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124 ナツミとネロ その3
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『ゴッツの店』の中は、外観と同じで黒が基調色となっていた。
昼間の店内は明るいので店の中の全容が見える。店の奥に入ると中央には大きな舞台があった。舞台はT型になっていて、まるでモデルのランウエイだ。
「大きな舞台なんですね。それにポールもある。もしかしてポールダンスもするんですか?」
私は興奮気味でゴッツさんに尋ねた。
おにぎりを載せた銀のトレイを持ったまま忙しなく見回す私の姿に、ゴッツさんは苦笑しながら答えてくれた。
「今は店の灯りを灯しているから明るいが、夜の営業は極力灯りは落とすんだ。すると舞台だけが浮かび上がる様に見えるのさ。それに舞台はT字形になっているからな、この道を踊りながら歩いて。そしてポールを男に見立てて踊るのさ」
「見応えがありそうですね」
舞台を囲む様にパーティションで仕切られた個室が並んでいる。隣の席の中は見る事が出来ない半密室。その個室は全て舞台の方に向いている。
ザックやトニの話では踊りながら服を一枚一枚脱いで舞台側のお客の席へいくそうだ。話を聞いた時はストリップショーなのかと思ったけれどもよく店の中を観察すると印象は違ってくる。確かにストリップ的な事が多いのかもしれないが、お芝居やショーを観覧出来る舞台だ。舞台の側には演奏する為の隠れた席があるし。
「こうしてみると『ジルの店』と大きく違うんですね」
「店の中や舞台を見ただけでそう感じるのか。ほう、例えばどこが違うと思うんだ」
私の後ろでゴッツさんが腕を組んで笑ったのが聞こえた。
私は舞台を隅から隅まで見つめる。舞台の真下にある席は、さぞ臨場感たっぷりに踊りを観る事が出来るだろう。
「この舞台は沢山の踊り子が一度に踊る事が出来ますよね。『ジルの店』は小さな舞台なので一度に踊る事が出来る人数は二人が限界です。つまりこの舞台なら大きな見世物が出来るはずですね」
「そうだな」
私の意見を聞いたゴッツさんが瞳を細めた。
「ザックやトニの話を聞いた時『歩きながら服を脱ぐ』って言っていたから、それしか想像出来なかったけれどもっと大きな見世物が出来るはずですよね。店主が違えば提供しようと考えている見世物も大きく変わるって事ですね」
私がお世話になっている『ジルの店』は老舗だと皆が言う。踊りを一定時間小さな舞台で魅せて、卓についた女の子と楽しく話をして食事とお酒を飲むというスタイル。比較的気軽に食事とお酒を楽しめる。
しかし『ゴッツの店』は、舞台が大きくて個室のテーブルが比較的小さい。テーブルが小さいのは食事を沢山並べるよりもお酒を飲む事を前提にしているのかも。
「ゴッツさんが目指しているお店は踊りも大勢の踊りを魅せる、そして場合によってはお芝居を楽しむお店なんですね。そして食事と言うよりも、お酒を楽しむお店なんですね」
私がそう言って振り向くとゴッツさんは組んでいた腕を思わず解いて目を丸くした。それから頭を掻きながら深い溜め息をついた。
「その通りさ。酒を飲みながら女の踊りを観る店を目指していたのさ。舞台の造りを見ただけで指摘してくれるとはな。店主としては嬉しい限りだ。初心を思い出したら、最近の過激な見世物ばかりに必死になる自分がつまらない様な気になってくるな」
後半はブツブツと呟くゴッツさんだった。最後の言葉は聞こえなくて私は首を傾げてしまった。
それから視線を移すと、ネロさんが無表情で私を見つめていた。それに気がついて私は当初の予定であるおにぎりの試食について思い出した。
「そうだった。そんなに見つめないでくださいよネロさん。ちゃんとおにぎりの試食をしてもらいますから」
私は慌てて近くのテーブルにおにぎりの載った銀のトレイを置いた。
そんな私の姿を見ながらネロさんが無表情のまま呟いた。
「ナツミさんは分かりやすい表情なのに、意見する一言は効きますよね」
