【R18】ライフセーバー異世界へ

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137 新 オベントウ大作戦 その3

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 ソルとエッバがボロボロの焦げ茶色をした外套の男から白い包み紙をもらってから三日経った。

 ソルはモスグリーンのバンダナをギュッと締め直して、夕方のファルの町に立つ。

 最近は日が暮れるのが遅くなった。昼間はうだる様に暑いが日が暮れてきた時間になると涼しい風が吹く。

 観光で訪れる人が増え裏町にある歓楽街はこれから盛り上がろうとしている。そんな歓楽街の奥にある細路地にソルは立っていた。

 軍人や町の男、観光客の男。それぞれ特徴があるから直ぐに分かる。行き交う人から隠れて路地の建物に背をもたれかける。

 ソルは舌打ちをして明るい通りを見つめる。

 腰の短剣が挟まっている事を確認すると両腕を組んだ。ブーツの踵が音を立てない程度の貧乏揺すりをする。

 落ち着かない。喉も渇くし、ジッとしているのに汗がじわりと滲む。これはきっと暑さのせいだ。ソルはそう思う事にした。

(時間は合ってるよな?)

 ソルはイライラしたまま空を見つめて出かけた時の時刻を思い出す。約束の時間に少しだけ遅れたはずだが。

 待ち合わせをしている相手は、白い包み紙をくれた外套の男だ。

(クソッ。すっぽかされたか)

 ソルはギリギリと奥歯を噛みしめ、明るい通りを睨みつける。すると路地の奥、薄暗い場所からヌッと黒い固まりが動きソルに声をかけた。

「遅くなった。悪かった」
「?!」
 ソルは驚いて小さく飛び上がると、慌てて振り向き腰の短剣に手を添える。
 中腰で右足を前に構える。薄暗いジメジメした路地の奥を睨むと、そこにはボロボロの外套をすっぽり被った男が現れた。
 ソルはその姿に大きく溜め息をつくと右足を下げ、首の後ろを右手で触りながら溜め息をついた。それでも左の手は腰に刺さった短剣から離れてはいなかった。

「驚かせるなよ。そっちから来ると思わなかったぜ」
 ソルは明るい通りから外套の男が現れると思っていたので驚いたのだ。外套の男は目深に被ったフードの向こうでニタリと笑う。

「まるで驚いた猫みたいだな」
 掠れている声で笑う。
 馬鹿にされた態度にソルは苛つき、短剣をスライドさせてカチリと音を立てた。

「ふん。そんな事はいいからさ。持ってきてくれたんだろうな。アレ」
 右の掌を上に上げて指を少し折り曲げる。外套の男はソルの短剣をスライドする動きと、掌を見つめて目深に被ったフードを少しずらす。

 男は痩せていて頬が痩けているのが見える。しかしギラギラと瞳が光っているのが見える。その瞳が三日月の様に弧を描いたのが分かった。

「もちろんさ。アレは凄かっただろ~? あの気の強そうな女なんて簡単だっただろ。お前みたいなガキでもよ?」
 そう言いながら外套の男は喉の奥で笑う。その質問にソルは彫りの深い瞳を目一杯見開いて一歩外套の男に近づき低い声で呟く。

「ガキ扱いするな。俺は裏町で結構名が知れてるんだぜ。あんただってそれが分かって俺に近づいたんだろ? 俺を窓口に据えるなら口の利き方に気をつけろよ」
 ソルは確かに十代後半だが子供扱いされる事に腹を立てた。若いなりに生計を立てているし場合によっては身寄りのない子供達の面倒も見ている。それに仲間内では頭もいい方だ。

 実質ザームが裏町の実権を握っているが、ソルも影響力のある一人だった。

「笑って悪かった。お前みたいな勢いのあるヤツを見ていると昔の自分を思い出してさ。懐かしいのよ」
 外套の男はフードを脱いだ。馴れ馴れしい話し方をするのは元々らしい。男の顔をソルは睨みつける。

 外套の男は金髪を短く刈り上げ、首から耳の後ろにかけて蔦の様な模様のタトゥーを入れていた。痩せた頬に窪んで垂れている瞳が印象的だった。

(後頭部にタトゥーか。目立つから外套を被っているのか。これだけ特徴があれば印象に残りやすいからな。しかし痩せているからなのか。何だか病人みたいな顔つきだな。歳は三十代か四十代ってところか? 意外とじじいなのかもしれない)
 ソルは男の顔が見えたので溜め息をついた。

「俺の名前はソル。で? あんたの名前は何て言うんだ。よそ者だろ? 何をしにファルの町にいるんだ」
 顎を少し上げて同じ身長の男を少しでも上から見下す様にする。男はそんなソルの大きな態度に肩を小さく上げてニヤリと笑う。

