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140 新 オベントウ大作戦 その6
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ウツさんの店でノアが言っていた通り、次の週からのオベントウ販売は海が近くの砂浜ではなく、お城が見える大きな広場、つまり山側になった。
広場の中央には大きな円形の泉があり、真ん中には三段重ねの噴水があった。泉は澄んでいて薔薇の花びらが浮かんでいる。さらに噴水は陽を浴びて虹が出来ているの。
行き交う人々はもちろんファルの町の住人が多いが、海近くの雑多な裏町と言うよりも少し上流の住宅地と言った印象だった。
「広場の奥に行くと、城の入り口と軍施設や軍学校があるんだ」
白い大きな城を指差してシンが説明をしてくれた。
「お城の塔。円柱部分の屋根が青い色だね」
私は太陽の眩しさに両手で目の周りを覆いながら城を見上げる。
高い城壁に囲まれている構造で、いくつか塔が見える。その内中央の塔が一番太くて大きい。それぞれ円錐状の屋根でその屋根の部分が濃い青色をしていた。
「ファルの町の色さ。海と空の色を表現しているんだ」
「なるほどね。その割には軍人の制服は白いシャツが主流みたいだね」
「普段はな白シャツが多いんだ。でも正装の時は海と同じ青色の制服になるんだ」
「そうなんだ」
正装があるとは初耳だ。
得意気に説明をしてくれるシンと向かい合う。するとシンは両腕を組んで鼻を高くして説明をはじめた。
「正装は凄く格好いいんだぜ。いつものシャツが青い色をしていてさ、冬にはコートもあるけど、俺は夏の正装が格好いいと思うな。肩と胸元にはファルの町と部隊の刺繍があってさ。女の子達の視線は釘付けだし。もうモテてモテて仕方な──」
「シン」
シンが鼻息も荒く説明したところでミラの低い声が響いた。
「──という事で、ザック隊長とノア隊長なんてその中でもずば抜けて格好いいんだぜ。モテモテでさきっとナツミも惚れ惚れするぜ」
シンは言いかけた言葉をゴクンと飲み込んでから、ザックとノアがモテる話にすり替える。
しかし時既に遅くシンの真後ろに立ったミラがシンの耳を摘まむと露店の方に引っ張って行く。
「すぐ調子に乗るんだから。シンは早く露店を組み立てて。ダンさん一人にやらせるなんて駄目でしょ」
「痛いミラ。痛いから」
そう言いながら耳朶を引っ張られてシンとミラが去って行った。
「すっかりシンの隣にいる事が自然になったわよねミラも」
シンとミラが去った後、マリンが私に近づいてきてポンと肩を叩いた。
「本当だよね。なんだか長年連れ添った夫婦みたい」
私がそう答えるとマリンが片手を口元に添えてクスクスと笑った。
「ミラとシンは元々幼なじみなのもあって余計にそう見えるわね」
マリンと改めて顔をつきあわせて微笑んだ後、私は改めて辺りを見回す。
広い広場には老若男女、人種は様々な人々が行き交っている。広場という事もあり馬車や馬を引いている人、私達と同じ様な露店もいくつかある。装飾品を売る人に、とれたて野菜を売る人達等々のどかなものだ。泉の畔では涼を求めて座っている人がいるが、皆比較的服装が綺麗な雰囲気が落ち着いた人が多い。
「海辺と違ってこの辺りは落ち着いている人が多いね」
当たり前だが水着姿でオベントウを売ろうとしている私達が悪目立ちしそうなぐらいだ。
町の事情に詳しいミラやトニの提案で露出は抑えた水着を今日は着る事になった。皆パレオを首から巻いてワンピースにしたり、腰に巻いたりして露出を少し抑える様にしている。
先週の浜辺でいた時と同じぐらいの露出だとこの辺りの町の住人は引いてしまうかもしれないわね。よかったパレオを巻いておいて。私は首元から巻いている布に触れて安堵の溜め息をついた。