「え」
「ナツミさんの意見が相手に物事を考える為の手がかりを与えるんですよ。鈍器で殴られた様な、切れ味のいい剣で切られた様な気持ちになるんですよ。僕も『薬作り』でナツミさんの言葉が手がかりとなりましたし」
「はぁ?」
私はネロさんが何の事を言っているのか分からず首を傾げる。するとネロさんは無表情から一転、ニッコリ笑って手を叩いた。
「まぁいいでしょう。ゴッツさんやお店の皆さんにおにぎりを食べてもらいましょう」
ネロさんの叩いた手の音に、舞台の上で柔軟体操をしていた数名の女性達が振り向く。タンクトップにショートパンツという軽装だ。踊りの練習をしようとしていたのかも。だって今頃『ジルの店』でもマリンやミラは練習や打ち合わせをしているはずだし。
「もしかして食事が終わったところですかね?」
これから体を動かそうとする踊り子におにぎりの試食はないかな。私は残念だと声を上げるとゴッツさんが首を振った。
「ここにいる踊り子は起きてきたばかりだ。昨日は夜遅くまで踊っていたからな。食事も夕方前にする予定だったから丁度いい」
「そうなんですか。よかった。うんおにぎりと人数も丁度いいですね」
私が安堵した声に女性達が何事かと舞台から降りて集まって来た。
銀のトレイを持った怪しい女にヒョロッとした眼鏡の男性。更に若い裏町の青年と、青年の後ろに隠れてビクビクしている女という謎の四人組に皆が目を丸める。
「少し集まってくれ」
ゴッツさんが舞台の女性達に更に声をかけてくれる。その中にはもちろん見知った顔であるトニもいた。トニが私を見つけて嬉しそうな声を上げた。
「ナツミじゃない来てくれたのね。あらソルも一緒なの。それにクプレク屋のエッバに滅多に外を出歩かないネロまで一緒なんて」
トニは直ぐにソルを見つけて嫌そうな顔になった。それから次々と見知った顔を見つけて驚いた声を上げる。エッバはクプレプ屋の店に立つ事が多いからなのか顔見知りの様だ。
「うん。実は皆に試食してもらいたくて来たんだよ。お一つどうぞ」
私はおにぎりをトニをはじめとする『ゴッツの店』の踊り子に差し出した。
「三角の形って何で三角なのかしら。あっ! 中から肉団子が出てきたわ」
「この肉団子! 柔らかいし肉汁がお米に絡まって美味しいわ」
「これは白身魚よ。骨もないわね安心だわ」
「結構お腹いっぱいになるわね。一つで私は十分かも」
「そうねぇでも今あるだけでも三種類でしょ? 一つだけでお腹いっぱいになるならどれを食べるのか迷うわね」
「ほんとね。毎日違うものを食べるとかどうかしら」
「いいわねぇ。それに私はクプレプが好きだからクプレプと一日おきに変えて食べてもいいかもしれないわ」
トニをはじめとする踊り子女性達がおにぎりを頬張った後、喋る喋る。男性とはまた違う視点で話すので面白い意見が飛び出した。沢山の種類を食べてみたいけれども大きいからお腹いっぱいになると言うのは男性からは出にくい意見だろう。
ゴッツさんとソルそしてエッバもおにぎりを頬張る。
「これは執務室で仕事をしながらでも片手で食べる事が出来るな」
ゴッツさんがおにぎりを四方八方から見つめながら考えていた。そんなに見なくても。
「俺は二個ぐらいが丁度いいな。腹持ちよさそうだし喰いやすいな」
あっという間に平らげたのはソルだった。男性は二個ぐらいが丁度いいかも。
「クプレプの具の種類に比べると少ないけれども、溢れないっていう点はいいわね。何で三角なの? 持つとしっかりしているのに口の中でお米が解けるみたいね」
エッバも不思議そうに眺めていた。最後の一言はにぎる事に苦労したダンさんが喜びそうだ。
そんなこんなで、おにぎりは最後の一つを残すのみとなっていた。
「わざわざ店の皆に振る舞う為に持ってきてくれたの。ありがとう」
トニが嬉しそうに私の隣で肩を叩いた。
「うん。結果的にそうなったのだけれども」
そんなにトニに素直に嬉しいと言われると、店の入り口で躊躇した事を言い出しにくくなる。
すると踊り子の一人から突き刺す様な声が聞こえる。
