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138 新 オベントウ大作戦 その4
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露店を出して二週間が経とうとしていた。
今日も露店を出した浜辺は人だかりが出来てあっという間にオベントウのおにぎりは売り切れとなった。追加を作って持ってきたぐらいだった。ジルさんもシェフのダンさんも驚きで「儲かるならやらなきゃね稼ぎ時よ」と張り切っていた。
それだけではない。水着を貸し出して浜辺で遊ぶ女性達。最近は休日の軍人や町の男性、そして観光客なども海で遊びたくて水着の貸し出しを希望する様になった。
一回目だけは無料で貸し出しているが二回目からは有料となるこのサービス。貸し出すという原案を考えたのはミラとマリンだが、料金を取るという事を提案したのは手伝いに来ている『ゴッツの店』で働いている踊り子達だった。
しっかりしている考えの踊り子と、技術のある踊り子皆が協力し合って売り上げも伸びて大成功だ。
おかげで人っ子一人いなかった浜辺は、楽しい遊び場そしてデートスポットとなっていた。水難事故には気をつけなくてはならないけれども、かつて私が過ごしていた日本の海と変わりがない程になりつつある。
浜辺で遊ぶ事が定着したら私がやっていたライフセーバーの仕事を増やしてもいいかもしれないなぁ。例えばザックと一緒に並んで……なーんてね。
今度こそ信頼出来る恋人と同じ仕事なんて素敵かも。デヘヘ。
楽しむ皆の姿を見つめながら私はそんな妄想をしていた。
コホン。話を戻してと。
海に入るのは漁師ぐらいだとしていたけれども、新しい考えが生まれる。
元々お洒落が大好きな『ファルの町』に住む女性達。セクシーな水着も軽々着こなし、海で遊ぶ。暑い夏と開放的な海と空。泳げないだけでこんな楽しい事を無視していたなんて! と、皆キラキラした目をしていた。
「ねぇ。ナツミみたいに泳げる様になるのはどうしたらいいの? ほらマリンもミラも少しなら泳げるじゃない? ナツミに教わったんですってね。私もやってみたいなぁ」
こんな風に、泳ぎの練習がしてみたいと私に相談してくる女性も増えつつある。
そうか。町の女性に必要なのは水泳教室の様なちょっとした事なのかも。
例えば、計算が出来る様になるといいとか、文字が読める様になるといいとか。
そんな事をジルさんに提案してみたいなと私は思う様になっていた。
私とノアは露店を閉じたお昼過ぎ二人で裏町の通りを歩いていた。
「ナツミとノアじゃないか珍しい組み合わせだな。もしかしてザックとマリンの目を盗んで二人でしけ込もうって根端か?」
「駄目じゃないナツミ。ザックに言いつけるわよ」
ノアはタダでさえ裏町で人気なのに、更に私も声をかけられる様になっていた。これも露店を出してオベントウを販売し裏町の老若男女と接する様になってきたからだ。
「コラッ! 止めてくれよ冗談でもザックとマリンの耳に入ったら、俺もナツミも天井から吊されてしまう」
隣を歩くノアが拳を上げて怒る様な仕草をする。するとその意外な仕草に茶化してきた裏町の人達がどっと笑って手を振った。
「悪かったさノア、冗談さ。天井から吊すって想像したら笑えるが確かにやりかねないな。ザックはナツミにベタ惚れだからな」
「でもナツミまでマリンに吊されるの? それはそれで面白いかもね。って嘘、嘘だからね。ごめんってばナツミ」
そう言って再び笑っていた。
王子様を演じていたノアの面影はなく、裏町の人々と冗談も軽口もたたき合う私がよく知っているノアの姿が最近はよく見られる様になっていた。
女性も男性も遠くから見ていただけの王子様は、粗野な振る舞いや言葉遣いだが優しい笑顔を見せる青年になりつつあった。
「私は今のノアの方がいいと思うよ。もちろんマリンもそう言ってた。お墨付きだね」
「何を言っているんだ。俺はな今も昔も変わらないぜ。でも……俺も最近の自分の方が結構いいと思っている」
私の言葉にノアは口を尖らせたが、最後はニヤリと笑って胸を張っていた。
「うん。ノアが王子様っぽいのは顔だけだもんね」
「顔だけって……」
ナツミは容赦ないとノアは肩を落とした。
港に近い裏道は坂になっている。この坂を真っすぐ下ればウツさんのお店がある。私の手の中には包まれた本日最後のおにぎりが六個入っていた。
「ウツさん、例の宝箱を手に入れてから自分のお店に戻ってしまったね」
私はおにぎりの包み紙を見つめながら呟く。
何週間か前、ジルさんが遠い昔に南の国で手に入れた宝箱の中に件の奴隷商人が取り扱っている可能性のある魔薬の元になる植物の種を見つけて以来『ジルの店』で姿を見なくなった。
こんな裏町の道で「魔薬の種」など話をする事が出来ないので宝箱と言い換えて私はノアに話しかけた。
「心配はないぜ。連絡はとっているし報告も受けているからな。それに色々とウツにもあった様だし。だけどナツミは安心して普通に接していればいい」
黒いハーフパンツタイプの水着に白いシャツを羽織った姿のノアが私の肩をポンと叩いて小さく呟いた。俯くとノアが穿いているグラディエーター風サンダルの爪先が目に入った。長い彼の足は当然私と歩幅が違うのだが、今日は私のペースに合わせてゆっくりと歩いてくれる。
