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107 ウエイトレスに変身 その3
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「全く最近のあんた達ときたら情緒不安定にも程があるわよ。今度はミラとマリンって。マリンは毎回泣きすぎよっ! 踊る前なんだからもっとしっかり精神を保つ様に心がけなさい」
「「すみません……ズズ」」
ジルさんがマリンとミラの目の前で仁王立ちになる。
ジルさんは紫色で統一された衣装だった。今日は長い髪の毛を下ろして頭から腰の辺りまであるベールをかぶっている。
ジルさんは怒っているが声は優しさが籠もっていた。ミラとマリンは情けない程眉を垂らして鼻水を啜った。だが、その後二人が見合って微笑む。
それぞれ恋人から貰ったアクセサリーを身に付けて触れて嬉しそうだ。
理由が分かっていないジルさんは気味悪がっていた。
「な、何なのよ。怒られているのにニヤニヤして気持ち悪いわね。さぁ、早く鼻をかんで。その顔じゃ泣いたのがバレるわ。少し化粧で隠しなさい。ああ、私も手伝うわ」
テキパキとジルさんがドレッサー前のおしろいなどを手に取り、ミラとマリンをドレッサーの前に座らせる。
横からミラの顎を持ち上げるとパタパタと目尻の辺りに粉をはたき、お化粧を直し始める。ジルさん自ら直し始めたのでミラやマリンも言われるがままだ。
ジルさんは首を捻って後ろに立っていた私を見つめると薄く笑った。
「悪いけどナツミは先に行ってもらえるかしら? すぐに忙しくなりそうなのよ」
「はい。すぐに行きます」
私は大きく頷いて部屋のドアを開ける。そうだった。既にお店は開店しているのだ。
「あ、ナツミ」
「はい?」
「いいわねその衣装、最高よ。ああ、水着だったわね。きっとフロアでも人気が出る事間違いないわ。もし、相手の軍人が酔っ払って手を出してきても気にしないで振り払いなさい。ナツミの後ろには、私やザックがいるんだからね」
そう言って軽くウインクをしてくれた。
「はい!」
わっ、ジルさんに褒めてもらえた。
私は満面の笑みで大きく頷き、酒場まで駆けて行った。
「ナツミ! 遅いぞまずはビールを運んでくれ、料理はそれからでいい」
「遅刻は厳禁だろ! 今、ニコとシンがビールを注いでいるから」
フロアまで降り厨房に入ると、ザックとノアが早速出来上がった料理をカウンターに並べながら私に大きな声で呼びかける。
二人共モスグリーンのエプロンと黒のタンクトップ、そして黒のバンダナを頭に巻き『ジルの店』定番の料理人姿になっていた。これはこれでユニフォームの様だ。
「ごめんね、遅くなって。水着やらお化粧やらその他諸々で遅くなっちゃって。分かったよ、まずはビールだね?」
私は既に熱気飛び交う厨房の入り口から大きな声で謝り、ビールサーバーがあるお酒が並んでいるカウンターに移動しようとクルリとターンした。
少し動くだけでミラに貰ったヒップスカーフの飾りがシャラっと音を立てる。
「ん? 衣装の音。水着に化粧? って何のこ、と……」
「その他諸々とか言い訳が通用すると、思う、な……」
ザックとノアが当然文句を言いながら振り向いた。
そして、私の姿を見るなり二人共手に持っていた調理器具をガチャンとコンロの上や調理台の上に落とした。
ザックの垂れ気味の瞳と、ノアのつり上がり気味の瞳が目一杯見開かれ、口は大きく開いたままで固まっていた。整った顔がかなり間抜けな事になっていた。