「へぇ……あのトニが珍しくお礼を言うなんてね。明日は嵐でも来るんじゃないの?」
プラチナブロンドで白い肌の女性が鼻で笑った。お団子に結った髪の一房が細い首筋に絡みついていた。眉を片方上げて、斜めにトニを睨みつけていた。
この女性は唯一おにぎりを口にしなかった女性だった。
トニと同じ身長だがメリハリのある体つきのトニとは違っていた。スレンダーな体つきで、手足がとても長い。ふくらはぎから太股にかけてとても細く筋肉質なのが見て取れる。大学で新体操をしていた友達に体格が似ている。
「お礼なんてトニに言われた事もないし、言っているのを聞いた事もないわ。ああ、ファルの町の女って皆そうよね」
「そう言えばトニって最近、店でも男と話すばっかりだし。やっとお礼って事を覚えたのかもね」
「そうそう。でもお礼を覚えても踊り方は忘れたんじゃないの?」
「ザックに相手にされないからってザックの恋人に媚び売ったりしてさ」
その文句を言った女性の周りに数人の女性がいた。クスクスと馬鹿にする様に笑っている。皆肌が白くプラチナブロンドだった。
北の国出身なのかな。しかし酷い嫌味のいい様だ。ここまで嫌味を言う必要があるのだろうか。わざと喧嘩をふっかけているみたい。私は目を丸くしてしまった。
「媚びなんて売ってないわよ。私がナツミと仲良くしたいからしているだけよ。まともな友達がいないリンダには分からないでしょうけれどもね」
トニは落ち着いて話してい最後に呆れた溜め息をついただけだった。
初めて出会った時のトニはもっと噛みつく感じだったのに。それだけトニが変わったのだろう。
すると今度はトニの後ろに控えていた数人の女性が、リンダと呼ばれたプラチナブロンドの女性を睨みつける。
「ファルの町の女だとお礼が言えないとでも? いつまでも北の国出身である事を鼻にかけて嫌味っぽいわね」
「すぐにファルの町ファルの町って。何なのよ」
「それにリンダの踊りって男達は皆つまんないって言っていたわよ」
売り言葉に買い言葉で笑う女性達はトニと同じ赤い髪、浅黒い肌をしている。ファルの町出身者なのだろう。
「何ですって。田舎者のくせに生意気ね!」
リンダの取り巻きが文句を言いはじめる。
「その田舎でしか働けないあんた達こそ何様よ!」
トニの取り巻きも文句を言う。
どうやら『ゴッツの店』には北の国出身の踊り子とファルの町出身の踊り子といるらしくそれぞれ女性の集団が出来上がっている様だ。
火花を散らす両者に挟まった私はそれぞれを見比べながら溜め息をつく。
どこの世界にもあるのねこういうの。特に女性が集団化したら大変だ。
するとソルの後ろで隠れる様に身を寄せていたエッバがぼそりと呟いた。
「思い出したわリンダとか言う踊り子の事。前にウチの店に来て文句を言った踊り子よ。『味付けが濃いばかりの手掴みで食べる食事なんて口に合うと思わなかった』とか言ったのよ!」
そう言えばそんな事をエッバが言っていたのを思い出した。
当の本人がここにいるとは。思わずエッバも興奮してソルの後ろから少しだけ身を乗り出した。アウェー感が抜けないのかエッバにしては文句が控え目だった。
「リンダって名前は聞いた事があるな。マリンとまではいかないけれども軍人の間で人気の踊り子だとか」
思い出した様に手を叩いたのはソルだった。そのソルの一言にトニ達集団が振り向いた。
「ファルの男のくせにリンダの肩を持つの?」
「大体リンダの踊りなんて『ジルの店』のマリンの真似事なのに」
「ほんとよその真似踊りも、最近切れがないし」
トニの取り巻きは最後馬鹿にして笑って相手を挑発した。
それをトニは困った様に見つめている。
「真似事ですって? リンダの踊りの芸術性が分からないなんてね」
「あーあこれだから田舎者は嫌なのよね」
「そうよ胸やらお尻やら服を脱ぐ事でしか男の気を引けないくせして」
「本当よアレが踊りだなんて笑っちゃうわ。ただ腰を振ってるだけじゃないの。誰でも出来るわよ」
リンダの取り巻き達も文句を言う。同じ様に馬鹿にして笑う。
リンダは無表情と言うよりボンヤリとその様子を見つめていた。疲れているのかな?