「落ち着いた人が多いのは、お城や軍施設の側って言う事もあるけれども、山側になればなるほど富裕層が増えてくるからかもしれないわね。広場を抜ける路地を一つ入れば裏町と接しているけれども。この周辺の建物はしっかりしていて雰囲気が違うのよ」
「なるほど。お金持ちが増えるのね」
富裕層という言葉をお金持ちと言い換えた私にマリンは苦笑いをした。彼女の小さな顔の横でスティック状のシルバーピアスが光っていた。
「確かにそうだけど。お金を持っている北の国から来ている貴族役人はお城の横にある森沿いに大きな屋敷を持っている場合が多いわ。ほら広場の奥の方に道が見えるでしょ? あの薔薇のアーチをくぐり抜けると大きな屋敷が沢山ある道に出るのよ」
「ふぅん」
そう言えばノアが奴隷商人の隠れ家を見つけたと言っていた、貴族役人であるエックハルトの屋敷もその辺りにある。
エックハルトの屋敷で行われている、少女達との倒錯的な行為についてノアを通じて聞いている。その話を思い出し、思わず私は自分の体を両手で抱きしめて身震いをした。
早く助け出さないと彼女達も危険だ。しかし既に助かる可能性は少なくなっているのかもしれない。
「ナツミ?」
突然黙り込んでしまった私に、マリンが首を傾げて顔を覗き込んで来た。海の底に似たブルーの瞳が心配そうに揺れた。
「ごめんごめん。海が近くにないと調子でないなぁって」
私はマリンに気取られない様に片手を振って笑って見せた。
「そうね流石にそこの泉で泳ぐのは難しいものね」
私の視線が泉に自然と移っていたので、泉に入ろうとしているのだと勘違いした様だ。
「流石に広いとはいえ、この広場の泉で泳ぐのは無理だよ」
ここ最近ずっと海で伸び伸びと泳いでいたので、海に入れないのは残念だ。しかしこんな上品な薔薇の花びらが浮いている泉で泳ごうとは思わない。
そもそも泉は深くはなさそうだ。中央にある三段重ねの噴水辺りでも腰の辺りまでの深さしかない。それにどんなに暑くても涼を側で取る人達ばかりで、当然泉の中まで入っている人はいなかった。
「でも足をつけるぐらいならいいんじゃないのかしら?」
何故か水につかる事に率先的なマリンが私を引き連れて一歩を踏み出そうとした。しかし後ろから大きな手で肩を掴まれて引き戻された。
「こらマリン。それはいくら何でも頭がおかしくなったと思われるぞ。止めておけ」
一つ頭飛び出た長身のノアがマリンの肩を掴んで引き寄せていた。白い肌に白いシャツが眩しく輝いている。ファルの町の明るい日差しを浴びてプラチナブロンドがきらきらと輝いていた。アイスブルーの瞳が呆れた様に笑っていた。
「えっ頭がおかしいなんてそれは困るわ」
そう言ってマリンは大人しくなってノアに振り返る。それから上を向いてノアと視線を合わせるとクスクスと微笑んだ。白い頬はうっすらと染まってまるでピンク色の薔薇の様だった。
シンとミラの事を長年の夫婦だと表現したけれども、ノアとマリンはしっとりとした恋人ね。見つめ合うだけで絵画を切りとった様だ。それぐらい美男美女の二人。そんな二人を遠目で見ていた町の人々が惚れ惚れする溜め息をついたのを私は聞いた。
同じくうっとり見つめていた私の肩にも大きなゴツゴツした手がポンと乗った。
「ほらナツミもオベントウ売りの準備を手伝ってくれよ」
ゴツゴツした手の持ち主はザックだった。ザックも白いシャツを胸の真ん中辺りまでボタンを外し、日焼けした浅黒い肌を覗かせている。盛り上がった大胸筋と鎖骨の窪みに魅入りながら視線をゆっくり上げると、長い髪の毛の向こうからグリーンの瞳が優しく弧を描いていた。
「うん。分かった。頑張って売らないとね」
元気よく答えるとザックは私の腰を抱き寄せて準備している露店へと歩き出す。ザックが好んでつけているベルガモットの香水が漂ってきてほっと安心する。