そうか。ノアやザック達が裏町の自分の店に籠もったままでも、ウツさんから報告を受けているのなら問題ないだろう。宝箱に入っていた『魔薬の種』についてもある程度分かってきたのかもしれない。それに今ノアは普通に接するという部分を強調した。
ならばウツさんと接する時も普通に振る舞えばいいのだろう。
「うん分かったよ」
私は顔を上げてノアを見つめると大きく頷いた。
ウツさんは町医者なのだがザックとノアが軍人になる前からの知り合いだった。
少年から過ごしていた裏町で悪さばかりしていた事に関係している様だが、ザックとノアがとても信頼している人間の一人だった。ウツさんの店は一見アクセサリーショップの様だが、実は薬を販売していて場合によっては媚薬も売っている事がある。更に彼の店の建物はラブホテルとして使用出来る部屋がある。ここまでまとめただけでも全く一貫性がないので何をしている人物なのか分からない。
町医者に収まっているが、医療魔法に長けており軍でも一目置かれているネロさんも尊敬している人物だった。
ウツさんは、腰まである長い金髪で前髪は真っすぐに切りそろえられている。とても若く見えるが年齢不詳だ。『ジルの店』の店主であるジルさんや、ジルさんの恋人であるカイ大隊長とも知り合いで謎が多い人物だ。
ウツさんやジルさんは何歳なのだろう……そんな事を考えているとウツさんのお店に到着した。間口四間程の店先にはアクセサリーがところ狭しと並んでいた。ブレスレット、ピアス、ネックレス、指輪、ゴールド、シルバー、革紐を編み込んだもの等々、以前来た時と同じだった。
「ウツいるんだろ? 俺だノアだ」
薄暗い店の奥に向かってノアが声を張る。
お昼過ぎの今は一番太陽が真上にある。おかげでじりじりと白い石畳を焼く。照り返しが酷くて私とノアが立ち止まるとどっと汗が噴き出してきた。
「はいはい~ああ、ナツミも一緒なのかい? よく来たね」
すると薄暗い店の奥から長い金髪を揺らして長身の男性、ウツさんが出てきた。
「暑い昼間からどうしたんだい? こんな時間に出歩くなんて丸焦げになるよ?」
色白の彫りの深い顔が、石畳の照り返しを見つめて眩しそうに歪んだ。一重の鋭い瞳が私の胸元に移動して両手で持っていた包み紙を見つけて顔がパッと明るくなった。
「それはもしかしてオベントウとか言う噂のやつじゃないの?」
ウツさんはアクセサリーが並んだ台の上で身を乗り出し、私の胸に抱えられた包み紙を覗き込んだ。
「はいそうです。これはウツさんへのお土産です」
私はウツさんにおにぎりの包み紙を両手を伸ばして渡す。そうしないと陰になっている店から一歩も出ようとしないウツさんに届かないのだ。
「ありがとう。食べてみたいと思っていたけれどもさぁ。この暑い中店の反対側にある砂浜まで買いに行くのは自殺行為だと思っていたんだ」
私から包み紙を受け取りウキウキしながらゆっくりと包み紙を剥いていく。
「自殺行為なんて大げさな。あの貧弱ネロだって砂浜で健康的に過ごしているのに。ウツもどうだ水着の貸し出しをしているし涼む為に泳ぎに来たらどうだ?」
ノアが両腕を組んでウツさんの顔を呆れた様に見つめて溜め息をついた。
「ネロは貧弱でもまだ若いだろ? 比べて俺はじじいなんだぜ。無茶は出来ないさ」
ウツさんは小さく舌を出してノアにウインクをした。ノアはその顔を見てげんなりしながら呟いた。
「じじいって……同じぐらいの歳のジルが聞いたら怒り出しそうだな。しかし週のはじめと比べたら確かに暑さが増していっているよな。今年は特別に暑い」
ノアはシャツの襟をパタパタと扇いで涼もうとしていた。
「そうだ! 来週からオベントウを販売するなら城の方に移動して裏町側にまわるといいんじゃないかな。そろそろ話題に上って陸上部隊の軍人も興味をもっているって聞いたよ」
「……そうだな。俺達もその予定だ。海から少し離れるけれども売り上げの為だ仕方ないな」
ウツさんの意外な提案にノアは少しの間黙り込んでいたが今後の予定を呟いた。
そうなの? 当面浜辺で販売すると思っていたのに。城があるって事は山側で販売するのか。初めて知った事実に私は驚いてしまい水着は着用するのかノアに尋ねようとした。
しかし、ガサゴソと包み紙を開けたウツさんに声をかき消されてしまった。
「おお。何やら見た事のない形の固まりだなぁ。へぇ~バナーポテの葉っぱの塩漬けか。考えたね。あれ。何だか一つだけ不格好な固まりがあるけれども」
おにぎりの感想を述べながら六つめのおにぎりを指差して首を傾げた。
「それはネロさんが作ったおにぎりなんです。ウツさんに持っていくって言ったら『僕が愛を込めて作ります!』って力一杯言って」
私が説明をすると見る見るウツさんが嫌そうな顔になった。そして近くの丸椅子に腰を落とす。
「えぇ~ナツミが作ったモノならともかく。野郎のしかもネロが作ったやつなんてさぁ食べる気がしないよ」
「でもおにぎりは男の料理人が作ってますよ?」
「いやいや。料理人とネロを一緒にしてはいけないでしょ」
「ネロさん、ウツさんの健康を心配していましたから。きっとおにぎりには何か体にいい成分が入っていますよ」
「えぇ~そんなの聞いたらますます食べる気がしない」
包み紙のままおにぎりを膝の上に置いてうな垂れるウツさんだった。
そんな私とウツさんのやり取りを隣で聞いていたノアが店頭にあるアクセサリーの中にあった手鏡を手にとって角度を変えながら見つめていた。可愛らしい手鏡だったのでもしかするとマリンにプレゼントしようと思っているのかな?