「それに、リンダの踊りに切れがないわけがないでしょ!」
最後の取り巻きの言葉に、リンダが少しだけ頬を動かしていた。
「どうしてそんな話になるんだよ」
ソルが呆れた様な声を上げる。トニの集団とリンダの集団は火がついてしまった。どうやって火消しをすればいいのだろう。他の店の事だがどうなるのかと見つめている私をネロさんが観察している事には気がつかなかった。
昼間の店内は明るいので店の中の全容が見える。店の奥に入ると中央には大きな舞台があった。舞台はT型になっていて、まるでモデルのランウエイだ。
「大きな舞台なんですね。それにポールもある。もしかしてポールダンスもするんですか?」
私は興奮気味でゴッツさんに尋ねた。
おにぎりを載せた銀のトレイを持ったまま忙しなく見回す私の姿に、ゴッツさんは苦笑しながら答えてくれた。
「今は店の灯りを灯しているから明るいが、夜の営業は極力灯りは落とすんだ。すると舞台だけが浮かび上がる様に見えるのさ。それに舞台はT字形になっているからな、この道を踊りながら歩いて。そしてポールを男に見立てて踊るのさ」
「見応えがありそうですね」
舞台を囲む様にパーティションで仕切られた個室が並んでいる。隣の席の中は見る事が出来ない半密室。その個室は全て舞台の方に向いている。
ザックやトニの話では踊りながら服を一枚一枚脱いで舞台側のお客の席へいくそうだ。話を聞いた時はストリップショーなのかと思ったけれどもよく店の中を観察すると印象は違ってくる。確かにストリップ的な事が多いのかもしれないが、お芝居やショーを観覧出来る舞台だ。舞台の側には演奏する為の隠れた席があるし。
「こうしてみると『ジルの店』と大きく違うんですね」
「店の中や舞台を見ただけでそう感じるのか。ほう、例えばどこが違うと思うんだ」
私の後ろでゴッツさんが腕を組んで笑ったのが聞こえた。
私は舞台を隅から隅まで見つめる。舞台の真下にある席は、さぞ臨場感たっぷりに踊りを観る事が出来るだろう。
「この舞台は沢山の踊り子が一度に踊る事が出来ますよね。『ジルの店』は小さな舞台なので一度に踊る事が出来る人数は二人が限界です。つまりこの舞台なら大きな見世物が出来るはずですね」
「そうだな」
私の意見を聞いたゴッツさんが瞳を細めた。
「ザックやトニの話を聞いた時『歩きながら服を脱ぐ』って言っていたから、それしか想像出来なかったけれどもっと大きな見世物が出来るはずですよね。店主が違えば提供しようと考えている見世物も大きく変わるって事ですね」
私がお世話になっている『ジルの店』は老舗だと皆が言う。踊りを一定時間小さな舞台で魅せて、卓についた女の子と楽しく話をして食事とお酒を飲むというスタイル。比較的気軽に食事とお酒を楽しめる。
しかし『ゴッツの店』は、舞台が大きくて個室のテーブルが比較的小さい。テーブルが小さいのは食事を沢山並べるよりもお酒を飲む事を前提にしているのかも。
「ゴッツさんが目指しているお店は踊りも大勢の踊りを魅せる、そして場合によってはお芝居を楽しむお店なんですね。そして食事と言うよりも、お酒を楽しむお店なんですね」
私がそう言って振り向くとゴッツさんは組んでいた腕を思わず解いて目を丸くした。それから頭を掻きながら深い溜め息をついた。
「その通りさ。酒を飲みながら女の踊りを観る店を目指していたのさ。舞台の造りを見ただけで指摘してくれるとはな。店主としては嬉しい限りだ。初心を思い出したら、最近の過激な見世物ばかりに必死になる自分がつまらない様な気になってくるな」
後半はブツブツと呟くゴッツさんだった。最後の言葉は聞こえなくて私は首を傾げてしまった。
それから視線を移すと、ネロさんが無表情で私を見つめていた。それに気がついて私は当初の予定であるおにぎりの試食について思い出した。
「そうだった。そんなに見つめないでくださいよネロさん。ちゃんとおにぎりの試食をしてもらいますから」
私は慌てて近くのテーブルにおにぎりの載った銀のトレイを置いた。
そんな私の姿を見ながらネロさんが無表情のまま呟いた。
「ナツミさんは分かりやすい表情なのに、意見する一言は効きますよね」
「え」
「ナツミさんの意見が相手に物事を考える為の手がかりを与えるんですよ。鈍器で殴られた様な、切れ味のいい剣で切られた様な気持ちになるんですよ。僕も『薬作り』でナツミさんの言葉が手がかりとなりましたし」