ザックとノアが歩くと石畳にブーツの踵が当たっていい音がする。それと腰からぶら下げている剣がカチャカチャと音を立てた。
「やっぱりお城の近くだからザック達は水着じゃないの?」
私は歩きながらザックの腰に手を回す。ザックの筋肉で覆われた反対側の腰に手を回すと改めてザックの体が大きい事を知る。私の腕にザックの洗い立てのシャツが掠めた。
「そうさ。海が近いと水着姿でもいいけれども城や軍の施設近くで水着ってのもな。泳ぐ場所がないし」
ザックが自分の顎の部分を摩り空を見ながら呟いていた。
「それなら私達も水着になる必要はなかったと思うんだけど。ワンピースとかでよくない?」
売り子になる私、マリン、ミラといった踊り子達。つまり男性以外は皆露出は控え目なのだが水着姿だった。販売に協力してくれている『ゴッツの店』の踊り子であるトニもリンダも水着姿だ。
「それは集客の為にはずせないだろ」
ザックは水着を否定した私に口を尖らせる。
「それはそうだけど。だったらザック達だって水着姿でもよかったと思うのに。それに」
帯刀するなんて何だか不安だ。
何故か言葉にする事がはばかられグッと飲み込む。そして私はザックの腰からぶら下げた剣を見つめて、私はすぐに視線を逸らした。
「……」
ザックはそんな私の様子を見ていたのかいなかったのかは定かではないが無言になった。それから何も言わずに私の腰に回していた手に優しく力を込めた。ザック側に引き寄せられて私は歩きながら、ザックの硬い胸に頭をもたれかけた。
ノアがウツさんの店で海側から城側でオベントウを販売すると言った時から、私の中で疑問が広がった。
もちろん私達の話題は上っているけれどもそれは裏町側だし。話題に上れば十分奴隷商人をおびき出せるはず。今の所奴隷商人に動きがないなら、尚更今まで通り浜辺で販売し続ける方が話題が広がるのではないだろうか。
ノアの言い様では売り上げを上げる為って言っていたけれども、別にオベントウ販売は売り上げ中心の話ではないのに。今日から城側でのオベントウ販売なのだが、ザック達が軍人の服装に戻った事も更に疑問だった。
だけれどこの事を疑問に思っているのは私一人だけだった。
ジルさんやダンさん、そして一緒に販売している踊り子達も、城や軍の施設の側では当たり前の事だからと言って、誰からも疑問の声は上がらなかった。
いずれにしても販売の場所を変えるのは時期尚早の様な気がする。それが私の心の中で漠然とした疑問が不安に変わる。不安と言っても白いシャツに少しだけ染みがついた程度なのだが。
そんな事を考えている間私はずっと無言だった。ザックも同じ様に無言で何も言ってくれなかった。私の様子をうかがっているのが分かるが、彼の口から何か言葉を聞く事は出来なかった。
だから私は話題を変える事にした。
「そう言えば随分とエッバやソルを見かけてないけれども元気かなぁ」
二人共『ゴッツの店』で顔を合わせたがの最後だ。エッバもソルもあんなにおにぎりに興味があった様子なのに露店には姿を現さない。
ザックが私の言葉にピクリと反応する。すると組み立て中の露店の側で立ち止まり私の頭を撫でてくれた。しかし無言のままだった。
「ザックはエッバとソルに最近会った?」
もしかしてザックはなにか知っているのかも。二人が来てくれない理由を。
そう思ってザックを見上げる。エッバとソルにあえない私の顔が情けなかったのか、ザックは優しく笑って今度は頬を撫でてくれた。
「……そうだなその内、二人に会いに行ってみるか」
「やったぁ! 露店を閉めた後一緒に行こうね。じゃぁ頑張ってお店の準備をしようかな」
私はザックの言葉に笑顔で答えてニコとシンが組み立てる露店の手伝いをはじめた。
私の後ろで、ザックとノアが無言で視線を合わせ事に気がついていたけれども追求する事は出来なかった。