私は改めて店先に並んでいるアクセサリーを見つめた。
赤、青、そして透明の様々な色の石が施されたアクセサリー。ブレスレットや指輪、ネックレス。どれもよく見ると細かい細工が見えて綺麗だった。
雑に並んでいるけれども値が張りそうだなぁ。
私がそんな事を考えた時、ノアは急に手鏡から興味がなくなったのか元に戻すとうな垂れるウツさんに向き直った。
「いいじゃないかネロの手作り飯なんて初めてなんだぜ。後でゆっくり喰えよ。さて、ジルが頼んでいた薬の一式は用意出来ているか?」
「もちろんさ。用意してあるよ。今月分の薬はこれだけあればいいだろう。胃薬に風邪薬、そして傷薬」
ウツさんはノアの言葉におにぎりの包み紙を片手に、足元から木箱を取り出した。蓋を開けると綺麗に薬包や包帯が入っていた。
箱の中を確認しながら、ノアは呟いた。
「ジルはウツの店から定期的に薬品を取り入れているんだな。知らなかったぜ」
そうなのだ。今日はジルさん頼まれてノアと一緒にウツさんの店までお遣いに来たのだ。何でも一カ月に一度薬を購入しているのだとか。
「『ファルの宿屋通り』にある何件かの店とも契約して定期的に薬を届ける様にしているのさ。専用の処方だから効くはずだよ。『ファルの町』は医者が少ないからね。そこにつけ込んでの商売だけど、俺も生活がかかっているから。金を出してくれるところからはきっちり頂かないとね」
「なるほどね。確かに受け取ったぜ。ナツミ、帰ろうか」
ノアは木箱を閉じるとヒョイと片手で持ち上げて私の肩をポンと叩いた。
私はノアとウツさんの会話を聞いていたものの、意識はほとんどアクセサリーに奪われていたので思わずビクッと体を震わせてしまった。その様子がおかしかったのかウツさんが吹きだしていた。
「何か気に入ったのはある? どれも俺が作った装飾品なんだよ。ナツミだったらそうだなぁネックレスはザックにもらったろうから後はピアスかな? これなんてどう? 後でザックから金をもらうから持っていきなよ」
ウツさんがクスクス笑いながら目の前の沢山あるアクセサリーの山の中から、グリーンの石がついたピアスを一つ取り出した。私は驚いて腰をかがめて見つめていた体を正し首を左右に振る。
「違います! そんな……ザックに払わせるなんてとんでもない。考えていたのはザックに贈り物ができたらいいなぁって。あっ」
思わず口走ってしまった自分の台詞に慌てて両手で口を塞ぐ。
私の呟いた言葉にノアが顔をしかめていた。
「はぁ? ザックにアクセサリーを贈るのか。何で? むしろ宝石やアクセサリーならナツミがザックからもらう側だろ」
意味が分からんとノアが首を傾げて小脇に木箱を抱え直した。
「もらう側なんて思っていないよ。ザックが前に私に魔法石のネックレスをプレゼントしてくれたから、私も同じように贈り物をしたいなって。身に付けてもらえるものならいいかなって」
ザックと同じ瞳の色をした魔法石のネックレス。魔法石を贈りあうのは家族か恋人なのだとか。それも愛を誓う場合に贈るとか。素敵な贈り物をもらったのだから私もいつかお返しがしたいと考えていた。
「へぇ! ザックに魔法石を贈るのか。それはそれは。是非俺の店でお買い上げ頂きたいね」
ニヤリとウツさんが笑って店番をする丸椅子に座ったまま頬杖をついた。
「魔法石を贈る事が出来たらいいなって思うけれども……」
何故こんなにもウツさんはニヤニヤ?
私は意味が分からず首を傾げる。
店頭にあるアクセサリーはあらかじめ宝石がはめ込まれたものばかりで魔法石ではなかった。魔法石は単なる道端に転がっている石の色をしているのだが、血液を垂らすとその血を垂らした人と同じ瞳の色と同じになる。その瞬間宝石に変わる不思議なもの石なのだ。
「ナツミ、宝石用に使う魔法石は値段がとても高いんだ。軍人の給料でもなかなか手が出ない代物なんだ。だからそれぞれの家で代々受け継がれたりしているものなんだ」
呆れた様にノアが声を上げた。
「えっ?! そうなの。じゃぁノアもシンもマリンやミラに贈った魔法石はびっくりするほど高いんだね」
私が思わずノアに振り向くとノアがパッと頬を赤く染めて頭をガリガリと掻いた。
「そ、それは。俺もシンも家族から受け継いだ魔法石はないから、買うしかないだろ」
ノアは何を今更照れるのだろうか。見る見る赤くなった顔から汗が噴き出ていた。
「ノアもシンも俺の店であの指輪やブレスレットを注文してくれたんだよ。魔法石込みだから高値だけど頑張って働いて買ってくれたよね。売り上げ貢献ありがとう」
ウツさんが笑いながらノアに手を振った。
「ウツめ。高いとかバラすなよ。とにかくそんなこんなで結構値は張るぜ。ナツミの給料じゃ難しいかもな」
ノアが汗をシャツの袖で拭いながら私に説明してくれた。軍人とウエイトレスの給料では天と地のさほど違うだろう。
「そうなんだ。ザックの耳にピアスの穴が空いていたから、ピアスなんてどうかなと思ったんだけど。お金は貯まるかなぁ~ウツさんすぐには買えないみたいです。ごめんなさい」
私が笑いながら差し出されたピアスをそっと元の位置に戻した。すると私の発言にウツさんが驚いて目を丸める。
「えっ。諦めずにお金を貯めるんだ。何年かかるか分からないってのに。ジルの店のウエイトレスなんて踊り子と比べると一番給料が低そうだけど」
