【R18】さよならシルバー

成子

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035 7月31日 夕方 怒りのコントロール

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 七緖くんは夕方から博さんのお店を手伝うのかバイトの時の服装だった。白いシャツに黒いベスト、細身の黒いズボンで歩く。ギャルソンエプロンをつけているから何処かの飲食店で働いている雰囲気はある。ただ残念な事に猫背だけが治っていなかった。

 そして私がプレゼントした猫のバンスクリップで前髪を留めたままだ。晒された七緖くんの顔はとても綺麗で思わず二度見する。道行く女性達がよく振り向く。

 私の前だけ前髪を上げてくれると言っていたからきっと外に出た今も上げてくれているのだろうが、こんなにも女性を振り向かせる事になるのは何だか複雑な気分だ。

 なのに当の本人はと言うと、
「なぁなぁあのケーキ何処で売っとるの?」
 七緖くんは例のチョコレートケーキがとても気に入った様でケーキの話ばかり振ってくる。

「ああ、あれはね」
 私はケーキを売っているお店や場所などを話して説明する。途中結局地図をスマホに送る羽目になり、自分の説明下手が嫌になった。

「お店の場所を説明するの苦手だわ」
 そう落胆すると七緖くんが笑いながら話した。
「えっ? こんなん簡単やん。商店街前のバス停をスーッと行って、一つ目の角をシュッと曲がって、ほれからトコトコ行ったら、今度は花屋の角を」
 七緖くんは長い手を真っ直ぐ伸ばして、角を曲がると説明した時文字通りシュッと曲げて見せる。でも右に曲がるのか左に曲がるのか分からない。ちなみにトコトコのくだりは指で小さく歩いて見せてくれた。
「それじゃぁ分からないでしょ」
「ええぇ~分かりやすいやん?」
 そんな無駄な会話をしているとあっという間にバス停に着いた。バス乗り場のシェルター下に入り込み、出来るだけ端に陣取った。七緖くんと少しでも長く話がしていたかったから。

(七緖くんとはポンポン会話出来るのになぁ。怜央や萌々香ちゃんとも元々はこういう会話していたはずなのに。何でなのかな?)

 不意に比べてしまうのは、きっと自分が変わりたいから。自分の考えや行動を振り返って、何がいけないのかを少しずつ変えていきたいからだろう。

「ねぇ」
「うん?」
「私さっき七緖くんにすぐに謝れたよね? 色々言い返せたよね」
「……うん。ほうやね凄い早かったし、ポンポン話しよったね」
 七緖くんは私が唐突に話を変えても、一呼吸置いてついてきてくれた。

「なのに、怜央とか萌々香ちゃんの前だと、目の前が真っ赤になると言うか真っ黒になると言うか」
「うん」
「固まって言い返せなくなる事が最近多くて」
 私は肩にかけたポーチのベルトを握りしめる。

(そうだ七緖くんの前だとかっこ悪くても『嫌だ』とか『辛い』とか言えるのに。怜央と萌々香ちゃんには出来ない)

 すると意外な事をポツリと七緖くんは話し始めた。

「多分、負の感情だからちゃう?」
「負?」
「うん。巽さんって雑誌でも無表情・無冠の女王なんて書かれとったけど、別にツーンとしたクールな女の子とは違うやん」
「うっ……確かに」
 そうなのだ。無表情は悔しさを押し殺したらそうなっただけなのだ。実はこっそり隠れて泣くタイプで、大抵悔しい事に歯ぎしりをする。つまりキー悔しい! って泣くタイプなのだ。

(さすがよく見ているなぁ七緖くん。紗理奈もそういうところあるけれど、更にもっと鋭いのが七緖くんだ。でも自分に降りかかる事だけ鈍いみたいだけれど)

「巽さんは本来、悔しがり屋で、ほう言うのを表面に出すんも許せなくて出来んのんちゃう? ほんなんもあって上手く喧嘩出来んだけなんと違うかな」
「上手く喧嘩出来ない……」
 七緖くんの言葉が嫌にストンと胸に納まる。

 言われてみればそうかもしれない。悔しさが勝ってしまって、わめきながら話をする自分しかイメージ出来ない。でもそんなのはみっともなくて嫌だ。そんな振る舞いをしたら、怜央や萌々香ちゃんの思うつぼって感じがするから。