どうしてザックは質問に答えてくれなかったのだろう。
だって私は「最近会った?」と聞いたのに。
「会った」とも「会ってない」とも言ってくれなかったのは何か理由があるのだろうか。
私は広がりつつある不安を振り切る為に用意をはじめた。
広場の中央には大きな円形の泉があり、真ん中には三段重ねの噴水があった。泉は澄んでいて薔薇の花びらが浮かんでいる。さらに噴水は陽を浴びて虹が出来ているの。
行き交う人々はもちろんファルの町の住人が多いが、海近くの雑多な裏町と言うよりも少し上流の住宅地と言った印象だった。
「広場の奥に行くと、城の入り口と軍施設や軍学校があるんだ」
白い大きな城を指差してシンが説明をしてくれた。
「お城の塔。円柱部分の屋根が青い色だね」
私は太陽の眩しさに両手で目の周りを覆いながら城を見上げる。
高い城壁に囲まれている構造で、いくつか塔が見える。その内中央の塔が一番太くて大きい。それぞれ円錐状の屋根でその屋根の部分が濃い青色をしていた。
「ファルの町の色さ。海と空の色を表現しているんだ」
「なるほどね。その割には軍人の制服は白いシャツが主流みたいだね」
「普段はな白シャツが多いんだ。でも正装の時は海と同じ青色の制服になるんだ」
「そうなんだ」
正装があるとは初耳だ。
得意気に説明をしてくれるシンと向かい合う。するとシンは両腕を組んで鼻を高くして説明をはじめた。
「正装は凄く格好いいんだぜ。いつものシャツが青い色をしていてさ、冬にはコートもあるけど、俺は夏の正装が格好いいと思うな。肩と胸元にはファルの町と部隊の刺繍があってさ。女の子達の視線は釘付けだし。もうモテてモテて仕方な──」
「シン」
シンが鼻息も荒く説明したところでミラの低い声が響いた。
「──という事で、ザック隊長とノア隊長なんてその中でもずば抜けて格好いいんだぜ。モテモテでさきっとナツミも惚れ惚れするぜ」
シンは言いかけた言葉をゴクンと飲み込んでから、ザックとノアがモテる話にすり替える。
しかし時既に遅くシンの真後ろに立ったミラがシンの耳を摘まむと露店の方に引っ張って行く。
「すぐ調子に乗るんだから。シンは早く露店を組み立てて。ダンさん一人にやらせるなんて駄目でしょ」
「痛いミラ。痛いから」
そう言いながら耳朶を引っ張られてシンとミラが去って行った。
「すっかりシンの隣にいる事が自然になったわよねミラも」
シンとミラが去った後、マリンが私に近づいてきてポンと肩を叩いた。
「本当だよね。なんだか長年連れ添った夫婦みたい」
私がそう答えるとマリンが片手を口元に添えてクスクスと笑った。
「ミラとシンは元々幼なじみなのもあって余計にそう見えるわね」
マリンと改めて顔をつきあわせて微笑んだ後、私は改めて辺りを見回す。
広い広場には老若男女、人種は様々な人々が行き交っている。広場という事もあり馬車や馬を引いている人、私達と同じ様な露店もいくつかある。装飾品を売る人に、とれたて野菜を売る人達等々のどかなものだ。泉の畔では涼を求めて座っている人がいるが、皆比較的服装が綺麗な雰囲気が落ち着いた人が多い。
「海辺と違ってこの辺りは落ち着いている人が多いね」
当たり前だが水着姿でオベントウを売ろうとしている私達が悪目立ちしそうなぐらいだ。
町の事情に詳しいミラやトニの提案で露出は抑えた水着を今日は着る事になった。皆パレオを首から巻いてワンピースにしたり、腰に巻いたりして露出を少し抑える様にしている。
先週の浜辺でいた時と同じぐらいの露出だとこの辺りの町の住人は引いてしまうかもしれないわね。よかったパレオを巻いておいて。私は首元から巻いている布に触れて安堵の溜め息をついた。
「落ち着いた人が多いのは、お城や軍施設の側って言う事もあるけれども、山側になればなるほど富裕層が増えてくるからかもしれないわね。広場を抜ける路地を一つ入れば裏町と接しているけれども。この周辺の建物はしっかりしていて雰囲気が違うのよ」