「俺はコルトだ。仲間と香辛料スパイス商人をしている。確かによそ者さ。ここ何年も色んな町を飛び回っている」
香辛料スパイス商人だと?」
「そうさ。香辛料スパイスを売り歩いているのさ」
 そう言ってニヤリと笑うとコルトは外套のポケットから数日前にソルとエッバに渡した白い包み紙、薬包を数個取り出した。

 その薬包を見つめてゴクンと生唾を飲み込んだのはソルだった。

 細い瞳をこれでもかと見開いて飛びつかんばかりだったが、コルトが鼻で笑ったのが聞こえたので慌てて首を左右に振った。

 それから冷静である様に取り繕う。コルトと薬包どちらに視線を合わせていいのか悩み、視線だけが行ったり来たりする。

「薬の商人じゃないのかよ」
 ソルの喉が張り付いて声が掠れる。
 あと少し手を伸ばせば薬包が手に入るが、ここは我慢だ。

 ソルの言葉にコルトはニヤリと笑う。コルトはソルの右手首を突然掴むと思いも寄らない強い力で引っ張った。

 ソルは驚いて前につんのめる。

 コルトは顔と同じ様に腕も指も痩せていた。それなのにやたらと力が強い。ソルも慌てて手を引こうとしたが、その掌に薬包を数個コルトは落とした。

 ウインクしながらソルの顔に自分の顔を近づける。

「これは香辛料スパイスさ。普段のつまらない生活から解放される楽しい楽しい香辛料スパイスさ。だから薬じゃない」
 まるで暗示でもかける様にコルトはボソボソと呟く。薄暗い路地で男二人が顔を寄せ合う。

 辺りも暗くなってきた。明るい表の通りでは夜の店に呼び込む声が聞こえるだけだ。その声もやたら遠くに聞こえる。

 ソルは首をブルブルと振って、薬包を掌に握りしめたままコルトの手を振り払う。
 
「なるほど。香辛料スパイスと言って売れば疑われずに済むな」
 ソルは口を歪めてニヤリと笑う。掌に収まった薬包をサッと腰帯に隠した。

 三日前、コルトがソルとエッバに近づいてこの薬包を差し出した時も『スッキリする』と言っていた。エッバが嫌がったのだが『もっと肌が綺麗になる』とコルトは付け足していた。

「そうだろ? ソルは頭がいいな。飲み込みが早くて助かるぜ」
 コルトは振り払われた手をぶらぶらと振った。結構な力で押さえつけていたのに簡単に振り切ったソルに感心してしまった。

「いくらだ?」
 ソルは低い声で呟くと、手品の様に手に数枚のお札を取り出す。ソルの行動にコルトは両手を挙げてお札を押し返す。

「今回の香辛料代はタダにしてやるよ。お近づきの印ってやつさ」
 コルトはソルに近づき肩を組む。そしてソルの日焼けした頬に自分の痩せている頬を近づけて呟く。

 ソルはその時ふわりと草が焦げた様な香りを嗅いだ。何故かその香りを嗅ぐと頭がクラクラする。気持ちが悪い様な、何と言うか我慢出来なくなる様な。

「へぇ太っ腹だなこれだけのものなのに。それで望みは何だ」
 ソルは押し返されたお札をパッとまるで空中で消えた様に隠してしまう。その早業に軽く口笛を吹くコルトだった。

 ソルが気をよくしたのだとコルトは感じたのだ。

「ソルって頭の回転が速いんだな助かるぜ。実は二つ頼みがあるんだ」
「二つもあるのか。何だ」
 ソルは馴れ馴れしく抱かれた肩にまわった腕を見つめながら顔をしかめた。コルトの歯がギザギザで尖っている事が気になった。

 肉食動物みたいなヤツだ。やたら筋張った腕。痩せているのに力は強い。指には初めて出会った時と同じ指輪が見える。指輪の台座には血が茶色くなってこびりついていた。
 馴れ馴れしいしゃべり方だが色々なところから垣間見える凶暴性をソルは感じとっていた。

 コルトはギザギザの歯を見せていやらしく笑う。
「一つ目はさどんな感じか聞きたいんだ。あの気の強そうな女とはどうだった?」
「はぁ?」
 あの気の強そうな女ってエッバの事だろう。ソルは思わず首を傾げた。

「何をすっとぼけてんだよ。だからさソレを使ったんだろ?」
 何を言い出すのかと思えば。香辛料の使用感についてコルトは尋ねてきた。
「ああ使ったさ。だけど何故そんな事を」
 聞くのだろうと、ソルは顔を上げてコルトを見るが思わず息を飲んだ。

