【R18】さよならシルバー

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<回想> 2月28日 幼なじみ

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「実はさ、怜央くんの練習相手、私の大学の友人なの」
「えっそうなんだ」
 私と怜央、ちゃんの三人は商店街に向かって歩く。怜央を挟んだ反対側の萌々香ちゃんが顔を私の方に向けて笑う。相変わらず可愛かった。

 幼なじみは男女含めて十人近くいる。私と怜央が一番年下で他は皆二歳から三歳年上だった。その中でも飛び抜けて可愛いのは萌々香ちゃんだった。小学校低学年の時には、皆でよく近くの公園で日が暮れるまで遊んだ。

 でも年齢が高くなるにつれて一人、又一人、と抜ける様になっていった。大学生や高校生になった今では皆が揃うのは長い休みぐらいだった。

 萌々香ちゃんと同じ年のちゃんとかまいちゃんは、商店街にあるスーパーで会う。二人共、萌々香ちゃんとは違う大学に進んだが、大学のサークルの話を聞く事が主で幼なじみの話はしなくなった。

 萌々香ちゃんも新しい大学の友人に囲まれているのだろう。しかしその大学の友人が怜央のバレーボールの練習相手なんて世間も結構狭いものだ。

「大学の大会で活躍している人なんだ。練習出来て良かった」
 怜央の声が弾んでいるのが分かった。
「ふーん」
「何だよそのどうでも良さそうな反応は」
「そういうわけではないけれども」
 活躍をしている怜央が自ら会いに行くぐらいだ。実力を持つ人なのだろう。大学生で年上を相手にする怜央は凄いとしか言い様がない。

 私はうつむき自分の足下を見つめる。

(怜央に比べて私なんて)

 病院で告げられた状況について思い出し、それ以上会話に参加する気がなくなってしまった。

 無言で歩く私をよそに怜央と萌々香ちゃんがその噂の大学生についてどんな人物なのか話を弾ませていた。二人の会話はまるで違う国の言葉の様で、私は聞いていなかった。

 私達恋人だよね? 怜央に相談した方が良いのかな。右膝の事。でも相談してどうなるの。怪我は選手にはつきものだけれど、一流選手はそれを乗り越えていくものだ。一流選手という枠に入りつつある怜央に話をして、心配はかけたくないし。

 そこで私は思わず息を飲み込んだ。

(心配? 怜央は心配してくれるだろうか)

 何故そんな事を思ったのかは説明出来ないけれども。直感的にそんな事を思ってしまった。黒いモヤモヤした人物が私の心の中で囁く。

『今だって悩んでいる私に怜央は何も気がつかない。気がつかない駄目な怜央。ほったらかしで萌々香ちゃんと話しているのは、どうかしているわ』

 そんな言葉で囁かれ私は下唇を噛んだ。

(何を考えているの。それでは「察してちゃん」じゃない。何も言わないで私の事が分かるはずない。怪我の事も自分だって寝耳に水なんだから)

 怜央からしたら私の今の様子なんて、気がつくはずがない。もし気がついてくれるなら、それは小説か漫画のヒーローだ。

 黒いモヤモヤした人物は私の心の声を聞いたら、鼻で笑いながら私の心の中に消えていった。
 
 ああ、何だか嫌な気分だ。隣で話す萌々香ちゃんの高い声と、まとわりつく様な話し方にイライラしてくる。何を話しているか分かっていないのに、何故今日に限ってイラつくのだろう。

 途端に、怜央が自分の荷物が入ったリュックを肩にかけ直した。かなり重たいのか大きな音がする。私はその音にハッとなって思わず怜央を見上げた。

 怜央は顔を真っ直ぐにしたまま、私にだけに視線を送っていた。怜央と視線が合って驚き、目を丸めてしまう。すると怜央がすっと視線を前に戻して、ポケットに入れていた手を出すと、私の右手を握りしめた。

 温かい大きな手に私は驚いて両肩を上げる。

 怜央の手は凄く大きくてゴツゴツとしていた。手のひらは柔らかくて肉厚だ。強くもなく緩くもない優しい包み込む感触に私は頬を染めてしまった。

(もしかして私の様子が違う事に気がついてくれた?)
 等と、小説や漫画のヒロイン気取りになり、都合の良い事を考えてしまう。あっという間に、心の中の黒いモヤモヤが消えていく。

 手を繋がれてからも少しの間、怜央と萌々香ちゃんは会話を続けていた。商店街のアーケードが見えた時だった。
 怜央が反対側の手で持っていたエコバッグを突然、萌々香ちゃんが握りしめる。
「ごめんね怜央くん。重たいのに持ってもらって。もう大丈夫だから。商店街も、そこだし、って。あれ?」
 萌々香ちゃんの買い物袋であるエコバッグを怜央がずっと持っていた様だ。きっと帰り道、萌々香ちゃんが買い物をしたのだろう。