「なるほど。お金持ちが増えるのね」
富裕層という言葉をお金持ちと言い換えた私にマリンは苦笑いをした。彼女の小さな顔の横でスティック状のシルバーピアスが光っていた。
「確かにそうだけど。お金を持っている北の国から来ている貴族役人はお城の横にある森沿いに大きな屋敷を持っている場合が多いわ。ほら広場の奥の方に道が見えるでしょ? あの薔薇のアーチをくぐり抜けると大きな屋敷が沢山ある道に出るのよ」
「ふぅん」
そう言えばノアが奴隷商人の隠れ家を見つけたと言っていた、貴族役人であるエックハルトの屋敷もその辺りにある。
エックハルトの屋敷で行われている、少女達との倒錯的な行為についてノアを通じて聞いている。その話を思い出し、思わず私は自分の体を両手で抱きしめて身震いをした。
早く助け出さないと彼女達も危険だ。しかし既に助かる可能性は少なくなっているのかもしれない。
「ナツミ?」
突然黙り込んでしまった私に、マリンが首を傾げて顔を覗き込んで来た。海の底に似たブルーの瞳が心配そうに揺れた。
「ごめんごめん。海が近くにないと調子でないなぁって」
私はマリンに気取られない様に片手を振って笑って見せた。
「そうね流石にそこの泉で泳ぐのは難しいものね」
私の視線が泉に自然と移っていたので、泉に入ろうとしているのだと勘違いした様だ。
「流石に広いとはいえ、この広場の泉で泳ぐのは無理だよ」
ここ最近ずっと海で伸び伸びと泳いでいたので、海に入れないのは残念だ。しかしこんな上品な薔薇の花びらが浮いている泉で泳ごうとは思わない。
そもそも泉は深くはなさそうだ。中央にある三段重ねの噴水辺りでも腰の辺りまでの深さしかない。それにどんなに暑くても涼を側で取る人達ばかりで、当然泉の中まで入っている人はいなかった。
「でも足をつけるぐらいならいいんじゃないのかしら?」
何故か水につかる事に率先的なマリンが私を引き連れて一歩を踏み出そうとした。しかし後ろから大きな手で肩を掴まれて引き戻された。
「こらマリン。それはいくら何でも頭がおかしくなったと思われるぞ。止めておけ」
一つ頭飛び出た長身のノアがマリンの肩を掴んで引き寄せていた。白い肌に白いシャツが眩しく輝いている。ファルの町の明るい日差しを浴びてプラチナブロンドがきらきらと輝いていた。アイスブルーの瞳が呆れた様に笑っていた。
「えっ頭がおかしいなんてそれは困るわ」
そう言ってマリンは大人しくなってノアに振り返る。それから上を向いてノアと視線を合わせるとクスクスと微笑んだ。白い頬はうっすらと染まってまるでピンク色の薔薇の様だった。
シンとミラの事を長年の夫婦だと表現したけれども、ノアとマリンはしっとりとした恋人ね。見つめ合うだけで絵画を切りとった様だ。それぐらい美男美女の二人。そんな二人を遠目で見ていた町の人々が惚れ惚れする溜め息をついたのを私は聞いた。
同じくうっとり見つめていた私の肩にも大きなゴツゴツした手がポンと乗った。
「ほらナツミもオベントウ売りの準備を手伝ってくれよ」
ゴツゴツした手の持ち主はザックだった。ザックも白いシャツを胸の真ん中辺りまでボタンを外し、日焼けした浅黒い肌を覗かせている。盛り上がった大胸筋と鎖骨の窪みに魅入りながら視線をゆっくり上げると、長い髪の毛の向こうからグリーンの瞳が優しく弧を描いていた。
「うん。分かった。頑張って売らないとね」
元気よく答えるとザックは私の腰を抱き寄せて準備している露店へと歩き出す。ザックが好んでつけているベルガモットの香水が漂ってきてほっと安心する。
ザックとノアが歩くと石畳にブーツの踵が当たっていい音がする。それと腰からぶら下げている剣がカチャカチャと音を立てた。
「やっぱりお城の近くだからザック達は水着じゃないの?」