「あはは。仕方がないですよ。私は踊れないし歌えないし。せいぜい肉体労働しか役に立たないですよ。気長にやります」
「気長って……お金が貯まる頃には俺みたいな歳になるよ」
「そうですか。それは困ったなぁ」
そんなに高いのか。私は悲しいのを通り越して苦笑いになってしまった。
「女性は贈り物をもらえばいいんだよ。贈る事なんて考えずにザックから沢山贈ってもらいなよ」
ウツさんが優しく笑って私の手を撫でてくれた。
そんなものなのかなぁ。だけれど──
私はウツさんの手を逆に握り返した。ウツさんが首を傾げて私を見上げた。
「私もザックが魔法石の事を説明してくれて贈ってくれた時はとても嬉しかった。だから、ザックも同じだと思うんです。少しでもこの気持ちが伝わる贈り物なら何年かかってもいい。お金が貯まったその時はウツさんお爺ちゃんになっちゃうかもしれませんけれども、ザックに贈るピアス作りに協力してくださいね?」
少し先になりそうだけれど喜んでもらいたいしね。
そう自分に言い聞かせウツさんの手を離す。するとウツさんが弾けた様に笑いはじめた。
「傑作! 何年かかってもって! もー凄いねナツミは。俺、人生で男に魔法石を贈るって言いきった女に会ったの初めてなのに。それを自力で稼いで贈りたいって信じられない! ジルみたいな女ならともかく。フフフ、アハハハ」
ウツさんは自分のおでこに手を当て天を仰いで笑い出した。
ナツミがこんなに傑作な女だったとは! ザックに連れられて店に初めて来た時には微塵も思わなかったのに。ジルみたいな大金を手にしている女でも言った事がないはず。基本、贈り物は男がするものなのさ。女なんて大抵もらう側で、価値すら分かっていないのに。
「馬鹿だねぇ本当にナツミは」
ウツさんはそう言いながら目尻の涙を拭った。
「もう! そんなに笑わないでくださいよ! 自分でも馬鹿だなって思いますけれど。貯めていくしか方法がないんですよ。お金は落ちてないから仕方ないんです」
私はカーッと自分の顔が赤くなっていくのが分かった。
きっとどれだけ高いか金額を言ってくれないから分からないけれども馬鹿にされているのが分かって私は少し腹立たしくなった。
「カハッゲホゲホ。ごめんもう笑わないから。フフフ、フヘ。それにもう馬鹿にしてないから」
ウツさんはサラサラの金髪をかき上げながら笑わないと言いながらやはり笑っていた。
「嘘つけ。馬鹿にしたくせに」
ぼそりとノアが呆れて呟いた。
私は指を突き合わせて口を尖らせた。
「貧乏人でも貯めれば何とかなるかもって。手が届かないものもあるけれども小さなダイヤモンドとかなら買えるかもしれないし。ダイヤモンドじゃないかもしれないいけれども」
恥ずかしさのあまりブツブツ呟くと優しく笑ったウツさんがこんな事を言い出した。
「だいや? 何の事か分からないけれども。そうだなぁ、楽しませてくれるナツミなら金じゃなくてもいいよ。特別に魔法石をつけたピアスを用意してあげるよ」
「本当ですか?」
私は思わず身を乗り出してウツさんに飛びつく。
「止めておけ、ナツミ。タダほど高いものはないんだ。それにウツは『俺のお願いを聞いてくれたら』とか言い出すんだぜ。おかげでどれだけ酷い目に合わされたか。だから止めておけ」
ノアが低い声で私をたしなめる。
どうやらノアは酷い目に合わされた経験があるらしく身を乗り出した私の腕を苦い顔をしながら引っ張った。
「そうだね。タダより高いものはないよね」
私は諦めてノアの隣に並んだ。
「酷いなぁ。昔からノアとザックについては色々無料で助けてやったのに。酷い言い草だ」
ウツさんはわざと泣き真似をした。
「よく言うぜ。ナツミそろそろ帰ろうぜ。俺とお前が二人で遅くなるとザックがうるさいし。それに最近はネロもうるさいしなぁ。ウツ金はここに置いていくぜ。あと、ネロの作ったおにぎり絶対に喰えよ。ネロが感想を求めていたぜ」
そう言いながらノアは私の腕を引き大股で歩き出した。
「ノアってば! 痛いよ。腕に手形がついちゃうよ。それじゃぁウツさん! また今度」
私は手を振りながら小さくなるウツさんを見つめていた。
「えー。やっぱり食べるのかぁ。何だか嫌だなぁ」
ウツはおにぎりを見つめながら呟いた。
ネロめ。俺に何かを伝える為の手段だと思うけれども。食い物は抵抗あるぞ。
だって、何が入っているのやら。
ウツがおにぎりの包み紙をそっと元に戻した時、店の奥からボロボロの外套を身にまとっていた男、コルトが顔を出した。目深にフードを被ったまま、ウツの後ろからひょっこり閉じかけの包み紙の中を覗く。
「ふぅん。それがオベントウとかいう持ち出せる食い物か」
相変わらずコルトからは草が燃えた様な香りがしていた。魔薬をいつも隠れ家でお香代わりに焚きしめているからだ。
「今巷では人気の食べ物だよ。直ぐに完売になるんだ。コルトも喰うか?」
ウツは低い声で後ろから覗き込んでいるコルトに視線だけを移した。
興味はあるだろうがコルトが口にしない事が分かっていてウツは尋ねた。
このコルトという男は喉は頻繁に渇く様だが、まともに食事をとっていない。昼間は特に食べない。
するとウツの思う通りの反応を示した。
「いや俺はいらない。先生が喰えよ。確か先生の為に作ったとか言ってなかったか?」