「はぁ?」
私はネロさんが何の事を言っているのか分からず首を傾げる。するとネロさんは無表情から一転、ニッコリ笑って手を叩いた。
「まぁいいでしょう。ゴッツさんやお店の皆さんにおにぎりを食べてもらいましょう」
ネロさんの叩いた手の音に、舞台の上で柔軟体操をしていた数名の女性達が振り向く。タンクトップにショートパンツという軽装だ。踊りの練習をしようとしていたのかも。だって今頃『ジルの店』でもマリンやミラは練習や打ち合わせをしているはずだし。
「もしかして食事が終わったところですかね?」
これから体を動かそうとする踊り子におにぎりの試食はないかな。私は残念だと声を上げるとゴッツさんが首を振った。
「ここにいる踊り子は起きてきたばかりだ。昨日は夜遅くまで踊っていたからな。食事も夕方前にする予定だったから丁度いい」
「そうなんですか。よかった。うんおにぎりと人数も丁度いいですね」
私が安堵した声に女性達が何事かと舞台から降りて集まって来た。
銀のトレイを持った怪しい女にヒョロッとした眼鏡の男性。更に若い裏町の青年と、青年の後ろに隠れてビクビクしている女という謎の四人組に皆が目を丸める。
「少し集まってくれ」
ゴッツさんが舞台の女性達に更に声をかけてくれる。その中にはもちろん見知った顔であるトニもいた。トニが私を見つけて嬉しそうな声を上げた。
「ナツミじゃない来てくれたのね。あらソルも一緒なの。それにクプレク屋のエッバに滅多に外を出歩かないネロまで一緒なんて」
トニは直ぐにソルを見つけて嫌そうな顔になった。それから次々と見知った顔を見つけて驚いた声を上げる。エッバはクプレプ屋の店に立つ事が多いからなのか顔見知りの様だ。
「うん。実は皆に試食してもらいたくて来たんだよ。お一つどうぞ」
私はおにぎりをトニをはじめとする『ゴッツの店』の踊り子に差し出した。
「三角の形って何で三角なのかしら。あっ! 中から肉団子が出てきたわ」
「この肉団子! 柔らかいし肉汁がお米に絡まって美味しいわ」
「これは白身魚よ。骨もないわね安心だわ」
「結構お腹いっぱいになるわね。一つで私は十分かも」
「そうねぇでも今あるだけでも三種類でしょ? 一つだけでお腹いっぱいになるならどれを食べるのか迷うわね」
「ほんとね。毎日違うものを食べるとかどうかしら」
「いいわねぇ。それに私はクプレプが好きだからクプレプと一日おきに変えて食べてもいいかもしれないわ」
トニをはじめとする踊り子女性達がおにぎりを頬張った後、喋る喋る。男性とはまた違う視点で話すので面白い意見が飛び出した。沢山の種類を食べてみたいけれども大きいからお腹いっぱいになると言うのは男性からは出にくい意見だろう。
ゴッツさんとソルそしてエッバもおにぎりを頬張る。
「これは執務室で仕事をしながらでも片手で食べる事が出来るな」
ゴッツさんがおにぎりを四方八方から見つめながら考えていた。そんなに見なくても。
「俺は二個ぐらいが丁度いいな。腹持ちよさそうだし喰いやすいな」
あっという間に平らげたのはソルだった。男性は二個ぐらいが丁度いいかも。
「クプレプの具の種類に比べると少ないけれども、溢れないっていう点はいいわね。何で三角なの? 持つとしっかりしているのに口の中でお米が解けるみたいね」
エッバも不思議そうに眺めていた。最後の一言はにぎる事に苦労したダンさんが喜びそうだ。
そんなこんなで、おにぎりは最後の一つを残すのみとなっていた。
「わざわざ店の皆に振る舞う為に持ってきてくれたの。ありがとう」
トニが嬉しそうに私の隣で肩を叩いた。
「うん。結果的にそうなったのだけれども」
そんなにトニに素直に嬉しいと言われると、店の入り口で躊躇した事を言い出しにくくなる。
すると踊り子の一人から突き刺す様な声が聞こえる。
「へぇ……あのトニが珍しくお礼を言うなんてね。明日は嵐でも来るんじゃないの?」
プラチナブロンドで白い肌の女性が鼻で笑った。お団子に結った髪の一房が細い首筋に絡みついていた。眉を片方上げて、斜めにトニを睨みつけていた。
この女性は唯一おにぎりを口にしなかった女性だった。