私は歩きながらザックの腰に手を回す。ザックの筋肉で覆われた反対側の腰に手を回すと改めてザックの体が大きい事を知る。私の腕にザックの洗い立てのシャツが掠めた。
「そうさ。海が近いと水着姿でもいいけれども城や軍の施設近くで水着ってのもな。泳ぐ場所がないし」
ザックが自分の顎の部分を摩り空を見ながら呟いていた。
「それなら私達も水着になる必要はなかったと思うんだけど。ワンピースとかでよくない?」
売り子になる私、マリン、ミラといった踊り子達。つまり男性以外は皆露出は控え目なのだが水着姿だった。販売に協力してくれている『ゴッツの店』の踊り子であるトニもリンダも水着姿だ。
「それは集客の為にはずせないだろ」
ザックは水着を否定した私に口を尖らせる。
「それはそうだけど。だったらザック達だって水着姿でもよかったと思うのに。それに」
帯刀するなんて何だか不安だ。
何故か言葉にする事がはばかられグッと飲み込む。そして私はザックの腰からぶら下げた剣を見つめて、私はすぐに視線を逸らした。
「……」
ザックはそんな私の様子を見ていたのかいなかったのかは定かではないが無言になった。それから何も言わずに私の腰に回していた手に優しく力を込めた。ザック側に引き寄せられて私は歩きながら、ザックの硬い胸に頭をもたれかけた。
ノアがウツさんの店で海側から城側でオベントウを販売すると言った時から、私の中で疑問が広がった。
もちろん私達の話題は上っているけれどもそれは裏町側だし。話題に上れば十分奴隷商人をおびき出せるはず。今の所奴隷商人に動きがないなら、尚更今まで通り浜辺で販売し続ける方が話題が広がるのではないだろうか。
ノアの言い様では売り上げを上げる為って言っていたけれども、別にオベントウ販売は売り上げ中心の話ではないのに。今日から城側でのオベントウ販売なのだが、ザック達が軍人の服装に戻った事も更に疑問だった。
だけれどこの事を疑問に思っているのは私一人だけだった。
ジルさんやダンさん、そして一緒に販売している踊り子達も、城や軍の施設の側では当たり前の事だからと言って、誰からも疑問の声は上がらなかった。
いずれにしても販売の場所を変えるのは時期尚早の様な気がする。それが私の心の中で漠然とした疑問が不安に変わる。不安と言っても白いシャツに少しだけ染みがついた程度なのだが。
そんな事を考えている間私はずっと無言だった。ザックも同じ様に無言で何も言ってくれなかった。私の様子をうかがっているのが分かるが、彼の口から何か言葉を聞く事は出来なかった。
だから私は話題を変える事にした。
「そう言えば随分とエッバやソルを見かけてないけれども元気かなぁ」
二人共『ゴッツの店』で顔を合わせたがの最後だ。エッバもソルもあんなにおにぎりに興味があった様子なのに露店には姿を現さない。
ザックが私の言葉にピクリと反応する。すると組み立て中の露店の側で立ち止まり私の頭を撫でてくれた。しかし無言のままだった。
「ザックはエッバとソルに最近会った?」
もしかしてザックはなにか知っているのかも。二人が来てくれない理由を。
そう思ってザックを見上げる。エッバとソルにあえない私の顔が情けなかったのか、ザックは優しく笑って今度は頬を撫でてくれた。
「……そうだなその内、二人に会いに行ってみるか」
「やったぁ! 露店を閉めた後一緒に行こうね。じゃぁ頑張ってお店の準備をしようかな」
私はザックの言葉に笑顔で答えてニコとシンが組み立てる露店の手伝いをはじめた。
私の後ろで、ザックとノアが無言で視線を合わせ事に気がついていたけれども追求する事は出来なかった。
どうしてザックは質問に答えてくれなかったのだろう。
だって私は「最近会った?」と聞いたのに。
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