フードの奥でニヤニヤしながらコルトは呟いた。コルトはウツの事を先生と呼ぶ様になっていた。
今日も露店を出した浜辺は人だかりが出来てあっという間にオベントウのおにぎりは売り切れとなった。追加を作って持ってきたぐらいだった。ジルさんもシェフのダンさんも驚きで「儲かるならやらなきゃね稼ぎ時よ」と張り切っていた。
それだけではない。水着を貸し出して浜辺で遊ぶ女性達。最近は休日の軍人や町の男性、そして観光客なども海で遊びたくて水着の貸し出しを希望する様になった。
一回目だけは無料で貸し出しているが二回目からは有料となるこのサービス。貸し出すという原案を考えたのはミラとマリンだが、料金を取るという事を提案したのは手伝いに来ている『ゴッツの店』で働いている踊り子達だった。
しっかりしている考えの踊り子と、技術のある踊り子皆が協力し合って売り上げも伸びて大成功だ。
おかげで人っ子一人いなかった浜辺は、楽しい遊び場そしてデートスポットとなっていた。水難事故には気をつけなくてはならないけれども、かつて私が過ごしていた日本の海と変わりがない程になりつつある。
浜辺で遊ぶ事が定着したら私がやっていたライフセーバーの仕事を増やしてもいいかもしれないなぁ。例えばザックと一緒に並んで……なーんてね。
今度こそ信頼出来る恋人と同じ仕事なんて素敵かも。デヘヘ。
楽しむ皆の姿を見つめながら私はそんな妄想をしていた。
コホン。話を戻してと。
海に入るのは漁師ぐらいだとしていたけれども、新しい考えが生まれる。
元々お洒落が大好きな『ファルの町』に住む女性達。セクシーな水着も軽々着こなし、海で遊ぶ。暑い夏と開放的な海と空。泳げないだけでこんな楽しい事を無視していたなんて! と、皆キラキラした目をしていた。
「ねぇ。ナツミみたいに泳げる様になるのはどうしたらいいの? ほらマリンもミラも少しなら泳げるじゃない? ナツミに教わったんですってね。私もやってみたいなぁ」
こんな風に、泳ぎの練習がしてみたいと私に相談してくる女性も増えつつある。
そうか。町の女性に必要なのは水泳教室の様なちょっとした事なのかも。
例えば、計算が出来る様になるといいとか、文字が読める様になるといいとか。
そんな事をジルさんに提案してみたいなと私は思う様になっていた。
私とノアは露店を閉じたお昼過ぎ二人で裏町の通りを歩いていた。
「ナツミとノアじゃないか珍しい組み合わせだな。もしかしてザックとマリンの目を盗んで二人でしけ込もうって根端か?」
「駄目じゃないナツミ。ザックに言いつけるわよ」
ノアはタダでさえ裏町で人気なのに、更に私も声をかけられる様になっていた。これも露店を出してオベントウを販売し裏町の老若男女と接する様になってきたからだ。
「コラッ! 止めてくれよ冗談でもザックとマリンの耳に入ったら、俺もナツミも天井から吊されてしまう」
隣を歩くノアが拳を上げて怒る様な仕草をする。するとその意外な仕草に茶化してきた裏町の人達がどっと笑って手を振った。
「悪かったさノア、冗談さ。天井から吊すって想像したら笑えるが確かにやりかねないな。ザックはナツミにベタ惚れだからな」
「でもナツミまでマリンに吊されるの? それはそれで面白いかもね。って嘘、嘘だからね。ごめんってばナツミ」
そう言って再び笑っていた。
王子様を演じていたノアの面影はなく、裏町の人々と冗談も軽口もたたき合う私がよく知っているノアの姿が最近はよく見られる様になっていた。
女性も男性も遠くから見ていただけの王子様は、粗野な振る舞いや言葉遣いだが優しい笑顔を見せる青年になりつつあった。
「私は今のノアの方がいいと思うよ。もちろんマリンもそう言ってた。お墨付きだね」
「何を言っているんだ。俺はな今も昔も変わらないぜ。でも……俺も最近の自分の方が結構いいと思っている」
私の言葉にノアは口を尖らせたが、最後はニヤリと笑って胸を張っていた。
「うん。ノアが王子様っぽいのは顔だけだもんね」
「顔だけって……」
ナツミは容赦ないとノアは肩を落とした。
港に近い裏道は坂になっている。この坂を真っすぐ下ればウツさんのお店がある。私の手の中には包まれた本日最後のおにぎりが六個入っていた。
「ウツさん、例の宝箱を手に入れてから自分のお店に戻ってしまったね」
私はおにぎりの包み紙を見つめながら呟く。
何週間か前、ジルさんが遠い昔に南の国で手に入れた宝箱の中に件の奴隷商人が取り扱っている可能性のある魔薬の元になる植物の種を見つけて以来『ジルの店』で姿を見なくなった。
こんな裏町の道で「魔薬の種」など話をする事が出来ないので宝箱と言い換えて私はノアに話しかけた。
「心配はないぜ。連絡はとっているし報告も受けているからな。それに色々とウツにもあった様だし。だけどナツミは安心して普通に接していればいい」
黒いハーフパンツタイプの水着に白いシャツを羽織った姿のノアが私の肩をポンと叩いて小さく呟いた。俯くとノアが穿いているグラディエーター風サンダルの爪先が目に入った。長い彼の足は当然私と歩幅が違うのだが、今日は私のペースに合わせてゆっくりと歩いてくれる。
そうか。ノアやザック達が裏町の自分の店に籠もったままでも、ウツさんから報告を受けているのなら問題ないだろう。宝箱に入っていた『魔薬の種』についてもある程度分かってきたのかもしれない。それに今ノアは普通に接するという部分を強調した。
