげたお皿を片づけはじめた。
私はふと疑問に思った。
「ダンさんに料理を教えてもらったはいつ頃の事なの?」
「料理を教えてもらったのは、そうだなぁ今から確か八年前か? 俺は十五歳の時で、ザック隊長は二十歳だったっけ」
「ノアも一緒だったんだよね」
「そうだよ。ノア隊長は十七歳だったかな。懐かしいなぁ」
「ザックとノアは軍学校に通っていたって聞いたけど」
「そうそう、隊長二人は軍学校に通いはじめた最初の頃でさ。俺はまだ軍学校には通ってなかったから違うんだけど」
シンは話を続ける。
そもそも二人が軍学校に通う様になったきっかけは、レオ大隊長とカイ大隊長が能力の高いザックとノアを見込んでスカウトしたからだとか。
軍学校に通う様になっても、ザックとノアの住まいは裏町。つまり貧民街の一角で生活が苦しいのは相変わらずだった。二人は当時から色々な女性と浮き名を流していたが、それは体を売って生活費を稼ぐ手段の一つだったらしい。二人を買う女性達が沢山いたのだとか。
とは言うものの、ザックもノアも女性との行為は好きなので余り苦痛ではない様子だったとか。確かノアは『男は誰でもやりたくて仕方ない時期がある』と言っていたから、そうなのだろう。
「二人共さ、乱れすぎだよ……」
私の呟きと呆れた様な顔を見たシンは苦笑いだった。
「それを言われちゃぁ俺も言い返せないな。同じ穴の何とかだし……とにかく、そのせいで二人は悪目立ちしちゃって。レオ大隊長とカイ大隊長も困り果てたみたいでさ『ジルの店』に預けられたワケ」
確か以前ジルさんが話していた。軍学校時代は、まだお金もないから外で女性と性行為をしたりと悪目立ちで目に余るから、店を手伝う代わりに食事と時間泊の部屋を無料にしていたと。
「『ジルの店』で教えてもらったのは料理だけじゃなくて。生活が不規則なの正されたりとか。だからジルさんやダンさん『ジルの店』の皆には感謝しているんだ」
汚れたお皿を重ねながらシンが懐かしそうに呟いた。
「そうかぁ」
色々あったのだろう。
そこで私は一番気になっていた事を尋ねてみる。
「ね、ねぇ。じゃぁ、ザックとノアがマリンと初めて出会ったのは、軍学校に入って『ジルの店』で働く様になってからなの?」
何だかどもってしまった。
出来るだけ自然に尋ねたつもりだが。私はシンの顔を見上げる事が出来ず、片づけられていくお皿を見つめた。緊張で手が少し震える。心拍数も早くなっているのが分かる。
それから恐る恐る視線だけシンに向ける。シンは顎を片手で撫でながら視線を上に上げて思い出しているようだった。
「そうだよ。だってそれまで『ジルの店』なんて来た事ないからさ。俺達こんな立派な店に通える様な金は持っていなかったから」
「そ、そうだよね……」
「俺さぁマリンさんと会った時の事をよく覚えているよ。噂では凄く綺麗な踊り子がいるって聞いた事があったけど、驚くほど美人だから驚いたのなんのって」
シンが身振り手振りで話す。
「そうだよね。マリンは本当に美人だもんね」
私はマリンの踊る姿を見て感動した事を思い出した。切なくなって胸を掴まれる様な気持ちになる。
「だろ~? でも、その時一番驚いていたのはザック隊長で。もしかして知り合いなのかと思って聞いたら『初めて会った』ってザック隊長は言っていたなぁ。流石のザック隊長も美人のマリンさんを目の前にして驚いたみたいだ」
「……そっか」
私は地味にショックを受ける。
確かマリンは私がザックからもらったネックレスを見ながらこう言ったのだ。
『確かザックが軍学校に入る前につけていたピアスと同じ色ね。もしかして同じ宝石なのかしら?』
『色が独特だから覚えていたの。何て言う宝石なの?』
マリンの言う通り軍学校に入る前から知っていたのならば、ザックがシンに言った『初めて会った』というのは嘘になる。驚いていたのも実は知り合いだったからなのではないだろうか。
だとしたら、何故ザックはそんな嘘をつく必要があるのだろう。
私は何だか胸が苦しくなってネックレスの魔法石の部分を握りしめる。
「俺さぁ、マリンさんは美人だから、てっきりザック隊長はちょっかいを出すかと思っていたんだ。でも、ジルさんに手を出さない様念を押されていたのかな? ザック隊長は全然マリンさんには手を出す事はなくてさ。気がついたらマリンさんはノア隊長と関係を持って。どうもマリンさんの片思いだったみたい。そうこうしていたら結局恋人同士になってさ、今に至るってワケ」
「そう……ザックが手を出さなかったの」
私はシンの話を聞いて、思わず沈んだ声を上げた。
マリンがノアに片思いをしていたのか。それも意外な感じがする。
シンはその思った以上に重たい私の声に我に返る。それから『しまった』とバツの悪そうな顔をして、慌ててお皿を持ち上げる。