ザックとノアが滑り落として大きな音を立てた調理器具に、ダンさんが気がつき大きな声を上げる。
「調理器具は大切にし、ろって。ナツミ……これは見違えたなぁ。決まっているじゃないか。ようやくウエイトレスらしくなったな」
ダンさんがザックとノアの後頭部をポカポカ軽く叩くも、私を見つけると感嘆の声を上げた。
ダンさんのひと言に他の料理人、と言ってもほぼダンさんと同じシルエットである坊主頭を光らせ皆が私に振り向く。
「おお、ナツミか。可愛いじゃないか。何だ、最初からその姿でいれば良かったのに」
「気のいいウエイターから可愛いウエイトレスに転職かぁ……男だと思いこんでいた奴らはきっと混乱するぜ」
ドッと笑いが起こった。
「えへへ。ありがとうございます。早速ビールサーバーの方へ行って来ますね」
褒められてくすぐったいけれど、マリンとミラが仕上げてくれた姿なのだ。しっかりと働いて行かなくては。私は厨房を出ようとした。
しかし、ダンさんに後頭部を叩かれた事で、ザックとノアが我に返り素早く動く。私の腕をザックが引っ張り、ノアが素早く私の前に回り込む。
「待て待て」
「そうだちょっと待て」
二人の大男がやたら「待て」を連呼する。
「だって……早く行かないとビールを待ってるお客さんがいるって」
振り向くとザックが口をパクパクさせる。
「さ、三十秒だけだっ」
それに合わせて私の目の前に立ちはだかったノアが両手を大きく広げて通せんぼをする。
「そうだザックの言う通り三十秒だっ」
「三十秒?」
何故三十秒なのだろう。わけが分からないが目を丸くして立ちはだかるノアとザックを見比べる。すると、不満そうなザックが舌打ちをしながら低い声でノアに文句を言う。
「って言うか、何でノアが前で見てんだ。まず俺が見るのが先だろ」
「ナツミが早く出て行きそうだったから前に回り込んだだけだぞ。お前の為に止めてやったんだろっ」
ぎゃぁぎゃぁと喚く二人だった。
私を間に挟んで何故かノアとザックが小競り合いを始めそうだったので、更に厨房の奥にいたダンさんが大声を上げた。
「三十秒なんだろ! 早くナツミに言う事言ってこっちへ戻れ、馬鹿二人!」
「そうだった」
「こんな事している場合じゃない」
ザックとノアがコホンと声を調えた。そして前に立ち塞がったノアが私の頭を撫でてすぐに横を通り過ぎる。そしてその時に耳元で小さく囁いた。
「マリンがナツミをウエイトレスにするって言っていたが、ここまでとは。凄く似合ってるぜ」
そう言ってウインクをして去って行く。
「あ、ありがとう」
低い声で私とザックに聞こえる程度の声だが、艶っぽく囁いたノアに不覚にもドキリとしてしまう。
そしてノアはザックを横目で見ながらフフンと笑った。
「貸し一つな」
「何が貸し一つだ、先に前に回り込んだだけだろ。って言うか、ナツミの耳元で囁くな!」
舌打ちをしたザックがギリギリと歯ぎしりをしながら、笑うノアを横目で睨みつけていた。ノアは何処吹く風で、フフンと顎を上げて笑うとザックの肩を二回叩いて去って行った。
「キザな真似しやがって」
ザックはブツブツと文句を言いつつも、改めて私を自分の方に向き直る様にクルリと回転させた。それからサッと私の頭から足先までを見つめると、眩しそうにして力を抜いて笑った。
それから、両肩に手を置くとザックがゆっくりと顔を傾けて首筋当たりに近づいた。
「な、何?」