ならばウツさんと接する時も普通に振る舞えばいいのだろう。
「うん分かったよ」
私は顔を上げてノアを見つめると大きく頷いた。
ウツさんは町医者なのだがザックとノアが軍人になる前からの知り合いだった。
少年から過ごしていた裏町で悪さばかりしていた事に関係している様だが、ザックとノアがとても信頼している人間の一人だった。ウツさんの店は一見アクセサリーショップの様だが、実は薬を販売していて場合によっては媚薬も売っている事がある。更に彼の店の建物はラブホテルとして使用出来る部屋がある。ここまでまとめただけでも全く一貫性がないので何をしている人物なのか分からない。
町医者に収まっているが、医療魔法に長けており軍でも一目置かれているネロさんも尊敬している人物だった。
ウツさんは、腰まである長い金髪で前髪は真っすぐに切りそろえられている。とても若く見えるが年齢不詳だ。『ジルの店』の店主であるジルさんや、ジルさんの恋人であるカイ大隊長とも知り合いで謎が多い人物だ。
ウツさんやジルさんは何歳なのだろう……そんな事を考えているとウツさんのお店に到着した。間口四間程の店先にはアクセサリーがところ狭しと並んでいた。ブレスレット、ピアス、ネックレス、指輪、ゴールド、シルバー、革紐を編み込んだもの等々、以前来た時と同じだった。
「ウツいるんだろ? 俺だノアだ」
薄暗い店の奥に向かってノアが声を張る。
お昼過ぎの今は一番太陽が真上にある。おかげでじりじりと白い石畳を焼く。照り返しが酷くて私とノアが立ち止まるとどっと汗が噴き出してきた。
「はいはい~ああ、ナツミも一緒なのかい? よく来たね」
すると薄暗い店の奥から長い金髪を揺らして長身の男性、ウツさんが出てきた。
「暑い昼間からどうしたんだい? こんな時間に出歩くなんて丸焦げになるよ?」
色白の彫りの深い顔が、石畳の照り返しを見つめて眩しそうに歪んだ。一重の鋭い瞳が私の胸元に移動して両手で持っていた包み紙を見つけて顔がパッと明るくなった。
「それはもしかしてオベントウとか言う噂のやつじゃないの?」
ウツさんはアクセサリーが並んだ台の上で身を乗り出し、私の胸に抱えられた包み紙を覗き込んだ。
「はいそうです。これはウツさんへのお土産です」
私はウツさんにおにぎりの包み紙を両手を伸ばして渡す。そうしないと陰になっている店から一歩も出ようとしないウツさんに届かないのだ。
「ありがとう。食べてみたいと思っていたけれどもさぁ。この暑い中店の反対側にある砂浜まで買いに行くのは自殺行為だと思っていたんだ」
私から包み紙を受け取りウキウキしながらゆっくりと包み紙を剥いていく。
「自殺行為なんて大げさな。あの貧弱ネロだって砂浜で健康的に過ごしているのに。ウツもどうだ水着の貸し出しをしているし涼む為に泳ぎに来たらどうだ?」
ノアが両腕を組んでウツさんの顔を呆れた様に見つめて溜め息をついた。
「ネロは貧弱でもまだ若いだろ? 比べて俺はじじいなんだぜ。無茶は出来ないさ」
ウツさんは小さく舌を出してノアにウインクをした。ノアはその顔を見てげんなりしながら呟いた。
「じじいって……同じぐらいの歳のジルが聞いたら怒り出しそうだな。しかし週のはじめと比べたら確かに暑さが増していっているよな。今年は特別に暑い」
ノアはシャツの襟をパタパタと扇いで涼もうとしていた。
「そうだ! 来週からオベントウを販売するなら城の方に移動して裏町側にまわるといいんじゃないかな。そろそろ話題に上って陸上部隊の軍人も興味をもっているって聞いたよ」
「……そうだな。俺達もその予定だ。海から少し離れるけれども売り上げの為だ仕方ないな」
ウツさんの意外な提案にノアは少しの間黙り込んでいたが今後の予定を呟いた。
そうなの? 当面浜辺で販売すると思っていたのに。城があるって事は山側で販売するのか。初めて知った事実に私は驚いてしまい水着は着用するのかノアに尋ねようとした。
しかし、ガサゴソと包み紙を開けたウツさんに声をかき消されてしまった。
「おお。何やら見た事のない形の固まりだなぁ。へぇ~バナーポテの葉っぱの塩漬けか。考えたね。あれ。何だか一つだけ不格好な固まりがあるけれども」
おにぎりの感想を述べながら六つめのおにぎりを指差して首を傾げた。
「それはネロさんが作ったおにぎりなんです。ウツさんに持っていくって言ったら『僕が愛を込めて作ります!』って力一杯言って」
私が説明をすると見る見るウツさんが嫌そうな顔になった。そして近くの丸椅子に腰を落とす。
「えぇ~ナツミが作ったモノならともかく。野郎のしかもネロが作ったやつなんてさぁ食べる気がしないよ」
「でもおにぎりは男の料理人が作ってますよ?」
「いやいや。料理人とネロを一緒にしてはいけないでしょ」
「ネロさん、ウツさんの健康を心配していましたから。きっとおにぎりには何か体にいい成分が入っていますよ」
「えぇ~そんなの聞いたらますます食べる気がしない」
包み紙のままおにぎりを膝の上に置いてうな垂れるウツさんだった。
そんな私とウツさんのやり取りを隣で聞いていたノアが店頭にあるアクセサリーの中にあった手鏡を手にとって角度を変えながら見つめていた。可愛らしい手鏡だったのでもしかするとマリンにプレゼントしようと思っているのかな?