「冷静に喧嘩したいんやったら、言葉を飲み込む前とか爆発しそうな前に、六秒数えてみるとええよ?」
 ポツリと七緖くんが私の耳元で囁いた。優しくて温かい滑舌が良い声に、心臓が跳ねる。
「六秒?」
 ゆっくりと顔を上げて七緖くんを見る。七緖くんは瞳を細めてから、大きな手で私の頭を撫でた。優しく撫でる手が心地よくて私はじっとしていた。

「これは別に緊張している時とか人に意見したい時でもええんやけど。とにかく胸の中で六秒数えたら、適当な言葉を口にしたらええ」
「適当?」
「うん。『何?』とか『ほれで?』とかでええ。ほしたらちょっとだけちょっどだけやけど考える時間ができるやん」
「考える時間……」
「攻撃的な言葉やのうて、冷静な言葉で喧嘩したいやん? 冷静な言葉が出てくるはずや。ま、ほれでもなーんも出て来ん時もあるけど。ほん時はほん時って事で。ほしたら冷静に喧嘩出来るはずやと思うよ」
 そう七緖くんは言うと撫でた私の頭から手を離した。

(ずっと撫でていて欲しかったと思う。だって安心して心地が良いから)

 大きな通りだから大型トラックや乗用車、他には観光バスも通り過ぎていく。生暖かい風が頬を撫でる。夕方とは言え真夏の今は日が暮れるのが遅い。まだ夕焼けにはなっていない時間だ。

 やがて一台のバスが止まる。家に帰るルートのバスだ。

「……分かったやってみる。ありがとう七緖くん」
「うん、また明日やな。僕、待ってるで」
「うん」
 そう言って私は七緖くんに小さく手を振ってバスに乗った。七緖くんも同じだし、バスに乗っても姿が小さくなるまでお互いを見送っていた。

(六秒か。それから何でも良いから一言。何て言おうかな。そうか、冷静な喧嘩ね。出来るかな私に)

 そうしたら、怜央の事も萌々香ちゃんの事も吹っ切れるかな。そう思って私はバスに揺られていた。



 ◇◆◇

 時を同じくして、中型バスに乗った大城ヶ丘高校、女子バレーボール部の面々はぐったりとそれぞれシートに身体を預け眠りについていた。

 最近レギュラー入りした二年の安原 緑は同じ様に眠っていたが、たまたまバスが跳ねたタイミングで目を覚ました。もっと眠っていたかったが、目を覚ましたのは仕方がない。

 自分以外は誰も起きていない。皆泥の様に寝ていると表現した方が良いかもしれない。

 才川くんのいる男子バレーボール部が学校に他校を招いて練習試合をしている。その為、場所がなくなった女子バレーボール部は別の学校に練習に赴いていた。三日も続くと更に疲れはたまる一方だ。でもそれで今日も終わりだ。男子バレーボール部と一緒に行動出来れば才川くんの活躍も皆で見る事が出来たのにと思う。

 市の中心部に入ったのでバスは少し速度を落とす。渋滞にはまりそうなのかもしれない。不意に外を見るとバス停に見知った人物がいた。

 巽さんだった。同じクラスで安原が片思いをしている才川くんの彼女だ。最近別れたとの噂が立ったが、才川くんに尋ねると別れ話は否定されてしまった。でもその時の才川くんの顔が切なそうだった。

 しかも巽さんは最近怪我で部活を辞めている。才川くんはとても心配していた。あんなに心配している才川くんを見るのは初めてだった。そんな風に思われている巽さんが羨ましいと思った。

 バス停にいた巽さんは一人ではなかった。何と背の高い金髪の──後ろ姿しか見えないが少し迫力のある男性と二人一緒にいる。しかもあの姿はバーテンダーだろうか? 高校生とは思えない男性といる。

 その男性に頭を撫でられて、巽さんはもの凄く嬉しそうにも微笑んでいる。

 思わずバスの窓に「バン!」と音を立て両手をつけて見つめるが、ゆっくりとはいえバスの速度は速くて通り過ぎてしまった。

 安原は驚いて慌ててスマホを手に取る。

 同じクラスのサッカー部、野田くんの時もそうだった。野田くんの時はただの友達で、特に巽さんにも野田くんどちらにも何か好意じみた事はなかった。しかし安原が「巽さんは野田くんと最近仲良くしている」と才川くんに告げた途端、何故か才川くんと巽さんが付き合い始めたのだ。

 安原は思わずそのを思い出し、スマホのメッセージを早々打つのを止める。

 しかし、あの巽さんの笑い方は野田くんの時とは違う。だから、才川くんにと、自分に言い聞かせて改めて送信ボタンを押した。
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