突然スッと近づかれ私は体を硬直させてしまう。
「ナツミ、最高に似合っていて可愛い。俺が隣でベッタリとついて酒場の奴らに自慢したい。ああ、仕事がなければさらって行くのもいいなぁ」
先程のノアの声とは比べものにならない程甘くて優しい声。加えて嗄れた声で囁かれると、それだけでグンニャリと溶けてしまいそうになる。
ザックが顔を近づけると汗が混じったザックの香水、ベルガモットの香りがする。
嗅ぎなれているのに不意に感じると余計にときめいてしまう。
「う、うん。ありがとう」
「いいか? 黒髪で黒い瞳の女。そして『ジルの店』でウエイトレスをしているのはナツミしかいない。『ファルの町』の男達なら、俺の女だとすぐに認識するだろう」
「……」
「俺の女に下手なちょっかいは出さないと思う。だけど……念のため、な?」
そう言ってスッと私の首筋にザックの唇を当てる。
「んっ」
チクリとする痛みがしてゆっくりとザックが立ち上がる。それから、改めて唇を当てた首を見つめると少し垂れ気味のグリーンの瞳が満足そうに弧を描いた。
ザックは左手の親指で私の頬を撫でた。
「綺麗についた。首のこの位置なら顔を見た時、自然に視界に入るしな」
「あっ……」
ザックは私の首にキスマークを一つつけたのだ。それが分かって、私は頬を染めてザックから視線を逸らした。
今更だけれど、何だか恥ずかしい。
すると、ザックはそれが分かっていたのか頬を撫でていた指に力を込めて私の顔を自分に向ける。
今度は真剣な顔をしたザックが真っすぐ私を見下ろしていた。
「ナツミいいか? 今日の客は、陸上部隊の奴らが多い。海上部隊の奴らよりは貴族肌が多いから、つまり、かっこつけが多くてなあまり下品な事もないと思うが、酔っ払いの男相手だから気をつけろよな。これは男よけな」
「う、うん……ありがと」
私がドキドキしながらザックを見上げる。ザックは素早く体を倒して、私の口の真横に優しくキスを落とした。
「口紅が取れるからな、今はこれで我慢する。仕事が終わったら楽しみだな……」
そう呟いてザックは厨房に戻って行った。
「もう、もう、ザックって何であんなに予想外の事してくるの?!」
取り残された私は赤い顔をしてその場で少しジタバタした。それから慌ててシンとニコが待つお酒のカウンターへ急いだ。
「こっちにも酒を頼む」
「こっちも頼むぜ。ほら、もう空なんだ」
「何だニコかよ。ニコに来てもらう為にビールを空にしたんじゃないぜ」
「こっちはシンかよ。なぁナツミをつけろよ。ザックの面白い話をしてやるからさ」
「何が面白い話だ。どうせどれだけ女にだらしないかって話だろ」
「だってよ、ザックはナツミに溺れてるんだってさ。どうせなら過去の事ぶちまけて、修羅場で慌てふためくザックが見たいじゃないか」
「そりゃぁいいや。ザックってなぁ俺の狙ってた女と寝てたんだぜ」
「それは腹が立つな。今こそ仕返しだな」
フロアは白いシャツと白いズボンの男達で埋まっていた。それぞれ脇には黒い外套が置かれている。
フロア内ではお酒を追加注文する声と共に、ザックと私の名前が飛び交う。しかも女性絡みでザックに怨みたっぷりの様だ。同じ軍人なのにザックってどれだけ悪さをしているのだろう。
ザックが好き勝手をしていた、裏町時代からの積み重ねがあるのかもね……そんな事を私は考えていた。
今更ながらなのだが、白い上下で黒い外套を着ているのは陸上部隊の軍人だそうだ。ノアとジルさんの恋人カイ大隊長が所属している部隊だ。
