【R18】さよならシルバー

成子

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019 7月24日 自宅にて 夜

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「ふぅ」
 お風呂に入り自分の部屋のベッドに座る。
 クーラーの効いた部屋はほどよい温度になっていて、お湯につかったからだがゆっくりと落ち着いていく。

 ベッドサイドに置いてあったスマホを手に取ると七緖くんからメッセージが届いた。

 <カレーの出前頼まれたん。博、金曜の夜も働かせるつもりや (>_<) >
 見ると片手に岡持を持った七緖くんが自撮りをしていた。相変わらず前髪が長い。視線はおそらくレンズなのだろうけれども、琥珀色をした左目が髪の毛の隙間から見えているだけだった。

「ふふ。ラーメン屋さんが持つやつみたい」
 漫画でしか見た事ないけれどもシルバーの箱に取っ手がついた入れ物を岡持と言うらしい。その中にラーメンや餃子などを入れて運ぶそうだ。喫茶店「銀河」ではコーヒーとカレーしか販売していないから、中に入っているのはカレーかな。

 七緖くんは制服姿でも、下駄を履いている訳でもなかった。黒いズボンにギャルソンエプロン白いシャツに黒いベスト。シャツの袖は腕まくりしていた。

(身長も高いし細身だから何を着ても似合うね。猫背だけれど。凄く似合っている。これで髪を上げてあの綺麗な琥珀色の瞳を見せたら高校生には見えないかも。そうだ、バーテンダーの格好みたい)
 バーテンダーだなんて。お酒を飲む場所には行った事もないくせに、雑誌やテレビで見た知識を総動員させて何に似ているかを考える。

 私は七緖くんに返信をする。

 <凄く似合っているよ。お仕事頑張ってね。私も明日から銀河のバイトだね。分からない事があったら教えてね(^o^)>

 するとメッセージがすぐに返ってきた。

 <うん。夜の出前は止めといた方がええ。歓楽街に入ると変な人に絡まれるから苦手や(>_<)>

「え。歓楽街?」
 もしかして──近くの歓楽街のお店に出前を頼まれたのかな? そう尋ねてみると、派手なお姉さん達と一緒に撮った写真が返ってきた。

 <博もひどい。高校生にこんな場所に出前って。毎回毎回嫌になる~>
 出前の届け先だろう。派手なお姉さんはよく見ると、ひげの生えたお姉さんだ。そのお姉さんが七緖くんの四方八方を囲んでいる写真が一枚送られてくる。

(うん。これは大分問題がある様な……そのうち補導とかされないかな)
 毎回毎回と言う事は、以前から出前は頼まれていたって事かな。

「あ……補導?」
 そこで私は七緖くんの噂話を思い出した。

 歓楽街で派手な女性と歩いている──

 もしかして、カレーの出前の時の姿を見られてそんな噂話になったのかも! どう考えても七緖くんは不良とはほど遠い。そう考えると何だかつじつまが合う様な気がしてきた。

「でもそれを否定しないのって何か──」
 七緖くんらしいと言うか。マイペースと言うか。きっと、人の噂だけを信じたり、左右されたりしないのだろう。

 <大変だね。気をつけてね>
 私はご愁傷様スタンプ(?)なるものを人生初めて送った後、今日の出来事についてお礼のメールを送ろうとしたが思わず手が止まる。

 <今日は話を聞いてくれてありがとう>
 そう文字を打ったけれどもすぐに私はメッセージを消した。

(やっぱりメッセージとかより向かい合って言った方がいいよね)


 そう思い私は今日の事を振り返った。



 ◇◆◇

 あれからテーブルにうつ伏せになって泣き続ける私の頭を無言で撫でてくれた七緖くん。特に何も言わず、何も聞かず。ようやく私が顔を上げると、ポケットティッシュを出してくれた。そして一言。


『……鼻水凄い事になってるで』
 確かに鼻水が垂れていたけれども。涙の事より鼻水が先って……まぁ、その後の私も。
『あい』
 鼻水が垂れすぎて「はい」と返事ができなかった。



 ◇◆◇

「ぷっふふ」
 私は思い出した七緖くんのやりとりに一人部屋で吹き出してしまった。おかしいったらない。確かに盛大に鼻水が垂れていたけれども。

 陸上でなかなか勝てない時でもあんなに大泣きした事はここ最近なかったのに。泣き始めたら全然止まらないし。ここ数ヶ月の苦しさが一気に解き放たれた様な気がした。

 それにしても、私と七緖くんの会話って。
「相変わらず変」

 メッセージアプリ内の七緖くんの名前を指でなぞる。

 七緖くんはあれから何も聞かずに一緒に教室にいてくれた。



 ◇◆◇
 
 長い足を組んで椅子に座り、頬杖をついて無言で教室を見つめていた。窓を開けているから風が入り七緖くんの長い前髪を撫でていく。前髪の間から見える琥珀色の瞳が、私をじっと見つめていた。

 その視線が優しくて温かくて、私は次第に心が落ち着いていった。

 それから、半時間ほど経った後、ぽつりと七緖くんが話し始めた。

「こっから移動するのめんどいし。このままこの場所でやってみよか?」
「うん……おなかすいていない?」
「うーん。僕はもう少し後でもええかな。巽さんは?」
「私も後でいいかな」
 散々泣いた後、水だけは飲みたくてペットボトルが空になったが食事をすぐにする気にはならない。

「ほな、ちょっと分からんのが何か教えて欲しいんやけど」
 そう言って、七緖くんはノートと教科書や参考書を開いて私の分からない内容を聞いてくれた。

 泣いていたことがなかった様に静かに勉強の話が始まる。

 勉強の事について、説明を聞いたり、聞き返したりを繰り返すとどうやら一部中学校受験辺りからやり直した方がよさそうなどの判断が七緖くんに下される。事前に元塾講師の博さんとも相談していてくれたそうだ。

「受験に向けては科目を絞った方がいいかもやけど。やり直して分からないところを重点的にして。ほんで」
 七緖くんはゆっくりと家庭教師的に勉強の話を進めていく。ノートや参考書、教科書をたくさん広げてひとまず方向性が決まる。

「うん。分かった。私もそうして欲しい。お願いします」
 私がぺこりと七緖くんに頭を下げる。少しして顔を上げると、七緖くんが頬杖をついた。

 向かい合った机の上、私と距離が近くなる。

 七緖くんの低いけれどもよく通る声がぽつりと響いた。

「ほんなら決まりや。目処もついたし、一休みしよか」
 それだけ呟くと薄いピンク色をした唇の口角を上げてフワリと笑った。

 風が再び入り込み、七緖くんの前髪を撫でる。ウエーブした前髪が横になびいて琥珀色の瞳が見えた。私をじっと見つめる。左目の涙袋にほくろが見える。

 何も言わないと言うよりも、言ってくれるのを待っている。そんな風に感じた。

 特に言っても、言わなくても七緖くんはそのままでいてくれる。何故かそんな気がしたのだ。

 それから、私は七緖くんにポツポツと話し始めた。

 怜央と付き合う事になった話から萌々香ちゃんとの関係が発覚した事。そして、怜央の事を思わず拒否してしまった事を──
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