 萌々香ちゃんは怜央の前に回り込むと花柄のエコバッグを引っ張りつつ、怜央の手を上からぎゅっと握りしめていた。しかし前に回り込んだ事で、怜央と私が手を繋いでいるのを見つけて、丸い目を更に丸めた。

 それから何度も怜央と私を行ったり来たり見つめる。
「えっ、手を繋ぐって。もしかして、二人は付き合っているの?!」
「あっ、えっと」
 私は思わず言い淀む。こっそり手を繋いでいた事がバレて次に続く言葉が見当たらない。

 そういえば萌々香ちゃんと会うのは久ぶりだ。当然先月から付き合いだした事なんて知らないだろう。それに、私と怜央がそんな付き合う様な素振りは一度も幼なじみの中でも見せた事はなかったし。私が怜央の事を好きだと言うのもひた隠しにしていたし。……多分気がついていなかっただろう。

 言い淀み頬が赤くなる私を、萌々香ちゃんはじっと見つめる。ぽってりとした口を真一文字に結ぶが、明らかにニヤニヤしたいのを我慢している様だ。

 絶対からかわれる。そう思い私は慌てて怜央の手を振り払おうとしたが、怜央が離さないと言わんばかりに強く手を握りしめた。

「ああ。今月から付き合う事にした」
 怜央があっさり頷く。男らしくはっきりと話す姿に見惚れる。

 うわぁ~何だか幼なじみに報告するの凄く恥ずかしい!!!

 私はうつむいて変な汗をかいてしまう。なのに怜央は何処吹く風で萌々香ちゃんに報告する。

 怜央の発言を聞くなり、萌々香ちゃんがエコバッグと怜央の手から両手を離して万歳をした。

「えぇえ~! そんな報告どうして早くしてくれなかったのよ。幼なじみから発展した恋人なんて今まで誰もいなかったのにぃ~このっ、このっ!」
 萌々香ちゃんは大きな声を上げる。でも話し方は少し舌っ足らずな可愛い声だ。

 周りの人が振り返り私はますます恥ずかしくてうつむく。
「声でけぇよ」
 怜央が淡々としていて、全く動じない。

 怜央ってこんなに堂々とする様になったのだ。凄い頼もしい。そんな事を傍らで考えていた。

 萌々香ちゃんはバシバシ私と怜央を叩いて喜んでくれた。

「はぁ~もうお姉さんとしてはずっと気になっていたのよ。だって明日香ちゃんは絶対怜央くんの事好きだったでしょぉ~よかったぁ。もう安心よ」
「えっ」
 そんな事を萌々香ちゃんに言われて私はうつむいていた顔を上げて萌々香ちゃんを見つめる。

「わっ、わた、私が怜央の事好きって」
 何で分かるの。絶対分からないと思っていたのに。まるで怜央に指摘された時と同じ様になってしまった。本人にもバレているし、萌々香ちゃん幼なじみ仲間にもバレている私って一体何?!

 私の慌てぶりに隣で怜央が小さく吹き出していた。
「もうっ。何で笑うの」
「ははっ。だってただでさえ顔が赤いのに、更に赤くなるから」
 怜央はそう言って優しく笑った。湯気が出そうな私の顔を見つめて一重の瞳を細めた。そんな余裕な顔をするぐらい怜央は大人になっていた。

 焦る私と冷静な怜央をよそに、萌々香ちゃんは得意げに両腕を組んだ。
「私はちゃんと分かっていたわよぉ。明日香ちゃんが怜央くんの事ずっと目で追っていたの。それに怜央くんもさ明日香ちゃんの事を大事にしていたの知っていたし。これは、今からお祝いしなきゃね」
 そう言って萌々香ちゃんはにっこり笑ってその場でぴょんと飛び跳ねた。

 私は幼なじみの萌々香ちゃんが感激してくれる事がうれしくて右膝の事を忘れてしまうぐらいだった。



 ◇◆◇

「あっ涼しい」
 クーラーの効いた病院受付。たくさんの人が行き交っているが皆予約をしているのでそんなに混雑もしていない。

 すれ違うツインテールの女の子が隣のお母さんの服を引っ張っていた。
 
「ねぇお母さんお菓子買ってもいい?」
 小学校低学年ぐらいだろうか。病院内のコンビニエンスストアを指さした。舌っ足らずの話し方は萌々香ちゃんを彷彿させる。

 ──幼なじみから発展した恋人は今まで誰もいなかったのに──

 確かに萌々香ちゃんの言う通りだ。幼なじみ仲間は皆仲良かったし、疎遠になってもそれなりに繋がりがあったから誰も付き合わない事に疑問を感じなかった。どうして付き合う事に発展しなかったのか。もう少し周りを見ていれば気がついたのかもしれないのに。

 私は診察券を出しながら溜め息をついた。
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