主に城の周辺や山側で警備をはじめとする仕事をしている。私は気にしていなかったのだが、観察してみるとノアと同じ様に白い肌でプラチナブロンドの人間が多い。中には赤い髪の人もいるが肌の色が浅黒くない。どちらかと言うと色白の人間が多い。つまり、北の国の出身者が多いという事なのだろう。
片やザックとシンが所属している海上部隊。海上部隊の服装は、白いシャツに黒いパンツを穿いている。黒い外套は着ていない。名前の通り主に海沿いを警備しする。『ファルの町』の海は小さな島が点在している。島には牢獄がある為、それらの警備も含んでいる。
レオ大隊長やシンの様な浅黒い肌赤い髪の人間が多い。たまに、ザックと同じ金髪の人もいる。つまりは『ファルの町』の出身者もしくは北の国以外の出身者と言う事だが、その実裏町出身の人間が多いのだ。
前面は海、背面は山。貿易の町であるファルだが──魅力のある町なだけに様々な他国からの攻撃にあう。
それで、陸上部隊と海上部隊があるのか。あとはネロさんのいる魔法部隊だけれど、こちらは出身は関係がない様だ。魔法が使える人間は決まっており、先天的なものみたいだし。
それぞれの役割がはっきりしているのはいいが、何だか部隊への配置は肌の色が関係していそうだ。
「貴族肌かぁ……」
先程ザックが私に気をつける様に言った時の言葉を誰にも聞かれない声で反芻した。
それに付け加えて、東の国──とは貿易などやり取りがないから未知の場所らしい。
皆が口々に言うには黒髪や黒い瞳を持つ人間は東の方にしかいないらしい。
なるほど……珍獣を見る様な視線を感じていたのはそういう理由もあるのかな。
更に、シン曰くあの眼光鋭い恐ろしいカイ大隊長を大笑いさせた事や、ザックの恋人に収まったわけだから、軍人達の私への興味は増すばかりらしい。私は町を出歩かないし、ウエイターと間違われていた事もあるからだろう。この間カイ大隊長を大笑いさせたのが初お目見えの様なものだ。今日のこの水着でウエイトレスをする事はかなり目立つだろう。
「ナツミ。ビールを注ぎ終わったぜ。二番テーブルへ頼む」
ビールサーバーの前でシンが樽形のジョッキにビールを注ぐ。そして四つのジョッキを私の目の前に用意した。
「うん……ヨシ!」
私は片手に二つずつ持つと小さく気合いを入れた。その私の声を聞いたシンがジョッキを握る私の両手をそっと握った。
「大丈夫だ。そんなに緊張しなくても、いつものナツミでやっていけばいいだけさ」
黒いバンダナの向こうで赤い瞳が優しく輝いた。
「……いつも通りで大丈夫かな?」
「もちろんさ。陸上部隊でもカイ大隊長達の隊中心だから気のいい奴らばかりさ!」
「カイ大隊長かぁ。それなら安心だね。ありがとう!」
片目がないカイ大隊長の顔を思い出して私が和むと、シンが臭い物を嗅いだ様な顔になる。
「カイ大隊長を思い出して和めるのはナツミだけだな……」
「そうかなぁ。あっシンそう言えば、さっきブレスレットの石に気がついちゃったからね?」
私がそう言ってビールを持ち上げフロアに歩き出す。
「ブレスレット? ああ、ミラのや、つ……ええっ! ああっ」
シンが臭い物を嗅いだ顔から一転、注いでいたビールを溢れさせ顔を赤くして慌てた姿が少し可愛かった。
私は胸を張ってフロアに歩き出す。
酔っ払いに絡まれるかもしれない。しかも今日は水着だ。上手に酔っ払いをかわせるかな?
しかし、大丈夫。私にはザックやジルさん、そして皆がいるのだし。
さぁ、ウエイトレスデビューだ!
