【R18】ライフセーバー異世界へ

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141 新 オベントウ大作戦 その7

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「海側で販売しているって聞いた時はショックを受けたんだぜ。どうして城側でやってくれないのかなぁって」
「そうだよ。俺達陸上部隊だから海側に行くには時間がかかるから。海まで行っていたら昼休みが終わってしまうし」
「そうだよ。それに海でナツミ達『ジルの店』の踊り子に『ゴッツの店』の踊り子達も『みずぎ』って言う可愛い姿だと聞いて羨ましくて」
「しかも海で楽しく泳いでいるって聞いて、悔しいやら寂しいやら。いやぁ城側で売ってくれてよかったよ」
 矢継ぎ早に話すのは週に二回必ず『ジルの店』に来てくれる陸上部隊の四人組だった。

 巻き髪の甘い物好き、短い髪の胡椒好き、髪の毛を一つに縛ったお酒好き、不精ひげのお酒が弱い男性四人は、部隊が同じなのか仲がいいからなのかいつも一緒に行動している。

 酔っ払っていなくても呼吸の合った四人のかけ合いに、私とマリンは目を丸めてから肩を揺すって笑った。

「水着姿はウエイトレスで見慣れているから目新しいものじゃないよ。それに『ゴッツの店』の踊り子達はかなり過激な衣装だから水着なんて目じゃないだろうし。ね? マリン。そうだよね」
 私はおにぎりの包み紙をそれぞれに微笑んでマリンに同意を求めた。

「そうね。ナツミの言う様に珍しさはないわね」
 マリンもお釣りをそれぞれに渡しながらクスクス微笑んでいた。

「全然違うさ。だって店は暗いだろ?」
 口を尖らせるのは巻き髪の甘い物好きだ。

「そうだよ。店は店で雰囲気はいいけれどもやっぱり輝く空の下って言うのは違うさ」
 両腕を組んで短い髪の胡椒好きが頷く。

「海上部隊のヤツらが言っていたけれども、昼休みに町の女の子と浜辺で話が出来るし遊べるんだってな」
 身を乗り出したのは髪の毛を一つに縛ったお酒好きだ。

「つまり、はじける肌に海の飛沫がかかって……」
 最後にうっとり呟いたのは不精ひげのお酒が弱い男性だった。

 最後の言葉に四人は何か想像したのか、手渡されたおにぎりを抱きしめて頬を染めていた。

「お前達さっさと離れろ次の客が待っているだろ」
「それにいい加減に伸びた鼻の下を元に戻せ」
 そう言って男性四人組の首根っこを捕まえて引きずって行ったのはノアとザックだった。

「横暴だっ」
「お前達二人は狡いぞ」
「そうだそうだ。どうしてお前達二人の恋人がマリンとナツミなんだ」
「本当だ。ズルいぞ俺達にも分けろ」
 四人がそれぞれ喚いて、ノアとザックに泉の辺りまで引きずられて行った。

「ふふふ。相変わらずな四人組ね」
 マリンもおかしかったのかその様子を見つめながら吹きだしていた。
「あはは。本当だね」
 私もつられて笑う。

 開店前の不安が嘘の様だ。開店と共に城に常駐している軍人や、富裕層と呼ばれる町の住人達があっという間に集まってきた。あれよあれよとオベントウは飛ぶ様に売れて、今の四人の分でほぼ完売になりそうだった。

「場所が変わったら、もしかしたら来てくれないかなって思ったけどもそんな事なかったね。よかったよ」
 棚に並んだおにぎりが空っぽになっているのを見つめながら、私がポツリと呟いた。

 町の雰囲気が裏町とは全く異なるので心配していたがそんな事はなかった。
 
 するとダンさんが隣で手を拭いた布巾を桶に入れながら笑っていた。
「海で売ったのがやっぱり噂になっているみたいだ。裏町の騒ぎようが思った以上に大きいから貴族達も流石に気になった様だなオベントウがさ。今日も完売だしジルの喜ぶ顔が浮かぶな」
 ジルさんの顔か。
 先週もずっと完売続きだし追加文も飛ぶ様に売れた。原価も低いものだから安く売っても利益が上がるそうだ。それに集客が少なくなっていたランチタイムの低迷振りを吹き飛ばす事が出来て笑いが止まらないらしい。