私は改めて店先に並んでいるアクセサリーを見つめた。
赤、青、そして透明の様々な色の石が施されたアクセサリー。ブレスレットや指輪、ネックレス。どれもよく見ると細かい細工が見えて綺麗だった。
雑に並んでいるけれども値が張りそうだなぁ。
私がそんな事を考えた時、ノアは急に手鏡から興味がなくなったのか元に戻すとうな垂れるウツさんに向き直った。
「いいじゃないかネロの手作り飯なんて初めてなんだぜ。後でゆっくり喰えよ。さて、ジルが頼んでいた薬の一式は用意出来ているか?」
「もちろんさ。用意してあるよ。今月分の薬はこれだけあればいいだろう。胃薬に風邪薬、そして傷薬」
ウツさんはノアの言葉におにぎりの包み紙を片手に、足元から木箱を取り出した。蓋を開けると綺麗に薬包や包帯が入っていた。
箱の中を確認しながら、ノアは呟いた。
「ジルはウツの店から定期的に薬品を取り入れているんだな。知らなかったぜ」
そうなのだ。今日はジルさん頼まれてノアと一緒にウツさんの店までお遣いに来たのだ。何でも一カ月に一度薬を購入しているのだとか。
「『ファルの宿屋通り』にある何件かの店とも契約して定期的に薬を届ける様にしているのさ。専用の処方だから効くはずだよ。『ファルの町』は医者が少ないからね。そこにつけ込んでの商売だけど、俺も生活がかかっているから。金を出してくれるところからはきっちり頂かないとね」
「なるほどね。確かに受け取ったぜ。ナツミ、帰ろうか」
ノアは木箱を閉じるとヒョイと片手で持ち上げて私の肩をポンと叩いた。
私はノアとウツさんの会話を聞いていたものの、意識はほとんどアクセサリーに奪われていたので思わずビクッと体を震わせてしまった。その様子がおかしかったのかウツさんが吹きだしていた。
「何か気に入ったのはある? どれも俺が作った装飾品なんだよ。ナツミだったらそうだなぁネックレスはザックにもらったろうから後はピアスかな? これなんてどう? 後でザックから金をもらうから持っていきなよ」
ウツさんがクスクス笑いながら目の前の沢山あるアクセサリーの山の中から、グリーンの石がついたピアスを一つ取り出した。私は驚いて腰をかがめて見つめていた体を正し首を左右に振る。
「違います! そんな……ザックに払わせるなんてとんでもない。考えていたのはザックに贈り物ができたらいいなぁって。あっ」
思わず口走ってしまった自分の台詞に慌てて両手で口を塞ぐ。
私の呟いた言葉にノアが顔をしかめていた。
「はぁ? ザックにアクセサリーを贈るのか。何で? むしろ宝石やアクセサリーならナツミがザックからもらう側だろ」
意味が分からんとノアが首を傾げて小脇に木箱を抱え直した。
「もらう側なんて思っていないよ。ザックが前に私に魔法石のネックレスをプレゼントしてくれたから、私も同じように贈り物をしたいなって。身に付けてもらえるものならいいかなって」
ザックと同じ瞳の色をした魔法石のネックレス。魔法石を贈りあうのは家族か恋人なのだとか。それも愛を誓う場合に贈るとか。素敵な贈り物をもらったのだから私もいつかお返しがしたいと考えていた。
「へぇ! ザックに魔法石を贈るのか。それはそれは。是非俺の店でお買い上げ頂きたいね」
ニヤリとウツさんが笑って店番をする丸椅子に座ったまま頬杖をついた。
「魔法石を贈る事が出来たらいいなって思うけれども……」
何故こんなにもウツさんはニヤニヤ?
私は意味が分からず首を傾げる。
店頭にあるアクセサリーはあらかじめ宝石がはめ込まれたものばかりで魔法石ではなかった。魔法石は単なる道端に転がっている石の色をしているのだが、血液を垂らすとその血を垂らした人と同じ瞳の色と同じになる。その瞬間宝石に変わる不思議なもの石なのだ。
「ナツミ、宝石用に使う魔法石は値段がとても高いんだ。軍人の給料でもなかなか手が出ない代物なんだ。だからそれぞれの家で代々受け継がれたりしているものなんだ」
呆れた様にノアが声を上げた。
「えっ?! そうなの。じゃぁノアもシンもマリンやミラに贈った魔法石はびっくりするほど高いんだね」
私が思わずノアに振り向くとノアがパッと頬を赤く染めて頭をガリガリと掻いた。
「そ、それは。俺もシンも家族から受け継いだ魔法石はないから、買うしかないだろ」
ノアは何を今更照れるのだろうか。見る見る赤くなった顔から汗が噴き出ていた。
「ノアもシンも俺の店であの指輪やブレスレットを注文してくれたんだよ。魔法石込みだから高値だけど頑張って働いて買ってくれたよね。売り上げ貢献ありがとう」
ウツさんが笑いながらノアに手を振った。
「ウツめ。高いとかバラすなよ。とにかくそんなこんなで結構値は張るぜ。ナツミの給料じゃ難しいかもな」
ノアが汗をシャツの袖で拭いながら私に説明してくれた。軍人とウエイトレスの給料では天と地のさほど違うだろう。
「そうなんだ。ザックの耳にピアスの穴が空いていたから、ピアスなんてどうかなと思ったんだけど。お金は貯まるかなぁ~ウツさんすぐには買えないみたいです。ごめんなさい」
私が笑いながら差し出されたピアスをそっと元の位置に戻した。すると私の発言にウツさんが驚いて目を丸める。
「えっ。諦めずにお金を貯めるんだ。何年かかるか分からないってのに。ジルの店のウエイトレスなんて踊り子と比べると一番給料が低そうだけど」
「あはは。仕方がないですよ。私は踊れないし歌えないし。せいぜい肉体労働しか役に立たないですよ。気長にやります」