「「すみません……ズズ」」
ジルさんがマリンとミラの目の前で仁王立ちになる。
ジルさんは紫色で統一された衣装だった。今日は長い髪の毛を下ろして頭から腰の辺りまであるベールをかぶっている。
ジルさんは怒っているが声は優しさが籠もっていた。ミラとマリンは情けない程眉を垂らして鼻水を啜った。だが、その後二人が見合って微笑む。
それぞれ恋人から貰ったアクセサリーを身に付けて触れて嬉しそうだ。
理由が分かっていないジルさんは気味悪がっていた。
「な、何なのよ。怒られているのにニヤニヤして気持ち悪いわね。さぁ、早く鼻をかんで。その顔じゃ泣いたのがバレるわ。少し化粧で隠しなさい。ああ、私も手伝うわ」
テキパキとジルさんがドレッサー前のおしろいなどを手に取り、ミラとマリンをドレッサーの前に座らせる。
横からミラの顎を持ち上げるとパタパタと目尻の辺りに粉をはたき、お化粧を直し始める。ジルさん自ら直し始めたのでミラやマリンも言われるがままだ。
ジルさんは首を捻って後ろに立っていた私を見つめると薄く笑った。
「悪いけどナツミは先に行ってもらえるかしら? すぐに忙しくなりそうなのよ」
「はい。すぐに行きます」
私は大きく頷いて部屋のドアを開ける。そうだった。既にお店は開店しているのだ。
「あ、ナツミ」
「はい?」
「いいわねその衣装、最高よ。ああ、水着だったわね。きっとフロアでも人気が出る事間違いないわ。もし、相手の軍人が酔っ払って手を出してきても気にしないで振り払いなさい。ナツミの後ろには、私やザックがいるんだからね」
そう言って軽くウインクをしてくれた。
「はい!」
わっ、ジルさんに褒めてもらえた。
私は満面の笑みで大きく頷き、酒場まで駆けて行った。
「ナツミ! 遅いぞまずはビールを運んでくれ、料理はそれからでいい」
「遅刻は厳禁だろ! 今、ニコとシンがビールを注いでいるから」
フロアまで降り厨房に入ると、ザックとノアが早速出来上がった料理をカウンターに並べながら私に大きな声で呼びかける。
二人共モスグリーンのエプロンと黒のタンクトップ、そして黒のバンダナを頭に巻き『ジルの店』定番の料理人姿になっていた。これはこれでユニフォームの様だ。
「ごめんね、遅くなって。水着やらお化粧やらその他諸々で遅くなっちゃって。分かったよ、まずはビールだね?」
私は既に熱気飛び交う厨房の入り口から大きな声で謝り、ビールサーバーがあるお酒が並んでいるカウンターに移動しようとクルリとターンした。
少し動くだけでミラに貰ったヒップスカーフの飾りがシャラっと音を立てる。
「ん? 衣装の音。水着に化粧? って何のこ、と……」
「その他諸々とか言い訳が通用すると、思う、な……」
ザックとノアが当然文句を言いながら振り向いた。
そして、私の姿を見るなり二人共手に持っていた調理器具をガチャンとコンロの上や調理台の上に落とした。
ザックの垂れ気味の瞳と、ノアのつり上がり気味の瞳が目一杯見開かれ、口は大きく開いたままで固まっていた。整った顔がかなり間抜けな事になっていた。
ザックとノアが滑り落として大きな音を立てた調理器具に、ダンさんが気がつき大きな声を上げる。
「調理器具は大切にし、ろって。ナツミ……これは見違えたなぁ。決まっているじゃないか。ようやくウエイトレスらしくなったな」
ダンさんがザックとノアの後頭部をポカポカ軽く叩くも、私を見つけると感嘆の声を上げた。
ダンさんのひと言に他の料理人、と言ってもほぼダンさんと同じシルエットである坊主頭を光らせ皆が私に振り向く。
「おお、ナツミか。可愛いじゃないか。何だ、最初からその姿でいれば良かったのに」
「気のいいウエイターから可愛いウエイトレスに転職かぁ……男だと思いこんでいた奴らはきっと混乱するぜ」
ドッと笑いが起こった。
「えへへ。ありがとうございます。早速ビールサーバーの方へ行って来ますね」
褒められてくすぐったいけれど、マリンとミラが仕上げてくれた姿なのだ。しっかりと働いて行かなくては。私は厨房を出ようとした。
しかし、ダンさんに後頭部を叩かれた事で、ザックとノアが我に返り素早く動く。私の腕をザックが引っ張り、ノアが素早く私の前に回り込む。
「待て待て」
「そうだちょっと待て」
二人の大男がやたら「待て」を連呼する。
「だって……早く行かないとビールを待ってるお客さんがいるって」
振り向くとザックが口をパクパクさせる。
「さ、三十秒だけだっ」
それに合わせて私の目の前に立ちはだかったノアが両手を大きく広げて通せんぼをする。
「そうだザックの言う通り三十秒だっ」
