【R18】さよならシルバー

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020 7月25日 アルバイト

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 喫茶店「銀河」でのアルバイトが始まった。朝九時に喫茶店を訪れると、簡単に清掃、準備を終える。営業はお昼からだから、そこから二時間、ひろし伯父さんと七緖くんと一緒に顔をつきあわせて喫茶店内で勉強会が始まる。

 当然七緖くんの質問は高度すぎて博さんと何を話しているのか分からない。

 私は七緖くんに平日教えてもらったところを中心に、分からなければ博さんに尋ねたりして勉強を進める事になった。七緖くんと私の集中力はすさまじく、午前中の二時間などあっという間だ。特に七緖くんは、次から次へと問題を解いていく。恐ろしく長い数式を書いて問題を埋めていく。



 ◇◆◇

 先日、塾の話がなくなり紹介してくれた紗理奈に報告をしたが、七緖くんに勉強を教わる事になると話をしたら驚いていた。メッセージを送ったのに速攻電話を掛けてきた。

『えっホントに? 凄いじゃない。七緖って凄く教えるの上手いのよ。絶対塾に通うよりいいと思う!』
 紗理奈曰く、分からないところをいつも彼氏の力也くんと一緒に七緖くんに尋ねる事があるらしい。その時の教え方と言ったら驚くほど分かりやすいのだとか。

 でも、七緖くんは英数科のクラス内でもライバル視され、見た目や噂の事で敬遠されているそうで、話しかける紗理奈達が猛者の様に扱われているとか。
 特に不良らしいという部分で付き合うと皆内申が下がるとかそんな事を気にしているとか。

(全然そんな事ないのに)

『今度四人で勉強会をしようね。力也にも声をかけておくから』
 英数科三人と、普通科へ転科の私の勉強会って成立しなさそうだ。

『塾、駄目になって一から探さなきゃって落ち込んでいると思ったけれども、声が元気そうで良かった。何か心境の変化でもあった? アルバイトの話も聞きたいし、今度お茶しようね』
 そう言って勢いよく紗理奈の電話が切れた。

(声が元気そうか。紗理奈は良く観察しているなぁ。私ぐらいかな鈍いのって)
 洗いざらい七緖くんに話を聞いてもらったら何だか心が軽くなった。もしかして私は誰かに聞いて欲しかったのかな。

 考える度に、苦しいばかりで否定と自分を卑下する事ばかりだったけれども。それだけじゃないよね。私はもう少し怜央との関係や萌々香ちゃんとの関係を深く考える様になりつつあった。



 ◇◆◇

 午前の勉強が終わり軽食を取ると、いよいよアルバイトは本番だ。私はフロアを任される。フロアと言っても狭く四人で座れるテーブルが三台。あとはカウンター席。そしてメニューはカレーとコーヒーだけだから苦労もさほどない。

 唯一苦労するのは微笑むという事だろうか。

「いらっしゃいませ」 ニコッ
「ありがとうございました」 ニコッ
「かしこまりました」 ニコッ

 この「ニコッ」がなかなか難しい。そもそもおかしくもないのに笑えない。

 ぎこちない笑い方に、七緖くんと博さんが吹き出す。

(ひどい。どうせ私は無表情の無冠の女王ですよ)

「口角だけでも上げたら良いよ。すると笑った様な声も出るし表情になるから」
 そう言って両方の口の端を上に上げる様に博さんに指導される。すると、何となく笑った様な顔ができあがる。

「ええんちゃう? 巽さん美人やし、微笑まれたらドキッとする思うよ」
 七緖くんが私の事を美人と呼んだ。

「えっ美人。本当に?」
 私が反応すると、七緖くんはうんうんと両腕を組んで頷いた。

「鼻水盛大に垂らすけれども、そういうのもええと思う」
「……鼻水垂らす美人って、何」
 どうか忘れてください。全く褒め言葉になっていなかった。

 私もアルバイトの時の服装は七緖くんと同じで黒いパンツにギャルソンエプロン、そして白いシャツだ。七緖くんとおそろいの姿だ。一人フロアを任されると七緖くんは博さんと一緒に厨房に入っていた。

「いいか? 駿。その前髪は厨房にいる時は上げておけ」
「えぇ~前が見えすぎると不安なんに」
「どういう理由だそれ。衛生的にさ髪の毛は垂らさないの。帽子を目深にかぶっておくか?」
「え~帽子も髪の毛上げるんも目が見えるやん。人と視線が合うの苦手なん。こっそり見ているぐらいが丁度ええのに」
「何だよそりゃ」
 そうして七緖くんの前髪が一つに縛られ、美しいおでこのラインと彫りの深い顔、琥珀色の瞳が広がった。

 まるで別人の様で、私はじっと七緖くんの顔を見上げる。

「何やのん。ほないに僕の顔見て」
 七緖くんは口をへの字にして綺麗な二重をまぶしそうに細めた。少し居心地が悪そうだ。

「あまり見ない瞳の色だなって思って」
「どうせ「外国の人みたい~」とか思うてるんやろ。日本人離れとか」
 視線を逸らしながら何だか珍しく嫌そうな顔をする。よほど瞳の色を見られるのが嫌だったのかな。

「外国の人? そうね、髪の色もそうだけれど」
「ほらほうや。おじいさんがノルウェー出身やし」
「へぇ~そうなんだ。道理で。ふふ」
 七緖くんの金髪に近い髪の毛の色、瞳の色の理由が分かり、私はにっこり笑った。

 学校で七緖くんの噂話が飛び交っている。関西弁を話す理由も、髪の毛が金髪気味な理由も。そして夜遅く歓楽街を派手な女性と歩いていた話も全部、私一人が正しい理由を知っていると思うと何だか嬉しくなった。

(嬉しいって、変な気持ち。私と七緖くんだけの秘密かな)

「何がおもろいん。どうせ「ハーフなんだぁ~」とか「クォーターなんだぁ~」とか、思うてるんとちゃうん?」
 珍しく七緖くんが低い声でぼそぼそ呟く。

「ううん。とても綺麗な瞳の色だなって思っていたの。だから、ちゃんと顔を見て話が出来て良かったなって」
 私が腰の後ろに手を回して下から七緖くんの顔を覗いて笑うと、七緖くんが目を大きく丸めた。

「ほんなけ?」
「うん。ほんなけ、だけど?」
「……」
「あれ。他に何か褒めた方が良かった? えっと「身長高くて格好いいけれど、頭を打って大変だね」とか?」
「鼻水のおかえしかい。お世辞はいらんよ?」
「どういたしまして」
 私と七緖くんは笑って話し合うとお互いの脇腹をつついてふざけ合った。

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