 すっかり暗くなった辺りにコルトの瞳だけがギラギラと光っていた。口元はニヤリとだらしなく笑っているが目が笑っていない。ソルはそう感じた。

「まさか使っていないなんて事はないよな。使ったからこそ追加で欲しくなったんだろ?」
 グイッと組まれた肩を力一杯握られる。肩を掴まれて爪を立てられソルは顔をしかめる。

(この薬包をエッバと本当に使ったのか確かめようとしているのか)

 ソルはフンと溜め息をついたら、コルトのおでこに自分の頭をぶつけて睨む。

「もちろん使ったさ。あの女は元々ザックの女だったんだ。ああ、ザックって言うのは例の露店でオベントウとか言う食い物を売っている元裏町出身の軍人なんだが。あの女はザックに最近捨てられたのさ。俺は前々からいいなとは思っていたけれども、ザックにしか興味を持っていなくてさ。しかも、俺が年下なのをいい事にいつもあしらわれていたんだ」
「へぇそうか。で? どうだったよ」
「ハハあの女……馬鹿みたいに俺に縋り付いてさ、自分から上に乗って腰を振るんだぜ。あのプライドの高い威張ってばかりのあいつが! いい気味だっての『イッちゃう、もっとして』とか言っていたけれども、最後はよだれを垂らすだけでさ。妙な嬌声を上げて俺に跨がるんだ。ハハハ。駄目だ、思い出しただけで勃ってきた。だけど何よりいいのはイキっぱなしってやつだよな」
 ソルは舌なめずりをしながら話す。そのソルの様子をじっくり観察しながらコルトは小さく呟いた。
「そうかそうか。言う事を聞かなかった女をひれ伏せるのは気持ちがいいよな。でも、何がイキっぱなしなんだよ?」
 コルトは更に詳しく話す様に促す。

「分かっているくせに言わせるなよ。俺がだよ。俺がイキっぱなしでいられるんだよ。ああ……イイよなあの射精感が続くっていうのは。女と一緒でイキっぱなしでいられる。俺は元々一晩に何度もイケるし他の媚薬も使った事があるけれども。この薬──違うな香辛料スパイスじゃないと、あそこまで凄くはならない」
 ソルは興奮で手を震わせていた。
 その様子を見てコルトは満足する。ソルの肩をポンポンと叩いて爪を立てていた手を離す。

「合格だな」
 コルトが笑った。
「何の事だよ」
 訳が分からないと首を傾げたソルに、コルトは首を左右に振った。
「本当に使ったのか尋ねたかっただけさ。男側の感想は使用したやつしか分からない感覚があるからな。イキっぱなしって言うソルの感想は本物だ。時々使わないやつがいるからな。女だけに使わせて男はその女を抱くだけとかさ。そんな信用ないやつとは取り引き出来ねぇじゃん。香辛料スパイス商人としてはさ。その点ソルは合格って事さ」
「そういう事か」
 ソルは乾いた笑いと共に溜め息をついた。
 力一杯握られ爪を立てられた肩が少し痛むが解放されてほっとした。

「それで二つめの頼みなんだが」
 コルトはソルの耳元で再び囁く。
「分かってるさ。ファルの町で香辛料の販路を開きたいんだろ? それなら、これっぽっちの薬包じゃぁな。俺には特別にこれを横流しする様にしろよ」
 ソルはフフンと鼻で笑い腰帯に忍ばせた薬包をポンポンと叩いた。

「そりゃもちろんさ。いいねぇ~よく分かってるじゃないの。俺、ソルみたいに頭の回転が速いヤツ、大好きなんだよねぇ。それにお前いい体つきだなぁ。お前はガキじゃねぇよ。男だ。しかも男でも惚れ惚れするってやつだな」
 コルトは褒めちぎりソルの体をベタベタと触る。

 コルトが派手に動き始めたおかげで、外套の隙間から青色の派手な刺繍の入ったチュニックが見えた。外套はボロボロのくせに下に着ている服はかなりの高級なものだ。ソルはそれを見逃さなかった。

(金は持っていると言う事か。様々な町でこの香辛料と名をつけたこの薬、魔薬を売りさばいて来たのだろう)

「そりゃどうも。それならまずは裏町を取りまとめているザームって男を押さえるべきだ。だけど、実は厄介な町医者がいるんだよ。ウツっていう名前の奴さ。この辺りで知らない奴はいない」
 ソルは男に張り付かれるのは嫌いなので、顔をしかめてゆっくりとコルトを押し返した。

「へぇ町医者ね。こういった香辛料スパイスに明るいってやつか?」
 コルトは片方の眉を上げて顎に生えた不精ひげを摩る。
「そうなんだよ。町医者のくせに媚薬も取り扱ってるんだ。香辛料スパイスの類似品はないけれども商売が被るだろ?」
「なるほどね」
「だけどそいつを取り込めばこの町で販路を広げるのは簡単だぜ」
 ソルはニヤリと笑って親指を立てて見せた。
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