「三十秒?」
何故三十秒なのだろう。わけが分からないが目を丸くして立ちはだかるノアとザックを見比べる。すると、不満そうなザックが舌打ちをしながら低い声でノアに文句を言う。
「って言うか、何でノアが前で見てんだ。まず俺が見るのが先だろ」
「ナツミが早く出て行きそうだったから前に回り込んだだけだぞ。お前の為に止めてやったんだろっ」
ぎゃぁぎゃぁと喚く二人だった。
私を間に挟んで何故かノアとザックが小競り合いを始めそうだったので、更に厨房の奥にいたダンさんが大声を上げた。
「三十秒なんだろ! 早くナツミに言う事言ってこっちへ戻れ、馬鹿二人!」
「そうだった」
「こんな事している場合じゃない」
ザックとノアがコホンと声を調えた。そして前に立ち塞がったノアが私の頭を撫でてすぐに横を通り過ぎる。そしてその時に耳元で小さく囁いた。
「マリンがナツミをウエイトレスにするって言っていたが、ここまでとは。凄く似合ってるぜ」
そう言ってウインクをして去って行く。
「あ、ありがとう」
低い声で私とザックに聞こえる程度の声だが、艶っぽく囁いたノアに不覚にもドキリとしてしまう。
そしてノアはザックを横目で見ながらフフンと笑った。
「貸し一つな」
「何が貸し一つだ、先に前に回り込んだだけだろ。って言うか、ナツミの耳元で囁くな!」
舌打ちをしたザックがギリギリと歯ぎしりをしながら、笑うノアを横目で睨みつけていた。ノアは何処吹く風で、フフンと顎を上げて笑うとザックの肩を二回叩いて去って行った。
「キザな真似しやがって」
ザックはブツブツと文句を言いつつも、改めて私を自分の方に向き直る様にクルリと回転させた。それからサッと私の頭から足先までを見つめると、眩しそうにして力を抜いて笑った。
それから、両肩に手を置くとザックがゆっくりと顔を傾けて首筋当たりに近づいた。
「な、何?」
突然スッと近づかれ私は体を硬直させてしまう。
「ナツミ、最高に似合っていて可愛い。俺が隣でベッタリとついて酒場の奴らに自慢したい。ああ、仕事がなければさらって行くのもいいなぁ」
先程のノアの声とは比べものにならない程甘くて優しい声。加えて嗄れた声で囁かれると、それだけでグンニャリと溶けてしまいそうになる。
ザックが顔を近づけると汗が混じったザックの香水、ベルガモットの香りがする。
嗅ぎなれているのに不意に感じると余計にときめいてしまう。
「う、うん。ありがとう」
「いいか? 黒髪で黒い瞳の女。そして『ジルの店』でウエイトレスをしているのはナツミしかいない。『ファルの町』の男達なら、俺の女だとすぐに認識するだろう」
「……」
「俺の女に下手なちょっかいは出さないと思う。だけど……念のため、な?」
そう言ってスッと私の首筋にザックの唇を当てる。
「んっ」
チクリとする痛みがしてゆっくりとザックが立ち上がる。それから、改めて唇を当てた首を見つめると少し垂れ気味のグリーンの瞳が満足そうに弧を描いた。
ザックは左手の親指で私の頬を撫でた。
「綺麗についた。首のこの位置なら顔を見た時、自然に視界に入るしな」
「あっ……」
ザックは私の首にキスマークを一つつけたのだ。それが分かって、私は頬を染めてザックから視線を逸らした。
今更だけれど、何だか恥ずかしい。
すると、ザックはそれが分かっていたのか頬を撫でていた指に力を込めて私の顔を自分に向ける。
今度は真剣な顔をしたザックが真っすぐ私を見下ろしていた。
「ナツミいいか? 今日の客は、陸上部隊の奴らが多い。海上部隊の奴らよりは貴族肌が多いから、つまり、かっこつけが多くてなあまり下品な事もないと思うが、酔っ払いの男相手だから気をつけろよな。これは男よけな」
「う、うん……ありがと」
私がドキドキしながらザックを見上げる。ザックは素早く体を倒して、私の口の真横に優しくキスを落とした。
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そう呟いてザックは厨房に戻って行った。
「もう、もう、ザックって何であんなに予想外の事してくるの?!」
取り残された私は赤い顔をしてその場で少しジタバタした。それから慌ててシンとニコが待つお酒のカウンターへ急いだ。
「こっちにも酒を頼む」
「こっちも頼むぜ。ほら、もう空なんだ」
「何だニコかよ。ニコに来てもらう為にビールを空にしたんじゃないぜ」
「こっちはシンかよ。なぁナツミをつけろよ。ザックの面白い話をしてやるからさ」
「何が面白い話だ。どうせどれだけ女にだらしないかって話だろ」