「気長って……お金が貯まる頃には俺みたいな歳になるよ」
「そうですか。それは困ったなぁ」
そんなに高いのか。私は悲しいのを通り越して苦笑いになってしまった。
「女性は贈り物をもらえばいいんだよ。贈る事なんて考えずにザックから沢山贈ってもらいなよ」
ウツさんが優しく笑って私の手を撫でてくれた。
そんなものなのかなぁ。だけれど──
私はウツさんの手を逆に握り返した。ウツさんが首を傾げて私を見上げた。
「私もザックが魔法石の事を説明してくれて贈ってくれた時はとても嬉しかった。だから、ザックも同じだと思うんです。少しでもこの気持ちが伝わる贈り物なら何年かかってもいい。お金が貯まったその時はウツさんお爺ちゃんになっちゃうかもしれませんけれども、ザックに贈るピアス作りに協力してくださいね?」
少し先になりそうだけれど喜んでもらいたいしね。
そう自分に言い聞かせウツさんの手を離す。するとウツさんが弾けた様に笑いはじめた。
「傑作! 何年かかってもって! もー凄いねナツミは。俺、人生で男に魔法石を贈るって言いきった女に会ったの初めてなのに。それを自力で稼いで贈りたいって信じられない! ジルみたいな女ならともかく。フフフ、アハハハ」
ウツさんは自分のおでこに手を当て天を仰いで笑い出した。
ナツミがこんなに傑作な女だったとは! ザックに連れられて店に初めて来た時には微塵も思わなかったのに。ジルみたいな大金を手にしている女でも言った事がないはず。基本、贈り物は男がするものなのさ。女なんて大抵もらう側で、価値すら分かっていないのに。
「馬鹿だねぇ本当にナツミは」
ウツさんはそう言いながら目尻の涙を拭った。
「もう! そんなに笑わないでくださいよ! 自分でも馬鹿だなって思いますけれど。貯めていくしか方法がないんですよ。お金は落ちてないから仕方ないんです」
私はカーッと自分の顔が赤くなっていくのが分かった。
きっとどれだけ高いか金額を言ってくれないから分からないけれども馬鹿にされているのが分かって私は少し腹立たしくなった。
「カハッゲホゲホ。ごめんもう笑わないから。フフフ、フヘ。それにもう馬鹿にしてないから」
ウツさんはサラサラの金髪をかき上げながら笑わないと言いながらやはり笑っていた。
「嘘つけ。馬鹿にしたくせに」
ぼそりとノアが呆れて呟いた。
私は指を突き合わせて口を尖らせた。
「貧乏人でも貯めれば何とかなるかもって。手が届かないものもあるけれども小さなダイヤモンドとかなら買えるかもしれないし。ダイヤモンドじゃないかもしれないいけれども」
恥ずかしさのあまりブツブツ呟くと優しく笑ったウツさんがこんな事を言い出した。
「だいや? 何の事か分からないけれども。そうだなぁ、楽しませてくれるナツミなら金じゃなくてもいいよ。特別に魔法石をつけたピアスを用意してあげるよ」
「本当ですか?」
私は思わず身を乗り出してウツさんに飛びつく。
「止めておけ、ナツミ。タダほど高いものはないんだ。それにウツは『俺のお願いを聞いてくれたら』とか言い出すんだぜ。おかげでどれだけ酷い目に合わされたか。だから止めておけ」
ノアが低い声で私をたしなめる。
どうやらノアは酷い目に合わされた経験があるらしく身を乗り出した私の腕を苦い顔をしながら引っ張った。
「そうだね。タダより高いものはないよね」
私は諦めてノアの隣に並んだ。
「酷いなぁ。昔からノアとザックについては色々無料で助けてやったのに。酷い言い草だ」
ウツさんはわざと泣き真似をした。
「よく言うぜ。ナツミそろそろ帰ろうぜ。俺とお前が二人で遅くなるとザックがうるさいし。それに最近はネロもうるさいしなぁ。ウツ金はここに置いていくぜ。あと、ネロの作ったおにぎり絶対に喰えよ。ネロが感想を求めていたぜ」
そう言いながらノアは私の腕を引き大股で歩き出した。
「ノアってば! 痛いよ。腕に手形がついちゃうよ。それじゃぁウツさん! また今度」
私は手を振りながら小さくなるウツさんを見つめていた。
「えー。やっぱり食べるのかぁ。何だか嫌だなぁ」
ウツはおにぎりを見つめながら呟いた。
ネロめ。俺に何かを伝える為の手段だと思うけれども。食い物は抵抗あるぞ。
だって、何が入っているのやら。
ウツがおにぎりの包み紙をそっと元に戻した時、店の奥からボロボロの外套を身にまとっていた男、コルトが顔を出した。目深にフードを被ったまま、ウツの後ろからひょっこり閉じかけの包み紙の中を覗く。
「ふぅん。それがオベントウとかいう持ち出せる食い物か」
相変わらずコルトからは草が燃えた様な香りがしていた。魔薬をいつも隠れ家でお香代わりに焚きしめているからだ。
「今巷では人気の食べ物だよ。直ぐに完売になるんだ。コルトも喰うか?」
ウツは低い声で後ろから覗き込んでいるコルトに視線だけを移した。
興味はあるだろうがコルトが口にしない事が分かっていてウツは尋ねた。
このコルトという男は喉は頻繁に渇く様だが、まともに食事をとっていない。昼間は特に食べない。
するとウツの思う通りの反応を示した。
「いや俺はいらない。先生が喰えよ。確か先生の為に作ったとか言ってなかったか?」
フードの奥でニヤニヤしながらコルトは呟いた。コルトはウツの事を先生と呼ぶ様になっていた。
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