 何だかんだで言いだしっぺになったから失敗したらどうしようかとハラハラしていたのだがいい結果となりそうでよかった。
 
「そうね。やっぱりノアとザックが売っているって言うのは貴族や富裕層でも話題になっていたみたいね。あの二人は裏町にいた時から人気だから」
 マリンも呟いていた。

 裏町にいた時から富裕層や貴族に人気なのは理由があるそうで、今日もマダムと呼ぶのがふさわしそうな女性がおにぎりを買いに来ていたのには目を丸めるしかなかった。
 ザックとノアとどんな関係だったか聞き出す事はやぶ蛇だ。暑い昼にわざわざ噂を聞きつけて買いに来てくれたそうだ。ありがたいって事にしようと、マリンと私は視線を合わせて頷いた。

「さてもうそろそろ店じまいだが、ナツミとマリンの二人で汚れた布巾を洗ってきてくれないか? あの広場から裏道に入った場所に共同の水場があるんだ。店に帰る前に洗っておきたい」
 そう言ってダンさんが汚れた布巾が入った桶を私に手渡した。

「分かりました。行こうかマリン」
「そうね。二人でさっさと洗ってしまいましょう」
 私は桶を受け取りマリンと二人で裏道の共同の水場を目指して歩き出した。

 ナツミとマリンの後ろ姿をダンは見つめながら小さく呟いた。

「……二人共気をつけろよ」
 二人の後ろ姿を見つめながらダンは溜め息をついた。それから泉の辺りで常連客の四人組と話しているノアとザックに視線を送った。

 ノアとザックはダンの視線を受けると、小さく頷いた。

「それでさ。ノアとザックに頼まれていたエックハルトの件なんだけど。北の国の役人にバレたらあいつ立場がヤバイんじゃないか。財産目当ての女に引っかかる方がまだマシだろ。おお。美味いなぁこれ」
 四人組の内の一人、巻き髪の甘い物好きの男が包み紙からおにぎりを一つ取り出し頬張りながらノアに呟いた。

 その声にノアが腰に手を添えながら長い足を肩幅に広げた。

 ノアとザックはエックハルトの動きについて城周辺で警備をしている軍人、この四人組に様子をうかがう様にそれとなく頼んでいた。四人は優秀な軍人だ。エックハルトの様子がおかしい事を伝えるとすぐに調査をはじめてくれた。

「そうか。若い女を取り込んでいる事が分かる様になって来たのか」
 連れてこられた奴隷同然の少女を薬漬けにしている事実は伏せていたが、どうもその事に四人は気がついたらしい。
 
 ノアが呟くと今度は短い髪の毛の男が口いっぱいにおにぎりを頬張りゴクンと一つ飲み込んで声を上げた。

「美味いなぁ。おにぎりってよくかんで食べないと喉に詰まりそうだけど。ああ、それに若い女って言うけれども若すぎるだろ。まだ少女だったぞ。女を取り込んでいる事に気がついたのは、金髪の若い女の子があられもない格好で庭を歩いてるのを見たからだ。慌てて素っ裸のエックハルトに引き戻されていたけれども何をしていたかは一目瞭然だぜ」
 相当ヤバいのではないか、と最後小さく付け足した。

 その言葉にザックとノアがギョッとして顔を見合わせる。そこまでになっているとは。相当薬がまわっているのだろう。早く何とかしないとエックハルト自身が崩壊してしまう。いや既に崩壊しているのかもしれない。

「エックハルトは役人仕事で座っているだけだ。不真面目で仕事場にも元々顔を出さなかったけれども流石に上層部も姿を現さない事に首を傾げはじめている。来週様子を見に行くと同僚の役人が行っていた。ザックとノアが何をしたいのか分からないが、それまでに手を打った方がいいだろう」
 ノアとザックを見つめながら髪の毛を一つに縛った酒好きの男が呟いた。もちろんおにぎりを片手に。

「ああ、分かった」
 ノアは酒好きの男の肩をポンと叩いた。
 最後四人目の不精ひげの酒に弱い男が付け足す。
「エックハルトの屋敷に出入りしているボロい外套を羽織った男三人だけど。あんまり屋敷から出る様子はなかったが、この二週間ぐらい屋敷と裏町を行ったり来たりしているな。裏町のソルを通じてザームにも接触はあったみたいだが。それよりも町医者のウツにはしょっちゅう会いに行っている様だぜ。それ以外にもエックハルトの屋敷から裏町への道のりを随分と確認している様だった。いつも寄り道するのが例の集会所跡だったなぁ。集会所跡は海を目の前にしているが、山にも面しているから隠れやすいと思っているのかもな。何かあるかもしれないぜ。気をつけろ」
 そう言ってザックの肩をポンと叩いた。