「だってよ、ザックはナツミに溺れてるんだってさ。どうせなら過去の事ぶちまけて、修羅場で慌てふためくザックが見たいじゃないか」
「そりゃぁいいや。ザックってなぁ俺の狙ってた女と寝てたんだぜ」
「それは腹が立つな。今こそ仕返しだな」
フロアは白いシャツと白いズボンの男達で埋まっていた。それぞれ脇には黒い外套が置かれている。
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片やザックとシンが所属している海上部隊。海上部隊の服装は、白いシャツに黒いパンツを穿いている。黒い外套は着ていない。名前の通り主に海沿いを警備しする。『ファルの町』の海は小さな島が点在している。島には牢獄がある為、それらの警備も含んでいる。
レオ大隊長やシンの様な浅黒い肌赤い髪の人間が多い。たまに、ザックと同じ金髪の人もいる。つまりは『ファルの町』の出身者もしくは北の国以外の出身者と言う事だが、その実裏町出身の人間が多いのだ。
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それで、陸上部隊と海上部隊があるのか。あとはネロさんのいる魔法部隊だけれど、こちらは出身は関係がない様だ。魔法が使える人間は決まっており、先天的なものみたいだし。
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「貴族肌かぁ……」
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なるほど……珍獣を見る様な視線を感じていたのはそういう理由もあるのかな。
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「ナツミ。ビールを注ぎ終わったぜ。二番テーブルへ頼む」
ビールサーバーの前でシンが樽形のジョッキにビールを注ぐ。そして四つのジョッキを私の目の前に用意した。
「うん……ヨシ!」
私は片手に二つずつ持つと小さく気合いを入れた。その私の声を聞いたシンがジョッキを握る私の両手をそっと握った。
「大丈夫だ。そんなに緊張しなくても、いつものナツミでやっていけばいいだけさ」
黒いバンダナの向こうで赤い瞳が優しく輝いた。
「……いつも通りで大丈夫かな?」
「もちろんさ。陸上部隊でもカイ大隊長達の隊中心だから気のいい奴らばかりさ!」
「カイ大隊長かぁ。それなら安心だね。ありがとう!」
片目がないカイ大隊長の顔を思い出して私が和むと、シンが臭い物を嗅いだ様な顔になる。
「カイ大隊長を思い出して和めるのはナツミだけだな……」
「そうかなぁ。あっシンそう言えば、さっきブレスレットの石に気がついちゃったからね?」
私がそう言ってビールを持ち上げフロアに歩き出す。
「ブレスレット? ああ、ミラのや、つ……ええっ! ああっ」
シンが臭い物を嗅いだ顔から一転、注いでいたビールを溢れさせ顔を赤くして慌てた姿が少し可愛かった。
私は胸を張ってフロアに歩き出す。
酔っ払いに絡まれるかもしれない。しかも今日は水着だ。上手に酔っ払いをかわせるかな?
しかし、大丈夫。私にはザックやジルさん、そして皆がいるのだし。
さぁ、ウエイトレスデビューだ!
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これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
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私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
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こんな地味な丸顔が絶世の美女。
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このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
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※感想欄はほとんど公開してます。
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