トニと同じ身長だがメリハリのある体つきのトニとは違っていた。スレンダーな体つきで、手足がとても長い。ふくらはぎから太股にかけてとても細く筋肉質なのが見て取れる。大学で新体操をしていた友達に体格が似ている。
「お礼なんてトニに言われた事もないし、言っているのを聞いた事もないわ。ああ、ファルの町の女って皆そうよね」
「そう言えばトニって最近、店でも男と話すばっかりだし。やっとお礼って事を覚えたのかもね」
「そうそう。でもお礼を覚えても踊り方は忘れたんじゃないの?」
「ザックに相手にされないからってザックの恋人に媚び売ったりしてさ」
その文句を言った女性の周りに数人の女性がいた。クスクスと馬鹿にする様に笑っている。皆肌が白くプラチナブロンドだった。
北の国出身なのかな。しかし酷い嫌味のいい様だ。ここまで嫌味を言う必要があるのだろうか。わざと喧嘩をふっかけているみたい。私は目を丸くしてしまった。
「媚びなんて売ってないわよ。私がナツミと仲良くしたいからしているだけよ。まともな友達がいないリンダには分からないでしょうけれどもね」
トニは落ち着いて話してい最後に呆れた溜め息をついただけだった。
初めて出会った時のトニはもっと噛みつく感じだったのに。それだけトニが変わったのだろう。
すると今度はトニの後ろに控えていた数人の女性が、リンダと呼ばれたプラチナブロンドの女性を睨みつける。
「ファルの町の女だとお礼が言えないとでも? いつまでも北の国出身である事を鼻にかけて嫌味っぽいわね」
「すぐにファルの町ファルの町って。何なのよ」
「それにリンダの踊りって男達は皆つまんないって言っていたわよ」
売り言葉に買い言葉で笑う女性達はトニと同じ赤い髪、浅黒い肌をしている。ファルの町出身者なのだろう。
「何ですって。田舎者のくせに生意気ね!」
リンダの取り巻きが文句を言いはじめる。
「その田舎でしか働けないあんた達こそ何様よ!」
トニの取り巻きも文句を言う。
どうやら『ゴッツの店』には北の国出身の踊り子とファルの町出身の踊り子といるらしくそれぞれ女性の集団が出来上がっている様だ。
火花を散らす両者に挟まった私はそれぞれを見比べながら溜め息をつく。
どこの世界にもあるのねこういうの。特に女性が集団化したら大変だ。
するとソルの後ろで隠れる様に身を寄せていたエッバがぼそりと呟いた。
「思い出したわリンダとか言う踊り子の事。前にウチの店に来て文句を言った踊り子よ。『味付けが濃いばかりの手掴みで食べる食事なんて口に合うと思わなかった』とか言ったのよ!」
そう言えばそんな事をエッバが言っていたのを思い出した。
当の本人がここにいるとは。思わずエッバも興奮してソルの後ろから少しだけ身を乗り出した。アウェー感が抜けないのかエッバにしては文句が控え目だった。
「リンダって名前は聞いた事があるな。マリンとまではいかないけれども軍人の間で人気の踊り子だとか」
思い出した様に手を叩いたのはソルだった。そのソルの一言にトニ達集団が振り向いた。
「ファルの男のくせにリンダの肩を持つの?」
「大体リンダの踊りなんて『ジルの店』のマリンの真似事なのに」
「ほんとよその真似踊りも、最近切れがないし」
トニの取り巻きは最後馬鹿にして笑って相手を挑発した。
それをトニは困った様に見つめている。
「真似事ですって? リンダの踊りの芸術性が分からないなんてね」
「あーあこれだから田舎者は嫌なのよね」
「そうよ胸やらお尻やら服を脱ぐ事でしか男の気を引けないくせして」
「本当よアレが踊りだなんて笑っちゃうわ。ただ腰を振ってるだけじゃないの。誰でも出来るわよ」
リンダの取り巻き達も文句を言う。同じ様に馬鹿にして笑う。
リンダは無表情と言うよりボンヤリとその様子を見つめていた。疲れているのかな?
「それに、リンダの踊りに切れがないわけがないでしょ!」
最後の取り巻きの言葉に、リンダが少しだけ頬を動かしていた。
「どうしてそんな話になるんだよ」
ソルが呆れた様な声を上げる。トニの集団とリンダの集団は火がついてしまった。どうやって火消しをすればいいのだろう。他の店の事だがどうなるのかと見つめている私をネロさんが観察している事には気がつかなかった。
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