「集会所跡か……なるほど。教えてもらえて助かったぜ。後もう一つお願いがあるんだけどいいか?」
 ザックが不精ひげの男の言葉を聞いて思いついた様だった。そして四人の前でパンと両手を合わせて頭を垂れた。その様子を見つめてからノアも同じ様に手を合わせた。
「そうだな。ついでにお願いできるか?」

「何だよ気持ち悪いな」
 と、四人組は顔を見合わせた。





 ダンさんに教えてもらった裏道に入ると、用水路があり水場があった。大きな洗い場が用意されており、町の皆が使用する場所の様だ。大きな洗い場には水が溜まっていて用水路を通じて流れている。清潔な水だった。洗い場の真ん中には手押しポンプがあり井戸から水を汲み上げる事が出来た。

「誰もいないね」
 私は辺りを見回しながらポツリと呟く。

 水は生活に重要なものだから、今桶一杯に持っている布巾や野菜等を洗う場所のはずだから人が常に絶えないと思うのに何故かいない。

「多分この辺りは富裕層が多いから皆自宅に水を引いているんだと思うわ。裏町の人ならそういった水を引いていない自宅も多いから水場は必要だけど、海沿いからはこの洗い場は遠いからあまり利用されなくなっているのかもね」
 マリンが私の手に持っていた桶を取ると手押しポンプの口の下にコトンと置いた。私はそれを見ながら手押しポンプのハンドル側に回った。

「なるほど。だから人がいないんだね。マリン、桶から離れてくれる? 勢いよく水が出るかもしれないし」
 手押しポンプは日本にいた時に一度触ったことがある。

 私はハンドルを持ち桶をジッと見つめる。勢いよく水が出るかもしれない。私の声を聞いたマリンは立ち上がって数歩後ずさる。

「分かったわ、ムグッ」
 突然マリンが声を詰まらせる。

 驚いて顔を上げると、マリンの後ろにボロボロの外套を被った男が現れた。音もなく近づいてマリンの口を塞ぐ。マリンの口を塞いだ手には色々な石がちりばめられた指輪をいくつもしていた。

 マリンは目を見開いて必死に抵抗するが片手で更に持ち上げられて空しく足を浮かせてバタつかせるだけになった。

「何をす」
 私は驚いて「何をするの」そう言おうと思ったのに私も後ろから口を塞がれた。

 反対の腕が更に私の腰に回って、締め上げる。地についていた足がふわりと浮いた。

 私は必死に口を塞がれた男の手を離そうと握りしめるが、ビクともしない。視線をずらして私を力強く拘束する男を見る。

 ボロボロの外套から飛び出た太い腕。以前旅人を装って『ジルの店』に来たあの男だ。男の体からは腐った果実の様な香りがする。

 これは例の魔薬の香りだ。塞がれた掌からも匂いがする。焚きしめられた香りではなく男の体臭となっている。

 気持ち悪い! 叫ばないと! せめて大きな音を立てないと!

 気が抜けていたのでマリンと二人で行動してしまった事を悔やんだ。

 しかも裏道に入っているから広場からは見えない。私とマリンが捕まった事がザックとノアに伝わらない。

 私はクラクラする香りと鼻と口を塞がれて息が詰まって抵抗する力が失われていくのが分かった。同じ様に目の前でマリンの瞼がゆっくりと落ちていくのを見た。

 意識が遠のく。しっかりしないといけないのに。

「やっと男達から離れてくれて助かったぜ。しかも二人同時にってついてる。ヒヒヒ」
 私の後ろで抱きしめる男の声が聞こえる。それから私の後ろの首筋に顔を埋めて香りを嗅ぐ。

 止めて気持ちが悪い! ザック以外の男性に、しかも敵になる奴隷商人に触れられて震え上がる。

「ああ~思った通りのいい匂いだ。堪らない。楽しみだ。コルト先を急ごう」
 私の首の後ろで男が舌なめずりをしたのが分かった。マリンを拘束している男に声をかけた。

「おいおいバッチ。そんなに興奮するなよ。だけど分かるわ。この二人は上玉だぜ」
 そう言ってマリンを拘束しているコルトと呼ばれた男も、マリンの首筋を嗅いで舐めあげていた。

 ザック! 怖いよ。お願い助けて。

 そう心で強く呟き、とうとう私は意識が無くなった。
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