「わっ、悪い。ザック隊長がマリンさんに手を出すとか変な事言ってしまって。とにかく安心しろよ。そういうのは全くないから大丈夫だぜナツミ! それに今ザック隊長はナツミにゾッコンだから」
「ゾッコンって」
古い表現をするシンの言葉をオウム返しする。それに何が大丈夫なのか分からない。
微妙な私の顔にシンは慌てふためきお皿を両手いっぱいに持った。
「と、とにかく。俺はナツミのために食後の飲み物を。そうだ、ココを入れてくるから大人しく待ってろ。絶対にフロアに来るなよ。これはザック隊長の命令だからな! じゃぁな」
シンは早口でまくし立てると、ガチャガチャとお皿の音を立てて去っていった。
それから、私はテーブルの上にある布巾で汚れを拭き取り、そっとついたてからフロアをのぞき見た。
そこには騒ぎ立てる軍人達とノア、マリン、ザックがいた。三人は軍人達に囲まれて何か楽しそうに話をしていた。
すらりと背の高いノアとザックに挟まれて、楽しそうに笑うマリン。フワフワの綿菓子の様なプラチナブロンドが笑う度に揺れていた。
絵になる三人で、とても眩しく見える。
恋人同士のノアとマリンに、そしてザック。
ノアとマリンの側にいつもいたザックはどう思っていたのだろう。
確かにシンの言う通りで、何故ザックはマリンに興味を持たなかったのだろう。
あの女性大好きなザックがあれだけ美人のマリンを放っておくはずない、と思う。
ジルさんに念を押されたって言うならば、何故マリンはノアと関係するの? ノアだって同じじゃないの?
私はついたてに再び隠れて溜め息をついた。
『ザックはマリンと寝た事があるのよ』
シンの話からも、黒いフードの女性が言っていた事が真実味を帯びてくる。
私は首を振って思い出した言葉を振り払う。それでも、嫌な想像をしてしまう。
例えば──
ザックはマリンと軍学校に入る前から知り合いで、既にその時に関係があったとして。
どんな関係だったのだろう。体だけの関係? 恋人?
恋人だったとしたら、マリンはあんなに素敵なのにどうして関係を続けなかったの?
ザックが恋人の座にいないのは何故?
もしかして、ザックがフラれた? それともマリンがフラれた?
私は頭を抱えて机の上に伏せってしまう。
ああ、嫌だな。ただの想像なのに。ただの例え話なのに。
元カレの秋とお姉ちゃんの姿がよぎる。
私は首を左右にちぎれるほど振る。ザックとマリンはあの二人とは違うでしょ!
はっきりさせるためには、ザックに直接尋ねるしかない。
しかし、その先にある答えがマリンに対して気持ちがあった様な話を聞かされたとしたら。
私は、私はどうしたら──
私が一人自分で想像する恐怖に怯えていると、頭上から声が聞こえた。
「ナツミさん、どうしたの? そんなに頭を抱えて。もしかして頭が痛いのかい。さっき、シンから聞いたけど随分お腹が減っていたらしいね。もしかして医療魔法を使ったの?」
気が抜けた様な声だった。
その暢気な声に顔を上げると、丸い銀縁眼鏡をかけたネロさんが高いついたての上から顔を覗かせていた。
「ネロさん」
私は久しぶりに見たネロさんに驚いて背筋を伸ばす。
「やぁやぁ久しぶり。何だか可愛くなったねぇナツミさん。ザックと愛し合っている証拠かなぁ。しかし──折角の可愛い顔もそんな泣きそうな顔だと台無しだよ? まぁ、その顔は顔で何だか惹かれるものがあるけれども。それより、医療魔法を使うなんて誰かの怪我でも治したのかい」
ネロさんは顔の皮脂汚れがついた丸眼鏡のブリッジを人さし指で上げて余計な事をいっぱい喋りながら笑った。
自分を追い詰めていた私は、ネロさんの笑顔に気が抜けて溜め息をついた。
ネロさんの美しいはずのプラチナブロンドは相変わらずボサボサで無造作に一つに縛っている。
「医療魔法を使った覚えはないんですけど何故かお腹が空いて……えっ?!」
私はネロさんの後ろから顔を出した人物に驚いてその場で立ち上がる。
しかし、その勢いで机の下で膝をぶつけて悲鳴を上げた。
「ッ!」
ゴン、という音と一緒に私は体をくの字に倒して涙をこらえる。
痛い。結構派手にぶつけてしまった。
すると、ネロさんの後ろから顔を出したレオ大隊長とカイ大隊長が笑った。
「おい。カイのせいで驚かせてしまったじゃないか」
もみ上げ長めの二重巨人、ではなくて。
レオ大隊長が笑いながらついたての向こうから姿を現した。そしてその隣には──
「俺か? お前のせいだろう」
ウエーブのかかったプラチナブロンドの持ち主であるカイ大隊長がいた。
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